バブ125~129
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バブ125
斑鳩 酔天
「首切島」
男鹿達を乗せ、出発した船は航路を取った。
香る磯の香り。
抜けるような青空。
遥か遠くを燦然と水平線が輝く、見渡す限りの広大な大海原 。
空にはウミネコの声。
「本土から南へ200㎞。人口300人足らずの小さな島」
スーパーミルクタイム完成の鍵を握る人物がいるという首切島。
聞くからに物騒な名前の由来を葵は語る。
「その名前の由来はかつて流刑の地として、島流しの罪人が送られた事から――…と」
「島流しって何?」
「死刑の次に重い罪よ。昔は悪い事をした人を遠い島に流して追放したの」
「誰が島流しだ、このやろう」
目指す島の名前の由来が罪人が送られたと知って、
「ゆめ思い出しちまった…」
男鹿は思わず顔をしかめた。
理不尽極まりない裁判の悪夢を思い出したのである。
背中にはベル坊がしがみついていて、冷たい海風に悲鳴をあげていた。
「ピャー」
「うぅっ。寒 みーな…」
海原をいく船の甲板にいる以上、冷え切った海風にさらされるのは避けようもない。
吹き抜ける風がゆきがけの駄賃と、容赦なく体温を奪っていく。
にもかかわらず、ベル坊はいつもの素っ裸である。
冬ならば陸地でも寒いはずの、こんな船の上。
事実、海風にさらされるベル坊。
海を吹く寒風で、間違いなく身体の芯まで冷え切っているだろう。
それを懸念した男鹿は怪訝そうに訊ね、
「おまえ、さむくないの?」
「アー?」
ベル坊は不思議そうに首を傾げる。
「――ふーん…」
ガイドブックに目を通していたラミアは、小さな島に悪魔がいるのかと疑問を浮かべた。
「本当にこんな所に悪魔がいるのかしら」
「どうかしら。悪魔っていっても、コマちゃんみたいなのなのかしれないしね」
「いやいや、葵姐さん。わしみたいなのがそう簡単にいるわけないっスよ」
これから会う悪魔の姿を想像する葵の耳に、困惑するコマの声が届いた。
「あと、これ島流しより重い刑やと思うんスけど」
度重なるセクハラへの罰として、縄で縛られたコマは船の手摺から逆さまに吊るされていて、ウミネコにくちばしで突かれていた。
緊張の汗を流しながらそう口早に言い募ると、
「うるさいわね」
葵から素早く冷たいツッコミが入った。
「――そういえば、真香さん」
ギャーギャーと喚くコマを無視し、真香へと向き直る。
「寧々達……私の知り合いから聞いたんですけど、悪魔野学園で響古のお母さんと会ったって言われました。何故、あんな所に?」
「おばあ様が予言したのです」
契約したベル坊の兄の家臣との戦いが幕を開ける中、彼女達はキヨ子から千里眼じみた霊視能力者として託宣を告げられた。
(――「響古の身に危険が迫っておる。先程、あの子が拉致されているのが視えた。場所は……」――)
なんとなれば、彼女ら篠木家は響古を守るために、真香は諫冬と共に天狗に協力を仰いで葵のお供とし、麻耶は一刀斎に自分達の方針を表明し、雛子は託宣が告げられた場所へと潜入。
そして、暗黒武闘の使い手に会うために島を訪れるわけだが、さすがに高校生二人ではまずいと真香が付き添ったわけだ。
「どうして、響古がさらわれるとわかったんですか?」
「それがおばあ様の力ですので。おばあ様の目は、この世の神秘を読み解く霊眼なのです……以前、男鹿くんと響古さんが早乙女先生とおばあ様の下で修業した時を思い出してください」
静かな自信を込めて、真香は言い切った。
男鹿は得心がいった。
以前、魔二津での修業で、悪魔の力の使い方の先達として早乙女とキヨ子が現れた。
早乙女は男鹿にエクササイズを、キヨ子は全てを見通す千里眼――"龍眼"を教えた。
その力は存分に発揮され、男鹿は悪魔の力を吞み込み、我がものとするスーパーミルクタイムを習得し、響古も"力"に振り回されず研ぎ澄ますことができた。
「それでか。ばあさんについてはまだ謎な部分もあるが、響古の実家が武術の名門って事しか知らないぞ」
「篠木家は武術の名家と同時に、荒ぶる悪鬼羅刹から日本を守護する媛巫女と呼ばれる霊力者の一族なのです。関東地方の媛巫女は篠木、連城 、狐崎 、朱縫 の四家です」
饒舌に語る真香。
物腰柔らかであるが、一線引く気質の強い彼女が自らの事情をこうも舌滑りよく語るのは珍しい。
やはり家族や家柄のことは個々人によるが、特別なことなのだろう。
――俺はどうもその辺り、わからないからな。
それは家柄にも家族にも思い入れがない男鹿にはわからない感情だった。
「……男鹿さん、どうしましたか?」
「いや、何でもない」
「普段からすごいと思っていたけど、本当にすごい家系だったのね……」
「魔を祓う一族が悪魔の親代わりに選ばれるなんて……皮肉が過ぎてるわね」
一方、葵とラミアは心底驚いている。
黒髪の少女がそんな人物とは、全く想定していなかったのだ。
「真香さん……その『媛巫女』は日本各地にいるんですか?詳しくお願いします」
「あ、はい。媛巫女の中でも特に霊力と武術の一族である篠木家と並んで最高の資質を持つのが東北の星伽 、九州の姫凪 ですかね。巫女といっても、神社に勤務する神職や巫女とは違うんですよ」
常勤の人員と媛巫女は、全く立場が異なる。
媛巫女とは結局、神祇院 の指示で派遣される特殊能力者である。
派遣先は、各地の霊的な要所に限られる。
指揮系統が全く違うため、社 の宮司といえども媛巫女に指示は出せない。
彼女達は高貴な客分として敬われるようになる。
「……何それ?」
「日本の呪術と祭祀儀礼をひそかにとりまとめる祭司機関――と言っても難しいですね。日本における魔術師のギルドだと思ってください」
「へえ、さすが神事家系、家系図には歴史ありって事ですね」
「他の皆さんには及びませんけどね」
「歴史なら向こうに勝てそうな話だが……」
「アダ」(すごくわかった)
男鹿の背中にしがみつくベル坊が心なしか胸を張ってつぶやく。
「マ、マジかよ。お前すらもアレ、わかっちまったのかよ?」
ぎょっとした男鹿がベル坊の顔を思わず凝視する。
こくり、と微かに頷くベル坊。
「ダー……ダブ」(ん、あの人の言っていることが……自分には何一つわからないということが、すごくわかった)
「……お前は実に平常運転だな」
やれやれと肩をすくめ、再びの真香の方へと目を向ける。
「まぁ今、多くの方が『知らねぇよ』状態だと思うので、悪の組織から地球を守る秘密結社でいいです」
例によって呪術のうんちく話を披露するが、誰が聞いても首を傾げるので省略した。
『俄然わかりやすくなった』
その時、真香の荷物がブルブルと震え出した。
携帯電話が着信を受けたのだ。
「少し失礼します」
液晶の着信表示を見て、真香は一同から離れ、甲板の端の方で電話に出る。
「アダ。アダ」
「お?なんだ、ベル坊。やっぱ寒いのか」
すると、さすがに寒かったのかベル坊が男鹿の背中から前へと移動する。
彼の首に巻いているマフラーの中へと無理矢理、身体をグイグイ入る。
「――って、こら。ムチャすんなっつの」
男鹿の言葉などまるで聞かず、肌を刺すような寒気から逃げるようにマフラーの中に入入った。
ばっちり防寒着に身を包んで、どこか満足そうなベル坊。
「アダーッ」
「…服着ろよ」
「ダブッ!!」
そんな二人の後ろ姿を、微笑ましい表情で葵が見ていた。
「…?なんだよ」
葵の視線に気づいた男鹿が声をかけると、慌てて顔を逸らす。
「べっ。別に…」
(あーもう、かわいいわね)
すると、先程の光景を見ていたのか、ベレー帽、厚手の毛皮のコートに手袋、マフラーと防寒着に身を包んだ老婦人がニコニコと笑顔で近寄ってきた。
「あらぁ、かわいいのねぇ。あなた達、新婚さん?」
「あ?」
「家族旅行かしら?随分若いのねぇ」
「はっ…?はぁ!!?」
葵は老婦人の言葉に顔色を変え、悲鳴に近い声を発した。
「ちっ…違いますっっ!!私達は、ただのっ…えーと…」
「何言ってんだ、バーさん」
事情を説明しようとする葵の隣で、
「ちげーよ」
男鹿はきっぱりと否定した。
「あら、違うの?ごめんなさいね。私てっきり夫婦だと…」
「おい、お前。失礼だろ。いくぞ」
その時、前を歩く老人に声をかけられ、
「まって下さいよ、おじいさん」
二人から背を向けて歩き出す。
遠ざかっていくその背中を見送ると、葵はどきりと表情を揺らし、戸惑ったふうに胸中でつぶやいた。
(やだ…私達って…知らない人から見たら、そんな風に見えるのかしら…)
恋愛面に関してだけはどうにも奥手過ぎる彼女は、顔を真っ赤にして慌てまくる。
「なぁなぁ」
唐突に呼びかけられた葵は、びくっ、と身じろぎする。
「はいっ!!」
「なんかさ、島の名前といい、あれだな。船で行く湖東ってのは、探偵物の映画とかマンガみたいだよな。事件の予感がするぜっっ!!」
推理小説の一つであるクローズド・サークル。
なんらかの事情で外界との接触が断たれた状況、あるいはそうした状況下で起こる事件を扱った作品を指す。
いわゆる「密室もの」であるが、部屋・家といった狭い舞台だけではなくミステリ作品では、孤島・雪山などの「広義の密室」を指すことが多い。
そう言い放つ男鹿の言葉に、浮かれていた気持ちが一気に沈んだ。
つい『スンッ……』と冷静になってしまう。
「し…しないわよ、何言ってんの」
「多分あのばあさんが最初の被害者だな」
「失礼な妄想するんじゃないわよっ!!」
続く不謹慎な発言に、逆に気を落ち着けた葵は引き締めるふうに叫んだ。
「――ったく、観光にきたんじゃないんだから。少しは緊張感もちなさいよね」
なんとも不服そうに、少量のいらつきさえ露にしながら言う。
「響古とヒルダさんを助ける為に強くなるんでしょ?」
「アウッ」
「私達の目的は早乙女先生の紹介してくれた、斑鳩 酔天という人に会う事!!」
首切島の高台にひっそりと建つ神社。
普段は神主や巫女も常駐せず、持ち回りで管理するような、小さなお社 だ。
お社の周囲に無数の人形によって埋め尽くされていた。
「酔天先生。早乙女という人から手紙がきておりますが…」
閉められていた部屋の襖の向こうから、小僧の声が聞こえる。
「早乙女ー?」
「はい」
彼女――斑鳩は無言で向かい、再び声がかかる前に閉ざされていた襖を開けた。
目を丸く見開いて硬直する小僧の手には一通の手紙。
「ひっ」
小僧が悲鳴のような声をあげる。
次の瞬間、けたたましい破裂音と共に手紙に銃弾のような穴が穿たれた。
「あのダボが」
冷めた眼差しで斑鳩は言った。
左腕とその人差し指、中指はまっすぐ突き出す。
「今更どの面下げて手紙なんて…」
奇妙な出で立ちだった。
腰まで届く長髪にサングラス、和服の上から黒いスカジャンを羽織っている。
不機嫌そうに言う彼女はハッと我に返った。
「おぉいっ!!読めねーじゃねーかっっ」
「そ…そんなぁ…」
理不尽だ、と感じたのは小僧一人ではあるまい。
港町を出航して数時間。
やがて、船は首切島に到着する。
停船する船を背景に、ベル坊はスライムに足を乗せていた。
よく港町の男が足を乗せてたそがれるアレだ。
「ダッ」
「素敵ですよーー。ベルゼ様、はい、チーズ♡」
渋い表情をつくってたそがれるベル坊を、ラミアが携帯電話で撮影する。
「なんや、アイツ…」
しかし、コマは怪訝そうな顔で、
「エラそうだ」
カッコつけるベル坊を見ていた。
カッコつけるポーズを取っていたら、コマの演技指導が入った。
「アカンアカン。わしがみほんみせたる」
「ダ?」
「どけよ」
指示するコマにベル坊は首を傾げ、ラミアが冷ややかに吐き捨てる。
「なんか、この島で降りたの私達だけみたいね」
船のタラップから切石を隙間なく並べて形づくられた船着き場の上に降り立った葵は、
「なんでだろ…」
不審そうに周囲を見渡した。
潮風が強い。
葵は風に流れる風と、はためく衣服の裾を押さえつけ、空を仰いだ。
雄大なる潮騒の音。
空にはウミネコの声。
既に時分は黄昏時。
水平線に差しかかった太陽が燃え上がり、世界を深い黄金色に染め上げている。
「つーか、腹へったなー」
もうそろそろ、お腹の虫も鳴き始める時刻で、男鹿は船着き場の上へと降り立った。
つ、と男鹿は島の方へ目を向ける。
「おっ。あれ定食屋かなんかじゃね?」
「丁度いいわね。あそこで斑鳩さんの事も聞いてみましょ」
「オラッ、行くぞ、ガキ共っ!!」
すたすた、と男鹿達はその場を移動し始める。
その時、歩き始める男鹿と葵を遮って、ラミアが手を挙げた。
「一つだけ、いいかしら?」
「はい、ラミアさん」
なんだいきなり、と男鹿と葵が硬直した中、真香だけが嬉しそうに反応した。
「なんでしょう?」
「ええっと、響古お姉様が魔の祓う一族なのはわかりましたけど、でもお姉様の口からは一言も、そんな言葉出てきませんでしたよ」
「いい質問です」
真香は先生っぽく答え、続けた。
斑鳩 酔天
「首切島」
男鹿達を乗せ、出発した船は航路を取った。
香る磯の香り。
抜けるような青空。
遥か遠くを燦然と水平線が輝く、見渡す限りの広大な大
空にはウミネコの声。
「本土から南へ200㎞。人口300人足らずの小さな島」
スーパーミルクタイム完成の鍵を握る人物がいるという首切島。
聞くからに物騒な名前の由来を葵は語る。
「その名前の由来はかつて流刑の地として、島流しの罪人が送られた事から――…と」
「島流しって何?」
「死刑の次に重い罪よ。昔は悪い事をした人を遠い島に流して追放したの」
「誰が島流しだ、このやろう」
目指す島の名前の由来が罪人が送られたと知って、
「ゆめ思い出しちまった…」
男鹿は思わず顔をしかめた。
理不尽極まりない裁判の悪夢を思い出したのである。
背中にはベル坊がしがみついていて、冷たい海風に悲鳴をあげていた。
「ピャー」
「うぅっ。
海原をいく船の甲板にいる以上、冷え切った海風にさらされるのは避けようもない。
吹き抜ける風がゆきがけの駄賃と、容赦なく体温を奪っていく。
にもかかわらず、ベル坊はいつもの素っ裸である。
冬ならば陸地でも寒いはずの、こんな船の上。
事実、海風にさらされるベル坊。
海を吹く寒風で、間違いなく身体の芯まで冷え切っているだろう。
それを懸念した男鹿は怪訝そうに訊ね、
「おまえ、さむくないの?」
「アー?」
ベル坊は不思議そうに首を傾げる。
「――ふーん…」
ガイドブックに目を通していたラミアは、小さな島に悪魔がいるのかと疑問を浮かべた。
「本当にこんな所に悪魔がいるのかしら」
「どうかしら。悪魔っていっても、コマちゃんみたいなのなのかしれないしね」
「いやいや、葵姐さん。わしみたいなのがそう簡単にいるわけないっスよ」
これから会う悪魔の姿を想像する葵の耳に、困惑するコマの声が届いた。
「あと、これ島流しより重い刑やと思うんスけど」
度重なるセクハラへの罰として、縄で縛られたコマは船の手摺から逆さまに吊るされていて、ウミネコにくちばしで突かれていた。
緊張の汗を流しながらそう口早に言い募ると、
「うるさいわね」
葵から素早く冷たいツッコミが入った。
「――そういえば、真香さん」
ギャーギャーと喚くコマを無視し、真香へと向き直る。
「寧々達……私の知り合いから聞いたんですけど、悪魔野学園で響古のお母さんと会ったって言われました。何故、あんな所に?」
「おばあ様が予言したのです」
契約したベル坊の兄の家臣との戦いが幕を開ける中、彼女達はキヨ子から千里眼じみた霊視能力者として託宣を告げられた。
(――「響古の身に危険が迫っておる。先程、あの子が拉致されているのが視えた。場所は……」――)
なんとなれば、彼女ら篠木家は響古を守るために、真香は諫冬と共に天狗に協力を仰いで葵のお供とし、麻耶は一刀斎に自分達の方針を表明し、雛子は託宣が告げられた場所へと潜入。
そして、暗黒武闘の使い手に会うために島を訪れるわけだが、さすがに高校生二人ではまずいと真香が付き添ったわけだ。
「どうして、響古がさらわれるとわかったんですか?」
「それがおばあ様の力ですので。おばあ様の目は、この世の神秘を読み解く霊眼なのです……以前、男鹿くんと響古さんが早乙女先生とおばあ様の下で修業した時を思い出してください」
静かな自信を込めて、真香は言い切った。
男鹿は得心がいった。
以前、魔二津での修業で、悪魔の力の使い方の先達として早乙女とキヨ子が現れた。
早乙女は男鹿にエクササイズを、キヨ子は全てを見通す千里眼――"龍眼"を教えた。
その力は存分に発揮され、男鹿は悪魔の力を吞み込み、我がものとするスーパーミルクタイムを習得し、響古も"力"に振り回されず研ぎ澄ますことができた。
「それでか。ばあさんについてはまだ謎な部分もあるが、響古の実家が武術の名門って事しか知らないぞ」
「篠木家は武術の名家と同時に、荒ぶる悪鬼羅刹から日本を守護する媛巫女と呼ばれる霊力者の一族なのです。関東地方の媛巫女は篠木、
饒舌に語る真香。
物腰柔らかであるが、一線引く気質の強い彼女が自らの事情をこうも舌滑りよく語るのは珍しい。
やはり家族や家柄のことは個々人によるが、特別なことなのだろう。
――俺はどうもその辺り、わからないからな。
それは家柄にも家族にも思い入れがない男鹿にはわからない感情だった。
「……男鹿さん、どうしましたか?」
「いや、何でもない」
「普段からすごいと思っていたけど、本当にすごい家系だったのね……」
「魔を祓う一族が悪魔の親代わりに選ばれるなんて……皮肉が過ぎてるわね」
一方、葵とラミアは心底驚いている。
黒髪の少女がそんな人物とは、全く想定していなかったのだ。
「真香さん……その『媛巫女』は日本各地にいるんですか?詳しくお願いします」
「あ、はい。媛巫女の中でも特に霊力と武術の一族である篠木家と並んで最高の資質を持つのが東北の
常勤の人員と媛巫女は、全く立場が異なる。
媛巫女とは結局、
派遣先は、各地の霊的な要所に限られる。
指揮系統が全く違うため、
彼女達は高貴な客分として敬われるようになる。
「……何それ?」
「日本の呪術と祭祀儀礼をひそかにとりまとめる祭司機関――と言っても難しいですね。日本における魔術師のギルドだと思ってください」
「へえ、さすが神事家系、家系図には歴史ありって事ですね」
「他の皆さんには及びませんけどね」
「歴史なら向こうに勝てそうな話だが……」
「アダ」(すごくわかった)
男鹿の背中にしがみつくベル坊が心なしか胸を張ってつぶやく。
「マ、マジかよ。お前すらもアレ、わかっちまったのかよ?」
ぎょっとした男鹿がベル坊の顔を思わず凝視する。
こくり、と微かに頷くベル坊。
「ダー……ダブ」(ん、あの人の言っていることが……自分には何一つわからないということが、すごくわかった)
「……お前は実に平常運転だな」
やれやれと肩をすくめ、再びの真香の方へと目を向ける。
「まぁ今、多くの方が『知らねぇよ』状態だと思うので、悪の組織から地球を守る秘密結社でいいです」
例によって呪術のうんちく話を披露するが、誰が聞いても首を傾げるので省略した。
『俄然わかりやすくなった』
その時、真香の荷物がブルブルと震え出した。
携帯電話が着信を受けたのだ。
「少し失礼します」
液晶の着信表示を見て、真香は一同から離れ、甲板の端の方で電話に出る。
「アダ。アダ」
「お?なんだ、ベル坊。やっぱ寒いのか」
すると、さすがに寒かったのかベル坊が男鹿の背中から前へと移動する。
彼の首に巻いているマフラーの中へと無理矢理、身体をグイグイ入る。
「――って、こら。ムチャすんなっつの」
男鹿の言葉などまるで聞かず、肌を刺すような寒気から逃げるようにマフラーの中に入入った。
ばっちり防寒着に身を包んで、どこか満足そうなベル坊。
「アダーッ」
「…服着ろよ」
「ダブッ!!」
そんな二人の後ろ姿を、微笑ましい表情で葵が見ていた。
「…?なんだよ」
葵の視線に気づいた男鹿が声をかけると、慌てて顔を逸らす。
「べっ。別に…」
(あーもう、かわいいわね)
すると、先程の光景を見ていたのか、ベレー帽、厚手の毛皮のコートに手袋、マフラーと防寒着に身を包んだ老婦人がニコニコと笑顔で近寄ってきた。
「あらぁ、かわいいのねぇ。あなた達、新婚さん?」
「あ?」
「家族旅行かしら?随分若いのねぇ」
「はっ…?はぁ!!?」
葵は老婦人の言葉に顔色を変え、悲鳴に近い声を発した。
「ちっ…違いますっっ!!私達は、ただのっ…えーと…」
「何言ってんだ、バーさん」
事情を説明しようとする葵の隣で、
「ちげーよ」
男鹿はきっぱりと否定した。
「あら、違うの?ごめんなさいね。私てっきり夫婦だと…」
「おい、お前。失礼だろ。いくぞ」
その時、前を歩く老人に声をかけられ、
「まって下さいよ、おじいさん」
二人から背を向けて歩き出す。
遠ざかっていくその背中を見送ると、葵はどきりと表情を揺らし、戸惑ったふうに胸中でつぶやいた。
(やだ…私達って…知らない人から見たら、そんな風に見えるのかしら…)
恋愛面に関してだけはどうにも奥手過ぎる彼女は、顔を真っ赤にして慌てまくる。
「なぁなぁ」
唐突に呼びかけられた葵は、びくっ、と身じろぎする。
「はいっ!!」
「なんかさ、島の名前といい、あれだな。船で行く湖東ってのは、探偵物の映画とかマンガみたいだよな。事件の予感がするぜっっ!!」
推理小説の一つであるクローズド・サークル。
なんらかの事情で外界との接触が断たれた状況、あるいはそうした状況下で起こる事件を扱った作品を指す。
いわゆる「密室もの」であるが、部屋・家といった狭い舞台だけではなくミステリ作品では、孤島・雪山などの「広義の密室」を指すことが多い。
そう言い放つ男鹿の言葉に、浮かれていた気持ちが一気に沈んだ。
つい『スンッ……』と冷静になってしまう。
「し…しないわよ、何言ってんの」
「多分あのばあさんが最初の被害者だな」
「失礼な妄想するんじゃないわよっ!!」
続く不謹慎な発言に、逆に気を落ち着けた葵は引き締めるふうに叫んだ。
「――ったく、観光にきたんじゃないんだから。少しは緊張感もちなさいよね」
なんとも不服そうに、少量のいらつきさえ露にしながら言う。
「響古とヒルダさんを助ける為に強くなるんでしょ?」
「アウッ」
「私達の目的は早乙女先生の紹介してくれた、斑鳩 酔天という人に会う事!!」
首切島の高台にひっそりと建つ神社。
普段は神主や巫女も常駐せず、持ち回りで管理するような、小さなお
お社の周囲に無数の人形によって埋め尽くされていた。
「酔天先生。早乙女という人から手紙がきておりますが…」
閉められていた部屋の襖の向こうから、小僧の声が聞こえる。
「早乙女ー?」
「はい」
彼女――斑鳩は無言で向かい、再び声がかかる前に閉ざされていた襖を開けた。
目を丸く見開いて硬直する小僧の手には一通の手紙。
「ひっ」
小僧が悲鳴のような声をあげる。
次の瞬間、けたたましい破裂音と共に手紙に銃弾のような穴が穿たれた。
「あのダボが」
冷めた眼差しで斑鳩は言った。
左腕とその人差し指、中指はまっすぐ突き出す。
「今更どの面下げて手紙なんて…」
奇妙な出で立ちだった。
腰まで届く長髪にサングラス、和服の上から黒いスカジャンを羽織っている。
不機嫌そうに言う彼女はハッと我に返った。
「おぉいっ!!読めねーじゃねーかっっ」
「そ…そんなぁ…」
理不尽だ、と感じたのは小僧一人ではあるまい。
港町を出航して数時間。
やがて、船は首切島に到着する。
停船する船を背景に、ベル坊はスライムに足を乗せていた。
よく港町の男が足を乗せてたそがれるアレだ。
「ダッ」
「素敵ですよーー。ベルゼ様、はい、チーズ♡」
渋い表情をつくってたそがれるベル坊を、ラミアが携帯電話で撮影する。
「なんや、アイツ…」
しかし、コマは怪訝そうな顔で、
「エラそうだ」
カッコつけるベル坊を見ていた。
カッコつけるポーズを取っていたら、コマの演技指導が入った。
「アカンアカン。わしがみほんみせたる」
「ダ?」
「どけよ」
指示するコマにベル坊は首を傾げ、ラミアが冷ややかに吐き捨てる。
「なんか、この島で降りたの私達だけみたいね」
船のタラップから切石を隙間なく並べて形づくられた船着き場の上に降り立った葵は、
「なんでだろ…」
不審そうに周囲を見渡した。
潮風が強い。
葵は風に流れる風と、はためく衣服の裾を押さえつけ、空を仰いだ。
雄大なる潮騒の音。
空にはウミネコの声。
既に時分は黄昏時。
水平線に差しかかった太陽が燃え上がり、世界を深い黄金色に染め上げている。
「つーか、腹へったなー」
もうそろそろ、お腹の虫も鳴き始める時刻で、男鹿は船着き場の上へと降り立った。
つ、と男鹿は島の方へ目を向ける。
「おっ。あれ定食屋かなんかじゃね?」
「丁度いいわね。あそこで斑鳩さんの事も聞いてみましょ」
「オラッ、行くぞ、ガキ共っ!!」
すたすた、と男鹿達はその場を移動し始める。
その時、歩き始める男鹿と葵を遮って、ラミアが手を挙げた。
「一つだけ、いいかしら?」
「はい、ラミアさん」
なんだいきなり、と男鹿と葵が硬直した中、真香だけが嬉しそうに反応した。
「なんでしょう?」
「ええっと、響古お姉様が魔の祓う一族なのはわかりましたけど、でもお姉様の口からは一言も、そんな言葉出てきませんでしたよ」
「いい質問です」
真香は先生っぽく答え、続けた。
