バブ123
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――まさか辰巳、落下で大ケガしてたりしたんじゃ……。
ジャバウォックに捕まりバハムートに連れ去られてからしばらく、荒縄で両手を縛られた響古はそんなことを考えていた。
上空に投げ出された光景が脳裏によみがえる。
冗談みたいに軽々と宙を舞い、落下し、地面に激突して――。
ぶるっと走った震えを、響古はぶんぶんと頭を振り、はっ、と笑い飛ばした。
「なにバカな事考えてんのよ、あたし。辰巳ったら、それなりにタフだし。それに、ベル坊がいるし」
うん、絶対に大丈夫。
心配するだけ無駄というものだ。
ここは、どこなんだろう?
これまで見てきたどんな建物よりも絢爛豪華で、そして至るところに焔王の銅像がある建物だった。
まるで城のように大きな宮殿だ。
ここは、部屋には周囲の景色がよくわからない。
連れてこられる時に見た限り、割と近くで間違いないだろうけど、そんなの土地がそうである。
響古はイライラしながらつぶやいた。
「それにしても、あたし、完全になめられてるな……」
それもまたとてつもなく気にくわなかった。
何せ、響古を拘束しているのは両手の縄だけなのである。
今のところ、監視の目もなさそうだ。
響古が魔力制御をそれなりのレベルで使えると、奴らもわかっているはずなのに。
バカにしている。
そのくせ、一緒に連れ込まれたヒルダは一体、なんのつもりか、荒縄どころではなかった。
床に転がって失神したままの彼女の両手には、呪力を秘めた鎖が巻きついている。
響古は、ふん、と鼻を鳴らした。
「何を考えてんだろ、アイツら……このあたしがただの縄で、ヒルダが鎖だなんて!悪魔の考える事ってわかんない。まあいいわ、上等よ。こんなとこ、絶対に抜け出してやるんですから!」
壁を見つめて、ちょっと考えてみた。
正直、このくらいの縄を切断することなんてたやすい。
それに壁は木製だ。
いくら分厚くても、その気になればたぶん砕けるはずだ。
監視のない今、隙をつければ逃げられるかもしれない。
響古は、むー……と眉をひそめる。
大人しく男鹿とベル坊を待つつもりだったけれど、こんなになめられてしまったら。
――ちょっと、一応、やってみようかな。
すうと息を吸い込み、壁へ手をかざして、意識を集中して――。
「――怖い顔をするな」
突然響いた落ち着いた声に、邪魔された。
「乱暴な真似は、やめておけ……」
「え――」
響古は声のした方を振り返る。
床に転がされたヒルダが、うっすらと目を開けていた。
「無茶しない方がいい」
そう言うヒルダはぼんやりした眼差しで、それでも確かにまっすぐ響古を見ている。
「よかった!目が覚めたんだ」
「ああ」
「ケガは?」
「……ないようだ。どうにか」
ヒルダはまだどこか苦しげな表情をしていたものの、そう頷いた。
金髪の悪魔が微かに身体をよじるのに合わせて、じゃら、と鎖がこすれて不快な金属音を立てる。
随分ときつく拘束されている様子で、
「――痛っ……」
と小さく呻いた。
響古は、ヒルダへと駆け寄った。
「あっ、だ、大丈夫っ?」
「大丈夫だ……」
深々と嘆息し、なんとか上半身を起こして壁にすがった。
だいぶ意識がはっきりしてきたらしい。
ヒルダは響古を見つめて首を横に振った。
「大人しくしているがいい。もしあなたが暴れてどうにかできるのなら、奴らも監視くらいはつけているはず。この部屋から逃げ出した途端に捕まって痛めつけられて、また放り込まれるのがオチだ」
「……むぅ」
「待っているのが一番――……ってわけにもいかないな。相手はジャバウォック。いくら男鹿が坊っちゃまの力を借りても、そう簡単ではいかなそうだ」
顔を歪める響古を見返して、ヒルダは申し訳なさそうな表情を向けてきた。
「きっと私を助けてくれようとしたのだな。すまない、巻き込んでしまった。奴らは……響古を、男鹿に対する人質にするつもりか――でも、あなたの身の安全は保証してみせる」
ヒルダのその眼差しには何か熱いものがあるように思えて、響古はどきりとする。
「それにしても、ここはどこなのよ?あたし達を人質にでもするつもりなのかしら?」
「――…柱師団の目的は」
ヒルがぴたと言葉を止めた。
その表情に緊張が一瞬過ぎるのを、響古は見た。
「今から、本人達が教えてくれるだろうな」
「………!」
響古が振り返ったその時、部屋のドアが静かに開けられた。
部屋に入ってきたのはジャバウォックとベヘモットだった。
ベヘモットは帽子に伊達眼鏡、長袖シャツに半ズボンという格好。
ジャバウォックは彫りの深い、やや大作りな顔立ちをしている。
それなりに整っているようにも見えたけれど、そんな些細な事柄は、顔中をびっしり覆う傷痕によって吹き飛ばされている。
この男は全身が傷痕に覆われているのだった。
二人に歩み寄ったベヘモットが何かを囁いた。
「――もう目を覚ましたのか」
ヒルダの方はそれには答えず、ただじっと油断なくを観察している。
ジャバウォックがふと、響古へと視線を向けてきた。
その瞬間、響古の全身からぶわっと汗が噴き出した。
「……う」
視線の一撫でにも、銃口を突きつけられたかのような凄まじい殺気が込められている。
つ、と頬を冷たい汗が伝い落ちた。
響古は唾を呑み込み、大丈夫だ、大丈夫――と自分に言い聞かせた。
気を引き締めて立ち上がるとのベヘモット親子の前に進み、彼らを睨みつける。
「まぁ、大体の事は聞かなくても想像つくけど。アンタ達、あたしとヒルダを誘拐してまで何しようとしてるわけ?理由は?当然、あたしが納得できるものよね?くだらない内容だったらはっ倒すわよ」
「やれやれ。こんな状況なのに元気な娘だ」
「元気よ!当たり前でしょ。どうして――アンタ達にびびって、しおらしくしてやんなきゃいけないのよっ!」
「……親父。そのガキの相手、俺がする」
二人のやり取りに、ジャバウォックが割り込もうとする。
ベヘモットは少し考えてから、短く切り捨てた。
「却下じゃ」
「そいつには竜殺しの武器がある。邪魔する気なら――」
「邪魔したくはないが、仕方ない。坊っちゃまのご要望だ」
ジャバウォックが不服そうに顔を背ける。
だが、不平は口にしない。
これを聞いた響古は、きょとんと不思議そうな顔をした。
「焔王君……?」
その時、コンコン、と誰かが部屋の扉を叩いた。
ややの間を置いてから、
「ベヘモット様」
男の声が扉越しにかけられる。
しかし続けて、
「よい。介添えは無用だ」
別の声、よく知る声が重厚な口調で響いた。
ジャバウォックは響古から目を離し、眉間に皺を寄せた。
響古はそれで少しホッとして、微かに息をついたうちに先と同じ声で、しかし明らかに違う明るい口調で、新たに声がかかる。
「入るぞ」
数秒、間を置いてから、重い木の扉が内向きに開いた。
「よく参った、我が花嫁・響古!」
入ってきたのはやはり、焔王だった。
部屋の中、両手を縛られた少女の姿を認めた少年は、その姿に目を細め、
「すまぬな。縄で縛るようなマネはしたくなかったのだが」
確認するように言った。
ちょっと申し訳なさそうな顔をした焔王だったが、本当は別に縄で縛られていることなんてたいして気にもしていないのだけれども。
響古は焔王を見つめて、溜め息をついた。
焔王の表情が、どこか悲しそうに揺れる。
そして力を込め、
「――だぁっ!」
ぶちりと手首の縄を引きちぎる。
ベヘモットとジャバウォックが驚いた様子で目を見開く。
さすが響古坊っちゃまの母親にふさわしい精神をしている……とヒルダは内心で変に感心してしまった。
響古は手首を軽く振りながら、
「――…それよりも、他に言う事があるんじゃないの?」
不審げな、あるいは不機嫌そうな半眼で焔王を見やった。
誘拐されて怯えることもなく、震え上がることもない響古の様子に、焔王はホッと胸をなで下ろして微笑んだ。
「ふふん、そう気色ばむな。おぬしを連れて来た理由はちゃんとある」
「じゃあ、なんのためにあたしを拉致したわけ?」
気を抜かないように意識しながら訊ねた。
今の言葉が、こちらの油断を誘うための策略かもしれないからだ。
魔王の長男がそんな姑息な真似はすまいとも踏んでいたが、用心するに越したことはない。
すると、焔王が意を決したように響古をまっすぐ見て、ビシッと指を突きつけてきた。
そして、部屋中に響き渡るような音量で高らかに宣言する。
「――響古!今日からおぬしは、余と一緒にこの学校に通うのだ!」
突然告げられたその言葉に、
「…………え?」
響古は目を白黒させるのであった。
それは形容するならば、豪奢な宮殿だった。
まるで貴族の城館のような、立派で華やかになるように設計されている。
設備なども外から見た校舎と同じく華やかであり、新しく赴任してきた教師が、紋様が刺繍された分厚い絨毯が敷かれた廊下を進む。
「はぁ……」
一人は押しの弱そうな『小役人』とでも表現すべき中年顔。
黒縁眼鏡と削げた頬、バーコード頭が同情と哀感をそそる。
「そんなに緊張なさらなくて大丈夫ですよ、高橋先生」
「は、はいっ」
高橋がひどく緊張していると、声をかけられた。
だが、そうは言われても教師なんて初めてなのだ。
高橋は気づかれないよう、隣を歩く男性の横顔を覗き見る。
線は細く、目にかかる前髪、どこかぼんやりとした印象の顔立ち。
名は、鷹栖といったか――。
「どうして高橋先生は、この学校に赴任してきたんですか?」
高橋は気恥ずかしそうに説明を始めた。
「いやぁ、お恥ずかしながら定年間際になって会社をクビにされてしまって……息子もまだ小学生。この時期に雇ってくれる所なんてそうはないと諦めていたんですが……」
「そうですか。僕も会社にクビされてしまいまして、新しい仕事先を探しているところに見つけたんです」
鷹栖の気安さに幾分か楽になった気分で、高橋は笑みを浮かべた。
「お互い、頑張りましょう!」
高橋と鷹栖は早速、担任を引き受けることになった悪魔野学園の教室へとやって来たのだが――。
「きりーつ。礼ーー」
授業開始のベルが鳴り、整列する生徒達の前に現れた高橋は唖然とした。
「着席ーー」
「………」
号令を終え、生徒達は一斉に席に座る。
「えー皆さん。初めまして。本日づけでこの学校に赴任してきました、高橋と申します。こちらは鷹栖先生です」
「鷹栖です。皆さん、どうかよろしくお願いします」
生徒達の前で、二人がそんな定番の自己紹介をするも……。
――な…なんだ、このクラス…。
新しい教師がやって来て、普通ならばそれなりに盛り上がるはずの場面だというのに、どうにも生徒達の反応は冷ややかで鈍い。
――高校だよね…?なんか高校生らしい生徒が一人もいないような…。
高橋は唖然とした顔をつくった。
しかしそれも無理からぬことだろう。
何しろ、年の頃三十代半ばくらいのいかつい男達が、制服ではなく軍服を着込んで腕組みをしていたのである。
しかし気にする素振りもなく、堂々たるさまで席に座っていた。
「雛子さんも、僕に無茶な役目をしたもんだなぁ……」
生徒達の、なんとも形容しがたい異様な雰囲気に気圧される高橋に、鷹栖の言葉は届かない。
――いや、せっかく見つけた再就職先だ
――良子、和利、パパ頑張るよ。
高橋は覚悟を決めたように、ゴホン、と咳払い。
「えー、それでは。出席をとります」
名簿を開いて出席を取り始めた。
「バ…バジリスク…?くん~~?」
すると、名前を呼ばれた男が勢いよく立ち上がった。
「はぁいっ」
大柄な男だった。
ボサボサの髪はもみあげを通して髭とつながっており、まるでライオンのようなシルエットをしていた。
その声もまた、肉食獣のごとく獰猛だ。
――えぇ…バジリスク君。おっさんだよ!!
高橋はぶわっと汗を噴き出し愕然としたふうにバジリスクを凝視した。
――ハマキだよ!!
――エラだよ!!
――傷あとすごいよ!!
凶悪な顔面もさることながら、未成年の喫煙は禁止である煙草……ではなく葉巻を堂々と吹かし、魚類のエラがついていた。
そして、額から右目までに刻まれた傷跡があった。
その異様な生徒は、高橋の驚愕に気づかないふうに軽く言う。
「先生。わしら人間界の事はなんにも知らんのですわ。よろしくご鞭撻 の程、お願いします」
恐ろしく獰猛な笑い声をあげるバジリスク。
「なんせ、団長命令でしての。人間滅ぼすには、まず人間の事をよぉく知らねばいかんと!!」
「は…はぁ」
あまりの驚きに、息が詰まるように呼吸を止めた。
僅かすぎる時間ではあるが、呆気に取られてしまい、瞬時の判断も利かなくなった。
そして今の発言がさっぱり理解できず、目を白黒させるのであった。
ジャバウォックに捕まりバハムートに連れ去られてからしばらく、荒縄で両手を縛られた響古はそんなことを考えていた。
上空に投げ出された光景が脳裏によみがえる。
冗談みたいに軽々と宙を舞い、落下し、地面に激突して――。
ぶるっと走った震えを、響古はぶんぶんと頭を振り、はっ、と笑い飛ばした。
「なにバカな事考えてんのよ、あたし。辰巳ったら、それなりにタフだし。それに、ベル坊がいるし」
うん、絶対に大丈夫。
心配するだけ無駄というものだ。
ここは、どこなんだろう?
これまで見てきたどんな建物よりも絢爛豪華で、そして至るところに焔王の銅像がある建物だった。
まるで城のように大きな宮殿だ。
ここは、部屋には周囲の景色がよくわからない。
連れてこられる時に見た限り、割と近くで間違いないだろうけど、そんなの土地がそうである。
響古はイライラしながらつぶやいた。
「それにしても、あたし、完全になめられてるな……」
それもまたとてつもなく気にくわなかった。
何せ、響古を拘束しているのは両手の縄だけなのである。
今のところ、監視の目もなさそうだ。
響古が魔力制御をそれなりのレベルで使えると、奴らもわかっているはずなのに。
バカにしている。
そのくせ、一緒に連れ込まれたヒルダは一体、なんのつもりか、荒縄どころではなかった。
床に転がって失神したままの彼女の両手には、呪力を秘めた鎖が巻きついている。
響古は、ふん、と鼻を鳴らした。
「何を考えてんだろ、アイツら……このあたしがただの縄で、ヒルダが鎖だなんて!悪魔の考える事ってわかんない。まあいいわ、上等よ。こんなとこ、絶対に抜け出してやるんですから!」
壁を見つめて、ちょっと考えてみた。
正直、このくらいの縄を切断することなんてたやすい。
それに壁は木製だ。
いくら分厚くても、その気になればたぶん砕けるはずだ。
監視のない今、隙をつければ逃げられるかもしれない。
響古は、むー……と眉をひそめる。
大人しく男鹿とベル坊を待つつもりだったけれど、こんなになめられてしまったら。
――ちょっと、一応、やってみようかな。
すうと息を吸い込み、壁へ手をかざして、意識を集中して――。
「――怖い顔をするな」
突然響いた落ち着いた声に、邪魔された。
「乱暴な真似は、やめておけ……」
「え――」
響古は声のした方を振り返る。
床に転がされたヒルダが、うっすらと目を開けていた。
「無茶しない方がいい」
そう言うヒルダはぼんやりした眼差しで、それでも確かにまっすぐ響古を見ている。
「よかった!目が覚めたんだ」
「ああ」
「ケガは?」
「……ないようだ。どうにか」
ヒルダはまだどこか苦しげな表情をしていたものの、そう頷いた。
金髪の悪魔が微かに身体をよじるのに合わせて、じゃら、と鎖がこすれて不快な金属音を立てる。
随分ときつく拘束されている様子で、
「――痛っ……」
と小さく呻いた。
響古は、ヒルダへと駆け寄った。
「あっ、だ、大丈夫っ?」
「大丈夫だ……」
深々と嘆息し、なんとか上半身を起こして壁にすがった。
だいぶ意識がはっきりしてきたらしい。
ヒルダは響古を見つめて首を横に振った。
「大人しくしているがいい。もしあなたが暴れてどうにかできるのなら、奴らも監視くらいはつけているはず。この部屋から逃げ出した途端に捕まって痛めつけられて、また放り込まれるのがオチだ」
「……むぅ」
「待っているのが一番――……ってわけにもいかないな。相手はジャバウォック。いくら男鹿が坊っちゃまの力を借りても、そう簡単ではいかなそうだ」
顔を歪める響古を見返して、ヒルダは申し訳なさそうな表情を向けてきた。
「きっと私を助けてくれようとしたのだな。すまない、巻き込んでしまった。奴らは……響古を、男鹿に対する人質にするつもりか――でも、あなたの身の安全は保証してみせる」
ヒルダのその眼差しには何か熱いものがあるように思えて、響古はどきりとする。
「それにしても、ここはどこなのよ?あたし達を人質にでもするつもりなのかしら?」
「――…柱師団の目的は」
ヒルがぴたと言葉を止めた。
その表情に緊張が一瞬過ぎるのを、響古は見た。
「今から、本人達が教えてくれるだろうな」
「………!」
響古が振り返ったその時、部屋のドアが静かに開けられた。
部屋に入ってきたのはジャバウォックとベヘモットだった。
ベヘモットは帽子に伊達眼鏡、長袖シャツに半ズボンという格好。
ジャバウォックは彫りの深い、やや大作りな顔立ちをしている。
それなりに整っているようにも見えたけれど、そんな些細な事柄は、顔中をびっしり覆う傷痕によって吹き飛ばされている。
この男は全身が傷痕に覆われているのだった。
二人に歩み寄ったベヘモットが何かを囁いた。
「――もう目を覚ましたのか」
ヒルダの方はそれには答えず、ただじっと油断なくを観察している。
ジャバウォックがふと、響古へと視線を向けてきた。
その瞬間、響古の全身からぶわっと汗が噴き出した。
「……う」
視線の一撫でにも、銃口を突きつけられたかのような凄まじい殺気が込められている。
つ、と頬を冷たい汗が伝い落ちた。
響古は唾を呑み込み、大丈夫だ、大丈夫――と自分に言い聞かせた。
気を引き締めて立ち上がるとのベヘモット親子の前に進み、彼らを睨みつける。
「まぁ、大体の事は聞かなくても想像つくけど。アンタ達、あたしとヒルダを誘拐してまで何しようとしてるわけ?理由は?当然、あたしが納得できるものよね?くだらない内容だったらはっ倒すわよ」
「やれやれ。こんな状況なのに元気な娘だ」
「元気よ!当たり前でしょ。どうして――アンタ達にびびって、しおらしくしてやんなきゃいけないのよっ!」
「……親父。そのガキの相手、俺がする」
二人のやり取りに、ジャバウォックが割り込もうとする。
ベヘモットは少し考えてから、短く切り捨てた。
「却下じゃ」
「そいつには竜殺しの武器がある。邪魔する気なら――」
「邪魔したくはないが、仕方ない。坊っちゃまのご要望だ」
ジャバウォックが不服そうに顔を背ける。
だが、不平は口にしない。
これを聞いた響古は、きょとんと不思議そうな顔をした。
「焔王君……?」
その時、コンコン、と誰かが部屋の扉を叩いた。
ややの間を置いてから、
「ベヘモット様」
男の声が扉越しにかけられる。
しかし続けて、
「よい。介添えは無用だ」
別の声、よく知る声が重厚な口調で響いた。
ジャバウォックは響古から目を離し、眉間に皺を寄せた。
響古はそれで少しホッとして、微かに息をついたうちに先と同じ声で、しかし明らかに違う明るい口調で、新たに声がかかる。
「入るぞ」
数秒、間を置いてから、重い木の扉が内向きに開いた。
「よく参った、我が花嫁・響古!」
入ってきたのはやはり、焔王だった。
部屋の中、両手を縛られた少女の姿を認めた少年は、その姿に目を細め、
「すまぬな。縄で縛るようなマネはしたくなかったのだが」
確認するように言った。
ちょっと申し訳なさそうな顔をした焔王だったが、本当は別に縄で縛られていることなんてたいして気にもしていないのだけれども。
響古は焔王を見つめて、溜め息をついた。
焔王の表情が、どこか悲しそうに揺れる。
そして力を込め、
「――だぁっ!」
ぶちりと手首の縄を引きちぎる。
ベヘモットとジャバウォックが驚いた様子で目を見開く。
さすが響古坊っちゃまの母親にふさわしい精神をしている……とヒルダは内心で変に感心してしまった。
響古は手首を軽く振りながら、
「――…それよりも、他に言う事があるんじゃないの?」
不審げな、あるいは不機嫌そうな半眼で焔王を見やった。
誘拐されて怯えることもなく、震え上がることもない響古の様子に、焔王はホッと胸をなで下ろして微笑んだ。
「ふふん、そう気色ばむな。おぬしを連れて来た理由はちゃんとある」
「じゃあ、なんのためにあたしを拉致したわけ?」
気を抜かないように意識しながら訊ねた。
今の言葉が、こちらの油断を誘うための策略かもしれないからだ。
魔王の長男がそんな姑息な真似はすまいとも踏んでいたが、用心するに越したことはない。
すると、焔王が意を決したように響古をまっすぐ見て、ビシッと指を突きつけてきた。
そして、部屋中に響き渡るような音量で高らかに宣言する。
「――響古!今日からおぬしは、余と一緒にこの学校に通うのだ!」
突然告げられたその言葉に、
「…………え?」
響古は目を白黒させるのであった。
それは形容するならば、豪奢な宮殿だった。
まるで貴族の城館のような、立派で華やかになるように設計されている。
設備なども外から見た校舎と同じく華やかであり、新しく赴任してきた教師が、紋様が刺繍された分厚い絨毯が敷かれた廊下を進む。
「はぁ……」
一人は押しの弱そうな『小役人』とでも表現すべき中年顔。
黒縁眼鏡と削げた頬、バーコード頭が同情と哀感をそそる。
「そんなに緊張なさらなくて大丈夫ですよ、高橋先生」
「は、はいっ」
高橋がひどく緊張していると、声をかけられた。
だが、そうは言われても教師なんて初めてなのだ。
高橋は気づかれないよう、隣を歩く男性の横顔を覗き見る。
線は細く、目にかかる前髪、どこかぼんやりとした印象の顔立ち。
名は、鷹栖といったか――。
「どうして高橋先生は、この学校に赴任してきたんですか?」
高橋は気恥ずかしそうに説明を始めた。
「いやぁ、お恥ずかしながら定年間際になって会社をクビにされてしまって……息子もまだ小学生。この時期に雇ってくれる所なんてそうはないと諦めていたんですが……」
「そうですか。僕も会社にクビされてしまいまして、新しい仕事先を探しているところに見つけたんです」
鷹栖の気安さに幾分か楽になった気分で、高橋は笑みを浮かべた。
「お互い、頑張りましょう!」
高橋と鷹栖は早速、担任を引き受けることになった悪魔野学園の教室へとやって来たのだが――。
「きりーつ。礼ーー」
授業開始のベルが鳴り、整列する生徒達の前に現れた高橋は唖然とした。
「着席ーー」
「………」
号令を終え、生徒達は一斉に席に座る。
「えー皆さん。初めまして。本日づけでこの学校に赴任してきました、高橋と申します。こちらは鷹栖先生です」
「鷹栖です。皆さん、どうかよろしくお願いします」
生徒達の前で、二人がそんな定番の自己紹介をするも……。
――な…なんだ、このクラス…。
新しい教師がやって来て、普通ならばそれなりに盛り上がるはずの場面だというのに、どうにも生徒達の反応は冷ややかで鈍い。
――高校だよね…?なんか高校生らしい生徒が一人もいないような…。
高橋は唖然とした顔をつくった。
しかしそれも無理からぬことだろう。
何しろ、年の頃三十代半ばくらいのいかつい男達が、制服ではなく軍服を着込んで腕組みをしていたのである。
しかし気にする素振りもなく、堂々たるさまで席に座っていた。
「雛子さんも、僕に無茶な役目をしたもんだなぁ……」
生徒達の、なんとも形容しがたい異様な雰囲気に気圧される高橋に、鷹栖の言葉は届かない。
――いや、せっかく見つけた再就職先だ
――良子、和利、パパ頑張るよ。
高橋は覚悟を決めたように、ゴホン、と咳払い。
「えー、それでは。出席をとります」
名簿を開いて出席を取り始めた。
「バ…バジリスク…?くん~~?」
すると、名前を呼ばれた男が勢いよく立ち上がった。
「はぁいっ」
大柄な男だった。
ボサボサの髪はもみあげを通して髭とつながっており、まるでライオンのようなシルエットをしていた。
その声もまた、肉食獣のごとく獰猛だ。
――えぇ…バジリスク君。おっさんだよ!!
高橋はぶわっと汗を噴き出し愕然としたふうにバジリスクを凝視した。
――ハマキだよ!!
――エラだよ!!
――傷あとすごいよ!!
凶悪な顔面もさることながら、未成年の喫煙は禁止である煙草……ではなく葉巻を堂々と吹かし、魚類のエラがついていた。
そして、額から右目までに刻まれた傷跡があった。
その異様な生徒は、高橋の驚愕に気づかないふうに軽く言う。
「先生。わしら人間界の事はなんにも知らんのですわ。よろしくご
恐ろしく獰猛な笑い声をあげるバジリスク。
「なんせ、団長命令でしての。人間滅ぼすには、まず人間の事をよぉく知らねばいかんと!!」
「は…はぁ」
あまりの驚きに、息が詰まるように呼吸を止めた。
僅かすぎる時間ではあるが、呆気に取られてしまい、瞬時の判断も利かなくなった。
そして今の発言がさっぱり理解できず、目を白黒させるのであった。