バブ122
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「ゲーム…?」
あまりにも意外すぎる言葉に、葵は思わず聞き返した。
不可解そうに眉根を寄せていると、ゼラがなんの感慨もなく、淡々と告げた。
「そうだ。これは焔王坊っちゃまの仕掛けた"戦争ゲーム"。貴様ら人間も、我々柱師団も、そのコマにすぎん」
今から始まるのは、ゲームであっても遊びではない。
一寸先は闇、死と隣り合わせのデスゲームなのだ。
「――…お前、名前は…?」
すると、不意にアギエルが声をかけた。
「――…邦枝葵」
アギエルはしばらく葵の顔を食い入るように見つめて……やがて、肩を震わせて爛々と目を光らせた。
葵の操る魔術は、柱師団に比べればまだ拙い……拙いが、このまま長ずれば、いずれ柱師団と並び立つ……そんな予感がある。
意識せず、口の端がつり上がる。
まさに葵の存在は――アギエルの脅威だ。
「…邦枝。葵」
アギエルの口が笑みの形に歪む。
それは歓喜の笑いだ。
「憶えた。邦枝葵…」
「一週間じゃ」
石矢魔生徒達に散々、心ない罵倒を浴びせられて泣き始める焔王。
幼い主人の代わりに、奇妙な道化の悪魔――コアトルが話を切り出した。
悪魔野学園の至る所に柱師団が待ち受けており、過酷なデスバトルを行うということ。
「一週間後、余の軍団が全員揃う」
忘我する古市を置き去りに、すぐに気を取り直したのか、楽しげな雰囲気で焔王は続ける。
「それまでに古市。せいぜい貴様らも、戦力を整えてくるんじゃな」
その瞳の奥を覗き込めば……そんな彼の真意など――到底、計り知れそうになかった。
支えも足場もなくして、空中から地上へと自由落下していく。
己の中で猛っていた力が綺麗に消えている――その事実を痛感しつつ。
「――辰巳!上から来るよ!」
不意に響古の警告が耳朶を打った。
顔を上げ、敵の姿を探す。
その時にはもう、空を駆けるバハムートの上でジャバウォックが二人の後を追っていた。
「――避けてっ!」
響古の声が聞こえた瞬間、横からの衝撃に押された。
突然のことで突き飛ばされ、目を見張る。
男鹿を飛ばしたのは響古で、彼が落ちていた位置にはジャバウォック。
二人を見下ろしながら、攻防を開始する。
より高く跳んでいるのは、やはりジャバウォック。
二人よりも一メートルほど上空にいる。
そして、高度で勝った側が優位を得るのは空中戦の理。
小細工もなく、いきなり上段回し蹴り。
踵が真上から降ってくる!
カウンターを取るべく短剣を操ろうとしたが、間に合わなかった。
――速い……!
かろうじて短剣を上にかざし、柄の部分で蹴りを受け止めた。
二人はそのまま地上へ落ちていく。
落ちながらジャバウォックは猛攻を繰り出す。
鋭い指先で響古の目を狙い、手刀で喉笛を斬り裂こうとし、掌底で肩を砕きにかかり、心臓の鼓動を止めようと強烈な拳打を放つ。
響古は、ヴォーパルプレイドの刃と柄で全て防ぎ通した。
だが、全てギリギリの防御。
あと半瞬遅れれば、華奢な肢体は無惨に斬り刻まれ、打ち砕かれたことだろう。
しかし、防御のために振るった短剣の切っ先が鋭く迫り、悪魔の集中をかき乱す。
舌打ちしながらジャバウォックは気を高め、身を守る。
だが、この作業に追われて彼は攻撃を止めざるを得ない。
その隙に響古が言霊で生み出した短剣を放ち――。
これらの攻防は、全て空中から地上への落下中に行われ、男鹿は見ているしかなかった。
彼の胸の中が、焦燥感でいっぱいになった。
響古は確かにすごいが、いくらなんでも相手が悪すぎる――。
「ダメだ響古、あぶねぇ――」
その時、突然ぴたりと手を止めた。
何かを見つめた悪魔の眼差しが逡巡に揺れる。
響古はそんなジャバウォックを睨むように、怒鳴り声をあげた。
「よそ見だなんて、このあたしをなめてんの!?」
左から、右から、正面から、刃が迫る、迫る、迫る。
三方向から襲いかかる短剣は、達人の技量に匹敵する速さと鋭さで斬り刻まんとする。
「おまえも男鹿辰巳も、攻撃が素直すぎる!」
ジャバウォックはそれを受け流し、撃ち落とし、体捌きでかわした。
「なっ――」
ジャバウォックの動きに、そこからはなんの迷いもなかった。
ためらいもなかった。
あっという間に距離を詰めると、片腕で響古を抱えて、後ろへ大きく跳ぶ。
そして、猛スピードで巨体を急降下してきたバハムートに舞い降りた。
それと同時に、どこかから突如飛来してきた不可視の衝撃波が、今までジャバウォックのいた場所へ叩き込まれた。
空気を切り裂いた刃が、男鹿の耳元をかすめていく。
――一体、誰が……?
と疑問に感じたのも一瞬のこと、そんなこと気にしていられらなかった。
「あ――」
男鹿は冷や汗を流して、
「え――?」
と、ジャバウォックに抱えられた響古が呆然としたつぶやきをこぼした。
響古は自分を抱えるジャバウォックを見る。
次に、バハムートを見る。
それから、ベヘモットがいるのを見る。
そして状況を悟って、顔色が青くなった。
力いっぱい暴れ始める。
「ちょ、ちょっとちょっと!は、放してよ放せってば!」
――…マジかよ。
――響古まで。そんな事。
ぐんぐんと、さらに遠ざかっていく。
もう、決して届かない距離まで。
バハムートに喰われたヒルダ。
そして、ジャバウォックに押さえつけられている響古――。
その時、男鹿はそれに気づいた。
響古が必死に、ドラゴンから顔を覗かせている。
「響古――」
言いかけた男鹿のつぶやきを拭き散らすように。
広い大空に響き渡るように。
響古が物凄く懸命な表情で叫んだ。
「――ベ、ル、坊……辰巳ぃぃぃぃぃぃっっ!!」
それは突然の事態にいくらか動揺を滲ませつつも、恐怖や不安に全く折れていない、勝ち気でちょっとすぎるくらいに、いつも通りの響古の声だ。
「ちゃんと、すぐに、助けにきてねーーーっっ!!」
響古と目が合い、男鹿は武者震いをした。
ハッキリと、わかったからだった。
響古の眼差しと、声音。
そこに求められているのは――。
「――二人の事、信じているんだからねえぇぇぇぇぇっ――……」
ほとんど揺るぎない――信頼と言ってよかった。
響古の叫び声の残響を置いて、ドラゴンは去っていく。
――……や、やべぇ……!?響古が、ヒルダが連れていかれる……!
すでに、ジャバウォックを追う体力はない。
よしんば追いかけたとしても、魔力が尽きた上に、この深手でジャバウォックに勝てるわけない。
詰み、だ。
意識が闇へと消える瞬間。
男鹿の脳裏を次々と過ぎるのは、自分の弱さが招いた状況の数々。
姫川に誘拐された時。
因縁の仲である東条と響古が再会した時。
三木によって手も足も出せずにいる男鹿を目の当たりにして、響古が耐えられないといったふうに泣いていた時。
真夜中の柱師団襲撃でボロボロになりながらも、早乙女と連携してヘカドスを昏倒させた時。
――…オレは、またあいつを守れなかった………。
最後にそんなことを思って、男鹿の意識は途絶えた。
その光景はあまりにも非現実的に過ぎた。
眼前に広がるは巨大な翼。
目を灼 くは燦然と輝く白銀の鱗。
小山のような巨躯、丸太のように太い手足。
長い首、無骨に鋭い鉤爪 、ぞろりと並ぶ鋭い牙。
伝説に名高きその偉容は――まさしくドラゴンであった。
神話が、伝説が、今ここに、自分達の目の前に顕現したのだ。
「ねぇ、アレ、絶対見間違いじゃなかったよね……」
「オイ、誰かカメラで撮ったか!?」
「夢じゃないよな!?」
「まさか…本物のドラゴンなの!?」
ああ、まるでおとぎ話だ。
漫画やゲームなどの空想の生物でしかなかったドラゴンが悠然と飛翔している光景に、ただ忘我するしかなかった。
学園校舎から様子を窺っていた生徒達も同様、ただ忘我する者、興奮して喚く者まで出てしまっているありさまだ。
そんな、目の当たりにした誰もが茫然自失に翻弄されている中で――。
「響古お姉様、ヒルダ姉様……!」
ラミアだけが焦燥感も露に、校舎内を走っていた。
白衣が着崩れることにも構わず、息を切らしていることにも気づかない。
前にある人を勢いだけで押しのけ、迷惑顔も目に入らない。
どこまでもどこまでも走っていた。
――さっきまで感じられた二人の魔力が遠くなっていく……!!
頭上と周囲で起こった異変。
突如として湧き上がった巨大な悪魔の存在。
そして、遠ざかっていく響古とヒルダの気配。
――どうして、どうして私じゃないの!?
――どうして私じゃなくて、あの二人なの、焔王!?
走って惑う、その少女に、
「ラミア?」
一人の少年が声をかけた。
ラミアはその声を受けて、ようやく足を止めた。
悪魔野学園から戻ってきた古市が、怪訝な表情をして立っていた。
「――ぁ、ふ」
ラミアは、一緒に焔王を探してくれた、瓦礫から助けてくれた、そんな少年に向けて言う。
「古、市」
髪を白衣を振り乱し、蒼白な顔色にも絶え絶えな少女の姿を見て、驚く。
「ど、どうしたんだよ、ラミア!何かあったのか!?」
「古、市」
ラミアは繰り返し、恋 うように、つながりを持つ少年の名を呼んだ。
スケベでどうしようもないないが、ラミアと共に幾度となく行動してきた。
そこから湧き出す安堵に、思わず涙をこぼしそうになる。
「古市」
さらにもう一度、その名を呼ぶ。
安堵を、少しでも多く得るために。
「せっかくのいい雰囲気だが、ちょいと邪魔するぞ」
突然の声にハッと我に返った二人が振り返ると、そこには早乙女と雛子が立っていて、背中に誰かを担いでいるようだった。
「初めまして、ラミアさん。私は響古の母親の雛子よ」
顔と名前を覚える余裕も暇もなく、ラミアは突然の登場に驚いてただ後ずさりするだけだ。
「……な、何!?なんなの!?あ、あなたは一体、何――」
すると、早乙女が背負っていた人物の正体が露になる。
「男鹿!?」
早乙女の背中に担がれていたのは、全身ボロボロでぐったりとした男鹿だった。
雛子の腕の中で、ベル坊が抱かれている。
「アーー」
男鹿を見る眼差しに、心配している感じがあった。
「うろたえんじゃねー。まだ息はある」
「お、男鹿!?しっかりしろ、男鹿ーーっ!」
「出血を抑える処置はしたわ。けど、焼け石に水ね」
半狂乱の古市に、雛子が淡々と言葉を並べる。
「被術者本人の自己治癒力を増幅させて傷を癒す術じゃ救えない。自身を癒すだけの生命力が、男鹿くんに残されていないから。このままじゃ、彼の命は危ない」
「そ、そんな……」
古市の背筋をぞっと冷たいものが駆け上がる。
効かないくらいに生命力が衰弱しているということは……要するにそれは手遅れということだ。
「だから力を貸して、ラミアさん。彼を救うには魔界の医者である、あなたの力が必要なの」
「な、何よ!?もう何なのよ!?次から次へとわけがわからないわ!」
だが、すでにパニック寸前のラミアは頭を左右に振りながらうずくまってしまう。
自棄 になった思考は、言葉の意味をまるで解釈しようとしない。
認めたくない現実を直視したくないばかりに、思考放棄の錯乱へと逃げるばかりだ。
「一体、私に何ができるっていうの!?無理よ!もうどうしようもないじゃない!?」
「落ち着け、ラミア」
「何!?何なの!?さっきからこんな事ばっかり!もう嫌よ!」
次から次へと襲いかかる過酷な状況と現実に、少女の心は打ちのめされ、叩き折られ、とっくに飽和状態であったのだ。
「うぅ……お母様ぁ……助けて……ぁあああ――」
それに耐え切れないラミアが、とうとう捨て鉢に泣き叫ぼうとした――その時。
「泣いて喚く事が、あなたが為すべき事なの?」
「――っ!?」
あまりにも意外すぎる言葉に、葵は思わず聞き返した。
不可解そうに眉根を寄せていると、ゼラがなんの感慨もなく、淡々と告げた。
「そうだ。これは焔王坊っちゃまの仕掛けた"戦争ゲーム"。貴様ら人間も、我々柱師団も、そのコマにすぎん」
今から始まるのは、ゲームであっても遊びではない。
一寸先は闇、死と隣り合わせのデスゲームなのだ。
「――…お前、名前は…?」
すると、不意にアギエルが声をかけた。
「――…邦枝葵」
アギエルはしばらく葵の顔を食い入るように見つめて……やがて、肩を震わせて爛々と目を光らせた。
葵の操る魔術は、柱師団に比べればまだ拙い……拙いが、このまま長ずれば、いずれ柱師団と並び立つ……そんな予感がある。
意識せず、口の端がつり上がる。
まさに葵の存在は――アギエルの脅威だ。
「…邦枝。葵」
アギエルの口が笑みの形に歪む。
それは歓喜の笑いだ。
「憶えた。邦枝葵…」
「一週間じゃ」
石矢魔生徒達に散々、心ない罵倒を浴びせられて泣き始める焔王。
幼い主人の代わりに、奇妙な道化の悪魔――コアトルが話を切り出した。
悪魔野学園の至る所に柱師団が待ち受けており、過酷なデスバトルを行うということ。
「一週間後、余の軍団が全員揃う」
忘我する古市を置き去りに、すぐに気を取り直したのか、楽しげな雰囲気で焔王は続ける。
「それまでに古市。せいぜい貴様らも、戦力を整えてくるんじゃな」
その瞳の奥を覗き込めば……そんな彼の真意など――到底、計り知れそうになかった。
支えも足場もなくして、空中から地上へと自由落下していく。
己の中で猛っていた力が綺麗に消えている――その事実を痛感しつつ。
「――辰巳!上から来るよ!」
不意に響古の警告が耳朶を打った。
顔を上げ、敵の姿を探す。
その時にはもう、空を駆けるバハムートの上でジャバウォックが二人の後を追っていた。
「――避けてっ!」
響古の声が聞こえた瞬間、横からの衝撃に押された。
突然のことで突き飛ばされ、目を見張る。
男鹿を飛ばしたのは響古で、彼が落ちていた位置にはジャバウォック。
二人を見下ろしながら、攻防を開始する。
より高く跳んでいるのは、やはりジャバウォック。
二人よりも一メートルほど上空にいる。
そして、高度で勝った側が優位を得るのは空中戦の理。
小細工もなく、いきなり上段回し蹴り。
踵が真上から降ってくる!
カウンターを取るべく短剣を操ろうとしたが、間に合わなかった。
――速い……!
かろうじて短剣を上にかざし、柄の部分で蹴りを受け止めた。
二人はそのまま地上へ落ちていく。
落ちながらジャバウォックは猛攻を繰り出す。
鋭い指先で響古の目を狙い、手刀で喉笛を斬り裂こうとし、掌底で肩を砕きにかかり、心臓の鼓動を止めようと強烈な拳打を放つ。
響古は、ヴォーパルプレイドの刃と柄で全て防ぎ通した。
だが、全てギリギリの防御。
あと半瞬遅れれば、華奢な肢体は無惨に斬り刻まれ、打ち砕かれたことだろう。
しかし、防御のために振るった短剣の切っ先が鋭く迫り、悪魔の集中をかき乱す。
舌打ちしながらジャバウォックは気を高め、身を守る。
だが、この作業に追われて彼は攻撃を止めざるを得ない。
その隙に響古が言霊で生み出した短剣を放ち――。
これらの攻防は、全て空中から地上への落下中に行われ、男鹿は見ているしかなかった。
彼の胸の中が、焦燥感でいっぱいになった。
響古は確かにすごいが、いくらなんでも相手が悪すぎる――。
「ダメだ響古、あぶねぇ――」
その時、突然ぴたりと手を止めた。
何かを見つめた悪魔の眼差しが逡巡に揺れる。
響古はそんなジャバウォックを睨むように、怒鳴り声をあげた。
「よそ見だなんて、このあたしをなめてんの!?」
左から、右から、正面から、刃が迫る、迫る、迫る。
三方向から襲いかかる短剣は、達人の技量に匹敵する速さと鋭さで斬り刻まんとする。
「おまえも男鹿辰巳も、攻撃が素直すぎる!」
ジャバウォックはそれを受け流し、撃ち落とし、体捌きでかわした。
「なっ――」
ジャバウォックの動きに、そこからはなんの迷いもなかった。
ためらいもなかった。
あっという間に距離を詰めると、片腕で響古を抱えて、後ろへ大きく跳ぶ。
そして、猛スピードで巨体を急降下してきたバハムートに舞い降りた。
それと同時に、どこかから突如飛来してきた不可視の衝撃波が、今までジャバウォックのいた場所へ叩き込まれた。
空気を切り裂いた刃が、男鹿の耳元をかすめていく。
――一体、誰が……?
と疑問に感じたのも一瞬のこと、そんなこと気にしていられらなかった。
「あ――」
男鹿は冷や汗を流して、
「え――?」
と、ジャバウォックに抱えられた響古が呆然としたつぶやきをこぼした。
響古は自分を抱えるジャバウォックを見る。
次に、バハムートを見る。
それから、ベヘモットがいるのを見る。
そして状況を悟って、顔色が青くなった。
力いっぱい暴れ始める。
「ちょ、ちょっとちょっと!は、放してよ放せってば!」
――…マジかよ。
――響古まで。そんな事。
ぐんぐんと、さらに遠ざかっていく。
もう、決して届かない距離まで。
バハムートに喰われたヒルダ。
そして、ジャバウォックに押さえつけられている響古――。
その時、男鹿はそれに気づいた。
響古が必死に、ドラゴンから顔を覗かせている。
「響古――」
言いかけた男鹿のつぶやきを拭き散らすように。
広い大空に響き渡るように。
響古が物凄く懸命な表情で叫んだ。
「――ベ、ル、坊……辰巳ぃぃぃぃぃぃっっ!!」
それは突然の事態にいくらか動揺を滲ませつつも、恐怖や不安に全く折れていない、勝ち気でちょっとすぎるくらいに、いつも通りの響古の声だ。
「ちゃんと、すぐに、助けにきてねーーーっっ!!」
響古と目が合い、男鹿は武者震いをした。
ハッキリと、わかったからだった。
響古の眼差しと、声音。
そこに求められているのは――。
「――二人の事、信じているんだからねえぇぇぇぇぇっ――……」
ほとんど揺るぎない――信頼と言ってよかった。
響古の叫び声の残響を置いて、ドラゴンは去っていく。
――……や、やべぇ……!?響古が、ヒルダが連れていかれる……!
すでに、ジャバウォックを追う体力はない。
よしんば追いかけたとしても、魔力が尽きた上に、この深手でジャバウォックに勝てるわけない。
詰み、だ。
意識が闇へと消える瞬間。
男鹿の脳裏を次々と過ぎるのは、自分の弱さが招いた状況の数々。
姫川に誘拐された時。
因縁の仲である東条と響古が再会した時。
三木によって手も足も出せずにいる男鹿を目の当たりにして、響古が耐えられないといったふうに泣いていた時。
真夜中の柱師団襲撃でボロボロになりながらも、早乙女と連携してヘカドスを昏倒させた時。
――…オレは、またあいつを守れなかった………。
最後にそんなことを思って、男鹿の意識は途絶えた。
その光景はあまりにも非現実的に過ぎた。
眼前に広がるは巨大な翼。
目を
小山のような巨躯、丸太のように太い手足。
長い首、無骨に鋭い
伝説に名高きその偉容は――まさしくドラゴンであった。
神話が、伝説が、今ここに、自分達の目の前に顕現したのだ。
「ねぇ、アレ、絶対見間違いじゃなかったよね……」
「オイ、誰かカメラで撮ったか!?」
「夢じゃないよな!?」
「まさか…本物のドラゴンなの!?」
ああ、まるでおとぎ話だ。
漫画やゲームなどの空想の生物でしかなかったドラゴンが悠然と飛翔している光景に、ただ忘我するしかなかった。
学園校舎から様子を窺っていた生徒達も同様、ただ忘我する者、興奮して喚く者まで出てしまっているありさまだ。
そんな、目の当たりにした誰もが茫然自失に翻弄されている中で――。
「響古お姉様、ヒルダ姉様……!」
ラミアだけが焦燥感も露に、校舎内を走っていた。
白衣が着崩れることにも構わず、息を切らしていることにも気づかない。
前にある人を勢いだけで押しのけ、迷惑顔も目に入らない。
どこまでもどこまでも走っていた。
――さっきまで感じられた二人の魔力が遠くなっていく……!!
頭上と周囲で起こった異変。
突如として湧き上がった巨大な悪魔の存在。
そして、遠ざかっていく響古とヒルダの気配。
――どうして、どうして私じゃないの!?
――どうして私じゃなくて、あの二人なの、焔王!?
走って惑う、その少女に、
「ラミア?」
一人の少年が声をかけた。
ラミアはその声を受けて、ようやく足を止めた。
悪魔野学園から戻ってきた古市が、怪訝な表情をして立っていた。
「――ぁ、ふ」
ラミアは、一緒に焔王を探してくれた、瓦礫から助けてくれた、そんな少年に向けて言う。
「古、市」
髪を白衣を振り乱し、蒼白な顔色にも絶え絶えな少女の姿を見て、驚く。
「ど、どうしたんだよ、ラミア!何かあったのか!?」
「古、市」
ラミアは繰り返し、
スケベでどうしようもないないが、ラミアと共に幾度となく行動してきた。
そこから湧き出す安堵に、思わず涙をこぼしそうになる。
「古市」
さらにもう一度、その名を呼ぶ。
安堵を、少しでも多く得るために。
「せっかくのいい雰囲気だが、ちょいと邪魔するぞ」
突然の声にハッと我に返った二人が振り返ると、そこには早乙女と雛子が立っていて、背中に誰かを担いでいるようだった。
「初めまして、ラミアさん。私は響古の母親の雛子よ」
顔と名前を覚える余裕も暇もなく、ラミアは突然の登場に驚いてただ後ずさりするだけだ。
「……な、何!?なんなの!?あ、あなたは一体、何――」
すると、早乙女が背負っていた人物の正体が露になる。
「男鹿!?」
早乙女の背中に担がれていたのは、全身ボロボロでぐったりとした男鹿だった。
雛子の腕の中で、ベル坊が抱かれている。
「アーー」
男鹿を見る眼差しに、心配している感じがあった。
「うろたえんじゃねー。まだ息はある」
「お、男鹿!?しっかりしろ、男鹿ーーっ!」
「出血を抑える処置はしたわ。けど、焼け石に水ね」
半狂乱の古市に、雛子が淡々と言葉を並べる。
「被術者本人の自己治癒力を増幅させて傷を癒す術じゃ救えない。自身を癒すだけの生命力が、男鹿くんに残されていないから。このままじゃ、彼の命は危ない」
「そ、そんな……」
古市の背筋をぞっと冷たいものが駆け上がる。
効かないくらいに生命力が衰弱しているということは……要するにそれは手遅れということだ。
「だから力を貸して、ラミアさん。彼を救うには魔界の医者である、あなたの力が必要なの」
「な、何よ!?もう何なのよ!?次から次へとわけがわからないわ!」
だが、すでにパニック寸前のラミアは頭を左右に振りながらうずくまってしまう。
認めたくない現実を直視したくないばかりに、思考放棄の錯乱へと逃げるばかりだ。
「一体、私に何ができるっていうの!?無理よ!もうどうしようもないじゃない!?」
「落ち着け、ラミア」
「何!?何なの!?さっきからこんな事ばっかり!もう嫌よ!」
次から次へと襲いかかる過酷な状況と現実に、少女の心は打ちのめされ、叩き折られ、とっくに飽和状態であったのだ。
「うぅ……お母様ぁ……助けて……ぁあああ――」
それに耐え切れないラミアが、とうとう捨て鉢に泣き叫ぼうとした――その時。
「泣いて喚く事が、あなたが為すべき事なの?」
「――っ!?」