バブ118~121
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僅か3ヶ月という異例の速さで完成した石矢魔校舎――のはずだった。
突如として石矢魔高校の看板が取り外され、新たに据えつけられた看板には『悪魔野学園』。
「おいおい…嘘だろ…?」
『………』
敵対する学園に学校を乗っ取られてしまった石矢魔生徒達は、皆一様に大口を開け、愕然としていた。
そこに、アランドロンの次元転送でようやく山奥から抜け出した古市が現れた。
「やぁ皆さん!!話は聞きましたよ。石矢魔の校舎がついに完成したんですね」
あまりにも意味不明な登場の仕方に思わず呆然とする一同を前に、古市は爽やかな笑みを満面に浮かべて話しかける。
「どうしたんですか。ハトが豆鉄砲くらった様な顔して。この格好ですか?やだなぁ、秘密の特訓とかじゃないですよ。そもそ悪魔野学園なんて、ないっスから。あれ、オレが適当こねただけで…」
一同に流れる空気を微塵も読まず、どこまでもマイペースに話を続けると、据えつけられた看板に気づいた。
直後、爽やかだった笑顔が強張り、そのまま固まる。
ごしごしと目をこすった。
もう一度見る。
悪魔野学園。
やっぱり、そんな学校名が記載されていた。
古市は脂汗をダラダラ垂らしながらおそるおそる、慎重に、一字一句確かめるように見る。
「あくまの、がくえん…?」
悪魔野学園。
どう見ても、何度見ても、悪魔野学園と読める文字の羅列。
古市はたっぷりと数秒間沈黙してから、看板に書かれたその学校名を見つめて……。
「まじでか…」
その揺るぎない、無慈悲で残酷な現実の象徴である立派な校舎へと視線を向けた。
バブ118
侵入!悪魔野学園
その女性は、ベヘモットと対峙する早乙女、一刀斎、源磨がいる聖石矢魔学園とは別に単身、悪魔野学園の校舎の奥へと走っていた。
響古の母親・雛子である。
元より三人が大暴れしている間に、敵地奥深くへと潜入するのが作戦の主眼である。
「突入からそれぞれの行動に出るまでの初期段階は――」
無人の、静まり返った廊下を見て雛子はつぶやき、
《首尾は上々。問題ないよ》
携帯電話から聞こえる声が後を継ぐ。
この作戦の初動が完全なる奇襲で始まることは、決行前からわかりきっていた。
契約したベル坊の兄の家臣との戦いが幕を開ける中、キヨ子から千里眼じみた霊視能力者として託宣を告げられた。
(――「響古の身に危険が迫っておる。先程、あの子が拉致されているのが視えた。場所は……」――)
なんとなれば、彼女ら篠木家は響古を守るために、真香は諫冬と共に天狗に協力を仰いで葵のお供とし、麻耶は一刀斎に自分達の方針を表明し、雛子は託宣が告げられた場所へと潜入。
三人は所定の計画に従い、行動を開始した。
「後は、探索あるのみ……ね」
《くれぐれも、気をつけてください》
疾走する閑散とした長い廊下を、携帯の言う通り、慎重に進む。
(ここから先、無事に会えるかどうかは、互いの運任せってところね)
彼女が学園に潜り込んだのは、娘を助けるため、それだけではない。
おそらくはこの学園こそが拉致される場所であり、少女を監禁しておく牢屋でもあるだろう。
また、仮にいなかったとして、敵情視察になる。
結果としてそれらはおおよそ当たっていて、現実としては外れている。
少女は、まだ悪魔野学園に移されていなく、聖石矢魔学園の屋上でベヘモットと対峙していた。
無論、神ならぬ身の雛子には、それを知るよしもない。
彼女は、今見える範囲で最良の行動を取っている。
ひそかに学園内部を歩き、そこにあるものを用心深く探り、眼前に現れる敵を倒す。
「シャアアアッ!」
廊下の曲がりばなから現れた学ランの男が、廊下を突き進んでくる女性に気づき、襲いかかってきた。
が、その手は届く寸前、雛子の伸ばした右手に捉えられ、勢いだけは殺されず、むしろ加速され、あらぬ方向へと誘導される。
踏ん張ろうとした足まで、同時にバランスを崩され、入れた力のぶんだけ自らを跳び上がらせていた。
ドガン!と、まるで瞬時に紐を巻かれたコマが吹っ飛ぶように、廊下の壁を砕いてめり込んだ。
二、三度だけ大きく痙攣して、動かなくなる。
篠木家長女の冴え渡る技巧は、並の男程度では回避どころか抵抗も許されない。
ようやく出会い仕留めた男を横目に、雛子はその曲がってきた角へと駆け込んでいく。
《お見事》
鮮やかな手並みに感嘆する携帯から、
「暇潰し程度よ」
言葉は素っ気なく、雛子が答える。
(敵地とはいえ、出会う全てが悪魔、というわけではなさそうね)
行き会う敵を倒し、ただ自らの足と耳だけを頼りに、敵要塞の深層へと進んでいく。
極めつけでムチャクチャで理解不能な一連の状況、悪魔野学園となった新校舎を見上げ、生徒達は、ただ呆然と立ち尽くしていた。
誰一人、動けないでいた。
自ら口火を切ることの躊躇に固まる。
この静寂の中、
「ど…どーするよ…」
「…どーするったって」
古市と神崎は言い交わす。
今まで精神的衝撃で動けなかった夏目が我に返り、応える。
「このまま帰るわけにもいかないでしょ」
「のりこみますか!!」
やがて生徒達の中から、決意に満ちた声が一つあがった。
臆せず動じず、気合いを込めて声を張り上げる由加だった。
「えぇっ!?」
思わぬ展開に、古市は驚き叫んだ。
「いやいや、花澤さん!!それはさすがに…っ」
突然、動き出した状況にどう対処すべきか考え……結局、由加の意見に異を唱える。
この程度しか、やれることがない。
――じょ…冗談じゃねーぞ!!これ死亡フラグっつーか、もう完全にただの自殺行為じゃねーか!!
――このメンバーで、もし悪魔共に出くわしたらガチで即死だ!!
古市達にゲーム勝負を挑み、新校舎を乗っ取った悪魔野学園の生徒達は人間ではない。
正確には、魔界からやって来た悪魔である。
人類を滅ぼすために送られてきた大魔王の息子・ベル坊の兄、焔王の家臣であるベヘモット柱師団が正体。
石矢魔生徒達が言う悪魔野学園も、古市が焔王の捜索のために勝手に名づけた。
――絶対に入ってはいけないとオレの第8感あたりが告げている――…!!
無理矢理、巻き込まれた自分とは違って、彼らは悪魔や柱師団のことなど何も知らない。
何より悪魔の事情は、人間が深く考え、捉えたところでどうしようもないこと。
ゆえに、必要以上に深入りさせるつもりもなかった。
対抗できる力もない。
意識を強く持てば持つほど、ただの人間の力ではどうしようもないと明確に理解し……何より、戦いは二の次、逃走が優先、という姿勢を崩さない。
おずおずと、波乱を呼びそうな提案を出した。
「やめましょうよ。勝手に入ったりしたら怒られますよ」
怖気づく古市に、やはり彼らは眉をつり上げた。
「は?何言ってんの?」
「もともとオレらの敷地だろーが」
「遠慮は無用っスよ!!」
彼らは何も悲観するわけではない。
どうしようもない時はどうしようもない、敗勢であっても放り出すわけにはいかない、ゆえにやる、という心構えを各々胸に、石矢魔生徒達を襲ったこの前代未聞の前に、誰も彼もが、自らの意思で沸き立っていく。
「何してんだ、お前ら」
校舎に向けて一歩、踏み出したと同時、声がかけられた。
「こっちだ、こっち」
「姫川っ!!」
一足先に到着した姫川が立っており、開いている玄関を指差した。
「昇降口…鍵、開いてんぞ」
戸惑うような表情、唖然とした表情を浮かべた一同は、ハッとし、バタバタと駆け寄る。
「まさか…姫川先輩の仕業っスか!?これも…パ…パネェ!!」
「おいっ。静かにしろ!!誰か来たらどーすんだ!!」
姫川はかけられた言葉に顔をしかめ、声を抑えるよう告げた。
「あ?」
それを受けて怪訝な顔をした神崎。
青筋を立てた姫川はいかにも不機嫌そうな口調で、周りを見るよう促す。
「んなわけねーだろ。オレも一足先に着いて驚いた所だよ。正直ナメてたぜ。まさか、ここまでやるとは…思った以上にイカれてやがる、悪魔野学園。見ろよ」
眼前に広がる光景に、寧々は目を見開いた。
「これは…」
学園敷地内……特に庭園から悪魔学園校舎へと続く大通りにかけてなんと、シンガポールのマーライオンを模した焔王、北海道のクラーク像などなど焔王のブロンズ像が建っていた。
「あ…あのガキ…!!…まじで何者だよ…!!」
「ただの主謀者とか、そんなレベルじゃねーぞ…これ!!」
「神かっ」
この時ばかりは夏目も、物珍しそうに周囲をキョロキョロしている。
「考えるえんおー…」
寧々と由加が考える焔王のブロンズ像を見上げ、
「シュミわるーー」
自分の顔に当てはめるブロンズ像を悪趣味だと言い放つ。
「絶対、何も考えてないっス、こいつ」
思索にふける人物を描写した像として知られるが、地獄に堕ちた人々を見つめているとの説もある。
「ネットで検索かけても何も出てこねぇ…マジで得体の知れねぇ学校だ。人のいねー今のうちに中を見てやろうと思ってな」
きな臭い。
姫川の表情は雄弁とそう語っていた。
ネットで調べても何も出てこない。
誰かが、本来は石矢魔高校だった校舎を、土壇場で意図的に換えたか。
いずれにせよ、きな臭さは拭えない。
だから姫川は、今のうちに真実を確かめようと思ったのだ。
姫川がそんなことを思考していると。
「お…おれ、今日塾だから」
「ガタガタ言ってねーで歩けや、ロリコン野郎」
自分が狙われていると知って行きたくない古市の訴えを、
「あ゙?」
涼子は鋭い眼光で退けた。
その恐怖。
逃げるに逃げられぬ、ドスの効いた声に、逆らえるはずもなかった。
「――ここだ。この扉だけ何故か開く」
姫川を先頭に案内された先、昇降口の扉の一つに手を触れると、キィ…という音を立てて開いた。
「な?」
姫川が見つけた、唯一校舎へと入れる入り口に、
「おおっ」
男達は驚きに目を見開く。
寧々達も、先行して校舎の入り口、昇降口の扉へ向かう姫川の背中を追った。
「な…なんかちょっとお化け屋敷みたいでドキドキするっスね」
危険かもしれない場所へ忍び込む……怖さと好奇心が混ざった面持ちで由加が振り返ってきた。
重苦しい雰囲気を紛らわそうとしているのか、それともただ単純にワクワクしているのか――おそらく両方だろう、少しムッとして寧々は反論する。
「ちょっとやめてよ」
ちなみに千秋はというと、由加の意見に頷き返していた。
扉を開けた先には、高い天井と深い奥行きを持つ空間が広がっていた。
「おぉっ…」
「中もすげぇな」
「天井高っ」
精緻な模様のステンドグラスが飾られている。
高価な調度品。
床に厚く敷かれた赤絨毯を踏んで慎重に歩くが、誰の人影も見えなかった。
真新しい校舎は、生徒や教師の姿さえ一人も見えない。
空気がぞっとするほど冷たく、不気味な静けさの中、
「なかはいがいとふつーだな…」
後ろの方で何かが閉まる音がした。
最後尾を歩く彼女は、つい足を止めてしまった。
まばたきして、よく目を凝らしてみる。
閉じた扉の前にも後ろにも人はいない。
どう見ても自動ドアではなく、押して開ける扉なのに。
「ゆかちー?」
数歩先を行く千秋が振り返ると、由加は後ろの昇降口を指差した。
「い…今、あの扉、勝手に閉まらなかったっスか?」
「はぁ?」
「風だろ?」
突如として石矢魔高校の看板が取り外され、新たに据えつけられた看板には『悪魔野学園』。
「おいおい…嘘だろ…?」
『………』
敵対する学園に学校を乗っ取られてしまった石矢魔生徒達は、皆一様に大口を開け、愕然としていた。
そこに、アランドロンの次元転送でようやく山奥から抜け出した古市が現れた。
「やぁ皆さん!!話は聞きましたよ。石矢魔の校舎がついに完成したんですね」
あまりにも意味不明な登場の仕方に思わず呆然とする一同を前に、古市は爽やかな笑みを満面に浮かべて話しかける。
「どうしたんですか。ハトが豆鉄砲くらった様な顔して。この格好ですか?やだなぁ、秘密の特訓とかじゃないですよ。そもそ悪魔野学園なんて、ないっスから。あれ、オレが適当こねただけで…」
一同に流れる空気を微塵も読まず、どこまでもマイペースに話を続けると、据えつけられた看板に気づいた。
直後、爽やかだった笑顔が強張り、そのまま固まる。
ごしごしと目をこすった。
もう一度見る。
悪魔野学園。
やっぱり、そんな学校名が記載されていた。
古市は脂汗をダラダラ垂らしながらおそるおそる、慎重に、一字一句確かめるように見る。
「あくまの、がくえん…?」
悪魔野学園。
どう見ても、何度見ても、悪魔野学園と読める文字の羅列。
古市はたっぷりと数秒間沈黙してから、看板に書かれたその学校名を見つめて……。
「まじでか…」
その揺るぎない、無慈悲で残酷な現実の象徴である立派な校舎へと視線を向けた。
バブ118
侵入!悪魔野学園
その女性は、ベヘモットと対峙する早乙女、一刀斎、源磨がいる聖石矢魔学園とは別に単身、悪魔野学園の校舎の奥へと走っていた。
響古の母親・雛子である。
元より三人が大暴れしている間に、敵地奥深くへと潜入するのが作戦の主眼である。
「突入からそれぞれの行動に出るまでの初期段階は――」
無人の、静まり返った廊下を見て雛子はつぶやき、
《首尾は上々。問題ないよ》
携帯電話から聞こえる声が後を継ぐ。
この作戦の初動が完全なる奇襲で始まることは、決行前からわかりきっていた。
契約したベル坊の兄の家臣との戦いが幕を開ける中、キヨ子から千里眼じみた霊視能力者として託宣を告げられた。
(――「響古の身に危険が迫っておる。先程、あの子が拉致されているのが視えた。場所は……」――)
なんとなれば、彼女ら篠木家は響古を守るために、真香は諫冬と共に天狗に協力を仰いで葵のお供とし、麻耶は一刀斎に自分達の方針を表明し、雛子は託宣が告げられた場所へと潜入。
三人は所定の計画に従い、行動を開始した。
「後は、探索あるのみ……ね」
《くれぐれも、気をつけてください》
疾走する閑散とした長い廊下を、携帯の言う通り、慎重に進む。
(ここから先、無事に会えるかどうかは、互いの運任せってところね)
彼女が学園に潜り込んだのは、娘を助けるため、それだけではない。
おそらくはこの学園こそが拉致される場所であり、少女を監禁しておく牢屋でもあるだろう。
また、仮にいなかったとして、敵情視察になる。
結果としてそれらはおおよそ当たっていて、現実としては外れている。
少女は、まだ悪魔野学園に移されていなく、聖石矢魔学園の屋上でベヘモットと対峙していた。
無論、神ならぬ身の雛子には、それを知るよしもない。
彼女は、今見える範囲で最良の行動を取っている。
ひそかに学園内部を歩き、そこにあるものを用心深く探り、眼前に現れる敵を倒す。
「シャアアアッ!」
廊下の曲がりばなから現れた学ランの男が、廊下を突き進んでくる女性に気づき、襲いかかってきた。
が、その手は届く寸前、雛子の伸ばした右手に捉えられ、勢いだけは殺されず、むしろ加速され、あらぬ方向へと誘導される。
踏ん張ろうとした足まで、同時にバランスを崩され、入れた力のぶんだけ自らを跳び上がらせていた。
ドガン!と、まるで瞬時に紐を巻かれたコマが吹っ飛ぶように、廊下の壁を砕いてめり込んだ。
二、三度だけ大きく痙攣して、動かなくなる。
篠木家長女の冴え渡る技巧は、並の男程度では回避どころか抵抗も許されない。
ようやく出会い仕留めた男を横目に、雛子はその曲がってきた角へと駆け込んでいく。
《お見事》
鮮やかな手並みに感嘆する携帯から、
「暇潰し程度よ」
言葉は素っ気なく、雛子が答える。
(敵地とはいえ、出会う全てが悪魔、というわけではなさそうね)
行き会う敵を倒し、ただ自らの足と耳だけを頼りに、敵要塞の深層へと進んでいく。
極めつけでムチャクチャで理解不能な一連の状況、悪魔野学園となった新校舎を見上げ、生徒達は、ただ呆然と立ち尽くしていた。
誰一人、動けないでいた。
自ら口火を切ることの躊躇に固まる。
この静寂の中、
「ど…どーするよ…」
「…どーするったって」
古市と神崎は言い交わす。
今まで精神的衝撃で動けなかった夏目が我に返り、応える。
「このまま帰るわけにもいかないでしょ」
「のりこみますか!!」
やがて生徒達の中から、決意に満ちた声が一つあがった。
臆せず動じず、気合いを込めて声を張り上げる由加だった。
「えぇっ!?」
思わぬ展開に、古市は驚き叫んだ。
「いやいや、花澤さん!!それはさすがに…っ」
突然、動き出した状況にどう対処すべきか考え……結局、由加の意見に異を唱える。
この程度しか、やれることがない。
――じょ…冗談じゃねーぞ!!これ死亡フラグっつーか、もう完全にただの自殺行為じゃねーか!!
――このメンバーで、もし悪魔共に出くわしたらガチで即死だ!!
古市達にゲーム勝負を挑み、新校舎を乗っ取った悪魔野学園の生徒達は人間ではない。
正確には、魔界からやって来た悪魔である。
人類を滅ぼすために送られてきた大魔王の息子・ベル坊の兄、焔王の家臣であるベヘモット柱師団が正体。
石矢魔生徒達が言う悪魔野学園も、古市が焔王の捜索のために勝手に名づけた。
――絶対に入ってはいけないとオレの第8感あたりが告げている――…!!
無理矢理、巻き込まれた自分とは違って、彼らは悪魔や柱師団のことなど何も知らない。
何より悪魔の事情は、人間が深く考え、捉えたところでどうしようもないこと。
ゆえに、必要以上に深入りさせるつもりもなかった。
対抗できる力もない。
意識を強く持てば持つほど、ただの人間の力ではどうしようもないと明確に理解し……何より、戦いは二の次、逃走が優先、という姿勢を崩さない。
おずおずと、波乱を呼びそうな提案を出した。
「やめましょうよ。勝手に入ったりしたら怒られますよ」
怖気づく古市に、やはり彼らは眉をつり上げた。
「は?何言ってんの?」
「もともとオレらの敷地だろーが」
「遠慮は無用っスよ!!」
彼らは何も悲観するわけではない。
どうしようもない時はどうしようもない、敗勢であっても放り出すわけにはいかない、ゆえにやる、という心構えを各々胸に、石矢魔生徒達を襲ったこの前代未聞の前に、誰も彼もが、自らの意思で沸き立っていく。
「何してんだ、お前ら」
校舎に向けて一歩、踏み出したと同時、声がかけられた。
「こっちだ、こっち」
「姫川っ!!」
一足先に到着した姫川が立っており、開いている玄関を指差した。
「昇降口…鍵、開いてんぞ」
戸惑うような表情、唖然とした表情を浮かべた一同は、ハッとし、バタバタと駆け寄る。
「まさか…姫川先輩の仕業っスか!?これも…パ…パネェ!!」
「おいっ。静かにしろ!!誰か来たらどーすんだ!!」
姫川はかけられた言葉に顔をしかめ、声を抑えるよう告げた。
「あ?」
それを受けて怪訝な顔をした神崎。
青筋を立てた姫川はいかにも不機嫌そうな口調で、周りを見るよう促す。
「んなわけねーだろ。オレも一足先に着いて驚いた所だよ。正直ナメてたぜ。まさか、ここまでやるとは…思った以上にイカれてやがる、悪魔野学園。見ろよ」
眼前に広がる光景に、寧々は目を見開いた。
「これは…」
学園敷地内……特に庭園から悪魔学園校舎へと続く大通りにかけてなんと、シンガポールのマーライオンを模した焔王、北海道のクラーク像などなど焔王のブロンズ像が建っていた。
「あ…あのガキ…!!…まじで何者だよ…!!」
「ただの主謀者とか、そんなレベルじゃねーぞ…これ!!」
「神かっ」
この時ばかりは夏目も、物珍しそうに周囲をキョロキョロしている。
「考えるえんおー…」
寧々と由加が考える焔王のブロンズ像を見上げ、
「シュミわるーー」
自分の顔に当てはめるブロンズ像を悪趣味だと言い放つ。
「絶対、何も考えてないっス、こいつ」
思索にふける人物を描写した像として知られるが、地獄に堕ちた人々を見つめているとの説もある。
「ネットで検索かけても何も出てこねぇ…マジで得体の知れねぇ学校だ。人のいねー今のうちに中を見てやろうと思ってな」
きな臭い。
姫川の表情は雄弁とそう語っていた。
ネットで調べても何も出てこない。
誰かが、本来は石矢魔高校だった校舎を、土壇場で意図的に換えたか。
いずれにせよ、きな臭さは拭えない。
だから姫川は、今のうちに真実を確かめようと思ったのだ。
姫川がそんなことを思考していると。
「お…おれ、今日塾だから」
「ガタガタ言ってねーで歩けや、ロリコン野郎」
自分が狙われていると知って行きたくない古市の訴えを、
「あ゙?」
涼子は鋭い眼光で退けた。
その恐怖。
逃げるに逃げられぬ、ドスの効いた声に、逆らえるはずもなかった。
「――ここだ。この扉だけ何故か開く」
姫川を先頭に案内された先、昇降口の扉の一つに手を触れると、キィ…という音を立てて開いた。
「な?」
姫川が見つけた、唯一校舎へと入れる入り口に、
「おおっ」
男達は驚きに目を見開く。
寧々達も、先行して校舎の入り口、昇降口の扉へ向かう姫川の背中を追った。
「な…なんかちょっとお化け屋敷みたいでドキドキするっスね」
危険かもしれない場所へ忍び込む……怖さと好奇心が混ざった面持ちで由加が振り返ってきた。
重苦しい雰囲気を紛らわそうとしているのか、それともただ単純にワクワクしているのか――おそらく両方だろう、少しムッとして寧々は反論する。
「ちょっとやめてよ」
ちなみに千秋はというと、由加の意見に頷き返していた。
扉を開けた先には、高い天井と深い奥行きを持つ空間が広がっていた。
「おぉっ…」
「中もすげぇな」
「天井高っ」
精緻な模様のステンドグラスが飾られている。
高価な調度品。
床に厚く敷かれた赤絨毯を踏んで慎重に歩くが、誰の人影も見えなかった。
真新しい校舎は、生徒や教師の姿さえ一人も見えない。
空気がぞっとするほど冷たく、不気味な静けさの中、
「なかはいがいとふつーだな…」
後ろの方で何かが閉まる音がした。
最後尾を歩く彼女は、つい足を止めてしまった。
まばたきして、よく目を凝らしてみる。
閉じた扉の前にも後ろにも人はいない。
どう見ても自動ドアではなく、押して開ける扉なのに。
「ゆかちー?」
数歩先を行く千秋が振り返ると、由加は後ろの昇降口を指差した。
「い…今、あの扉、勝手に閉まらなかったっスか?」
「はぁ?」
「風だろ?」