バブ117
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「――ったく、なんなんだ、あのじじい?」
老人の質問攻めから逃げ出して、男鹿と響古は廊下を歩いていた。
「これ以上、面倒事にまきこまれてたまるってかの。なぁ、響古、ベル坊」
「アダ」
男鹿の台詞を受けて、ベル坊が頷く。
だが、響古は暗い顔でうつむいていた。
「ダブ?」
真っ先に気づいたベル坊が心配そうな声でそう問いかける。
ただでさえ白い響古の肌が血の気を失って、まるで病人のようだ。
「ダーダ?」(気分、悪い?)
まさに、急病の可能性を疑っていた。
「……ううん、大丈夫。ありがとう」
そう答える響古の顔は青ざめたままで、微笑みも弱々しかった。
彼女が弱って見えたのは肉体的な疾患によるものではない。
男鹿にはそれが一目瞭然だった。
響古が青くなっていたのは精神的なショックによるものだ。
ここ数日思い悩んでいたことが『面倒事』というキーワードによって自動的に――つまり彼女自身の意思によらず思い出されてしまったことが原因だった。
それも男鹿にはわかっていた。
「響古、少し休んだらどうだ。授業に出るのは後でいいから」
だから、仮に午後から登校しているとしても、男鹿はこう指示したに違いない。
「そういうわけには!」
響古は反射的に声をあげかけたが、
「……うん、わかった」
自分の体調が、授業を受ける状態にはほど遠いと、すぐに自覚した。
不意に、男鹿が立ち止まる。
「ベヘモットなんたら団に、東条…出馬…」
顔が青ざめててこそいないが、瞳は闇色に沈んでいる。
不安げな表情で響古が見つめる中、男鹿は珍しく思考にふけった。
「………」
彼は右手を伸ばして、響古の左手を包み込んだ。
響古はいつものように陶然となりはしなかった。
ただ、動揺はある程度は収まっていた。
男鹿は、響古の左手に置いていた自分の右手を、彼女の頭に移動させた。
そのまま、響古の髪をかき乱す。
やっていることは少々乱暴だが、彼の手つきは優しい。
髪を手櫛で直す響古は、男鹿を軽く睨んで見せながらも、嬉しそうだった。
響古が落ち着いたのを見て、男鹿は独り言のようにつぶやく。
「強く、なりてーか?ベル坊」
それはたんなる問いかけでしかなかったが、響古には何故か、己の非力さを痛感するような言葉に聞こえた。
急に背筋を走った寒気に、響古は小さく身体を震わせた。
その間も、響古はたくわえていた。
力。
勿論、魔力のことである。
悪魔と契約者が各々の能力を振るう際、力の源となるもの。
敵対的な攻撃や魔法に攻撃された時は、魔力を高めることが対抗策になる。
強大な魔力を持つ者ほど、他者の強い耐性を発揮することができるからだ。
午後の授業は数学。
佐渡原は黒板上にチョークで図形と計算式を書き連ねながら、懇切丁寧に三角形の解説を行っていく。
だが、チョークを走らせる手はやがて止まり、佐渡原は生徒達に振り返る。
彼の眼前には想像以上にひどい光景が広がっていた。
「よぉし、野郎共っ!!新しい校舎を見に行くぞぉぉっっ!!」
新校舎を待ちきれない神崎の言葉に、生徒達一同は大歓声をあげながら盛大な拍手を巻き起こした。
「いや、あのね、神崎君。今、授業中なんだけど」
「だが、しかしっ!!その前に仁義を欠いちゃならねぇっっ!!」
すると、神崎は生徒達に向き直ると、いつになく真摯な表情で訴えかける。
「全員、佐渡原に注目ーっっ!!」
「え?」
神崎の言葉は佐渡原の表情に微かな嬉しさを滲ませた。
「――…神崎君…」
そして、神崎達は佐渡原に振り返って言った。
「今までお世話になりましたーーっ!!」
『お疲れ様っしたーっっ!!』
大きく開いた膝を曲げ、頭は極限まで低い体勢になって最上級の仁義を見せた。
「うん。うん。授業中なんだけどね…まだ」
感極まって涙する佐渡原が至極真っ当につっこむ。
「あと、そこ教卓」
神崎達は彼を置き去りに席を立ち、悪びれもせず教室から出る。
「神崎先輩、ウチらも行くっスよー」
その光景を見ていた由加が神崎のもとへ駆け寄り、
「パネェ」
「あ?」
授業中にもかかわらず、大声を出して教卓に飛び乗る姿に感嘆する。
「ほらっ、寧々さんも行きましょう」
「え…えぇ…」
千秋が戸惑っている寧々の手を取った。
ぽかんと口を開けていた寧々が、
「いいのかしら…」
そのやり取りで我に返り、授業の途中で退席してもいいのか、困惑する。
学級崩壊とか、授業拒否 とか、もうそんなレベルではなかった。
佐渡原は、突然立ち上がり、次々と教室を出ていく石矢魔生徒達に、もう何度目かという驚きと戸惑いの視線を注いでいる。
(てゆーか、早乙女先生はどこいった…)
担任である早乙女の不在を嘆いていると、教室に一人、居残っている姫川の姿を見つけ、声をかけた。
「君は行かなくていいのかい」
「あ?バカ言ってんじゃーよ」
その時、校庭で悲鳴の混じったざわめきが聞こえる。
佐渡原も呻いた。
やがてそれは視界にぐんぐん迫ってくる。
ついにローターの轟音でも声が聞こえないほどになり、衝撃波が校庭の砂塵を吹き飛ばした。
佐渡原は目をすがめて頭上を振り仰ぐと、上空にはヘリの機体。
《竜也坊っちゃま、お迎えに上がりました!!》
「オレ。ヘリで行くから」
(…もうヤダ)
内心、辟易していた。
佐渡原は最後の石矢魔生徒が出ていくのを見送るしかなかった。
ヘリにはスーツを着た黒髪の青年とメイド服を着た女性が立っており、姫川に向かって恭しく一礼してみせる。
「お待たせしました、坊っちゃま。石矢魔高校ですね」
話し方も申し分なく丁寧だ。
「おう。ゲームの時といい、面倒かけるな。蓮井」
「いえ。あの時の竜也様はとても楽しそうに見えましたから。よろしいのですか?」
蓮井と呼ばれた青年が不思議な気持ちで、
「アホだ、アホがいる」
驚きも露に頭上を仰ぐ神崎達を一瞥する。
さすが金持ち。
やることのスケールがでかい。
「あの面々と一緒に行かれなくて」
「――フン。いいいんだよ」
ヘリの座席に身体を預けていた姫川は窓を開けて拡声器を取り出すと、新校舎目指して向かう石矢魔生徒達に宣言する。
《一番のりはオレが貰ったーーーっ!!》
呆けたように頭上を眺めていた神崎達が悔しげに顔を歪めた。
「あっ」
「汚 ぇっっ!!」
姫川を乗せたヘリが、耳を押さえたくなるほどの轟音をまき散らしながら頭上を通過していく。
飛び立つヘリを見上げながら、老人――ベヘモットはなんの危なげもなく体育館の屋根に立ち、遥か遠く彼方を鋭く見据えていた。
「やれやれ、見失ってしもうたわ。どこ行った、あの二人…?」
もう、二人からは遠く離れてしまった。
見渡せば、聖石矢魔学園の校舎が見える。
こんな場所から、二人を見つける何かができるとは――とても思えない。
「男鹿辰巳…か、ふん。聞いた以上に捻くれたガキじゃわい。篠木響古は……媛巫女の血筋か。なるほど、さすがは霊的に守護する特別な巫女。わしの素性を視るとは、よい目をしている」
その時、ベヘモットに声をかける者が現れた。
「そろそろ誰か来る頃だと思ってたが…」
予想外の来訪者と聞いて、一気に駆け抜けて校舎の屋上までやって来た早乙女が隙なく構えていた。
「じじい。まさか、てめーが来るとはな…」
彼の後ろには、聖石矢魔学園の校長と葵の祖父・一刀斎が立っている。
「うちの生徒になんか用か?」
「早乙女殿か…あんたがからんでおったとは…なるほど。こりゃあ、もしかして、わし、ピンチかの?」
冷笑とも苦笑ともつかない表情で、ベヘモットはうそぶく。
かつてない一幕だった。
悪魔が幾人になろうと、互いこそを最大の雄敵とみなしてきた人物なのである。
互いを同格と認めた強者の顔でほくそ笑んだベヘモットに、早乙女は鋭く険しい瞳で睨み据えた。
「ぬかせ。余裕まんまで敵情視察しやがって」
「いやいや。今日はただ、挨拶に来ただけじゃ。そっちの二人も久しい間柄での」
そう言って、視線を早乙女から後ろに立つ二人へと移す。
「――…ちと老けたな。石動 源磨、邦枝 一刀斎」
いつの間にか、ベヘモットは真剣な表情になっていた。
彼の物言いから、軽薄な気取りが消えた。
代わって、鋭い眼差しで二人の顔をまっすぐに見つめる。
「お前に言われたくない」
聖石矢魔学園の校長、石動は渋面を作り、無愛想に答えた。
――聖石矢魔学園 校長、石動 源磨。
「十数年ぶりか」
老人の質問攻めから逃げ出して、男鹿と響古は廊下を歩いていた。
「これ以上、面倒事にまきこまれてたまるってかの。なぁ、響古、ベル坊」
「アダ」
男鹿の台詞を受けて、ベル坊が頷く。
だが、響古は暗い顔でうつむいていた。
「ダブ?」
真っ先に気づいたベル坊が心配そうな声でそう問いかける。
ただでさえ白い響古の肌が血の気を失って、まるで病人のようだ。
「ダーダ?」(気分、悪い?)
まさに、急病の可能性を疑っていた。
「……ううん、大丈夫。ありがとう」
そう答える響古の顔は青ざめたままで、微笑みも弱々しかった。
彼女が弱って見えたのは肉体的な疾患によるものではない。
男鹿にはそれが一目瞭然だった。
響古が青くなっていたのは精神的なショックによるものだ。
ここ数日思い悩んでいたことが『面倒事』というキーワードによって自動的に――つまり彼女自身の意思によらず思い出されてしまったことが原因だった。
それも男鹿にはわかっていた。
「響古、少し休んだらどうだ。授業に出るのは後でいいから」
だから、仮に午後から登校しているとしても、男鹿はこう指示したに違いない。
「そういうわけには!」
響古は反射的に声をあげかけたが、
「……うん、わかった」
自分の体調が、授業を受ける状態にはほど遠いと、すぐに自覚した。
不意に、男鹿が立ち止まる。
「ベヘモットなんたら団に、東条…出馬…」
顔が青ざめててこそいないが、瞳は闇色に沈んでいる。
不安げな表情で響古が見つめる中、男鹿は珍しく思考にふけった。
「………」
彼は右手を伸ばして、響古の左手を包み込んだ。
響古はいつものように陶然となりはしなかった。
ただ、動揺はある程度は収まっていた。
男鹿は、響古の左手に置いていた自分の右手を、彼女の頭に移動させた。
そのまま、響古の髪をかき乱す。
やっていることは少々乱暴だが、彼の手つきは優しい。
髪を手櫛で直す響古は、男鹿を軽く睨んで見せながらも、嬉しそうだった。
響古が落ち着いたのを見て、男鹿は独り言のようにつぶやく。
「強く、なりてーか?ベル坊」
それはたんなる問いかけでしかなかったが、響古には何故か、己の非力さを痛感するような言葉に聞こえた。
急に背筋を走った寒気に、響古は小さく身体を震わせた。
その間も、響古はたくわえていた。
力。
勿論、魔力のことである。
悪魔と契約者が各々の能力を振るう際、力の源となるもの。
敵対的な攻撃や魔法に攻撃された時は、魔力を高めることが対抗策になる。
強大な魔力を持つ者ほど、他者の強い耐性を発揮することができるからだ。
午後の授業は数学。
佐渡原は黒板上にチョークで図形と計算式を書き連ねながら、懇切丁寧に三角形の解説を行っていく。
だが、チョークを走らせる手はやがて止まり、佐渡原は生徒達に振り返る。
彼の眼前には想像以上にひどい光景が広がっていた。
「よぉし、野郎共っ!!新しい校舎を見に行くぞぉぉっっ!!」
新校舎を待ちきれない神崎の言葉に、生徒達一同は大歓声をあげながら盛大な拍手を巻き起こした。
「いや、あのね、神崎君。今、授業中なんだけど」
「だが、しかしっ!!その前に仁義を欠いちゃならねぇっっ!!」
すると、神崎は生徒達に向き直ると、いつになく真摯な表情で訴えかける。
「全員、佐渡原に注目ーっっ!!」
「え?」
神崎の言葉は佐渡原の表情に微かな嬉しさを滲ませた。
「――…神崎君…」
そして、神崎達は佐渡原に振り返って言った。
「今までお世話になりましたーーっ!!」
『お疲れ様っしたーっっ!!』
大きく開いた膝を曲げ、頭は極限まで低い体勢になって最上級の仁義を見せた。
「うん。うん。授業中なんだけどね…まだ」
感極まって涙する佐渡原が至極真っ当につっこむ。
「あと、そこ教卓」
神崎達は彼を置き去りに席を立ち、悪びれもせず教室から出る。
「神崎先輩、ウチらも行くっスよー」
その光景を見ていた由加が神崎のもとへ駆け寄り、
「パネェ」
「あ?」
授業中にもかかわらず、大声を出して教卓に飛び乗る姿に感嘆する。
「ほらっ、寧々さんも行きましょう」
「え…えぇ…」
千秋が戸惑っている寧々の手を取った。
ぽかんと口を開けていた寧々が、
「いいのかしら…」
そのやり取りで我に返り、授業の途中で退席してもいいのか、困惑する。
学級崩壊とか、
佐渡原は、突然立ち上がり、次々と教室を出ていく石矢魔生徒達に、もう何度目かという驚きと戸惑いの視線を注いでいる。
(てゆーか、早乙女先生はどこいった…)
担任である早乙女の不在を嘆いていると、教室に一人、居残っている姫川の姿を見つけ、声をかけた。
「君は行かなくていいのかい」
「あ?バカ言ってんじゃーよ」
その時、校庭で悲鳴の混じったざわめきが聞こえる。
佐渡原も呻いた。
やがてそれは視界にぐんぐん迫ってくる。
ついにローターの轟音でも声が聞こえないほどになり、衝撃波が校庭の砂塵を吹き飛ばした。
佐渡原は目をすがめて頭上を振り仰ぐと、上空にはヘリの機体。
《竜也坊っちゃま、お迎えに上がりました!!》
「オレ。ヘリで行くから」
(…もうヤダ)
内心、辟易していた。
佐渡原は最後の石矢魔生徒が出ていくのを見送るしかなかった。
ヘリにはスーツを着た黒髪の青年とメイド服を着た女性が立っており、姫川に向かって恭しく一礼してみせる。
「お待たせしました、坊っちゃま。石矢魔高校ですね」
話し方も申し分なく丁寧だ。
「おう。ゲームの時といい、面倒かけるな。蓮井」
「いえ。あの時の竜也様はとても楽しそうに見えましたから。よろしいのですか?」
蓮井と呼ばれた青年が不思議な気持ちで、
「アホだ、アホがいる」
驚きも露に頭上を仰ぐ神崎達を一瞥する。
さすが金持ち。
やることのスケールがでかい。
「あの面々と一緒に行かれなくて」
「――フン。いいいんだよ」
ヘリの座席に身体を預けていた姫川は窓を開けて拡声器を取り出すと、新校舎目指して向かう石矢魔生徒達に宣言する。
《一番のりはオレが貰ったーーーっ!!》
呆けたように頭上を眺めていた神崎達が悔しげに顔を歪めた。
「あっ」
「
姫川を乗せたヘリが、耳を押さえたくなるほどの轟音をまき散らしながら頭上を通過していく。
飛び立つヘリを見上げながら、老人――ベヘモットはなんの危なげもなく体育館の屋根に立ち、遥か遠く彼方を鋭く見据えていた。
「やれやれ、見失ってしもうたわ。どこ行った、あの二人…?」
もう、二人からは遠く離れてしまった。
見渡せば、聖石矢魔学園の校舎が見える。
こんな場所から、二人を見つける何かができるとは――とても思えない。
「男鹿辰巳…か、ふん。聞いた以上に捻くれたガキじゃわい。篠木響古は……媛巫女の血筋か。なるほど、さすがは霊的に守護する特別な巫女。わしの素性を視るとは、よい目をしている」
その時、ベヘモットに声をかける者が現れた。
「そろそろ誰か来る頃だと思ってたが…」
予想外の来訪者と聞いて、一気に駆け抜けて校舎の屋上までやって来た早乙女が隙なく構えていた。
「じじい。まさか、てめーが来るとはな…」
彼の後ろには、聖石矢魔学園の校長と葵の祖父・一刀斎が立っている。
「うちの生徒になんか用か?」
「早乙女殿か…あんたがからんでおったとは…なるほど。こりゃあ、もしかして、わし、ピンチかの?」
冷笑とも苦笑ともつかない表情で、ベヘモットはうそぶく。
かつてない一幕だった。
悪魔が幾人になろうと、互いこそを最大の雄敵とみなしてきた人物なのである。
互いを同格と認めた強者の顔でほくそ笑んだベヘモットに、早乙女は鋭く険しい瞳で睨み据えた。
「ぬかせ。余裕まんまで敵情視察しやがって」
「いやいや。今日はただ、挨拶に来ただけじゃ。そっちの二人も久しい間柄での」
そう言って、視線を早乙女から後ろに立つ二人へと移す。
「――…ちと老けたな。石動 源磨、邦枝 一刀斎」
いつの間にか、ベヘモットは真剣な表情になっていた。
彼の物言いから、軽薄な気取りが消えた。
代わって、鋭い眼差しで二人の顔をまっすぐに見つめる。
「お前に言われたくない」
聖石矢魔学園の校長、石動は渋面を作り、無愛想に答えた。
――聖石矢魔学園 校長、石動 源磨。
「十数年ぶりか」
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