第百八訓
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朝の情報番組が始まる。
芸能ニュースを取り上げるワイドショーが、
≪ザ・エド~!!≫
テロップを映し出すと共に始まった。
だが、今回はいつもと違うようだ。
「こんにちは、草野仁義です。スクープです。今回、我がTHE EDO取材班が、あの大物攘夷浪士とコンタクトをとる事に成功しました」
司会者は手短な挨拶を済ませる。
神妙な表情で、ある攘夷浪士との取材について発表した。
「花野アナ」
そして、取材の担当・花野アナへと顔を向ける。
この件に全力で取り組む決意を固めて、花野アナは頷き、密着インタビューした人物を紹介する。
「ハイ、今回、私が突撃取材を試みたのはこちら…有象無象の攘夷浪士達の中にあって一際、異彩を放つ。神出鬼没、変幻自在。弱きを助け、強きを挫く、ラストサムライ。幕府から指名手配されながら、江戸市中の人気も高いこの人物…」
花野アナは取材した人物の写真つきのボードを見せた。
幕府から指名手配されているため、顔は隠され、名前も伏せて紹介する。
≪狂乱の貴公子の異名をとるKさん。えー、今回は手配中という事もありまして、匿名でならという条件で一日密着を了承してもらいました≫
幕府に敵対する攘夷浪士、しかも指名手配犯なのでかなり厳しい。
それでも、匿名でならという条件つきを得て取材には成功した。
≪ベールに包まれた攘夷浪士達の真実が今、解き明かされる。彼らはこの国の行く末に何を見、何を為さんとしているのか、THE EDO独占取材スクープ「日本の夜明け」スペシャル!!狂乱の貴公子一日密着!!≫
司会者の説明と共にそこで映像は現場へと切り替わる。
そうして始まった攘夷浪士の密着取材。
本人の希望で、場所はラーメン屋に選ばれた。
≪どうも初めまして。大江戸テレビの花野です≫
「どうも」
≪今回は我々の取材に応じてくださって、ありがとうございます≫
対面に座る相手の顔にモザイクをかけ、一部音声にも加工が入る。
※本人の希望により、一部音声を変えさせて頂いております。
「えーと、確認させて頂きますが、あなたが狂乱の貴公子Kさんですよね」
軽い挨拶と共に確認を取った途端、K(仮名)がバラした。
「Kさんじゃない、桂だ」
数秒、僅かな間を置いた、微妙に間抜けな静寂があった。
その静寂を、花野アナの戸惑う声が破る。
「…いや、あの…匿名にしてくれって…そちらが…」
「ああ、そうか。ピーッていれてくれ」
「じゃあピーッていれさせてもらいます」
「ピーじゃない、桂だ」
自分から名前をバラしていく桂に、花野アナは眉根を寄せる。
「いや、もういいです。あのォ…顔にモザイクいれますんで、多分バレないと思いますんで」
「モザイク?なんだと?今、モザイクがかかっているのか、俺の顔に。スグにとれ、人の顔を猥褻物扱いするなど、言語道断」
「いや…だから、こちらもそちらに気を遣ってですね」
「余計な気を回さんでいい、とれと言っているんだ。俺を誰だと思っている」
名前をバラしてしまった桂は顔のモザイクに憤然として抗議する。
「俺は変装の達人だ。今もこうして変装している。逃げの小太郎と異名をとる俺がたやすく正体をさらすわけがない」
「そうですか、すいません。じゃあ、モザイクとります」
言われた通り、顔のモザイクを取る。
変装の達人だと豪語する彼の変装は、鼻と髭がついただけの眼鏡。
ぶっちゃけダサい。
「えーと、じゃあ質問にうつさせてもらいます。Kさん…じゃなくて桂さん。今回は何故、一日密着に応じてくれたんですか?」
その率直な問いかけに、桂は腕を組んで答える。
「一つは、我々攘夷浪士が何たるかを、よく知ってもらいたかった。テロリストなどと我々を蔑み、恐れている輩も多い。確かに、野盗のような輩がいるのも事実」
「どうぞ」
鼻眼鏡をかけたまま真面目に答える桂の横から、幾松が二人分のラーメンを持ってきた。
「あ、すいません」
軽く会釈し、花野アナはちらりと湯気が立ちのぼるラーメンを一瞥する。
取材の場所がラーメン屋なのかと内心でつぶやき、顔を引きつらせた。
「だが、それは一部の話であって。その多くは、この国を憂い、なんとか変えようとしている。尽忠報国の士であることを理解してもらいたい。二つ目は、あの…アレ」
現状が理解できずに困惑する彼女に構わず、ラーメンを食べながら話を続けようとする桂。
麺をすすろうとして、
「ヒゲが邪魔だ」
いきなり、鼻眼鏡を外す。
「ちょっ、もうコレ食べづらい」
食事の邪魔との理由で変装を止めてしまった。
「…桂さん!?あの…顔とか…もう丸出し…」
素顔まで丸出しにやんわりとつっこむが、まるで聞いていない。
「幾松殿、ラーメンとはいかなるものか。お茶とか…なんか」
「ウチはラーメン屋だよ。茶飲みたいなら茶屋にでも行きな」
攘夷浪士相手に冷たく突き放した幾松は、
「ったく、人んちにゾロゾロつれてきて」
と文句をこぼして厨房に戻っていく。
「怒られちゃった~」
「いや、怒られちゃったじゃなくて…顔が…もういいや」
「で、どこまで話したか…」
「あの、我々の取材に応じてくれた理由を…今、二つ目まで」
「ああハイハイ。二つ目は…あのアレ……二つ目ではないな。一つでいいわ」
「…ああ、そうですか」
再びラーメンを食べ始める桂にペースを崩され、だんだんと投げやりな口調になる花野アナ。
気を取り直し、取材に応じた理由をまとめる。
「それでは、桂さんはテレビを通じて攘夷浪士の活動を知ってもらう事によって、この国のために何ができるのか、視聴者おのおのに考えてほしかった…そうとらえていいですか」
花野アナの台詞に、桂は自身もそう思っていたのか、すぐさま相槌を打った。
「ああ、それ二つ目だ。それ言いたかった」
「ちょっと…私のとらないでください」
指名手配犯だからと配慮して映像と音声に加工を入れたというのに、余計なお世話だと言われる始末。
しまいにはコメント泥棒され、だんだんと怒りが滲み出る。
突如、ドンドンと凄まじい勢いで店の戸が叩かれると同時に、ボロボロのエリザベスが吹っ飛んできた。
「エリザベス!!どうした、何があった!?」
花野アナはすぐさまマイクを握ると、状況を伝える。
≪これは…どうしたことでしょう。突如、謎の生物が取材現場に飛び込んでまいりました!!≫
「謎の生物じゃない、エリザベスだ!!」
万が一のため、見張りをしてもらっていたエリザベスの状態にハッとして視線を移す。
店の外を、沖田を先頭に多くの隊士達が刀を構えて囲っていた。
「カーツラぁぁぁぁ!!今日こそ、年貢の納め時だぜィ!!」
≪しっ…真選組です!!なんという事でしょう!取材現場が彼等にかぎつけられていたようです!!≫
「…といように、慌ただしい一日が始まる。ちょうどいい頃合いだし、そろそろ出るか」
「え!?これも予定に入ってるんですか!?」
打ち合わせでは、インタビューで終わる予定だったはず。
桂はテーブルやら椅子やらを固めて侵入を阻み、二階から脱出する。
「皆さん、二階の方から脱出しますんで…あの、キャメラマンの方は後からつっかえるとアレなんで」
「ちょっとォォ。何、人んちにズカズカ入り込んでんの?」
幾松の糾弾を受け流し、桂とエリザベス、花野アナとカメラマンは階段を上る。
≪桂さん、大変、慣れた様子なんですが、こんな事は日常茶飯事なんですか!?≫
「まぁ、そうだな。四六時中、所構わずやってくる。特に飯時と寝入ってる時が多い。無防備な所を狙っているようだが、残念ながら俺にスキはない」
そう言うと、桂は懐から駄菓子を取り出した。
「飯時に襲われてもいいよう『んまい棒』を携帯している。コーンポタージュ味だ」
「…私も好きです、コーンポタージュ味」
花野アナは反応に困り、どうにか応える。
「男子たる者、この世に生まれ出 づる時より、常に死を覚悟して生きねばならぬ。万事に備えあれば常に冷静でいられる。何が起きようと臆する事はなくなるのだ」
桂の台詞はその容姿にふさわしい価値観に沿った殊勝なものだ。
階段を上がって二階に到着し、
「さっ、ここから脱出するぞ」
とベランダを差す。
「カーツラぁぁぁ!!」
手摺に跨った瞬間に、一人の隊士が刀を振り上げて襲いかかってきた。
「うわァァァァァァァァ!!」
直後、桂は物凄い剣幕でうろたえ、悲鳴をあげて蹴りを見舞った。
明らかに矛盾している行動を、花野アナは不審感を抱いて聞く。
「…桂さん、今、うわァァァって言いましたよね」
「かけ声だ。うおりゃああの間違いだ」
「いや、明らかにビビってま…」
とぼけてみたが、無駄だった。
花野アナのツッコミを遮って、真選組が屋根を登って切り込みをかけてきた。
『カ~~ツラぁぁ!!』
花野アナはマイクを持って状況を伝える。
≪なんと、あちらからも!!≫
逃げ場のない屋根の上。
刀を構えて押し寄せる真選組。
以上の事態に、桂は鋭い双眸で周囲を見据え、懐から駄菓子を取り出す。
「んまい棒、混捕駄呪 !!」
必殺技を告げると共に、駄菓子を地面に叩きつける。
それは煙幕となって、桂達の姿をくらます。
真選組の追跡から逃れるため。桂達は屋根の上を歩く。
「なんとか逃げられましたね」
「まァ、これが朝のウォーミングアップといったところか」
「なかなか壮絶な朝ですね、まさに攘夷浪士といったカンジで…あの…桂さん、屋根からは下りられないんですか?」
目線を後ろに流して眉を寄せる花野アナの質問に、桂はこう答える。
「下りん。俺くらいになると、不通に街を歩いているだけでスグに感づかれてしまうものでな」
「桂さん?変装の名人って言ってましたよね。それ…全く通用してないってことじゃ」
思わず首を傾げてしまったが、少し考えればダメじゃん、変装の意味ないじゃん、と内心でつっこむ。
「見ろ」
桂にとってはこの話題は都合が悪いらしく、前方を見るよう促した。
「無視ですか、桂さん」
「そこかしこに屋根の上を歩く者がいるだろう、アレは大体攘夷浪士だ。おーい、グッドモーニング」
「………」
建設中の大工に向けて英語で挨拶するが、当然無視される。
「…桂さん、完全無視ですけど。明らかに、ただの大工ですけど」
「ハッハッハッ。五作の奴め。さてはまた女房とケンカしたな~」
笑って誤魔化す。
そのまま屋根を渡って辿り着いた先は、多くの攘夷浪士が集まる集会所。
殺風景な部屋に駄菓子の残骸が散乱している。
「遅くなったな、スマン」
『桂さん、おはようございます!』
窓から入ってくる桂に、一斉にかしこまった挨拶をする浪士達。
ちなみに、プライバシーを配慮して全員の顔にモザイクがかけられている。
「今日は、キャメラが来てるんだけれども気にしないでいいから。モザイクかけてるから」
「桂さん、これは?」
「攘夷浪士同士の情報交換場といったところか。こうして、活動の成果を報告しあう。ちなみに、この時の味は、んまい棒サラミ味だ」
「サラミ味ですか、私も好きです」
最後のどうでもいい情報に、花野アナは適当に相槌を打つ。
それに気づかず、桂は話を続ける。
「つまり、我々攘夷浪士の活動を端的に言えば、こういった情報を交換しあう事がほとんどと言っていい。方々 を駆け回り、集めた様々な情報、まァ、主に宇宙情勢、幕府の機密なのだが」
論戦、というにはいささか感情の占める割合が多く、
「いや、俺はそれは賛成しかねる!!」
と激昂して叫ぶ者も、
「いやいや、絶対つきあってるって」
と語る者も、互いにありったけの理性を動員して、なお声色に心の傾斜が透けている。
切迫した事態に対する各々らの所感を述べていた。
「これを交換しあい、徐々にその交換の場を高みにもっていく。つまり身分の高いものも意見を交わしあい説得し、やがては国を内側から変える」
これを最前列で、場にそぐうかのように背筋を伸ばし、桂は厳かに語る。
だが、彼らがその真剣さを台無しにしようとする。
「付き合ってないといってるだろう!!矢田亜希美ちゃんが、あんな男と付き合うわけ…」
「宮部!現実を見ろ、押尾学人は、男には嫌われているが女にはモテるのは事実だ!」
先から続く主張の、あるいはこの会合のややこしい点に花野アナは気づいた。
よく耳を澄ましてみると……その内容は言うまでもない。
芸能人同士の恋愛報道だ。
「…桂さん、アレは宇宙情勢なんでしょうか。芸能スキャンダルで聞いた名前が…」
「いい加減にしろ、貴様らァァ!!」
花野アナに含まれる諦念の響きに、すぐさま浪士達を一喝、自分もゴシップに加わり意見を述べる。
「俺はけっこう押尾学人好きだぞ!なかなかワイルドではないか!!若い頃の火野正平を彷彿とさせる…」
「カーツラぁぁ!!」
次の瞬間、襖を勢いよく開けて真選組が乗り込んできた。
「真選組だァァ!!」
「んまい棒、鎖羅魅 !!」
再び駄菓子を叩きつけ、自分達を囲むものの全景を、煙が包む。
会合は真選組の襲撃で中断となり、花野アナは煙に包まれながら怒鳴る。
「桂さんんんん!!またですかァァ!!」
「というカンジで、毎回会議は終わる」
「これも予定通り!?桂さん一体、一日何回襲撃されてんですか!!」
花野アナの抗議は結構な割合で本気が混じっていた。
芸能ニュースを取り上げるワイドショーが、
≪ザ・エド~!!≫
テロップを映し出すと共に始まった。
だが、今回はいつもと違うようだ。
「こんにちは、草野仁義です。スクープです。今回、我がTHE EDO取材班が、あの大物攘夷浪士とコンタクトをとる事に成功しました」
司会者は手短な挨拶を済ませる。
神妙な表情で、ある攘夷浪士との取材について発表した。
「花野アナ」
そして、取材の担当・花野アナへと顔を向ける。
この件に全力で取り組む決意を固めて、花野アナは頷き、密着インタビューした人物を紹介する。
「ハイ、今回、私が突撃取材を試みたのはこちら…有象無象の攘夷浪士達の中にあって一際、異彩を放つ。神出鬼没、変幻自在。弱きを助け、強きを挫く、ラストサムライ。幕府から指名手配されながら、江戸市中の人気も高いこの人物…」
花野アナは取材した人物の写真つきのボードを見せた。
幕府から指名手配されているため、顔は隠され、名前も伏せて紹介する。
≪狂乱の貴公子の異名をとるKさん。えー、今回は手配中という事もありまして、匿名でならという条件で一日密着を了承してもらいました≫
幕府に敵対する攘夷浪士、しかも指名手配犯なのでかなり厳しい。
それでも、匿名でならという条件つきを得て取材には成功した。
≪ベールに包まれた攘夷浪士達の真実が今、解き明かされる。彼らはこの国の行く末に何を見、何を為さんとしているのか、THE EDO独占取材スクープ「日本の夜明け」スペシャル!!狂乱の貴公子一日密着!!≫
司会者の説明と共にそこで映像は現場へと切り替わる。
そうして始まった攘夷浪士の密着取材。
本人の希望で、場所はラーメン屋に選ばれた。
≪どうも初めまして。大江戸テレビの花野です≫
「どうも」
≪今回は我々の取材に応じてくださって、ありがとうございます≫
対面に座る相手の顔にモザイクをかけ、一部音声にも加工が入る。
※本人の希望により、一部音声を変えさせて頂いております。
「えーと、確認させて頂きますが、あなたが狂乱の貴公子Kさんですよね」
軽い挨拶と共に確認を取った途端、K(仮名)がバラした。
「Kさんじゃない、桂だ」
数秒、僅かな間を置いた、微妙に間抜けな静寂があった。
その静寂を、花野アナの戸惑う声が破る。
「…いや、あの…匿名にしてくれって…そちらが…」
「ああ、そうか。ピーッていれてくれ」
「じゃあピーッていれさせてもらいます」
「ピーじゃない、桂だ」
自分から名前をバラしていく桂に、花野アナは眉根を寄せる。
「いや、もういいです。あのォ…顔にモザイクいれますんで、多分バレないと思いますんで」
「モザイク?なんだと?今、モザイクがかかっているのか、俺の顔に。スグにとれ、人の顔を猥褻物扱いするなど、言語道断」
「いや…だから、こちらもそちらに気を遣ってですね」
「余計な気を回さんでいい、とれと言っているんだ。俺を誰だと思っている」
名前をバラしてしまった桂は顔のモザイクに憤然として抗議する。
「俺は変装の達人だ。今もこうして変装している。逃げの小太郎と異名をとる俺がたやすく正体をさらすわけがない」
「そうですか、すいません。じゃあ、モザイクとります」
言われた通り、顔のモザイクを取る。
変装の達人だと豪語する彼の変装は、鼻と髭がついただけの眼鏡。
ぶっちゃけダサい。
「えーと、じゃあ質問にうつさせてもらいます。Kさん…じゃなくて桂さん。今回は何故、一日密着に応じてくれたんですか?」
その率直な問いかけに、桂は腕を組んで答える。
「一つは、我々攘夷浪士が何たるかを、よく知ってもらいたかった。テロリストなどと我々を蔑み、恐れている輩も多い。確かに、野盗のような輩がいるのも事実」
「どうぞ」
鼻眼鏡をかけたまま真面目に答える桂の横から、幾松が二人分のラーメンを持ってきた。
「あ、すいません」
軽く会釈し、花野アナはちらりと湯気が立ちのぼるラーメンを一瞥する。
取材の場所がラーメン屋なのかと内心でつぶやき、顔を引きつらせた。
「だが、それは一部の話であって。その多くは、この国を憂い、なんとか変えようとしている。尽忠報国の士であることを理解してもらいたい。二つ目は、あの…アレ」
現状が理解できずに困惑する彼女に構わず、ラーメンを食べながら話を続けようとする桂。
麺をすすろうとして、
「ヒゲが邪魔だ」
いきなり、鼻眼鏡を外す。
「ちょっ、もうコレ食べづらい」
食事の邪魔との理由で変装を止めてしまった。
「…桂さん!?あの…顔とか…もう丸出し…」
素顔まで丸出しにやんわりとつっこむが、まるで聞いていない。
「幾松殿、ラーメンとはいかなるものか。お茶とか…なんか」
「ウチはラーメン屋だよ。茶飲みたいなら茶屋にでも行きな」
攘夷浪士相手に冷たく突き放した幾松は、
「ったく、人んちにゾロゾロつれてきて」
と文句をこぼして厨房に戻っていく。
「怒られちゃった~」
「いや、怒られちゃったじゃなくて…顔が…もういいや」
「で、どこまで話したか…」
「あの、我々の取材に応じてくれた理由を…今、二つ目まで」
「ああハイハイ。二つ目は…あのアレ……二つ目ではないな。一つでいいわ」
「…ああ、そうですか」
再びラーメンを食べ始める桂にペースを崩され、だんだんと投げやりな口調になる花野アナ。
気を取り直し、取材に応じた理由をまとめる。
「それでは、桂さんはテレビを通じて攘夷浪士の活動を知ってもらう事によって、この国のために何ができるのか、視聴者おのおのに考えてほしかった…そうとらえていいですか」
花野アナの台詞に、桂は自身もそう思っていたのか、すぐさま相槌を打った。
「ああ、それ二つ目だ。それ言いたかった」
「ちょっと…私のとらないでください」
指名手配犯だからと配慮して映像と音声に加工を入れたというのに、余計なお世話だと言われる始末。
しまいにはコメント泥棒され、だんだんと怒りが滲み出る。
突如、ドンドンと凄まじい勢いで店の戸が叩かれると同時に、ボロボロのエリザベスが吹っ飛んできた。
「エリザベス!!どうした、何があった!?」
花野アナはすぐさまマイクを握ると、状況を伝える。
≪これは…どうしたことでしょう。突如、謎の生物が取材現場に飛び込んでまいりました!!≫
「謎の生物じゃない、エリザベスだ!!」
万が一のため、見張りをしてもらっていたエリザベスの状態にハッとして視線を移す。
店の外を、沖田を先頭に多くの隊士達が刀を構えて囲っていた。
「カーツラぁぁぁぁ!!今日こそ、年貢の納め時だぜィ!!」
≪しっ…真選組です!!なんという事でしょう!取材現場が彼等にかぎつけられていたようです!!≫
「…といように、慌ただしい一日が始まる。ちょうどいい頃合いだし、そろそろ出るか」
「え!?これも予定に入ってるんですか!?」
打ち合わせでは、インタビューで終わる予定だったはず。
桂はテーブルやら椅子やらを固めて侵入を阻み、二階から脱出する。
「皆さん、二階の方から脱出しますんで…あの、キャメラマンの方は後からつっかえるとアレなんで」
「ちょっとォォ。何、人んちにズカズカ入り込んでんの?」
幾松の糾弾を受け流し、桂とエリザベス、花野アナとカメラマンは階段を上る。
≪桂さん、大変、慣れた様子なんですが、こんな事は日常茶飯事なんですか!?≫
「まぁ、そうだな。四六時中、所構わずやってくる。特に飯時と寝入ってる時が多い。無防備な所を狙っているようだが、残念ながら俺にスキはない」
そう言うと、桂は懐から駄菓子を取り出した。
「飯時に襲われてもいいよう『んまい棒』を携帯している。コーンポタージュ味だ」
「…私も好きです、コーンポタージュ味」
花野アナは反応に困り、どうにか応える。
「男子たる者、この世に生まれ
桂の台詞はその容姿にふさわしい価値観に沿った殊勝なものだ。
階段を上がって二階に到着し、
「さっ、ここから脱出するぞ」
とベランダを差す。
「カーツラぁぁぁ!!」
手摺に跨った瞬間に、一人の隊士が刀を振り上げて襲いかかってきた。
「うわァァァァァァァァ!!」
直後、桂は物凄い剣幕でうろたえ、悲鳴をあげて蹴りを見舞った。
明らかに矛盾している行動を、花野アナは不審感を抱いて聞く。
「…桂さん、今、うわァァァって言いましたよね」
「かけ声だ。うおりゃああの間違いだ」
「いや、明らかにビビってま…」
とぼけてみたが、無駄だった。
花野アナのツッコミを遮って、真選組が屋根を登って切り込みをかけてきた。
『カ~~ツラぁぁ!!』
花野アナはマイクを持って状況を伝える。
≪なんと、あちらからも!!≫
逃げ場のない屋根の上。
刀を構えて押し寄せる真選組。
以上の事態に、桂は鋭い双眸で周囲を見据え、懐から駄菓子を取り出す。
「んまい棒、
必殺技を告げると共に、駄菓子を地面に叩きつける。
それは煙幕となって、桂達の姿をくらます。
真選組の追跡から逃れるため。桂達は屋根の上を歩く。
「なんとか逃げられましたね」
「まァ、これが朝のウォーミングアップといったところか」
「なかなか壮絶な朝ですね、まさに攘夷浪士といったカンジで…あの…桂さん、屋根からは下りられないんですか?」
目線を後ろに流して眉を寄せる花野アナの質問に、桂はこう答える。
「下りん。俺くらいになると、不通に街を歩いているだけでスグに感づかれてしまうものでな」
「桂さん?変装の名人って言ってましたよね。それ…全く通用してないってことじゃ」
思わず首を傾げてしまったが、少し考えればダメじゃん、変装の意味ないじゃん、と内心でつっこむ。
「見ろ」
桂にとってはこの話題は都合が悪いらしく、前方を見るよう促した。
「無視ですか、桂さん」
「そこかしこに屋根の上を歩く者がいるだろう、アレは大体攘夷浪士だ。おーい、グッドモーニング」
「………」
建設中の大工に向けて英語で挨拶するが、当然無視される。
「…桂さん、完全無視ですけど。明らかに、ただの大工ですけど」
「ハッハッハッ。五作の奴め。さてはまた女房とケンカしたな~」
笑って誤魔化す。
そのまま屋根を渡って辿り着いた先は、多くの攘夷浪士が集まる集会所。
殺風景な部屋に駄菓子の残骸が散乱している。
「遅くなったな、スマン」
『桂さん、おはようございます!』
窓から入ってくる桂に、一斉にかしこまった挨拶をする浪士達。
ちなみに、プライバシーを配慮して全員の顔にモザイクがかけられている。
「今日は、キャメラが来てるんだけれども気にしないでいいから。モザイクかけてるから」
「桂さん、これは?」
「攘夷浪士同士の情報交換場といったところか。こうして、活動の成果を報告しあう。ちなみに、この時の味は、んまい棒サラミ味だ」
「サラミ味ですか、私も好きです」
最後のどうでもいい情報に、花野アナは適当に相槌を打つ。
それに気づかず、桂は話を続ける。
「つまり、我々攘夷浪士の活動を端的に言えば、こういった情報を交換しあう事がほとんどと言っていい。
論戦、というにはいささか感情の占める割合が多く、
「いや、俺はそれは賛成しかねる!!」
と激昂して叫ぶ者も、
「いやいや、絶対つきあってるって」
と語る者も、互いにありったけの理性を動員して、なお声色に心の傾斜が透けている。
切迫した事態に対する各々らの所感を述べていた。
「これを交換しあい、徐々にその交換の場を高みにもっていく。つまり身分の高いものも意見を交わしあい説得し、やがては国を内側から変える」
これを最前列で、場にそぐうかのように背筋を伸ばし、桂は厳かに語る。
だが、彼らがその真剣さを台無しにしようとする。
「付き合ってないといってるだろう!!矢田亜希美ちゃんが、あんな男と付き合うわけ…」
「宮部!現実を見ろ、押尾学人は、男には嫌われているが女にはモテるのは事実だ!」
先から続く主張の、あるいはこの会合のややこしい点に花野アナは気づいた。
よく耳を澄ましてみると……その内容は言うまでもない。
芸能人同士の恋愛報道だ。
「…桂さん、アレは宇宙情勢なんでしょうか。芸能スキャンダルで聞いた名前が…」
「いい加減にしろ、貴様らァァ!!」
花野アナに含まれる諦念の響きに、すぐさま浪士達を一喝、自分もゴシップに加わり意見を述べる。
「俺はけっこう押尾学人好きだぞ!なかなかワイルドではないか!!若い頃の火野正平を彷彿とさせる…」
「カーツラぁぁ!!」
次の瞬間、襖を勢いよく開けて真選組が乗り込んできた。
「真選組だァァ!!」
「んまい棒、
再び駄菓子を叩きつけ、自分達を囲むものの全景を、煙が包む。
会合は真選組の襲撃で中断となり、花野アナは煙に包まれながら怒鳴る。
「桂さんんんん!!またですかァァ!!」
「というカンジで、毎回会議は終わる」
「これも予定通り!?桂さん一体、一日何回襲撃されてんですか!!」
花野アナの抗議は結構な割合で本気が混じっていた。