第百五十六~百五十七訓
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「銀ちゃん、私の保険証は?」
「あ?病院にでもいきてーのか?」
ある日、神楽は身体の調子が悪いと訴えてきた。
普段の活発で無邪気な面影は、どこにも見当たらない。
瞳は暗く淀み、身体は鉛のように重くて動くのも億劫だ。
「なんか最近、身体の調子が悪いアル。身体がダルくて、動くのも億劫アル」
珍しく弱々しい少女の様子に、心配になった響古が問いかける。
「なに神楽、病気?」
実を言えば、自分も体調が芳 しくない。
身体がやけに重く感じ、動くのも億劫。
そのくせ、胃がきゅるきゅると蠕動 し、食べ物を求めて騒いでいる。
だから、大いに食べた。
目についた食べ物を口いっぱいに頬張って、ジュースで流し込む。
そんな食生活がしばらく続いた気がする。
「カゼか?お前、コタツで寝たりとか、だらしねー生活してるからそういう事になんの」
ソファの向かい側に座る銀時が、いつものように気だるげな表情で言う。
「いや、銀さんに言われたくないでしょ」
もっともな指摘で、新八は体温計で熱を測ってみる。
「アレ?でも熱もありませんよ。カゼじゃないみたい、なんだろ?」
結果は平熱。
風邪ではない。
「咳もねーしな。別に、これといって異常はねーよな」
「……なんだろ。なんか違和感はありますけどね。神楽ちゃんだけでなく響古さんも」
新八が意味深げに響古を見た。
微かに怪訝な色を浮かべ、響古は首を捻る。
「どーいうこと?」
すると、何を思ったのか、何故か自分の身体のあちこちに指を這わせ始める。
顔、胸、おなか、太もも――少し太ったかもしれない。
そりゃ、今年のバレンタインデー、篠木 響古へチョコを贈るという女子は多かった。
もらった義理チョコの何割かは、ケーキなどに加工して美味しくいただいた。
「カゼのひき始めじゃねーの。関節とか痛くね?」
「ウン。ズボンのゴムのあたりが痛いネ、しめつけられるようアル」
「恐いなー。やっぱ病院いった方がいいよ」
「まァ、唯一食欲あるのが救いですよね」
食べかけのおにぎりを手にしたまま、よろよろと立ち上がる。
苦しそうに顔を歪める神楽を見て、銀時は思わず駆け寄った。
「た…立つことすら、ままならないアル」
「オイオイ大丈夫か、フラフラじゃねーか。ちょっ、一旦おにぎり置け、無理して食うなよ」
「いやアル。おにぎりがないと不安ネ」
本能めいた何かに突き動かされておにぎりを食べる神楽。
「…これは重症ね」
響古は眉を寄せ、痛ましげにつぶやいた。
「響古、新八、今日の仕事相手、お前ら先に会いにいっててくれ。俺、神楽、病院送っていくから」
「はい」
「銀、ちょっと待って。あたしが病院に連れていくわ」
「…え。大丈夫か」
銀時が胡乱そうに告げて、じっと眺めている。
新発見した珍獣の生態を観察するような思慮深げな顔つきで……。
「大丈夫って何が」
「…いや、なんでも」
「変な銀。ホラ神楽、しっかりして。今から病院つれていってあげるから」
「く…苦しい」
神楽を背負うと、ずっしりとのしかかる重さ。
まだ15歳で小柄だというのに、こちらが押し潰されてしまうほどだ。
「なんだろ。なんか違和感があるんですけど」
新八は顎に手をやって考え込んだ。
「今の神楽を病院までつれていけるのか、響古は…」
「――にぎゃあああああっ!?」
突如、悲鳴があがった。
響古が踏み出した箇所から、ひび割れが放射状に走る。
床のほとんどが砕け散った。
一歩、踏み出しただけで!
当然、二人は階下へと落下した。
「あ。なんか――デカくね?」
一階のスナックで倒れている響古と神楽を見下ろし、新八は素朴な疑問を呈する。
「いや、遅くね?」
そのつぶやきを聞いて驚いたのか、銀時はつっこんだ。
第百五十六訓
やせたいなら動け
――本当に恐い異変は突然、訪れるものではない。
――じわじわと、そして着実に日常を蝕んでくる。
――その微かな変化には、本人も周りも容易には気づかない。
――気がついた時には、もう遅い。
――事態は、とり返しのつかないところまで進行しているのだ。
真実の輪郭を告げられた二人は病院に行くことなく、がっくりとうなだれた顔で河川敷にいた。
悄然とした様子で落ち込む神楽の脳裏に、移動の途中で見かけた子供達が元気に走り回る場面が過ぎる。
――私もみんなと一緒にはね回りたい。もう一度みんなと一緒に汗を流したい。
――そう、今私達が今、流すべきは汗だった。
満面の笑みで遊びに興じる少年少女。
本当なら、あの楽しそうな輪に自分も入るはずだった。
それが今ではご覧のありさま。
一人では歩けないほどブクブクと太ってしまい、みんなと一緒に走り回ることなどできそうにない。
ガリガリに痩せている人間へ、
「あなた太った?」
と言ってもダメージはない。
ちょっとポチャッとしてきた人間にそう告げてこそ、相手はそういう衝撃を受けるのだ。
――しかし、この身体ではそれすら叶わない。流れおちるは涙ばかり。
――若さに、かまけ、暴飲暴食をくり返した日々をふり返っては涙ばかり流れた。
最近、街を歩いていると周りの目が変わったのは気づいていた。
珍獣を見るような眼差しを向けられ、睨み返せば視線を逸らすからたいして気にしていなかった。
それがいけなかった。
大量のチョコレートを食べる日々、加えてゴロゴロする時間が災いし、誰もが羨む美女の体型は、見る見る変化を遂げた。
いかにも女性らしく緩急メリハリのついた肢体は……あぶらみ過剰な脂肪がおなかにまとわり、ぜい肉となってしまっていた。
――太古の昔より、乙女達は食と美の間 、煉獄で、戦い続けてきた。
――女である以上、戦いは避けられない。やせたい、しかも楽して。
同じく暴飲暴食を繰り返して後悔する神楽と共にダイエットを決意したが、楽して痩せる方法はないかと模索する。
――二人では、どうにもならない。
――私達は、同じ乙女でもある女性 に師事を仰ぐことにした。
二人は同じ乙女として、スタイルに気を配っているだろう妙のいる道場へ訪れた。
「任せてください」
憧憬する美女と敬愛する少女からの相談に、妙は朗らかな笑顔で答えてくれた。
相変わらずの淑やかな笑顔。
「ダイエットならコレがおすすめです。ハーゲンダイエット~」
彼女は今、実践しているアイスダイエットを教えてくれた。
「普通のダイエットは食事制限したり運動したり、なかなか大変でしょう。でもコレなら何の苦労もなしに食べながらやせることができるの。響古さんと神楽ちゃんには合ってると思うわ」
ダイエット方法と呼ばれるのは数百種類もあるが、中には効果のないもの、健康に悪影響を与えるものも少なくない。
まさに、妙が教えてくれたダイエットもその例だろう。
二人は彼女の体型を見て、そう思った。
「要するに、食事の前にアイスを食べるだけなの。そうする事によって胃に膜ができて、その後の食事の吸収をおさえるらしいのよ、スゴイでしょ」
何故なら、アイスダイエットを実践している彼女もまた、太っていたからだ。
女性というよりも『少女』と呼ぶべきスリムな体型は、今や横に大きく広がり、脂肪がたっぷりのデブとなっていた。
――私達は知った。
――ダイエットに楽な方方法などないという事を。そしてそういう怠慢な事を考える奴が太るのだという事を。
「……スゴイアル~」
「そうでしょ」
あぶらみ過剰な体型を目の当たりにして、顔を引きつらせる響古と神楽。
「フフフ。二人とも、もうおしまいね」
すると、頭上から声が届いた。
天井の板がひとりでに動き、眼鏡をかけた女性が顔を覗かせる――さっちゃんだ。
彼女は忍者という職業をいかんなく発揮して、道場の天井裏に忍び込んでいた。
「そんな身体じゃ、愛する人にお姫様だっこしてもらう事も叶わない。さすがの銀さんでも、腕がちぎれることは必至」
肥満体型へと成り下がってしまった二人を、すごく優しい顔で見ている。
間違いなく勝者が敗者に向ける顔だ。
さっちゃんは神楽と妙を嘲笑うかのように言い放ってから、響古に話しかけた。
「安心してください、響古さん。私はあなたが太っていようが、銀さんと一緒に幸せにしてあげ…」
熱のこもった瞳で見据えられて、響古の背筋がぞくりと震えた。
さっちゃんの妖しい魅力に引き込まれたのではなく、恐怖であるがゆえに。
その時、天井が揺れた。
ビキキ、と亀裂が入るような音。
直後、真上から崩れ落ちてさっちゃんは四肢をテーブルに投げ出した。
ひたすら哀れみの視線を向けていた彼女も、同じく穴の貉 だった。
「ちょっと。人んち壊さないでください」
――私達は知った。
――今、私達が戦うべきは、己自身だということを。
響古達が向かう断食道場は高台の上に建っている。
そこに辿り着くためには、結構な高さを誇る石段に挑まなければならない。
デブとなった響古達にとっては、かなりの苦行である。
息をぜいぜい切らしながら、どうにか登りきる。
暖かくなってきた四月の初めにもかかわらず、汗もたっぷりと流す羽目になった。
そこで用意された胴着に着替え、和尚が来るのを待つ。
「スゴイアル、いっぱいネ」
「けっこう有名な断食道場らしくてね。厳しくて、脱落者もたくさん来るようだけど確実に、やせられるらしいのよ」
周りを見渡せば、同じような体型の女性達で溢れ返っていた。
皆、おなか回りや太もも、肉のつきやすい場所に脂肪が目立ち、蒸し暑い空気をつくっている。
「はたして、この中の何人が残れるのかしら、疑問だわ。根性もないくせに。ひやかしなら勘弁してほしいわね。こっちは真剣に来てるんだから」
冷ややかな眼差しで周りの参加者を眺めるさっちゃん。
ここで響古と妙が皮肉っぽく言ってきた。
「だったらまず、その手に持ってるの捨てなさい」
「まったくですね。帰ってください、猿飛さん」
二人の視線の先には、さっちゃんがもりもりと食べる納豆丼がある。
「言っとくけど私別に、やせに来たわけじゃないから。あなた達を笑いに来たの。このおなかも別に太ったわけじゃないし。教えてほしい?この、おなかはねェ」
納豆を口の端につけながら、遺憾な表情で眉をひそめる。
「銀さんと響古さんの子供が……ぐげろぼ」
唐突に太った言い訳を始めると、
「まァ。ネバネバの子供が生まれたわ、おめでとう」
という妙の言葉と共に放たれる回し蹴り。
さっちゃんはその場で嘔吐した。
いつも通りの光景を横目に、神楽がふと顔を向ける。
そこに見知った二人が立っていた。
「おや、なんだい?」
「テメーラモ、キテタンデスネ」
あちらも響古達に気づくと、驚いたように訊ねてきた。
「バーさん、キャサリン、どうしたアルカ、そのハラ。便秘アルカ」
「ンナワキャネーダロ」
なかなかド直球な問いかけにつっこむキャサリン。
だが、いかんせん片言の日本語なので神楽は容赦なく切り捨てる。
「読みづらい、しゃべんな」
すると、お登勢が太った理由を話してくれた。
「歓送迎会シーズンに客の酒につき合ってたらあっという間に、これさね」
「あまり無理なさらない方が。そのお歳で断食なんて身体に負担がかかりますよ。改造手術の方がてっとり早くていいんじゃないでしょうか」
初老の体調を気遣ってか、妙は憂い顔だ。
しかし、その憂い顔とは裏腹な心外な言われように、お登勢は声を荒げてつっこんだ。
「改造手術の方が負担がかかるだろ!!つーか、どういう意味!!」
すると、キャサリンが口を挟んできた。
響古達を指差すと、小馬鹿にした言葉をぶつける。
「お前ラニ一言言ッテオクケド、別ニ、ヤセテモ顔ト変ワラナイカラネ。ブサイクナ奴ガヤセテモブサイクダカラ。ファッション感覚デダイエットトカ言イタイダケノ奴ガ一番嫌ナンダヨ私」
最近の流行などにたいした理解もせず、すぐに乗ろうとする女性達を揶揄する言葉。
響古は青筋を立てた。
「おめーに、だけは言われたくないんだけど!!」
「それにしても、まさかアンタまで太るとは…何が原因でそうなったんだい?」
お登勢に話を振られ、乾いた笑い声をあげる。
「あはは…バレンタインデーの義理チョコの食べすぎで…こうなっちゃいました」
「アンタ、いつか銀時から監禁されるよ」
「あ?病院にでもいきてーのか?」
ある日、神楽は身体の調子が悪いと訴えてきた。
普段の活発で無邪気な面影は、どこにも見当たらない。
瞳は暗く淀み、身体は鉛のように重くて動くのも億劫だ。
「なんか最近、身体の調子が悪いアル。身体がダルくて、動くのも億劫アル」
珍しく弱々しい少女の様子に、心配になった響古が問いかける。
「なに神楽、病気?」
実を言えば、自分も体調が
身体がやけに重く感じ、動くのも億劫。
そのくせ、胃がきゅるきゅると
だから、大いに食べた。
目についた食べ物を口いっぱいに頬張って、ジュースで流し込む。
そんな食生活がしばらく続いた気がする。
「カゼか?お前、コタツで寝たりとか、だらしねー生活してるからそういう事になんの」
ソファの向かい側に座る銀時が、いつものように気だるげな表情で言う。
「いや、銀さんに言われたくないでしょ」
もっともな指摘で、新八は体温計で熱を測ってみる。
「アレ?でも熱もありませんよ。カゼじゃないみたい、なんだろ?」
結果は平熱。
風邪ではない。
「咳もねーしな。別に、これといって異常はねーよな」
「……なんだろ。なんか違和感はありますけどね。神楽ちゃんだけでなく響古さんも」
新八が意味深げに響古を見た。
微かに怪訝な色を浮かべ、響古は首を捻る。
「どーいうこと?」
すると、何を思ったのか、何故か自分の身体のあちこちに指を這わせ始める。
顔、胸、おなか、太もも――少し太ったかもしれない。
そりゃ、今年のバレンタインデー、篠木 響古へチョコを贈るという女子は多かった。
もらった義理チョコの何割かは、ケーキなどに加工して美味しくいただいた。
「カゼのひき始めじゃねーの。関節とか痛くね?」
「ウン。ズボンのゴムのあたりが痛いネ、しめつけられるようアル」
「恐いなー。やっぱ病院いった方がいいよ」
「まァ、唯一食欲あるのが救いですよね」
食べかけのおにぎりを手にしたまま、よろよろと立ち上がる。
苦しそうに顔を歪める神楽を見て、銀時は思わず駆け寄った。
「た…立つことすら、ままならないアル」
「オイオイ大丈夫か、フラフラじゃねーか。ちょっ、一旦おにぎり置け、無理して食うなよ」
「いやアル。おにぎりがないと不安ネ」
本能めいた何かに突き動かされておにぎりを食べる神楽。
「…これは重症ね」
響古は眉を寄せ、痛ましげにつぶやいた。
「響古、新八、今日の仕事相手、お前ら先に会いにいっててくれ。俺、神楽、病院送っていくから」
「はい」
「銀、ちょっと待って。あたしが病院に連れていくわ」
「…え。大丈夫か」
銀時が胡乱そうに告げて、じっと眺めている。
新発見した珍獣の生態を観察するような思慮深げな顔つきで……。
「大丈夫って何が」
「…いや、なんでも」
「変な銀。ホラ神楽、しっかりして。今から病院つれていってあげるから」
「く…苦しい」
神楽を背負うと、ずっしりとのしかかる重さ。
まだ15歳で小柄だというのに、こちらが押し潰されてしまうほどだ。
「なんだろ。なんか違和感があるんですけど」
新八は顎に手をやって考え込んだ。
「今の神楽を病院までつれていけるのか、響古は…」
「――にぎゃあああああっ!?」
突如、悲鳴があがった。
響古が踏み出した箇所から、ひび割れが放射状に走る。
床のほとんどが砕け散った。
一歩、踏み出しただけで!
当然、二人は階下へと落下した。
「あ。なんか――デカくね?」
一階のスナックで倒れている響古と神楽を見下ろし、新八は素朴な疑問を呈する。
「いや、遅くね?」
そのつぶやきを聞いて驚いたのか、銀時はつっこんだ。
第百五十六訓
やせたいなら動け
――本当に恐い異変は突然、訪れるものではない。
――じわじわと、そして着実に日常を蝕んでくる。
――その微かな変化には、本人も周りも容易には気づかない。
――気がついた時には、もう遅い。
――事態は、とり返しのつかないところまで進行しているのだ。
真実の輪郭を告げられた二人は病院に行くことなく、がっくりとうなだれた顔で河川敷にいた。
悄然とした様子で落ち込む神楽の脳裏に、移動の途中で見かけた子供達が元気に走り回る場面が過ぎる。
――私もみんなと一緒にはね回りたい。もう一度みんなと一緒に汗を流したい。
――そう、今私達が今、流すべきは汗だった。
満面の笑みで遊びに興じる少年少女。
本当なら、あの楽しそうな輪に自分も入るはずだった。
それが今ではご覧のありさま。
一人では歩けないほどブクブクと太ってしまい、みんなと一緒に走り回ることなどできそうにない。
ガリガリに痩せている人間へ、
「あなた太った?」
と言ってもダメージはない。
ちょっとポチャッとしてきた人間にそう告げてこそ、相手はそういう衝撃を受けるのだ。
――しかし、この身体ではそれすら叶わない。流れおちるは涙ばかり。
――若さに、かまけ、暴飲暴食をくり返した日々をふり返っては涙ばかり流れた。
最近、街を歩いていると周りの目が変わったのは気づいていた。
珍獣を見るような眼差しを向けられ、睨み返せば視線を逸らすからたいして気にしていなかった。
それがいけなかった。
大量のチョコレートを食べる日々、加えてゴロゴロする時間が災いし、誰もが羨む美女の体型は、見る見る変化を遂げた。
いかにも女性らしく緩急メリハリのついた肢体は……あぶらみ過剰な脂肪がおなかにまとわり、ぜい肉となってしまっていた。
――太古の昔より、乙女達は食と美の
――女である以上、戦いは避けられない。やせたい、しかも楽して。
同じく暴飲暴食を繰り返して後悔する神楽と共にダイエットを決意したが、楽して痩せる方法はないかと模索する。
――二人では、どうにもならない。
――私達は、同じ乙女でもある
二人は同じ乙女として、スタイルに気を配っているだろう妙のいる道場へ訪れた。
「任せてください」
憧憬する美女と敬愛する少女からの相談に、妙は朗らかな笑顔で答えてくれた。
相変わらずの淑やかな笑顔。
「ダイエットならコレがおすすめです。ハーゲンダイエット~」
彼女は今、実践しているアイスダイエットを教えてくれた。
「普通のダイエットは食事制限したり運動したり、なかなか大変でしょう。でもコレなら何の苦労もなしに食べながらやせることができるの。響古さんと神楽ちゃんには合ってると思うわ」
ダイエット方法と呼ばれるのは数百種類もあるが、中には効果のないもの、健康に悪影響を与えるものも少なくない。
まさに、妙が教えてくれたダイエットもその例だろう。
二人は彼女の体型を見て、そう思った。
「要するに、食事の前にアイスを食べるだけなの。そうする事によって胃に膜ができて、その後の食事の吸収をおさえるらしいのよ、スゴイでしょ」
何故なら、アイスダイエットを実践している彼女もまた、太っていたからだ。
女性というよりも『少女』と呼ぶべきスリムな体型は、今や横に大きく広がり、脂肪がたっぷりのデブとなっていた。
――私達は知った。
――ダイエットに楽な方方法などないという事を。そしてそういう怠慢な事を考える奴が太るのだという事を。
「……スゴイアル~」
「そうでしょ」
あぶらみ過剰な体型を目の当たりにして、顔を引きつらせる響古と神楽。
「フフフ。二人とも、もうおしまいね」
すると、頭上から声が届いた。
天井の板がひとりでに動き、眼鏡をかけた女性が顔を覗かせる――さっちゃんだ。
彼女は忍者という職業をいかんなく発揮して、道場の天井裏に忍び込んでいた。
「そんな身体じゃ、愛する人にお姫様だっこしてもらう事も叶わない。さすがの銀さんでも、腕がちぎれることは必至」
肥満体型へと成り下がってしまった二人を、すごく優しい顔で見ている。
間違いなく勝者が敗者に向ける顔だ。
さっちゃんは神楽と妙を嘲笑うかのように言い放ってから、響古に話しかけた。
「安心してください、響古さん。私はあなたが太っていようが、銀さんと一緒に幸せにしてあげ…」
熱のこもった瞳で見据えられて、響古の背筋がぞくりと震えた。
さっちゃんの妖しい魅力に引き込まれたのではなく、恐怖であるがゆえに。
その時、天井が揺れた。
ビキキ、と亀裂が入るような音。
直後、真上から崩れ落ちてさっちゃんは四肢をテーブルに投げ出した。
ひたすら哀れみの視線を向けていた彼女も、同じく穴の
「ちょっと。人んち壊さないでください」
――私達は知った。
――今、私達が戦うべきは、己自身だということを。
響古達が向かう断食道場は高台の上に建っている。
そこに辿り着くためには、結構な高さを誇る石段に挑まなければならない。
デブとなった響古達にとっては、かなりの苦行である。
息をぜいぜい切らしながら、どうにか登りきる。
暖かくなってきた四月の初めにもかかわらず、汗もたっぷりと流す羽目になった。
そこで用意された胴着に着替え、和尚が来るのを待つ。
「スゴイアル、いっぱいネ」
「けっこう有名な断食道場らしくてね。厳しくて、脱落者もたくさん来るようだけど確実に、やせられるらしいのよ」
周りを見渡せば、同じような体型の女性達で溢れ返っていた。
皆、おなか回りや太もも、肉のつきやすい場所に脂肪が目立ち、蒸し暑い空気をつくっている。
「はたして、この中の何人が残れるのかしら、疑問だわ。根性もないくせに。ひやかしなら勘弁してほしいわね。こっちは真剣に来てるんだから」
冷ややかな眼差しで周りの参加者を眺めるさっちゃん。
ここで響古と妙が皮肉っぽく言ってきた。
「だったらまず、その手に持ってるの捨てなさい」
「まったくですね。帰ってください、猿飛さん」
二人の視線の先には、さっちゃんがもりもりと食べる納豆丼がある。
「言っとくけど私別に、やせに来たわけじゃないから。あなた達を笑いに来たの。このおなかも別に太ったわけじゃないし。教えてほしい?この、おなかはねェ」
納豆を口の端につけながら、遺憾な表情で眉をひそめる。
「銀さんと響古さんの子供が……ぐげろぼ」
唐突に太った言い訳を始めると、
「まァ。ネバネバの子供が生まれたわ、おめでとう」
という妙の言葉と共に放たれる回し蹴り。
さっちゃんはその場で嘔吐した。
いつも通りの光景を横目に、神楽がふと顔を向ける。
そこに見知った二人が立っていた。
「おや、なんだい?」
「テメーラモ、キテタンデスネ」
あちらも響古達に気づくと、驚いたように訊ねてきた。
「バーさん、キャサリン、どうしたアルカ、そのハラ。便秘アルカ」
「ンナワキャネーダロ」
なかなかド直球な問いかけにつっこむキャサリン。
だが、いかんせん片言の日本語なので神楽は容赦なく切り捨てる。
「読みづらい、しゃべんな」
すると、お登勢が太った理由を話してくれた。
「歓送迎会シーズンに客の酒につき合ってたらあっという間に、これさね」
「あまり無理なさらない方が。そのお歳で断食なんて身体に負担がかかりますよ。改造手術の方がてっとり早くていいんじゃないでしょうか」
初老の体調を気遣ってか、妙は憂い顔だ。
しかし、その憂い顔とは裏腹な心外な言われように、お登勢は声を荒げてつっこんだ。
「改造手術の方が負担がかかるだろ!!つーか、どういう意味!!」
すると、キャサリンが口を挟んできた。
響古達を指差すと、小馬鹿にした言葉をぶつける。
「お前ラニ一言言ッテオクケド、別ニ、ヤセテモ顔ト変ワラナイカラネ。ブサイクナ奴ガヤセテモブサイクダカラ。ファッション感覚デダイエットトカ言イタイダケノ奴ガ一番嫌ナンダヨ私」
最近の流行などにたいした理解もせず、すぐに乗ろうとする女性達を揶揄する言葉。
響古は青筋を立てた。
「おめーに、だけは言われたくないんだけど!!」
「それにしても、まさかアンタまで太るとは…何が原因でそうなったんだい?」
お登勢に話を振られ、乾いた笑い声をあげる。
「あはは…バレンタインデーの義理チョコの食べすぎで…こうなっちゃいました」
「アンタ、いつか銀時から監禁されるよ」