第百五十二訓
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――昔、どこかの軍師が言ったそうだ。
――戦 を必勝に導く名軍師は、誰より臆病な奴のことだと。
四階建て計八部屋という小さめの物件で、中も四畳という狭さ。
ちゃんと浴室、トイレ、台所がついていることが救いという、外観も含めて寂しいアパート。
お世辞にも綺麗とは言えないが、身を隠すには十分な広さだ。
――臆病な奴は不測の事態に、おびえ、万全の準備を整えることができる。
――臆病な奴は絶対に勝てる条件がそろうまで、戦はしない。
―――まったく偉い事を言った奴がいたもんだ。おかげで俺は、こんな汚い部屋に3か月こもるハメに遭っている。
ベッドだけが清潔に保たれている反面、その他の場所は完全に放置されていた。
居間どころか、廊下も散らかし放題。
大量のゴミが散乱し、見た限りの無残なありさまだ。
――だが、こいつは軍師の話だ。
――臆病なだけでは、戦には勝てない、戦にかつにはもう一つ必要なものがある。
――大軍に突撃する勇敢な兵士達。
――つまり一匹狼の俺は臆病な軍師であり、勇敢な兵士にもなれなればならない。
太陽の光が窓から射し込んできて、緩慢に起き上がる。
床に散らばる食品類の残骸を踏んで、水槽の前で立ち止まった。
――難儀な話だ。
――どうやら俺は軍師の才は微かにあるらしいが、兵士としはからっきしらしい。
――この仕事について二十年たつが、仕事の前は毎度、震えが止まらない。
――練りに練った作戦と、絶対に安全な隠れ蓑 に身を隠し、エサが来た時のみ、食らいつく。
パラパラと水槽にエサを落とすと、甲羅から亀の頭が出てきた。
ペットにエサを与え、男は編み笠をかぶる。
――そんな臆病な俺の仕事を見て、口の悪い奴はこう言った。
――臆病で愚鈍、お前はまるで。
次に、窓の前に鎮座する置き物から、すっぽりと覆い隠した布を剥ぎ取った。
布から現れたのは、敵を狙撃することのできるスナイパーライフル。
台座に銃身を置き、ボルトを引いて装弾。
椅子に座った体勢からスコープに目線を合わせ、照準を敵に照らし合わせる。
――亀だ。
――その日から俺は殺し屋「亀」と呼ばれるようになった。
依頼を受けて標的の抹殺を請け負う殺し屋――それが彼の仕事だ。
亀の甲羅を模したマスクで口許を覆い、目を細める。
――まったく呑気な名前だろう。
――誰が江戸一番の殺し屋なんて思うものか。
――そうさ、俺を最強の殺し屋なんていう輩 もいるが、そいつは違う。
――俺は江戸一番、臆病なだけだ。
――俺が、こんな物騒な得物の扱いに長 けたのは、素手で標的を殴り殺す力も度胸もないからだ。
亀のすぐ傍に、十数枚の書類がバラバラになって散乱している。
今回の標的の調査報告書であった。
盗撮された顔写真まで添えてある。
反乱分子を取り締まる真選組を創設し、自身も警察庁長官である松平の個人情報が書かれていた。
――俺が絶対に的を外さないのは、報復を恐れているからだ。
――俺が金さえ積めば誰だろうと殺すのは、老後の生活を心配しているからだ。
顔には不安と焦りのような滲み出ている。
遠距離からの狙撃による暗殺では、亀の悪い癖が出る。
一発で命中したことにホッとなどできない。
初弾の一発が外れて、隙を突かれてしまったら?
暗殺に失敗して、逆上した依頼主に殺されてしまったら?
その光景を想像すると、亀の手は激しく震えた。
――標的は日曜の午後、公園に犬の散歩に来る。
――幕府の某 という情報が入っているが、それさえわかれば、俺には十分だった。
震えが増して、ライフルがカタカタと音を立てた。
耳に届くのは、遥か遠くの風の音と自分の息遣いだけ。
決して失敗を起こさないよう気を引き締め、努めて冷静に引鉄に指をかけてじっと待つ。
――あとは、俺の手の震えが止まるのを待つだけだった。
――甲羅の中から援軍がでてくるのを待つだけだ。
息をひそめて、銃口を標的が来るであろう公園へと向けた。
獲物を待つ獣のように静かにスコープを覗く。
――だが…俺の手の震えがおさまることはなかった。
――俺の目の前に現れたその男は、臆病な軍師でも勇敢な兵士でも、まして標的ではない。
そうして、徐々に拡大される視界に飛び込んできたのは、ベンチに座って鼻をほじる、銀髪の男だった。
――そいつは…。
暖かな春を迎えた昼下がり。
近所の散歩をしながらのんびりと過ごしていた響古は、街角から見知った顔と出くわした。
「あ。長谷川さん」
声をかけると、あちらも気づいたようで立ち止まる。
「アレ!?響古ちゃん。珍しいね、一人なんて」
「そっちの方こそ、何してるんですか。紙袋なんか持って」
「これでも仕事中だよ。新聞の営業回り中。そーいう響古ちゃんも大変だな。仕事もなく、金もなく暇してる彼氏をもって」
苦笑を受ける長谷川の視線を受け止めて、響古は肩を落として溜め息をついた。
苦労するだが、次の瞬間には尊大に言い放つ。
「わかってるんなら、何かおごりなさい」
「ジュースくらいならな。俺もちょうど、一休みしようと思っていたところだ」
「ゴチになりまーす」
というわけで、長谷川に奢ってもらったココアを自販機から取り出し、プルを開ける。
すると、彼はキョロキョロと辺りを見回した。
「そーいや、そのニートの彼氏はどうしたよ」
「銀?パチンコにでも行ってるんじゃありません?」
「俺は朝から家を訪問して歩き回ってのに、うらやましいこった……」
缶ジュースを飲みながら歩いていると、長谷川が公園に入って一服したい、と言い出した。
そうして二人は公園の敷石を踏んで進む。
「アレ?噂をすれば何とやらだぞ」
視線の先に、ベンチに座って鼻をほじる銀時の姿が見えた。
この数時間前、亀はスコープ越しにこちらをじっと見つめる男の眼差しに疑問符を浮かべた。
――……?
――なんだ、この男は?
妙な男だった。
天然パーマの銀髪に気だるげな紅眼、長身痩躯。
容姿そのものに特筆するところはないが、その眼差しは真正面の殺し屋をじっと見据えている。
――こっちを…見ている?
――まさか、俺の存在に…ありえん。
四階建ての鉄筋アパート。
亀と男の姿が遠くに見えるほどに離れた場所。
今まで狙撃してきた経験上、一度も狙撃手の自分を発見されたことは一度もない。
――公園から、ここまでは百数十メートル以上離れている。
――むこうから見れば、俺の銃口は針の穴程しか見えんはず。
公園から狙撃地点までの百数十メートルの距離を確認する。
そんな距離からでも、自分を見ているとは。
――………いや、見ている!
――あの男、間違いなく俺を見ている。
顔を驚愕に強張らせ、亀は絶句した。
すると、背後の水槽でペットの亀が何か騒いでいるのが聞こえる。
――俺の異変を察してか、背後の水槽で亀吉が騒いでいるのがきこえる。
――亀吉、俺はどうやらドジをふんじまったらしい。
愚鈍な亀の名の通り、彼はこの依頼を受け、暗殺を実行するまでターゲットの素性を調査。
ターゲットがよく訪れる場所を公園だということを突き止め、狙撃地点に最適な地点を探した。
安普請のアパートが一番、狙撃に最適だとすれば部屋を借りて引きこもり、それと並行して暗殺の準備を進めた。
――この計画を実行するまで、仕込みもいれて半年もかかった。
――何度も標的を殺 れる機会はあった。
――それで粘りに粘ったのは標的を確実に殺 れるだけじゃなく、何より俺の安全を確保するためだった。
――情報漏洩などもっての外 、誰にも接触せず、文字通り亀のように甲羅の中で、じっと息をひそめていた…なのに。
今回の件に関して、忙しく働いた……なのに、何故。
――何故、もれた!!
――あの男…間違いなく松平公暗殺計画に気づいている!!
だらしない姿勢で座る、銀時の目つきがやけに癇 にさわる。
事実としては、たんに座っているだけのことである。
しかし、亀にはその平然とした姿が、何故か自分の存在を視認しているように見えてしまうのだった。
――計画が露見していた以上、松平公が公園にくる事はありえない。
席に背を預けて足を組み、余裕綽々な表情で真正面を見据るそのさまは、いかにもこちらの暗殺を見切ったような雰囲気を(見た目は)醸し出している。
貴様ごときの攻撃、対応の必要すらもない――そんな余裕が否応なく滲み出ていた。
――だが、俺の身体はピクリとも動かない。
亀のいるアパートの遠方のさらに低い公園から目を逸らさず、銀時はこちらを見据えている。
電柱や植物などの障害物は一切、ない。
銀時から向けられる鋭い眼差しに、亀は戦慄していた。
――その男の刺すような視線がそれを許さない。
――俺の本能がかつてない危険信号をあげる…コイツはヤバイ。
ヤバイ、と。
関わってはならない、と。
亀は銀時を一目見た瞬間、そう直感した。
亀は銀時を前に、身体の奥底から震え上がった。
たちまち一触即発の空気が、銀時と亀の間に張りつめていく。
広場に据えつけられたベンチに座る銀時へと近づき、長谷川が声をかける。
「よォ銀さん、暇そうだねェ」
「響古、長谷川さん。何、二人仲良く揃って公園に…え?そーいうこと?」
「そーいうことって何」
不思議そうに訊ねたのは勿論、響古だ。
やや憤然とした口調で銀時は訴える。
「手なんかつないで公園デートですか。長谷川さん、テメッ、奥さん出てって寂しいからって俺の響古に…」
じろっと紅の瞳で睨まれて、長谷川は慌てたように弁解した。
「ちょっ、何言ってんの銀さん!そこで会っただけだって。手もつないでねーだろ!」
「うるせェ、それ以上の事するつもりだったろーが。昼間から公園で一発、仕込むつもりなんだろコノヤロー」
真顔で黒髪の恋人を寝取ろうとする疑いをかける銀時。
ひくっ、と美貌を引きつらせて響古が怖いことを言う。
「オイ、アンタの頭にも一発、仕込んでやろーか」
「仕事の合間に一服しようと寄っただけだよ」
途端、にへらっとにやけた笑みを長谷川に浮かべた。
「へー、仕事ねェ。アンタは何やってもダメだからな。せいぜいヘマしねーよう頑張れや」
「…悪かったな。どうせダメなオッさんだよ、俺は…」
なかなか職に手がつかない長谷川はわかりやすいくらいに落ち込んだ。
響古は冷ややかな眼差しで銀時を見る。
真面目に社会に出て働こうとする長谷川とは対照的に、銀時は日がな一日ダラダラと過ごしていて一切、働こうとする素振りも見せない。
それをガン無視して、銀時は急に話題を変えた。
「そーいや長谷川さん、この前借りたアレ、よかったぜ」
「ああ、アレ?よかっただろ、やっぱり」
傍目には仲睦まじく会話しているように見える。
――
四階建て計八部屋という小さめの物件で、中も四畳という狭さ。
ちゃんと浴室、トイレ、台所がついていることが救いという、外観も含めて寂しいアパート。
お世辞にも綺麗とは言えないが、身を隠すには十分な広さだ。
――臆病な奴は不測の事態に、おびえ、万全の準備を整えることができる。
――臆病な奴は絶対に勝てる条件がそろうまで、戦はしない。
―――まったく偉い事を言った奴がいたもんだ。おかげで俺は、こんな汚い部屋に3か月こもるハメに遭っている。
ベッドだけが清潔に保たれている反面、その他の場所は完全に放置されていた。
居間どころか、廊下も散らかし放題。
大量のゴミが散乱し、見た限りの無残なありさまだ。
――だが、こいつは軍師の話だ。
――臆病なだけでは、戦には勝てない、戦にかつにはもう一つ必要なものがある。
――大軍に突撃する勇敢な兵士達。
――つまり一匹狼の俺は臆病な軍師であり、勇敢な兵士にもなれなればならない。
太陽の光が窓から射し込んできて、緩慢に起き上がる。
床に散らばる食品類の残骸を踏んで、水槽の前で立ち止まった。
――難儀な話だ。
――どうやら俺は軍師の才は微かにあるらしいが、兵士としはからっきしらしい。
――この仕事について二十年たつが、仕事の前は毎度、震えが止まらない。
――練りに練った作戦と、絶対に安全な隠れ
パラパラと水槽にエサを落とすと、甲羅から亀の頭が出てきた。
ペットにエサを与え、男は編み笠をかぶる。
――そんな臆病な俺の仕事を見て、口の悪い奴はこう言った。
――臆病で愚鈍、お前はまるで。
次に、窓の前に鎮座する置き物から、すっぽりと覆い隠した布を剥ぎ取った。
布から現れたのは、敵を狙撃することのできるスナイパーライフル。
台座に銃身を置き、ボルトを引いて装弾。
椅子に座った体勢からスコープに目線を合わせ、照準を敵に照らし合わせる。
――亀だ。
――その日から俺は殺し屋「亀」と呼ばれるようになった。
依頼を受けて標的の抹殺を請け負う殺し屋――それが彼の仕事だ。
亀の甲羅を模したマスクで口許を覆い、目を細める。
――まったく呑気な名前だろう。
――誰が江戸一番の殺し屋なんて思うものか。
――そうさ、俺を最強の殺し屋なんていう
――俺は江戸一番、臆病なだけだ。
――俺が、こんな物騒な得物の扱いに
亀のすぐ傍に、十数枚の書類がバラバラになって散乱している。
今回の標的の調査報告書であった。
盗撮された顔写真まで添えてある。
反乱分子を取り締まる真選組を創設し、自身も警察庁長官である松平の個人情報が書かれていた。
――俺が絶対に的を外さないのは、報復を恐れているからだ。
――俺が金さえ積めば誰だろうと殺すのは、老後の生活を心配しているからだ。
顔には不安と焦りのような滲み出ている。
遠距離からの狙撃による暗殺では、亀の悪い癖が出る。
一発で命中したことにホッとなどできない。
初弾の一発が外れて、隙を突かれてしまったら?
暗殺に失敗して、逆上した依頼主に殺されてしまったら?
その光景を想像すると、亀の手は激しく震えた。
――標的は日曜の午後、公園に犬の散歩に来る。
――幕府の
震えが増して、ライフルがカタカタと音を立てた。
耳に届くのは、遥か遠くの風の音と自分の息遣いだけ。
決して失敗を起こさないよう気を引き締め、努めて冷静に引鉄に指をかけてじっと待つ。
――あとは、俺の手の震えが止まるのを待つだけだった。
――甲羅の中から援軍がでてくるのを待つだけだ。
息をひそめて、銃口を標的が来るであろう公園へと向けた。
獲物を待つ獣のように静かにスコープを覗く。
――だが…俺の手の震えがおさまることはなかった。
――俺の目の前に現れたその男は、臆病な軍師でも勇敢な兵士でも、まして標的ではない。
そうして、徐々に拡大される視界に飛び込んできたのは、ベンチに座って鼻をほじる、銀髪の男だった。
――そいつは…。
暖かな春を迎えた昼下がり。
近所の散歩をしながらのんびりと過ごしていた響古は、街角から見知った顔と出くわした。
「あ。長谷川さん」
声をかけると、あちらも気づいたようで立ち止まる。
「アレ!?響古ちゃん。珍しいね、一人なんて」
「そっちの方こそ、何してるんですか。紙袋なんか持って」
「これでも仕事中だよ。新聞の営業回り中。そーいう響古ちゃんも大変だな。仕事もなく、金もなく暇してる彼氏をもって」
苦笑を受ける長谷川の視線を受け止めて、響古は肩を落として溜め息をついた。
苦労するだが、次の瞬間には尊大に言い放つ。
「わかってるんなら、何かおごりなさい」
「ジュースくらいならな。俺もちょうど、一休みしようと思っていたところだ」
「ゴチになりまーす」
というわけで、長谷川に奢ってもらったココアを自販機から取り出し、プルを開ける。
すると、彼はキョロキョロと辺りを見回した。
「そーいや、そのニートの彼氏はどうしたよ」
「銀?パチンコにでも行ってるんじゃありません?」
「俺は朝から家を訪問して歩き回ってのに、うらやましいこった……」
缶ジュースを飲みながら歩いていると、長谷川が公園に入って一服したい、と言い出した。
そうして二人は公園の敷石を踏んで進む。
「アレ?噂をすれば何とやらだぞ」
視線の先に、ベンチに座って鼻をほじる銀時の姿が見えた。
この数時間前、亀はスコープ越しにこちらをじっと見つめる男の眼差しに疑問符を浮かべた。
――……?
――なんだ、この男は?
妙な男だった。
天然パーマの銀髪に気だるげな紅眼、長身痩躯。
容姿そのものに特筆するところはないが、その眼差しは真正面の殺し屋をじっと見据えている。
――こっちを…見ている?
――まさか、俺の存在に…ありえん。
四階建ての鉄筋アパート。
亀と男の姿が遠くに見えるほどに離れた場所。
今まで狙撃してきた経験上、一度も狙撃手の自分を発見されたことは一度もない。
――公園から、ここまでは百数十メートル以上離れている。
――むこうから見れば、俺の銃口は針の穴程しか見えんはず。
公園から狙撃地点までの百数十メートルの距離を確認する。
そんな距離からでも、自分を見ているとは。
――………いや、見ている!
――あの男、間違いなく俺を見ている。
顔を驚愕に強張らせ、亀は絶句した。
すると、背後の水槽でペットの亀が何か騒いでいるのが聞こえる。
――俺の異変を察してか、背後の水槽で亀吉が騒いでいるのがきこえる。
――亀吉、俺はどうやらドジをふんじまったらしい。
愚鈍な亀の名の通り、彼はこの依頼を受け、暗殺を実行するまでターゲットの素性を調査。
ターゲットがよく訪れる場所を公園だということを突き止め、狙撃地点に最適な地点を探した。
安普請のアパートが一番、狙撃に最適だとすれば部屋を借りて引きこもり、それと並行して暗殺の準備を進めた。
――この計画を実行するまで、仕込みもいれて半年もかかった。
――何度も標的を
――それで粘りに粘ったのは標的を確実に
――情報漏洩などもっての
今回の件に関して、忙しく働いた……なのに、何故。
――何故、もれた!!
――あの男…間違いなく松平公暗殺計画に気づいている!!
だらしない姿勢で座る、銀時の目つきがやけに
事実としては、たんに座っているだけのことである。
しかし、亀にはその平然とした姿が、何故か自分の存在を視認しているように見えてしまうのだった。
――計画が露見していた以上、松平公が公園にくる事はありえない。
席に背を預けて足を組み、余裕綽々な表情で真正面を見据るそのさまは、いかにもこちらの暗殺を見切ったような雰囲気を(見た目は)醸し出している。
貴様ごときの攻撃、対応の必要すらもない――そんな余裕が否応なく滲み出ていた。
――だが、俺の身体はピクリとも動かない。
亀のいるアパートの遠方のさらに低い公園から目を逸らさず、銀時はこちらを見据えている。
電柱や植物などの障害物は一切、ない。
銀時から向けられる鋭い眼差しに、亀は戦慄していた。
――その男の刺すような視線がそれを許さない。
――俺の本能がかつてない危険信号をあげる…コイツはヤバイ。
ヤバイ、と。
関わってはならない、と。
亀は銀時を一目見た瞬間、そう直感した。
亀は銀時を前に、身体の奥底から震え上がった。
たちまち一触即発の空気が、銀時と亀の間に張りつめていく。
広場に据えつけられたベンチに座る銀時へと近づき、長谷川が声をかける。
「よォ銀さん、暇そうだねェ」
「響古、長谷川さん。何、二人仲良く揃って公園に…え?そーいうこと?」
「そーいうことって何」
不思議そうに訊ねたのは勿論、響古だ。
やや憤然とした口調で銀時は訴える。
「手なんかつないで公園デートですか。長谷川さん、テメッ、奥さん出てって寂しいからって俺の響古に…」
じろっと紅の瞳で睨まれて、長谷川は慌てたように弁解した。
「ちょっ、何言ってんの銀さん!そこで会っただけだって。手もつないでねーだろ!」
「うるせェ、それ以上の事するつもりだったろーが。昼間から公園で一発、仕込むつもりなんだろコノヤロー」
真顔で黒髪の恋人を寝取ろうとする疑いをかける銀時。
ひくっ、と美貌を引きつらせて響古が怖いことを言う。
「オイ、アンタの頭にも一発、仕込んでやろーか」
「仕事の合間に一服しようと寄っただけだよ」
途端、にへらっとにやけた笑みを長谷川に浮かべた。
「へー、仕事ねェ。アンタは何やってもダメだからな。せいぜいヘマしねーよう頑張れや」
「…悪かったな。どうせダメなオッさんだよ、俺は…」
なかなか職に手がつかない長谷川はわかりやすいくらいに落ち込んだ。
響古は冷ややかな眼差しで銀時を見る。
真面目に社会に出て働こうとする長谷川とは対照的に、銀時は日がな一日ダラダラと過ごしていて一切、働こうとする素振りも見せない。
それをガン無視して、銀時は急に話題を変えた。
「そーいや長谷川さん、この前借りたアレ、よかったぜ」
「ああ、アレ?よかっただろ、やっぱり」
傍目には仲睦まじく会話しているように見える。