第百五十一訓
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天人が地球に流れ着いたのを境にして、この国では文化の潮流 がガラッと変わった、というイメージが強い。
だが実際には、それほど大きな変化があったわけではなく、いわゆる「軽薄」な風習もすたれず続いているものは多いものだ。
その一つが、バレンタインデー。
「聖バレンタインデー」は本来、そんな軽薄なものではなくとか、チョコレートをプレゼントするなんてお菓子会社の陰謀とか、いくら力説しても無駄なこと。
《えーー、現在チョコ売り場はバレンタイン商戦で、いたた!御覧のような大変、混み合った状態でして》
テレビでは、女性達の激しいバレンタインのチョコ争奪戦が中継されている。
これを見た不思議そうな顔で神楽は聞いた。
「バレンタイン?響古、何アルか、バレンタインって」
「バレンタインってのはね、女性が男性にチョコを渡して、お返しに高級品やディナーをふんだくるのよ」
響古は笑いもせず、呆れもせず、大真面目に答えた。
「ちょっと響古さん!姉上みたいに、女の広辞苑引くの、やめてくださいよ!」
「女なんて、そんなもんだって実際」
対する銀時の反応は、ひどく割り切っていた。
「いやしいね。んなあくどいチョコもらわねー方がマシだな」
女の子からチョコレートを贈る、完全に日本オリジナルの習慣を思い出して、銀時はボリボリと頭を掻く。
「あ~~~。そういや今日、バレンタインか、忘れてたわ。神楽、バレンタインつーのはだな、女が男にチョコと共に好意を伝える日だ。そっか、今日バレンタインか、すっかり忘れてた」
新八も銀時と似たようなもので意見する。
「まァ、僕ら関係ないですけどね。これうつってる人、ほとんど義理チョコでしょ?悪しき風習ですよね。建前で、そういう事するのって」
二人の顔に僅かだが、チョコレートを要求するのがちらついたのを見逃さず、響古は苦笑した。
「大体、ウチの国はおかしいよ。やれ、クリスマスだァ、バレンタインだァ。そのくせに正月とかもやるんだもの、節操ねェにも程があるよ、ただ騒ぎたいだけだろ」
「ホントですよね。日本は盆と正月だけ、やってりゃいいんですよ」
さっきから気になっていることを、神楽は口にする。
「なんで二人とも。変なカンジ、アルか」
半眼で二人に問うのも無理はない。
銀髪をオールバックにした銀時は白のスーツに蝶ネクタイをして、葉巻を吸っている。
新八はワックスで髪を逆立て、黒い革の上下にギターを抱えている。
「え?何言ってんの?いつもと変わらねーだろ。え?何か期待してるように見えた?チョコほしいみたいな?ちょっとォやめてよォ、スッゲー恥ずかしい奴等みたいじゃん、俺ら」
「ハッハッハッ。チョコなんて、いつでも食べれますもんね。てか、自分で買うしィみたいな」
第三者から見れば、二人のアプローチはかなり露骨なものだった。
しかし本人は、と言えば"特に変わったところはない"くらいにしか考えていなかった。
「アラ、そーなの新八。じゃあ、あたしのチョコはいらないわね。神楽、食べていいわよ」
「え゙え゙え゙え゙!!」
神楽にラッピングされた小箱を渡すと、新八は仰天してソファから立ち上がった。
「響古さん!僕にチョコを!?えっ!?マジっすか!?ちょっ、神楽ちゃん、それ僕の!!」
「何アルか新八。コレ私がもらったネ。いつでも食べられるんだから自分で貰えヨ」
「いや、でもせっかく響古さんがくれたんだから。ちょっと、返して僕に」
「イヤアル」
にんまりと笑みを隠し切れない新八の顔を神楽が押し返し、あっという間に揉め出す。
「あ~~~、響古ちゃん。その…愛しい恋人にチョコは」
言いにくそうに、遠慮というよりそわそわといった顔つきで口を挟んだ銀時の方へ、響古は目を向けた。
「ほしいの?」
「…え?いやいや、ほしいって。だって今日は由緒ある恋人達の記念日じゃん。女が好きな男にチョコと共に好意を伝える日じゃん」
格好つけというよりはいささか深刻な声音でつぶやいた銀時を面白げに見やり、笑う。
「んっふふ。そんなカッコしてまでほしいのね。クラスに一人はいるわ、こーゆーバレンタインだけ妙に張り切ってカッコつけてるバカ」
「だから普通だろ。いつもこんなカンジじゃん。アレ、でも新八お前、なんかちょっとイメチェンした?」
「え?全然ですけど。あ、今日寝グセひどかったからそれかな。銀さんこそ…今日、なんかシックに見えますけど」
「お前は、バレンタイン意識しすぎなんだよ。俺はいつもと変わらんよ、いつもと同じみんなの銀さんだよ」
余裕を持たざる者・非リア充の悲しすぎる会話に肩をすくめた時、玄関の呼び鈴が鳴った。
「はいィィィィィ!!」
「ちょっ!!銀さん、僕が出ますって、僕が!!」
次の瞬間、勢いよく返事した二人は玄関へと飛び出す。
「いや、たまには俺が、何お前、ひょっとして誰かがチョコ持ってきたとか期待してんの!?」
「すみませーん。ガスの集金でーす」
チョコレートをくれる女の子かと思ったら、やって来たのはガスの集金。
「「お呼びじゃねーんだよ!!」」
チョコレートかと思って期待したぶん、落胆の気持ちが怒りとなって戸を蹴破る音が響く中、
「お前もアルか」
飼い犬の定春もイメチェンして、眉が太く、凛々しくなっていた。
神楽は響古の表情を窺う。
「…響古、ホントは銀ちゃんの分のチョコも用意してるんじゃないアルか?」
「さァ、どうかしらね?」
茶目っ気たっぷりにウインクする彼女だったが、どうやら神楽には通用しなかった。
響古の身体からほんのりと甘いチョコレートの匂いが漂っていることから、ちゃんと銀時用のチョコレートを用意しているのは知っている。
「…神様、どうか、あの哀れな男達にチョコを」
神楽はソファに深く座り直し、天井を見上げた。
「ホント、誰か恵んでやってくれないかしら」
チョコレートだけで一喜一憂する男達を見て、二人は少しうんざりした口ぶりで神様に願った。
直後、天井を突き抜けた何かが万事屋に落下。
辺り一面に濛々と煙があがった。
「おいィィ!!」
「何事だ!!」
血相を変えて二人が居間に戻ってきた。
「そ…空から」
「コレって…チョコ?」
響古と神楽は、当然ながらうろたえた。
煙にむせながら薄目を開けると、綺麗にラッピングされた、巨大なハート型のチョコレートがあった。
「うおおおああ!!なんだ、このでっかいチョコ!」
空から突如、落ちてきた巨大なチョコに絶叫する。
すると、銀時が当然とばかりに口を開いた。
「あ、コレ、俺宛てだわ、きっと。多分、茶屋の節子ちゃんが…」
自分に贈られたチョコレートだと強く宣言したら、新八も名乗りをあげる。
「いや、僕ですよ多分!!寺子屋の時一緒だったさやかちゃんが…」
その時、天井から慌てふためく声が降ってきた。
《あっ、ちょっ…人の物に勝手にさわらないでくれ。それは私のものだ。こちらに返したまえ》
天井から降ってきた声に見上げれば、先程の衝撃によって空いた穴から覗く顔。
それは、人類の味方として戦う巨大ヒーローに似ていた。
巨大ヒーローが万事屋に激突してからの数十分後、観衆を割って入ってきた同心が事態を収拾しにかかった。
息を吐いてもらって、アルコール検知器で数値を計る。
「ハイ、じゃあここに、ハー息吐いて」
すると、基準値を超えるアルコール度が検知された。
「あーー。規定値、軽く越えてるね、飲んでるね」
《おまわりさん、免停は勘弁してもらえないか。空が飛べないと、私は仕事ができない。怪獣が出たとき、どうすればいいですか》
「いや、こっちも仕事だからね。幸い、こちらの方達、修理代を出すなら法的な手続きはとらないって言ってくれてるから。今度から気をつけてね。飲んだら飛ぶな、飛ぶなら飲むな、常識でしょ」
奇跡的なことに怪我人が出ていないといえ、刑事責任に発展しかねない飲酒事故。
話し合いの末、修理代を出すなら法的手続きは取らない、という結果で落ち着いた。
同心が去っていくと、正義のヒーローは深々と頭を下げて謝意を述べる。
《すまない。本当に迷惑をかけた》
「まぁまぁ、もういいわよ。幸いケガ人もいなかったし、頭をあげて」
彼、もしくは彼女に悪気はないようだし、四人もそこまで責める気はない。
「………つーか、あの…え?」
ここで、新八が戸惑いながらも疑問をぶつけた。
「……え?ウル○ラマン的な方ですかね?」
確信があったわけではなかった。
だが、彼女――スペースウーマンは頷いた。
《いや、マンっていうかウーマンだな。一応、女の子なんで》
新八は狼狽気味に相槌を打ち、響古は目を見張る。
「ああ、そ…そうなんだ」
「ワォ、ウル〇ラ版のヒロインなんて初めて見るわ」
《スペースウーマンというものをやらしてもらっている》
「ああ、じゃあやっぱりお仕事の方は地球を護る的なアレなんですね」
正義のヒーローといえば地球の平和を護るため、怪獣や宇宙人と戦うというのが一般的だ。
しかし、スペースウーマンの場合、違うらしい。
《いや、地球には出張で》
「出張!?出張なんかあんの!?」
単純に驚いた、というだけでない動揺を見せる新八。
《悪いが地球限定などという、小さい規模で活動はしていない、見た目通りのスケールだ。宇宙全体の平和を護るため、日夜活動している》
「すごいですね。スケールでかいや、やっぱり」
《月火が家事手伝い。水~金が実家回りをパトロールで週休二日制だな》
宇宙の平和を護る戦士として日々、戦い続けていると思いきや、返ってきた答えは実家のパトロール。
行動範囲がかなり限定的に絞られ、これには驚かずにはいられない。
「オイ!実家しか護ってねーじゃねーか!」
《そ…それで、あのさっきの…アレは》
「ああ、チョコ?」
モグモグと口を動かしながら、神楽は巨大なチョコレートを掲げた。
「残念ながら、落ちたショックで割れてしまったようアル」
「いや、歯型ついてんだけど」
「私も、けっこうなんとかしようと頑張ったんだけど」
「何を頑張ったんだよ」
すると、スペースウーマンはがっくりとうなだれた様子で落ち込んだ。
《…そうか。緊張を酒で散らそうとしたのが間違いだった》
その姿は女の子らしいもので、新八は声をかけずにはいられなかった。
「緊張って…じゃあ、やっぱこのチョコ、誰かにあげるつもりだったんですか」
《………》
新八の言葉を受け、顔を伏せて黙り込むスペースウーマン。
彼女から恋の悩みを感じ取った響古は銀時に耳打ちする。
「銀、彼女の悩みをきいてあげましょう?宇宙の平和を護る正義の味方とはいえ、目の前で困っている女の子を放ってはおけないわ」
勝ち気な美貌がすっと近づく。
その美貌に引き込まれそうな錯覚に囚われて、銀時は慌てて顔を逸らした。
「…しょーがねーなァ」
気だるげな表情を引き締め、チョコレートの欠片をパキッとキザにかじる。
「オイ、なんかお悩みなら話をきこうか?俺ァなァ、万事屋銀ちゃんといって、お前が宇宙を護るヒーローなら、俺ァ、いわばアレだ。江戸を護るヒーロー的な存在といっていい、ほとんど」
だが実際には、それほど大きな変化があったわけではなく、いわゆる「軽薄」な風習もすたれず続いているものは多いものだ。
その一つが、バレンタインデー。
「聖バレンタインデー」は本来、そんな軽薄なものではなくとか、チョコレートをプレゼントするなんてお菓子会社の陰謀とか、いくら力説しても無駄なこと。
《えーー、現在チョコ売り場はバレンタイン商戦で、いたた!御覧のような大変、混み合った状態でして》
テレビでは、女性達の激しいバレンタインのチョコ争奪戦が中継されている。
これを見た不思議そうな顔で神楽は聞いた。
「バレンタイン?響古、何アルか、バレンタインって」
「バレンタインってのはね、女性が男性にチョコを渡して、お返しに高級品やディナーをふんだくるのよ」
響古は笑いもせず、呆れもせず、大真面目に答えた。
「ちょっと響古さん!姉上みたいに、女の広辞苑引くの、やめてくださいよ!」
「女なんて、そんなもんだって実際」
対する銀時の反応は、ひどく割り切っていた。
「いやしいね。んなあくどいチョコもらわねー方がマシだな」
女の子からチョコレートを贈る、完全に日本オリジナルの習慣を思い出して、銀時はボリボリと頭を掻く。
「あ~~~。そういや今日、バレンタインか、忘れてたわ。神楽、バレンタインつーのはだな、女が男にチョコと共に好意を伝える日だ。そっか、今日バレンタインか、すっかり忘れてた」
新八も銀時と似たようなもので意見する。
「まァ、僕ら関係ないですけどね。これうつってる人、ほとんど義理チョコでしょ?悪しき風習ですよね。建前で、そういう事するのって」
二人の顔に僅かだが、チョコレートを要求するのがちらついたのを見逃さず、響古は苦笑した。
「大体、ウチの国はおかしいよ。やれ、クリスマスだァ、バレンタインだァ。そのくせに正月とかもやるんだもの、節操ねェにも程があるよ、ただ騒ぎたいだけだろ」
「ホントですよね。日本は盆と正月だけ、やってりゃいいんですよ」
さっきから気になっていることを、神楽は口にする。
「なんで二人とも。変なカンジ、アルか」
半眼で二人に問うのも無理はない。
銀髪をオールバックにした銀時は白のスーツに蝶ネクタイをして、葉巻を吸っている。
新八はワックスで髪を逆立て、黒い革の上下にギターを抱えている。
「え?何言ってんの?いつもと変わらねーだろ。え?何か期待してるように見えた?チョコほしいみたいな?ちょっとォやめてよォ、スッゲー恥ずかしい奴等みたいじゃん、俺ら」
「ハッハッハッ。チョコなんて、いつでも食べれますもんね。てか、自分で買うしィみたいな」
第三者から見れば、二人のアプローチはかなり露骨なものだった。
しかし本人は、と言えば"特に変わったところはない"くらいにしか考えていなかった。
「アラ、そーなの新八。じゃあ、あたしのチョコはいらないわね。神楽、食べていいわよ」
「え゙え゙え゙え゙!!」
神楽にラッピングされた小箱を渡すと、新八は仰天してソファから立ち上がった。
「響古さん!僕にチョコを!?えっ!?マジっすか!?ちょっ、神楽ちゃん、それ僕の!!」
「何アルか新八。コレ私がもらったネ。いつでも食べられるんだから自分で貰えヨ」
「いや、でもせっかく響古さんがくれたんだから。ちょっと、返して僕に」
「イヤアル」
にんまりと笑みを隠し切れない新八の顔を神楽が押し返し、あっという間に揉め出す。
「あ~~~、響古ちゃん。その…愛しい恋人にチョコは」
言いにくそうに、遠慮というよりそわそわといった顔つきで口を挟んだ銀時の方へ、響古は目を向けた。
「ほしいの?」
「…え?いやいや、ほしいって。だって今日は由緒ある恋人達の記念日じゃん。女が好きな男にチョコと共に好意を伝える日じゃん」
格好つけというよりはいささか深刻な声音でつぶやいた銀時を面白げに見やり、笑う。
「んっふふ。そんなカッコしてまでほしいのね。クラスに一人はいるわ、こーゆーバレンタインだけ妙に張り切ってカッコつけてるバカ」
「だから普通だろ。いつもこんなカンジじゃん。アレ、でも新八お前、なんかちょっとイメチェンした?」
「え?全然ですけど。あ、今日寝グセひどかったからそれかな。銀さんこそ…今日、なんかシックに見えますけど」
「お前は、バレンタイン意識しすぎなんだよ。俺はいつもと変わらんよ、いつもと同じみんなの銀さんだよ」
余裕を持たざる者・非リア充の悲しすぎる会話に肩をすくめた時、玄関の呼び鈴が鳴った。
「はいィィィィィ!!」
「ちょっ!!銀さん、僕が出ますって、僕が!!」
次の瞬間、勢いよく返事した二人は玄関へと飛び出す。
「いや、たまには俺が、何お前、ひょっとして誰かがチョコ持ってきたとか期待してんの!?」
「すみませーん。ガスの集金でーす」
チョコレートをくれる女の子かと思ったら、やって来たのはガスの集金。
「「お呼びじゃねーんだよ!!」」
チョコレートかと思って期待したぶん、落胆の気持ちが怒りとなって戸を蹴破る音が響く中、
「お前もアルか」
飼い犬の定春もイメチェンして、眉が太く、凛々しくなっていた。
神楽は響古の表情を窺う。
「…響古、ホントは銀ちゃんの分のチョコも用意してるんじゃないアルか?」
「さァ、どうかしらね?」
茶目っ気たっぷりにウインクする彼女だったが、どうやら神楽には通用しなかった。
響古の身体からほんのりと甘いチョコレートの匂いが漂っていることから、ちゃんと銀時用のチョコレートを用意しているのは知っている。
「…神様、どうか、あの哀れな男達にチョコを」
神楽はソファに深く座り直し、天井を見上げた。
「ホント、誰か恵んでやってくれないかしら」
チョコレートだけで一喜一憂する男達を見て、二人は少しうんざりした口ぶりで神様に願った。
直後、天井を突き抜けた何かが万事屋に落下。
辺り一面に濛々と煙があがった。
「おいィィ!!」
「何事だ!!」
血相を変えて二人が居間に戻ってきた。
「そ…空から」
「コレって…チョコ?」
響古と神楽は、当然ながらうろたえた。
煙にむせながら薄目を開けると、綺麗にラッピングされた、巨大なハート型のチョコレートがあった。
「うおおおああ!!なんだ、このでっかいチョコ!」
空から突如、落ちてきた巨大なチョコに絶叫する。
すると、銀時が当然とばかりに口を開いた。
「あ、コレ、俺宛てだわ、きっと。多分、茶屋の節子ちゃんが…」
自分に贈られたチョコレートだと強く宣言したら、新八も名乗りをあげる。
「いや、僕ですよ多分!!寺子屋の時一緒だったさやかちゃんが…」
その時、天井から慌てふためく声が降ってきた。
《あっ、ちょっ…人の物に勝手にさわらないでくれ。それは私のものだ。こちらに返したまえ》
天井から降ってきた声に見上げれば、先程の衝撃によって空いた穴から覗く顔。
それは、人類の味方として戦う巨大ヒーローに似ていた。
巨大ヒーローが万事屋に激突してからの数十分後、観衆を割って入ってきた同心が事態を収拾しにかかった。
息を吐いてもらって、アルコール検知器で数値を計る。
「ハイ、じゃあここに、ハー息吐いて」
すると、基準値を超えるアルコール度が検知された。
「あーー。規定値、軽く越えてるね、飲んでるね」
《おまわりさん、免停は勘弁してもらえないか。空が飛べないと、私は仕事ができない。怪獣が出たとき、どうすればいいですか》
「いや、こっちも仕事だからね。幸い、こちらの方達、修理代を出すなら法的な手続きはとらないって言ってくれてるから。今度から気をつけてね。飲んだら飛ぶな、飛ぶなら飲むな、常識でしょ」
奇跡的なことに怪我人が出ていないといえ、刑事責任に発展しかねない飲酒事故。
話し合いの末、修理代を出すなら法的手続きは取らない、という結果で落ち着いた。
同心が去っていくと、正義のヒーローは深々と頭を下げて謝意を述べる。
《すまない。本当に迷惑をかけた》
「まぁまぁ、もういいわよ。幸いケガ人もいなかったし、頭をあげて」
彼、もしくは彼女に悪気はないようだし、四人もそこまで責める気はない。
「………つーか、あの…え?」
ここで、新八が戸惑いながらも疑問をぶつけた。
「……え?ウル○ラマン的な方ですかね?」
確信があったわけではなかった。
だが、彼女――スペースウーマンは頷いた。
《いや、マンっていうかウーマンだな。一応、女の子なんで》
新八は狼狽気味に相槌を打ち、響古は目を見張る。
「ああ、そ…そうなんだ」
「ワォ、ウル〇ラ版のヒロインなんて初めて見るわ」
《スペースウーマンというものをやらしてもらっている》
「ああ、じゃあやっぱりお仕事の方は地球を護る的なアレなんですね」
正義のヒーローといえば地球の平和を護るため、怪獣や宇宙人と戦うというのが一般的だ。
しかし、スペースウーマンの場合、違うらしい。
《いや、地球には出張で》
「出張!?出張なんかあんの!?」
単純に驚いた、というだけでない動揺を見せる新八。
《悪いが地球限定などという、小さい規模で活動はしていない、見た目通りのスケールだ。宇宙全体の平和を護るため、日夜活動している》
「すごいですね。スケールでかいや、やっぱり」
《月火が家事手伝い。水~金が実家回りをパトロールで週休二日制だな》
宇宙の平和を護る戦士として日々、戦い続けていると思いきや、返ってきた答えは実家のパトロール。
行動範囲がかなり限定的に絞られ、これには驚かずにはいられない。
「オイ!実家しか護ってねーじゃねーか!」
《そ…それで、あのさっきの…アレは》
「ああ、チョコ?」
モグモグと口を動かしながら、神楽は巨大なチョコレートを掲げた。
「残念ながら、落ちたショックで割れてしまったようアル」
「いや、歯型ついてんだけど」
「私も、けっこうなんとかしようと頑張ったんだけど」
「何を頑張ったんだよ」
すると、スペースウーマンはがっくりとうなだれた様子で落ち込んだ。
《…そうか。緊張を酒で散らそうとしたのが間違いだった》
その姿は女の子らしいもので、新八は声をかけずにはいられなかった。
「緊張って…じゃあ、やっぱこのチョコ、誰かにあげるつもりだったんですか」
《………》
新八の言葉を受け、顔を伏せて黙り込むスペースウーマン。
彼女から恋の悩みを感じ取った響古は銀時に耳打ちする。
「銀、彼女の悩みをきいてあげましょう?宇宙の平和を護る正義の味方とはいえ、目の前で困っている女の子を放ってはおけないわ」
勝ち気な美貌がすっと近づく。
その美貌に引き込まれそうな錯覚に囚われて、銀時は慌てて顔を逸らした。
「…しょーがねーなァ」
気だるげな表情を引き締め、チョコレートの欠片をパキッとキザにかじる。
「オイ、なんかお悩みなら話をきこうか?俺ァなァ、万事屋銀ちゃんといって、お前が宇宙を護るヒーローなら、俺ァ、いわばアレだ。江戸を護るヒーロー的な存在といっていい、ほとんど」