第百三十五~百三十七訓
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――ハードボイルドの語源をしっているか。
――「固ゆで卵」。そう、今宵の月はまるでハードボイルドだ。
太陽の明るさが去り、代わりに妖しいネオンの光が刺激する。
すぐそれとわかる女達や、だらしなく酔った男達で溢れている。
途端に賑やかになったのは、この界隈が夜の町であるからだ。
歌舞伎町、本来の姿が現れる時刻。
――何故「固ゆで卵」の意のハードボイルドが現在のような意で使われるようになったか。
――そいつはJ 作品の夢小説を愛読するお嬢さん達がしるには、まだ早い。GG を読むようになってから、出直してくるんだな。
――ただ一つ言えること…それは、こんな、ハードボイルドな夜は無性に酒が欲しくなる。
――男には酒でしか癒せない渇きがある。
「マスター。カミュ(ブランデー)ロックで頼む」
葉巻にサングラスと、全身から滲み出ているダンディズムな風貌の中年の男が注文する。
「ヘイ、焼酎」
「焼酎じゃない、カミュと呼べ。マスター」
しかしそこはモダンな雰囲気のオトナなバーではなく、どこにでもありそうな大衆向けの居酒屋であった。
――そう、俺がハードボイルド同心、小銭形平次。
「マスターじゃねェ。親父と呼べ、旦那」
顔馴染みの店主と毎度のやり取りが繰り返される。
――今の時代、ハードボイルドな奴には生き辛い世の中になった。
その時、懐に入れておいた携帯から着信が鳴り、電話に出る。
「ああ、小銭形だが。何?事件」
――道、往く者顔見れば。
町中に警笛が鳴り響き、与力達が声を交わして盗賊の位置情報を伝え合い、走り回る。
「いたぞォォ!!」
「あそこだァァ!!」
声を張り上げ、警戒する彼らの頭上、雑居ビルへと舞い上がった、長持を担ぐ狐面の男が存在感を、気配を、十分に誇示する。
「狐だァァァ!!狐火の長五郎だァァ!!」
――どいつもこいつも火通しの甘い半熟卵ばかりだ。
「あっちへ逃げたぞォォ!」
「追えェェ!!」
ビルからビルへと跳躍する盗賊――狐を捕まえるべく必死に追いかけるが、距離は徐々に遠ざかる。
――そんな奴等には、俺の腰の十手がうなる。
「よう。そんなにあわててどうした?デートの時間に遅れちまったかい」
そして、主役のごとく最後に到着した小銭形。
与力と合流するなり、貫録のある声で語る。
最後であるにもかかわらず余裕そうに告げるあたり、まさにダンディズムの真骨頂である。
「あわてるな…避妊はしろよ、ボウヤ達」
『小銭形のアニキ!』
――一発くれてやれば皆、立派なスクランブルエッグに早変わりだ。
「狐です!狐の面を!!」
「オッケェイ!我が命にかえても!!」
別行動で狐を探す小銭形は不意によろめく。
「うっ」
ここにきて、酔いが回ってきた。
まともに立つことできず、視界が不明瞭になってくる。
「ちと、カミュが回り過ぎたか。フン、いい気つけだ」
「オイ、大丈夫か、アンタ」
「だいぶ酔ってるみたいですね」
「吐いた方がいいアルヨ」
小銭形に声をかけたのは、風俗店の宣伝ボードを手にした狐の着ぐるみを被った三人組。
「どーすか?ウチの店でちょっと休んでいかれたら」
「カワイイ娘いっぱいいるアルヨ」
道行く人を商売の客とするために、任意の街路上で誘い寄せる客引きだ。
もしくはそれを生業とする人のことを言い、特に売春などに絡む悪質なものはぽん引とも呼ばれる。
通常、店頭で大声を出し、任意の通行人の関心を引こうとする呼び込みとは区別される。
――そう、俺は。
三人組に気づいた小銭形は葉巻を吹かしてフッと笑った。
「ネズミならぬ狐が、ようやく尻尾を見せたか。神妙にお縄につけい、キツネが…」
――ハードボイルド同心。
「…なんていうプレイとかしたいんですけど。いけますかね?」
「ああ、同心プレイ、岡っ引きプレイもありますよ」
「マジっすか、基本、僕Mなんで、結構キツめにやってほしいんですけど」
十手を構えて真剣な表情で言い放つ彼は相当酔っているのかと思いきや、存外冷静。
三人組はすっかりノリノリな小銭形を促して店に連れていった。
――小銭形平次。
第百三十五訓
男は心に固ゆで卵
――仕事のあとの一服…これがたまらない。
――至福の時、最早これ一本のために仕事をしているといっていい。
――男は、たかがこれ一本のために命をかかげる。
彫りの深い顔に満足感を漂わせて葉巻を吹かす。
紫煙を吸い込んで満足する彼の後頭部を、上司の飛び蹴りが見舞った。
「何やりとげた顔してんだァァ!!仕事中イメクラ行ってただけだろーがァァ、てめーは!!」
見事に吹き飛ばされ、小銭形は地面を転がっていく。
情けない姿で突っ伏す部下を見下ろし、さらに怒鳴る。
「何してんだ、お前!!一本って何?そっちの一本か?一本一万円コースか!?」
――男には我慢できない一本がある。
「最低な事をハードボイルド調で言うな!!挙句、酔っ払ってあんなもん連れてくる始末!!狐面って言ったんだよ、俺ァ、なんで着ぐるみと女王様!?」
青筋を立てて、着ぐるみ姿の銀時達と女王様スタイルの響古を指差す。
イメクラの客寄せとして働き、後は帰るはずなのに、何故か巻き込まれた四人。
目の前で繰り広げられる説教に複雑な心境で佇む。
「どうしてお前はいつもいつも…前から思っていたがな……お前は顔と仕事の能力のバランスがおかしい!!」
苛立ちに顔を歪め、それまで胸に溜め込んでいた鬱憤をぶちまける。
「その顔はなァ、どう考えても仕事できる顔だろう!なのに、どうして全然ダメなの、どーしてバカなの!なんで無駄にハードボイルド!?」
彫りの深い顔にサングラス、綺麗に整えられた髭に葉巻。
全身から滲み出ているダンディズムな風貌……だが大違い。
中身はからっきし、ダメなおっさんだった。
――他人から見れば無駄に見えるこだわり…しかし、そこに男の全てがある。
「うるせーんだよ!存在そのものが無駄な奴が言うな!オイ葉巻やめろ、それ!なんで上司に説教されてんのに、葉巻ふかしてんだよ!ブッ飛ばすゾ!!」
感情の昂ぶりに呼応して、自然と口調が荒くなる。
落ち着かせるため、一度息を吐く。
おもむろに吐き出された息には呆れでだけでなく、失望さえも含まれていた。
「…平次、てめーがあらぬ所でハードボイルドってる間に、また犠牲者が出たんたぜ」
「まさか、また狐が…」
それは小銭形にとって、痛烈な宣告だった。
「ああ、まただよ。忍び入った店の者、店主から丁稚 にいたるまで、一人残らず皆殺し、血の海よ」
犯人は金品を盗み、店中を荒らすだけでは飽き足らず、その場にいた全員を虐殺。
それこそ、一人たりとも生かさず、だ。
血塗れの凄惨な展開を脳裏に過ぎらせて、小銭形は最大限に顔をしかめた。
「もう狐の奴ァ、ただの凶賊になりさがっちまった。平次、こいつァ、十年も奴を追っていながら一度も捕まえられなかったてめーの罪だ」
彼の表情を見て察したのか、上司は心底呆れたように、哀れむように小銭形を厳しく弾劾する。
「てめーが奴を捕まえてなけりゃ、死ぬ者もいなかった。てめーが奴を捕まえてりゃ、狐もあそこまで堕ちることは、なかった。てめーは立派な罪人だ。無能というのも罪目 に加えたいもんだね」
構わず畳みかける、弾劾の言葉。
慈悲などない眼差しを小銭形に突き刺した上司は、最後に四人へと頭を下げた後、あっさりと立ち去った。
場所は変わって、小銭形の行きつけの店だという居酒屋に、四人は同席していた。
大人達は酒を味わい、未成年二人は熱々のおでんを食べている。
「自宅謹慎…なんか、すいませんね。僕らが呼び込みなんてかけたせいで、こんな事になっちゃって」
「謝ることないわ、新八。酔っ払って仕事中にイメクラに行ったこいつが悪い」
こちらにも非があると思って謝る新八と、ぴしゃりと斬って捨てる響古。
小銭形はそれを、ただ黙って聞いていた。
そして、静かに言葉を紡ぐ。
――落ち込みはしない…いつものことだ。
――人生は様々なことが起こる。
――いい事があろうと悪い事があろうと、そいつを肴 にカミュをかたむける…………俺の一日に変わりはない。
急な語り口。
四人に話しかけているわけではない。
これは、あからさまに聞いてほしいと表した"構ってちゃん"の独り言だ。
銀時と響古の顔が、めんどくせぇ、と歪んだ。
「もういいかしら?」
「いいんじゃね?」
「じゃ遠慮なく」
甘やかな恋人同士の空気ではない。
が、これでいいのだ。
自分達は苦楽を共に結ばれた運命共同体であるのだから。
共闘、共犯、相棒、パートナー。
そういう言葉の方がしっくりくるのだ。
「「もういい、うぜェ」」
「ギャアアアア!!」
突然の絶叫。
先程の渋い語り口調からは想像もできない、甲高い悲鳴があがった。
それもそのはず。
二人が台詞つきのボードを突き刺したのだ。
彼の脳天から血が噴出する。
「ちょっ…何をするんだ、貴様らァァ!!俺のハードボイルドを!!」
「もういい、しつこいハードボイルド」
「しつこいハードボイルドって!仕方ないだろ、ハードボイルドなんだから!!っていうか小説でこの表現はわかりにくいだろ!?」
畳みかけるようにハードボイルドを口にする小銭形。
「うるせーんだよ、どうせ、そんなもん管理人が飽きて、そのうち終わんだよ、関係ねーんだよ」
「第一、頭に何か突き刺さったことだけわかればOKよ」
無理のある言い訳を語ったら、その一言で一気に解決してしまった。
さらに、響古は続ける。
「てゆーか、そんなカッコいいこと文字媒体でできると思うなよ。全部きこえてんだよ。ダダ漏れなんだよ。しゃべった方が早いんだよ」
「響古さん、小銭形さんが泣きそうです」
響古の冷徹な視線が小銭形を射抜く。
黒髪美女の口から放たれる毒舌に撃沈の小銭形。
「そんななァ、ハードボイルドで頭いっぱいで仕事も手につかないならなァ、ハードボイルドなんてやめちまえ!!このバカチンが!!」
さらには神楽までもが物申す。
「「お母さん?」」
「その方がお前にとってもハードボイルドにとっても幸せだわ!」
もはや男としても成り立っていない。
「んんんん!!できるもん!!ハードボイルドも仕事もっ…俺っ、両立するもん!」
神楽の言葉に対して聞きわけがない駄々っ子のような、この反応。
「いや、両方なりたってませんよ。ハードボイルドも仕事も」
ある意味ゾッとさせられる小銭形の言動に、新八の顔が引きつった。
すると、居酒屋の店主であり長年の親友が声をあげた。
「旦那。そのへんにしとかなきゃ、また奥さんにどやされますぜ」
――家庭に仕事のグチは持ち込まない、それが男の作法だ。
「またやってるヨ」
――妻の前では、いつも見ギレイでいる。それが夫婦円満のコツ。だから今日も俺はこうしてカミュで身を清めるのだ。
「コイツ、カミュって言いてーだけだよ。カミュって言えばハードボイルドになると思ってるよ」
「てゆーかコイツに奥さんいたのが信じられない。こんなウザイ旦那メンドくさくていらないし」
銀時と響古のひそひそ話が聞こえてくる。
好き放題言ってくる二人に、小銭形はスルーの態勢に入った。
「たまには、女房にグチこぼして話きいて、花もたしてやんのも夫婦円満のコツですよ。どーせまた狐に逃げられたんでしょ」
「フン」
――まったく、このマスターにはかなわない。
――何でも、俺の事はお見通し。思えば十年来のつきあいかミュ。
「カミュって言った!!無理矢理ハードボイルドにしたよ」
「なんで線引きで話すんだよ。そのまましゃべれよ。行数が無駄なんだよ」
――もう、本当の親父のようなものだな。むこうも恐らく、そう思っているだろう。
店主の顔を見つめながら小銭形は言った。
「思ってねーよ」
しかし、返ってきたのは冷たい言葉。
――くたばれ、ジジィ、カミュ。
「ワォ、メッキ剥がれてる」
「最早、ハードボイルドでもなんでもないよ」
――「固ゆで卵」。そう、今宵の月はまるでハードボイルドだ。
太陽の明るさが去り、代わりに妖しいネオンの光が刺激する。
すぐそれとわかる女達や、だらしなく酔った男達で溢れている。
途端に賑やかになったのは、この界隈が夜の町であるからだ。
歌舞伎町、本来の姿が現れる時刻。
――何故「固ゆで卵」の意のハードボイルドが現在のような意で使われるようになったか。
――そいつは
――ただ一つ言えること…それは、こんな、ハードボイルドな夜は無性に酒が欲しくなる。
――男には酒でしか癒せない渇きがある。
「マスター。カミュ(ブランデー)ロックで頼む」
葉巻にサングラスと、全身から滲み出ているダンディズムな風貌の中年の男が注文する。
「ヘイ、焼酎」
「焼酎じゃない、カミュと呼べ。マスター」
しかしそこはモダンな雰囲気のオトナなバーではなく、どこにでもありそうな大衆向けの居酒屋であった。
――そう、俺がハードボイルド同心、小銭形平次。
「マスターじゃねェ。親父と呼べ、旦那」
顔馴染みの店主と毎度のやり取りが繰り返される。
――今の時代、ハードボイルドな奴には生き辛い世の中になった。
その時、懐に入れておいた携帯から着信が鳴り、電話に出る。
「ああ、小銭形だが。何?事件」
――道、往く者顔見れば。
町中に警笛が鳴り響き、与力達が声を交わして盗賊の位置情報を伝え合い、走り回る。
「いたぞォォ!!」
「あそこだァァ!!」
声を張り上げ、警戒する彼らの頭上、雑居ビルへと舞い上がった、長持を担ぐ狐面の男が存在感を、気配を、十分に誇示する。
「狐だァァァ!!狐火の長五郎だァァ!!」
――どいつもこいつも火通しの甘い半熟卵ばかりだ。
「あっちへ逃げたぞォォ!」
「追えェェ!!」
ビルからビルへと跳躍する盗賊――狐を捕まえるべく必死に追いかけるが、距離は徐々に遠ざかる。
――そんな奴等には、俺の腰の十手がうなる。
「よう。そんなにあわててどうした?デートの時間に遅れちまったかい」
そして、主役のごとく最後に到着した小銭形。
与力と合流するなり、貫録のある声で語る。
最後であるにもかかわらず余裕そうに告げるあたり、まさにダンディズムの真骨頂である。
「あわてるな…避妊はしろよ、ボウヤ達」
『小銭形のアニキ!』
――一発くれてやれば皆、立派なスクランブルエッグに早変わりだ。
「狐です!狐の面を!!」
「オッケェイ!我が命にかえても!!」
別行動で狐を探す小銭形は不意によろめく。
「うっ」
ここにきて、酔いが回ってきた。
まともに立つことできず、視界が不明瞭になってくる。
「ちと、カミュが回り過ぎたか。フン、いい気つけだ」
「オイ、大丈夫か、アンタ」
「だいぶ酔ってるみたいですね」
「吐いた方がいいアルヨ」
小銭形に声をかけたのは、風俗店の宣伝ボードを手にした狐の着ぐるみを被った三人組。
「どーすか?ウチの店でちょっと休んでいかれたら」
「カワイイ娘いっぱいいるアルヨ」
道行く人を商売の客とするために、任意の街路上で誘い寄せる客引きだ。
もしくはそれを生業とする人のことを言い、特に売春などに絡む悪質なものはぽん引とも呼ばれる。
通常、店頭で大声を出し、任意の通行人の関心を引こうとする呼び込みとは区別される。
――そう、俺は。
三人組に気づいた小銭形は葉巻を吹かしてフッと笑った。
「ネズミならぬ狐が、ようやく尻尾を見せたか。神妙にお縄につけい、キツネが…」
――ハードボイルド同心。
「…なんていうプレイとかしたいんですけど。いけますかね?」
「ああ、同心プレイ、岡っ引きプレイもありますよ」
「マジっすか、基本、僕Mなんで、結構キツめにやってほしいんですけど」
十手を構えて真剣な表情で言い放つ彼は相当酔っているのかと思いきや、存外冷静。
三人組はすっかりノリノリな小銭形を促して店に連れていった。
――小銭形平次。
第百三十五訓
男は心に固ゆで卵
――仕事のあとの一服…これがたまらない。
――至福の時、最早これ一本のために仕事をしているといっていい。
――男は、たかがこれ一本のために命をかかげる。
彫りの深い顔に満足感を漂わせて葉巻を吹かす。
紫煙を吸い込んで満足する彼の後頭部を、上司の飛び蹴りが見舞った。
「何やりとげた顔してんだァァ!!仕事中イメクラ行ってただけだろーがァァ、てめーは!!」
見事に吹き飛ばされ、小銭形は地面を転がっていく。
情けない姿で突っ伏す部下を見下ろし、さらに怒鳴る。
「何してんだ、お前!!一本って何?そっちの一本か?一本一万円コースか!?」
――男には我慢できない一本がある。
「最低な事をハードボイルド調で言うな!!挙句、酔っ払ってあんなもん連れてくる始末!!狐面って言ったんだよ、俺ァ、なんで着ぐるみと女王様!?」
青筋を立てて、着ぐるみ姿の銀時達と女王様スタイルの響古を指差す。
イメクラの客寄せとして働き、後は帰るはずなのに、何故か巻き込まれた四人。
目の前で繰り広げられる説教に複雑な心境で佇む。
「どうしてお前はいつもいつも…前から思っていたがな……お前は顔と仕事の能力のバランスがおかしい!!」
苛立ちに顔を歪め、それまで胸に溜め込んでいた鬱憤をぶちまける。
「その顔はなァ、どう考えても仕事できる顔だろう!なのに、どうして全然ダメなの、どーしてバカなの!なんで無駄にハードボイルド!?」
彫りの深い顔にサングラス、綺麗に整えられた髭に葉巻。
全身から滲み出ているダンディズムな風貌……だが大違い。
中身はからっきし、ダメなおっさんだった。
――他人から見れば無駄に見えるこだわり…しかし、そこに男の全てがある。
「うるせーんだよ!存在そのものが無駄な奴が言うな!オイ葉巻やめろ、それ!なんで上司に説教されてんのに、葉巻ふかしてんだよ!ブッ飛ばすゾ!!」
感情の昂ぶりに呼応して、自然と口調が荒くなる。
落ち着かせるため、一度息を吐く。
おもむろに吐き出された息には呆れでだけでなく、失望さえも含まれていた。
「…平次、てめーがあらぬ所でハードボイルドってる間に、また犠牲者が出たんたぜ」
「まさか、また狐が…」
それは小銭形にとって、痛烈な宣告だった。
「ああ、まただよ。忍び入った店の者、店主から
犯人は金品を盗み、店中を荒らすだけでは飽き足らず、その場にいた全員を虐殺。
それこそ、一人たりとも生かさず、だ。
血塗れの凄惨な展開を脳裏に過ぎらせて、小銭形は最大限に顔をしかめた。
「もう狐の奴ァ、ただの凶賊になりさがっちまった。平次、こいつァ、十年も奴を追っていながら一度も捕まえられなかったてめーの罪だ」
彼の表情を見て察したのか、上司は心底呆れたように、哀れむように小銭形を厳しく弾劾する。
「てめーが奴を捕まえてなけりゃ、死ぬ者もいなかった。てめーが奴を捕まえてりゃ、狐もあそこまで堕ちることは、なかった。てめーは立派な罪人だ。無能というのも
構わず畳みかける、弾劾の言葉。
慈悲などない眼差しを小銭形に突き刺した上司は、最後に四人へと頭を下げた後、あっさりと立ち去った。
場所は変わって、小銭形の行きつけの店だという居酒屋に、四人は同席していた。
大人達は酒を味わい、未成年二人は熱々のおでんを食べている。
「自宅謹慎…なんか、すいませんね。僕らが呼び込みなんてかけたせいで、こんな事になっちゃって」
「謝ることないわ、新八。酔っ払って仕事中にイメクラに行ったこいつが悪い」
こちらにも非があると思って謝る新八と、ぴしゃりと斬って捨てる響古。
小銭形はそれを、ただ黙って聞いていた。
そして、静かに言葉を紡ぐ。
――落ち込みはしない…いつものことだ。
――人生は様々なことが起こる。
――いい事があろうと悪い事があろうと、そいつを
急な語り口。
四人に話しかけているわけではない。
これは、あからさまに聞いてほしいと表した"構ってちゃん"の独り言だ。
銀時と響古の顔が、めんどくせぇ、と歪んだ。
「もういいかしら?」
「いいんじゃね?」
「じゃ遠慮なく」
甘やかな恋人同士の空気ではない。
が、これでいいのだ。
自分達は苦楽を共に結ばれた運命共同体であるのだから。
共闘、共犯、相棒、パートナー。
そういう言葉の方がしっくりくるのだ。
「「もういい、うぜェ」」
「ギャアアアア!!」
突然の絶叫。
先程の渋い語り口調からは想像もできない、甲高い悲鳴があがった。
それもそのはず。
二人が台詞つきのボードを突き刺したのだ。
彼の脳天から血が噴出する。
「ちょっ…何をするんだ、貴様らァァ!!俺のハードボイルドを!!」
「もういい、しつこいハードボイルド」
「しつこいハードボイルドって!仕方ないだろ、ハードボイルドなんだから!!っていうか小説でこの表現はわかりにくいだろ!?」
畳みかけるようにハードボイルドを口にする小銭形。
「うるせーんだよ、どうせ、そんなもん管理人が飽きて、そのうち終わんだよ、関係ねーんだよ」
「第一、頭に何か突き刺さったことだけわかればOKよ」
無理のある言い訳を語ったら、その一言で一気に解決してしまった。
さらに、響古は続ける。
「てゆーか、そんなカッコいいこと文字媒体でできると思うなよ。全部きこえてんだよ。ダダ漏れなんだよ。しゃべった方が早いんだよ」
「響古さん、小銭形さんが泣きそうです」
響古の冷徹な視線が小銭形を射抜く。
黒髪美女の口から放たれる毒舌に撃沈の小銭形。
「そんななァ、ハードボイルドで頭いっぱいで仕事も手につかないならなァ、ハードボイルドなんてやめちまえ!!このバカチンが!!」
さらには神楽までもが物申す。
「「お母さん?」」
「その方がお前にとってもハードボイルドにとっても幸せだわ!」
もはや男としても成り立っていない。
「んんんん!!できるもん!!ハードボイルドも仕事もっ…俺っ、両立するもん!」
神楽の言葉に対して聞きわけがない駄々っ子のような、この反応。
「いや、両方なりたってませんよ。ハードボイルドも仕事も」
ある意味ゾッとさせられる小銭形の言動に、新八の顔が引きつった。
すると、居酒屋の店主であり長年の親友が声をあげた。
「旦那。そのへんにしとかなきゃ、また奥さんにどやされますぜ」
――家庭に仕事のグチは持ち込まない、それが男の作法だ。
「またやってるヨ」
――妻の前では、いつも見ギレイでいる。それが夫婦円満のコツ。だから今日も俺はこうしてカミュで身を清めるのだ。
「コイツ、カミュって言いてーだけだよ。カミュって言えばハードボイルドになると思ってるよ」
「てゆーかコイツに奥さんいたのが信じられない。こんなウザイ旦那メンドくさくていらないし」
銀時と響古のひそひそ話が聞こえてくる。
好き放題言ってくる二人に、小銭形はスルーの態勢に入った。
「たまには、女房にグチこぼして話きいて、花もたしてやんのも夫婦円満のコツですよ。どーせまた狐に逃げられたんでしょ」
「フン」
――まったく、このマスターにはかなわない。
――何でも、俺の事はお見通し。思えば十年来のつきあいかミュ。
「カミュって言った!!無理矢理ハードボイルドにしたよ」
「なんで線引きで話すんだよ。そのまましゃべれよ。行数が無駄なんだよ」
――もう、本当の親父のようなものだな。むこうも恐らく、そう思っているだろう。
店主の顔を見つめながら小銭形は言った。
「思ってねーよ」
しかし、返ってきたのは冷たい言葉。
――くたばれ、ジジィ、カミュ。
「ワォ、メッキ剥がれてる」
「最早、ハードボイルドでもなんでもないよ」