第百三十三~百三十四訓
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――その異変は、欲望うずまく夜の街。
いつも通りの朝。
いつも通りの歌舞伎町。
いつも通りの一日になるはずだった……。
――場末のスナック。
――そこで細々と働く、
とある早朝の一風景。
食後のデザートのパフェを食べていた銀時がふと気づいた。
「オイ、キャサリン。おめ、眉毛つながりかけてんぞ、手入れしとけよ」
「エッ?マジスカ~?」
――一人のホステスから始まった。
言われて響古達もキャサリンに注目すれば、確かにうっすらと眉間にまで毛が生えている。
「チョット剃ッテキマス。スイマセン」
「朝から不快なモン見せんじゃないヨ。死ねヨお前」
刺々しい視線でキャサリンを射抜き、神楽はきつめの言葉を投げつける。
「オ前が死ネ」
負けじとキャサリンも投げ返す。
「アリャ絶対、牛乳飲んだら口の周り白い膜ができるタイプだな」
「あー、いますよね。そういう無防備な娘、平然とヒゲ生やしてる娘」
洗面所へ向かうキャサリンの後ろ姿を目で追いながら、
「お前がもっと死ね」
と吐き捨てる。
「特に女子は気を付けないといけないのに。ヒゲもそーだけど、ワキは油断するとあっという間に伸び放題」
すらりと伸びる手足が艶めかしいその肢体は、まるでモデルのように、いかにも女性らしく過不足ない完璧なプロポーションを誇っている。
が、やはりそこは女の子。
体重の増減や肌荒れなどには年相応に気遣う響古であった。
「へぇ、響古さん、めんどくさがりそうなのに意外とマメじゃないですか。スタイルはともかく、そういうの気にしないって思ってたんですけど」
「朝起きて歯磨いて顔洗って、キチンと剃ってるわよ」
朝の身だしなみチェックは欠かせない。
ボディラインの豪勢な起伏でありながら似合わない浴衣の長身をそびえさせ、響古はきゅっと締まったおなか周りを見せつける。
「確かにね、胸やお尻や太ももは育っちゃったけど。しかしおなかは!このおなかにはぜい肉なんて一つもないんだから!」
「ねぇ響古」
先程の罵り合いで、毒舌も薄れた少女が僅か首を傾げて訊ねた。
その仕草の可愛さに、思わず顔が綻ぶ。
「なに?」
「私も響古みたいにおっぱい大きくて、おまけにふさふさのオトナバディーになるにはどうしたらいいアルか?」
「ああ、それ――」
響古は軽く答えかけて、
「――は!?」
思わず椅子から転び落ちそうになった。
銀時も、ありゃま、と思わぬ展開に笑い、新八は肩をギクッと跳ね上がらせて硬直する。
「……?」
神楽はその姿を不思議そうに眺め、自分の言っていることの意味を全く自覚できないままただひたすら素直すぎる言葉を紡ぐ。
「牛乳だって毎朝飲んでるし」
「うん、そりゃ」
「おっぱいが大きくなる体操もしてるし」
響古は目線を外し、
「いや、えーと」
顔を逸らし、
「いつ響古みたいなオトナバディーになれるのかな?」
「いつなれるって」
首を捻った。
「あ、それと、ふさふさっていつ生えてくるネ?」
「それは、ね」
立て続けの質問、全てをはぐらかすことに成功した(と考えることにした)響古はふとそこで気づき、男達の方を見た。
二人とも聞かないふりをして、わざとらしく口笛を吹いたりあらぬ方を見たりしている。
「こらー!男共は耳をふさげ!」
響古は怒鳴って、眼鏡の上から新八の視界を塞いだ。
「響古さん、ちょっ、前が見えません!」
銀時は神楽の肩を叩く。
すごく優しい顔をしている。
間違いなく勝者が敗者に向ける顔だ。
「神楽、あきらめろ。まだまだお前はぺたんこでつるつるだ」
「まだ成長するもん!響古みたいにオトナバディーになるもん!」
必死に強がってみせる神楽の後ろ、響古の平手打ちが銀時の頬を見事に捉え、椅子から転び落ちる。
「黙れバカ銀!純真無垢な女の子に、アンタの余計なスナイパー性教育を吹きこもうとするな!」
全くよく話が続く。
ほとんどが内容のないことばかり、やたらと楽しげに……まるで、ただ話をすること、それ自体が至上の娯楽であるかのようだった。
「いい女ってのは毛穴からして違うんだよ。眉間に毛ェ生えてくる時点で、もう問題外だな。亀有で生きていくしかねーよ」
「銀ちゃん、鼻毛出てるヨ」
「あらホント。アンタこそ鏡くらい見なさい」
「マルハーゲ帝国で生きていくしかないですね、もう」
響古達からの辛辣な指摘。
だからと言って泣き寝入りするような忍耐は持ち合わせていない銀時。
ますます不毛な会話を繰り広げている時、つけっ放しのテレビからトラック事故のニュースが流れた。
「ちょっとォ、この事故、近所じゃないの?」
「あーあー、エライ事になってんな」
「トラックがひっくり返ってるじゃない」
テレビを見ていると、店の奥からキャサリンが戻ってきた。
どこか様子がおかしい。
「アラ、キャサリン、何やってんだィ」
「………どうした。ハリキリすぎて眉毛おとしちまったか?」
鼻毛を指で引っこ抜いた銀時が話しかける。
「コォア~」
おもむろに顔を上げたそれはつながりかけた眉毛どころではなく一本の極太眉毛になっており、口の端から涎を垂らしている。
その場に集う五人が、あんぐりと口を開けて呆然とした。
『ギャハハハハハハ!!』
一瞬の間があった後、大爆笑が起こった。
もはや、収まりきれぬ抱腹絶倒の嵐が、スナック中に響き渡る。
「眉毛が!!アンタ…眉毛剃りにいったんじゃなかったの!」
「架け橋が…栄光の架け橋がかかっておりますよ、ブクククっ!!」
キャサリンは、妙にカクカクとした動きでお登勢の前へと歩み寄るといきなり、
「うがァァァァァァ」
目を血走らせて襲いかかった。
「うわっ!!」
物凄い力で押し倒され、棚から落ちた酒瓶が割れるカウンターの向こう、断続的に聞こえるのはバリバリという破壊音と悲鳴。
「何やってんだィ、アンタぁぁ!!」
どう考えても普通ではない状況に、響古と新八は思わず眉を寄せる。
「ちょっとちょっと悪ノリし過ぎじゃないスか」
「お登勢さん、大丈夫かしら」
「ほっとけほっとけ。日頃のストレスがたまってんだろ、ババアのいびりの。ためこむより小出 しで発散させた方がいいの」
さすがにやり過ぎだと感じた二人に対し、銀時は気だるげに言う。
そうして、どれくらい経っただろうか。
徐々に音が静かになり、悲鳴も小さくなっていく。
そして、唐突に両方の音が消えた。
「どこが小出しなんスか。お登勢さん、大丈…」
新八が椅子から立ち上がり、心配そうに覗き込む。
すると、立ち上がったお登勢まで極太の眉毛になっていた。
「なっ…」
「バッ、バーさん、アンタ…」
思わず目を見張る銀時と響古は驚きの声を漏らす。
「「うるァァァァア!!」」
『うわァァァァ!!』
カウンターを越える勢いで襲いかかる二人から逃げるようにスナックの引き戸を蹴破り、四人は外へなだれ込む。
「銀さァァァん!!響古さァァァん!!ななななななんですかアレはァァ!?眉毛が!眉毛がァァ!!」
フラフラとおぼつかない、しかしこちらを見据えてゆっくりと追いかけてくる二人から全力で逃げる。
「眉毛がつながって…別人のように凶暴に!!」
「しるかァ!!俺にきくな!」
「きっとアレね!バイオハザード的な!きっと人間だけじゃなくカラスにも伝染するのよ!!」
「それ、能天気に言うセリフじゃないから!響古さん、ゾンビに対して緊張感もって!」
パニックで訊ねたつもりなのに、響古が真面目な顔で衝撃的な回答をしてきた。
その時、ちょうど通りかかったタクシーを発見。
「あっ、駕籠屋!!すいません!!乗せてください、すいません!!」
止まってくれたそれに駆け寄り、運転手に助けを求める。
「変な眉毛に追われてるんです!!開けてください!お願いしま…」
だが、振り向いた運転手も同じだった。
「うわァァァ!!」
窓を突き破ってきた運転手を蹴り飛ばし、銀時は舌打ちする。
「チッ。一体どうなっちまってんだ?」
「この街で何か異変が起こってるのは間違いないわ…」
不意に耳をつんざく警報音に驚いて顔を上げ、周囲を見渡す。
うなるような音が高く低く、多方向から押し包みながら聞こえてくる。
≪緊急警報発令、緊急警報発令。かぶき町にお住まいの方にお伝えします≫
次から次へと一般市民が凶暴化する。
誰も彼もが虚ろな目、極太の眉毛をしており、
「キャー、眉毛がァァ!!」
病的で剣呑な雰囲気を放っていた。
≪これより一切の外出はもとより、かぶき町から出ることを禁じます≫
広い通りに出ると、状況がさらに悪化していた。
半開きの唇から意味不明の呻きを漏らす、眉毛のつながった人々と口々に喚き立てて逃げ惑う、眉毛のつながっていない人々でごった返していた。
第百三十三訓
木を隠すなら森
歌舞伎町に同時多発的に現れ、その感染力から恐ろしい勢いで人々を凶暴化させる謎の現象。
興奮でマイクを握りしめる報道陣が群がる場所は警察庁の一室。
そこでは臨時の緊急会見が開かれていた。
≪あの眉毛のつながった人々はなんなんですか?≫
≪あれは暴動なんですか?≫
≪すさまじい勢いで数を増やしているようですが、一説ではあれは奇病で感染すると…≫
「今、調査中」
松平は淡々とした声音で明確な回答を出さない。
場にぶちまけられた喧騒は、もはや収拾がつかないほど大きくなっていた。
≪戒厳令を布 いてかぶき町を封鎖したとききましたが、それは事実上、住民を見捨てたと、とっていいんですか?≫
「今、調査中」
≪今年でこち亀が30周年なんですが今回の事は、関係あるんですかね?≫
すると突然、暴動とはなんら関係のない国民的漫画の話をしてくるが、あの漫画は既に2016年で連載を終了してしまっていた。
「もう、連載終わってるってば」
町中いたるところで眉毛のつながった人々が徘徊。
その混沌とした光景を、狭いゴミ捨て場から四人が窺う。
「ダメアル。こっちも眉毛で一杯ネ」
「これじゃあ、避難する前に動けないわ」
「チッ、仕方ねェ、こっちだ」
裏通りの方へ抜けようと踵を返した――その時だ。
「止まれ。手を後ろに組んで眉毛を見せろ」
貯水タンクの陰から刀が彼の首に突きつけられた。
「ヅラ!!」
「桂さん!!」
そこに隠れていたのは二人の幼馴染みであり、攘夷志士の桂だった。
激しい出血があり、呼吸も乱れている。
「…なんだ…貴様…らか」
「しっかりしてください、桂さん!!」
「…どうやら、眉毛はまだつながっていないようだな。言っておくが、あちらにいっても無駄だぞ。地獄しか待っておらん。俺もなんとか切り抜けてきたが、この様さ」
桂が額から流れる血を拭って言葉を紡ぐ。
――朝、ゴミ捨て場に行くはずが足を踏み外して、
「ぐあああああ」
――と階段から転げ落ちる。
回想シーンを見ながら、新八はおかしな点に気づいて声をあげた。
「桂さん、回想がおかしいんですけど。どう見ても転んでケガしたようにしか見えないんですけど」
新八が困惑する間にも、桂は悔しげに歯噛みする。
「やはり…サンダルでゴミ捨て場にいったのが間違いだった…くっ」
「くっ、じゃねーんだよ!アンタ、ゴミ捨て場でそんな深手、負ったの!?アイツらに、やられたんじゃないの!?」
負傷した原因が階段を踏み外して転げ落ちたという自分の不手際。
脂汗を垂らしながら、桂は震える声音で朝の出来事を思い出す。
「生ゴミが、かなり腐臭をはなっていたのでな…くっ」
「ヅラ、お前の頭もそろそろ捨て時アル」
相変わらずのアホさに新八と神楽はつっこみ、響古は呆れて言葉も出ない。
「ヅラ、奴等は一体………」
「ヅラじゃない、桂だ…俺もわからん」
硬い声で銀時が訊ねてきたので桂は目を細め、首を横に振る。
「わかっている事は、眉毛がつながった者は自我を失い暴徒と化し、人を襲う。そして襲われた者もまた、眉がつながり人を襲う。この短期間で、数を急激に増やしたのはその感染力ゆえさ」
おそらくこの感染者達は元々、なんの罪もない普通の人間だったはずだ。
突如として発生した眉毛によって凶暴化し、人々を襲うようになったのだろう。
「まるで西洋の死霊、ゾンビ…眉毛ゾンビ…『マユゾン』でどうだ?」
創意工夫とか意外性とかその辺りを一週間ぐらいかけて教授したくなるほど捻りがなく、かつ安直な名前だった。
一体どういうリアクションを取ればいいのだろう?と聞いた者にさえ考えさせてしまうほど微妙な感じに。
「いや、どーでもいい」
「黙ってろ、カス」
「カスじゃないマユゾンだ」
眉毛がつながった人々の命名を聞いて半眼になる響古に、銀時も冷たく突き放す。
「この調子じゃかぶき町でも無事なのは、俺達位しか、いめーよ。なんとか生き残る術はねーのか?カスラ」
「カスラじゃない…マユゾンだァァ!!」
「だから名称なんてどーでもいい」
その時、感染した数人がこちらに気づき、
「うがァァァァァ」
と唸り声をあげて近づいてくる。
「ヤバイ!!マユゾンに気づかれ…」
咄嗟に口をついて出てしまったらしい言葉にハッとして桂を見る。
満更でもなさそうに、わざとらしく咳払い。
「何、嬉しそうな顔してんだァァァァァ!!」
「イラッとするんだよォォォ!!」
怒気を滲ませた、銀時と響古の強烈な前蹴りが炸裂。
呆気に取られる新八の前で、たちまち口喧嘩が始まった。
「つい言っちゃったじゃねーか!!腹立つんだよォォ!オメーはよォォ!!」
いつも通りの朝。
いつも通りの歌舞伎町。
いつも通りの一日になるはずだった……。
――場末のスナック。
――そこで細々と働く、
とある早朝の一風景。
食後のデザートのパフェを食べていた銀時がふと気づいた。
「オイ、キャサリン。おめ、眉毛つながりかけてんぞ、手入れしとけよ」
「エッ?マジスカ~?」
――一人のホステスから始まった。
言われて響古達もキャサリンに注目すれば、確かにうっすらと眉間にまで毛が生えている。
「チョット剃ッテキマス。スイマセン」
「朝から不快なモン見せんじゃないヨ。死ねヨお前」
刺々しい視線でキャサリンを射抜き、神楽はきつめの言葉を投げつける。
「オ前が死ネ」
負けじとキャサリンも投げ返す。
「アリャ絶対、牛乳飲んだら口の周り白い膜ができるタイプだな」
「あー、いますよね。そういう無防備な娘、平然とヒゲ生やしてる娘」
洗面所へ向かうキャサリンの後ろ姿を目で追いながら、
「お前がもっと死ね」
と吐き捨てる。
「特に女子は気を付けないといけないのに。ヒゲもそーだけど、ワキは油断するとあっという間に伸び放題」
すらりと伸びる手足が艶めかしいその肢体は、まるでモデルのように、いかにも女性らしく過不足ない完璧なプロポーションを誇っている。
が、やはりそこは女の子。
体重の増減や肌荒れなどには年相応に気遣う響古であった。
「へぇ、響古さん、めんどくさがりそうなのに意外とマメじゃないですか。スタイルはともかく、そういうの気にしないって思ってたんですけど」
「朝起きて歯磨いて顔洗って、キチンと剃ってるわよ」
朝の身だしなみチェックは欠かせない。
ボディラインの豪勢な起伏でありながら似合わない浴衣の長身をそびえさせ、響古はきゅっと締まったおなか周りを見せつける。
「確かにね、胸やお尻や太ももは育っちゃったけど。しかしおなかは!このおなかにはぜい肉なんて一つもないんだから!」
「ねぇ響古」
先程の罵り合いで、毒舌も薄れた少女が僅か首を傾げて訊ねた。
その仕草の可愛さに、思わず顔が綻ぶ。
「なに?」
「私も響古みたいにおっぱい大きくて、おまけにふさふさのオトナバディーになるにはどうしたらいいアルか?」
「ああ、それ――」
響古は軽く答えかけて、
「――は!?」
思わず椅子から転び落ちそうになった。
銀時も、ありゃま、と思わぬ展開に笑い、新八は肩をギクッと跳ね上がらせて硬直する。
「……?」
神楽はその姿を不思議そうに眺め、自分の言っていることの意味を全く自覚できないままただひたすら素直すぎる言葉を紡ぐ。
「牛乳だって毎朝飲んでるし」
「うん、そりゃ」
「おっぱいが大きくなる体操もしてるし」
響古は目線を外し、
「いや、えーと」
顔を逸らし、
「いつ響古みたいなオトナバディーになれるのかな?」
「いつなれるって」
首を捻った。
「あ、それと、ふさふさっていつ生えてくるネ?」
「それは、ね」
立て続けの質問、全てをはぐらかすことに成功した(と考えることにした)響古はふとそこで気づき、男達の方を見た。
二人とも聞かないふりをして、わざとらしく口笛を吹いたりあらぬ方を見たりしている。
「こらー!男共は耳をふさげ!」
響古は怒鳴って、眼鏡の上から新八の視界を塞いだ。
「響古さん、ちょっ、前が見えません!」
銀時は神楽の肩を叩く。
すごく優しい顔をしている。
間違いなく勝者が敗者に向ける顔だ。
「神楽、あきらめろ。まだまだお前はぺたんこでつるつるだ」
「まだ成長するもん!響古みたいにオトナバディーになるもん!」
必死に強がってみせる神楽の後ろ、響古の平手打ちが銀時の頬を見事に捉え、椅子から転び落ちる。
「黙れバカ銀!純真無垢な女の子に、アンタの余計なスナイパー性教育を吹きこもうとするな!」
全くよく話が続く。
ほとんどが内容のないことばかり、やたらと楽しげに……まるで、ただ話をすること、それ自体が至上の娯楽であるかのようだった。
「いい女ってのは毛穴からして違うんだよ。眉間に毛ェ生えてくる時点で、もう問題外だな。亀有で生きていくしかねーよ」
「銀ちゃん、鼻毛出てるヨ」
「あらホント。アンタこそ鏡くらい見なさい」
「マルハーゲ帝国で生きていくしかないですね、もう」
響古達からの辛辣な指摘。
だからと言って泣き寝入りするような忍耐は持ち合わせていない銀時。
ますます不毛な会話を繰り広げている時、つけっ放しのテレビからトラック事故のニュースが流れた。
「ちょっとォ、この事故、近所じゃないの?」
「あーあー、エライ事になってんな」
「トラックがひっくり返ってるじゃない」
テレビを見ていると、店の奥からキャサリンが戻ってきた。
どこか様子がおかしい。
「アラ、キャサリン、何やってんだィ」
「………どうした。ハリキリすぎて眉毛おとしちまったか?」
鼻毛を指で引っこ抜いた銀時が話しかける。
「コォア~」
おもむろに顔を上げたそれはつながりかけた眉毛どころではなく一本の極太眉毛になっており、口の端から涎を垂らしている。
その場に集う五人が、あんぐりと口を開けて呆然とした。
『ギャハハハハハハ!!』
一瞬の間があった後、大爆笑が起こった。
もはや、収まりきれぬ抱腹絶倒の嵐が、スナック中に響き渡る。
「眉毛が!!アンタ…眉毛剃りにいったんじゃなかったの!」
「架け橋が…栄光の架け橋がかかっておりますよ、ブクククっ!!」
キャサリンは、妙にカクカクとした動きでお登勢の前へと歩み寄るといきなり、
「うがァァァァァァ」
目を血走らせて襲いかかった。
「うわっ!!」
物凄い力で押し倒され、棚から落ちた酒瓶が割れるカウンターの向こう、断続的に聞こえるのはバリバリという破壊音と悲鳴。
「何やってんだィ、アンタぁぁ!!」
どう考えても普通ではない状況に、響古と新八は思わず眉を寄せる。
「ちょっとちょっと悪ノリし過ぎじゃないスか」
「お登勢さん、大丈夫かしら」
「ほっとけほっとけ。日頃のストレスがたまってんだろ、ババアのいびりの。ためこむより
さすがにやり過ぎだと感じた二人に対し、銀時は気だるげに言う。
そうして、どれくらい経っただろうか。
徐々に音が静かになり、悲鳴も小さくなっていく。
そして、唐突に両方の音が消えた。
「どこが小出しなんスか。お登勢さん、大丈…」
新八が椅子から立ち上がり、心配そうに覗き込む。
すると、立ち上がったお登勢まで極太の眉毛になっていた。
「なっ…」
「バッ、バーさん、アンタ…」
思わず目を見張る銀時と響古は驚きの声を漏らす。
「「うるァァァァア!!」」
『うわァァァァ!!』
カウンターを越える勢いで襲いかかる二人から逃げるようにスナックの引き戸を蹴破り、四人は外へなだれ込む。
「銀さァァァん!!響古さァァァん!!ななななななんですかアレはァァ!?眉毛が!眉毛がァァ!!」
フラフラとおぼつかない、しかしこちらを見据えてゆっくりと追いかけてくる二人から全力で逃げる。
「眉毛がつながって…別人のように凶暴に!!」
「しるかァ!!俺にきくな!」
「きっとアレね!バイオハザード的な!きっと人間だけじゃなくカラスにも伝染するのよ!!」
「それ、能天気に言うセリフじゃないから!響古さん、ゾンビに対して緊張感もって!」
パニックで訊ねたつもりなのに、響古が真面目な顔で衝撃的な回答をしてきた。
その時、ちょうど通りかかったタクシーを発見。
「あっ、駕籠屋!!すいません!!乗せてください、すいません!!」
止まってくれたそれに駆け寄り、運転手に助けを求める。
「変な眉毛に追われてるんです!!開けてください!お願いしま…」
だが、振り向いた運転手も同じだった。
「うわァァァ!!」
窓を突き破ってきた運転手を蹴り飛ばし、銀時は舌打ちする。
「チッ。一体どうなっちまってんだ?」
「この街で何か異変が起こってるのは間違いないわ…」
不意に耳をつんざく警報音に驚いて顔を上げ、周囲を見渡す。
うなるような音が高く低く、多方向から押し包みながら聞こえてくる。
≪緊急警報発令、緊急警報発令。かぶき町にお住まいの方にお伝えします≫
次から次へと一般市民が凶暴化する。
誰も彼もが虚ろな目、極太の眉毛をしており、
「キャー、眉毛がァァ!!」
病的で剣呑な雰囲気を放っていた。
≪これより一切の外出はもとより、かぶき町から出ることを禁じます≫
広い通りに出ると、状況がさらに悪化していた。
半開きの唇から意味不明の呻きを漏らす、眉毛のつながった人々と口々に喚き立てて逃げ惑う、眉毛のつながっていない人々でごった返していた。
第百三十三訓
木を隠すなら森
歌舞伎町に同時多発的に現れ、その感染力から恐ろしい勢いで人々を凶暴化させる謎の現象。
興奮でマイクを握りしめる報道陣が群がる場所は警察庁の一室。
そこでは臨時の緊急会見が開かれていた。
≪あの眉毛のつながった人々はなんなんですか?≫
≪あれは暴動なんですか?≫
≪すさまじい勢いで数を増やしているようですが、一説ではあれは奇病で感染すると…≫
「今、調査中」
松平は淡々とした声音で明確な回答を出さない。
場にぶちまけられた喧騒は、もはや収拾がつかないほど大きくなっていた。
≪戒厳令を
「今、調査中」
≪今年でこち亀が30周年なんですが今回の事は、関係あるんですかね?≫
すると突然、暴動とはなんら関係のない国民的漫画の話をしてくるが、あの漫画は既に2016年で連載を終了してしまっていた。
「もう、連載終わってるってば」
町中いたるところで眉毛のつながった人々が徘徊。
その混沌とした光景を、狭いゴミ捨て場から四人が窺う。
「ダメアル。こっちも眉毛で一杯ネ」
「これじゃあ、避難する前に動けないわ」
「チッ、仕方ねェ、こっちだ」
裏通りの方へ抜けようと踵を返した――その時だ。
「止まれ。手を後ろに組んで眉毛を見せろ」
貯水タンクの陰から刀が彼の首に突きつけられた。
「ヅラ!!」
「桂さん!!」
そこに隠れていたのは二人の幼馴染みであり、攘夷志士の桂だった。
激しい出血があり、呼吸も乱れている。
「…なんだ…貴様…らか」
「しっかりしてください、桂さん!!」
「…どうやら、眉毛はまだつながっていないようだな。言っておくが、あちらにいっても無駄だぞ。地獄しか待っておらん。俺もなんとか切り抜けてきたが、この様さ」
桂が額から流れる血を拭って言葉を紡ぐ。
――朝、ゴミ捨て場に行くはずが足を踏み外して、
「ぐあああああ」
――と階段から転げ落ちる。
回想シーンを見ながら、新八はおかしな点に気づいて声をあげた。
「桂さん、回想がおかしいんですけど。どう見ても転んでケガしたようにしか見えないんですけど」
新八が困惑する間にも、桂は悔しげに歯噛みする。
「やはり…サンダルでゴミ捨て場にいったのが間違いだった…くっ」
「くっ、じゃねーんだよ!アンタ、ゴミ捨て場でそんな深手、負ったの!?アイツらに、やられたんじゃないの!?」
負傷した原因が階段を踏み外して転げ落ちたという自分の不手際。
脂汗を垂らしながら、桂は震える声音で朝の出来事を思い出す。
「生ゴミが、かなり腐臭をはなっていたのでな…くっ」
「ヅラ、お前の頭もそろそろ捨て時アル」
相変わらずのアホさに新八と神楽はつっこみ、響古は呆れて言葉も出ない。
「ヅラ、奴等は一体………」
「ヅラじゃない、桂だ…俺もわからん」
硬い声で銀時が訊ねてきたので桂は目を細め、首を横に振る。
「わかっている事は、眉毛がつながった者は自我を失い暴徒と化し、人を襲う。そして襲われた者もまた、眉がつながり人を襲う。この短期間で、数を急激に増やしたのはその感染力ゆえさ」
おそらくこの感染者達は元々、なんの罪もない普通の人間だったはずだ。
突如として発生した眉毛によって凶暴化し、人々を襲うようになったのだろう。
「まるで西洋の死霊、ゾンビ…眉毛ゾンビ…『マユゾン』でどうだ?」
創意工夫とか意外性とかその辺りを一週間ぐらいかけて教授したくなるほど捻りがなく、かつ安直な名前だった。
一体どういうリアクションを取ればいいのだろう?と聞いた者にさえ考えさせてしまうほど微妙な感じに。
「いや、どーでもいい」
「黙ってろ、カス」
「カスじゃないマユゾンだ」
眉毛がつながった人々の命名を聞いて半眼になる響古に、銀時も冷たく突き放す。
「この調子じゃかぶき町でも無事なのは、俺達位しか、いめーよ。なんとか生き残る術はねーのか?カスラ」
「カスラじゃない…マユゾンだァァ!!」
「だから名称なんてどーでもいい」
その時、感染した数人がこちらに気づき、
「うがァァァァァ」
と唸り声をあげて近づいてくる。
「ヤバイ!!マユゾンに気づかれ…」
咄嗟に口をついて出てしまったらしい言葉にハッとして桂を見る。
満更でもなさそうに、わざとらしく咳払い。
「何、嬉しそうな顔してんだァァァァァ!!」
「イラッとするんだよォォォ!!」
怒気を滲ませた、銀時と響古の強烈な前蹴りが炸裂。
呆気に取られる新八の前で、たちまち口喧嘩が始まった。
「つい言っちゃったじゃねーか!!腹立つんだよォォ!オメーはよォォ!!」