第百二十五訓
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柳生家との争いからほどなく経った頃、皆の傷も癒え毎日の習慣に戻り、あの騒動が完全なる過去へとなってきた。
今日も万事屋は騒がしい。
道行く人が顔を上げ、その古びた看板を見ては、
「またか…」
と苦笑い。
「こンの、アホンダラァァァァ!!」
「ぎゃあああああ!!」
悲鳴を耳にしたはずなのに、誰一人として危惧の色を浮かべはしない。
それは、この騒がしさがいつも通りと物語っているものだった。
その悲鳴こそ、日常の一部。
不変の日常こそ、この悲鳴。
人々は苦笑をこぼし歩みを進める。
その間にも悲鳴が止むことはない。
それは今日も、響古の雷が落ちた。
「こ~のバカ銀~、またお前は~」
「いだだだだだ!!」
「性懲りもなく、まったお前は~」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
ああ、これこそ万事屋の光景。
しみじみとした感情に浸り、茶を飲む新八は完全に銀時を見捨てていた。
もうこの場につっこむ者も制止をかける者もいない。
唯一残された第三者・神楽は、まぁ言わずもがな銀時に手を差し伸べないだろう。
現に彼女は、目の前のDVに恍惚とした表情を浮かべている。
意気揚々と激励を送る先は勿論、真っ黒な笑みを浮かべた響古へ。
「コレで何度目かしらねェ?コレで何度目の免停かしらねェ、この腐れ白髪ァ?」
「いぎゃあああ!ご、ごごごっ、5回目ですごめんなさァい!!」
「んっふふふ、5回目…それは立派な成績じゃないの~」
「恐い恐い恐いっ、てか、痛たたたた!!キマってる、技キマってるからァ!!」
万事屋は今、壮絶なプロレス会場と化していた。
「いっそのこと、両肩の関節外して二度と無様な運転できなくしてやりましょうか……」
「いっ…ぎゃあああああああ!!」
ミシミシ、と骨の軋む音が両肩から聞こえてくる。
うつぶせにされた銀時の上には響古が乗り……いや、踏み、両腕を持ち上げては彼の肩を締めつけている。
これはなんという技であろうか、非常に響古らしい拷問。
凄まじいDVの発端はいたって単純。
銀時が人身事故を起こしたからだ。
しかも、はねたのは何回も被害に遭った服部ではないか。
彼も大概不憫だが、今この瞬間では銀時が一番の不憫者かもしれない。
――好きで事故ったわけじゃないのに、好きで忍者はねたんじゃないのに。
――好きで同じ奴はねたんじゃないのに…。
「新八、見るアル!そろそろ銀ちゃんの肩が外れそうヨ!」
「神楽ちゃん、そんな残酷な報告を輝いた目で言わないで」
「テメーら何、のんびり悠々とくつろいでやがんだァ!銀さんの両肩がもぎ取られてもいいってのか、薄情者ォ!」
「ワォ。まだ無駄口、叩ける余裕があるの?」
「ひィ!!め、滅相もございませ…あ゙あ゙あ゙あ゙!!」
そろそろ彼の肩も精神も限界だろう
銀時から滴り落ちた汗が水溜りを作り始めた頃、やっと解放された。
ゼーハー荒い息を吐いている銀時を見下ろし、響古は思案するように沈黙している――やがて頷いた。
「――うん、決めた」
「は?何を?」
嫌な予感が頭を掠めて訊ねた銀時に、響古は言った。
「免許の再取得するんでしょ?だったらあたしもついていく。もう二度と、こんな事故は起こさせない」
「――というわけで、最近の幕府の動向は…」
隔離・隠蔽され、複数の隠れ場所もある集会所。
そこに桂は仲間を集め、真剣な面持ちで口を開く。
「オイ、見たか。昨日の『夏のそなた』」
がやがやと。
大事な話し合いだというのに、彼らは顔を寄せてお隣の惑星で放送されているドラマで盛り上がっている。
「最近の」
「やっぱ面白いな」
「幕府の」
「主役の笑顔が素晴らしいんだよ」
「今度、ビデオ貸してくれよ」
桂は努めて冷静に話を続けるが、彼らは全く話を聞かず、わいわいがやがや、と雑談をしている。
「最」
真剣な表情を崩さず視線をこちらに向けさせようと頑張るが、
「幕」
話題は尽きず溢れる声にかき消される。
ドラマで盛り上がる浪士達に激怒する桂は自然な動作から刀を握る。
「いい加減にせんかァァ!!ここは天下国家を論ずる場だぞ!!井戸端会議ではないィィ!!大体なんだ!?『夏のそなた』って」
「ス…スイマセン。あの今、人気のNH星のTVドラマで…」
案の定、一度ではピンとこなかったが、浪士達の重ねられた回答で桂は理解した。
要するに彼らは、真面目な話などそっちのけで話題のドラマに夢中になっているのである。
堅物で世間の流行りには疎い桂にとっては、幕府の動向を窺い攘夷活動を報告し合う大事な集会所を井戸端会議に使われ激怒する。
「くだらん異国のメディアに、おどらされおって!貴様ら、それでも志士か!!もういい!!俺は帰る!」
相手を舐め切った態度に、彼の怒りは頂点に達した。
烈火の勢いで立ち上がり、呆気に取られる浪士達へ向けて怒鳴り声をあげる。
「待ってください、桂さん!!」
「すみません、桂さん!!」
さすがにまずいと思い責任を感じたのか、浪士達が慌てて引き止めるが、主催者が大股で出ていってしまったので会議は中止になった。
江戸に店舗を構えるレンタルショップに桂はまっすぐ向かった。
口ではくだらないと言いながらも、内心で自分だけ知らず、仲間外れだったことがショックだったよう。
「すいません。『夏のそなた』ってビデオ、もう出てますか?」
レジに立つ店員へと『夏のそなた』はあるのかと訊ねる。
「最初の方、一、二巻出てるけど」
「ほしいんですが」
「ウチ。レンタルショップだから売ってはいないよ」
すると、桂は聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「レンタル?よくわからんが頼む。話題についていけなくて困っているのだ」
「アンタ、会員?」
「会員じゃない、桂だ」
世俗に疎い辺り、レンタルショップに訪れること自体初めてのようだ。
従業員は怪訝そうな顔をしながらも、ビデオのレンタルについて説明する。
「会員にならないと借りられないよ、ビデオ。アレだったらつくるけど、身分証明になるものある?」
ビデオを借りるのに会員が必要なのも初めて聞いた。
深く考える桂に、店員はさらに告げる。
「学生証とか。あっ、お兄ちゃん、運転免許証とかもってないの?」
「運転免許?」
江戸にある自動車学校。
担当教官は露骨に眉を寄せる。
彼の前には、頭を掻いてヘラッと笑う銀時がいた。
「すいませ~ん。また来ちゃいました~」
その表情は硬く、ともすれば暗く、さらには緊張さえしていた。
ヘラッとした軽薄な笑いも、微妙に引きつっている。
紅い瞳は、チラチラと横を窺っている。
教官が目を移した銀時の傍らに、付き添いとして響古が立っていた。
「また来ちゃいました、じゃないでしょ。坂田さん、アンタ何度、ここへ戻ってきたら気がすむの?」
交通違反で、何度も教習所へ送られた銀時へ教官は訊ねる。
「しかも、何で篠木さんまでここにいるの?」
「すいません。このバカが迷惑かけて。監視役ということでいさせてもらえませんか?」
そんな問いかけをする響古に、銀時は呆れた。
――いや、それはいくらなんでも無理があるだろう。
そう諫めようとして、絶句した。
教官は少し考えたのち、付き添いを許可したのである。
響古の美貌と立ち振る舞いの美しさを考慮に入れれば、彼の顔が少しくらい緩んだとしても仕方のないことだろう。
どうやら諦めるしかない。
どこか引きつった笑みを浮かべて、銀時は頭を掻く。
「すいません~。ちょっと忍者をね~、ちょいと、はねちゃいまして~エエ、免許とり消しみたいな」
「なんで車より速く走れる忍者を、はねれるの?隕石が地球に落ちてくる位の確率だよ」
「先生の教えのたまものです」
「教えてねーよ。何ちょっと先生のせいにしてんの」
いきなり繰り出されたボケに、教官は表向き神妙な表情を保ちながら心の中で溜め息をついた。
そして、注意力散漫な生徒へと語りかける。
「だから言ったでしょ『だろう運転』はダメだって。『多分大丈夫だろう』、『誰も飛び出してこないだろう』。こんな気構えじゃ急な時、対応しきれないの。『かもしれない運転』でいけって言ったでしょ」
安全確認を徹底するよう心がける教官の話に耳を傾ける響古。
一方、免許を停められた上に監視までさせられる銀時は上の空である。
「『忍者が出てくるかもしれない』『あの忍者、もしかしたら右折してくるかもしれない』。そういう気構えで運転していれば、なにが起きてもスグ対応できるでしょ?」
馬の耳に念仏モードで右耳から左耳へ聞き流しながら、車のドアを開けて中に乗り込む。
「ハイ、じゃ助手席乗って、君に足りないのは技術より注意力だから。他の人の運転隣で見て、注意力を養う。篠木さんは後部座席ね」
銀時が助手席のドアを開けて、響古も後部座席へと乗り込もうとする。
「じゃあ、よろしくね。今日は合同教習だから」
「どうも、宇宙キャプテンカツーラです。よろしくお願いします」
そこには、久しぶりに見る海賊の格好をした桂が運転席に座っていた。
次の瞬間、銀時は桂を蹴り飛ばす。
驚いて運転席を覗き込んだ響古は顔を引きつらせた。
窓ガラスを突き破って飛ばされた桂は地面に仰向けになって倒れた。
「坂田さん~、かもしれない運でいけって言ったでしょ?『もしかしたら、合同教習の相手が宇宙キャプテンかもしれない』。そーいう気構えでいかないとダメ」
「あ、スイマセン。ちょっとビックリしちゃったんで」
「早くカツーラさん車に乗って。乗車する前にちゃんと周囲を確認ね。ハイ、もしかしたら車の下に忍者がはりついているかもしれない」
言われた通り、桂は車の下を覗き込む。
「もしかしたら確認作業中に車が急発進するかもしれない」
「ぐけふっ」
車の下を覗いていた桂を、銀時がアクセルを踏んでひき、ガタガタと振動する。
車に乗る前から既にボロボロで息も荒い。
「もしかしたら車の後ろで忍者が、かくれんぼしてるかもしれない」
車の後ろにいる桂を、今度はバックでひく。
この理不尽な報復行動に、ついに桂は大声で叫んだ。
「いい加減にしろォォ、貴様!俺は真面目に免許をとりにきているんだぞォ!!」
「カツーラさんはね、ビデオ屋の会員になりたくて免許をとりにきたんだよ」
「なんだそりゃ!!」
「どこが真面目だァ!!」
教官の口から告げられた免許取得の理由に、二人が怒りと呆れのこもった抗議の声をあげる。
「俺だってなァ、響古にプロレス技キメられた挙句、監視までさせられてんだぞ!!それなのに、コイツと一緒にされてたまるかァ!!」
黒髪の恋人から、厳しい指導を受けているだけでなく、運転についても警戒されている銀時は桂の同乗を拒否する。
「あたしだってやだ!ヅラに関わるとマジでロクでもないんだよ!先生、なんとかして!」
これまでの経験から響古は演技ではなく、本気で「帰りたい」と、その美貌を嫌悪に染めて教官に向き直る。
「ヅラじゃない、キャプテンカツーラだァァ!!」
今日も万事屋は騒がしい。
道行く人が顔を上げ、その古びた看板を見ては、
「またか…」
と苦笑い。
「こンの、アホンダラァァァァ!!」
「ぎゃあああああ!!」
悲鳴を耳にしたはずなのに、誰一人として危惧の色を浮かべはしない。
それは、この騒がしさがいつも通りと物語っているものだった。
その悲鳴こそ、日常の一部。
不変の日常こそ、この悲鳴。
人々は苦笑をこぼし歩みを進める。
その間にも悲鳴が止むことはない。
それは今日も、響古の雷が落ちた。
「こ~のバカ銀~、またお前は~」
「いだだだだだ!!」
「性懲りもなく、まったお前は~」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
ああ、これこそ万事屋の光景。
しみじみとした感情に浸り、茶を飲む新八は完全に銀時を見捨てていた。
もうこの場につっこむ者も制止をかける者もいない。
唯一残された第三者・神楽は、まぁ言わずもがな銀時に手を差し伸べないだろう。
現に彼女は、目の前のDVに恍惚とした表情を浮かべている。
意気揚々と激励を送る先は勿論、真っ黒な笑みを浮かべた響古へ。
「コレで何度目かしらねェ?コレで何度目の免停かしらねェ、この腐れ白髪ァ?」
「いぎゃあああ!ご、ごごごっ、5回目ですごめんなさァい!!」
「んっふふふ、5回目…それは立派な成績じゃないの~」
「恐い恐い恐いっ、てか、痛たたたた!!キマってる、技キマってるからァ!!」
万事屋は今、壮絶なプロレス会場と化していた。
「いっそのこと、両肩の関節外して二度と無様な運転できなくしてやりましょうか……」
「いっ…ぎゃあああああああ!!」
ミシミシ、と骨の軋む音が両肩から聞こえてくる。
うつぶせにされた銀時の上には響古が乗り……いや、踏み、両腕を持ち上げては彼の肩を締めつけている。
これはなんという技であろうか、非常に響古らしい拷問。
凄まじいDVの発端はいたって単純。
銀時が人身事故を起こしたからだ。
しかも、はねたのは何回も被害に遭った服部ではないか。
彼も大概不憫だが、今この瞬間では銀時が一番の不憫者かもしれない。
――好きで事故ったわけじゃないのに、好きで忍者はねたんじゃないのに。
――好きで同じ奴はねたんじゃないのに…。
「新八、見るアル!そろそろ銀ちゃんの肩が外れそうヨ!」
「神楽ちゃん、そんな残酷な報告を輝いた目で言わないで」
「テメーら何、のんびり悠々とくつろいでやがんだァ!銀さんの両肩がもぎ取られてもいいってのか、薄情者ォ!」
「ワォ。まだ無駄口、叩ける余裕があるの?」
「ひィ!!め、滅相もございませ…あ゙あ゙あ゙あ゙!!」
そろそろ彼の肩も精神も限界だろう
銀時から滴り落ちた汗が水溜りを作り始めた頃、やっと解放された。
ゼーハー荒い息を吐いている銀時を見下ろし、響古は思案するように沈黙している――やがて頷いた。
「――うん、決めた」
「は?何を?」
嫌な予感が頭を掠めて訊ねた銀時に、響古は言った。
「免許の再取得するんでしょ?だったらあたしもついていく。もう二度と、こんな事故は起こさせない」
「――というわけで、最近の幕府の動向は…」
隔離・隠蔽され、複数の隠れ場所もある集会所。
そこに桂は仲間を集め、真剣な面持ちで口を開く。
「オイ、見たか。昨日の『夏のそなた』」
がやがやと。
大事な話し合いだというのに、彼らは顔を寄せてお隣の惑星で放送されているドラマで盛り上がっている。
「最近の」
「やっぱ面白いな」
「幕府の」
「主役の笑顔が素晴らしいんだよ」
「今度、ビデオ貸してくれよ」
桂は努めて冷静に話を続けるが、彼らは全く話を聞かず、わいわいがやがや、と雑談をしている。
「最」
真剣な表情を崩さず視線をこちらに向けさせようと頑張るが、
「幕」
話題は尽きず溢れる声にかき消される。
ドラマで盛り上がる浪士達に激怒する桂は自然な動作から刀を握る。
「いい加減にせんかァァ!!ここは天下国家を論ずる場だぞ!!井戸端会議ではないィィ!!大体なんだ!?『夏のそなた』って」
「ス…スイマセン。あの今、人気のNH星のTVドラマで…」
案の定、一度ではピンとこなかったが、浪士達の重ねられた回答で桂は理解した。
要するに彼らは、真面目な話などそっちのけで話題のドラマに夢中になっているのである。
堅物で世間の流行りには疎い桂にとっては、幕府の動向を窺い攘夷活動を報告し合う大事な集会所を井戸端会議に使われ激怒する。
「くだらん異国のメディアに、おどらされおって!貴様ら、それでも志士か!!もういい!!俺は帰る!」
相手を舐め切った態度に、彼の怒りは頂点に達した。
烈火の勢いで立ち上がり、呆気に取られる浪士達へ向けて怒鳴り声をあげる。
「待ってください、桂さん!!」
「すみません、桂さん!!」
さすがにまずいと思い責任を感じたのか、浪士達が慌てて引き止めるが、主催者が大股で出ていってしまったので会議は中止になった。
江戸に店舗を構えるレンタルショップに桂はまっすぐ向かった。
口ではくだらないと言いながらも、内心で自分だけ知らず、仲間外れだったことがショックだったよう。
「すいません。『夏のそなた』ってビデオ、もう出てますか?」
レジに立つ店員へと『夏のそなた』はあるのかと訊ねる。
「最初の方、一、二巻出てるけど」
「ほしいんですが」
「ウチ。レンタルショップだから売ってはいないよ」
すると、桂は聞き慣れない言葉に首を傾げる。
「レンタル?よくわからんが頼む。話題についていけなくて困っているのだ」
「アンタ、会員?」
「会員じゃない、桂だ」
世俗に疎い辺り、レンタルショップに訪れること自体初めてのようだ。
従業員は怪訝そうな顔をしながらも、ビデオのレンタルについて説明する。
「会員にならないと借りられないよ、ビデオ。アレだったらつくるけど、身分証明になるものある?」
ビデオを借りるのに会員が必要なのも初めて聞いた。
深く考える桂に、店員はさらに告げる。
「学生証とか。あっ、お兄ちゃん、運転免許証とかもってないの?」
「運転免許?」
江戸にある自動車学校。
担当教官は露骨に眉を寄せる。
彼の前には、頭を掻いてヘラッと笑う銀時がいた。
「すいませ~ん。また来ちゃいました~」
その表情は硬く、ともすれば暗く、さらには緊張さえしていた。
ヘラッとした軽薄な笑いも、微妙に引きつっている。
紅い瞳は、チラチラと横を窺っている。
教官が目を移した銀時の傍らに、付き添いとして響古が立っていた。
「また来ちゃいました、じゃないでしょ。坂田さん、アンタ何度、ここへ戻ってきたら気がすむの?」
交通違反で、何度も教習所へ送られた銀時へ教官は訊ねる。
「しかも、何で篠木さんまでここにいるの?」
「すいません。このバカが迷惑かけて。監視役ということでいさせてもらえませんか?」
そんな問いかけをする響古に、銀時は呆れた。
――いや、それはいくらなんでも無理があるだろう。
そう諫めようとして、絶句した。
教官は少し考えたのち、付き添いを許可したのである。
響古の美貌と立ち振る舞いの美しさを考慮に入れれば、彼の顔が少しくらい緩んだとしても仕方のないことだろう。
どうやら諦めるしかない。
どこか引きつった笑みを浮かべて、銀時は頭を掻く。
「すいません~。ちょっと忍者をね~、ちょいと、はねちゃいまして~エエ、免許とり消しみたいな」
「なんで車より速く走れる忍者を、はねれるの?隕石が地球に落ちてくる位の確率だよ」
「先生の教えのたまものです」
「教えてねーよ。何ちょっと先生のせいにしてんの」
いきなり繰り出されたボケに、教官は表向き神妙な表情を保ちながら心の中で溜め息をついた。
そして、注意力散漫な生徒へと語りかける。
「だから言ったでしょ『だろう運転』はダメだって。『多分大丈夫だろう』、『誰も飛び出してこないだろう』。こんな気構えじゃ急な時、対応しきれないの。『かもしれない運転』でいけって言ったでしょ」
安全確認を徹底するよう心がける教官の話に耳を傾ける響古。
一方、免許を停められた上に監視までさせられる銀時は上の空である。
「『忍者が出てくるかもしれない』『あの忍者、もしかしたら右折してくるかもしれない』。そういう気構えで運転していれば、なにが起きてもスグ対応できるでしょ?」
馬の耳に念仏モードで右耳から左耳へ聞き流しながら、車のドアを開けて中に乗り込む。
「ハイ、じゃ助手席乗って、君に足りないのは技術より注意力だから。他の人の運転隣で見て、注意力を養う。篠木さんは後部座席ね」
銀時が助手席のドアを開けて、響古も後部座席へと乗り込もうとする。
「じゃあ、よろしくね。今日は合同教習だから」
「どうも、宇宙キャプテンカツーラです。よろしくお願いします」
そこには、久しぶりに見る海賊の格好をした桂が運転席に座っていた。
次の瞬間、銀時は桂を蹴り飛ばす。
驚いて運転席を覗き込んだ響古は顔を引きつらせた。
窓ガラスを突き破って飛ばされた桂は地面に仰向けになって倒れた。
「坂田さん~、かもしれない運でいけって言ったでしょ?『もしかしたら、合同教習の相手が宇宙キャプテンかもしれない』。そーいう気構えでいかないとダメ」
「あ、スイマセン。ちょっとビックリしちゃったんで」
「早くカツーラさん車に乗って。乗車する前にちゃんと周囲を確認ね。ハイ、もしかしたら車の下に忍者がはりついているかもしれない」
言われた通り、桂は車の下を覗き込む。
「もしかしたら確認作業中に車が急発進するかもしれない」
「ぐけふっ」
車の下を覗いていた桂を、銀時がアクセルを踏んでひき、ガタガタと振動する。
車に乗る前から既にボロボロで息も荒い。
「もしかしたら車の後ろで忍者が、かくれんぼしてるかもしれない」
車の後ろにいる桂を、今度はバックでひく。
この理不尽な報復行動に、ついに桂は大声で叫んだ。
「いい加減にしろォォ、貴様!俺は真面目に免許をとりにきているんだぞォ!!」
「カツーラさんはね、ビデオ屋の会員になりたくて免許をとりにきたんだよ」
「なんだそりゃ!!」
「どこが真面目だァ!!」
教官の口から告げられた免許取得の理由に、二人が怒りと呆れのこもった抗議の声をあげる。
「俺だってなァ、響古にプロレス技キメられた挙句、監視までさせられてんだぞ!!それなのに、コイツと一緒にされてたまるかァ!!」
黒髪の恋人から、厳しい指導を受けているだけでなく、運転についても警戒されている銀時は桂の同乗を拒否する。
「あたしだってやだ!ヅラに関わるとマジでロクでもないんだよ!先生、なんとかして!」
これまでの経験から響古は演技ではなく、本気で「帰りたい」と、その美貌を嫌悪に染めて教官に向き直る。
「ヅラじゃない、キャプテンカツーラだァァ!!」