第百二十三訓
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それはまるで、走馬燈にも似ていた。
涙を浮かべて嘆く妙の姿がよみがえる。
(――「九ちゃん。私、九ちゃんの左目になる」――)
それは決して印象深い思い出ではない。
むしろ残酷で無慈悲で、冷徹な印象。
――しってたはずだ。
現実の厳しさを与えたもの。
(――「九兵衛、強くなれ。この柳生家で生き残るために」――)
自分達が育て上げた、柳生家で生き残っていくために、父と祖父はあえて厳しく九兵衛を躾けた。
――しってたはずだ。
他でもない、自分のために。
彼女の胸の中に湧き上がる終 の回答は、懊悩だった。
(――「愛さえあればと突き通せれば、それで妙が幸せになるとでも思ってんの!?」――)
心の底から激昂する響古の怒声。
(――「みんな、護りたいもの護ろうとしてただけだ……それだけだ」――)
平静でありながら、しかし間違いを叱咤する銀時の助言。
視界の端に、唇をグッと引き結ぶ妙の姿がある。
「………あの二人の言う通りだ。僕は、みんなしっていた。勝手なマネをして、君に重い枷をつけ、君の思いをしりつつも、見て見ぬフリをした。君を側に置きたいばかりに…」
彼女の心を継ぐように、未だ回復もままならない九兵衛は、薄目を開けて言う。
「それでも、君は僕を護ろうとしてたね。僕の左目になるって…」
妙は目を逸らさずに、九兵衛の言葉を真摯に受けとめる。
「父上やおじい様が僕を護らんとして男として育てたこともしってる。でも、どこかで恨んでた、僕を男でも女でもない存在にしたこと…僕がこうなったのは誰のせいでもない、自分自身の弱さのせいなのに」
今まで自分達を慕ってくれた門下生、今まで自分の傍に付き添ってくれた四天王。
そして、今まで自分を護ってくれた父と祖父。
名前を思い出すのも一苦労なほど、たくさんの人達が自分を見つめていた。
「それでもみんな、僕を最後まで護ろうとしてくれた。結局、僕は…護られてばかりで前と変わらない。約束なんて…なんにも果たせちゃいなかったんだ」
彼らの視線の先。
彼らが向ける感情。
彼らの抱く思い。
その瞳の中には、少しだけの動揺や戸惑いもあった。
誤魔化しきれない罪悪感も、隠し切れない憂いもあった。
だが、それを塗り潰すほどの温もりがあった。
「僕は…弱い」
真上に妙の顔があり、よく見れば、九兵衛は膝枕をされていた。
辛そうな顔の親友をじっと見つめて、肩が震え始める。
「……なんで、こんなふうになっちゃったんだろ…いつからこんなふうに…」
妙の膝に頭を預けて、九兵衛は言葉を紡ぐ。
「……………」
力なく笑い、何か言おうとするが、苦痛と辛さから言葉が出ない。
「僕も…ホントは、みんなと一緒にままごとやあやとりしたかった。みんなみたいにキレイな着物で町を歩きたかった」
ささやかな願いをつぶやく九兵衛の声に押し潰される。
ぐっと拳を強く握り、涙が、瞼から一粒こぼれた。
「妙ちゃんみたいに…強くて優しい女の子になりたかった」
涙は止めどなく溢れ始め、頬を濡らしていく。
「…九ちゃん。九ちゃんは…九ちゃんよ」
すると、これまで一言も発しなかった妙が口を開く。
「男も女も関係ない。私の大切な親友。だから…九ちゃん泣かないで」
一旦言葉を切って、ボロボロと、熱い雫が九兵衛の顔にかかる。
「それでほォ、お侍はん…」
「妙ちゃん」
それを見て、九兵衛の目に再び涙が溜まる。
「…めんなさい。ごめんなさい」
「でも…今日位泣いたっていいよね」
若年ながら名にし負う強者、かつて将軍家の指南役を仰せつかっていたほどの名家。
柳生家の次期当主が、漆黒の相貌から大粒の涙をボロボロとこぼし、妙に縋りついた。
涙が、また溢れてきた。
妙は、強く抱きしめてくれた。
「女の子だもの」
恐怖と焦燥感は、いつしか消えていた。
鼻の下を伸ばして店に入ってくる男達に、
「いらっしゃいませェェ!!」
と声を張り上げて出迎える黒服。
だが、今宵の客は一味違った。
「ギャアアアアア!!何、このミイラ男!?」
「恐っ!!こっち来ないでェェェ!!悪霊退散!!」
顔面を包帯でグルグル巻きにした男を土方だと気づかないキャバ嬢は灰皿やグラスを投げつける。
「土方さん、御指名は?」
「……………」
黒服の言葉にしばし無言になると、重い口を開いた。
土方は指名したキャバ嬢の席に座った。
「…そうですか。みんなは来れないんだ…」
うつむいた姿勢でじっと顔を伏せる妙は、土方の来訪にまるで反応を見せていない。
「色々迷惑をかけたからお詫びをと思ってたんですけど。土方さんもすいませんでした、私のせいで…そんなミイラ男に」
やはり、これだけの人数を自分の都合に巻き込んでしまったことに負い目を感じている様子だ。
「おめーのためじゃねェ。俺はただ、ケンカしにいって、ミイラ男になっただけだ」
「…私、響古さんがあれほど怒った姿なんて見たことがありませんでした」
妙は無意識に拳を握り、ぎゅっと唇を噛んだ。
言い知れないもどかしさが胸中を渦巻いた時、横から厳しい声が響いた。
「……アイツが柳生家とのケンカにどれほど本気で臨んだか、気づいてなかったのか?」
土方はわざと大げさに嘲笑う。
そう、これは響古のため。
響古が悲しまないよう気を遣ってるだけのこと。
そういうことなのである、あくまで。
「……私、最低ですよね。結局…勝手なことして…色んな人を傷つけてしまった。九ちゃんにも…みんなにも迷惑かけて…」
込み上げてくる悔し涙を堪えるためには、掌に爪が食い込むほどに、拳を握りしめなければならなかった。
妙のそんな姿には目もくれず――あるいは気づかないふりをして――土方は耳を傾ける。
「最後まで押し通すこともできないのに、半端な気持ちであんな事して…私がした事は結局、誰のためにもならなかった…」
「…釈迦じゃあるめーし、目の前のもん、全て救えるとでも思ってたのかよ」
土方は目を向けずにささやかな説教をした。
「幾ら骨くだこーが、救えるもんもありゃ救えねーもんもある、だからなんだ。そんなもんで折れる程、お前さんの生き方はもろいもんだったのか」
彼の声はあくまでクールだ。
慰めも励ましもなく、皮肉も嘲りもなく、ただ冷静に事実を指摘する。
「…………」
「今…お前の言う半端な優しさでも救えるものあるとしたら」
目を伏せ深く考え込む妙に、土方は伝えるべきことを伝えた。
「お前、どうする?」
そのためにキャバクラにやって来たのだ。
≪新郎新婦、入場です!≫
視界に飛び込んでくる巨大な様式の宮殿。
スポットライトを照らされた扉が開いて、新郎新婦は赤い絨毯の道――ヴァージンロードをゆっくりと歩いてくる。
柳生家との戦いから数日後、近藤が結婚することになって招待された万事屋四人。
前代未聞の電撃結婚ぶりに、新八は動揺を隠せない。
「銀さん、響古さん」
形だけの拍手をしながら、これまた同じようにしている二人に訊ねた。
その隣では、神楽が黙々とバナナを食べ続けている。
「人間、一体どう転ぶとあんなことになるんですか?」
何がどうなって結婚まで進むんだと、訝しむような表情で聞く。
「見合いで脱糞してワントラップいれると、ああなるんだよ」
失礼極まりない、仮にも王女に対する無礼な見合いであった。
だが、王女が自らの意思で近藤に求婚した――らしい。
響古がバナナの皮を剥きながら言う。
「実は元々、ゴリラだったんじゃないの?地球侵略のために送り込んだのに、頭を打って凶暴な性格が影をひそめちゃったとか」
確かに、近藤の顔つきはゴリラに激似でよく揶揄されるが、新八はどこかで聞いた覚えのある設定につっこむ。
「どこのカ○ロットですか、それ」
銀時が愛読する少年ジャンプで連載していた漫画の主人公。
始めのうちは凶暴で手のつけられない暴れん坊だったが、ある日崖から落ちて頭を打つと性格が一転、素直ないい子になったという。
「尻尾が切れるだけならともかく、全身の毛がケツだけに集中するゴリラなんてきいたことねーよ」
いかにも俺、面倒くせェ、興味ねェ、帰りてェ……そんなオーラを振りまきながら銀時もぼやく。
このまさかの展開には、さすがに戸惑いと動揺を隠せないようであった。
「銀さんまで何言ってんですか」
「旦那、響古、笑い事じゃないですぜ」
四人の背後から、骨折した足を松葉杖で支える沖田が声をかけてきた。
「いや笑ってねーよ、つーか笑えねーよ………」
もし笑えと言われてもそれは無理な注文だ。
周りを見渡せば、結婚式に参列する過半数がゴリラだ。
異様な雰囲気に圧倒され、銀時は祝う気分にもなれなかった。
「他人の結婚式で泣きそうになったのは初めてだ」
「なんとかなりませんかねェ」
「なんとかって?」
「この披露宴はただの、顔見せみたいなもんでェ。この後、王女の星で正式な婚礼をあげれば近藤さんもはれて、ゴリラの仲間入り…もう帰ってきません。ブチ壊すのは今夜しかねーんです」
沖田は四人にこの結婚式をぶち壊してほしいと依頼し、招待したのだった。
式の主役たる花婿の近藤は、己が身に降りかかる、あまりにも理不尽極まりない理不尽に顔面蒼白となっていた。
純白のドレスとベール、ブーケで着飾った花嫁の王女は上機嫌だ。
「ブチ壊すって沖田君。最初から、この披露宴壊れてるだろ、ゴリラだらけだもの」
「最初から壊れてるものを壊すなんて無理よ」
参列している人間は、万事屋の四人と真選組の面々だけ。
あとは皆、ゴリラだ。
「さすがの俺らにもできねーよ、ゴリラだらけだもの」
大事なことなので二回言った。
「そりゃねーぜ二人とも。なんやかんやで俺たち、姐さん救うのに一役かったんですぜ。これで、貸し借りなしにしやしょーや」
珍しく沖田が真摯に頼み込んでいると、ガガッとノイズが走る。
「こちら近藤、応答お願いします!どーぞ」
突如聞こえた近藤の声。
それは、沖田の襟元についているトランシーバーから聞こえたものだった。
「早く披露宴ブチ壊してくれ!!どーぞ」
じっとしている四人へ怒鳴るように通信を送る。
≪お前ら、こんなん得意だろうが。御馳走、食わせるために呼んだんじゃねーんだゾ!!どーぞ≫
焦りを色濃く顔に浮かべ、行動に移すよう急かす近藤へ、響古はなんら関係のない文句をつける。
「あたし、あんまりバナナ好きじゃないのよね。チョコレートかかってたら食べるけど。どーぞ」
「御馳走って、お前コレ、バナナしかねーじゃねーか。あんま俺達、なめんじゃねーぞコラ、どーぞ」
銀時もご馳走という言葉に反応し、目の前に広がる料理――と言ってもバナナ――に顔をしかめる。
≪俺達、真選組は今回派手に動けん。この結婚は、松平のとっつぁんが動いてる。アレに逆らえば、真選組は消される≫
そもそも、この結婚は猩猩 星との外交の関係上、松平が仕組んだもの。
警察庁トップが動いているため、真選組にはどうすることもできない。
「外野のお前らに頼むしかねーんだ。どーぞ」
≪ドコ産だ?どーぞ≫
「あ?」
披露宴に来てから、ずっとバナナを食べ続ける神楽がようやく口を開いた。
「このバナナはドコ産だと聞いているアル。どーぞ」
≪バナナのことはどうでもいいだっつーの!!ちょっと気に入ってるじゃねーかバナナ!どーぞ≫
神楽は近藤の叫びがまるで聞こえてないのかのごとく、淡々と語る。
≪果物の王様はやっぱりバナナアル。どーぞ≫
≪チョコかけると、より美味しいと思うの。どーぞ≫
響古も無神経と思える意見を近藤に対して行う。
涙を浮かべて嘆く妙の姿がよみがえる。
(――「九ちゃん。私、九ちゃんの左目になる」――)
それは決して印象深い思い出ではない。
むしろ残酷で無慈悲で、冷徹な印象。
――しってたはずだ。
現実の厳しさを与えたもの。
(――「九兵衛、強くなれ。この柳生家で生き残るために」――)
自分達が育て上げた、柳生家で生き残っていくために、父と祖父はあえて厳しく九兵衛を躾けた。
――しってたはずだ。
他でもない、自分のために。
彼女の胸の中に湧き上がる
(――「愛さえあればと突き通せれば、それで妙が幸せになるとでも思ってんの!?」――)
心の底から激昂する響古の怒声。
(――「みんな、護りたいもの護ろうとしてただけだ……それだけだ」――)
平静でありながら、しかし間違いを叱咤する銀時の助言。
視界の端に、唇をグッと引き結ぶ妙の姿がある。
「………あの二人の言う通りだ。僕は、みんなしっていた。勝手なマネをして、君に重い枷をつけ、君の思いをしりつつも、見て見ぬフリをした。君を側に置きたいばかりに…」
彼女の心を継ぐように、未だ回復もままならない九兵衛は、薄目を開けて言う。
「それでも、君は僕を護ろうとしてたね。僕の左目になるって…」
妙は目を逸らさずに、九兵衛の言葉を真摯に受けとめる。
「父上やおじい様が僕を護らんとして男として育てたこともしってる。でも、どこかで恨んでた、僕を男でも女でもない存在にしたこと…僕がこうなったのは誰のせいでもない、自分自身の弱さのせいなのに」
今まで自分達を慕ってくれた門下生、今まで自分の傍に付き添ってくれた四天王。
そして、今まで自分を護ってくれた父と祖父。
名前を思い出すのも一苦労なほど、たくさんの人達が自分を見つめていた。
「それでもみんな、僕を最後まで護ろうとしてくれた。結局、僕は…護られてばかりで前と変わらない。約束なんて…なんにも果たせちゃいなかったんだ」
彼らの視線の先。
彼らが向ける感情。
彼らの抱く思い。
その瞳の中には、少しだけの動揺や戸惑いもあった。
誤魔化しきれない罪悪感も、隠し切れない憂いもあった。
だが、それを塗り潰すほどの温もりがあった。
「僕は…弱い」
真上に妙の顔があり、よく見れば、九兵衛は膝枕をされていた。
辛そうな顔の親友をじっと見つめて、肩が震え始める。
「……なんで、こんなふうになっちゃったんだろ…いつからこんなふうに…」
妙の膝に頭を預けて、九兵衛は言葉を紡ぐ。
「……………」
力なく笑い、何か言おうとするが、苦痛と辛さから言葉が出ない。
「僕も…ホントは、みんなと一緒にままごとやあやとりしたかった。みんなみたいにキレイな着物で町を歩きたかった」
ささやかな願いをつぶやく九兵衛の声に押し潰される。
ぐっと拳を強く握り、涙が、瞼から一粒こぼれた。
「妙ちゃんみたいに…強くて優しい女の子になりたかった」
涙は止めどなく溢れ始め、頬を濡らしていく。
「…九ちゃん。九ちゃんは…九ちゃんよ」
すると、これまで一言も発しなかった妙が口を開く。
「男も女も関係ない。私の大切な親友。だから…九ちゃん泣かないで」
一旦言葉を切って、ボロボロと、熱い雫が九兵衛の顔にかかる。
「それでほォ、お侍はん…」
「妙ちゃん」
それを見て、九兵衛の目に再び涙が溜まる。
「…めんなさい。ごめんなさい」
「でも…今日位泣いたっていいよね」
若年ながら名にし負う強者、かつて将軍家の指南役を仰せつかっていたほどの名家。
柳生家の次期当主が、漆黒の相貌から大粒の涙をボロボロとこぼし、妙に縋りついた。
涙が、また溢れてきた。
妙は、強く抱きしめてくれた。
「女の子だもの」
恐怖と焦燥感は、いつしか消えていた。
鼻の下を伸ばして店に入ってくる男達に、
「いらっしゃいませェェ!!」
と声を張り上げて出迎える黒服。
だが、今宵の客は一味違った。
「ギャアアアアア!!何、このミイラ男!?」
「恐っ!!こっち来ないでェェェ!!悪霊退散!!」
顔面を包帯でグルグル巻きにした男を土方だと気づかないキャバ嬢は灰皿やグラスを投げつける。
「土方さん、御指名は?」
「……………」
黒服の言葉にしばし無言になると、重い口を開いた。
土方は指名したキャバ嬢の席に座った。
「…そうですか。みんなは来れないんだ…」
うつむいた姿勢でじっと顔を伏せる妙は、土方の来訪にまるで反応を見せていない。
「色々迷惑をかけたからお詫びをと思ってたんですけど。土方さんもすいませんでした、私のせいで…そんなミイラ男に」
やはり、これだけの人数を自分の都合に巻き込んでしまったことに負い目を感じている様子だ。
「おめーのためじゃねェ。俺はただ、ケンカしにいって、ミイラ男になっただけだ」
「…私、響古さんがあれほど怒った姿なんて見たことがありませんでした」
妙は無意識に拳を握り、ぎゅっと唇を噛んだ。
言い知れないもどかしさが胸中を渦巻いた時、横から厳しい声が響いた。
「……アイツが柳生家とのケンカにどれほど本気で臨んだか、気づいてなかったのか?」
土方はわざと大げさに嘲笑う。
そう、これは響古のため。
響古が悲しまないよう気を遣ってるだけのこと。
そういうことなのである、あくまで。
「……私、最低ですよね。結局…勝手なことして…色んな人を傷つけてしまった。九ちゃんにも…みんなにも迷惑かけて…」
込み上げてくる悔し涙を堪えるためには、掌に爪が食い込むほどに、拳を握りしめなければならなかった。
妙のそんな姿には目もくれず――あるいは気づかないふりをして――土方は耳を傾ける。
「最後まで押し通すこともできないのに、半端な気持ちであんな事して…私がした事は結局、誰のためにもならなかった…」
「…釈迦じゃあるめーし、目の前のもん、全て救えるとでも思ってたのかよ」
土方は目を向けずにささやかな説教をした。
「幾ら骨くだこーが、救えるもんもありゃ救えねーもんもある、だからなんだ。そんなもんで折れる程、お前さんの生き方はもろいもんだったのか」
彼の声はあくまでクールだ。
慰めも励ましもなく、皮肉も嘲りもなく、ただ冷静に事実を指摘する。
「…………」
「今…お前の言う半端な優しさでも救えるものあるとしたら」
目を伏せ深く考え込む妙に、土方は伝えるべきことを伝えた。
「お前、どうする?」
そのためにキャバクラにやって来たのだ。
≪新郎新婦、入場です!≫
視界に飛び込んでくる巨大な様式の宮殿。
スポットライトを照らされた扉が開いて、新郎新婦は赤い絨毯の道――ヴァージンロードをゆっくりと歩いてくる。
柳生家との戦いから数日後、近藤が結婚することになって招待された万事屋四人。
前代未聞の電撃結婚ぶりに、新八は動揺を隠せない。
「銀さん、響古さん」
形だけの拍手をしながら、これまた同じようにしている二人に訊ねた。
その隣では、神楽が黙々とバナナを食べ続けている。
「人間、一体どう転ぶとあんなことになるんですか?」
何がどうなって結婚まで進むんだと、訝しむような表情で聞く。
「見合いで脱糞してワントラップいれると、ああなるんだよ」
失礼極まりない、仮にも王女に対する無礼な見合いであった。
だが、王女が自らの意思で近藤に求婚した――らしい。
響古がバナナの皮を剥きながら言う。
「実は元々、ゴリラだったんじゃないの?地球侵略のために送り込んだのに、頭を打って凶暴な性格が影をひそめちゃったとか」
確かに、近藤の顔つきはゴリラに激似でよく揶揄されるが、新八はどこかで聞いた覚えのある設定につっこむ。
「どこのカ○ロットですか、それ」
銀時が愛読する少年ジャンプで連載していた漫画の主人公。
始めのうちは凶暴で手のつけられない暴れん坊だったが、ある日崖から落ちて頭を打つと性格が一転、素直ないい子になったという。
「尻尾が切れるだけならともかく、全身の毛がケツだけに集中するゴリラなんてきいたことねーよ」
いかにも俺、面倒くせェ、興味ねェ、帰りてェ……そんなオーラを振りまきながら銀時もぼやく。
このまさかの展開には、さすがに戸惑いと動揺を隠せないようであった。
「銀さんまで何言ってんですか」
「旦那、響古、笑い事じゃないですぜ」
四人の背後から、骨折した足を松葉杖で支える沖田が声をかけてきた。
「いや笑ってねーよ、つーか笑えねーよ………」
もし笑えと言われてもそれは無理な注文だ。
周りを見渡せば、結婚式に参列する過半数がゴリラだ。
異様な雰囲気に圧倒され、銀時は祝う気分にもなれなかった。
「他人の結婚式で泣きそうになったのは初めてだ」
「なんとかなりませんかねェ」
「なんとかって?」
「この披露宴はただの、顔見せみたいなもんでェ。この後、王女の星で正式な婚礼をあげれば近藤さんもはれて、ゴリラの仲間入り…もう帰ってきません。ブチ壊すのは今夜しかねーんです」
沖田は四人にこの結婚式をぶち壊してほしいと依頼し、招待したのだった。
式の主役たる花婿の近藤は、己が身に降りかかる、あまりにも理不尽極まりない理不尽に顔面蒼白となっていた。
純白のドレスとベール、ブーケで着飾った花嫁の王女は上機嫌だ。
「ブチ壊すって沖田君。最初から、この披露宴壊れてるだろ、ゴリラだらけだもの」
「最初から壊れてるものを壊すなんて無理よ」
参列している人間は、万事屋の四人と真選組の面々だけ。
あとは皆、ゴリラだ。
「さすがの俺らにもできねーよ、ゴリラだらけだもの」
大事なことなので二回言った。
「そりゃねーぜ二人とも。なんやかんやで俺たち、姐さん救うのに一役かったんですぜ。これで、貸し借りなしにしやしょーや」
珍しく沖田が真摯に頼み込んでいると、ガガッとノイズが走る。
「こちら近藤、応答お願いします!どーぞ」
突如聞こえた近藤の声。
それは、沖田の襟元についているトランシーバーから聞こえたものだった。
「早く披露宴ブチ壊してくれ!!どーぞ」
じっとしている四人へ怒鳴るように通信を送る。
≪お前ら、こんなん得意だろうが。御馳走、食わせるために呼んだんじゃねーんだゾ!!どーぞ≫
焦りを色濃く顔に浮かべ、行動に移すよう急かす近藤へ、響古はなんら関係のない文句をつける。
「あたし、あんまりバナナ好きじゃないのよね。チョコレートかかってたら食べるけど。どーぞ」
「御馳走って、お前コレ、バナナしかねーじゃねーか。あんま俺達、なめんじゃねーぞコラ、どーぞ」
銀時もご馳走という言葉に反応し、目の前に広がる料理――と言ってもバナナ――に顔をしかめる。
≪俺達、真選組は今回派手に動けん。この結婚は、松平のとっつぁんが動いてる。アレに逆らえば、真選組は消される≫
そもそも、この結婚は
警察庁トップが動いているため、真選組にはどうすることもできない。
「外野のお前らに頼むしかねーんだ。どーぞ」
≪ドコ産だ?どーぞ≫
「あ?」
披露宴に来てから、ずっとバナナを食べ続ける神楽がようやく口を開いた。
「このバナナはドコ産だと聞いているアル。どーぞ」
≪バナナのことはどうでもいいだっつーの!!ちょっと気に入ってるじゃねーかバナナ!どーぞ≫
神楽は近藤の叫びがまるで聞こえてないのかのごとく、淡々と語る。
≪果物の王様はやっぱりバナナアル。どーぞ≫
≪チョコかけると、より美味しいと思うの。どーぞ≫
響古も無神経と思える意見を近藤に対して行う。