第百九訓
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今日の銀時は機嫌がよかった。
気だるげな容貌の中に喜びと楽しさが満ち溢れていた。
それもそのはず、今日は久々のデートだ。
「響古ー、支度できたかー?」
「今終わったところー。すぐ行くー」
最近では、何かと騒がしく忙しかった二人。
やれ仕事だ、やれ風邪引いただ、忙しかった日常にしばらくとれた休息。
この機会を逃すものかと、デートを提案。
それを笑顔で承諾されたのだから、彼の上機嫌は納得できよう。
「銀、お待たせ」
「よし、行くか」
家を出るまで神楽にブーブー言われたが、なんのその。
二人は手をつないで街に出る。
晴れた空の下で、すれ違う男達の多くが響古に目を向ける。
ついでに銀時に向けられるのは嫉妬の視線だ。
そんな男共の視線など、どこ吹く風とばかりに、ちらりと彼女の横顔を窺う。
周りの化粧や服で着飾った女性達と比べても、一際輝いて見える。
(いや、恋人補正とかではなく、ホントの話)
胸の中で『響古に楽しく過ごしてもらう』という目標を再確認する。
――……さぁ、今日はコイツのために来たんだから、しっかり楽しませてやんないとな。
呉服屋で着物を試着し、雑貨屋で赤いリボンと帯留めを購入。
二人は一息にと、顔見知りの甘味処へ訪れた。
『魂平糖』という団子屋がある。
外見はいささか寂れており、メニューも団子の一品ではあるが、味は確かな店だ。
「よォ、オヤジ」
「こんにちはー」
「おォ、お久しぶりじゃないか。ご両人」
奥から顔を出した店主はヘラヘラとした笑みを浮かべ、こちらへ歩み寄る。
そのまま二人の顔を見つめることしばし。
「なんだィ、まだ別れてなかったんかい」
来て早々、不穏なことを言う店主に対して、銀時は即答した。
この店主、飄々としているくせにたまにひどいことを言う。
「殺すぞ。なんで別れる前提なんだよ」
「せっかくウチの跡とりにしてやろうと思ったのになァ」
「欠片も望んでねーよ」
「ウチの娘はいいよ~、安産型だ」
「きいてねーよ」
そんな二人の会話を、響古はクスクスと笑って聞いている。
これがここでの挨拶のようなものだろうか、一同至って普通の様子。
響古は看板メニューである団子を注文する。
「オヤジさん、団子二つ」
「へいへい」
二人は古ぼけた長椅子に座り、店主は店の奥へと引っ込んだ。
しばらくの間、適当に雑談。
運ばれてきた団子を口に運びながら、辺りの閑静ぶりを話題にあげる。
「相変わらずシケた店だな、オヤジ」
「相変わらずシケたツラしてるね、旦那」
「今時の甘味処はパフェだのケーキだの華やかなもんだぜ。団子だけだって、アンタ…美味いけどよ」
「俺ァ、団子屋だよ。コレしか能がないんだっつーの」
店主の開き直った宣言に、響古がすかさずフォローする。
「嫌いじゃないですけど、そのこだわり。あたしのアルバイト先でも、茶屋と喫茶店経営してますし」
「ヘヘッ。姐さんだけだよ、そう言ってくれるのは」
響古の気遣いにありがたく礼を述べる店主は、長椅子の横に置かれた二つの木刀に視線を移す。
以前、顔を合わせた時と変わらず持ち歩く二人へ言い放った。
「アンタらもまだ、そんな木刀 腰にさしてんのかィ。今時…侍って」
「おしゃぶりみてーなモンだ、腰に何かさしてねーと落ちつかねーんだよ」
「窮屈な世の中ねェ」
「ハァー。アナログ派にはキツい時代だな」
店主の溜め息と共に、二人は店先から見える長い行列に気づき、目を丸くする。
「ありゃ、なんだ?」
「ワォ。すごい行列」
あんな店、見たことがないと首を傾げると、店主はその新しい甘味処について話してくれた。
「最近できた『餡泥牝堕』とかいう甘味処でね。あらゆる星の甘味を味わえるってんで、あっという間にあの人気…わずかにいた客も、全部吸いとられちまった。ヘヘッ」
『魂平糖』とは違い、和菓子だけでなく洋菓子も扱い、しかも様々な星の甘味まで味わえるという珍妙さ。
店主の自嘲じみた嘆きも当然であった。
響古は眉を寄せ、最近の流行りものに乗っかって構える店にあまりいいイメージを抱いてはおらず、憮然とした表情になる。
「…ああいう甘味処は好きじゃないわ。ただ甘ったるいだけで、イヤらしい感じしかしない」
「…やっぱ看板娘とかいねーとダメなんじゃねーの?あ、パンツ見えた」
「どーせ店員のパンチラ目当ての客見越して、スカート短くしてるのよ」
三人の視線の先には、フリルのついた丈の短いスカートを翻して接客している女性店員の姿。
想像の三割増しくらい服がフリフリしていた。
スカートの丈は短めで、ニーハイソックスにより絶対領域を生み出していた。
極めつけに露出度が高い。
完璧な装備である。
しかもメイドさん一人一人のレベルが高い。
「看板娘ならウチにだっているよ。あ、パンツ見えた」
「看板娘じゃねーよ、ありゃ。岩盤娘の間違いだろ」
露出度の高い服装で接客する女性店員に対して、
「ふ~ん、ふ~ん」
テーブルを拭く店主の一人娘、彼女の容姿を簡単に説明しよう。
体格がいい、顔だけ父親にそっくり。
ちらりと隣を見れば、さすがにフォローできないのか響古が苦笑する。
「ホラ見ろ。さすがの響古もフォローが思いつかねェ」
「女は見た目じゃないよ旦那、見ろあのケツのデカさ、丈夫な子産むよ。ありゃ、ヘヘッ。あ、パンツ見えた」
「自分の娘の売りがお尻の大きさだけ?オヤジさん」
「大事なことだよ、姐さん。ケツがデカい、イコール家庭円満だ」
お尻が大きいから安産になりやすいという安直な考えに銀時は顔をしかめる。
「色々ハブ過ぎなんだよ、それ。今時にノれってんだよ、古ィよ、その基準」
女性特有の可憐さに、母性や逞しさを備えた安産型の臀部は見る側にも様々に夢を感じさせるものだ。
つまり揉みしだきたい素敵なお尻のことさ!
安産型最高!
愛でてよし、嫁にしてもよし、母にしてもよし!
(※俗に「お尻が大きい」ことを表すが、実際は骨盤が大きくてしっかりしている体型のことを言う)
そこで店主は響古の臀部をちらりと一瞥する。
腰の下から一気に盛り上がるお尻の丸みは見事たるや……。
「姐さんは、もう少しデカくなった方がいいね。ちとやせすぎだ」
だが、店主にとってはまだまだ肉づきが足りないほどである。
「視姦じみた目で見てんじゃねーよ、エロオヤジ。眼鏡叩き割るぞコラ」
その会話の最中、店主の娘が山盛りの団子を手にして響古に話しかけてきた。
「響古さん…コレ、私からのサービスです」
「フフ、いつもごめんなさいね。でもあたしだけじゃ食べきれないから、持ち帰りに包んでくれない?」
「はっ、はい!ただ今っ」
響古は凛々しい美貌で彼女の顔を見つめて言う。
店主の娘はすっかり年相応の少女のよう。
心臓は痛いくらいにドキドキと跳ね上がり、頬は赤い。
「……オヤジ、アンタの娘はアレでいいのか?」
「旦那、愛の形ってのは決まったモンじゃねーよ」
響古のプレイガール炸裂。
店主の目から涙が伝う。
娘よ…せめて男に媚びてくれ。
そんな父の願いは、笑顔で団子を包装する娘には届いていなかった。
「オヤジ、そろそろ帰るわ、俺ら」
「待て、跡とり」
立ち上がった銀時の腕を掴むその時、一人の男が店に訪れた。
「あっ、いらっしゃいませ」
娘は朗らかに声をかける。
「オッ、客だ。よかったなオヤジ」
「ご注文、何になさいますか?」
天人だろうか、派手な着物姿に渦巻く髪型で煙管を吹かしていた。
「団子、しかないんでしょ、どうせ」
注文を聞く娘に、嫌味のある言葉を返す。
「「………」」
そのいけ好かなさから二人は目を細め、店主は小声で天人の名前を教える。
「餡泥牝堕の旦那…あの、新しくできた店の旦那だよ」
すぐに天人の方へと歩み寄り、ご機嫌を取るための言葉を並べる。
「いやーいやー、これはこれは。餡泥牝堕の旦那、お忙しい中こんな汚ねー店によくぞいらっしゃいました、ヘヘッ」
「たまには、こういう質素な店で食べたくてね。どう景気の方は?」
「おかげ様で、この通り素寒貧 でさァ。ちったァ客よこしてくださいよヘヘッ」
棘のある物言いに店主がにやけた笑みと共にさらりと返すと、天人はフンと鼻を鳴らした。
「だから言ったでしょ。おとなしく、この店を私に売り払って隠居しなさいって。もう団子は時代遅れよ、こんな地味な店にお客がつくわけもない。この辺一体を我が餡泥牝堕の甘味通りにするのが、私の夢なの。この星には粗雑で野蛮な甘味が多すぎるわ。ここを拠点に、この国に本当の甘露を広めるのよ」
天人が『店を売り払いなさい』と聞くのは、既に十回も超えている。
彼の言動からして同じ冗談を繰り返したりはしないだろう。
いつものように、店主はやんわりと反論する。
「いや、こんな店でも四百年細々と受け継いできた団子屋なんでね。俺の代でこの味、おいそれと途絶えさせちまうわけにもいかんでさ。それに、こんな店にもこの味、慕ってくれてる客もまだいるんでね」
「フン、古き伝統の味ってわけ?でも、本当に残るべき味というのはお客が決める事じゃなくって?どう?一つ、私と勝負しない?」
嫌味を込めながらも正論を述べる『餡泥牝堕』の店主は一枚の紙を取り出し、店を賭けた勝負を持ちかけた。
「今度、宣伝をかねて催しをやるんだけど。このまま意地を続けても、いずれ潰れるのは明らか」
勝敗は既に明らかである。
だから優雅に、そして憐れむように団子屋の店主へ微笑みかける。
「私に勝てば評価があがり、また客足をとり戻せるかもしれないわ。勝負はあなたに合わせて、団子にしてあげるわ」
そう言って唇を歪める。
それは、痛烈な皮肉だった。
「お互い団子をつくって、一時間の客の出入りを競い合うの。勿論、私が勝てば、この店はいただくけど。あなたのいう伝統の味なら、負ける事なんてないわよね。どう、一世一代の賭け、やってみない?」
どちらがより速く、より大量に客に食べられるか、真剣勝負で競おうとする。
大人しく店を明け渡すか、往生際悪く競って店を失うか……胸に突き刺さる言葉に、店主は顔をしかめた。
「それとも、その四百年の伝統の味に自信がないのかしら。まぁ、無理強いはしないわ。あとは好きにするといい」
その苦悩を見てもなお嘲笑を浮かべ、天人は立ち上がる。
「あの…団子!」
「いらない。そんな田舎くさいもの、とても食べられやしないわ」
古い伝統を笑い、寂れた店を田舎くさいと言い放って去っていく。
彼は、この団子屋の土地が欲しいのだ。
「………」
四百年守り続けてきた味を途絶えさせたくないという職人の意地があるも、相手は行列ができるほどの人気店。
勝敗は目に見えていた。
「父ちゃん…」
「ここらが潮時かもね」
二人にはその会話の半分も聞こえなかったが、事実は掴めてきた。
「それって、団子タダで食べ放題ってこと?」
「まぁ、そーいうことよね」
運ばれてきた団子を二つ手に取り、モグモグと頬張る。
『餡泥牝堕』店主・酔唾の発案により始まった勝負の会場は神社の境内。
多くの見物人が集まる中で、司会者の男はマイクを持って声を張り上げる。
≪寄ってらっしゃい、見てらっしゃい、ついでに食べてってくだしゃんせ!!このたび行われる男と男、職人と職人、甘味と甘味をかけた大勝負!!四百年も続く伝統の味を守る老舗の団子屋『魂平糖』!遠く銀河の果てより、未知なる甘露を広めにやってきた、人気甘味屋『餡泥牝堕』!!≫
見物人は一様に色めき立ち、知らない者は司会者の説明に耳を傾ける。
ルールは簡単。
制限時間内、どちらの店の団子が多く食べられるか。
≪新旧きっての甘味処が腕によりをかけてつくった、この団子、どうぞ皆さん、どちらか食べたいと思う方の団子を食べたいぶんだけ食べてください≫
餡泥牝堕の団子が置かれた前には、早くも長い行列。
一方、魂平糖の前には誰一人として並んでいない。
≪といってる間にも餡泥牝堕の前には行列が…さすが、江戸で一番の甘味屋!一方、魂平糖の方は………まだ、一人の客もおりません!!≫
漫然とさまよっていた見物人が一斉に流行に敏感な甘味処へと流れていく。
店主の娘は表情を曇らせた。
「…父ちゃん」
それを見て、余裕の表情を保つ酔唾と全く同じ顔をした天人がほくそ笑む。
「最早、最初から結果の決まった出来レースですな」
「店の評判もあがる、あの土地も手に入る、いいことずくめね」
勝負は既に結果が決まっていると思われた。
≪これは勝負をする前に決着がついてしまった感が…あっ、あれはなんだ!?四人!!たった四人ではありますが、魂平糖の方へ確かに向かってきている!≫
鳥居の向こうに現れ、確実に魂平糖の方へ歩みを進める万事屋四人に、司会者は愕然とする。
「クク、たった四人。たいした歴史の味だ」
酔唾はなおも余裕の笑みを崩さない。
「旦那、姐さん…」
店主は予想外の人物に驚きの声を漏らした。
「はァい、来てやったわよ」
「マジでタダなんだろうな」
気だるげな容貌の中に喜びと楽しさが満ち溢れていた。
それもそのはず、今日は久々のデートだ。
「響古ー、支度できたかー?」
「今終わったところー。すぐ行くー」
最近では、何かと騒がしく忙しかった二人。
やれ仕事だ、やれ風邪引いただ、忙しかった日常にしばらくとれた休息。
この機会を逃すものかと、デートを提案。
それを笑顔で承諾されたのだから、彼の上機嫌は納得できよう。
「銀、お待たせ」
「よし、行くか」
家を出るまで神楽にブーブー言われたが、なんのその。
二人は手をつないで街に出る。
晴れた空の下で、すれ違う男達の多くが響古に目を向ける。
ついでに銀時に向けられるのは嫉妬の視線だ。
そんな男共の視線など、どこ吹く風とばかりに、ちらりと彼女の横顔を窺う。
周りの化粧や服で着飾った女性達と比べても、一際輝いて見える。
(いや、恋人補正とかではなく、ホントの話)
胸の中で『響古に楽しく過ごしてもらう』という目標を再確認する。
――……さぁ、今日はコイツのために来たんだから、しっかり楽しませてやんないとな。
呉服屋で着物を試着し、雑貨屋で赤いリボンと帯留めを購入。
二人は一息にと、顔見知りの甘味処へ訪れた。
『魂平糖』という団子屋がある。
外見はいささか寂れており、メニューも団子の一品ではあるが、味は確かな店だ。
「よォ、オヤジ」
「こんにちはー」
「おォ、お久しぶりじゃないか。ご両人」
奥から顔を出した店主はヘラヘラとした笑みを浮かべ、こちらへ歩み寄る。
そのまま二人の顔を見つめることしばし。
「なんだィ、まだ別れてなかったんかい」
来て早々、不穏なことを言う店主に対して、銀時は即答した。
この店主、飄々としているくせにたまにひどいことを言う。
「殺すぞ。なんで別れる前提なんだよ」
「せっかくウチの跡とりにしてやろうと思ったのになァ」
「欠片も望んでねーよ」
「ウチの娘はいいよ~、安産型だ」
「きいてねーよ」
そんな二人の会話を、響古はクスクスと笑って聞いている。
これがここでの挨拶のようなものだろうか、一同至って普通の様子。
響古は看板メニューである団子を注文する。
「オヤジさん、団子二つ」
「へいへい」
二人は古ぼけた長椅子に座り、店主は店の奥へと引っ込んだ。
しばらくの間、適当に雑談。
運ばれてきた団子を口に運びながら、辺りの閑静ぶりを話題にあげる。
「相変わらずシケた店だな、オヤジ」
「相変わらずシケたツラしてるね、旦那」
「今時の甘味処はパフェだのケーキだの華やかなもんだぜ。団子だけだって、アンタ…美味いけどよ」
「俺ァ、団子屋だよ。コレしか能がないんだっつーの」
店主の開き直った宣言に、響古がすかさずフォローする。
「嫌いじゃないですけど、そのこだわり。あたしのアルバイト先でも、茶屋と喫茶店経営してますし」
「ヘヘッ。姐さんだけだよ、そう言ってくれるのは」
響古の気遣いにありがたく礼を述べる店主は、長椅子の横に置かれた二つの木刀に視線を移す。
以前、顔を合わせた時と変わらず持ち歩く二人へ言い放った。
「アンタらもまだ、そんな
「おしゃぶりみてーなモンだ、腰に何かさしてねーと落ちつかねーんだよ」
「窮屈な世の中ねェ」
「ハァー。アナログ派にはキツい時代だな」
店主の溜め息と共に、二人は店先から見える長い行列に気づき、目を丸くする。
「ありゃ、なんだ?」
「ワォ。すごい行列」
あんな店、見たことがないと首を傾げると、店主はその新しい甘味処について話してくれた。
「最近できた『餡泥牝堕』とかいう甘味処でね。あらゆる星の甘味を味わえるってんで、あっという間にあの人気…わずかにいた客も、全部吸いとられちまった。ヘヘッ」
『魂平糖』とは違い、和菓子だけでなく洋菓子も扱い、しかも様々な星の甘味まで味わえるという珍妙さ。
店主の自嘲じみた嘆きも当然であった。
響古は眉を寄せ、最近の流行りものに乗っかって構える店にあまりいいイメージを抱いてはおらず、憮然とした表情になる。
「…ああいう甘味処は好きじゃないわ。ただ甘ったるいだけで、イヤらしい感じしかしない」
「…やっぱ看板娘とかいねーとダメなんじゃねーの?あ、パンツ見えた」
「どーせ店員のパンチラ目当ての客見越して、スカート短くしてるのよ」
三人の視線の先には、フリルのついた丈の短いスカートを翻して接客している女性店員の姿。
想像の三割増しくらい服がフリフリしていた。
スカートの丈は短めで、ニーハイソックスにより絶対領域を生み出していた。
極めつけに露出度が高い。
完璧な装備である。
しかもメイドさん一人一人のレベルが高い。
「看板娘ならウチにだっているよ。あ、パンツ見えた」
「看板娘じゃねーよ、ありゃ。岩盤娘の間違いだろ」
露出度の高い服装で接客する女性店員に対して、
「ふ~ん、ふ~ん」
テーブルを拭く店主の一人娘、彼女の容姿を簡単に説明しよう。
体格がいい、顔だけ父親にそっくり。
ちらりと隣を見れば、さすがにフォローできないのか響古が苦笑する。
「ホラ見ろ。さすがの響古もフォローが思いつかねェ」
「女は見た目じゃないよ旦那、見ろあのケツのデカさ、丈夫な子産むよ。ありゃ、ヘヘッ。あ、パンツ見えた」
「自分の娘の売りがお尻の大きさだけ?オヤジさん」
「大事なことだよ、姐さん。ケツがデカい、イコール家庭円満だ」
お尻が大きいから安産になりやすいという安直な考えに銀時は顔をしかめる。
「色々ハブ過ぎなんだよ、それ。今時にノれってんだよ、古ィよ、その基準」
女性特有の可憐さに、母性や逞しさを備えた安産型の臀部は見る側にも様々に夢を感じさせるものだ。
つまり揉みしだきたい素敵なお尻のことさ!
安産型最高!
愛でてよし、嫁にしてもよし、母にしてもよし!
(※俗に「お尻が大きい」ことを表すが、実際は骨盤が大きくてしっかりしている体型のことを言う)
そこで店主は響古の臀部をちらりと一瞥する。
腰の下から一気に盛り上がるお尻の丸みは見事たるや……。
「姐さんは、もう少しデカくなった方がいいね。ちとやせすぎだ」
だが、店主にとってはまだまだ肉づきが足りないほどである。
「視姦じみた目で見てんじゃねーよ、エロオヤジ。眼鏡叩き割るぞコラ」
その会話の最中、店主の娘が山盛りの団子を手にして響古に話しかけてきた。
「響古さん…コレ、私からのサービスです」
「フフ、いつもごめんなさいね。でもあたしだけじゃ食べきれないから、持ち帰りに包んでくれない?」
「はっ、はい!ただ今っ」
響古は凛々しい美貌で彼女の顔を見つめて言う。
店主の娘はすっかり年相応の少女のよう。
心臓は痛いくらいにドキドキと跳ね上がり、頬は赤い。
「……オヤジ、アンタの娘はアレでいいのか?」
「旦那、愛の形ってのは決まったモンじゃねーよ」
響古のプレイガール炸裂。
店主の目から涙が伝う。
娘よ…せめて男に媚びてくれ。
そんな父の願いは、笑顔で団子を包装する娘には届いていなかった。
「オヤジ、そろそろ帰るわ、俺ら」
「待て、跡とり」
立ち上がった銀時の腕を掴むその時、一人の男が店に訪れた。
「あっ、いらっしゃいませ」
娘は朗らかに声をかける。
「オッ、客だ。よかったなオヤジ」
「ご注文、何になさいますか?」
天人だろうか、派手な着物姿に渦巻く髪型で煙管を吹かしていた。
「団子、しかないんでしょ、どうせ」
注文を聞く娘に、嫌味のある言葉を返す。
「「………」」
そのいけ好かなさから二人は目を細め、店主は小声で天人の名前を教える。
「餡泥牝堕の旦那…あの、新しくできた店の旦那だよ」
すぐに天人の方へと歩み寄り、ご機嫌を取るための言葉を並べる。
「いやーいやー、これはこれは。餡泥牝堕の旦那、お忙しい中こんな汚ねー店によくぞいらっしゃいました、ヘヘッ」
「たまには、こういう質素な店で食べたくてね。どう景気の方は?」
「おかげ様で、この通り
棘のある物言いに店主がにやけた笑みと共にさらりと返すと、天人はフンと鼻を鳴らした。
「だから言ったでしょ。おとなしく、この店を私に売り払って隠居しなさいって。もう団子は時代遅れよ、こんな地味な店にお客がつくわけもない。この辺一体を我が餡泥牝堕の甘味通りにするのが、私の夢なの。この星には粗雑で野蛮な甘味が多すぎるわ。ここを拠点に、この国に本当の甘露を広めるのよ」
天人が『店を売り払いなさい』と聞くのは、既に十回も超えている。
彼の言動からして同じ冗談を繰り返したりはしないだろう。
いつものように、店主はやんわりと反論する。
「いや、こんな店でも四百年細々と受け継いできた団子屋なんでね。俺の代でこの味、おいそれと途絶えさせちまうわけにもいかんでさ。それに、こんな店にもこの味、慕ってくれてる客もまだいるんでね」
「フン、古き伝統の味ってわけ?でも、本当に残るべき味というのはお客が決める事じゃなくって?どう?一つ、私と勝負しない?」
嫌味を込めながらも正論を述べる『餡泥牝堕』の店主は一枚の紙を取り出し、店を賭けた勝負を持ちかけた。
「今度、宣伝をかねて催しをやるんだけど。このまま意地を続けても、いずれ潰れるのは明らか」
勝敗は既に明らかである。
だから優雅に、そして憐れむように団子屋の店主へ微笑みかける。
「私に勝てば評価があがり、また客足をとり戻せるかもしれないわ。勝負はあなたに合わせて、団子にしてあげるわ」
そう言って唇を歪める。
それは、痛烈な皮肉だった。
「お互い団子をつくって、一時間の客の出入りを競い合うの。勿論、私が勝てば、この店はいただくけど。あなたのいう伝統の味なら、負ける事なんてないわよね。どう、一世一代の賭け、やってみない?」
どちらがより速く、より大量に客に食べられるか、真剣勝負で競おうとする。
大人しく店を明け渡すか、往生際悪く競って店を失うか……胸に突き刺さる言葉に、店主は顔をしかめた。
「それとも、その四百年の伝統の味に自信がないのかしら。まぁ、無理強いはしないわ。あとは好きにするといい」
その苦悩を見てもなお嘲笑を浮かべ、天人は立ち上がる。
「あの…団子!」
「いらない。そんな田舎くさいもの、とても食べられやしないわ」
古い伝統を笑い、寂れた店を田舎くさいと言い放って去っていく。
彼は、この団子屋の土地が欲しいのだ。
「………」
四百年守り続けてきた味を途絶えさせたくないという職人の意地があるも、相手は行列ができるほどの人気店。
勝敗は目に見えていた。
「父ちゃん…」
「ここらが潮時かもね」
二人にはその会話の半分も聞こえなかったが、事実は掴めてきた。
「それって、団子タダで食べ放題ってこと?」
「まぁ、そーいうことよね」
運ばれてきた団子を二つ手に取り、モグモグと頬張る。
『餡泥牝堕』店主・酔唾の発案により始まった勝負の会場は神社の境内。
多くの見物人が集まる中で、司会者の男はマイクを持って声を張り上げる。
≪寄ってらっしゃい、見てらっしゃい、ついでに食べてってくだしゃんせ!!このたび行われる男と男、職人と職人、甘味と甘味をかけた大勝負!!四百年も続く伝統の味を守る老舗の団子屋『魂平糖』!遠く銀河の果てより、未知なる甘露を広めにやってきた、人気甘味屋『餡泥牝堕』!!≫
見物人は一様に色めき立ち、知らない者は司会者の説明に耳を傾ける。
ルールは簡単。
制限時間内、どちらの店の団子が多く食べられるか。
≪新旧きっての甘味処が腕によりをかけてつくった、この団子、どうぞ皆さん、どちらか食べたいと思う方の団子を食べたいぶんだけ食べてください≫
餡泥牝堕の団子が置かれた前には、早くも長い行列。
一方、魂平糖の前には誰一人として並んでいない。
≪といってる間にも餡泥牝堕の前には行列が…さすが、江戸で一番の甘味屋!一方、魂平糖の方は………まだ、一人の客もおりません!!≫
漫然とさまよっていた見物人が一斉に流行に敏感な甘味処へと流れていく。
店主の娘は表情を曇らせた。
「…父ちゃん」
それを見て、余裕の表情を保つ酔唾と全く同じ顔をした天人がほくそ笑む。
「最早、最初から結果の決まった出来レースですな」
「店の評判もあがる、あの土地も手に入る、いいことずくめね」
勝負は既に結果が決まっていると思われた。
≪これは勝負をする前に決着がついてしまった感が…あっ、あれはなんだ!?四人!!たった四人ではありますが、魂平糖の方へ確かに向かってきている!≫
鳥居の向こうに現れ、確実に魂平糖の方へ歩みを進める万事屋四人に、司会者は愕然とする。
「クク、たった四人。たいした歴史の味だ」
酔唾はなおも余裕の笑みを崩さない。
「旦那、姐さん…」
店主は予想外の人物に驚きの声を漏らした。
「はァい、来てやったわよ」
「マジでタダなんだろうな」