バブ10~11
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バブ10
恋がはじまる
見上げるのは雲一つない、豪快な晴天。
子供達の遊び場である公園には砂場で遊んだり、スポーツをしたり、散歩を楽しむ親子がいた。
「まってー」
その公園に設置されたベンチに座る三人は身体の力が抜けたように脱力し、ベル坊は依然、真っ裸で呑気にミルクを飲んでいる。
「…また、やっちまったな…」
もう喧嘩しない、という誓いを早々に破ってしまい、男鹿は自己嫌悪に陥る。
「――……あぁ」
「やっちゃったね……」
そう答える響古と古市の顔は、絆創膏や湿布が貼られている。
「ケンカしねーとかさ、マジで無理じゃね?」
東邦神姫の一人、神崎を倒した男鹿を傘下に置くべく、ヒルダと古市を人質に取り引きを持ちかけた。
しかし、それは男鹿にとっては無駄な求めだった。
結果、蠅王紋の紋章はさらに進行した。
「………すまん」
人質として捕まり、蠅王紋が進行した原因をつくった、と自覚がある古市は素直に謝る。
「あやまんなよ、先に。ボロカス言えなくなるじゃねーか」
「すまん」
なんの感情も入らず淡々と返ってきたのは、そんな空虚な謝罪だ。
だが、既に起こった出来事を巻き戻せる能力もなく、眉間に皺を寄せて、いかにも苛立ち混じりの忌々しそうな怒鳴り声をあげる。
「だから、謝んなってんだろ!!ぶっ殺すぞ、コラッ!!」
「はぁ!?キレてんじゃねーか、結局!!」
「全っ然、キレてませんけどねーっ!!」
どう見てもキレている。
その言葉とは裏腹の、並々ならぬ怒りと焦燥が感じられた。
「はぁ~」
真夏の青空を仰ぐ響古はもはや、呆れるしかなかった。
「てめーが捕まったりしなけりゃ、こんな風にならなかったんだよ」
認めたくない現実を直視したくないばかりに、自棄になった思考で古市を責める。
「見ろ、これ!!変なタトゥーみたいになっちまったじゃねーか!!」
男鹿の示す右腕には、手の甲に刻まれた蠅王紋が螺旋のように伸びていた。
「響古の左手も見ろ、これ!出ちゃったじゃねーか!!」
そして、響古の左手にも蠅王紋が表れている。
「つか、そもそも、誰のせいで捕まったと思ってんだ!!」
「オレのせいだってゆーんですか!?」
「てめーのせーだろーが!!」
罪をなすりつけ合い、額をぶつけるほどに怒鳴り散らす二人。
「はい、ストップ」
その時、澄んだソプラノの声が響き、二人の間に白く細い手が割り込んできた。
「辰巳、古市。いまさら喚いても、何も変わるわけでもない。現実を受け止めなきゃ」
あからさまに険しい目つきをしているわけではない。
むしろ、凛々しいとさえ言いたくなるほど澄み切った眼差しだ。
「「………はい」」
凛々しい美貌で咎められ、二人は大人しく頷いた。
「オーッ」
ベル坊が眼を輝かせ、パチパチと拍手をする。
二人は一旦、気持ちを静めるためにベンチに座り直す。
――いや…。
古市は今の今まで努めて考えないようにしていたことを、鮮烈に思い出してしまう。
「と、いうより、今回は完全にヒルダさんにハメられたな…」
ゴスロリ服をボロボロにされ、大きく露出したヒルダの周りには、倒れ伏す男達の山。
「――結局、捕まったふりかよ…」
響古が倒した分もあるが、明らかに一人で倒した人数ではない。
三人は息を呑んだ。
その時、ヒルダが音もなく男鹿と響古の傍にやって来た。
「………てめぇ…まさか、わざと捕まってたんじゃ」
すると、男鹿の右腕と響古の左手を取り、手の甲を凝視する。
「………」
「な、なんだよ?」
「ヒルダ?」
無言で手の甲を凝視する侍女悪魔に、二人は胡乱げな眼差しで見つめる。
「アー」
彼女の気持ちを察したのか、ベル坊はつぶらな瞳を向ける。
(………これは――…)
二人が覚醒した蠅王紋から、ヒルダは平静さを装って、しかし驚きを露にする。
――信じられん。
――常人なら、死んでもおかしくない程の魔力を注ぎこまれたはず…。
二人の身体を、ベル坊との契約により介した紋章に沿って膨大な魔力が疾走した。
構成は大雑把で、普通なら大量の魔力を急激に注がれた契約者は当然、命に関わる。
胸中に渦巻くあらゆる感情を押し殺し、ヒルダは冷静に、冷徹に思考する。
「フン」
「あぁっ!?」
鼻を鳴らして背を向けたヒルダに、男鹿は苛立たしげに声を荒げる。
「行くぞ。アランドロン」
「イエッサー」
その声と共にアランドロンはいとも簡単に縄を引き千切り、古市はひそかに驚く。
(こっちも?)
「待て、こら。試しやがったな」
男鹿は、そのまま立ち去ろうとする鉄面皮を保つヒルダを呼び止めた。
「オレだけじゃねぇ。ベル坊だって、てめぇを心配して……」
「坊っちゃまは私の心配などせん。貴様らの怒りにアテられただけだ……響古」
「えっ……な、なに?」
ヒルダは戸惑う響古に呼びかけ、僅かに目を伏せた。
「すまなかったな。帰って怪我を治してくれ」
そう言うと、ヒルダとアランドロンは三人のもとから、ビルから立ち去る。
静まり返る無人のビル内を歩きながら、アランドロンが口を開く。
「あんな事おっしゃって…本当は、嬉しいのでしょう?」
「ん?」
「ベルゼ様と男鹿殿、篠木殿の成長…素直に喜んだらどうですか?大したものじゃないですか」
「フン。成長か…確かに…大したものだな」
鼻を鳴らして、視線を後ろへと移して言い放つ。
ヒルダにつられ、特に深く考えず、アランドロンは振り返る。
そして、肝を冷やすこととなった。
まるで、爆撃跡のようなビル崩壊の有り様を前に、言葉を失った。
「………………」
――これは…あの時の二人の一撃で…!?
自分達の認識の及ぶ場所で、こんな結果を生む戦いが繰り広げられていた……アランドロンは、二人の実力の恐ろしさの一端を垣間見た気がした。
戦慄というほどではないが、ようやく事態への真剣味が湧いてくる。
ヒルダはそんなアランドロンには構わず、冷静に言う。
「あの姫川という男、運がいい。魔力による衝撃はほぼ全て、ビルが吸収してくれた様だな」
「――ったく、今、思い出してもムカつくぜ。あの乳女」
金髪の悪魔の狡猾な策略にはめられ、男鹿は青筋を立てる。
「今、思い出してもはずかしい。あのテンション…」
危機的状況の中、明鏡止水の心持ちは消え去り、どうしてあんな真似を――と動揺が押し寄せ、古市は顔を両手で覆い隠す。
「確かに普通じゃなかったけど、暴走じゃないよ。あの時の言葉がなかったら、あたしは完全に姫川に屈していた」
少し恥じらいながら、ほんのり嬉しそうに訴える。
「だから…ありがと、古市」
今の、響古の言葉と微笑みに。
穏やかな、その声音に。
心がじんとして、その温もりが胸から溢れそうになり、古市は慌てた様子で顔を背ける。
不意に頬が熱くなって、何一つ思い浮かばなくなった。
ドキドキして、響古の顔を近くで見られなくなる。
「――アレ?あたし、何かダメな事言っちゃった?」
「いや、ダメじゃない!!全然ダメじゃない!!やっぱり、響古ならわかってくれると思ってた!!」
感激のあまり涙をぶわっと溢れさせる。
戸惑う響古の両手を握り、渾身のキメ顔で告白する。
「響古、やっぱり男鹿と別れて、オレと付き合わねぇか」
その瞬間、彼の額に手刀が一閃される。
「痛ぇっ!!」
「てめぇはまだ諦めてなかったのかよ!」
うぉぉ…と呻き声をあげる古市に、男鹿が手刀の形で怒鳴る。
「やっだぁ!!辰巳の方がカッコいいよぉ!!」
黒髪の少年が不機嫌そうに顔をしかめるのを見て、響古はその肩を叩く
「だったら、オレがいる前で他の男を誉めるんじゃねぇ」
「もしかして……妬いてる?」
響古は小さな感動を覚えてつぶやいた。
嬉しそうな彼女の視線を受けた男鹿は一瞬、口許を緩めかけたが、恥ずかしそうにそっぽを向く。
「……当たり前だろ」
「辰巳………!」
響古の美貌が、幸せそうに輝く。
「響古………」
「辰巳…………」
お互いの顔を見つめ合う――と。
「こほん、こほんこほん……うぉっほんッッ!!」
古市が、さりげなく、明らかに怒気を込めまくった感じで、激しく咳払いした。
二人はびくっ、と肩を跳ねさせる。
「なんだよ、お前ら!ラブラブ全開しやがって、もうちょっと大人しかったじゃねーか!」
古市がびしっと指を突きつけた先には、二人一緒に仲良く座っている。
姫川に誘拐された、あの件以降、仲が良いのだ。
前にも増して、よりいっそう二人の仲が、とても良い。
物凄く、良かった。
物理的にも、精神的にも、二人の間の距離が非常に近い。
何も今、この瞬間に限った話ではなく、先程だって、さりげなく肩に手を伸ばしたり。
以前なら――二人がお互いに"何か"を少し自覚する前なら、この距離感はなかった。
もう少し離れていた。
お互い近づきたいと思う瞬間があっても、照れくさくて、お互いを気遣って、そこまで自然にくっついたりはしなかった。
今まで、基本的にはずっとそうだった。
主に男鹿側にだろうか。
照れと遠慮があったのだ。
だが、その関係が崩れつつある……。
「ばかめ、古市。いいか?よく思い出してみろ、響古のあの発言を」
ヒルダを男鹿の嫁と勘違する姫川達に、響古はつぶやきから絶叫へ、声のボルテージを上げる引鉄のように、あらん限りの思いをぶつけるように宣言した。
(――「男鹿辰巳は……あたしの彼氏なんだから!!」――)
そうしてからやっと、男鹿は後回しにしていた響古の気持ちに応え始めた。
「あんな事言われたら、ヤバくなるじゃねーか!もう本当にヤバかったよ、オレ」
逡巡や気後れが消えていく男鹿を前にして、響古は落ち着かない様子だった。
彼の視線をまともに受け止めかねている。
「た、辰巳……っ」
「響古のおかげかもな、オレも頑張ったし。さらなる一歩を踏み出そうという――」
「さらなる一歩?どういう意味だ、それ」
妙にやさぐれた感じの古市が訊ねると、男鹿は何かを誤魔化すように目線を逸らす。
「つまり、アレだ。響古の……」
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見上げるのは雲一つない、豪快な晴天。
子供達の遊び場である公園には砂場で遊んだり、スポーツをしたり、散歩を楽しむ親子がいた。
「まってー」
その公園に設置されたベンチに座る三人は身体の力が抜けたように脱力し、ベル坊は依然、真っ裸で呑気にミルクを飲んでいる。
「…また、やっちまったな…」
もう喧嘩しない、という誓いを早々に破ってしまい、男鹿は自己嫌悪に陥る。
「――……あぁ」
「やっちゃったね……」
そう答える響古と古市の顔は、絆創膏や湿布が貼られている。
「ケンカしねーとかさ、マジで無理じゃね?」
東邦神姫の一人、神崎を倒した男鹿を傘下に置くべく、ヒルダと古市を人質に取り引きを持ちかけた。
しかし、それは男鹿にとっては無駄な求めだった。
結果、蠅王紋の紋章はさらに進行した。
「………すまん」
人質として捕まり、蠅王紋が進行した原因をつくった、と自覚がある古市は素直に謝る。
「あやまんなよ、先に。ボロカス言えなくなるじゃねーか」
「すまん」
なんの感情も入らず淡々と返ってきたのは、そんな空虚な謝罪だ。
だが、既に起こった出来事を巻き戻せる能力もなく、眉間に皺を寄せて、いかにも苛立ち混じりの忌々しそうな怒鳴り声をあげる。
「だから、謝んなってんだろ!!ぶっ殺すぞ、コラッ!!」
「はぁ!?キレてんじゃねーか、結局!!」
「全っ然、キレてませんけどねーっ!!」
どう見てもキレている。
その言葉とは裏腹の、並々ならぬ怒りと焦燥が感じられた。
「はぁ~」
真夏の青空を仰ぐ響古はもはや、呆れるしかなかった。
「てめーが捕まったりしなけりゃ、こんな風にならなかったんだよ」
認めたくない現実を直視したくないばかりに、自棄になった思考で古市を責める。
「見ろ、これ!!変なタトゥーみたいになっちまったじゃねーか!!」
男鹿の示す右腕には、手の甲に刻まれた蠅王紋が螺旋のように伸びていた。
「響古の左手も見ろ、これ!出ちゃったじゃねーか!!」
そして、響古の左手にも蠅王紋が表れている。
「つか、そもそも、誰のせいで捕まったと思ってんだ!!」
「オレのせいだってゆーんですか!?」
「てめーのせーだろーが!!」
罪をなすりつけ合い、額をぶつけるほどに怒鳴り散らす二人。
「はい、ストップ」
その時、澄んだソプラノの声が響き、二人の間に白く細い手が割り込んできた。
「辰巳、古市。いまさら喚いても、何も変わるわけでもない。現実を受け止めなきゃ」
あからさまに険しい目つきをしているわけではない。
むしろ、凛々しいとさえ言いたくなるほど澄み切った眼差しだ。
「「………はい」」
凛々しい美貌で咎められ、二人は大人しく頷いた。
「オーッ」
ベル坊が眼を輝かせ、パチパチと拍手をする。
二人は一旦、気持ちを静めるためにベンチに座り直す。
――いや…。
古市は今の今まで努めて考えないようにしていたことを、鮮烈に思い出してしまう。
「と、いうより、今回は完全にヒルダさんにハメられたな…」
ゴスロリ服をボロボロにされ、大きく露出したヒルダの周りには、倒れ伏す男達の山。
「――結局、捕まったふりかよ…」
響古が倒した分もあるが、明らかに一人で倒した人数ではない。
三人は息を呑んだ。
その時、ヒルダが音もなく男鹿と響古の傍にやって来た。
「………てめぇ…まさか、わざと捕まってたんじゃ」
すると、男鹿の右腕と響古の左手を取り、手の甲を凝視する。
「………」
「な、なんだよ?」
「ヒルダ?」
無言で手の甲を凝視する侍女悪魔に、二人は胡乱げな眼差しで見つめる。
「アー」
彼女の気持ちを察したのか、ベル坊はつぶらな瞳を向ける。
(………これは――…)
二人が覚醒した蠅王紋から、ヒルダは平静さを装って、しかし驚きを露にする。
――信じられん。
――常人なら、死んでもおかしくない程の魔力を注ぎこまれたはず…。
二人の身体を、ベル坊との契約により介した紋章に沿って膨大な魔力が疾走した。
構成は大雑把で、普通なら大量の魔力を急激に注がれた契約者は当然、命に関わる。
胸中に渦巻くあらゆる感情を押し殺し、ヒルダは冷静に、冷徹に思考する。
「フン」
「あぁっ!?」
鼻を鳴らして背を向けたヒルダに、男鹿は苛立たしげに声を荒げる。
「行くぞ。アランドロン」
「イエッサー」
その声と共にアランドロンはいとも簡単に縄を引き千切り、古市はひそかに驚く。
(こっちも?)
「待て、こら。試しやがったな」
男鹿は、そのまま立ち去ろうとする鉄面皮を保つヒルダを呼び止めた。
「オレだけじゃねぇ。ベル坊だって、てめぇを心配して……」
「坊っちゃまは私の心配などせん。貴様らの怒りにアテられただけだ……響古」
「えっ……な、なに?」
ヒルダは戸惑う響古に呼びかけ、僅かに目を伏せた。
「すまなかったな。帰って怪我を治してくれ」
そう言うと、ヒルダとアランドロンは三人のもとから、ビルから立ち去る。
静まり返る無人のビル内を歩きながら、アランドロンが口を開く。
「あんな事おっしゃって…本当は、嬉しいのでしょう?」
「ん?」
「ベルゼ様と男鹿殿、篠木殿の成長…素直に喜んだらどうですか?大したものじゃないですか」
「フン。成長か…確かに…大したものだな」
鼻を鳴らして、視線を後ろへと移して言い放つ。
ヒルダにつられ、特に深く考えず、アランドロンは振り返る。
そして、肝を冷やすこととなった。
まるで、爆撃跡のようなビル崩壊の有り様を前に、言葉を失った。
「………………」
――これは…あの時の二人の一撃で…!?
自分達の認識の及ぶ場所で、こんな結果を生む戦いが繰り広げられていた……アランドロンは、二人の実力の恐ろしさの一端を垣間見た気がした。
戦慄というほどではないが、ようやく事態への真剣味が湧いてくる。
ヒルダはそんなアランドロンには構わず、冷静に言う。
「あの姫川という男、運がいい。魔力による衝撃はほぼ全て、ビルが吸収してくれた様だな」
「――ったく、今、思い出してもムカつくぜ。あの乳女」
金髪の悪魔の狡猾な策略にはめられ、男鹿は青筋を立てる。
「今、思い出してもはずかしい。あのテンション…」
危機的状況の中、明鏡止水の心持ちは消え去り、どうしてあんな真似を――と動揺が押し寄せ、古市は顔を両手で覆い隠す。
「確かに普通じゃなかったけど、暴走じゃないよ。あの時の言葉がなかったら、あたしは完全に姫川に屈していた」
少し恥じらいながら、ほんのり嬉しそうに訴える。
「だから…ありがと、古市」
今の、響古の言葉と微笑みに。
穏やかな、その声音に。
心がじんとして、その温もりが胸から溢れそうになり、古市は慌てた様子で顔を背ける。
不意に頬が熱くなって、何一つ思い浮かばなくなった。
ドキドキして、響古の顔を近くで見られなくなる。
「――アレ?あたし、何かダメな事言っちゃった?」
「いや、ダメじゃない!!全然ダメじゃない!!やっぱり、響古ならわかってくれると思ってた!!」
感激のあまり涙をぶわっと溢れさせる。
戸惑う響古の両手を握り、渾身のキメ顔で告白する。
「響古、やっぱり男鹿と別れて、オレと付き合わねぇか」
その瞬間、彼の額に手刀が一閃される。
「痛ぇっ!!」
「てめぇはまだ諦めてなかったのかよ!」
うぉぉ…と呻き声をあげる古市に、男鹿が手刀の形で怒鳴る。
「やっだぁ!!辰巳の方がカッコいいよぉ!!」
黒髪の少年が不機嫌そうに顔をしかめるのを見て、響古はその肩を叩く
「だったら、オレがいる前で他の男を誉めるんじゃねぇ」
「もしかして……妬いてる?」
響古は小さな感動を覚えてつぶやいた。
嬉しそうな彼女の視線を受けた男鹿は一瞬、口許を緩めかけたが、恥ずかしそうにそっぽを向く。
「……当たり前だろ」
「辰巳………!」
響古の美貌が、幸せそうに輝く。
「響古………」
「辰巳…………」
お互いの顔を見つめ合う――と。
「こほん、こほんこほん……うぉっほんッッ!!」
古市が、さりげなく、明らかに怒気を込めまくった感じで、激しく咳払いした。
二人はびくっ、と肩を跳ねさせる。
「なんだよ、お前ら!ラブラブ全開しやがって、もうちょっと大人しかったじゃねーか!」
古市がびしっと指を突きつけた先には、二人一緒に仲良く座っている。
姫川に誘拐された、あの件以降、仲が良いのだ。
前にも増して、よりいっそう二人の仲が、とても良い。
物凄く、良かった。
物理的にも、精神的にも、二人の間の距離が非常に近い。
何も今、この瞬間に限った話ではなく、先程だって、さりげなく肩に手を伸ばしたり。
以前なら――二人がお互いに"何か"を少し自覚する前なら、この距離感はなかった。
もう少し離れていた。
お互い近づきたいと思う瞬間があっても、照れくさくて、お互いを気遣って、そこまで自然にくっついたりはしなかった。
今まで、基本的にはずっとそうだった。
主に男鹿側にだろうか。
照れと遠慮があったのだ。
だが、その関係が崩れつつある……。
「ばかめ、古市。いいか?よく思い出してみろ、響古のあの発言を」
ヒルダを男鹿の嫁と勘違する姫川達に、響古はつぶやきから絶叫へ、声のボルテージを上げる引鉄のように、あらん限りの思いをぶつけるように宣言した。
(――「男鹿辰巳は……あたしの彼氏なんだから!!」――)
そうしてからやっと、男鹿は後回しにしていた響古の気持ちに応え始めた。
「あんな事言われたら、ヤバくなるじゃねーか!もう本当にヤバかったよ、オレ」
逡巡や気後れが消えていく男鹿を前にして、響古は落ち着かない様子だった。
彼の視線をまともに受け止めかねている。
「た、辰巳……っ」
「響古のおかげかもな、オレも頑張ったし。さらなる一歩を踏み出そうという――」
「さらなる一歩?どういう意味だ、それ」
妙にやさぐれた感じの古市が訊ねると、男鹿は何かを誤魔化すように目線を逸らす。
「つまり、アレだ。響古の……」