バブ116
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――前回までのあらすじ。
悪魔に対抗できる力を得るため、諫冬の案内で魔二津にある奥の院へと向かった葵。
そこで出会った諫冬の師匠٠篠木 真香。
そして祠に祀 られている妖怪、天狗。
しかし、その正体は伝説の妖怪ではなく神社に置かれている狛犬。
性格はとんでもなくスケベだった。
「いやいやいや、葵ちゃん。葵さん。葵姐さん、もうカンベンして下さい。フロ覗いたりしませんから。もう、ほんまに」
風呂の覗きがバレてしまい、狛犬――コマはボコボコにされ、縄でぐるぐる巻きにされた。
反省している声が聞こえているのかいないのか、葵は完全に無視。
――邦枝に変なお供が出来た。
葵は真剣に怒っているが、諌冬はむしろ心配そうにコマを見つめている。
――そして、ここは魔二津 。
森林に囲まれた静かな土地、魔二津に威勢のいいかけ声が響き渡る。
「せいっ、はっ!!」
柔道着に着替えて一人、熱心に修練に打ち込む少年の姿があった。
――ここにも一人、新たな力を得んと修業に励む若者がいた。
「うぉぉおおっ」
清涼な山の空気が肌を痺れさせ、気を引き締めさせる。
流れるように身体を動かすたび、全身にかいた汗の粒が弾け飛ぶ。
そして最後に跳躍すると――。
「ーーってムリムリ。強くなれる気がしないZE!!オレ、そーゆーキャラじゃないしっ!!」
重力に従って着地し、まぶしいほどの笑顔で弱音を吐いた。
悪魔との全面戦争を告げる宣告により、焔王の標的にされた古市。
アランドロンの次元転送で魔二津にやって来たが、早くも帰りたい気分だった。
「帰ろうっ、アランドロン!!ラミア!!こんなトコ来てもムダムダ!!」
「ですが、古市殿…今度の戦いではアナタの命が狙われる事に」
アランドロンが言うことも事実であった。
すると、古市は刺々しい物言いでばっさりと切り捨てる。
「知るか、そんなもんっ!!どーせ、オレが戦ったって戦闘力5、ゴミか…だよっ!!」
あんな恐ろしい悪魔と戦ったところで、自分が勝てる保証なんてどこにもない。
腕組みしたラミアが、そんな古市を冷ややかに流し見る。
「いいか二人共!!よく聞けっ!!弱いんだよ!!オレは!!守ってあげたくなるくらいに!!そーゆー方向ですよ!!逆々 !!」
だが、冷静に考えれば、たいして喧嘩も強くない、ちょっと頭が切れるだけの非力な一般人である。
ベル坊と契約した二人のような、超常的な力など持っていない。
それなのに、悪魔に喧嘩を吹っかけられ、命を狙われてしまった。
知恵や勇気程度で対抗できるような相手ではない。
「――大体ね…修業なんてのは、もともと強い奴がする事なの。違うでしょ?オレは、もっとこうスマートに。頭つかってね?智将っぽくフワーっていかないと」
全身に沸き立っていく怒りを堪えながら、さっきの自己分析の副産物なのか、自分がやるべきこと、やれることが、明確に頭に浮かぶ。
(フワー?)
(智将がフワーとか言うかしら…)
ラミアとアランドロンは語彙力の乏しさに首を傾げた。
「じゃあ、どうするのよ?智将の意見を聞こうかしら?」
「よくぞ聞いてくれた!!たとえばっ!!」
待ってました、とばかりに古市は顔を輝かせ嬉々として語る。
「ヒルダさんとか邦枝先輩にさっ!!四六時中」
古市が柱師団に狙われていると知って、ヒルダや葵などの女性陣が身辺警護を行う……という妄想を始めた。
朝早くからヒルダが彼の部屋に入ってきて、こう言うのだ。
「いつ敵が襲ってくるか分らんからな」
「――っとか!!」
学校では葵が彼の傍に付き添い、こう言うのだ。
「学校では私から離れちゃダメよ!!」
「とかっっ!!」
葵が古市の護衛をしていると聞いて、烈怒帝瑠のメンバーが駆けつけて、こう言うのだ。
「姐さん、ここは私らが!!」
「ウチらがっ」
「アタイがっ!!」
女子達が古市の身体を持ち上げようと群がり、
「わーーっしょい、わーーっしょい」
声を合わせて胴上げする。
「とかっ!!」
容姿端麗な少女達が競って護衛を名乗り、モテモテの引っ張りだこでちょっと困っちゃう……そんな情景を思い描く。
「そーゆー流れだよっ!!見たいのはっっ!!」
絶体絶命の古市の前に颯爽と登場した響古は、こう言うのだ。
「古市はあたしが守る!!」
おお、響古さすがかっこいい……!と古市は感動する。
どんな時だって、もう本気になった響古はかっこいいし素敵だし無敵だし最強である。
悪魔だろうがなんだろうが、負けるものか。
「強くなっちゃダメなの!!むしろ!!ピンチをチャンスにっっ!!死中に活をっっ!!」
自分が望む、女の子達に囲まれた最高の光景を思い描き、
「ああぁ、いいな、それ!!」
ハァハァ息を荒げて独り言を繰り出す。
「一週間後にまたくるわ」
ハーレム妄想に取りつかれている古市に踵を返し、こんな非常時に不謹慎だと呆れてしまったラミアは、
「おいて帰りましょ」
さっさと帰ろうとした。
「待って下さいっっ!!」
すると、ラミアは憮然とすねたような視線で睨みつける。
「何よ、私のせいだからって、ちょっと責任感じてたのに…守ってもらえばいいじゃない。心配して損しちゃった」
先程までの非難がましさから一転、ラミアからぼそりと漏れた意外な言葉に、古市は目を見開いた。
勝ち気な少女らしからぬ不器用な仕草で憮然とするラミア。
だが次の瞬間、ぐさりと胸に突き刺す言葉が彼に放たれた。
「てゆーか、ロリコン変態ヤローが。守って貰えるとは思えないけどねー。ずーずーしい」
「―がっ!!」
そ言葉で、ハッと先の全面戦争の原因を思い出した古市は慌てふためく。
「そーだよ!!まず、その誤解をとかねーと!!」
事態の収拾に困っている古市に、アランドロンから声がかけられた。
「貴之殿、貴之殿」
振り返ると、恥ずかしそうに頬を染めたアランドロンが身体を真っ二つに割って『どうぞ…』と預けてきた。
「そういう事なら」
――四六時中、私めが――…。
そうやって、古市とアランドロンが誰もいない山奥で毎度のごとくぎゃあぎゃあ騒いでいる時――。
十一月某日。
現在は日曜日の十時。
スーパーの棚で豚肉を見ていた響古は、ん?と顔を上げた。
彼女の生活は両親から送られてきている仕送りで成り立っている。
そのお金を食費と光熱費に充てているのだが、無駄遣いなどあってはいけない。
豚肉コーナーから少し離れたところ、美咲が声をかけてきた。
「どうかしたの、響古ちゃん?」
「な、なんだか今、古市の悲鳴が――……?」
勘違い、だろうか?
美咲の笑い声がけらけらと届いた。
「気のせいでしょー?」
美咲の言葉に思い直して、食材をカゴに入れる。
柱師団やら修業やらのせいで最近、買い物をしていない。
この機に買いだめをしなくちゃ……と思った矢先、携帯電話をふと見たら、新着メールが来ていた。
「誰からだろう?」
何気なく確認して、首を傾げた。
意味不明だったからだ。
差出人の名はなしで、送信元はフリーのメールアドレス。
本文はこうだ。
『中間報告。例の件、総出で参ること近い。気をつけられたし。鷹より』
以上である。
一応は報告らしいが、短い上に簡潔すぎる。
危険な敵地に潜入している工作員が、監視の目をかいくぐって送る報告書のようだ。
「でも鷹って誰?それに総出って……」
響古は考え込んだ。
総出で参る――なんのことだろう。
記憶の巣をつついてみたが、出てくるものはなかった。
思い出せないことは重要ではないのだろう。
忘れてもいいのでは?
「でも、なんか総出って言葉、引っかかるなぁ……」
すぐ思い直す。
しかし、誰を頼りにすればいいのか?
侍女悪魔のヒルダか。
だが、ダメだろう。
曖昧なキーワードが一つあるだけだ。
答えなど出せるはずもないだろう。
携帯に電話の着信音があった。
液晶には『雛子』と着信者の名が表示されている。
とにかく出ようと通話ボタンを押す。
電話越しの声はとにかく不穏な感じがした。
響古は戸惑いながらも返事をして、思わず聞き返した。
「あ、母さん。久しぶり、どうしたの――って、え?もう一回言って?」
嫌な感じがじわじわ増してくる。
響古は剣呑な顔つきになった。
「……あたしの身が危ないって、どういう事なの?」
危機的状況が呼び水になったのか。
いきなり鮮烈なイメージが心に浮かび上がった。
勿論、霊視の啓示だった。
しかし、その内容は――。
「そんな!ヒルダ、どこへ行くの!?」
愕然として、思わず呼びかける響古だった。
「おい」
ソファに寝っ転がりながら漫画を読む男鹿のもとに、横柄な調子で声がかけられた。
「あ?」
漫画雑誌から顔を上げると、そこには険しい顔をしたヒルダの姿が。
「今日は一日、私が坊っちゃまの面倒を見る。貴様はそこでゴミのように寝てるがいい」
言って、ベル坊を抱き上げる。
「アダ」
「あぁ?」
意外な言葉に起き上がると、あくび混じりに訊ねた。
「どーゆー風のふきまわしだ?お前が協力的だなんて」
何しろ相手はヒルダ。
ベル坊を立派な魔王へと育てるために無理難題を押しつける偉そうな悪魔……そう考えていたのだ。
だが、ヒルダはベル坊を胸にぎゅっと抱きながらムッとして男鹿を見る。
「勘違いするな。私は今、坊っちゃま成分に飢えているのだ。これ以上我慢しては死んでしまう」
「アーー」
「それにひきかえ、貴様は響古と一緒にいる。ラブラブだ」
「それがどうかしたか?」
「逆の立場だったらどうなのか、考えてみろ」
男鹿は戸惑い、懸命に考える。
もし、響古とはなればなれだとしたら。
想像しただけで嫌な気分になった。
「……それは確かに我慢できねーな」
「そうだろう!」
でも、ヒルダのこの怒りはそれだけではないような――。
男鹿は先程、ヒルダが言った台詞をよく吟味して、なんとなくわかった。
「あぁ、そうかよ。ったく、気が向いた時だけ、いい気なもんだ」
「たわけっ!!」
呆れたように肩をすくめる男鹿に侮蔑の色を感じたのか、怖い顔で詰め寄る。
「貴様は私の事が何一つ分かっておらんようだな。この半年、何を見てきたのだ」
「なんだよ?」
「ドブ男が」
「妙につっかかるな」
突然だったので男鹿はなんの話かよくわからず、不可解な顔をする。
「いいか、よく聞けっ!!私は、坊っちゃまが全てなのだ!!」
悪魔的な傲慢な態度を封印し、凛々しい表情と堂々とした態度で口を開いた。
「坊っちゃまにお仕えする。その為にのみ存在している!!それが侍女悪魔というもの!!本来、片時として離れる事もあってはならんのだ!!」
男鹿が、驚いたような呆気に取られたような顔で見上げるが、ヒルダは睨む目を光らせて熱弁をふるう。
「それなのに、貴様という奴は…」
剣呑に目を細めて、怒気を孕んだ口調で言い募る。
「やれ修業だの、やれ学校だの、やれケンカだのと、私から坊っちゃまを遠ざける様な事ばかりしおって、そもそも私がケガをして動けない間、何日も家をあけるなど、いくら坊っちゃまの成長の為とはいえ、どれ程、断腸の思いで私が見送ったか」
悪魔に対抗できる力を得るため、諫冬の案内で魔二津にある奥の院へと向かった葵。
そこで出会った諫冬の師匠٠篠木 真香。
そして祠に
しかし、その正体は伝説の妖怪ではなく神社に置かれている狛犬。
性格はとんでもなくスケベだった。
「いやいやいや、葵ちゃん。葵さん。葵姐さん、もうカンベンして下さい。フロ覗いたりしませんから。もう、ほんまに」
風呂の覗きがバレてしまい、狛犬――コマはボコボコにされ、縄でぐるぐる巻きにされた。
反省している声が聞こえているのかいないのか、葵は完全に無視。
――邦枝に変なお供が出来た。
葵は真剣に怒っているが、諌冬はむしろ心配そうにコマを見つめている。
――そして、ここは
森林に囲まれた静かな土地、魔二津に威勢のいいかけ声が響き渡る。
「せいっ、はっ!!」
柔道着に着替えて一人、熱心に修練に打ち込む少年の姿があった。
――ここにも一人、新たな力を得んと修業に励む若者がいた。
「うぉぉおおっ」
清涼な山の空気が肌を痺れさせ、気を引き締めさせる。
流れるように身体を動かすたび、全身にかいた汗の粒が弾け飛ぶ。
そして最後に跳躍すると――。
「ーーってムリムリ。強くなれる気がしないZE!!オレ、そーゆーキャラじゃないしっ!!」
重力に従って着地し、まぶしいほどの笑顔で弱音を吐いた。
悪魔との全面戦争を告げる宣告により、焔王の標的にされた古市。
アランドロンの次元転送で魔二津にやって来たが、早くも帰りたい気分だった。
「帰ろうっ、アランドロン!!ラミア!!こんなトコ来てもムダムダ!!」
「ですが、古市殿…今度の戦いではアナタの命が狙われる事に」
アランドロンが言うことも事実であった。
すると、古市は刺々しい物言いでばっさりと切り捨てる。
「知るか、そんなもんっ!!どーせ、オレが戦ったって戦闘力5、ゴミか…だよっ!!」
あんな恐ろしい悪魔と戦ったところで、自分が勝てる保証なんてどこにもない。
腕組みしたラミアが、そんな古市を冷ややかに流し見る。
「いいか二人共!!よく聞けっ!!弱いんだよ!!オレは!!守ってあげたくなるくらいに!!そーゆー方向ですよ!!
だが、冷静に考えれば、たいして喧嘩も強くない、ちょっと頭が切れるだけの非力な一般人である。
ベル坊と契約した二人のような、超常的な力など持っていない。
それなのに、悪魔に喧嘩を吹っかけられ、命を狙われてしまった。
知恵や勇気程度で対抗できるような相手ではない。
「――大体ね…修業なんてのは、もともと強い奴がする事なの。違うでしょ?オレは、もっとこうスマートに。頭つかってね?智将っぽくフワーっていかないと」
全身に沸き立っていく怒りを堪えながら、さっきの自己分析の副産物なのか、自分がやるべきこと、やれることが、明確に頭に浮かぶ。
(フワー?)
(智将がフワーとか言うかしら…)
ラミアとアランドロンは語彙力の乏しさに首を傾げた。
「じゃあ、どうするのよ?智将の意見を聞こうかしら?」
「よくぞ聞いてくれた!!たとえばっ!!」
待ってました、とばかりに古市は顔を輝かせ嬉々として語る。
「ヒルダさんとか邦枝先輩にさっ!!四六時中」
古市が柱師団に狙われていると知って、ヒルダや葵などの女性陣が身辺警護を行う……という妄想を始めた。
朝早くからヒルダが彼の部屋に入ってきて、こう言うのだ。
「いつ敵が襲ってくるか分らんからな」
「――っとか!!」
学校では葵が彼の傍に付き添い、こう言うのだ。
「学校では私から離れちゃダメよ!!」
「とかっっ!!」
葵が古市の護衛をしていると聞いて、烈怒帝瑠のメンバーが駆けつけて、こう言うのだ。
「姐さん、ここは私らが!!」
「ウチらがっ」
「アタイがっ!!」
女子達が古市の身体を持ち上げようと群がり、
「わーーっしょい、わーーっしょい」
声を合わせて胴上げする。
「とかっ!!」
容姿端麗な少女達が競って護衛を名乗り、モテモテの引っ張りだこでちょっと困っちゃう……そんな情景を思い描く。
「そーゆー流れだよっ!!見たいのはっっ!!」
絶体絶命の古市の前に颯爽と登場した響古は、こう言うのだ。
「古市はあたしが守る!!」
おお、響古さすがかっこいい……!と古市は感動する。
どんな時だって、もう本気になった響古はかっこいいし素敵だし無敵だし最強である。
悪魔だろうがなんだろうが、負けるものか。
「強くなっちゃダメなの!!むしろ!!ピンチをチャンスにっっ!!死中に活をっっ!!」
自分が望む、女の子達に囲まれた最高の光景を思い描き、
「ああぁ、いいな、それ!!」
ハァハァ息を荒げて独り言を繰り出す。
「一週間後にまたくるわ」
ハーレム妄想に取りつかれている古市に踵を返し、こんな非常時に不謹慎だと呆れてしまったラミアは、
「おいて帰りましょ」
さっさと帰ろうとした。
「待って下さいっっ!!」
すると、ラミアは憮然とすねたような視線で睨みつける。
「何よ、私のせいだからって、ちょっと責任感じてたのに…守ってもらえばいいじゃない。心配して損しちゃった」
先程までの非難がましさから一転、ラミアからぼそりと漏れた意外な言葉に、古市は目を見開いた。
勝ち気な少女らしからぬ不器用な仕草で憮然とするラミア。
だが次の瞬間、ぐさりと胸に突き刺す言葉が彼に放たれた。
「てゆーか、ロリコン変態ヤローが。守って貰えるとは思えないけどねー。ずーずーしい」
「―がっ!!」
そ言葉で、ハッと先の全面戦争の原因を思い出した古市は慌てふためく。
「そーだよ!!まず、その誤解をとかねーと!!」
事態の収拾に困っている古市に、アランドロンから声がかけられた。
「貴之殿、貴之殿」
振り返ると、恥ずかしそうに頬を染めたアランドロンが身体を真っ二つに割って『どうぞ…』と預けてきた。
「そういう事なら」
――四六時中、私めが――…。
そうやって、古市とアランドロンが誰もいない山奥で毎度のごとくぎゃあぎゃあ騒いでいる時――。
十一月某日。
現在は日曜日の十時。
スーパーの棚で豚肉を見ていた響古は、ん?と顔を上げた。
彼女の生活は両親から送られてきている仕送りで成り立っている。
そのお金を食費と光熱費に充てているのだが、無駄遣いなどあってはいけない。
豚肉コーナーから少し離れたところ、美咲が声をかけてきた。
「どうかしたの、響古ちゃん?」
「な、なんだか今、古市の悲鳴が――……?」
勘違い、だろうか?
美咲の笑い声がけらけらと届いた。
「気のせいでしょー?」
美咲の言葉に思い直して、食材をカゴに入れる。
柱師団やら修業やらのせいで最近、買い物をしていない。
この機に買いだめをしなくちゃ……と思った矢先、携帯電話をふと見たら、新着メールが来ていた。
「誰からだろう?」
何気なく確認して、首を傾げた。
意味不明だったからだ。
差出人の名はなしで、送信元はフリーのメールアドレス。
本文はこうだ。
『中間報告。例の件、総出で参ること近い。気をつけられたし。鷹より』
以上である。
一応は報告らしいが、短い上に簡潔すぎる。
危険な敵地に潜入している工作員が、監視の目をかいくぐって送る報告書のようだ。
「でも鷹って誰?それに総出って……」
響古は考え込んだ。
総出で参る――なんのことだろう。
記憶の巣をつついてみたが、出てくるものはなかった。
思い出せないことは重要ではないのだろう。
忘れてもいいのでは?
「でも、なんか総出って言葉、引っかかるなぁ……」
すぐ思い直す。
しかし、誰を頼りにすればいいのか?
侍女悪魔のヒルダか。
だが、ダメだろう。
曖昧なキーワードが一つあるだけだ。
答えなど出せるはずもないだろう。
携帯に電話の着信音があった。
液晶には『雛子』と着信者の名が表示されている。
とにかく出ようと通話ボタンを押す。
電話越しの声はとにかく不穏な感じがした。
響古は戸惑いながらも返事をして、思わず聞き返した。
「あ、母さん。久しぶり、どうしたの――って、え?もう一回言って?」
嫌な感じがじわじわ増してくる。
響古は剣呑な顔つきになった。
「……あたしの身が危ないって、どういう事なの?」
危機的状況が呼び水になったのか。
いきなり鮮烈なイメージが心に浮かび上がった。
勿論、霊視の啓示だった。
しかし、その内容は――。
「そんな!ヒルダ、どこへ行くの!?」
愕然として、思わず呼びかける響古だった。
「おい」
ソファに寝っ転がりながら漫画を読む男鹿のもとに、横柄な調子で声がかけられた。
「あ?」
漫画雑誌から顔を上げると、そこには険しい顔をしたヒルダの姿が。
「今日は一日、私が坊っちゃまの面倒を見る。貴様はそこでゴミのように寝てるがいい」
言って、ベル坊を抱き上げる。
「アダ」
「あぁ?」
意外な言葉に起き上がると、あくび混じりに訊ねた。
「どーゆー風のふきまわしだ?お前が協力的だなんて」
何しろ相手はヒルダ。
ベル坊を立派な魔王へと育てるために無理難題を押しつける偉そうな悪魔……そう考えていたのだ。
だが、ヒルダはベル坊を胸にぎゅっと抱きながらムッとして男鹿を見る。
「勘違いするな。私は今、坊っちゃま成分に飢えているのだ。これ以上我慢しては死んでしまう」
「アーー」
「それにひきかえ、貴様は響古と一緒にいる。ラブラブだ」
「それがどうかしたか?」
「逆の立場だったらどうなのか、考えてみろ」
男鹿は戸惑い、懸命に考える。
もし、響古とはなればなれだとしたら。
想像しただけで嫌な気分になった。
「……それは確かに我慢できねーな」
「そうだろう!」
でも、ヒルダのこの怒りはそれだけではないような――。
男鹿は先程、ヒルダが言った台詞をよく吟味して、なんとなくわかった。
「あぁ、そうかよ。ったく、気が向いた時だけ、いい気なもんだ」
「たわけっ!!」
呆れたように肩をすくめる男鹿に侮蔑の色を感じたのか、怖い顔で詰め寄る。
「貴様は私の事が何一つ分かっておらんようだな。この半年、何を見てきたのだ」
「なんだよ?」
「ドブ男が」
「妙につっかかるな」
突然だったので男鹿はなんの話かよくわからず、不可解な顔をする。
「いいか、よく聞けっ!!私は、坊っちゃまが全てなのだ!!」
悪魔的な傲慢な態度を封印し、凛々しい表情と堂々とした態度で口を開いた。
「坊っちゃまにお仕えする。その為にのみ存在している!!それが侍女悪魔というもの!!本来、片時として離れる事もあってはならんのだ!!」
男鹿が、驚いたような呆気に取られたような顔で見上げるが、ヒルダは睨む目を光らせて熱弁をふるう。
「それなのに、貴様という奴は…」
剣呑に目を細めて、怒気を孕んだ口調で言い募る。
「やれ修業だの、やれ学校だの、やれケンカだのと、私から坊っちゃまを遠ざける様な事ばかりしおって、そもそも私がケガをして動けない間、何日も家をあけるなど、いくら坊っちゃまの成長の為とはいえ、どれ程、断腸の思いで私が見送ったか」