バブ115
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境内で一旦、寧々達と別れた葵の視線の先に、一人の女性がいた。
知的な顔立ちは整っており、年齢は二十代後半、肩まで伸びた茶色い髪。
服装も味気ない紺のレディーススーツで、男装の麗人といった表現がぴったりはまる女性だ。
「邦枝 葵さんですね?初めまして、月森 麻耶と申します」
彼女は葵の正面にやって来るなり、名乗った。
なんの用だろう?
訝しみながら、こちらも立ち止まる。
「祓魔 の獣神の使いであるシーサリオンと使い魔 契約されたと聞いて駆けつけました。叶うならば姪への忠義を末永く賜り、共に覇道と王道を歩んでいただきたく願っております」
「…………はい?」
いきなりの勿体ぶった口上。
葵が戸惑っていると、月森某 と挨拶した女性はニヤッと笑いかけてきた。
「――なんてね。ねぇ、敬語なしで話してもいいかしら?真香なんかと違って、私はそういうのが得意じゃないの」
クールな印象が、いきなり崩れた。
葵は面食らいながら、ひとまず頷いた。
「別に構いませんけど……真香さんとお知り合いなんですか?」
「不肖の妹よ。ちなみに名字が違うのは結婚したから」
意表をつかれる自己紹介だった。
篠木 真香の姉?
確かに口上の時は、清楚な彼女にも負けない気品だったが……。
「ま、その辺りはおいおい知ってもらえればいいか」
不敵な笑みを浮かべながら麻耶が言う。
不思議な軽やかさを感じさせる女性だった。
「響古の先輩に当たる人で、色々とお世話になっているから、ちゃんとした方がいいかなと思って」
「――…という事は、響古がおじいちゃんに鍛えてもらったという話は……」
「もちろん、知ってるわよ。今日はそのお礼もかねて私が来たってわけ。そうそう、あなたにも感謝しないとね」
麻耶の言葉に、葵は飛び上がるほど驚いた。
「そ、そんな感謝される事は、何も……!」
「何、言ってるの。不良共の間で有名ながらも、群れない媚びない笑わない一匹狼だった響古に、自分達の仲間に加わりなさいと声をかけては、剣技を磨き合うようになった仲でしょ」
意志の力で固められた姪っ子の心を開くためには、多少なりとも無理矢理が必要なのだと。
友人をつくる、ということに怯えを感じるようになっていたのだろう響古はつれなかったが、それでも彼女が葵達を本心から嫌ったことは一度もない。
でなければ友人の付き合いなど、どこかでとっくに途切れていたはずだ。
一時期、家族でさえも話すことすら叶わず、自暴自棄になってしまった頃はあったが、こうして葵と一緒に修業をしたと聞けば、めざましい成長だ。
「今では信じられないくらい表情も性格も明るくなってて驚きました。あれだけ立ち直った響古でも、身内から見ると心配なんですね……」
「んー、確かに響古の表情は自信に満ちあふれて、警戒心が強かった心は完全に消え去ったけど、今はねー……」
「……まぁ、そうですね」
「だからあなたみたいな友達がいるとホッとしてるってのが正直なところ。これからも響古の友達でいてあげて」
「むしろこっちからお願いしますって感じです」
麻耶が微笑みかけると、葵は自らの胸を叩いた。
そこで葵はハッと我に返る。
ささやかな胸に響古の手の感触が過ぎり、全身からぶわっと汗が噴き出して一瞬、パニックに陥った。
「わ、私は一体、何をぉぉぉぉぉ!?」
恥ずかしさで顔を真っ赤にして、よほど狼狽しているのだろう。
ヒルダとの勝負中に突然、侍女悪魔の豊かな胸を鷲掴みにした(まだ故意犯であると疑っている)彼女に、自分の平坦な胸を触られてしまった事件を。
ふとした拍子に思い出してしまって真っ赤になって絶叫する葵を、麻耶はじっと見つめる。
(……ふーん……)
溺愛する姪っ子に向ける、友情以上の感情を感じ取り、ニヤニヤしながら肩をすくめてみせる。
「人間にも悪魔にも、あの子は好かれてて大変ね。じゃ、私はこの後、あなたのおじいさんに用事があるから。ごきげんよう!」
最後の言葉だけはお嬢様っぽいが、実に快活な言い方だった。
歩み去っていく響古の家族を、葵は首を傾げながら見送った。
この時点では、数時間後に起きるドタバタは予想していなかった。
祖父と葵の指導の下、稽古が行われた。
互いに正座して挨拶する礼から始まり、型の披露、組み手……特筆することもない鍛錬から始まって。
しかし、葵に近づいてこようものなら、寧々達は警戒を剥き出しにした半眼で、鉄壁のガードを見せる――。
最後に礼で終わり、影組は烈怒帝瑠との思わぬ出会いに浮かれた足取りで道場を出ていく。
「いやー、それにしても、葵ちゃんといい、篠木ちゃんといい、石矢魔女子はレベル高いなー」
「しかも、あれだけの強さを持っているとは……」
「私達も、もっと修行して強くならなくては……」
自分達より圧倒的に強いと先程、文字通り痛いほど証明されたため、悔しさを抱えながらも気持ちを切り替える。
言い合いながら、影組はそのまま外れることなく、日常を歩いて行った。
やがて、ついさっき老人を呼び止めた女性を、ちらと振り返る。
すると、クールな印象を放つその女性が応えて軽く、手を振った。
彼らは咄嗟に、たんなる反射からか、最低限の礼儀からか、生じた動揺からか……それとも、それ以外のものからか、ぺこりと会釈して返す。
返して、道を外さす、そのまま去っていった。
手を振る背中を、すぐ傍らで見ていた葵の祖父が聞く。
「珍しい事もあるものじゃな。まさか、おぬしがわざわざ出向くとはな」
「緊急事態ってヤツよ。念のために今から動いておいても、別に損はしないし」
微かな笑みの気配と共に、麻耶と葵の祖父――一刀斎はお互いの状況を伝え合うことになった。
「それはそうと、一さんには色々とお世話になりました。響古とその彼氏を修業で鍛えてくれて――」
「あの二人に頼み込まれて仕方なくだわい。ただ――」
「……ただ?」
言う途中で神妙な表情になった一刀斎に、麻耶は訝しむ。
「悪魔の力の使い方についてはキヨ子の方が詳しいじゃろうて、特別コーチとして任せておった」
「やっぱり、そうなるかぁ……ていうか、響古の特別コーチがよりにもよっておばあ様とか……」
「悪魔の力の使い方を学ぶには適任じゃろ」
半眼で無表情になる麻耶に、溜め息混じりにつっこむ。
「確かに、姉さんや真香が教えてやっても、響古と二人の戦闘スタイルはかけ離れているし。私に至っては喧嘩もからっきしダメだし」
どんよりと暗い空気を纏い、姪が体験したであろう過酷な修業を思い馳せる。
そして、表情を引き締めた。
「その上で、私達の方針を表明しておきます……できればあの子には隠し通しておきたかったけど、そうも言ってられなくなった。私達は連中を迎え撃つ準備をしておきます」
「それは助かるわい」
「でしょうね。一さんならそう言うと思った」
篠木家は不干渉ながらも裏方に回って、大事な家族をアシストするつもりなのだ。
姪には話していないが、篠木の御家は日本古来の特殊な霊力者を輩出しており、かつては関東一帯を霊的に守護していた。
家の事情など何も知らないまま高位の悪魔の契約者となり、契約したベル坊の兄の家臣との戦いが幕を開ける中、あの二人だけで挑むには力も後ろ盾も足りない。
それが正直な思いであった。
一刀斎も同じことに思い至ったのだろう。
最後まで影組を牽制し続けた寧々は彼らが帰ったと見るや、ようやく吐息をつく。
「ふぅ…やっと帰ったか、あのハゲ共。姐さんのまわり、チョロチョロしやがって」
そして、そのままあのうっとうしい男達など忘れることに努め、端然と正座する葵へと、珍しく怒ったような視線で睨みつける。
「姐さんも姐さんっスよ!!いくらなんでも無防備すぎっス!!あんな奴らと一緒に修業だなんて…!!」
「――…別におじいちゃんの門下生ってだけよ。それよりも寧々」
苛立ちを募らせる彼女へ、葵は逆に問いかけた。
「あなた、総会って言ったわよね…ずい分、人数が少ないようだけど…?」
問いかけるというよりも探りを入れるような口調に、寧々達はぎくりと固まる。
寧々が向ける怒り顔とは正反対で、その表情は至って静かだが、隠し切れない疑念を窺わせる。
「――まさか」
元レディース総長の冷たい視線に射すくめられ、頭を必死にフル回転させた。
――や…やばい。
――無理矢理こじつけて、葵姐さんを引き戻しに来た事がバレてる…!?
寧々達はたじろぎつつも、身振り手振りを交えて弁解する。
「ち…違うんスよ、姐さん!!」
「今日は総会っつっつてもあっちの方の総会っスから!!聖石矢魔だけで十分なんスよ!!」
「あっち…?」
勢いでまくし立てる寧々達を、葵はしばしの間、反応を探るように視線を向けていたが、やがて気を取り直すように吐息をつき、立ち上がった。
「――…まぁいいわ。じゃあ私もそろそろ部屋に戻るから」
「え?」
寧々が驚いたように声をあげてくる。
烈怒帝瑠を抜けて彼女達のリーダーではなくなってしまったが、せめて談笑くらいはできると思っていた。
だが、今の葵はどこか態度がよそよそしい。
「戸締まりだけ、ちゃんとお願いね」
「は…はいっ…」
寧々は頷きながらも、その表情を困惑の色に染めた。
否、寧々だけではない。
千秋も、由加も、涼子も、皆、どこか素っ気ない態度の彼女に困惑した顔をしている。
しかし、葵はそれらに全く構う様子もなく、道場から去った。
「――…」
「姐さん…」
積極的に話そうとせず、こちら側に対して一枚、壁を作っているよう――そう感じた寧々達は、ほんの少し寂しげな表情を浮かべた。
ほんの少し寂しげな寧々達の視線を感じながら、葵は肩を落とし、力なくつぶやく。
「――…ごめん、寧々…でも、今は一緒にいられないの…」
寧々達が自分のことを見ていた。
皆が無言のまま、もっと話したい、と求めている。
それがわかる。
その苦しさから逃げるように、その場から離れていた。
そうしてから、自分の取った行動に気づいて、眉をひそめる。
――…だって――…。
――私は決めたから。
やはり、彼女達を都合に巻き込むわけにはいかない。
乱れる感情を隠すためにより表情を固めた。
――悪魔と戦う事を…これ以上、私の戦いに、みんなをまきこめない。
葵はベル坊の正体を知る数少ない人間の一人だ。
だが、今の葵には男鹿と響古のように、悪魔と渡り合える力などない。
武術の素質は優れているが、悪魔と戦うにはまだ、あらゆる意味で未熟なのである。
だからこそ、いざという時に自分も戦えるように。
<なんや、つれないやっちゃな。せっかく来てくれたんやから、ええやないか>
姿の見えない誰かが、先程の葵の態度に見兼ねて物申す。
この、姿の見えない誰かがあげた声に、葵は素早く顔色を変えた。
「う…うるさいっ、勝手に出てこないでよね!!何度も言ってるでしょ。あなたの事は秘密なんだから!!」
知的な顔立ちは整っており、年齢は二十代後半、肩まで伸びた茶色い髪。
服装も味気ない紺のレディーススーツで、男装の麗人といった表現がぴったりはまる女性だ。
「邦枝 葵さんですね?初めまして、月森 麻耶と申します」
彼女は葵の正面にやって来るなり、名乗った。
なんの用だろう?
訝しみながら、こちらも立ち止まる。
「
「…………はい?」
いきなりの勿体ぶった口上。
葵が戸惑っていると、月森
「――なんてね。ねぇ、敬語なしで話してもいいかしら?真香なんかと違って、私はそういうのが得意じゃないの」
クールな印象が、いきなり崩れた。
葵は面食らいながら、ひとまず頷いた。
「別に構いませんけど……真香さんとお知り合いなんですか?」
「不肖の妹よ。ちなみに名字が違うのは結婚したから」
意表をつかれる自己紹介だった。
篠木 真香の姉?
確かに口上の時は、清楚な彼女にも負けない気品だったが……。
「ま、その辺りはおいおい知ってもらえればいいか」
不敵な笑みを浮かべながら麻耶が言う。
不思議な軽やかさを感じさせる女性だった。
「響古の先輩に当たる人で、色々とお世話になっているから、ちゃんとした方がいいかなと思って」
「――…という事は、響古がおじいちゃんに鍛えてもらったという話は……」
「もちろん、知ってるわよ。今日はそのお礼もかねて私が来たってわけ。そうそう、あなたにも感謝しないとね」
麻耶の言葉に、葵は飛び上がるほど驚いた。
「そ、そんな感謝される事は、何も……!」
「何、言ってるの。不良共の間で有名ながらも、群れない媚びない笑わない一匹狼だった響古に、自分達の仲間に加わりなさいと声をかけては、剣技を磨き合うようになった仲でしょ」
意志の力で固められた姪っ子の心を開くためには、多少なりとも無理矢理が必要なのだと。
友人をつくる、ということに怯えを感じるようになっていたのだろう響古はつれなかったが、それでも彼女が葵達を本心から嫌ったことは一度もない。
でなければ友人の付き合いなど、どこかでとっくに途切れていたはずだ。
一時期、家族でさえも話すことすら叶わず、自暴自棄になってしまった頃はあったが、こうして葵と一緒に修業をしたと聞けば、めざましい成長だ。
「今では信じられないくらい表情も性格も明るくなってて驚きました。あれだけ立ち直った響古でも、身内から見ると心配なんですね……」
「んー、確かに響古の表情は自信に満ちあふれて、警戒心が強かった心は完全に消え去ったけど、今はねー……」
「……まぁ、そうですね」
「だからあなたみたいな友達がいるとホッとしてるってのが正直なところ。これからも響古の友達でいてあげて」
「むしろこっちからお願いしますって感じです」
麻耶が微笑みかけると、葵は自らの胸を叩いた。
そこで葵はハッと我に返る。
ささやかな胸に響古の手の感触が過ぎり、全身からぶわっと汗が噴き出して一瞬、パニックに陥った。
「わ、私は一体、何をぉぉぉぉぉ!?」
恥ずかしさで顔を真っ赤にして、よほど狼狽しているのだろう。
ヒルダとの勝負中に突然、侍女悪魔の豊かな胸を鷲掴みにした(まだ故意犯であると疑っている)彼女に、自分の平坦な胸を触られてしまった事件を。
ふとした拍子に思い出してしまって真っ赤になって絶叫する葵を、麻耶はじっと見つめる。
(……ふーん……)
溺愛する姪っ子に向ける、友情以上の感情を感じ取り、ニヤニヤしながら肩をすくめてみせる。
「人間にも悪魔にも、あの子は好かれてて大変ね。じゃ、私はこの後、あなたのおじいさんに用事があるから。ごきげんよう!」
最後の言葉だけはお嬢様っぽいが、実に快活な言い方だった。
歩み去っていく響古の家族を、葵は首を傾げながら見送った。
この時点では、数時間後に起きるドタバタは予想していなかった。
祖父と葵の指導の下、稽古が行われた。
互いに正座して挨拶する礼から始まり、型の披露、組み手……特筆することもない鍛錬から始まって。
しかし、葵に近づいてこようものなら、寧々達は警戒を剥き出しにした半眼で、鉄壁のガードを見せる――。
最後に礼で終わり、影組は烈怒帝瑠との思わぬ出会いに浮かれた足取りで道場を出ていく。
「いやー、それにしても、葵ちゃんといい、篠木ちゃんといい、石矢魔女子はレベル高いなー」
「しかも、あれだけの強さを持っているとは……」
「私達も、もっと修行して強くならなくては……」
自分達より圧倒的に強いと先程、文字通り痛いほど証明されたため、悔しさを抱えながらも気持ちを切り替える。
言い合いながら、影組はそのまま外れることなく、日常を歩いて行った。
やがて、ついさっき老人を呼び止めた女性を、ちらと振り返る。
すると、クールな印象を放つその女性が応えて軽く、手を振った。
彼らは咄嗟に、たんなる反射からか、最低限の礼儀からか、生じた動揺からか……それとも、それ以外のものからか、ぺこりと会釈して返す。
返して、道を外さす、そのまま去っていった。
手を振る背中を、すぐ傍らで見ていた葵の祖父が聞く。
「珍しい事もあるものじゃな。まさか、おぬしがわざわざ出向くとはな」
「緊急事態ってヤツよ。念のために今から動いておいても、別に損はしないし」
微かな笑みの気配と共に、麻耶と葵の祖父――一刀斎はお互いの状況を伝え合うことになった。
「それはそうと、一さんには色々とお世話になりました。響古とその彼氏を修業で鍛えてくれて――」
「あの二人に頼み込まれて仕方なくだわい。ただ――」
「……ただ?」
言う途中で神妙な表情になった一刀斎に、麻耶は訝しむ。
「悪魔の力の使い方についてはキヨ子の方が詳しいじゃろうて、特別コーチとして任せておった」
「やっぱり、そうなるかぁ……ていうか、響古の特別コーチがよりにもよっておばあ様とか……」
「悪魔の力の使い方を学ぶには適任じゃろ」
半眼で無表情になる麻耶に、溜め息混じりにつっこむ。
「確かに、姉さんや真香が教えてやっても、響古と二人の戦闘スタイルはかけ離れているし。私に至っては喧嘩もからっきしダメだし」
どんよりと暗い空気を纏い、姪が体験したであろう過酷な修業を思い馳せる。
そして、表情を引き締めた。
「その上で、私達の方針を表明しておきます……できればあの子には隠し通しておきたかったけど、そうも言ってられなくなった。私達は連中を迎え撃つ準備をしておきます」
「それは助かるわい」
「でしょうね。一さんならそう言うと思った」
篠木家は不干渉ながらも裏方に回って、大事な家族をアシストするつもりなのだ。
姪には話していないが、篠木の御家は日本古来の特殊な霊力者を輩出しており、かつては関東一帯を霊的に守護していた。
家の事情など何も知らないまま高位の悪魔の契約者となり、契約したベル坊の兄の家臣との戦いが幕を開ける中、あの二人だけで挑むには力も後ろ盾も足りない。
それが正直な思いであった。
一刀斎も同じことに思い至ったのだろう。
最後まで影組を牽制し続けた寧々は彼らが帰ったと見るや、ようやく吐息をつく。
「ふぅ…やっと帰ったか、あのハゲ共。姐さんのまわり、チョロチョロしやがって」
そして、そのままあのうっとうしい男達など忘れることに努め、端然と正座する葵へと、珍しく怒ったような視線で睨みつける。
「姐さんも姐さんっスよ!!いくらなんでも無防備すぎっス!!あんな奴らと一緒に修業だなんて…!!」
「――…別におじいちゃんの門下生ってだけよ。それよりも寧々」
苛立ちを募らせる彼女へ、葵は逆に問いかけた。
「あなた、総会って言ったわよね…ずい分、人数が少ないようだけど…?」
問いかけるというよりも探りを入れるような口調に、寧々達はぎくりと固まる。
寧々が向ける怒り顔とは正反対で、その表情は至って静かだが、隠し切れない疑念を窺わせる。
「――まさか」
元レディース総長の冷たい視線に射すくめられ、頭を必死にフル回転させた。
――や…やばい。
――無理矢理こじつけて、葵姐さんを引き戻しに来た事がバレてる…!?
寧々達はたじろぎつつも、身振り手振りを交えて弁解する。
「ち…違うんスよ、姐さん!!」
「今日は総会っつっつてもあっちの方の総会っスから!!聖石矢魔だけで十分なんスよ!!」
「あっち…?」
勢いでまくし立てる寧々達を、葵はしばしの間、反応を探るように視線を向けていたが、やがて気を取り直すように吐息をつき、立ち上がった。
「――…まぁいいわ。じゃあ私もそろそろ部屋に戻るから」
「え?」
寧々が驚いたように声をあげてくる。
烈怒帝瑠を抜けて彼女達のリーダーではなくなってしまったが、せめて談笑くらいはできると思っていた。
だが、今の葵はどこか態度がよそよそしい。
「戸締まりだけ、ちゃんとお願いね」
「は…はいっ…」
寧々は頷きながらも、その表情を困惑の色に染めた。
否、寧々だけではない。
千秋も、由加も、涼子も、皆、どこか素っ気ない態度の彼女に困惑した顔をしている。
しかし、葵はそれらに全く構う様子もなく、道場から去った。
「――…」
「姐さん…」
積極的に話そうとせず、こちら側に対して一枚、壁を作っているよう――そう感じた寧々達は、ほんの少し寂しげな表情を浮かべた。
ほんの少し寂しげな寧々達の視線を感じながら、葵は肩を落とし、力なくつぶやく。
「――…ごめん、寧々…でも、今は一緒にいられないの…」
寧々達が自分のことを見ていた。
皆が無言のまま、もっと話したい、と求めている。
それがわかる。
その苦しさから逃げるように、その場から離れていた。
そうしてから、自分の取った行動に気づいて、眉をひそめる。
――…だって――…。
――私は決めたから。
やはり、彼女達を都合に巻き込むわけにはいかない。
乱れる感情を隠すためにより表情を固めた。
――悪魔と戦う事を…これ以上、私の戦いに、みんなをまきこめない。
葵はベル坊の正体を知る数少ない人間の一人だ。
だが、今の葵には男鹿と響古のように、悪魔と渡り合える力などない。
武術の素質は優れているが、悪魔と戦うにはまだ、あらゆる意味で未熟なのである。
だからこそ、いざという時に自分も戦えるように。
<なんや、つれないやっちゃな。せっかく来てくれたんやから、ええやないか>
姿の見えない誰かが、先程の葵の態度に見兼ねて物申す。
この、姿の見えない誰かがあげた声に、葵は素早く顔色を変えた。
「う…うるさいっ、勝手に出てこないでよね!!何度も言ってるでしょ。あなたの事は秘密なんだから!!」