バブ111~113
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バブ111
入れ替わっちゃいました
刑事ドラマにおける断末魔で、男鹿は身に起こった異変に混乱する。
「な、な…なんじゃ、こりゃぁぁぁっっ!!!」
犯人から撃たれた際に腹を押さえていた手についた血を見て叫ぶシーンは現在でも語り草となっている。
「スピーー」
ベッドでスヤスヤと眠るのは、間違いなく自分の身体。
改めて、少年は現在の姿をまじまじと見つめる。
――手、ちっちゃ…!!何、これ?
元々は、十代の少年の容姿であったというのに。
前よりも背が縮み、顔立ちも身体つきもはっきりと幼くなっている。
緑髪の赤ん坊と同じ姿だった。
――なんだ、これ!?
――悪魔と戦ってた所までは憶えてっけど、確か、ベル坊の力が流れこんで意識がぶっとんで…。
ナーガとの戦闘で、悪魔を倒すにはまだ力が足りないと考えた彼は、ベル坊の無尽蔵な魔力を増幅させるために、僅かに残ったミルクを飲み干した。
ベル坊の魂に憑依された男鹿の意識は途切れ、それからのことは一切、覚えていない。
――起きたらって――…おいおい。
――まさか、これって――…。
昏睡状態から目覚めた結果、このような姿となってしまった。
――ベル坊とオレ、中身入れ替わってる――…!!?
目を剥いて、自分の身体に起こった異変を確認する。
入れ替わりという現象自体が現実には見られないものだけに、二人同士の入れ替わりだけでも十分混乱するものである。
「も…もしかして……」
「オ…男鹿君…………っスか…?」
茫然とする響古と古市が、おそるおそる訊ねた。
二人の訝しげな視線を受けて、男鹿は硬直する。
衝撃の光景が生む思考の空白が、なんともいえない沈黙世界を形成し――。
「まっ…待てっ!!」
ヒルダのうろたえた大声が、その沈黙をった。
「どうしました?ヒルダさん…」
「う…うむ。待つのだ。まだだ。まだだぞ!?まだ心の準備が出来ておらん」
二人から背を向けて混乱しっぱなしの心を落ち着かせる。
「アメンボアカイナアイウエオ。ウキモニコエビモオヨイデル」
演劇の役者や声優、アナウンサーなどの発声練習・滑舌トレーニングに用いられる五十音の歌を唱え始めた。
やがて、覚悟を決めた表情で振り返る。
「よしっ、ばっちこいっっ!!」
「いや…オレオレ、オレだよ、オレ」
言葉に詰まりながらも言い張る男鹿の声はいつもより高音で、赤ん坊そのものだった。
—―…分かりづれぇ…。
一方、予想外の姿を目の当たりにして、古市とヒルダは愕然とし、響古はぐるぐるの涙目だった。
「――つまり」
ヒルダの声を聞きながら、男鹿は落ち着かなかった。
じろじろと向けられる、みんなの視線のせい。
それも多少の原因ではあるのだけれど、肝心な部分はそんな些細なことではなかった。
「昼間、融合した後遺症で、貴様と坊っちゃまの体が入れ替わってしまったと…そういうわけか…」
「多分な。くそ、動きづれーな、この体」
赤ん坊の身体で短くなった手足を何度も動かして確認する。
「そーいや、あの、おっさんも言ってたもんなー。使いすぎなとか…」
強力すぎるが故に早乙女から制限された魔王降ろし。
(――「ダメ。絶対」――)
なお、素っ裸なのは落ち着かないと言って、男鹿はついに服を着ていた。
「まさか、こんな事になるとは思わなかったけど…」
「――うむ。まぁ、なってしまったのは仕方ない――…が、問題は、いつまでこの状態が続くか…だな」
魔術的に、悪魔とのシンクロ率を防ぐための紋章術は、かなり高度で特殊な魔術になっており、契約者以外でしか発動しない。
だが、ミルクを飲むことで悪魔から与えられる無尽蔵の魔力をそのまま引き出せるぶん、力に呑まれて暴走してしまう。
それが今回、異変が起きて男鹿とベル坊、互いの身体が入れ替わったのだった。
「いかんせん、この様なケースは私も初めてで…どう対処したものか…」
「私もです。まさか、一生このままだったり」
ヒルダとラミアが難しい顔で話し合う。
「おいおいっ、冗談じゃねーぞ!!」
そこは無視できないと男鹿が割って入った。
「一生ってお前、こんな手じゃ響古を抱く事なんてできねーし、ピアノもひけねーじゃねーかっ!!」
「たわけがっ。私こそ、あんなドブが腐った様な男に仕えろというのか!!」
小さな両手を見せて主張する男鹿に、声を荒げて突っぱねるヒルダ。
その一方で。
「………………」
響古の時間は完全に止まってしまっていた。
「お姉様、どうしたのかしら……?」
「男鹿殿とベルゼ様の体が入れ替わって戸惑っているのでしょう」
ラミアの心配そうな声も、アランドロンの冷静そうな声も、もはや聞こえない。
いくら御霊鎮めの術をかけるとはいえ、ベル坊と唇を重ねてしまった自分の犯した罪に、響古の思考は完膚なきまでに白紙となってしまっていた。
「……ん?」
ふらふら~、と、まるで夢遊病者のように男鹿とヒルダのもとに歩み寄っていく。
「響古…お前も言ってやれよ。オレが一生こんな姿だと、満足にイチャイチャできねーって」
男鹿の前に立った響古に対し、思わずヒルダが身構え、後ずさる。
「ち、違うぞっ!今のは言葉の綾というやつでな――」
「……うぅ……あぅ……あぅ……」
「――…?」
「その、あの、その、あの……」
涙目で口をぱくぱくさせているだけだ。
何かを訴えかけるような懸命な表情だが……その口から具体的に意味を持った言葉が紡がれることはない。
「……う、うぅ~~~っ!!」
「いや……マジでなんなんだ…?」
怒ったように、すねたように唸る響古。
ひどく動揺して言葉が出ない仕草に、さすがの男鹿もちょっと困惑気味だ。
その時、ベル坊が勢いよく起き上がった。
「坊っちゃま…」
「ベル坊?」
きつめの顔立ちは、あまりにぎこちない。
表情、というよりはただの顔の運動といった感じで、ぐるりと巡らせるその姿は、無機質なものまで感じさせる。
そして男鹿、響古、古市、ヒルダ――その場にいる全員が息を呑んだ瞬間。
ベル坊は両腕を広げて響古へと抱きついた。
「えっ――!?」
響古が目を丸くし、
「なっ――!!」
男鹿が衝撃に表情を揺らす。
ベル坊は、んちゅ~…という音が聞こえてきそうな熱烈な口づけの後で。
「ダーー!!」
それは『大好き!!』であるわけで。
『はぁっっっ!!?』
全員のあげた大声が揃ったのだった。
えへへ、という感じで嬉しそうに微笑んでいるベル坊の顔を、響古は間近から見つめる。
「わ、やめて待った待ったストップ!ええと、これはどうすれば……んぐっ」
ベル坊がまたしても唇を寄せてきて、響古は慌てて離れようとするけど、腕力はまるで重機か何かのごとく、びくともしない。
んー……と、ベル坊が迫って、また口づけされそうになって。
「な――」
怒鳴り声が響き渡る。
「ない、な、何してやがる、オレの響古に、ベル坊ーーーっ!!」
響古が制止するよりも早く、真っ赤になった男鹿が必死の形相で手を伸ばし、ベル坊の襟首を乱暴にむんずと掴んだ。
掴もうとした。
けれどベル坊に触れた瞬間、
「ふんニ゛ャアァッ」
勢いよく立ち上がり、力ずくでズボンを脱ごうとする。
「やっぱりそれかっっ!!」
「おやめ下さい、坊っちゃまぁぁっっ!!どうか元に戻るまで、それだけはガマンをぉぉっっ!!!」
力任せに脱ごうとするベル坊を、男鹿とヒルダが必死で止める。
「だからベル坊、大勢の人の前で服を脱いじゃ――ひゃあああうっ!?」
我に返った響古だったがベル坊にしがみつかれ、ベッドへ転げ落ちた。
(なんだ、この画…)
ベル坊の動向を遠巻きから眺めていた古市はズボンを脱ごうとする少年を、侍女悪魔と赤ん坊が必死に止める光景に困惑する。
その時、部屋の扉が音を立てて開く。
「ベル坊、帰ってきたんだってー?」
「ベルちゃーん。おじいちゃんでちゅよー」
扉の向こうから美咲と父親が入ってきた。
二人は身体を重ね合っているベル坊と響古を見て気まずそうに頬を掻く。
「ジャ…ジャマだったかしら…」
そう言って、扉をゆっくりと閉めて立ち去った。
「待て待て、ジャマじゃないっ。ジャマじゃないって、おいっ!」
「遺憾だな…」
あらぬ誤解をされて男鹿は慌てふためき、ヒルダは眉間に皺を寄せる。
「アー」
気の抜けるような声をあげるベル坊と、完全密着状態で真っ赤な顔の響古。
「おい、ドブ男」
男鹿を抱き上げ、嫌そうに顔をしかめる。
が、外見は仕えるべき主人なので改めて言い直す。
「――む…いや…ドブ男っちゃま」
「ドブ男っちゃま!?」
「こうなれば、なんとしても早急に元に戻す方法を見つけねばならん」
湯気を噴き出し真っ赤になっている響古から引き剥がし、古市、アランドロン、ラミアと三人がかりでズボンを穿 かせる。
ベル坊も抵抗するが、男二人によって羽交い締めにされているので元通りにされた。
「あの男なら、何か知っているのだな?今から聞きに行くぞ」
ヒルダの脳裏に浮かぶは早乙女だ。
悪魔と対等上の契約を交わし使役する紋章使いであり、男鹿と響古の修業を指導したりと、謎多き人物である。
「どこに」
「む…」
しかし、彼がどこにいるかというと見当もつかない。
ヒルダは言葉を詰まらせる。
翌日、三人は制服に着替え、久しぶりに学校に登校する。
散々、服を嫌がっていたベル坊だけれど、今日はしっかりと学ランを着ていた。
相変わらず響古に抱きつく腕の力は緩まず、男鹿は頬を引きつらせる。
「クソ、ずっと響古にべったりじゃねぇか……!」
そんな呻き声なんて知ったことではないのか。
それとも、そもそも聞こえてすらいないのか。
「ダー」
響古を抱きしめるベル坊の腕にさらなる力が加わった。
勿論、強く抱きしめられたせいで、ぴったり彼の身体へと密着してしまっている。
「あのー、ベル坊?あんまりくっつかれると、歩きにくいというか……」
「アダ?」
呼ぶ声は甘えるように切なく。
ダメ押しのように、悲しげに眉を下げる。
「ああもう!あたしには理性の手綱を握れる自信がない!」
「――…そこはいつも通りではないか」
赤面した顔を覆う響古を、ヒルダが冷めた表情でつっこむ。
べったりくっつくベル坊に釈然としない思いを抱えながらも、元の身体に戻る方法へと話を変える。
「結局、学校かよ…」
「仕方なかろう。アランドロンですら、あの男の気配は辿れんというのだ」
「しかし、まぁ、ベル坊がガクラン着てくれてほっとしたぜ」
ベル坊の頭の上に乗る男鹿は、その居心地のよさに満足げにつぶやく。
「つか、ラクだなここ」
「アー」
「苦労したけどね…」
ホッと一安心する男鹿の台詞に、疲れた表情の響古が応える。
響古が何度も説得し、言い聞かせた結果、ベル坊はようやく服を着てくれた。
不意にベル坊が立ち止まる。
「ダブッ」
道端にあった犬の糞を発見した。
入れ替わっちゃいました
刑事ドラマにおける断末魔で、男鹿は身に起こった異変に混乱する。
「な、な…なんじゃ、こりゃぁぁぁっっ!!!」
犯人から撃たれた際に腹を押さえていた手についた血を見て叫ぶシーンは現在でも語り草となっている。
「スピーー」
ベッドでスヤスヤと眠るのは、間違いなく自分の身体。
改めて、少年は現在の姿をまじまじと見つめる。
――手、ちっちゃ…!!何、これ?
元々は、十代の少年の容姿であったというのに。
前よりも背が縮み、顔立ちも身体つきもはっきりと幼くなっている。
緑髪の赤ん坊と同じ姿だった。
――なんだ、これ!?
――悪魔と戦ってた所までは憶えてっけど、確か、ベル坊の力が流れこんで意識がぶっとんで…。
ナーガとの戦闘で、悪魔を倒すにはまだ力が足りないと考えた彼は、ベル坊の無尽蔵な魔力を増幅させるために、僅かに残ったミルクを飲み干した。
ベル坊の魂に憑依された男鹿の意識は途切れ、それからのことは一切、覚えていない。
――起きたらって――…おいおい。
――まさか、これって――…。
昏睡状態から目覚めた結果、このような姿となってしまった。
――ベル坊とオレ、中身入れ替わってる――…!!?
目を剥いて、自分の身体に起こった異変を確認する。
入れ替わりという現象自体が現実には見られないものだけに、二人同士の入れ替わりだけでも十分混乱するものである。
「も…もしかして……」
「オ…男鹿君…………っスか…?」
茫然とする響古と古市が、おそるおそる訊ねた。
二人の訝しげな視線を受けて、男鹿は硬直する。
衝撃の光景が生む思考の空白が、なんともいえない沈黙世界を形成し――。
「まっ…待てっ!!」
ヒルダのうろたえた大声が、その沈黙をった。
「どうしました?ヒルダさん…」
「う…うむ。待つのだ。まだだ。まだだぞ!?まだ心の準備が出来ておらん」
二人から背を向けて混乱しっぱなしの心を落ち着かせる。
「アメンボアカイナアイウエオ。ウキモニコエビモオヨイデル」
演劇の役者や声優、アナウンサーなどの発声練習・滑舌トレーニングに用いられる五十音の歌を唱え始めた。
やがて、覚悟を決めた表情で振り返る。
「よしっ、ばっちこいっっ!!」
「いや…オレオレ、オレだよ、オレ」
言葉に詰まりながらも言い張る男鹿の声はいつもより高音で、赤ん坊そのものだった。
—―…分かりづれぇ…。
一方、予想外の姿を目の当たりにして、古市とヒルダは愕然とし、響古はぐるぐるの涙目だった。
「――つまり」
ヒルダの声を聞きながら、男鹿は落ち着かなかった。
じろじろと向けられる、みんなの視線のせい。
それも多少の原因ではあるのだけれど、肝心な部分はそんな些細なことではなかった。
「昼間、融合した後遺症で、貴様と坊っちゃまの体が入れ替わってしまったと…そういうわけか…」
「多分な。くそ、動きづれーな、この体」
赤ん坊の身体で短くなった手足を何度も動かして確認する。
「そーいや、あの、おっさんも言ってたもんなー。使いすぎなとか…」
強力すぎるが故に早乙女から制限された魔王降ろし。
(――「ダメ。絶対」――)
なお、素っ裸なのは落ち着かないと言って、男鹿はついに服を着ていた。
「まさか、こんな事になるとは思わなかったけど…」
「――うむ。まぁ、なってしまったのは仕方ない――…が、問題は、いつまでこの状態が続くか…だな」
魔術的に、悪魔とのシンクロ率を防ぐための紋章術は、かなり高度で特殊な魔術になっており、契約者以外でしか発動しない。
だが、ミルクを飲むことで悪魔から与えられる無尽蔵の魔力をそのまま引き出せるぶん、力に呑まれて暴走してしまう。
それが今回、異変が起きて男鹿とベル坊、互いの身体が入れ替わったのだった。
「いかんせん、この様なケースは私も初めてで…どう対処したものか…」
「私もです。まさか、一生このままだったり」
ヒルダとラミアが難しい顔で話し合う。
「おいおいっ、冗談じゃねーぞ!!」
そこは無視できないと男鹿が割って入った。
「一生ってお前、こんな手じゃ響古を抱く事なんてできねーし、ピアノもひけねーじゃねーかっ!!」
「たわけがっ。私こそ、あんなドブが腐った様な男に仕えろというのか!!」
小さな両手を見せて主張する男鹿に、声を荒げて突っぱねるヒルダ。
その一方で。
「………………」
響古の時間は完全に止まってしまっていた。
「お姉様、どうしたのかしら……?」
「男鹿殿とベルゼ様の体が入れ替わって戸惑っているのでしょう」
ラミアの心配そうな声も、アランドロンの冷静そうな声も、もはや聞こえない。
いくら御霊鎮めの術をかけるとはいえ、ベル坊と唇を重ねてしまった自分の犯した罪に、響古の思考は完膚なきまでに白紙となってしまっていた。
「……ん?」
ふらふら~、と、まるで夢遊病者のように男鹿とヒルダのもとに歩み寄っていく。
「響古…お前も言ってやれよ。オレが一生こんな姿だと、満足にイチャイチャできねーって」
男鹿の前に立った響古に対し、思わずヒルダが身構え、後ずさる。
「ち、違うぞっ!今のは言葉の綾というやつでな――」
「……うぅ……あぅ……あぅ……」
「――…?」
「その、あの、その、あの……」
涙目で口をぱくぱくさせているだけだ。
何かを訴えかけるような懸命な表情だが……その口から具体的に意味を持った言葉が紡がれることはない。
「……う、うぅ~~~っ!!」
「いや……マジでなんなんだ…?」
怒ったように、すねたように唸る響古。
ひどく動揺して言葉が出ない仕草に、さすがの男鹿もちょっと困惑気味だ。
その時、ベル坊が勢いよく起き上がった。
「坊っちゃま…」
「ベル坊?」
きつめの顔立ちは、あまりにぎこちない。
表情、というよりはただの顔の運動といった感じで、ぐるりと巡らせるその姿は、無機質なものまで感じさせる。
そして男鹿、響古、古市、ヒルダ――その場にいる全員が息を呑んだ瞬間。
ベル坊は両腕を広げて響古へと抱きついた。
「えっ――!?」
響古が目を丸くし、
「なっ――!!」
男鹿が衝撃に表情を揺らす。
ベル坊は、んちゅ~…という音が聞こえてきそうな熱烈な口づけの後で。
「ダーー!!」
それは『大好き!!』であるわけで。
『はぁっっっ!!?』
全員のあげた大声が揃ったのだった。
えへへ、という感じで嬉しそうに微笑んでいるベル坊の顔を、響古は間近から見つめる。
「わ、やめて待った待ったストップ!ええと、これはどうすれば……んぐっ」
ベル坊がまたしても唇を寄せてきて、響古は慌てて離れようとするけど、腕力はまるで重機か何かのごとく、びくともしない。
んー……と、ベル坊が迫って、また口づけされそうになって。
「な――」
怒鳴り声が響き渡る。
「ない、な、何してやがる、オレの響古に、ベル坊ーーーっ!!」
響古が制止するよりも早く、真っ赤になった男鹿が必死の形相で手を伸ばし、ベル坊の襟首を乱暴にむんずと掴んだ。
掴もうとした。
けれどベル坊に触れた瞬間、
「ふんニ゛ャアァッ」
勢いよく立ち上がり、力ずくでズボンを脱ごうとする。
「やっぱりそれかっっ!!」
「おやめ下さい、坊っちゃまぁぁっっ!!どうか元に戻るまで、それだけはガマンをぉぉっっ!!!」
力任せに脱ごうとするベル坊を、男鹿とヒルダが必死で止める。
「だからベル坊、大勢の人の前で服を脱いじゃ――ひゃあああうっ!?」
我に返った響古だったがベル坊にしがみつかれ、ベッドへ転げ落ちた。
(なんだ、この画…)
ベル坊の動向を遠巻きから眺めていた古市はズボンを脱ごうとする少年を、侍女悪魔と赤ん坊が必死に止める光景に困惑する。
その時、部屋の扉が音を立てて開く。
「ベル坊、帰ってきたんだってー?」
「ベルちゃーん。おじいちゃんでちゅよー」
扉の向こうから美咲と父親が入ってきた。
二人は身体を重ね合っているベル坊と響古を見て気まずそうに頬を掻く。
「ジャ…ジャマだったかしら…」
そう言って、扉をゆっくりと閉めて立ち去った。
「待て待て、ジャマじゃないっ。ジャマじゃないって、おいっ!」
「遺憾だな…」
あらぬ誤解をされて男鹿は慌てふためき、ヒルダは眉間に皺を寄せる。
「アー」
気の抜けるような声をあげるベル坊と、完全密着状態で真っ赤な顔の響古。
「おい、ドブ男」
男鹿を抱き上げ、嫌そうに顔をしかめる。
が、外見は仕えるべき主人なので改めて言い直す。
「――む…いや…ドブ男っちゃま」
「ドブ男っちゃま!?」
「こうなれば、なんとしても早急に元に戻す方法を見つけねばならん」
湯気を噴き出し真っ赤になっている響古から引き剥がし、古市、アランドロン、ラミアと三人がかりでズボンを
ベル坊も抵抗するが、男二人によって羽交い締めにされているので元通りにされた。
「あの男なら、何か知っているのだな?今から聞きに行くぞ」
ヒルダの脳裏に浮かぶは早乙女だ。
悪魔と対等上の契約を交わし使役する紋章使いであり、男鹿と響古の修業を指導したりと、謎多き人物である。
「どこに」
「む…」
しかし、彼がどこにいるかというと見当もつかない。
ヒルダは言葉を詰まらせる。
翌日、三人は制服に着替え、久しぶりに学校に登校する。
散々、服を嫌がっていたベル坊だけれど、今日はしっかりと学ランを着ていた。
相変わらず響古に抱きつく腕の力は緩まず、男鹿は頬を引きつらせる。
「クソ、ずっと響古にべったりじゃねぇか……!」
そんな呻き声なんて知ったことではないのか。
それとも、そもそも聞こえてすらいないのか。
「ダー」
響古を抱きしめるベル坊の腕にさらなる力が加わった。
勿論、強く抱きしめられたせいで、ぴったり彼の身体へと密着してしまっている。
「あのー、ベル坊?あんまりくっつかれると、歩きにくいというか……」
「アダ?」
呼ぶ声は甘えるように切なく。
ダメ押しのように、悲しげに眉を下げる。
「ああもう!あたしには理性の手綱を握れる自信がない!」
「――…そこはいつも通りではないか」
赤面した顔を覆う響古を、ヒルダが冷めた表情でつっこむ。
べったりくっつくベル坊に釈然としない思いを抱えながらも、元の身体に戻る方法へと話を変える。
「結局、学校かよ…」
「仕方なかろう。アランドロンですら、あの男の気配は辿れんというのだ」
「しかし、まぁ、ベル坊がガクラン着てくれてほっとしたぜ」
ベル坊の頭の上に乗る男鹿は、その居心地のよさに満足げにつぶやく。
「つか、ラクだなここ」
「アー」
「苦労したけどね…」
ホッと一安心する男鹿の台詞に、疲れた表情の響古が応える。
響古が何度も説得し、言い聞かせた結果、ベル坊はようやく服を着てくれた。
不意にベル坊が立ち止まる。
「ダブッ」
道端にあった犬の糞を発見した。