バブ106
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ヒルダを追うべく、古市とラミアはすぐさま部屋を出る。
エレベーターに飛び込んで最上階のボタンと『閉』のボタンを連打。
分厚い扉が閉まる。
エレベーターはゆっくりとだが、気だるい上昇感と共に昇っていく。
やがて、エレベーターは小気味よい音と共に扉が開く。
開く時間も惜しむように全速力で走り出し、最上階の屋上に飛び込む。
「ヒルダさんっ!!」
息せき切って扉を開けた古市は愕然とする。
「――…て、いない…!?」
なんの変哲もないコンクリの平面に大穴が空いているだけで、ヒルダの姿はなかった。
「おいおいヒルダ。なんだ、こりゃ」
「ワォ、思ってたより、すっかり元気になってる」
侍女悪魔の姿が見当たらない代わりに、聞き慣れた声が届いた。
「せっかく、かっこよくかけつけたってのにボロボロじゃねーか、そこのエラホクロ。テメー、おいしいトコ全部、一人でもってく気か」
ツンツンとした髪形が特徴的ではあるが、恐ろしくつり上がった目つきのせいで人相が悪い。
県外最凶、ヤンキー率120%と呼ばれる不良校、石矢魔高校に所属。
その強さは校内でも有名で、最強と誉れ高いヤンキーである。
――…男鹿…。
そんな彼は、不釣り合いな赤ん坊を背負っている。
珍しい緑色の髪で、何故か素っ裸。
だが、その瞳の奥には力強い輝きが秘められている。
「なーんだ。ヒルダにボロボロにやられるなんて、なんか拍子抜け。あたしのにもやられちゃってたし」
もう一人は艶やかな黒髪を白いリボンで結い、腰に提げた刀を構える。
その服装は、ジャケットを羽織り下はズボンという男鹿と違って白衣に紺の袴姿。
その顔は美しく気高く、何より凛々しさに満ち溢れている。
――…響古…。
「まぁ、いい」
ニヤリと不敵に笑い、右腕を振りかぶる。
「あとはオレらに、ゆずって貰うぜ…」
不敵に笑う男鹿の手には、手足をピンとまっすぐ伸ばしたアランドロンが握られていた。
「アランドロン、武器みたいになっとる!!!」
武器のように使われている悪魔の格好に目を剥いた。
その大声に気づいて、屋上の手摺に器用に立っていた男鹿と地面に立つ響古は一斉に後ろを振り向く。
「お?」
「アレ?古市じゃん」
「何してんだ、お前、こんなトコで…」
久しぶりの旧友と対面して、二人は首を傾げた。
「じゃねーよっ!!」
不思議そうな顔をしてこちらを見てくる二人を前に、古市は怒鳴り散らす。
「お前らがいない間、こっちは、大変だったんだぞ!!」
「げっ…何アレ…」
するとラミアが、武器化したアランドロンを見て不審げに眉を寄せる。
「つーか、なんだそりゃ!!一体、どんな修業してきたんだよ!!」
「あ?何って…」
「悪魔の力の使い方、教わってきたんだよ」
「そーゆー使い方!?そーゆーカンジで使うんだ悪魔、木刀!?」
古市は、自分が響古の言葉を聞き間違えたのかと思った。
何故そんなことになったのか理解できなかっただけでなく、台詞の内容が頭にうまく入らなかったのである。
続くアランドロンがにこやかに微笑んだ。
「心配めされるな、貴之殿。私からお願いしたのです、何か力になりたい…と」
だが、その双眸には強い光が宿っている。
「結果、武器としてどんだけカスだよ!!お前も男鹿も!!」
「古市、アランドロンの思いをわかってあげなよ。みんなが頑張っている中で自分だけ足手まといなんて嫌じゃん」
きりりと引き締めた表情で響古は言い放ってみせる。
「わかりたくもねーよ!!もっと他にあっただろ!」
早速、響古のボケとも真面目とも判別しがたい台詞に古市は戸惑い半分、苛立ち半分につっこむ。
「それに――…体は許しても…」
古市に心配をかけさせたくないように、にっこりと笑いかける。
――心までは――…。
やけに古市に思い入れしてない?という反射的な疑問が響古の脳裏に浮かんだが、それを口にする愚は犯さなかった。
ただ、心の中で思っただけだ。
心配をかけさせたくないと思うのは当たり前かもしれないが、ここまで熱烈なのは珍しい。
しかし、この台詞は言い過ぎだった。
あるいは「やり過ぎだ」と表現すべきか。
熱に浮かされた眼差しを年下の少年に注ぐ悪魔。
次の瞬間、アランドロンを振りかざした男鹿は地を蹴り、空高く跳躍した。
「いくぜっ!!」
男鹿はアランドロンの足を掴んで、まるで剣か何かのように振り回す。
次元転送悪魔を、まるで道具扱いだった。
――魔剣、アランドロン。
ためらいなく振り下ろされたアランドロンを、ヘカドスは上から被せるようなカウンターを合わせる。
――タ…タカユキ…。
拳がアランドロンの顔面にめり込むと同時に、悲鳴をあげながら派手に転がっていった。
「ばはぁっっ」
「ア…アランドロォオォォンッッ!!!」
男鹿は悲痛な叫び声をあげる。
しばらくの間、不思議な沈黙が屋上を包み込む。
そして――。
「あはは…」
曖昧に笑う響古の笑い声が虚しく響く。
あっさりと武器の役目を終えてしまった悪魔。
やはりというか男鹿の破天荒な行動に、古市とラミアの視線と表情は氷のごとく冷え切っていた。
「てめぇ…よくもアランドロンを…ゆるさんっ」
仲間からの冷え切った態度に対して、男鹿は悔しげに奥歯を噛みしめる。
相も変わらず彼氏の感覚のズレっぷりに苦笑いしかできない響古の耳に、
「――…下らん…茶番だな…」
ヘカドスの嘲弄が聞こえた。
次の瞬間には二人から背を向け、気力が失せたようなことを言い放つ。
「失せろ。もはや、貴様に用はない」
「あ?」
「貴様程度、いつでも殺せると言ってるのだ。まずは侍女悪魔、その次は、あの紋章使い だ」
ようやく男鹿の方に目を向けた。
今度は、見下した笑みを浮かべて。
――男鹿なんか眼中にねーってか…?
いかに彼が不良で素行が悪かろうが、
「あ゙?」
古市はぴくりと片眉を跳ね上げ、青筋を立てる。
響古が、黒い瞳の光を強めて身構えるが、ヘカドスの顔を見て緊張感を取り戻す。
ヘカドスは顔から笑みを消して眉間に皺を寄せている。
「あの夜は勝ちだと思うな。邪魔さえ入らなければ……今度こそ、お前を殺す」
「マ゙ーーーっ!!!」
突如、ベル坊が怒りに任せて喚く。
一介の悪魔に格下と見られている魔王の直系としての屈辱。
響古ばかり注目して、男鹿など眼中にない赤ん坊としての侮辱。
ベル坊の悔しそうな顔に、怒りから罵声が飛ぶ。
「マ゙マ゙マ゙ーーマ゙マ゙マ゙ーッ!!」
「待てよ、ベル坊」
ヒートアップするベル坊を制止させ、上目遣いに表情を窺う響古の髪を軽くかき乱すように撫でる。
彼女は目を見開き、すぐにぴんと背筋を伸ばして……ヒルダに声をかける。
「ヒルダ。悪いんだけど、譲ってくれない?」
「こいつはオレ達だけでやりてーんだ」
続けて男鹿も言う。
「頼むわ」
「ダ」
凶悪な笑みと凛々しい微笑み、ベル坊の勇ましい眼差しがヒルダに向けられる。
――坊っちゃま…。
ヒルダは一瞬だけ驚いた顔をしたが、フッと顔を綻ばせた。
「――フン、よかろう」
まるで何かを悟ったかのような落ち着きぶりだ。
――いつのまにか、たくましい表情 になられた…。
ヒルダがヘカドスとの勝負を退き、代わりに男鹿と響古が前に躍り出る。
「完膚なきまでに叩きのめすがよい」
「おう」
「うん」
侍女悪魔の声に後押しされ、二人は倒すべき敵のリベンジに立った。
「それと響古」
「ん?」
不意に呼ばれて、響古は振り向く。
ヒルダは強く笑って、細い剣を掲げた。
「この剣に残っていた僅かばかりの力、借りたぞ」
なんの話かわからず、男鹿と顔を見合わせる。
ヒルダは期待する。
そして響古は、期待を違 えなかった。
「それにしても、ずいぶん派手にやったみたいだね」
明るい笑みを浮かべた顔の中で、鋭い眼差しでヘカドスを見据える。
「バカが…」
ついにヘカドスは静かな殺気を瞳に宿し、魔力を高める。
「一発で終わらせてやるよ。その目障りな三文芝居」
次の瞬間、ヘカドスを中心に高まっていた魔力が周囲に拡大拡散しながら展開。
爆発的に解放された。
「なっ…なんという魔力…!!これが、彼の本当の力というわけですか……!!」
ヘカドスに殴られたアランドロンが起き上がりご丁寧にも解説する。
下ろしたてだったであろうタンクトップや下着はすり切れて汚れて、もはや新調した見る影もなかった。
(うぜえ…)
もはや、呆れるしかない古市とラミアであった。
巻き起こる魔力の突風に、男鹿と響古の髪がなぶられる。
ショートの男鹿はともかく、響古の長い黒髪はかなりひどい状態になっていたが、彼女は軽く手櫛を通すだけで済ませた。
「どうやらアイツも、本気で来るみたいだな」
「でも、負けるつもりはないんでしょ?」
「当たり前だ」
今も魔力の上昇は続いている。
だが二人の顔に、焦りの色は見られない。
「悪いけどよ。今回…てめーのターンはなしだ」
男鹿が手をかざした直後、二人へ襲いかかる魔力の突風が弾き返された。
「なんだ…!?」
魔力の放出が弾き飛ばされた中で、古市とラミアは何が起こったのか理解できず愕然としている。
その場にいる誰もが、何が起こったのか理解できず愕然としている――という状態ではない。
絶句して立ち尽くしているのは一般人の古市と医者のラミアだけだ。
――これは――…。
ヘカドスも目を丸くしているが、それほど衝撃を受けたという表情ではない。
驚いていることは驚いているが、むしろ自分の身体に出現した紋章に気を取られていた。
――以前、あの紋章使いが使った技――…!!
胸の中央に、悪魔と契約した際に刻まれる紋章が出現。
これから彼がやろうとしている危険な兆候を嗅ぎ取って、ナーガは顔色を変える。
「まさか…」
「そいつは目印だ」
左手を前に突き出し、術式をヘカドスに刻み込む。
「今からそこに」
そして右手を強く強く握りしめ、殴る体勢に備える。
「しこたま、ぶちこんでやる為のな」
師匠――早乙女が言うには、ダメージを与える際、一番大切なのは与えた衝撃を逃がさないこと。
景気よく音が響くようでは三流。
一流は、響く音を出すだけのエネルギーすらも対象を壊す力として使える。
勿論早乙女のように達人じゃないが、それに近づけようと努力することができる。
そのためのコツは3つだけ。
速く、強く、正確に。
最短の時間に、最大の威力で、最高の精度で送り込むこと。
「なっ…」
ヘカドスは全身をすくませる。
彼の目には男鹿が死神のように見えたのだろうか、その顔はあまりの恐怖に歪んでしまっている。
殴る以前に、気迫に気圧されている。
極限まで見開かれた瞳は、焦点がブレて霧散している。
「逃げられると思う?」
滑るように響古は背後へ跳んだ。
助走一つない、ただ膝を曲げ、体重をスライドさせただけの歩法。
いわゆる軽功とも呼ばれる"能力とは関係のない"体術。
それで獰猛な獣に挨拶でもするように背後に回ると同時に、腰に提げた刀の柄に手をかけるまでのサービスもつける。
「…貴様っ」
魔王の末子の契約者。
そして、自分を戦闘不能にまでさせた底知れない少女。
ヘカドスが最も警戒していた人物。
「一歩でも動くと…斬る」
ヘカドスを呼び止める響古の声は、それほど強いものではなかった。
少なくとも、逃走を試みている者の足をすくませる迫力はない。
ヘカドスが足をもつされせてしまったのは、その声と共に構える刀が原因だった。
「何を…っ」
刀の柄に手をかけ、いつでも抜き打てる構えを崩さない。
一瞬の油断で一刀両断される。
身動きが取れないヘカドスめがめけてその中心、みぞおちに杭でも打ち込むように――。
「らぁぁああぁぁっっっ!!」
全体重をかけた正拳突き。
響古が邪魔で後退できない悪魔にかつてない災厄が襲いかかった。
異常な圧力を伴いながら、拳が彼の鎧のように鍛え上げられた身体を強引にぶち破る。
呼吸が止まる。
息の仕方を忘れたのではないかと思えるほど呼吸が止まる。
いくら男鹿が人間と言えど、狙いを一点に絞り、全身の勢いを練り上げる最大出力の心臓破り。
こんなのもらえば、悪魔でもお陀仏だ。
「まだだよ」
怯んだ隙に雑念を消し拳に力を集中させるために、ヘカドスの肩を掴んで間合いに入る。
「おぉぉぉおおぉぉおお」
男鹿は雄叫びをあげると、よろめくヘカドスに力の入った拳打を浴びせる。
最速で拳を腹に送り込むだけの作業だ。
「らぁああぁァァあアアアアッ!!!」
喉の奥から迸る叫び声。
感情のままに、今までの鬱憤を晴らすかのように乱打していく。
胸を押さえることもできず、脳も麻痺し、視界が揺れ、地面が傾いているように見える。
文句なく『死にかけた』一撃だった。
数十発、いや百発以上も殴られ続けたヘカドスは遥か彼方へ吹き飛ばされてしまった。
瞬間、刻まれた紋章が輝き始め、ぐっと拳を握りしめて男鹿の必殺技が発動する。
「新必殺、魔王の烙印 」
体内で練り込まれた術式をヘカドスにぶち込むイメージにより、大爆発を起こした。
あまりの無慈悲っぷりに古市とラミア、ヒルダでさえも大口を開けた。
――説明しよう――…魔王の烙印とは、殴りたい人にゼブルスペルを乗せボッコボコに殴るとあら不思議、殴った分だけ爆発力が増すというとてもステキな技である!!
まさに、男鹿にしかできない芸当だった。
「借りは返したぜ」
「ダ!!」
宣言通り一発で終わらせた。
屋上に静寂が流れる。
――な…なんつー恐ろしい…。
古市は、残虐かつ非道な必殺技を考えた男鹿に恐れを抱き、思わず後ずさる。
「さぁて、次はてめぇらだ」
残りの二人を指差し、男鹿は傲慢に告げる。
「安心しろよ。次の技は二人まとめて相手出来っからよ」
「――…フゥン」
仲間が一人倒されたというのに、グラフェルは余裕そうに鼻を鳴らす。
エレベーターに飛び込んで最上階のボタンと『閉』のボタンを連打。
分厚い扉が閉まる。
エレベーターはゆっくりとだが、気だるい上昇感と共に昇っていく。
やがて、エレベーターは小気味よい音と共に扉が開く。
開く時間も惜しむように全速力で走り出し、最上階の屋上に飛び込む。
「ヒルダさんっ!!」
息せき切って扉を開けた古市は愕然とする。
「――…て、いない…!?」
なんの変哲もないコンクリの平面に大穴が空いているだけで、ヒルダの姿はなかった。
「おいおいヒルダ。なんだ、こりゃ」
「ワォ、思ってたより、すっかり元気になってる」
侍女悪魔の姿が見当たらない代わりに、聞き慣れた声が届いた。
「せっかく、かっこよくかけつけたってのにボロボロじゃねーか、そこのエラホクロ。テメー、おいしいトコ全部、一人でもってく気か」
ツンツンとした髪形が特徴的ではあるが、恐ろしくつり上がった目つきのせいで人相が悪い。
県外最凶、ヤンキー率120%と呼ばれる不良校、石矢魔高校に所属。
その強さは校内でも有名で、最強と誉れ高いヤンキーである。
――…男鹿…。
そんな彼は、不釣り合いな赤ん坊を背負っている。
珍しい緑色の髪で、何故か素っ裸。
だが、その瞳の奥には力強い輝きが秘められている。
「なーんだ。ヒルダにボロボロにやられるなんて、なんか拍子抜け。あたしのにもやられちゃってたし」
もう一人は艶やかな黒髪を白いリボンで結い、腰に提げた刀を構える。
その服装は、ジャケットを羽織り下はズボンという男鹿と違って白衣に紺の袴姿。
その顔は美しく気高く、何より凛々しさに満ち溢れている。
――…響古…。
「まぁ、いい」
ニヤリと不敵に笑い、右腕を振りかぶる。
「あとはオレらに、ゆずって貰うぜ…」
不敵に笑う男鹿の手には、手足をピンとまっすぐ伸ばしたアランドロンが握られていた。
「アランドロン、武器みたいになっとる!!!」
武器のように使われている悪魔の格好に目を剥いた。
その大声に気づいて、屋上の手摺に器用に立っていた男鹿と地面に立つ響古は一斉に後ろを振り向く。
「お?」
「アレ?古市じゃん」
「何してんだ、お前、こんなトコで…」
久しぶりの旧友と対面して、二人は首を傾げた。
「じゃねーよっ!!」
不思議そうな顔をしてこちらを見てくる二人を前に、古市は怒鳴り散らす。
「お前らがいない間、こっちは、大変だったんだぞ!!」
「げっ…何アレ…」
するとラミアが、武器化したアランドロンを見て不審げに眉を寄せる。
「つーか、なんだそりゃ!!一体、どんな修業してきたんだよ!!」
「あ?何って…」
「悪魔の力の使い方、教わってきたんだよ」
「そーゆー使い方!?そーゆーカンジで使うんだ悪魔、木刀!?」
古市は、自分が響古の言葉を聞き間違えたのかと思った。
何故そんなことになったのか理解できなかっただけでなく、台詞の内容が頭にうまく入らなかったのである。
続くアランドロンがにこやかに微笑んだ。
「心配めされるな、貴之殿。私からお願いしたのです、何か力になりたい…と」
だが、その双眸には強い光が宿っている。
「結果、武器としてどんだけカスだよ!!お前も男鹿も!!」
「古市、アランドロンの思いをわかってあげなよ。みんなが頑張っている中で自分だけ足手まといなんて嫌じゃん」
きりりと引き締めた表情で響古は言い放ってみせる。
「わかりたくもねーよ!!もっと他にあっただろ!」
早速、響古のボケとも真面目とも判別しがたい台詞に古市は戸惑い半分、苛立ち半分につっこむ。
「それに――…体は許しても…」
古市に心配をかけさせたくないように、にっこりと笑いかける。
――心までは――…。
やけに古市に思い入れしてない?という反射的な疑問が響古の脳裏に浮かんだが、それを口にする愚は犯さなかった。
ただ、心の中で思っただけだ。
心配をかけさせたくないと思うのは当たり前かもしれないが、ここまで熱烈なのは珍しい。
しかし、この台詞は言い過ぎだった。
あるいは「やり過ぎだ」と表現すべきか。
熱に浮かされた眼差しを年下の少年に注ぐ悪魔。
次の瞬間、アランドロンを振りかざした男鹿は地を蹴り、空高く跳躍した。
「いくぜっ!!」
男鹿はアランドロンの足を掴んで、まるで剣か何かのように振り回す。
次元転送悪魔を、まるで道具扱いだった。
――魔剣、アランドロン。
ためらいなく振り下ろされたアランドロンを、ヘカドスは上から被せるようなカウンターを合わせる。
――タ…タカユキ…。
拳がアランドロンの顔面にめり込むと同時に、悲鳴をあげながら派手に転がっていった。
「ばはぁっっ」
「ア…アランドロォオォォンッッ!!!」
男鹿は悲痛な叫び声をあげる。
しばらくの間、不思議な沈黙が屋上を包み込む。
そして――。
「あはは…」
曖昧に笑う響古の笑い声が虚しく響く。
あっさりと武器の役目を終えてしまった悪魔。
やはりというか男鹿の破天荒な行動に、古市とラミアの視線と表情は氷のごとく冷え切っていた。
「てめぇ…よくもアランドロンを…ゆるさんっ」
仲間からの冷え切った態度に対して、男鹿は悔しげに奥歯を噛みしめる。
相も変わらず彼氏の感覚のズレっぷりに苦笑いしかできない響古の耳に、
「――…下らん…茶番だな…」
ヘカドスの嘲弄が聞こえた。
次の瞬間には二人から背を向け、気力が失せたようなことを言い放つ。
「失せろ。もはや、貴様に用はない」
「あ?」
「貴様程度、いつでも殺せると言ってるのだ。まずは侍女悪魔、その次は、あの
ようやく男鹿の方に目を向けた。
今度は、見下した笑みを浮かべて。
――男鹿なんか眼中にねーってか…?
いかに彼が不良で素行が悪かろうが、
「あ゙?」
古市はぴくりと片眉を跳ね上げ、青筋を立てる。
響古が、黒い瞳の光を強めて身構えるが、ヘカドスの顔を見て緊張感を取り戻す。
ヘカドスは顔から笑みを消して眉間に皺を寄せている。
「あの夜は勝ちだと思うな。邪魔さえ入らなければ……今度こそ、お前を殺す」
「マ゙ーーーっ!!!」
突如、ベル坊が怒りに任せて喚く。
一介の悪魔に格下と見られている魔王の直系としての屈辱。
響古ばかり注目して、男鹿など眼中にない赤ん坊としての侮辱。
ベル坊の悔しそうな顔に、怒りから罵声が飛ぶ。
「マ゙マ゙マ゙ーーマ゙マ゙マ゙ーッ!!」
「待てよ、ベル坊」
ヒートアップするベル坊を制止させ、上目遣いに表情を窺う響古の髪を軽くかき乱すように撫でる。
彼女は目を見開き、すぐにぴんと背筋を伸ばして……ヒルダに声をかける。
「ヒルダ。悪いんだけど、譲ってくれない?」
「こいつはオレ達だけでやりてーんだ」
続けて男鹿も言う。
「頼むわ」
「ダ」
凶悪な笑みと凛々しい微笑み、ベル坊の勇ましい眼差しがヒルダに向けられる。
――坊っちゃま…。
ヒルダは一瞬だけ驚いた顔をしたが、フッと顔を綻ばせた。
「――フン、よかろう」
まるで何かを悟ったかのような落ち着きぶりだ。
――いつのまにか、たくましい
ヒルダがヘカドスとの勝負を退き、代わりに男鹿と響古が前に躍り出る。
「完膚なきまでに叩きのめすがよい」
「おう」
「うん」
侍女悪魔の声に後押しされ、二人は倒すべき敵のリベンジに立った。
「それと響古」
「ん?」
不意に呼ばれて、響古は振り向く。
ヒルダは強く笑って、細い剣を掲げた。
「この剣に残っていた僅かばかりの力、借りたぞ」
なんの話かわからず、男鹿と顔を見合わせる。
ヒルダは期待する。
そして響古は、期待を
「それにしても、ずいぶん派手にやったみたいだね」
明るい笑みを浮かべた顔の中で、鋭い眼差しでヘカドスを見据える。
「バカが…」
ついにヘカドスは静かな殺気を瞳に宿し、魔力を高める。
「一発で終わらせてやるよ。その目障りな三文芝居」
次の瞬間、ヘカドスを中心に高まっていた魔力が周囲に拡大拡散しながら展開。
爆発的に解放された。
「なっ…なんという魔力…!!これが、彼の本当の力というわけですか……!!」
ヘカドスに殴られたアランドロンが起き上がりご丁寧にも解説する。
下ろしたてだったであろうタンクトップや下着はすり切れて汚れて、もはや新調した見る影もなかった。
(うぜえ…)
もはや、呆れるしかない古市とラミアであった。
巻き起こる魔力の突風に、男鹿と響古の髪がなぶられる。
ショートの男鹿はともかく、響古の長い黒髪はかなりひどい状態になっていたが、彼女は軽く手櫛を通すだけで済ませた。
「どうやらアイツも、本気で来るみたいだな」
「でも、負けるつもりはないんでしょ?」
「当たり前だ」
今も魔力の上昇は続いている。
だが二人の顔に、焦りの色は見られない。
「悪いけどよ。今回…てめーのターンはなしだ」
男鹿が手をかざした直後、二人へ襲いかかる魔力の突風が弾き返された。
「なんだ…!?」
魔力の放出が弾き飛ばされた中で、古市とラミアは何が起こったのか理解できず愕然としている。
その場にいる誰もが、何が起こったのか理解できず愕然としている――という状態ではない。
絶句して立ち尽くしているのは一般人の古市と医者のラミアだけだ。
――これは――…。
ヘカドスも目を丸くしているが、それほど衝撃を受けたという表情ではない。
驚いていることは驚いているが、むしろ自分の身体に出現した紋章に気を取られていた。
――以前、あの紋章使いが使った技――…!!
胸の中央に、悪魔と契約した際に刻まれる紋章が出現。
これから彼がやろうとしている危険な兆候を嗅ぎ取って、ナーガは顔色を変える。
「まさか…」
「そいつは目印だ」
左手を前に突き出し、術式をヘカドスに刻み込む。
「今からそこに」
そして右手を強く強く握りしめ、殴る体勢に備える。
「しこたま、ぶちこんでやる為のな」
師匠――早乙女が言うには、ダメージを与える際、一番大切なのは与えた衝撃を逃がさないこと。
景気よく音が響くようでは三流。
一流は、響く音を出すだけのエネルギーすらも対象を壊す力として使える。
勿論早乙女のように達人じゃないが、それに近づけようと努力することができる。
そのためのコツは3つだけ。
速く、強く、正確に。
最短の時間に、最大の威力で、最高の精度で送り込むこと。
「なっ…」
ヘカドスは全身をすくませる。
彼の目には男鹿が死神のように見えたのだろうか、その顔はあまりの恐怖に歪んでしまっている。
殴る以前に、気迫に気圧されている。
極限まで見開かれた瞳は、焦点がブレて霧散している。
「逃げられると思う?」
滑るように響古は背後へ跳んだ。
助走一つない、ただ膝を曲げ、体重をスライドさせただけの歩法。
いわゆる軽功とも呼ばれる"能力とは関係のない"体術。
それで獰猛な獣に挨拶でもするように背後に回ると同時に、腰に提げた刀の柄に手をかけるまでのサービスもつける。
「…貴様っ」
魔王の末子の契約者。
そして、自分を戦闘不能にまでさせた底知れない少女。
ヘカドスが最も警戒していた人物。
「一歩でも動くと…斬る」
ヘカドスを呼び止める響古の声は、それほど強いものではなかった。
少なくとも、逃走を試みている者の足をすくませる迫力はない。
ヘカドスが足をもつされせてしまったのは、その声と共に構える刀が原因だった。
「何を…っ」
刀の柄に手をかけ、いつでも抜き打てる構えを崩さない。
一瞬の油断で一刀両断される。
身動きが取れないヘカドスめがめけてその中心、みぞおちに杭でも打ち込むように――。
「らぁぁああぁぁっっっ!!」
全体重をかけた正拳突き。
響古が邪魔で後退できない悪魔にかつてない災厄が襲いかかった。
異常な圧力を伴いながら、拳が彼の鎧のように鍛え上げられた身体を強引にぶち破る。
呼吸が止まる。
息の仕方を忘れたのではないかと思えるほど呼吸が止まる。
いくら男鹿が人間と言えど、狙いを一点に絞り、全身の勢いを練り上げる最大出力の心臓破り。
こんなのもらえば、悪魔でもお陀仏だ。
「まだだよ」
怯んだ隙に雑念を消し拳に力を集中させるために、ヘカドスの肩を掴んで間合いに入る。
「おぉぉぉおおぉぉおお」
男鹿は雄叫びをあげると、よろめくヘカドスに力の入った拳打を浴びせる。
最速で拳を腹に送り込むだけの作業だ。
「らぁああぁァァあアアアアッ!!!」
喉の奥から迸る叫び声。
感情のままに、今までの鬱憤を晴らすかのように乱打していく。
胸を押さえることもできず、脳も麻痺し、視界が揺れ、地面が傾いているように見える。
文句なく『死にかけた』一撃だった。
数十発、いや百発以上も殴られ続けたヘカドスは遥か彼方へ吹き飛ばされてしまった。
瞬間、刻まれた紋章が輝き始め、ぐっと拳を握りしめて男鹿の必殺技が発動する。
「新必殺、
体内で練り込まれた術式をヘカドスにぶち込むイメージにより、大爆発を起こした。
あまりの無慈悲っぷりに古市とラミア、ヒルダでさえも大口を開けた。
――説明しよう――…魔王の烙印とは、殴りたい人にゼブルスペルを乗せボッコボコに殴るとあら不思議、殴った分だけ爆発力が増すというとてもステキな技である!!
まさに、男鹿にしかできない芸当だった。
「借りは返したぜ」
「ダ!!」
宣言通り一発で終わらせた。
屋上に静寂が流れる。
――な…なんつー恐ろしい…。
古市は、残虐かつ非道な必殺技を考えた男鹿に恐れを抱き、思わず後ずさる。
「さぁて、次はてめぇらだ」
残りの二人を指差し、男鹿は傲慢に告げる。
「安心しろよ。次の技は二人まとめて相手出来っからよ」
「――…フゥン」
仲間が一人倒されたというのに、グラフェルは余裕そうに鼻を鳴らす。