バブ103~105
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場所を聞き出すことさえ困難だったにもかかわらず、あっさりと焔王を見つけてしまい茫然自失する古市とラミア。
それもそのはず、部屋の隣というあまりにも身近な場所にいたからだ。
「え…焔王…」
待ちくたびれていた焔王も、買い物から帰ってきたヨルダも二人の姿を認めると硬直する。
「――…い」
古市は震える指で焔王を差し、ラミアと一緒に大声で叫んだ。
「「いたぁぁぁぁぁっっっ」」
「ちょっ…ちょっと大きな声で…」
「「えっらい近くにいたぁぁぁぁああっっっ!!!」」
慌てふためくヨルダをよそに、裏返った叫び声を響かせながら混乱する二人。
「何騒いでんのよ、古市。朝ごはん買ってきたの?」
何やら外が騒がしいと訝しんだ寧々が玄関のドアを開けて顔を出す。
そこには……誰もいなかった。
買い出しに戻ってきたと思いきや、無人の廊下に寧々は疑問符を浮かべる。
「あら?」
「どうしました?」
「いや、声がしたと思ったんだけど…」
千秋の問いかけに答える寧々は首を傾げながらドアを閉めた。
「「~~~~~~~っ」」
隣の部屋に押し込まれた二人はヨルダに口をふさがれてくぐもった声を出す。
「ごめんなさいね。せっかく出来た坊っちゃまのゲーム相手ですもの。大人しくしてくれたら危害は加えないわ」
ヨルダは危害は加えないと言うが、いまいち信用できない。
だが、それよりも……。
――いやいやいや大人しく?ゲーム相手?
――何言ってんだこの人、姫川先輩の部屋だぞここ!?
――いくら、普段使ってないとはいえ――…。
買い物から戻ってきたヨルダをリビングで待っていたイザベラが出迎える。
「お帰りなさい」
――まさか、本当に――…。
玄関からリビングにつながる廊下を歩いて、視界に飛び込んできた光景に古市は愕然とした。
「あら…」
――…ずっと隣の部屋にいたのかよ…。
驚きすぎて動揺しまくった古市は、刹那の硬直の後、崩れ落ちるように膝をついてうなだれた。
バブ103
隣は何をする人ぞ!?
広いリビングに足を踏み入れた古市が見たのは、ゴミの山。
お菓子類の残骸や脱ぎ捨てた衣服。
見る場所、全てが散らかっている。
――住みついて、まじで一週間ってとこか。
――まぁ、確かに考えてみりゃ、こんなに理想的な場所もねーわな…広いし、ゲーム設備は完璧だし。
散らかったゴミの山と、見た限りの無惨なありさまを前にした古市は思わず顔をしかめる。
――てゆーか部屋、汚 ぇー。
――侍女悪魔3人もいて何してんだよ。
数々の疑問に翻弄されつつ散らかり放題であるリビングの様子を観察していると、イザベラが口火を切った。
「あなたは確か…ベルゼ様の契約者・男鹿と篠木とかいう人間の友人でしたわね…」
「はぁ」
「確か、名前は」
「ふるちんっ!!」
記憶を手繰り寄せるイザベラの前に、サテュラの大きな声が響き渡った。
「あれ?違うっけ?」
皆の視線を受けたサテュラは、悪意のない顔を向ける。
微妙に合ってないとか惜しいとかいう問題ではない。
完全にアウトである。
「すいません、今なんて…?」
「ふるちん」
「え?もう一回」
にやけるといよりむしろ真剣な顔つきで古市は復唱させる。
「ふるちん?」
「やめなさい」
アウトな単語を繰り返し言わせる古市を、頬を赤く染めるラミアが止めさせようとする。
「失敬なっ!!古市です!!」
内心では満足して非常にスッキリしながらも表情は遺憾の意を表す。
「急にっ!?」
「ヒルダに頼まれたのですか?」
イザベラに、静かな声音でそう切り返され、二人はぐっと押し黙る。
「ラミア…あなたも久しぶりですね。二人が何をしに来たかは、まぁ大体、察しがつきますが」
そこでイザベラは思わせぶりに言葉を切ると、ラミアに向き直る。
「焔王坊っちゃまにまた会いにきてくれて嬉しいわ。少し背が伸びたかしら?」
まるで自分から会いに来たような台詞を放ち、相変わらずチビだなと笑顔の裏で嘲笑う。
それを聞いて、ラミアの眉がきつくつり上がった。
怒鳴りたいのをかろうじて堪え、挑戦的に返す。
「はい。ちょっと見つかるまでが大変でしたけどね」
言葉の刃がちりばめられた緊張感溢れる会話と冷たく燃え上がる空気。
睨み合う女達の険悪な空気を察して、悪寒が走る。
(あれ?何、この空気……こわっ、女こわっ!!)
「にしても、ちょっと見つかんのはえーよなー。だから、もっとちゃんと変装しろっつったんだよ、ヨルダは」
「していったじゃない――それに、アンタの用意したヒゲメガネじゃよけい目立つでしょ」
そう言うなり、ヨルダはその場でスーツを脱いで下着姿となっていて、
「うおっ」
思わぬ光景に古市は動揺する。
「つか、むこうで着がえろよ」
サテュラは、堂々と服を脱ぐ彼女に同じ女性として顔を歪めた。
「あらぁ、ごめんなさい。そっちの男の子にはちょっと刺激が強すぎたかしら」
ブラのホックを外すヨルダは馴染みのメイド服へと着替える途中で、色っぽい流し目を送る。
「いえっ!!」
真っ白い背中とレースつきの下着を網膜に焼きつけ、凛々しい表情をつくる(古市は心のシャッターを切った)。
「あの女はあいかわらず」
「全く気にせずどうぞ続けて下さい」
呆れ顔のラミアはそこで気持ちを切り替える。
――っていうか、何、このぬるい空気――…私達に見つかったのに、まったくあわてるそぶりがない…。
――どういうつもり――…?
「ところで、焔王坊っちゃんは?さっき、そこにいましたよね?」
「あぁ…坊っちゃまは、ああ見えてシャイですから」
イザベラの言葉に疑問符を浮かべたその時、彼女達の主人はいた。
リビングに入るドアから顔を覗かせていたのだ。
うっすらと顔を赤らめる頬には、普段の偉そうな態度は見当たらない。
むしろどこか恥ずかしそうにもじもじとしている。
「ラ…ラミア」
――も、もじもじしてらっしゃる…!!
「はい…」
唇をごく動かして、かすれ声で答えると、焔王は慌てて顔を引っ込めた。
そしてまた、顔だけ出してラミアの名前を呼ぶ。
「ラーミア」
「………」
戸惑う少女をよそに、顔を出しては引っ込めての繰り返し。
終始落ち着かない様子でこちらを見つめる焔王は、一体何がしたいのか。
「「………………」」
二人はどういう対応をすればいいのかわからない顔で硬直。
――焔王、面倒くせぇぇぇっっ!!
「だから言ったでしょ」
ラミアはうんざりしたように言うと、古市に顔を近づけて耳許で囁く。
「古市…やっぱりここは、いったん戻りましょ。私達だけで交渉を進めるのは危険だわ。まずはヒルダ姉様に報告よ」
「えー…でも、ここで帰ったらまた、行方くらまされるんじゃ」
頬も触れ合う近い距離で会話を交わすのを、焔王は見逃さなかった。
「むっ」
古市へびしりと指を突きつけて憤慨したように叫ぶ。
「こらーっ、人間っっ!!余の嫁になれなれしく近づくなっ!!燃やすぞっ!!」
「誰がよっ!!アンタはなれなれしい通りこして図々しいのよっ!!」
(なんか、いろいろ複雑だな…)
古市は思案顔になる。
ラミアに好意を寄せる焔王。
だが、当の少女はうっとうしげな思いで邪険にあしらっている。
「大体アンタ、お姉様の事も嫁にするとか言ってたじゃない!!」
「お姉様?誰の事を言っておる?」
「とぼけんじゃないわよ、響古お姉様の事よっ!!」
握り拳をつくってわなわなと震えるラミアに、焔王は笑顔で語る。
「おお、そうなのだ!響古は魔界でも見た事がない女子 じゃ。顔よし頭よし器量よしだから余にうってつけだと思わんか?」
「思わないわよっ!!お姉様はアンタなんかに釣り合わないわよっ!!」
物凄い剣幕で怒鳴り声をあげるラミア。
そんな少女の態度を見兼ねて、古市はためらいがちに訴える。
「つーか、いいのかよ。王族に、お前そんな口きいて」
その瞬間、イザベラが飲んでいた湯呑みに、
「はっ」
音もなくヒビが入った。
ニコニコと笑うイザベラ、自堕落に寝っ転がってゲームをするサテュラ、着替えを終えたヨルダ。
三人の侍女悪魔の間に撒き散る殺気。
やばい、と古市は真っ青になった。
――よくねぇぇぇぇぇっっ!!
――これ全然よくねぇぞぉぉぉっ!!!
恐れおののく古市の前で、ヒビの入った湯呑みからお茶が噴き出す。
――なんか知らんがこれ以上、あの坊っちゃんとラミアを絡ませるのはマズい気がする!!
これ以上この場にいるのは危険だと感じ、古市はラミアの意見を尊重する。
「ラミア!!帰ろう!!確かに、お前の言う通りだ!!いったん戻るぞ!!」
一刻も早く帰ろうとする彼の肩を強く強く、逃がしはしないわ、という意思表示を込めてヨルダが掴んだ。
おそるおそる振り返ると、氷のような笑みを貼りつけた彼女は恐ろしい言葉を紡ぐ。
「まぁまぁ、そういわず、せっかく来たんだからゲームでもしていきなさいよ」
――お…おぉう!?
「――うむ、そうじゃの、人間。かくなる上はそれしかなかろう…ラミアをかけて、余と、ゲーム勝負じゃ!!」
――おおおおおお!!?
「だからなんで私をかけてるのよ!!バカも休み休み言いなさいよ!!」
すっかり激昂したラミアは止まらない。
微笑みを絶やさないイザベラの怒りに呼応するように、湯呑みが真っ二つに割れた。
――ひゃっはーーっっ!!!
たちまちお茶がテーブルに溢れ、空気を揺らすような殺気が吹き寄せてきて、古市はすくみ上がってしまう。
古市とラミアが隣の部屋にいる頃。
買い出しから帰ってきた夏目と由加は不思議そうに首を傾げた。
「あれ?古市君とラミアちゃん、帰ってないの?おかしーな」
「ただいまーっス」
「一緒じゃなかったのか…」
未だ戻ってこない古市とラミアの行方を聞きながら、
「ハラへった」
神崎は買ってきた袋から食べ物をあさる。
「いや、途中まで一緒だったんだけど」
すると、携帯を手に何やら調べていた姫川が戻ってきた。
「お前ら…対戦相手の居場所をつきとめたぞ」
「姫ちゃん」
「マジかよ」
「あぁ、なんて事はねぇ。ネット上で対戦相手先の端末調べりゃ一発だったんだよ」
ネットゲームにつながっている相手の端末(携帯、パソコン機器)を調べれば簡単にわかること。
居場所を突き止めたはずなのに、姫川は苦笑を滲ませた。
「それより、どこだと思うよ。ちょっと笑えるぞ…?」
「隣っ!?」
一斉に外へ出た男達は意外な事実に驚きの声をあげた。
「まじかよ!?つか、隣もお前の部屋だろ!?」
「灯台下暗しというやつか…」
「気づかねーか、ふつう!!」
神崎の怒鳴り声や城山のつぶやきを聞きながら、ガチャガチャ鍵を開ける。
「あぁ、我ながらマヌケな話だぜ」
鍵を開ける動作すらも、もどかしいように苛立ちを募らせる姫川。
「ナメやがって――…悪魔野学園だかなんだか知らんが、出るトコ出て、きっちりカタつけてやるっ!!」
そして、足早に部屋に踏み入れるとリビングに通じる扉を勢いよく開け放った。
「おらぁっ、そこまでだっ!!人んちで、ずい分好き勝手してくれたなぁ!!」
そこは、殺風景な部屋だった。
彼がマンションを購入した時のまま。
「――…誰もいねぇぞ…?」
大口を開けて固まる姫川に対し、神崎は怪訝な顔をして聞く。
「おい」
だが、いくら問いかけても答えは返ってこなかった。
いきなり脇に抱えられたラミアは手足をばたつかせて訴える。
古市はラミアを抱えて、玄関めがけて駆け出していた。
「ちょっ、ちょっと古市!!どうする気!!下ろしなさいよ!!」
「うるせえっ、こーなったらなりふりかまってられっか、逃げるに決まってんだろ!!」
「無駄よ」
このまま逃げ去ろうとする古市の後ろから、ヨルダの声が届いた。
「無駄じゃねぇっっ。隣ゃ、みんながいんだっ!!」
向こう側に仲間達がいると期待して、彼は玄関の扉を開けた。
「…なっ」
その向こう側には、完全な暗闇が広がっていた。
本能的恐怖に駆られる闇を前に戦慄する。
「今、この部屋は外界から切り離した別次元にあるの。逃げられないし、助けもこないわ」
「――…本当よ」
余裕の態度を見せるヨルダの言葉に、床に足をつかせてラミアが苦々しくも肯定する。
「ヨルダはアランドロンと同じ…次元転送悪魔なの。その気になったら、逃げられりゃしないわ」
彼女はアランドロンと同じ、空間転移ができる次元転送悪魔。
古市の脳裏に、おっさんの顔が思い浮かびかけると、ヨルダは心外そうに嘲弄と侮蔑を浮かべてアランドロンを見下す。
「あらぁ。あんな、おっさんと一緒にしないでもらえます?明らかにレベルが違うでしょ?」
「ヒルダ姉様が魔力を辿って、ここを探せなかったのもこの力のせいよ。次元の壁で魔力を遮断しているんだわ」
「――…そんな…じゃあ…」
「――…いちかばちか、そこから飛びおりてみる?」
脱出経路が断たれ、いっそう頭がくらくらする。
ラミアが低い声で成功率の低い提案を出した。
「運が良ければどこかに、つながってるかもしれないわ」
――…万事休すって事かよ…。
息を呑みながら古市は、泣きたくなるのを必死に堪え、この窮地を切り抜く打開策を考える。
「やめといた方がいいわよ、それ。私も責任持てないから。てゆーかぁ、別に命を狙ってるわけでもないだしぃ」
微笑むヨルダの、容赦というものを感じさせない双眸が二人を射抜く。
優しく見つめて、綻ぶように笑って、しかしとてつもなく恐ろしい。
「楽しく、ゲームしましょうよ」
口ではそう言いながら、二人の方はそれが気休めでしかないことを確信していた。
「ほら」
二人に向かって突き出した掌、そのぶんだけ距離が縮まっている。
≪生憎だな、ヨルダ。アランドロンを見縊 らん方がいいぞ?≫
その瞬間、張りつめた緊迫感に突如として声が届いた。
「――…この声」
ラミアがハッとして白衣に手を突っ込む。
「――…これ――…ヒルダ姉様の通信機!!」
ポケットに、いつの間にかヒルダの所持する通信機が入っていた。
「いつのまにポケットに…」
≪今回の事をお前に頼んだ以上、ラミア。これくらいの保険は当然だろう?≫
「――…ヒルダ姉様!!」
≪二人とも、下がっていろ≫
瞬間、空間に歪みが走る。
それは次第に大きくなり、そこを貫くように一人の人物が姿を現す。
――まさか。
――通信機から、肉体を転送――…。
――…そんな事が…。
「――フム。初めてにしては上出来だ」
一際まぶしく輝いて消え、肉体の転送が終わった後、彼女はいつも通りの黒いドレスを纏っていた。
「――…ヒルダっ」
ヨルダは敵愾心 を抱く侍女悪魔の登場に息を呑み、驚愕に目を剥く。
それもそのはず、部屋の隣というあまりにも身近な場所にいたからだ。
「え…焔王…」
待ちくたびれていた焔王も、買い物から帰ってきたヨルダも二人の姿を認めると硬直する。
「――…い」
古市は震える指で焔王を差し、ラミアと一緒に大声で叫んだ。
「「いたぁぁぁぁぁっっっ」」
「ちょっ…ちょっと大きな声で…」
「「えっらい近くにいたぁぁぁぁああっっっ!!!」」
慌てふためくヨルダをよそに、裏返った叫び声を響かせながら混乱する二人。
「何騒いでんのよ、古市。朝ごはん買ってきたの?」
何やら外が騒がしいと訝しんだ寧々が玄関のドアを開けて顔を出す。
そこには……誰もいなかった。
買い出しに戻ってきたと思いきや、無人の廊下に寧々は疑問符を浮かべる。
「あら?」
「どうしました?」
「いや、声がしたと思ったんだけど…」
千秋の問いかけに答える寧々は首を傾げながらドアを閉めた。
「「~~~~~~~っ」」
隣の部屋に押し込まれた二人はヨルダに口をふさがれてくぐもった声を出す。
「ごめんなさいね。せっかく出来た坊っちゃまのゲーム相手ですもの。大人しくしてくれたら危害は加えないわ」
ヨルダは危害は加えないと言うが、いまいち信用できない。
だが、それよりも……。
――いやいやいや大人しく?ゲーム相手?
――何言ってんだこの人、姫川先輩の部屋だぞここ!?
――いくら、普段使ってないとはいえ――…。
買い物から戻ってきたヨルダをリビングで待っていたイザベラが出迎える。
「お帰りなさい」
――まさか、本当に――…。
玄関からリビングにつながる廊下を歩いて、視界に飛び込んできた光景に古市は愕然とした。
「あら…」
――…ずっと隣の部屋にいたのかよ…。
驚きすぎて動揺しまくった古市は、刹那の硬直の後、崩れ落ちるように膝をついてうなだれた。
バブ103
隣は何をする人ぞ!?
広いリビングに足を踏み入れた古市が見たのは、ゴミの山。
お菓子類の残骸や脱ぎ捨てた衣服。
見る場所、全てが散らかっている。
――住みついて、まじで一週間ってとこか。
――まぁ、確かに考えてみりゃ、こんなに理想的な場所もねーわな…広いし、ゲーム設備は完璧だし。
散らかったゴミの山と、見た限りの無惨なありさまを前にした古市は思わず顔をしかめる。
――てゆーか部屋、
――侍女悪魔3人もいて何してんだよ。
数々の疑問に翻弄されつつ散らかり放題であるリビングの様子を観察していると、イザベラが口火を切った。
「あなたは確か…ベルゼ様の契約者・男鹿と篠木とかいう人間の友人でしたわね…」
「はぁ」
「確か、名前は」
「ふるちんっ!!」
記憶を手繰り寄せるイザベラの前に、サテュラの大きな声が響き渡った。
「あれ?違うっけ?」
皆の視線を受けたサテュラは、悪意のない顔を向ける。
微妙に合ってないとか惜しいとかいう問題ではない。
完全にアウトである。
「すいません、今なんて…?」
「ふるちん」
「え?もう一回」
にやけるといよりむしろ真剣な顔つきで古市は復唱させる。
「ふるちん?」
「やめなさい」
アウトな単語を繰り返し言わせる古市を、頬を赤く染めるラミアが止めさせようとする。
「失敬なっ!!古市です!!」
内心では満足して非常にスッキリしながらも表情は遺憾の意を表す。
「急にっ!?」
「ヒルダに頼まれたのですか?」
イザベラに、静かな声音でそう切り返され、二人はぐっと押し黙る。
「ラミア…あなたも久しぶりですね。二人が何をしに来たかは、まぁ大体、察しがつきますが」
そこでイザベラは思わせぶりに言葉を切ると、ラミアに向き直る。
「焔王坊っちゃまにまた会いにきてくれて嬉しいわ。少し背が伸びたかしら?」
まるで自分から会いに来たような台詞を放ち、相変わらずチビだなと笑顔の裏で嘲笑う。
それを聞いて、ラミアの眉がきつくつり上がった。
怒鳴りたいのをかろうじて堪え、挑戦的に返す。
「はい。ちょっと見つかるまでが大変でしたけどね」
言葉の刃がちりばめられた緊張感溢れる会話と冷たく燃え上がる空気。
睨み合う女達の険悪な空気を察して、悪寒が走る。
(あれ?何、この空気……こわっ、女こわっ!!)
「にしても、ちょっと見つかんのはえーよなー。だから、もっとちゃんと変装しろっつったんだよ、ヨルダは」
「していったじゃない――それに、アンタの用意したヒゲメガネじゃよけい目立つでしょ」
そう言うなり、ヨルダはその場でスーツを脱いで下着姿となっていて、
「うおっ」
思わぬ光景に古市は動揺する。
「つか、むこうで着がえろよ」
サテュラは、堂々と服を脱ぐ彼女に同じ女性として顔を歪めた。
「あらぁ、ごめんなさい。そっちの男の子にはちょっと刺激が強すぎたかしら」
ブラのホックを外すヨルダは馴染みのメイド服へと着替える途中で、色っぽい流し目を送る。
「いえっ!!」
真っ白い背中とレースつきの下着を網膜に焼きつけ、凛々しい表情をつくる(古市は心のシャッターを切った)。
「あの女はあいかわらず」
「全く気にせずどうぞ続けて下さい」
呆れ顔のラミアはそこで気持ちを切り替える。
――っていうか、何、このぬるい空気――…私達に見つかったのに、まったくあわてるそぶりがない…。
――どういうつもり――…?
「ところで、焔王坊っちゃんは?さっき、そこにいましたよね?」
「あぁ…坊っちゃまは、ああ見えてシャイですから」
イザベラの言葉に疑問符を浮かべたその時、彼女達の主人はいた。
リビングに入るドアから顔を覗かせていたのだ。
うっすらと顔を赤らめる頬には、普段の偉そうな態度は見当たらない。
むしろどこか恥ずかしそうにもじもじとしている。
「ラ…ラミア」
――も、もじもじしてらっしゃる…!!
「はい…」
唇をごく動かして、かすれ声で答えると、焔王は慌てて顔を引っ込めた。
そしてまた、顔だけ出してラミアの名前を呼ぶ。
「ラーミア」
「………」
戸惑う少女をよそに、顔を出しては引っ込めての繰り返し。
終始落ち着かない様子でこちらを見つめる焔王は、一体何がしたいのか。
「「………………」」
二人はどういう対応をすればいいのかわからない顔で硬直。
――焔王、面倒くせぇぇぇっっ!!
「だから言ったでしょ」
ラミアはうんざりしたように言うと、古市に顔を近づけて耳許で囁く。
「古市…やっぱりここは、いったん戻りましょ。私達だけで交渉を進めるのは危険だわ。まずはヒルダ姉様に報告よ」
「えー…でも、ここで帰ったらまた、行方くらまされるんじゃ」
頬も触れ合う近い距離で会話を交わすのを、焔王は見逃さなかった。
「むっ」
古市へびしりと指を突きつけて憤慨したように叫ぶ。
「こらーっ、人間っっ!!余の嫁になれなれしく近づくなっ!!燃やすぞっ!!」
「誰がよっ!!アンタはなれなれしい通りこして図々しいのよっ!!」
(なんか、いろいろ複雑だな…)
古市は思案顔になる。
ラミアに好意を寄せる焔王。
だが、当の少女はうっとうしげな思いで邪険にあしらっている。
「大体アンタ、お姉様の事も嫁にするとか言ってたじゃない!!」
「お姉様?誰の事を言っておる?」
「とぼけんじゃないわよ、響古お姉様の事よっ!!」
握り拳をつくってわなわなと震えるラミアに、焔王は笑顔で語る。
「おお、そうなのだ!響古は魔界でも見た事がない
「思わないわよっ!!お姉様はアンタなんかに釣り合わないわよっ!!」
物凄い剣幕で怒鳴り声をあげるラミア。
そんな少女の態度を見兼ねて、古市はためらいがちに訴える。
「つーか、いいのかよ。王族に、お前そんな口きいて」
その瞬間、イザベラが飲んでいた湯呑みに、
「はっ」
音もなくヒビが入った。
ニコニコと笑うイザベラ、自堕落に寝っ転がってゲームをするサテュラ、着替えを終えたヨルダ。
三人の侍女悪魔の間に撒き散る殺気。
やばい、と古市は真っ青になった。
――よくねぇぇぇぇぇっっ!!
――これ全然よくねぇぞぉぉぉっ!!!
恐れおののく古市の前で、ヒビの入った湯呑みからお茶が噴き出す。
――なんか知らんがこれ以上、あの坊っちゃんとラミアを絡ませるのはマズい気がする!!
これ以上この場にいるのは危険だと感じ、古市はラミアの意見を尊重する。
「ラミア!!帰ろう!!確かに、お前の言う通りだ!!いったん戻るぞ!!」
一刻も早く帰ろうとする彼の肩を強く強く、逃がしはしないわ、という意思表示を込めてヨルダが掴んだ。
おそるおそる振り返ると、氷のような笑みを貼りつけた彼女は恐ろしい言葉を紡ぐ。
「まぁまぁ、そういわず、せっかく来たんだからゲームでもしていきなさいよ」
――お…おぉう!?
「――うむ、そうじゃの、人間。かくなる上はそれしかなかろう…ラミアをかけて、余と、ゲーム勝負じゃ!!」
――おおおおおお!!?
「だからなんで私をかけてるのよ!!バカも休み休み言いなさいよ!!」
すっかり激昂したラミアは止まらない。
微笑みを絶やさないイザベラの怒りに呼応するように、湯呑みが真っ二つに割れた。
――ひゃっはーーっっ!!!
たちまちお茶がテーブルに溢れ、空気を揺らすような殺気が吹き寄せてきて、古市はすくみ上がってしまう。
古市とラミアが隣の部屋にいる頃。
買い出しから帰ってきた夏目と由加は不思議そうに首を傾げた。
「あれ?古市君とラミアちゃん、帰ってないの?おかしーな」
「ただいまーっス」
「一緒じゃなかったのか…」
未だ戻ってこない古市とラミアの行方を聞きながら、
「ハラへった」
神崎は買ってきた袋から食べ物をあさる。
「いや、途中まで一緒だったんだけど」
すると、携帯を手に何やら調べていた姫川が戻ってきた。
「お前ら…対戦相手の居場所をつきとめたぞ」
「姫ちゃん」
「マジかよ」
「あぁ、なんて事はねぇ。ネット上で対戦相手先の端末調べりゃ一発だったんだよ」
ネットゲームにつながっている相手の端末(携帯、パソコン機器)を調べれば簡単にわかること。
居場所を突き止めたはずなのに、姫川は苦笑を滲ませた。
「それより、どこだと思うよ。ちょっと笑えるぞ…?」
「隣っ!?」
一斉に外へ出た男達は意外な事実に驚きの声をあげた。
「まじかよ!?つか、隣もお前の部屋だろ!?」
「灯台下暗しというやつか…」
「気づかねーか、ふつう!!」
神崎の怒鳴り声や城山のつぶやきを聞きながら、ガチャガチャ鍵を開ける。
「あぁ、我ながらマヌケな話だぜ」
鍵を開ける動作すらも、もどかしいように苛立ちを募らせる姫川。
「ナメやがって――…悪魔野学園だかなんだか知らんが、出るトコ出て、きっちりカタつけてやるっ!!」
そして、足早に部屋に踏み入れるとリビングに通じる扉を勢いよく開け放った。
「おらぁっ、そこまでだっ!!人んちで、ずい分好き勝手してくれたなぁ!!」
そこは、殺風景な部屋だった。
彼がマンションを購入した時のまま。
「――…誰もいねぇぞ…?」
大口を開けて固まる姫川に対し、神崎は怪訝な顔をして聞く。
「おい」
だが、いくら問いかけても答えは返ってこなかった。
いきなり脇に抱えられたラミアは手足をばたつかせて訴える。
古市はラミアを抱えて、玄関めがけて駆け出していた。
「ちょっ、ちょっと古市!!どうする気!!下ろしなさいよ!!」
「うるせえっ、こーなったらなりふりかまってられっか、逃げるに決まってんだろ!!」
「無駄よ」
このまま逃げ去ろうとする古市の後ろから、ヨルダの声が届いた。
「無駄じゃねぇっっ。隣ゃ、みんながいんだっ!!」
向こう側に仲間達がいると期待して、彼は玄関の扉を開けた。
「…なっ」
その向こう側には、完全な暗闇が広がっていた。
本能的恐怖に駆られる闇を前に戦慄する。
「今、この部屋は外界から切り離した別次元にあるの。逃げられないし、助けもこないわ」
「――…本当よ」
余裕の態度を見せるヨルダの言葉に、床に足をつかせてラミアが苦々しくも肯定する。
「ヨルダはアランドロンと同じ…次元転送悪魔なの。その気になったら、逃げられりゃしないわ」
彼女はアランドロンと同じ、空間転移ができる次元転送悪魔。
古市の脳裏に、おっさんの顔が思い浮かびかけると、ヨルダは心外そうに嘲弄と侮蔑を浮かべてアランドロンを見下す。
「あらぁ。あんな、おっさんと一緒にしないでもらえます?明らかにレベルが違うでしょ?」
「ヒルダ姉様が魔力を辿って、ここを探せなかったのもこの力のせいよ。次元の壁で魔力を遮断しているんだわ」
「――…そんな…じゃあ…」
「――…いちかばちか、そこから飛びおりてみる?」
脱出経路が断たれ、いっそう頭がくらくらする。
ラミアが低い声で成功率の低い提案を出した。
「運が良ければどこかに、つながってるかもしれないわ」
――…万事休すって事かよ…。
息を呑みながら古市は、泣きたくなるのを必死に堪え、この窮地を切り抜く打開策を考える。
「やめといた方がいいわよ、それ。私も責任持てないから。てゆーかぁ、別に命を狙ってるわけでもないだしぃ」
微笑むヨルダの、容赦というものを感じさせない双眸が二人を射抜く。
優しく見つめて、綻ぶように笑って、しかしとてつもなく恐ろしい。
「楽しく、ゲームしましょうよ」
口ではそう言いながら、二人の方はそれが気休めでしかないことを確信していた。
「ほら」
二人に向かって突き出した掌、そのぶんだけ距離が縮まっている。
≪生憎だな、ヨルダ。アランドロンを
その瞬間、張りつめた緊迫感に突如として声が届いた。
「――…この声」
ラミアがハッとして白衣に手を突っ込む。
「――…これ――…ヒルダ姉様の通信機!!」
ポケットに、いつの間にかヒルダの所持する通信機が入っていた。
「いつのまにポケットに…」
≪今回の事をお前に頼んだ以上、ラミア。これくらいの保険は当然だろう?≫
「――…ヒルダ姉様!!」
≪二人とも、下がっていろ≫
瞬間、空間に歪みが走る。
それは次第に大きくなり、そこを貫くように一人の人物が姿を現す。
――まさか。
――通信機から、肉体を転送――…。
――…そんな事が…。
「――フム。初めてにしては上出来だ」
一際まぶしく輝いて消え、肉体の転送が終わった後、彼女はいつも通りの黒いドレスを纏っていた。
「――…ヒルダっ」
ヨルダは