バブ24
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ベル坊の風邪の問題を除き、時間が経つ頃には、既に陽は沈みかけていた。
次に異変が起こったのは、響古がベル坊にミルクを飲ませている時だった。
ピシィ、と割れる音がして、最初はわからなかった。
「…ベル坊…?」
「ヴー」
それが、哺乳瓶が割れる音だということに思い至った。
訝しげな表情をつくる響古に、ヒルダが訊ねて近寄る。
「どうした?」
「ヒルダ、ちょっと気になることが…」
その瞬間、瓶の中のミルクが沸騰し、ついには哺乳瓶が割れてしまった。
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出てゆけ
ベッドに仰向けになり、ジャンプを読んでいた男鹿が顔をしかめる。
「………おい、何やってんだ。床がびしょ濡れじゃねーか」
ガラスが割れる物音に気づいて視線を向ける。
「熱っ」
「~~…」
響古は手の甲を押さえ、ヒルダはよほど驚いたようで、言葉すら出てこない。
床は、散らばったガラスとミルクで濡れ、さらには湯気が立ち昇っていた。
「…うむ。ミルクが一瞬にして、沸騰してしまった…」
「あ?」
男鹿は身体を起こし、その意味を訝 った。
「何だ、そりゃ?熱は引いたんじゃなかったんかよ?部屋は暑くねーぞ?」
「そうだよね…」
ベル坊の身体から放出した熱で、異常なほど上昇した気温は治まり、部屋は熱くない。
ヒルダは幼い主人の容態を観察する。
「どうやら、体の外に熱を放出しなくなった分、体内では信じられない程の高熱になっている様だ…」
未だ熱っぽい瞳、顔は赤く鼻水が垂れていて、先程より症状がひどくなっている。
「アーーー」
意識も朦朧としており、ひどく虚ろな瞳は焦点も合っていない。
「まずいのか?」
「わからん。こんな事は初めてだ…」
「医者に診てもらった方がいいんじゃ…」
ベル坊の容態を心配し、動揺する三人だったが、そこで小さく感嘆の声を漏らした。
「お」
「ワォ」
「おぉ」
目をまばたきする三人の目の前で、心配ない、と震える指でサインを送り、ベル坊はニヤリ…と笑う。
「ダ」
「おおっ。『まだまだいける』とアピールしてるぞ」
「さすがです、さすが坊っちゃま!!それでこそ、魔王!!」
「魔王っていうか……ボクサー!?」
響古はそう思わずにはいられなかった。
彼女の言葉に感化されたのか、ベル坊は勢いよく飛ぶ。
「飛んだぁっっ!!」
その後、シャドーボクシングを始めた。
……男は何故シャドーボクシングをする時に、シュシュシュと言うのだろうか。
シュシュシュと言いながらのシャドーというのは、実に中二病というか思春期男子というか、そのような空気がぷんぷんするので、ボクサー以外がやったら物笑いの種なのだが、何故かベル坊の動作は物凄く様になっていた。
「そしてシャドウボクシング、流れる様なフットワークだ!!」
「フン」
さらにその後、神速のワンツーを繰り出すベル坊。
しかし、大丈夫と言っているとはいえ、風邪を引いているのだ。
明らかに、様子がおかしいとに感じた二人は指を差して訊ねる。
「ねぇ、大丈夫?あれ…明らかにおかしいけど」
「ぶっこわれたんじゃねぇの?」
「う…うむ」
曖昧に頷くヒルダが男鹿の右手の甲に目をやった途端、目を見開いてその腕を掴む。
「ん?」
「――…これは…」
手の甲を凝視したまま動かない侍女悪魔に、響古は声をかけた。
「どうしたの?」
ヒルダは困惑を顔に浮かべる。
(蠅王紋が――…)
それまで全く全く気づけなかった。
魔力を引き出せるための触媒と共にベル坊の信頼の証である蠅王紋が、男鹿の手の甲から消えていた。
「響古、ちょっと左手を見せてくれ」
「いいけど…」
響古は素直に左手を差し出す。
幸い、蠅王紋は消えていなく、一瞬の安堵の間、片方がついて安心したなんてこと自体がそうではないのに思い至る。
不意に、彼女の差し出す手の甲にある、小さな火傷に視線を移した。
「響古、その火傷はどうした?」
「…え?あ……ああ…」
ヒルダに言われ、熱湯と化したミルクで火傷したということに気づかされる。
男鹿は衝動的に、
「……」
その火傷の具合を見たくなって、手を伸ばした。
すると、弾かれるように、
「っ!」
差し伸ばされた手を拒んで、響古は身を引かせた。
男鹿だけではなく、響古自身も驚き、互いに数秒、呆然となる。
「響古?」
ヒルダが、呆然としたように押し黙る響古へ声をかける。
「あっ――」
その時、バタン、と倒れる音がした。
半ば放心するこの場を目覚めさせるように、激しく動いていたベル坊が倒れていた。
「坊っちゃまーっっ!!」
力なく四肢を投げ出した幼い主人を見たヒルダの絶叫が、部屋をつんざいて走った。
動揺の極みにあるらしいヒルダは、何度も呼びかけて抱きかかえ、男鹿は未だ放心状態で突っ立ている。
ヒルダが取り乱したことで逆に冷静になった響古は、やがて意を決したように口を開いた。
「……………落ち着いて、二人とも」
驚いて固まる二人の顔を見渡すと、低く、抑制を効かせた声で言い放つ。
「あたしは冷たい飲み物と冷しタオルを持ってくるから、二人はベル坊をベッドに寝かせて」
高熱を出したベル坊を看病するべく、響古はタオルを水に濡らし、ボウルに水を入れていた。
混乱から覚め、猛烈な自己嫌悪に襲われる。
(……あたしって、馬鹿……本当に、馬鹿……)
自分がやってしまったことを思い、上げることのできない顔が、力なくうなだれる垂れる両肩が、とぼとぼと歩く足が、倒れそうなまでに重くなる。
(……そうだ……あたしは、辰巳に怯えてたんじゃない……辰巳は悪くない)
悪いのは自分。
何もできない自分。
(悲しいのなら、苦しいのなら、自分でちゃんと、辰巳に言うべきだったのに……なのに、怖がってばかりで、沈むだけで、何もできなかった……ううん)
できない、そう決めつけて、逃げ続けていたのだ。
自分は何もできない、そう言い訳して……挙句の果てに、あんなみっともない真似をしてしまった。
(あたしって、なんていやらしい子なんだろう……でも)
恐かったのだ。
(それで今の、繋がっていた関係が、壊れてしまったら……)
だが、そう思って、怯えて閉じこもっていた結果が、これだ。
全部、自分のひ弱な心、中途半端な覚悟のせいだった。
いつか決めたのではなかったか。
今まで言えなかった自分の過去を伝える、と。
自分の男鹿 辰巳への気持ちは、たった一つ恐いことができた、それだけで身を引いてしまうほどに弱いものだったのか。
(違う)
それだけは、はっきりと感じる。
なら、何故できなかったのか。
(それは、あたしの覚悟と決意が、足りなかったせい)
今以上に進みたいのなら、もっとしっかり自分の気持ちを抱いて、男鹿にぶつからねばならない。
恐いが、そうすることでしか、今以上には進めない。
(なら、やるしかない)
思い、無理矢理上げた視線が、まるで決意を示すように、燃えるような意識が湧き上がった。
(負けない、負けない)
突然、居間の扉が開いて、
「あれ、響古ちゃん?」
美咲が入ってきた。
「どうしたの、こんなところに」
「ちょっと、ベル坊の風邪が悪化して…冷たい飲み物と冷しタオルを…と」
「ええっ!?大丈夫なの?」
「あたしも、詳しい事はよくわからないんですが……」
「ふぅん……」
頷きつつ、美咲は後ろに下がる。
後ろに、椅子があるのを感知して、なんとかそこに座る。
美咲は響古の様子をしばらく見つめ、声音を抑えて問う。
「…………響古ちゃん、辰巳と何かあったの?」
「――えっ!?ん、え、と……」
響古は答えられなった。
徐々に顔が伏せられていく。
「思いっきり顔に出てるわよ。悩みとか、小さい事でもいいから、あたしに言いなさい」
手助けも過ぎるけれど、と男鹿のためではなく響古のために確認する。
響古は顔を伏せたまま、自分の弱さ――男鹿に隠していた過去を未だに言葉として伝えていないことを話した。
「なるほどね…まだ引きずってたの」
「おかしいですよね……もう、一年も経ってるのに、まだ頭から離れないんですよ」
美咲は、やれやれ、というふうな笑みを浮かべた。
「その中学生の噂は、なんとなく聞いてたけど……まさか、うちのバカ弟と付き合うようになるなんて」
僅かに肩の力を抜きながら、響古も言葉を返す。
「でも、まさか美咲さんが初代レッドテイルの総長なんて知らなかったですよ」
「ま、そんなに心配する事でもないわよ。辰巳はそんな事で冷める男じゃないから」
そこで、不意に悪戯っぽさが加わる。
「……でもね、あいつは奥手で野暮天 だけど、その場の勢いで迫ってくる事もないとは言えないからね。その時は、遠慮なくぶっとばしてやりなさい」
「……はい」
これまでのことを思い出しつつ、とりあえず頷く。
その美咲は頷き返し、最後に響古のために念を押す。
「あんまりあいつを買い被っちゃダメよ?自分を大切にして、安売りしないようにね。あなたはとっても高い。あたしが保証してあげる。過去を話した上で、それで引いたり挫けたりするようなら、あいつの想いが弱いってことなんだから」
「はい」
男鹿のことも自分のことも、全て見透かされているかのような美咲の言い様に、響古は頬を朱に染めた。
「辰巳ってば昔からそう、そういう事に気が回らないんだから。あたし、響古ちゃんに同情するわ」
美咲はなんの因果か、初対面の響古にかなりの好印象を抱いていた。
どうして響古を気に入ったのか、その理由を訊ねてみたところ、
「こんなに綺麗な子が辰巳の彼女だったら、あたしが友達に自慢できるもの」
決まってるでしょ、と美咲は堂々と胸を張って答えたという。
布団の脇に置いたお盆から、氷水に浸したタオルを絞り、それをベル坊の額に当てる。
冷たいタオルの感触に幾分か表情を和らげたベル坊をじっと見つめ、ヒルダは真剣な声音で口を開いた。
「――どうやら……事態は思ったより深刻なようだな」
「深刻?」
「どーゆうこと?」
「………右手を見ろ」
ヒルダに言われ、男鹿は自分の右手を見る。
「蠅王紋が消えている」
それまで全く全く気づけなかった。
魔力を引き出せるための触媒と共にベル坊の信頼の証である蠅王紋が、手の甲から消えていた。
「……ホントだ。でも、どうして?」
次に異変が起こったのは、響古がベル坊にミルクを飲ませている時だった。
ピシィ、と割れる音がして、最初はわからなかった。
「…ベル坊…?」
「ヴー」
それが、哺乳瓶が割れる音だということに思い至った。
訝しげな表情をつくる響古に、ヒルダが訊ねて近寄る。
「どうした?」
「ヒルダ、ちょっと気になることが…」
その瞬間、瓶の中のミルクが沸騰し、ついには哺乳瓶が割れてしまった。
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出てゆけ
ベッドに仰向けになり、ジャンプを読んでいた男鹿が顔をしかめる。
「………おい、何やってんだ。床がびしょ濡れじゃねーか」
ガラスが割れる物音に気づいて視線を向ける。
「熱っ」
「~~…」
響古は手の甲を押さえ、ヒルダはよほど驚いたようで、言葉すら出てこない。
床は、散らばったガラスとミルクで濡れ、さらには湯気が立ち昇っていた。
「…うむ。ミルクが一瞬にして、沸騰してしまった…」
「あ?」
男鹿は身体を起こし、その意味を
「何だ、そりゃ?熱は引いたんじゃなかったんかよ?部屋は暑くねーぞ?」
「そうだよね…」
ベル坊の身体から放出した熱で、異常なほど上昇した気温は治まり、部屋は熱くない。
ヒルダは幼い主人の容態を観察する。
「どうやら、体の外に熱を放出しなくなった分、体内では信じられない程の高熱になっている様だ…」
未だ熱っぽい瞳、顔は赤く鼻水が垂れていて、先程より症状がひどくなっている。
「アーーー」
意識も朦朧としており、ひどく虚ろな瞳は焦点も合っていない。
「まずいのか?」
「わからん。こんな事は初めてだ…」
「医者に診てもらった方がいいんじゃ…」
ベル坊の容態を心配し、動揺する三人だったが、そこで小さく感嘆の声を漏らした。
「お」
「ワォ」
「おぉ」
目をまばたきする三人の目の前で、心配ない、と震える指でサインを送り、ベル坊はニヤリ…と笑う。
「ダ」
「おおっ。『まだまだいける』とアピールしてるぞ」
「さすがです、さすが坊っちゃま!!それでこそ、魔王!!」
「魔王っていうか……ボクサー!?」
響古はそう思わずにはいられなかった。
彼女の言葉に感化されたのか、ベル坊は勢いよく飛ぶ。
「飛んだぁっっ!!」
その後、シャドーボクシングを始めた。
……男は何故シャドーボクシングをする時に、シュシュシュと言うのだろうか。
シュシュシュと言いながらのシャドーというのは、実に中二病というか思春期男子というか、そのような空気がぷんぷんするので、ボクサー以外がやったら物笑いの種なのだが、何故かベル坊の動作は物凄く様になっていた。
「そしてシャドウボクシング、流れる様なフットワークだ!!」
「フン」
さらにその後、神速のワンツーを繰り出すベル坊。
しかし、大丈夫と言っているとはいえ、風邪を引いているのだ。
明らかに、様子がおかしいとに感じた二人は指を差して訊ねる。
「ねぇ、大丈夫?あれ…明らかにおかしいけど」
「ぶっこわれたんじゃねぇの?」
「う…うむ」
曖昧に頷くヒルダが男鹿の右手の甲に目をやった途端、目を見開いてその腕を掴む。
「ん?」
「――…これは…」
手の甲を凝視したまま動かない侍女悪魔に、響古は声をかけた。
「どうしたの?」
ヒルダは困惑を顔に浮かべる。
(蠅王紋が――…)
それまで全く全く気づけなかった。
魔力を引き出せるための触媒と共にベル坊の信頼の証である蠅王紋が、男鹿の手の甲から消えていた。
「響古、ちょっと左手を見せてくれ」
「いいけど…」
響古は素直に左手を差し出す。
幸い、蠅王紋は消えていなく、一瞬の安堵の間、片方がついて安心したなんてこと自体がそうではないのに思い至る。
不意に、彼女の差し出す手の甲にある、小さな火傷に視線を移した。
「響古、その火傷はどうした?」
「…え?あ……ああ…」
ヒルダに言われ、熱湯と化したミルクで火傷したということに気づかされる。
男鹿は衝動的に、
「……」
その火傷の具合を見たくなって、手を伸ばした。
すると、弾かれるように、
「っ!」
差し伸ばされた手を拒んで、響古は身を引かせた。
男鹿だけではなく、響古自身も驚き、互いに数秒、呆然となる。
「響古?」
ヒルダが、呆然としたように押し黙る響古へ声をかける。
「あっ――」
その時、バタン、と倒れる音がした。
半ば放心するこの場を目覚めさせるように、激しく動いていたベル坊が倒れていた。
「坊っちゃまーっっ!!」
力なく四肢を投げ出した幼い主人を見たヒルダの絶叫が、部屋をつんざいて走った。
動揺の極みにあるらしいヒルダは、何度も呼びかけて抱きかかえ、男鹿は未だ放心状態で突っ立ている。
ヒルダが取り乱したことで逆に冷静になった響古は、やがて意を決したように口を開いた。
「……………落ち着いて、二人とも」
驚いて固まる二人の顔を見渡すと、低く、抑制を効かせた声で言い放つ。
「あたしは冷たい飲み物と冷しタオルを持ってくるから、二人はベル坊をベッドに寝かせて」
高熱を出したベル坊を看病するべく、響古はタオルを水に濡らし、ボウルに水を入れていた。
混乱から覚め、猛烈な自己嫌悪に襲われる。
(……あたしって、馬鹿……本当に、馬鹿……)
自分がやってしまったことを思い、上げることのできない顔が、力なくうなだれる垂れる両肩が、とぼとぼと歩く足が、倒れそうなまでに重くなる。
(……そうだ……あたしは、辰巳に怯えてたんじゃない……辰巳は悪くない)
悪いのは自分。
何もできない自分。
(悲しいのなら、苦しいのなら、自分でちゃんと、辰巳に言うべきだったのに……なのに、怖がってばかりで、沈むだけで、何もできなかった……ううん)
できない、そう決めつけて、逃げ続けていたのだ。
自分は何もできない、そう言い訳して……挙句の果てに、あんなみっともない真似をしてしまった。
(あたしって、なんていやらしい子なんだろう……でも)
恐かったのだ。
(それで今の、繋がっていた関係が、壊れてしまったら……)
だが、そう思って、怯えて閉じこもっていた結果が、これだ。
全部、自分のひ弱な心、中途半端な覚悟のせいだった。
いつか決めたのではなかったか。
今まで言えなかった自分の過去を伝える、と。
自分の男鹿 辰巳への気持ちは、たった一つ恐いことができた、それだけで身を引いてしまうほどに弱いものだったのか。
(違う)
それだけは、はっきりと感じる。
なら、何故できなかったのか。
(それは、あたしの覚悟と決意が、足りなかったせい)
今以上に進みたいのなら、もっとしっかり自分の気持ちを抱いて、男鹿にぶつからねばならない。
恐いが、そうすることでしか、今以上には進めない。
(なら、やるしかない)
思い、無理矢理上げた視線が、まるで決意を示すように、燃えるような意識が湧き上がった。
(負けない、負けない)
突然、居間の扉が開いて、
「あれ、響古ちゃん?」
美咲が入ってきた。
「どうしたの、こんなところに」
「ちょっと、ベル坊の風邪が悪化して…冷たい飲み物と冷しタオルを…と」
「ええっ!?大丈夫なの?」
「あたしも、詳しい事はよくわからないんですが……」
「ふぅん……」
頷きつつ、美咲は後ろに下がる。
後ろに、椅子があるのを感知して、なんとかそこに座る。
美咲は響古の様子をしばらく見つめ、声音を抑えて問う。
「…………響古ちゃん、辰巳と何かあったの?」
「――えっ!?ん、え、と……」
響古は答えられなった。
徐々に顔が伏せられていく。
「思いっきり顔に出てるわよ。悩みとか、小さい事でもいいから、あたしに言いなさい」
手助けも過ぎるけれど、と男鹿のためではなく響古のために確認する。
響古は顔を伏せたまま、自分の弱さ――男鹿に隠していた過去を未だに言葉として伝えていないことを話した。
「なるほどね…まだ引きずってたの」
「おかしいですよね……もう、一年も経ってるのに、まだ頭から離れないんですよ」
美咲は、やれやれ、というふうな笑みを浮かべた。
「その中学生の噂は、なんとなく聞いてたけど……まさか、うちのバカ弟と付き合うようになるなんて」
僅かに肩の力を抜きながら、響古も言葉を返す。
「でも、まさか美咲さんが初代レッドテイルの総長なんて知らなかったですよ」
「ま、そんなに心配する事でもないわよ。辰巳はそんな事で冷める男じゃないから」
そこで、不意に悪戯っぽさが加わる。
「……でもね、あいつは奥手で
「……はい」
これまでのことを思い出しつつ、とりあえず頷く。
その美咲は頷き返し、最後に響古のために念を押す。
「あんまりあいつを買い被っちゃダメよ?自分を大切にして、安売りしないようにね。あなたはとっても高い。あたしが保証してあげる。過去を話した上で、それで引いたり挫けたりするようなら、あいつの想いが弱いってことなんだから」
「はい」
男鹿のことも自分のことも、全て見透かされているかのような美咲の言い様に、響古は頬を朱に染めた。
「辰巳ってば昔からそう、そういう事に気が回らないんだから。あたし、響古ちゃんに同情するわ」
美咲はなんの因果か、初対面の響古にかなりの好印象を抱いていた。
どうして響古を気に入ったのか、その理由を訊ねてみたところ、
「こんなに綺麗な子が辰巳の彼女だったら、あたしが友達に自慢できるもの」
決まってるでしょ、と美咲は堂々と胸を張って答えたという。
布団の脇に置いたお盆から、氷水に浸したタオルを絞り、それをベル坊の額に当てる。
冷たいタオルの感触に幾分か表情を和らげたベル坊をじっと見つめ、ヒルダは真剣な声音で口を開いた。
「――どうやら……事態は思ったより深刻なようだな」
「深刻?」
「どーゆうこと?」
「………右手を見ろ」
ヒルダに言われ、男鹿は自分の右手を見る。
「蠅王紋が消えている」
それまで全く全く気づけなかった。
魔力を引き出せるための触媒と共にベル坊の信頼の証である蠅王紋が、手の甲から消えていた。
「……ホントだ。でも、どうして?」