バブ14
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古市は軽く目を見張る。
邦枝 葵は、確かに吹聴したくなるほどの美少女だった。
――おおっ、これが女王、邦枝葵…。
美しいだけでなく、凛々しさと強靭なしなやかさが顔を眺めるだけで伝わってくる。
古市の知り合いの中で、抜きん出て綺麗な少女は篠木 響古である。
だが、葵も負けず劣らずだ。
――…いいねっ!!
「おへそみえとる」
レディースの特攻服、さらしに包まれた胸元を凝視し、とても満ち足りた微笑みを浮かべる。
いつの間にかその場がしんと静まり返っていて、寧々達もこちらを気にする。
何人かの男達が周囲に呼びかけ、思い出したように喧騒を取り戻した。
「おいっ。こっちだ、こっち」
「すげぇぞ」
「子連れオーガ・"黒雪姫"とクイーン邦枝がいきなり激突だってよ」
「まじかよ」
「一体どっちが勝つんだ!!」
男達は教室から顔を出し、慌ただしく廊下を走る始末。
木刀を前に突きつける葵と、ベル坊を頭にのせた男鹿と隣に立つ響古が対峙する。
しかし、葵を見た彼女は緊張のあまり、固まった唇を動かして、つぶやくように、それだけを搾り出す。
「………葵……さん?」
「え……」
自分を呼んだ響古に、葵の肩が震えるのを、男鹿は見た。
そして、凛々しく整った彼女の顔が驚きに歪む。
「まさ、か……でも……」
葵が驚きの眼差しで響古を見つめる――その顔が、一年前に出会った少女の面影と重なった。
「……あなた、響古……?」
葵がその名を呼んだ。
これまで聞いたこともないような、切なそうな声で。
しかし、木刀を下げるような間抜けはしない。
それは、自分と同等の強さをもつ強者して、あるまじき行為だったから。
「姐さん、響古って…!?」
「……響古っ!」
寧々も葵と同様に驚き、千秋は口許に両手をやり、微かに震える唇を動かす。
しばらく硬直していた葵は、どもりながらも声をかける。
「き、き…響古、あなた、なんでここに――」
「……あたし、石矢魔 の生徒なんです、けど」
「な、な、なんですって!?じゃあ"黒雪姫"というのは…」
葵の言葉に、響古の顔がいきなり緊張に強張る。
言いにくそうに口ごもるが、やがてこくりと頷いた。
「非常に言いにくいんですが……あたしの事です」
かがーん、というショックを受け、よろめき、葵は手をついた。
「「姐さん!!」」
寧々と千秋は慌てて駆け寄る。
ちなみに、この事実に驚愕しているのは何も葵達だけではない。
ざわざわっ!と周囲がどよめく。
「ねぇ、響古!どーゆうこと!?何で女王と知り合い!?むちゃくちゃ羨ましいんだけど!」
自分の言葉が皆の代弁だとでもいうように、古市は直球を投げつけた。
「ふ……古市、め、目が光ってて怖いよ。ちょっと落ち着こう」
「これが落ち着けられるかぁ!いいか、石校で最も有名な女子二人――"黒雪姫"と女王が知り合い、これは重大な事だ!!」
「そ、そうなんだ……」
鬼気迫る形相で詰め寄る古市の剣幕に、少し怯える響古。
いつの間にか、古市が手を握り、ぐいぐいと密着している。
「そーゆう事で女王と、どうやって出会ったのか、その馴れ初め話をじっくり――」
すると、背後から男鹿が、ギリギリ、と古市の首を片腕で締め上げる。
「響古に近過ぎじゃねーのか、古市君よぉ」
彼の双眸は古市を射殺さんばかりに、爛々と強く光っていた。
――うわああ、怖ああ。
あまりの怖さに、教室にいた男達の顔は一気に真っ青。
「ありがと、辰巳。助かった」
響古は、さすがというかなんというか、動じない。
一方で、表情をどんよりと曇らせてうなだれる葵を心配して、寧々と千秋が引き上げようと奮闘する。
「姐さん、しっかり……!」
「気を強くもってください」
葵の後ろに回り込み、せめて自分の世界に閉じこもっている状態だけでも解消させようと彼女の肩を優しく揺する。
「……そうだ。落ち着け、葵。落ち着くのよ」
気遣ってくれる二人に返事をする余裕もなく、ぶんぶんと首を横に振る。
「そうだわ、響古は騙されている、きっと騙されているのよ!!」
葵の大きな独り言は、当然ながら周りに聞こえていた。
「騙し騙され…」
「第三の女……」
「いきなり三股……」
などなど、非常によろしくない噂が、今まさに生まれようとしていた。
(ど、どうしてこんな事に……)
響古は困惑する。
キッと顔を上げた葵は再び、男鹿に木刀を突きつける。
「――…あんたが、男鹿辰巳?」
「――…そーだけど?」
「………」
葵の脳裏に、公園での出会いが過ぎり、その時の少年と目の前の人物が一致した。
――めっちゃ、見た事ある顔なんですけど…。
気まずげな表情で苦悩する葵に、寧々と千秋は疑問符を浮かべる。
すぐさま思考を切り替えて立ち直ると、次の行動を考える。
――どうする?
――幸い、むこうは、まだ気づいてないみたいだし。
すっと瞳を眇め、正面の男鹿から目を逸らしつつ、変装してよかったと安堵する。
(変装しててよかった。響古には見せられないもの、あんな姿)
――とにかく、ここは初対面のフリを…。
改めて視線を戻すと、こちらをまじまじと凝視するベル坊と目が合った。
――気づいてる…!!
――あの目!!
こちらをじっと見つめるベル坊の表情は、なんと表現したらよかったのだろう。
つぶらな瞳にもかかわらず、不思議とひ弱そうな印象は皆無だ。
――あの子は、何か気づいてるわ!!
不意にベル坊は溜め息をついて、葵から視線を逸らす。
――いや…気のせいか…。
ところが、今度は鋭い眼差しで葵を見据える。
――どっち!?
ベル坊の態度に振り回される葵。
締められた首をさすりながら、古市はふと前を見て大声をあげた。
「男鹿!!」
突然の大声に葵は、びくっ、と身じろぎする。
(今度は何!?)
背後に控えていた寧々と千秋の存在に気づいたらしい。
呼ばれた男鹿は話の輪には加わらず、ずっと怪訝な表情のままだ。
「…………」
「なんだよ」
古市はやがて、ゆっくりと口を開く。
「…すげぇ。後ろの二人も、レベル高いぞ」
その瞬間、男鹿は帰りたくなった。
「もう帰っていいか?」
「古市、女好きもいいけど、ふざけるのもいい加減にしてよね」
響古が笑顔で青筋を立てるという、なんとも器用で恐ろしい表情でつっこんだ。
「ばっ…何言ってんだ、お前ら!!クイーン自ら、声をかけてくれてんだぞ!?」
「いや、完全にケンカうられてただろ。今…」
『………』
この上険悪ない雰囲気にもかかわらず、呑気に会話する三人に絶句する。
「――…」
そして男鹿の様子を観察する。
――こいつ…高校生だったのね。
――てゆーか、あれは出来ちゃった子供?
男鹿の頭に乗った緑髪の赤ん坊。
母親は一体、誰なのかと、至極真っ当かつ常識的な思考が暴走回転し始める。
――相手は響古……いやいや、そんな。
赤ん坊の綺麗な緑髪は、どう見ても日本人には生まれるはずのない色だ。
――でも、学校に連れてきてまで、面倒みて…本当に、そんなに悪い奴なのかしら?
最初、男鹿に対する印象は完全に『極悪非道』だと思っていたが、実際に会ってみてそれが薄れつつある。
複雑な表情で思い悩む葵の後ろからは、タチの悪い野次馬がネチネチと責め立てる。
「おいおい」
「どーしたどーした」
「なんだ、やんねーのかよ」
大勢の目が集まっているのを感じる。
さりげなさを装いながら強い関心を隠し切れていない視線があちらこちらから注がれている。
自分達が注目されるのはいつものことだが、窺い見る眼差しはいつもより明らかに多い。
「つまんねーな」
「ククッ。びびったんじゃねーの」
「その程度かよ、邦枝。ヒヒッ」
葵達の目的は、石矢魔を壊滅せんとする男鹿に鉄槌を下し、"黒雪姫"(響古)を更正し、自分達の仲間にすること。
最初に喧嘩を仕掛けてきたのは葵なのだが、一向に攻撃する気配はない。
「…姐さん?」
寧々も途端に不審げな表情で声をかける。
その声で、葵は我に返る。
「はっ」
気合い一声、葵は木刀を横に振った。
次の瞬間、窓ガラスが両断され、破砕音と共に地面に落下する。
「赤ん坊をおろしなさい。それじゃ、本気で闘えないでしょ?」
木刀を振り払い、葵の双眸から戸惑いが消え、代わりに鋭さが強く映し出される。
古市の背筋に意図せぬ緊張が走った。
――おいおい、木刀って切れるもんなの?
無論、木刀に刃はない。
ただ刀の形を模しただけのもの。
にもかかわらず、その切っ先に寸断されて、窓ガラスが真っ二つに割れた。
「とんでもねーよ、この人」
響古とはややベクトルが異なる凛々しい顔立ちとはいえ、やはりレディースの総長。
すると、響古が口を開いた。
「闘う気ですか?葵さん」
漆黒の髪に、黒い瞳、黒一色の制服――全身が黒に染まりながらも、肌だけは雪のように白いという外見から呼ばれた"黒雪姫"。
久しぶりの少女との再会。
だからといって、こちらが引く気も毛頭ない。
その熱い対抗心に反応するように、
「響古には悪いけど…ここで退く訳にはいかないの」
葵は言い切った。
「だったら、あたしがお相手してあげます」
「………その右足で?」
目ざとく、黒いハイソに包まれた――包帯が巻かれた右足を差す。
(葵さん、やっぱり気づいて――…)
響古はその視線を受け止めるかのように顎を引き、強い視線で見返した。
「響古がケガを負うなんて、よほど激しい闘いだったでしょうね。でも、危険よ」
葵は男鹿に軽蔑の眼差しを送り、決定的な一言を言い放つ。
「女の子にケガを負わせるなんて…男鹿辰巳、本当に極悪非道ね」
「っ!!」
その、誰に対するよりも許せない侮辱を受けた響古は、踏み込みの体勢を取る。
拳をつくり、右脇の奥に引き込んでいる。
いつでも殴られる、刺突の構え。
「オーッ」
男鹿の頭上に乗っかるベル坊が、眼を輝かせてはしゃいだ。
「………」
その様子を見た男鹿が遮る。
「響古、無理すんな。オレがやる」
「え…?」
振り向くと、つり上がったきつめの瞳と目が合う。
響古が、さすがに長年の付き合いらしく、男鹿が考えていることに気づく。
そして、響古から了承を得たのを確認すると、肩を優しく押しのけ、葵の誘いに乗る。
「いいぜ。来いよ、このまま相手してやる」
「………男鹿?」
眉を寄せながら古市は問う。
「「………」」
勿論、ベル坊は頭の上。
その行為が、彼女を苛立たせる。
「…やっぱりクズ野郎ね。赤ん坊を盾にする気?それとも」
葵は床を一蹴りする。
「私の事」
その一蹴りの内に、男鹿の身体に木刀を突き刺した。
「ナメてんのかしら」
ところが、木刀は男鹿のシャツを掠めただけだった。
――かわした…!?
刺突を繰り出した余韻で、破かれたシャツが宙に舞う。
――まさか…今の間合いで……!?
「やるわね」
初撃における率直な評価を、寧々は冷静に見る。
「……っっ」
葵は愕然としながら、後ろに下がる。
「………でも、ここまでです」
「――えぇ。でるわ」
千秋が細められた目で告げると、寧々も低い声色で続ける。
「あの構え!?」
目を見張る響古の視線が、木刀を後ろに差し上げて構える葵に向けられる。
「心月流抜刀術、弐式」
裂帛 の気合いを発し、まっすぐ飛び込む。
木刀を横薙ぎに、逃げる男鹿を追いかけるように連続の斬撃を繰り出す。
――百華 乱れ桜。
「ぐ…っ」
瞬間、雲霞 の如き斬撃の怒涛が、窓枠やガラス、壁さえ吹き砕いた。
寧々と千秋は目を見開き、野次馬は目を剥いて呆然とし、響古は唇を噛み締め、古市はあらん限り驚愕する。
爆風が収まると同時に、ようやく廊下の全景が入った。
窓ガラスは全て枠ごと吹き飛んで、コンクリートも半分剥ぎ取られている。
「――…」
葵は言葉を失った。
――嘘でしょう…全部、かわしてる。
その光景の端に、男鹿がいる。
「こえーっ。ヒルダかよ」
あれだけの斬撃を受けたというのに全くの無傷で、ベル坊を頭上に乗せたまま驚いていた。
「なっ…」
これには、寧々と千秋も驚きの声を漏らす。
「アー」
「お。気に入ったか、ベル坊。よーしよしよし。強い女がよかったんだなー」
巧みな剣術と凄まじい攻撃を間近で見せられ、ベル坊が眼を輝かせるのを見た男鹿は歩き出す。
速くはない。
かといって、遅いわけでもない。
無造作な、自然な足取りだった。
「くっ」
木刀を構える間もなく、肩を掴まれる。
「……っ!!」
――速いっ…それに、なんて力。
――やられる…!!
「「姐さん!!」」
後ろの二人がたまらず駆け寄り、葵が覚悟を決めた、その時、
「こいつの、母親になって下さい」
男鹿は真剣な表情で言い放った。
無駄に尊大で男前な物言いに、二人の足が止まり、ぽかんと間抜け面を晒した。
古市は目を剥いて固まった。
目を見開く葵の顔は、一瞬にして真っ赤になる。
「は?」
そして、響古は平静を装って――しかし、眉をピクピクさせていた。
邦枝 葵は、確かに吹聴したくなるほどの美少女だった。
――おおっ、これが女王、邦枝葵…。
美しいだけでなく、凛々しさと強靭なしなやかさが顔を眺めるだけで伝わってくる。
古市の知り合いの中で、抜きん出て綺麗な少女は篠木 響古である。
だが、葵も負けず劣らずだ。
――…いいねっ!!
「おへそみえとる」
レディースの特攻服、さらしに包まれた胸元を凝視し、とても満ち足りた微笑みを浮かべる。
いつの間にかその場がしんと静まり返っていて、寧々達もこちらを気にする。
何人かの男達が周囲に呼びかけ、思い出したように喧騒を取り戻した。
「おいっ。こっちだ、こっち」
「すげぇぞ」
「子連れオーガ・"黒雪姫"とクイーン邦枝がいきなり激突だってよ」
「まじかよ」
「一体どっちが勝つんだ!!」
男達は教室から顔を出し、慌ただしく廊下を走る始末。
木刀を前に突きつける葵と、ベル坊を頭にのせた男鹿と隣に立つ響古が対峙する。
しかし、葵を見た彼女は緊張のあまり、固まった唇を動かして、つぶやくように、それだけを搾り出す。
「………葵……さん?」
「え……」
自分を呼んだ響古に、葵の肩が震えるのを、男鹿は見た。
そして、凛々しく整った彼女の顔が驚きに歪む。
「まさ、か……でも……」
葵が驚きの眼差しで響古を見つめる――その顔が、一年前に出会った少女の面影と重なった。
「……あなた、響古……?」
葵がその名を呼んだ。
これまで聞いたこともないような、切なそうな声で。
しかし、木刀を下げるような間抜けはしない。
それは、自分と同等の強さをもつ強者して、あるまじき行為だったから。
「姐さん、響古って…!?」
「……響古っ!」
寧々も葵と同様に驚き、千秋は口許に両手をやり、微かに震える唇を動かす。
しばらく硬直していた葵は、どもりながらも声をかける。
「き、き…響古、あなた、なんでここに――」
「……あたし、
「な、な、なんですって!?じゃあ"黒雪姫"というのは…」
葵の言葉に、響古の顔がいきなり緊張に強張る。
言いにくそうに口ごもるが、やがてこくりと頷いた。
「非常に言いにくいんですが……あたしの事です」
かがーん、というショックを受け、よろめき、葵は手をついた。
「「姐さん!!」」
寧々と千秋は慌てて駆け寄る。
ちなみに、この事実に驚愕しているのは何も葵達だけではない。
ざわざわっ!と周囲がどよめく。
「ねぇ、響古!どーゆうこと!?何で女王と知り合い!?むちゃくちゃ羨ましいんだけど!」
自分の言葉が皆の代弁だとでもいうように、古市は直球を投げつけた。
「ふ……古市、め、目が光ってて怖いよ。ちょっと落ち着こう」
「これが落ち着けられるかぁ!いいか、石校で最も有名な女子二人――"黒雪姫"と女王が知り合い、これは重大な事だ!!」
「そ、そうなんだ……」
鬼気迫る形相で詰め寄る古市の剣幕に、少し怯える響古。
いつの間にか、古市が手を握り、ぐいぐいと密着している。
「そーゆう事で女王と、どうやって出会ったのか、その馴れ初め話をじっくり――」
すると、背後から男鹿が、ギリギリ、と古市の首を片腕で締め上げる。
「響古に近過ぎじゃねーのか、古市君よぉ」
彼の双眸は古市を射殺さんばかりに、爛々と強く光っていた。
――うわああ、怖ああ。
あまりの怖さに、教室にいた男達の顔は一気に真っ青。
「ありがと、辰巳。助かった」
響古は、さすがというかなんというか、動じない。
一方で、表情をどんよりと曇らせてうなだれる葵を心配して、寧々と千秋が引き上げようと奮闘する。
「姐さん、しっかり……!」
「気を強くもってください」
葵の後ろに回り込み、せめて自分の世界に閉じこもっている状態だけでも解消させようと彼女の肩を優しく揺する。
「……そうだ。落ち着け、葵。落ち着くのよ」
気遣ってくれる二人に返事をする余裕もなく、ぶんぶんと首を横に振る。
「そうだわ、響古は騙されている、きっと騙されているのよ!!」
葵の大きな独り言は、当然ながら周りに聞こえていた。
「騙し騙され…」
「第三の女……」
「いきなり三股……」
などなど、非常によろしくない噂が、今まさに生まれようとしていた。
(ど、どうしてこんな事に……)
響古は困惑する。
キッと顔を上げた葵は再び、男鹿に木刀を突きつける。
「――…あんたが、男鹿辰巳?」
「――…そーだけど?」
「………」
葵の脳裏に、公園での出会いが過ぎり、その時の少年と目の前の人物が一致した。
――めっちゃ、見た事ある顔なんですけど…。
気まずげな表情で苦悩する葵に、寧々と千秋は疑問符を浮かべる。
すぐさま思考を切り替えて立ち直ると、次の行動を考える。
――どうする?
――幸い、むこうは、まだ気づいてないみたいだし。
すっと瞳を眇め、正面の男鹿から目を逸らしつつ、変装してよかったと安堵する。
(変装しててよかった。響古には見せられないもの、あんな姿)
――とにかく、ここは初対面のフリを…。
改めて視線を戻すと、こちらをまじまじと凝視するベル坊と目が合った。
――気づいてる…!!
――あの目!!
こちらをじっと見つめるベル坊の表情は、なんと表現したらよかったのだろう。
つぶらな瞳にもかかわらず、不思議とひ弱そうな印象は皆無だ。
――あの子は、何か気づいてるわ!!
不意にベル坊は溜め息をついて、葵から視線を逸らす。
――いや…気のせいか…。
ところが、今度は鋭い眼差しで葵を見据える。
――どっち!?
ベル坊の態度に振り回される葵。
締められた首をさすりながら、古市はふと前を見て大声をあげた。
「男鹿!!」
突然の大声に葵は、びくっ、と身じろぎする。
(今度は何!?)
背後に控えていた寧々と千秋の存在に気づいたらしい。
呼ばれた男鹿は話の輪には加わらず、ずっと怪訝な表情のままだ。
「…………」
「なんだよ」
古市はやがて、ゆっくりと口を開く。
「…すげぇ。後ろの二人も、レベル高いぞ」
その瞬間、男鹿は帰りたくなった。
「もう帰っていいか?」
「古市、女好きもいいけど、ふざけるのもいい加減にしてよね」
響古が笑顔で青筋を立てるという、なんとも器用で恐ろしい表情でつっこんだ。
「ばっ…何言ってんだ、お前ら!!クイーン自ら、声をかけてくれてんだぞ!?」
「いや、完全にケンカうられてただろ。今…」
『………』
この上険悪ない雰囲気にもかかわらず、呑気に会話する三人に絶句する。
「――…」
そして男鹿の様子を観察する。
――こいつ…高校生だったのね。
――てゆーか、あれは出来ちゃった子供?
男鹿の頭に乗った緑髪の赤ん坊。
母親は一体、誰なのかと、至極真っ当かつ常識的な思考が暴走回転し始める。
――相手は響古……いやいや、そんな。
赤ん坊の綺麗な緑髪は、どう見ても日本人には生まれるはずのない色だ。
――でも、学校に連れてきてまで、面倒みて…本当に、そんなに悪い奴なのかしら?
最初、男鹿に対する印象は完全に『極悪非道』だと思っていたが、実際に会ってみてそれが薄れつつある。
複雑な表情で思い悩む葵の後ろからは、タチの悪い野次馬がネチネチと責め立てる。
「おいおい」
「どーしたどーした」
「なんだ、やんねーのかよ」
大勢の目が集まっているのを感じる。
さりげなさを装いながら強い関心を隠し切れていない視線があちらこちらから注がれている。
自分達が注目されるのはいつものことだが、窺い見る眼差しはいつもより明らかに多い。
「つまんねーな」
「ククッ。びびったんじゃねーの」
「その程度かよ、邦枝。ヒヒッ」
葵達の目的は、石矢魔を壊滅せんとする男鹿に鉄槌を下し、"黒雪姫"(響古)を更正し、自分達の仲間にすること。
最初に喧嘩を仕掛けてきたのは葵なのだが、一向に攻撃する気配はない。
「…姐さん?」
寧々も途端に不審げな表情で声をかける。
その声で、葵は我に返る。
「はっ」
気合い一声、葵は木刀を横に振った。
次の瞬間、窓ガラスが両断され、破砕音と共に地面に落下する。
「赤ん坊をおろしなさい。それじゃ、本気で闘えないでしょ?」
木刀を振り払い、葵の双眸から戸惑いが消え、代わりに鋭さが強く映し出される。
古市の背筋に意図せぬ緊張が走った。
――おいおい、木刀って切れるもんなの?
無論、木刀に刃はない。
ただ刀の形を模しただけのもの。
にもかかわらず、その切っ先に寸断されて、窓ガラスが真っ二つに割れた。
「とんでもねーよ、この人」
響古とはややベクトルが異なる凛々しい顔立ちとはいえ、やはりレディースの総長。
すると、響古が口を開いた。
「闘う気ですか?葵さん」
漆黒の髪に、黒い瞳、黒一色の制服――全身が黒に染まりながらも、肌だけは雪のように白いという外見から呼ばれた"黒雪姫"。
久しぶりの少女との再会。
だからといって、こちらが引く気も毛頭ない。
その熱い対抗心に反応するように、
「響古には悪いけど…ここで退く訳にはいかないの」
葵は言い切った。
「だったら、あたしがお相手してあげます」
「………その右足で?」
目ざとく、黒いハイソに包まれた――包帯が巻かれた右足を差す。
(葵さん、やっぱり気づいて――…)
響古はその視線を受け止めるかのように顎を引き、強い視線で見返した。
「響古がケガを負うなんて、よほど激しい闘いだったでしょうね。でも、危険よ」
葵は男鹿に軽蔑の眼差しを送り、決定的な一言を言い放つ。
「女の子にケガを負わせるなんて…男鹿辰巳、本当に極悪非道ね」
「っ!!」
その、誰に対するよりも許せない侮辱を受けた響古は、踏み込みの体勢を取る。
拳をつくり、右脇の奥に引き込んでいる。
いつでも殴られる、刺突の構え。
「オーッ」
男鹿の頭上に乗っかるベル坊が、眼を輝かせてはしゃいだ。
「………」
その様子を見た男鹿が遮る。
「響古、無理すんな。オレがやる」
「え…?」
振り向くと、つり上がったきつめの瞳と目が合う。
響古が、さすがに長年の付き合いらしく、男鹿が考えていることに気づく。
そして、響古から了承を得たのを確認すると、肩を優しく押しのけ、葵の誘いに乗る。
「いいぜ。来いよ、このまま相手してやる」
「………男鹿?」
眉を寄せながら古市は問う。
「「………」」
勿論、ベル坊は頭の上。
その行為が、彼女を苛立たせる。
「…やっぱりクズ野郎ね。赤ん坊を盾にする気?それとも」
葵は床を一蹴りする。
「私の事」
その一蹴りの内に、男鹿の身体に木刀を突き刺した。
「ナメてんのかしら」
ところが、木刀は男鹿のシャツを掠めただけだった。
――かわした…!?
刺突を繰り出した余韻で、破かれたシャツが宙に舞う。
――まさか…今の間合いで……!?
「やるわね」
初撃における率直な評価を、寧々は冷静に見る。
「……っっ」
葵は愕然としながら、後ろに下がる。
「………でも、ここまでです」
「――えぇ。でるわ」
千秋が細められた目で告げると、寧々も低い声色で続ける。
「あの構え!?」
目を見張る響古の視線が、木刀を後ろに差し上げて構える葵に向けられる。
「心月流抜刀術、弐式」
木刀を横薙ぎに、逃げる男鹿を追いかけるように連続の斬撃を繰り出す。
――百華 乱れ桜。
「ぐ…っ」
瞬間、
寧々と千秋は目を見開き、野次馬は目を剥いて呆然とし、響古は唇を噛み締め、古市はあらん限り驚愕する。
爆風が収まると同時に、ようやく廊下の全景が入った。
窓ガラスは全て枠ごと吹き飛んで、コンクリートも半分剥ぎ取られている。
「――…」
葵は言葉を失った。
――嘘でしょう…全部、かわしてる。
その光景の端に、男鹿がいる。
「こえーっ。ヒルダかよ」
あれだけの斬撃を受けたというのに全くの無傷で、ベル坊を頭上に乗せたまま驚いていた。
「なっ…」
これには、寧々と千秋も驚きの声を漏らす。
「アー」
「お。気に入ったか、ベル坊。よーしよしよし。強い女がよかったんだなー」
巧みな剣術と凄まじい攻撃を間近で見せられ、ベル坊が眼を輝かせるのを見た男鹿は歩き出す。
速くはない。
かといって、遅いわけでもない。
無造作な、自然な足取りだった。
「くっ」
木刀を構える間もなく、肩を掴まれる。
「……っ!!」
――速いっ…それに、なんて力。
――やられる…!!
「「姐さん!!」」
後ろの二人がたまらず駆け寄り、葵が覚悟を決めた、その時、
「こいつの、母親になって下さい」
男鹿は真剣な表情で言い放った。
無駄に尊大で男前な物言いに、二人の足が止まり、ぽかんと間抜け面を晒した。
古市は目を剥いて固まった。
目を見開く葵の顔は、一瞬にして真っ赤になる。
「は?」
そして、響古は平静を装って――しかし、眉をピクピクさせていた。