バブ96
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十月も半ばになると、朝なお寒風が街を揉む。
登校途中の肌を刺すような冷気の中、
「涼子さん…はよっス」
後ろから声をかけられ、振り返った先にレッドテイルのメンバーである薫と出くわした。
「おう、薫か…今日も寒いな」
「寧々さん の話、聞きました?」
薫は早々に、レッドテイルのリーダーである寧々からの本題を訊ねた。
涼子は首に巻いたマフラーの下から答える。
「あぁ。危ねー奴らが攻めてくるらしいな…オレ達もうかうかしてらんねー」
「やぁ、グッドモーニング。朝から美しいね、お嬢さん達」
その時、縦縞の柄が入ったスーツを着た男がウィンクをして馴れ馴れしく話しかけてきた。
アレ、名前が決められていないモブキャラじゃなかったっけ、と首を傾げてしまいそうな下川の登場である。
「グッナイ!!おはようからおやすみまで、あなたの暮らしを支える、グッドナイト下川ですよ」
その自己紹介は、自分をアピールしたい目立ちたがり屋、というよりも、自分から相手が自分のことを知っていて当然と思っているが故のものであるように感じられた。
だが、涼子と薫は一刀両断、早足で通り過ぎる。
「グッバイ」
「ノンノンノン。グッバイじゃない、グッナイだ。グッドナイト下川。時間があれば何故、僕がそう呼ばれるようになったか…その秘密のエピソードを、三夜連続でたっぷりと語ってあげたい所だけどね」
彼女達の冷たい反応にもめげずに後を追い、壁に寄りかかって先回りしてきた。
「今日は単刀直入に聞かせて貰うよ?葵ちゃんはいつになったら学校に来るんだい?」
(ヘコたれねーヤローだな…)
いい加減、下川のトークに辟易していた涼子は、現実逃避気味に心の中でそんなツッコミを入れる。
話を受け流しながら聞いている最中、こんなことを言ってきた。
「見たところ、今日も一緒じゃないみたいだけど…」
その姿に、僅かな皮肉を込めて言う。
「バカか、おめー。なんにも知らねーんだな」
「は?」
湿布や痣という痛々しい格好で登校してきた出馬の元に、噂を聞きつけて郷が駆けつける。
「出馬っ!!東条とやり合ったって本当か!?お前。しかも、その傷…!!まさか、負けたのか!?」
「郷君…」
「てゆーか、なんで僕も呼んでくれなかったんですか!?」
これまで見たことのない彼の痛々しい姿に、最悪な展開が頭を過ぎる郷を押しのけて、三木が詰め寄る。
「――っと…」
「そーデスよ、出馬サン。水臭いじゃナイですか。我々も戦いたかったデスヨ」
「東条…殺ス」
「なんやなんや、君ら…急にわらわらと――…」
さらにはアレックスや榊も交じり、顔を揃えて詰め寄る男達に出馬は呆れた表情を浮かべた。
声量こそ抑えているが、だいぶ荒っぽいものになっている彼らをなだめるように軽い口調で告げる。
「安心せぇ。別に負けてへん。それにケンカやのうて、ただの試合や」
「おいっ、出馬っ!!」
それだけ?という顔が並ぶ中で、郷が引き止めようとするが、彼らへ向けられていた視線が逸れる。
「――これは、また別や…」
出馬がそうつぶやいて、この話題はそれきりになった。
「もう、HR始まるで」
「――…出馬さん…」
思いつめた目で話を終わらせた出馬の真意が理解できず、三木は胸騒ぎを覚えた。
なんとも言いようがない、というのが彼の偽らざる内心だった。
「よーし全員席につけー」
朝のHR。
石矢魔が配属する特別教室に、早乙女ではなく佐渡原が久しぶりにやって来た。
「今日は早乙女先生は休みだ、よって私が代わりにHRしてやるからなー。皆、喜べー」
教室に入った時、少し緩んでいた佐渡原の表情が目の前の光景によって一気に強張った。
「――って、えぇええーっ!?学級閉鎖!?」
教室内は約半数が空席で、授業にならないほどに生徒がいない。
そこへ、涼子が手を挙げて石矢魔生徒の欠席を告げる。
「先生、神崎君と姫川君と夏目君と城山君と古市君と、男鹿君と篠木さんと邦枝さんと大森さんと谷村さんと花澤さんは親戚に不幸があって休むそーです。あとは知らねーっス」
「オレ、嫌われてんの!?」
「否定はしねーっス」
あながち冗談とも聞こえない口調に、どんな顔をすればいいのか選択に困っている佐渡原の肩をポンと叩いて、下川が慰める。
「――…」
教師にどうとでも解釈できる言い訳を残し、涼子は頬杖をついて昨夜の出来事を思い出す。
その時彼女の顔は、戸惑いに埋め尽くされていた。
(――「はぁ――…!?姫川ん家でゲーム!?由加、あんた一体――…」――)
その戸惑いには、ちゃんと理由があった。
――昨夜、自室でくつろいでいた涼子の番号にかけられてきた電話。
――電話の相手は由加で、驚きの声をあげる涼子に事情を伝える。
「いやいやいや!!違うんスよ、リョーコさん!!さっき言ってた、その首謀者ってのがね、オニ、ゲーム好きらしいんスけど…ネットゲームで勝ったら、居場所教えるとか言ってんスよ!!」
――ゲーム部屋につながる廊下から通話する間にも、
「キックだ、キック!!間合い取れ」
「よけろって、バカ」
――パソコン画面に集中する千秋に、男達の声援を送る声が届く。
「――で、勝ったのかい?」
≪いや~~~~…それが、もうパネェんスよ!!オニ強っス!!アキチーが今、30連敗してふて寝した所っス≫
「千秋が?」
――圧倒的過ぎる攻撃力も前に、もはや為す術もなく千秋は枕に突っ伏してふて腐れる。
「ちょっと格ゲーじゃ勝てそーにないっスね。姫川先輩が今、交渉してるんスけど」
――ペディキュアを塗りながら肩と頬で携帯を器用に挟んで耳を傾けていると、由加から明日の日程が告げられた。
≪なんか、明日別のゲームで対戦する事になりそなんスよ。ウチら、全員≫
「はぁ?」
――勝負の急展開に思わず上擦った声をあげてしまい、そこで電話は切られた。
高層マンションとはいえ、入居者はやはり上の階を好む。
必然的に最上階は値段も最高だ。
この都心の立地で高層マンションの最上階に部屋を持つのは、いくら金持ちとはいえまだ高校生の姫川では、パトロンでもついてない限り難しいはずだった――彼がたんなる高校生であるならば。
「ひーめかーわくん!!あーそーぼっ!!」
≪お前ら、わざとやってんだろ…さっさと入れ≫
しらけた表情で姫川がつっこむ。
認証で扉が自動的に開くと同時に、レディスーツを着た女性がパンプスの靴音を鳴らして出てきた。
「な…なんかドキドキするっスね。キャ…キャリアウーマンっスよ…」
「堂々としてろ、バカ」
まじまじと後ろ姿を見つめる由加を叱咤し、「勝手知ったる」という感じで、遠慮なく歩みを進める。
「オレ達だって遊びに来たわけじゃねーんだぞ」
「えぇ」
「ゲームしに来たんだけどね」
「てゆーか、なんでアタシらまで…」
関係ないんじゃ…と渋る寧々に対し、千秋は珍しく大声で反論する。
「人数がいるんですよ、寧々さん!!」
「アキチは今日もやる気だねー」
エントランスを移動してエレベーターに乗り込み、ボタンを押す。
動き出しの僅かな浮遊感。
階数表示のパネルが一つずつ明滅して数字が上がっていく間にも、話は続く。
「人数がいるって、どんなゲームよ?アタシら全部で9人もいんのよ?そんなゲームあんの?」
「戦争ゲームですよ。オンライン上で人を集めてチーム分けして戦うんです。大きな物になると、200人以上入れる物もありますよ」
前も語った話を、おさらいするように千秋は繰り返した。
元々口数が多いとはいえない彼女だが、この時ばかりは得意げな表情で淡々と説明する。
千秋の表情よりもその知識に意外感を覚えて、城山は面食らう。
「谷村…お前、詳しいな」
「昨日、ソフトを借りて徹夜で練習しましたから…」
ゲームのパッケージを掲げて見据えてくる瞳は、まさしくゲーマーの証。
この少女は表情や声に表れにくいだけで、しっかりと感情を表している。
雰囲気であったり、瞳であったり、そこに宿る感情を読み取るのはさほど難しくはない。
だからその真剣な色に、寧々は驚きを隠せない。
「ゲームになると、本当キャラ変わるわね…アンタ…」
「今日は負けません」
姫川が待つフロアに辿り着き、エレベーターが到着のチャイムを告げる。
「つーかよ…」
言おう言おうと思っていたことを、ついに神崎は口にした。
「古市はどーした、古市はっ!!あの、ラミアとかいうガキもだっ!!あいつら、オレ達より遅れて来たら、たたじゃ――…」
その時、アランドロンが向こう側から歩いてきて、出かかった言葉を神崎は呑み込んだ。
「失礼――…」
そうつぶやき、エレベーターに乗り込むと何事もなかったように扉が閉まり、自然と視線が集まる。
「――…あれ…?」
「なんだっけ………?あいつ…」
アランドロンの姿を見た途端、神崎と夏目は半眼になった目を向ける(トラウマ)。
どうやら記憶が曖昧らしく、あの出来事を朧気にしか覚えていない。
(詳しくはバブ63を読んでね)
「あ…おはよーございますー」
渦中の二人もいい塩梅に混乱しているのを横目に、移動に便利な悪魔の能力によって一足早く到着した古市、ラミアと合流する。
「全員、揃ったな。じゃあ、練習すっから席につけ」
正面、奥の机から声がかけられた。
リビングに通じるドアを開けて、石矢魔生徒+ラミアは度肝を抜いた。
昨日まで4台しかなかったはずなのに、いつの間にか人数分のパソコンと机が部屋一面を占めている。
「――って、お前、これ一人でやったのかよ?」
「増えてる!!」
「まさか――…人と金はこーやって使うんだよ。一部屋に集まった方が有利だからな」
神崎のジトッとした視線を受けても、姫川の澄ました顔は崩れない。
むしろ神崎の方が微妙に悔しそうな表情を浮かべていた。
姫川が手元にあるリモコンのスイッチを押す。
「ちなみに、あっちのサブモニターで全員の動きがチェック出来るようになってる」
『基地かっ!!』
呆れたことに、全員分のパソコンのみならず、大画面のパネルモニタを設置したらしい。
「うーむ…」
「これは、なんとも…」
「スゴイな…」
「パネェ」
「テンション上がってきましたね」
「………」
「大魔王様みたい…」
あまりのブルジョアに返す言葉が見つからない神崎達、素直に驚きを露にする由加、言葉を選ぶ古市、興奮気味に頬を染める千秋。
ラミアだけはゲーマーな大魔王をイメージする。
「3時のゲーム開始まで、あと5時間。これが正真正銘のラストチャンスだ、全員、死ぬ気で練習すっぞ」
指し示されたのは、一夜の内に並べられた長机。
各々、好き勝手に座りながら神崎が呆れ声でつぶやく。
「つーか、よく向こうもOKしたよな。昨日、オレ達あんなにコテンパンに負けたのによ」
「なんだかんだで、むこうも遊び相手が欲しいんだろ?」
「正解」
「アタシもやるの?」
古市がそう言うのと同時に、ラミアが自身を指差した。
「よーし、ゲームの説明すっぞ。全員、起動させろ」
「起動って何?どこ押すの?」
パソコンの起動すらわからない寧々に、
「下の丸いボタンです」
千秋はボタンを指差して教える。
(不安だ…)
夏目はそれを胡乱げな眼差しで見つめる。
起動ボタンを押したことでパソコンに明かりがつき、寧々は嬉しそうな声をあげる。
「あっ…ついた!!千秋!!ついたついた!!」
「はしゃぐな、大森…」
ほっと胸を撫で下ろす寧々にツッコミを入れてから、姫川は画面の中のタイトルロゴに目をやって説明する。
「ジ・エンド・オブ・ウォー4。俗に言うTPSゲームだな…」
「TPS…?」
登校途中の肌を刺すような冷気の中、
「涼子さん…はよっス」
後ろから声をかけられ、振り返った先にレッドテイルのメンバーである薫と出くわした。
「おう、薫か…今日も寒いな」
「
薫は早々に、レッドテイルのリーダーである寧々からの本題を訊ねた。
涼子は首に巻いたマフラーの下から答える。
「あぁ。危ねー奴らが攻めてくるらしいな…オレ達もうかうかしてらんねー」
「やぁ、グッドモーニング。朝から美しいね、お嬢さん達」
その時、縦縞の柄が入ったスーツを着た男がウィンクをして馴れ馴れしく話しかけてきた。
アレ、名前が決められていないモブキャラじゃなかったっけ、と首を傾げてしまいそうな下川の登場である。
「グッナイ!!おはようからおやすみまで、あなたの暮らしを支える、グッドナイト下川ですよ」
その自己紹介は、自分をアピールしたい目立ちたがり屋、というよりも、自分から相手が自分のことを知っていて当然と思っているが故のものであるように感じられた。
だが、涼子と薫は一刀両断、早足で通り過ぎる。
「グッバイ」
「ノンノンノン。グッバイじゃない、グッナイだ。グッドナイト下川。時間があれば何故、僕がそう呼ばれるようになったか…その秘密のエピソードを、三夜連続でたっぷりと語ってあげたい所だけどね」
彼女達の冷たい反応にもめげずに後を追い、壁に寄りかかって先回りしてきた。
「今日は単刀直入に聞かせて貰うよ?葵ちゃんはいつになったら学校に来るんだい?」
(ヘコたれねーヤローだな…)
いい加減、下川のトークに辟易していた涼子は、現実逃避気味に心の中でそんなツッコミを入れる。
話を受け流しながら聞いている最中、こんなことを言ってきた。
「見たところ、今日も一緒じゃないみたいだけど…」
その姿に、僅かな皮肉を込めて言う。
「バカか、おめー。なんにも知らねーんだな」
「は?」
湿布や痣という痛々しい格好で登校してきた出馬の元に、噂を聞きつけて郷が駆けつける。
「出馬っ!!東条とやり合ったって本当か!?お前。しかも、その傷…!!まさか、負けたのか!?」
「郷君…」
「てゆーか、なんで僕も呼んでくれなかったんですか!?」
これまで見たことのない彼の痛々しい姿に、最悪な展開が頭を過ぎる郷を押しのけて、三木が詰め寄る。
「――っと…」
「そーデスよ、出馬サン。水臭いじゃナイですか。我々も戦いたかったデスヨ」
「東条…殺ス」
「なんやなんや、君ら…急にわらわらと――…」
さらにはアレックスや榊も交じり、顔を揃えて詰め寄る男達に出馬は呆れた表情を浮かべた。
声量こそ抑えているが、だいぶ荒っぽいものになっている彼らをなだめるように軽い口調で告げる。
「安心せぇ。別に負けてへん。それにケンカやのうて、ただの試合や」
「おいっ、出馬っ!!」
それだけ?という顔が並ぶ中で、郷が引き止めようとするが、彼らへ向けられていた視線が逸れる。
「――これは、また別や…」
出馬がそうつぶやいて、この話題はそれきりになった。
「もう、HR始まるで」
「――…出馬さん…」
思いつめた目で話を終わらせた出馬の真意が理解できず、三木は胸騒ぎを覚えた。
なんとも言いようがない、というのが彼の偽らざる内心だった。
「よーし全員席につけー」
朝のHR。
石矢魔が配属する特別教室に、早乙女ではなく佐渡原が久しぶりにやって来た。
「今日は早乙女先生は休みだ、よって私が代わりにHRしてやるからなー。皆、喜べー」
教室に入った時、少し緩んでいた佐渡原の表情が目の前の光景によって一気に強張った。
「――って、えぇええーっ!?学級閉鎖!?」
教室内は約半数が空席で、授業にならないほどに生徒がいない。
そこへ、涼子が手を挙げて石矢魔生徒の欠席を告げる。
「先生、神崎君と姫川君と夏目君と城山君と古市君と、男鹿君と篠木さんと邦枝さんと大森さんと谷村さんと花澤さんは親戚に不幸があって休むそーです。あとは知らねーっス」
「オレ、嫌われてんの!?」
「否定はしねーっス」
あながち冗談とも聞こえない口調に、どんな顔をすればいいのか選択に困っている佐渡原の肩をポンと叩いて、下川が慰める。
「――…」
教師にどうとでも解釈できる言い訳を残し、涼子は頬杖をついて昨夜の出来事を思い出す。
その時彼女の顔は、戸惑いに埋め尽くされていた。
(――「はぁ――…!?姫川ん家でゲーム!?由加、あんた一体――…」――)
その戸惑いには、ちゃんと理由があった。
――昨夜、自室でくつろいでいた涼子の番号にかけられてきた電話。
――電話の相手は由加で、驚きの声をあげる涼子に事情を伝える。
「いやいやいや!!違うんスよ、リョーコさん!!さっき言ってた、その首謀者ってのがね、オニ、ゲーム好きらしいんスけど…ネットゲームで勝ったら、居場所教えるとか言ってんスよ!!」
――ゲーム部屋につながる廊下から通話する間にも、
「キックだ、キック!!間合い取れ」
「よけろって、バカ」
――パソコン画面に集中する千秋に、男達の声援を送る声が届く。
「――で、勝ったのかい?」
≪いや~~~~…それが、もうパネェんスよ!!オニ強っス!!アキチーが今、30連敗してふて寝した所っス≫
「千秋が?」
――圧倒的過ぎる攻撃力も前に、もはや為す術もなく千秋は枕に突っ伏してふて腐れる。
「ちょっと格ゲーじゃ勝てそーにないっスね。姫川先輩が今、交渉してるんスけど」
――ペディキュアを塗りながら肩と頬で携帯を器用に挟んで耳を傾けていると、由加から明日の日程が告げられた。
≪なんか、明日別のゲームで対戦する事になりそなんスよ。ウチら、全員≫
「はぁ?」
――勝負の急展開に思わず上擦った声をあげてしまい、そこで電話は切られた。
高層マンションとはいえ、入居者はやはり上の階を好む。
必然的に最上階は値段も最高だ。
この都心の立地で高層マンションの最上階に部屋を持つのは、いくら金持ちとはいえまだ高校生の姫川では、パトロンでもついてない限り難しいはずだった――彼がたんなる高校生であるならば。
「ひーめかーわくん!!あーそーぼっ!!」
≪お前ら、わざとやってんだろ…さっさと入れ≫
しらけた表情で姫川がつっこむ。
認証で扉が自動的に開くと同時に、レディスーツを着た女性がパンプスの靴音を鳴らして出てきた。
「な…なんかドキドキするっスね。キャ…キャリアウーマンっスよ…」
「堂々としてろ、バカ」
まじまじと後ろ姿を見つめる由加を叱咤し、「勝手知ったる」という感じで、遠慮なく歩みを進める。
「オレ達だって遊びに来たわけじゃねーんだぞ」
「えぇ」
「ゲームしに来たんだけどね」
「てゆーか、なんでアタシらまで…」
関係ないんじゃ…と渋る寧々に対し、千秋は珍しく大声で反論する。
「人数がいるんですよ、寧々さん!!」
「アキチは今日もやる気だねー」
エントランスを移動してエレベーターに乗り込み、ボタンを押す。
動き出しの僅かな浮遊感。
階数表示のパネルが一つずつ明滅して数字が上がっていく間にも、話は続く。
「人数がいるって、どんなゲームよ?アタシら全部で9人もいんのよ?そんなゲームあんの?」
「戦争ゲームですよ。オンライン上で人を集めてチーム分けして戦うんです。大きな物になると、200人以上入れる物もありますよ」
前も語った話を、おさらいするように千秋は繰り返した。
元々口数が多いとはいえない彼女だが、この時ばかりは得意げな表情で淡々と説明する。
千秋の表情よりもその知識に意外感を覚えて、城山は面食らう。
「谷村…お前、詳しいな」
「昨日、ソフトを借りて徹夜で練習しましたから…」
ゲームのパッケージを掲げて見据えてくる瞳は、まさしくゲーマーの証。
この少女は表情や声に表れにくいだけで、しっかりと感情を表している。
雰囲気であったり、瞳であったり、そこに宿る感情を読み取るのはさほど難しくはない。
だからその真剣な色に、寧々は驚きを隠せない。
「ゲームになると、本当キャラ変わるわね…アンタ…」
「今日は負けません」
姫川が待つフロアに辿り着き、エレベーターが到着のチャイムを告げる。
「つーかよ…」
言おう言おうと思っていたことを、ついに神崎は口にした。
「古市はどーした、古市はっ!!あの、ラミアとかいうガキもだっ!!あいつら、オレ達より遅れて来たら、たたじゃ――…」
その時、アランドロンが向こう側から歩いてきて、出かかった言葉を神崎は呑み込んだ。
「失礼――…」
そうつぶやき、エレベーターに乗り込むと何事もなかったように扉が閉まり、自然と視線が集まる。
「――…あれ…?」
「なんだっけ………?あいつ…」
アランドロンの姿を見た途端、神崎と夏目は半眼になった目を向ける(トラウマ)。
どうやら記憶が曖昧らしく、あの出来事を朧気にしか覚えていない。
(詳しくはバブ63を読んでね)
「あ…おはよーございますー」
渦中の二人もいい塩梅に混乱しているのを横目に、移動に便利な悪魔の能力によって一足早く到着した古市、ラミアと合流する。
「全員、揃ったな。じゃあ、練習すっから席につけ」
正面、奥の机から声がかけられた。
リビングに通じるドアを開けて、石矢魔生徒+ラミアは度肝を抜いた。
昨日まで4台しかなかったはずなのに、いつの間にか人数分のパソコンと机が部屋一面を占めている。
「――って、お前、これ一人でやったのかよ?」
「増えてる!!」
「まさか――…人と金はこーやって使うんだよ。一部屋に集まった方が有利だからな」
神崎のジトッとした視線を受けても、姫川の澄ました顔は崩れない。
むしろ神崎の方が微妙に悔しそうな表情を浮かべていた。
姫川が手元にあるリモコンのスイッチを押す。
「ちなみに、あっちのサブモニターで全員の動きがチェック出来るようになってる」
『基地かっ!!』
呆れたことに、全員分のパソコンのみならず、大画面のパネルモニタを設置したらしい。
「うーむ…」
「これは、なんとも…」
「スゴイな…」
「パネェ」
「テンション上がってきましたね」
「………」
「大魔王様みたい…」
あまりのブルジョアに返す言葉が見つからない神崎達、素直に驚きを露にする由加、言葉を選ぶ古市、興奮気味に頬を染める千秋。
ラミアだけはゲーマーな大魔王をイメージする。
「3時のゲーム開始まで、あと5時間。これが正真正銘のラストチャンスだ、全員、死ぬ気で練習すっぞ」
指し示されたのは、一夜の内に並べられた長机。
各々、好き勝手に座りながら神崎が呆れ声でつぶやく。
「つーか、よく向こうもOKしたよな。昨日、オレ達あんなにコテンパンに負けたのによ」
「なんだかんだで、むこうも遊び相手が欲しいんだろ?」
「正解」
「アタシもやるの?」
古市がそう言うのと同時に、ラミアが自身を指差した。
「よーし、ゲームの説明すっぞ。全員、起動させろ」
「起動って何?どこ押すの?」
パソコンの起動すらわからない寧々に、
「下の丸いボタンです」
千秋はボタンを指差して教える。
(不安だ…)
夏目はそれを胡乱げな眼差しで見つめる。
起動ボタンを押したことでパソコンに明かりがつき、寧々は嬉しそうな声をあげる。
「あっ…ついた!!千秋!!ついたついた!!」
「はしゃぐな、大森…」
ほっと胸を撫で下ろす寧々にツッコミを入れてから、姫川は画面の中のタイトルロゴに目をやって説明する。
「ジ・エンド・オブ・ウォー4。俗に言うTPSゲームだな…」
「TPS…?」