バブ94
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
軽快なリズムで踊り出すベル坊。
手を大きく動かし、腰を振って踊り続ける。
親代わりである男鹿は黙々とカレーを咀嚼し、響古は優しげな微笑みを浮かべている。
対して、葵達はぴくりとも動かず見つめていた。
半ば呆然と、ベル坊の踊る姿を見守る。
「あの…何をしてるのかしら…?」
葵がおそるおそる聞くと、二人は首を傾げる。
「あん?」
「何って…」
「食事前のお祈りに決まってんじゃねーか」
「……………」
「決まってねーよ」
確認する男鹿に三鏡がつっこむと、踊りが終わったらしく、最後にビシッと決めボーズをする。
「下らねー事、赤ん坊に仕込んでねーでさっさと食えや、ボケが」
「別に仕込んでねーっつーの、ハゲ。知らねーのか?」
頭の包帯を外した三鏡の邪険な言い草に、男鹿も言い返す。
「悪魔の王族ってやつは、儀式を重んじるからな。一つ成長するごとに、こーやって歓 びの舞を踊り狂うんだぜ?ヒルダもたまにやってるぞ」
「すっごい大事な事らしいから、精一杯覚えなきゃいけないらしくて……まぁ、悪魔について知らない事も多すぎから、あたしと辰巳自身も結構ためになるんだよ」
――上級階級、しかも王族の家系に生まれた悪魔は儀式を重んじる。
「坊っちゃま、足の角度!!」
――こんなふうに基本も知らないベル坊も、ヒルダからダンスを教えられ、練習に励んでいた。
「すまん、何を言ってるか、さっぱりわからん」
「………」
眉を険しく寄せた葵がおもむろに立ち上がり、響古の腕を引っ張る。
「ちょっと響古!!来なさいっ!!」
「え?」
「なんだよ?今食ってんだろ」
二人は顔を見合わせてから、葵に向かって言葉を投げかける。
しかし、聞く耳持たず強引に連れ出すと、漆黒の相貌に耳を寄せて問いつめる。
「あなた、いいの?悪魔の事、そんな簡単に喋って…」
「……あー、いいんじゃないですか?今までも特に追及される事なく、なんとかやり過ごしてきましたし……」
すると、何か言いたげな目をこちらへ向ける葵。
だが、年上の彼女の目にはどこか批判精神が隠然と宿っていた。
何故か居心地悪くなって、響古は身をすくませた。
そこに救い主が現れた。
男鹿とベル坊である。
「……?なんで?別に隠した事なんてねーぞ」
「アー」
「隠しなさい。一から説明したって、どーせわかんないんだから。みんな頭に?マークついてるじゃない!!」
「そ…そーか?」
声を潜めて秘密の会話をする三人の後ろでは、話の内容を知らない影組が疑問符を浮かべている。
「―ったく、しっかりしなさいよね。そんな事だから、カン違いしたりすんじゃない」
「……?カン違い?誰が?ナニを?」
首を傾げながら男鹿が訊ねると、葵が時間差で顔を赤らめた。
「……葵さん、何を想像したんですか?」
「い、いえ、その、何でもないの!とっ…とにかく!!悪魔の事は内緒!!分かったわね!!」
「お…おう…」
憂鬱状態からいきなり真っ赤にさせて怒鳴り散らす葵に、
「何、怒ってんだ」
男鹿はわけがわからない、といった様子。
「響古も!!男鹿をあんまり甘やかさない!!」
三鏡は何を誤解(?)したのか、探るような目を三人へ向けた。
「男鹿のやろう…邦枝ちゃんや篠木ちゃんにずい分、なれなれしいじゃねぇか…!!」
「…まさか、あの三人、三角関係にもつれてるんじゃあるまいの……」
鬼塚が独り言じみたつぶやきを漏らしたその時、三鏡の繰り出した前蹴りを食らい、食べたカレーを戻しそうになる。
「とりゃっ!!」
「おぼぉっ!!」
「縁起でもねぇ事、言うんじゃねぇ、このハゲっっ!!殺すぞっ」
お揃いでわかりやすい反応を示した仲間を横目に、黒木と出崎はやれやれと溜め息をつく。
束の間の休息を取る面々へ、祖父は今日、泊まる場所を言い渡す。
「全員、飯を食ったらこの先の寺まで行くぞ。今日は、そこで一泊じゃ」
鬱蒼とした森に囲まれた石段を登る。
都心とは静かで、風と空気も爽やかだった。
ひどく清々しい。
「おぉ」
長い石段を登り切った先に飛び込んできたのは、静かな社 。
落ち着いた聖域。
見事な佇まいだった。
「すげぇな…」
「つか…こんなトコ、泊まっていいのか…?」
泊まり込む場所が神聖な神社と教えられて、影組はたちまち萎縮する。
「ここの住職とは昔からの知り合いでの。遠慮はいらんよ」
にこにこと柔和に笑い、ひどく優しげな印象の住職が出迎える。
「そうですよ。冬の間は来客も少ないですからね。賑やかになっていいでしょう」
「あ…これは…お世話になります」
「…うむ。世話になるの、住職」
男達が落ち着きない気分を持て余す中、黒木だけがきちんと頭を下げる。
響古はさりげなく周囲を見回す。
祖父は昔からの知り合いである住職と話している。
ここで住職と視線が合ったので、会釈した。
身についたゆえの礼儀正しさ、律義さに見える。
すると、向こうもお辞儀してくれた。
「これは…珍しい客人が来たものですね。若い頃のキヨ子さんにそっくりだ」
「おばあ様を知っているのですか!?」
「それは勿論、あの方とは昔からの知り合いです。普段は屋敷にこもっているようですが、こっそり遊びに来るんですよ。外見に似合わず、茶目っ気のある人で……」
古い知り合いの見立てである。
よもや勘違いではあるまい。
「すみません…ご迷惑をおかけして……」
響古が恥ずかしそうに縮こまっていると、珍しいものでも見たかのように、影組が驚きを露に話している。
「なんか、口調が変わった気が…」
「――…そういえば、老師と話す時も自然とそんな言葉で話していたような……」
「やだ、もしかしてどこかのお嬢様!?」
お嬢様然とした清楚な一面に驚嘆しながら、小声で話し合う。
「諫冬 !!お客様をご案内しなさい」
住職の声をかけられた方を向くと、
「おおっ」
そこには整った顔立ちの少女が立っていた。
白い上衣と赤い袴を身につけ、黒髪を肩の高さで切り揃え、丁寧に頭を下げる。
ここからは諫冬が先を歩き、長い廊下を先導してくれた。
緑の雑木林に囲まれた広い縁側を、秋の風が吹き抜ける。
「いやー、マジすげぇな。こんなトコ泊まれるなんて。まるで高級旅館だぜ」
「うむ、ラッキーじゃ」
立派な寺院の造りに感動しているところ、祖父から意外な事実が告げられる。
「何を言っとる。お前さんらは本堂に雑魚寝じゃぞ」
「えーっ」
立派な神社に泊まれると思いきや、影組は不平不満になる。
「いさふゆちゃん、いさふゆちゃん!!どーゆー字書くの?かわいいねー?何歳?中学生かな!?」
「お前は本当、軽いのう」
「本当…やめなさいよ、怯えてるじゃない」
他の三人が顔をしかめている中、三鏡は軽々しく声をかけ、
「さいてー」
響古と一緒に歩く葵が言った。
「ここです」
人見知りなのか、恥ずかしげに遠慮する諫冬の反応にハッと気づかせられる。
「自業自得じゃ…」
落ち込むのも僅か、三鏡は本堂を通り過ぎる響古と葵に声をかける。
「あり?二人は一緒じゃないの?」
「残念でした。私達は、おじいちゃんとこよ!!」
べーっ、と舌を出す葵の態度に、何故か胸をときめかせる三鏡。
――……やきもち…!?
「アホか」
故意なのか無意識なのか判断がつきにくいボケに、黒木が冷ややかなツッコミを浴びせた。
しばらくして、響古が一人だけ戻ってきた。
葵も祖父も一緒ではない。
「どうしたんだ?」
男鹿が声をかけると、響古は申し訳なさそうな表情で言った。
「実はね……ベル坊、光太君と一緒だとケンカしちゃって。本当なら、母親代わりのあたしがお世話しなくちゃいけないのに……」
と、ベル坊を腕に抱く響古は真摯に訴える。
「……お願いできるかな?」
「あのな、今さら何を言ってんだよ」
「え?」
「もう、赤ん坊の世話するのは慣れっこだし。それより、お願いできるか、なんて――もう言うな。頼りにされてない人間だと思われる気がして……イヤだからな」
ひょいと響古の腕からベル坊を抱え、まっすぐ目を見つめながらの、静かな訴え。
「オレはな、色んな奴らに迷惑かけても響古の力になりてーんだ」
「辰巳……」
野暮で鈍感で朴念仁な少年。
それなのにここまで言ってくれる、感謝と感動に突き動かされて、響古も彼を熱ぽっく見つめた。
そして、なんとなく笑ってしまう。
男鹿との間にある絆めいたものを感じて、嬉しくなった。
見れば、彼の方も微かに笑っていた。
多分、自分と同じことを感じてくれているのだろう。
理由もなく確信し、二人で頷き合った時――。
「ダー」
不意に小さな手が服の袖を引っ張られる。
そういえば、今は修業の最中だった。
男鹿も響古もいつの間にか忘れていたのだが。
急に恥ずかしさを感じて、二人は見つめ合う視線を微妙に逸らす。
そのまま互いを見ないようにしつつ、囁き合った。
「……あ、葵さん心配するから、そろそろ行くね」
「……そ、そうだな」
小さく手を降った響古は、赤い顔を背けてそそくさと去っていった。
本堂に取り残された男鹿は、つぶらな丸い瞳でベル坊に呆れられる始末。
きれいに剃り上げた頭。
厳めしい表情。
筋骨隆々とした巨体。
下半身を覆う粗末な衣。
本堂に足を踏み入れると、柵に仕切られた金剛力士像に目を奪われる。
「おおっ。すげーぞ、ベル坊、見てみろ」
「アー」
「大魔王だ…」
ぼそりとつぶやいた男鹿の言葉に、
「違っ…」
案内役の諫冬が訂正を入れようと口を開きかけた瞬間、変化は起きた。
少女の瞳が茫洋 としたものに変わり、呪力の流れ、人外の気配を感じ取る。
途端、男鹿の身体から魔力が立ちのぼり、霧のように揺らめく。
諫冬は霧を注視して、驚いた。
その拍子に発した物音に反応して、男鹿が振り向く。
「ん?」
ゆらゆらと蜃気楼のように揺れる状態から、はっきりと形を取るようになり――霧は禍々しい髑髏となった。
「………どした?」
「ニョ?」
自分達を注視する視線に訊ねると、諫冬は何も言わず走り去ってしまった。
「嫌われたな、男鹿…」
首を傾げる男鹿を見て、三鏡はおかしそうに笑う。
「葵ちゃん…」
「いさちゃん、久しぶりね。ごめんね、今日は」
客室で休憩していた葵は、諫冬との再会に声を弾ませる。
「ううんっ」
「いや…助かったわい。後で改めて礼に行くでの」
「紹介するわね。こちら、諫冬ちゃん。このお寺の見習い巫女さんなの」
「初めまして、篠木 響古です。この度は貴重な寺での宿泊、ありがとうございます」
「…諫冬です。どうぞ、おくつろぎください」
二人の少女が、改めて自己紹介を交わした。
初対面の挨拶としては妥当なもの。
だが洗練された所作を見せられ、諫冬は少したじろいでいる様子だった。
「あの…おフロ…沸かしてあるからって…お父さんが…」
「本当!!うれしい!!もう汗で、ベトベトなの。ほら、響古もそんな堅苦しい言葉遣いじゃなくて、もっと普通の口調にしなさいよ!」
「あ、そうですか?じゃ、お言葉に甘えて、いさちゃんって呼ばせてもらうね」
諫冬が戸惑っていると、響古はニコッと笑いかける。
手を大きく動かし、腰を振って踊り続ける。
親代わりである男鹿は黙々とカレーを咀嚼し、響古は優しげな微笑みを浮かべている。
対して、葵達はぴくりとも動かず見つめていた。
半ば呆然と、ベル坊の踊る姿を見守る。
「あの…何をしてるのかしら…?」
葵がおそるおそる聞くと、二人は首を傾げる。
「あん?」
「何って…」
「食事前のお祈りに決まってんじゃねーか」
「……………」
「決まってねーよ」
確認する男鹿に三鏡がつっこむと、踊りが終わったらしく、最後にビシッと決めボーズをする。
「下らねー事、赤ん坊に仕込んでねーでさっさと食えや、ボケが」
「別に仕込んでねーっつーの、ハゲ。知らねーのか?」
頭の包帯を外した三鏡の邪険な言い草に、男鹿も言い返す。
「悪魔の王族ってやつは、儀式を重んじるからな。一つ成長するごとに、こーやって
「すっごい大事な事らしいから、精一杯覚えなきゃいけないらしくて……まぁ、悪魔について知らない事も多すぎから、あたしと辰巳自身も結構ためになるんだよ」
――上級階級、しかも王族の家系に生まれた悪魔は儀式を重んじる。
「坊っちゃま、足の角度!!」
――こんなふうに基本も知らないベル坊も、ヒルダからダンスを教えられ、練習に励んでいた。
「すまん、何を言ってるか、さっぱりわからん」
「………」
眉を険しく寄せた葵がおもむろに立ち上がり、響古の腕を引っ張る。
「ちょっと響古!!来なさいっ!!」
「え?」
「なんだよ?今食ってんだろ」
二人は顔を見合わせてから、葵に向かって言葉を投げかける。
しかし、聞く耳持たず強引に連れ出すと、漆黒の相貌に耳を寄せて問いつめる。
「あなた、いいの?悪魔の事、そんな簡単に喋って…」
「……あー、いいんじゃないですか?今までも特に追及される事なく、なんとかやり過ごしてきましたし……」
すると、何か言いたげな目をこちらへ向ける葵。
だが、年上の彼女の目にはどこか批判精神が隠然と宿っていた。
何故か居心地悪くなって、響古は身をすくませた。
そこに救い主が現れた。
男鹿とベル坊である。
「……?なんで?別に隠した事なんてねーぞ」
「アー」
「隠しなさい。一から説明したって、どーせわかんないんだから。みんな頭に?マークついてるじゃない!!」
「そ…そーか?」
声を潜めて秘密の会話をする三人の後ろでは、話の内容を知らない影組が疑問符を浮かべている。
「―ったく、しっかりしなさいよね。そんな事だから、カン違いしたりすんじゃない」
「……?カン違い?誰が?ナニを?」
首を傾げながら男鹿が訊ねると、葵が時間差で顔を赤らめた。
「……葵さん、何を想像したんですか?」
「い、いえ、その、何でもないの!とっ…とにかく!!悪魔の事は内緒!!分かったわね!!」
「お…おう…」
憂鬱状態からいきなり真っ赤にさせて怒鳴り散らす葵に、
「何、怒ってんだ」
男鹿はわけがわからない、といった様子。
「響古も!!男鹿をあんまり甘やかさない!!」
三鏡は何を誤解(?)したのか、探るような目を三人へ向けた。
「男鹿のやろう…邦枝ちゃんや篠木ちゃんにずい分、なれなれしいじゃねぇか…!!」
「…まさか、あの三人、三角関係にもつれてるんじゃあるまいの……」
鬼塚が独り言じみたつぶやきを漏らしたその時、三鏡の繰り出した前蹴りを食らい、食べたカレーを戻しそうになる。
「とりゃっ!!」
「おぼぉっ!!」
「縁起でもねぇ事、言うんじゃねぇ、このハゲっっ!!殺すぞっ」
お揃いでわかりやすい反応を示した仲間を横目に、黒木と出崎はやれやれと溜め息をつく。
束の間の休息を取る面々へ、祖父は今日、泊まる場所を言い渡す。
「全員、飯を食ったらこの先の寺まで行くぞ。今日は、そこで一泊じゃ」
鬱蒼とした森に囲まれた石段を登る。
都心とは静かで、風と空気も爽やかだった。
ひどく清々しい。
「おぉ」
長い石段を登り切った先に飛び込んできたのは、静かな
落ち着いた聖域。
見事な佇まいだった。
「すげぇな…」
「つか…こんなトコ、泊まっていいのか…?」
泊まり込む場所が神聖な神社と教えられて、影組はたちまち萎縮する。
「ここの住職とは昔からの知り合いでの。遠慮はいらんよ」
にこにこと柔和に笑い、ひどく優しげな印象の住職が出迎える。
「そうですよ。冬の間は来客も少ないですからね。賑やかになっていいでしょう」
「あ…これは…お世話になります」
「…うむ。世話になるの、住職」
男達が落ち着きない気分を持て余す中、黒木だけがきちんと頭を下げる。
響古はさりげなく周囲を見回す。
祖父は昔からの知り合いである住職と話している。
ここで住職と視線が合ったので、会釈した。
身についたゆえの礼儀正しさ、律義さに見える。
すると、向こうもお辞儀してくれた。
「これは…珍しい客人が来たものですね。若い頃のキヨ子さんにそっくりだ」
「おばあ様を知っているのですか!?」
「それは勿論、あの方とは昔からの知り合いです。普段は屋敷にこもっているようですが、こっそり遊びに来るんですよ。外見に似合わず、茶目っ気のある人で……」
古い知り合いの見立てである。
よもや勘違いではあるまい。
「すみません…ご迷惑をおかけして……」
響古が恥ずかしそうに縮こまっていると、珍しいものでも見たかのように、影組が驚きを露に話している。
「なんか、口調が変わった気が…」
「――…そういえば、老師と話す時も自然とそんな言葉で話していたような……」
「やだ、もしかしてどこかのお嬢様!?」
お嬢様然とした清楚な一面に驚嘆しながら、小声で話し合う。
「
住職の声をかけられた方を向くと、
「おおっ」
そこには整った顔立ちの少女が立っていた。
白い上衣と赤い袴を身につけ、黒髪を肩の高さで切り揃え、丁寧に頭を下げる。
ここからは諫冬が先を歩き、長い廊下を先導してくれた。
緑の雑木林に囲まれた広い縁側を、秋の風が吹き抜ける。
「いやー、マジすげぇな。こんなトコ泊まれるなんて。まるで高級旅館だぜ」
「うむ、ラッキーじゃ」
立派な寺院の造りに感動しているところ、祖父から意外な事実が告げられる。
「何を言っとる。お前さんらは本堂に雑魚寝じゃぞ」
「えーっ」
立派な神社に泊まれると思いきや、影組は不平不満になる。
「いさふゆちゃん、いさふゆちゃん!!どーゆー字書くの?かわいいねー?何歳?中学生かな!?」
「お前は本当、軽いのう」
「本当…やめなさいよ、怯えてるじゃない」
他の三人が顔をしかめている中、三鏡は軽々しく声をかけ、
「さいてー」
響古と一緒に歩く葵が言った。
「ここです」
人見知りなのか、恥ずかしげに遠慮する諫冬の反応にハッと気づかせられる。
「自業自得じゃ…」
落ち込むのも僅か、三鏡は本堂を通り過ぎる響古と葵に声をかける。
「あり?二人は一緒じゃないの?」
「残念でした。私達は、おじいちゃんとこよ!!」
べーっ、と舌を出す葵の態度に、何故か胸をときめかせる三鏡。
――……やきもち…!?
「アホか」
故意なのか無意識なのか判断がつきにくいボケに、黒木が冷ややかなツッコミを浴びせた。
しばらくして、響古が一人だけ戻ってきた。
葵も祖父も一緒ではない。
「どうしたんだ?」
男鹿が声をかけると、響古は申し訳なさそうな表情で言った。
「実はね……ベル坊、光太君と一緒だとケンカしちゃって。本当なら、母親代わりのあたしがお世話しなくちゃいけないのに……」
と、ベル坊を腕に抱く響古は真摯に訴える。
「……お願いできるかな?」
「あのな、今さら何を言ってんだよ」
「え?」
「もう、赤ん坊の世話するのは慣れっこだし。それより、お願いできるか、なんて――もう言うな。頼りにされてない人間だと思われる気がして……イヤだからな」
ひょいと響古の腕からベル坊を抱え、まっすぐ目を見つめながらの、静かな訴え。
「オレはな、色んな奴らに迷惑かけても響古の力になりてーんだ」
「辰巳……」
野暮で鈍感で朴念仁な少年。
それなのにここまで言ってくれる、感謝と感動に突き動かされて、響古も彼を熱ぽっく見つめた。
そして、なんとなく笑ってしまう。
男鹿との間にある絆めいたものを感じて、嬉しくなった。
見れば、彼の方も微かに笑っていた。
多分、自分と同じことを感じてくれているのだろう。
理由もなく確信し、二人で頷き合った時――。
「ダー」
不意に小さな手が服の袖を引っ張られる。
そういえば、今は修業の最中だった。
男鹿も響古もいつの間にか忘れていたのだが。
急に恥ずかしさを感じて、二人は見つめ合う視線を微妙に逸らす。
そのまま互いを見ないようにしつつ、囁き合った。
「……あ、葵さん心配するから、そろそろ行くね」
「……そ、そうだな」
小さく手を降った響古は、赤い顔を背けてそそくさと去っていった。
本堂に取り残された男鹿は、つぶらな丸い瞳でベル坊に呆れられる始末。
きれいに剃り上げた頭。
厳めしい表情。
筋骨隆々とした巨体。
下半身を覆う粗末な衣。
本堂に足を踏み入れると、柵に仕切られた金剛力士像に目を奪われる。
「おおっ。すげーぞ、ベル坊、見てみろ」
「アー」
「大魔王だ…」
ぼそりとつぶやいた男鹿の言葉に、
「違っ…」
案内役の諫冬が訂正を入れようと口を開きかけた瞬間、変化は起きた。
少女の瞳が
途端、男鹿の身体から魔力が立ちのぼり、霧のように揺らめく。
諫冬は霧を注視して、驚いた。
その拍子に発した物音に反応して、男鹿が振り向く。
「ん?」
ゆらゆらと蜃気楼のように揺れる状態から、はっきりと形を取るようになり――霧は禍々しい髑髏となった。
「………どした?」
「ニョ?」
自分達を注視する視線に訊ねると、諫冬は何も言わず走り去ってしまった。
「嫌われたな、男鹿…」
首を傾げる男鹿を見て、三鏡はおかしそうに笑う。
「葵ちゃん…」
「いさちゃん、久しぶりね。ごめんね、今日は」
客室で休憩していた葵は、諫冬との再会に声を弾ませる。
「ううんっ」
「いや…助かったわい。後で改めて礼に行くでの」
「紹介するわね。こちら、諫冬ちゃん。このお寺の見習い巫女さんなの」
「初めまして、篠木 響古です。この度は貴重な寺での宿泊、ありがとうございます」
「…諫冬です。どうぞ、おくつろぎください」
二人の少女が、改めて自己紹介を交わした。
初対面の挨拶としては妥当なもの。
だが洗練された所作を見せられ、諫冬は少したじろいでいる様子だった。
「あの…おフロ…沸かしてあるからって…お父さんが…」
「本当!!うれしい!!もう汗で、ベトベトなの。ほら、響古もそんな堅苦しい言葉遣いじゃなくて、もっと普通の口調にしなさいよ!」
「あ、そうですか?じゃ、お言葉に甘えて、いさちゃんって呼ばせてもらうね」
諫冬が戸惑っていると、響古はニコッと笑いかける。