バブ90
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ヒルダが口にしたのは、それをどう思うか、ではなく、これからどうするか、ということ。
「次に奴らが来るまで、長くて一週間。それまでにラミア、焔王坊っちゃまを捜し出してはくれんか――まだ人間界にいるはずだが、行方がつかめんのだ…」
思いがけないヒルダの依頼に、ラミアは目を見開くほど驚いた。
「えーーっ!!あたしが焔王坊っちゃまを、捜すっっ!?」
「――うむ。すまんが、頼めんか…?」
切羽詰まった感じで切り出すと、よほど困っているらしく、ヒルダは表情を険しくさせる。
「我々、ベルゼ様の家臣がおおっぴらに動いては、ベヘモットに更なる争いの口実を与えてしまうのだ。奴らを止められるのは、もはや焔王様しかおらん」
話が進むにつれて、場の空気が重くなっていった。
ヒルダの説明を聞くにつれて、全てが納得でき始めた。
ベヘモット柱師団が次に襲ってくるまでに、主君の焔王と話し合いで彼らを止めるのだ。
「そう思って今朝から何度か連絡を試みたが…この様なメールが返ってきたきりだ…」
ラミアが絶句していると、ヒルダが通信機を取り出し、メールの内容を見せる。
ネトゲサイコー。
\(・ε・)/
「唯一、連絡先を知っていたイザベラの通信機からだが…この後は、もうこちらのメールすら着信拒否だ」
欲望の赴くまま、人間界を謳歌する焔王。
ゲームを満喫する文章よりも、喜びを表す顔文字に苛立ちを覚える。
(なんかムカつく…何、このカオ)
ヒルダはうつむき、何か考え込むようにしてつぶやく。
「欲を言えば、響古も同行させたがったがな」
「…なんでお姉様の名前が出るんですか?」
「これは、大変遺憾な事なのだが……」
焔王の捜索を頼まれて早々、驚愕の事実を伝えられる。
「焔王坊っちゃまがお姉様に求婚!?どういう……えーーっ!?」
言ったヒルダ自身も、眉をひそめて答える。
「少しややこしい事になってな」
「それで、お姉様はなんて返事を!?」
「勿論、断ったよ。彼女には男鹿しか眼中にないからな」
ラミアは衝撃の情報に触れて愕然とし、フォルカスは相変わらず感情の読みにくい表情を浮かべている。
「焔王様は明らかに面倒くさがっておられる。多分、このまま本格的に身を隠すおつもりなのだろう。そうなっては、もう打つ手なしだ」
普段は無表情なヒルダがそこまで激しい悔恨の色を覗かせたのが意外で、ラミアは驚いたように見つめる。
「ラミア…とにかく、居場所を見つけるだけでいい。奴らが来る前に、どうか頼んだぞ」
これまでに見たことのない真剣な表情のヒルダから、わかった範囲で事情を聞いて、あまり気が進まない様子で家を出た。
「うーん…ニガテなのよね…あいつ…」
渋々請け合うが、外に出た途端に困り顔になって複雑な反論をする。
「うぉおおおっっ!!」
威勢のいいかけ声をあげて、男鹿は雑巾がけをする。
「はぁあああぁっっ!!」
威勢のいいかけ声をあげて、廊下を往復する。
「ずりゃぁぁぁっっ!!!」
威勢のいいかけ声をあげて、雑巾を絞る。
「――って、これただの掃除じゃね!?」
「アー」
最初に課せられた修業の内容……廊下の掃除につっこむ男鹿の横では、ベル坊もヨチヨチと動いて掃除する。
「つべこべ言わずにやらんか。掃除も修業のうちじゃ」
祖父はすぐさま男鹿のツッコミを一蹴した。
「まずは己を磨く為の道場を磨く。基本じゃ、基本。背筋がピンとして気持ちいいじゃろ。それが終わったら次は境内の掃除じゃ。わしは居間におる」
「ぐっ」
すると、白衣と袴に着替えた葵が指摘する。
「だから言ったのに…おじいちゃんに習うより絶対、早乙女先生の所に行った方がいいって。今からでも頭下げに行きなさいよ」
葵の漏らした発言に、男鹿は首を振った。
「――フン、何言ってんだ。これぞ、オレの望んだ修業だぜ。あれだろ?この、一見意味のない動きが実は、武術の体捌きになってるとか、そーゆーやつだろ?映画で見た事あんぜ」
修業の一環だと割り切って、男鹿は雑巾がけを続行する。
「鏡みたいに、ピッカピカにしてやんぜ!!」
「ただの日課だってば」
「男の子ですもの」
二人のやり取りを聞いて、
「フフ」
響古が含み笑いをこぼした。
その笑顔が妙に艶めかしく、頬を染めた葵は目を逸らす。
紺色の袴に白を基調にした上衣、白いリボンで艶やかな黒髪を首の後ろでまとめている。
「懐かしいな~。昔よく、廊下の雑巾がけとか色々やらされてたな」
「まあ手慣れてるのは確かよね」
「葵さんも知っての通り、あたしの実家は古い武家屋敷だし、敷地の中には道場なんかもあって、そういうのを掃除するのも修行の一環だったから」
「しかも代々続く家系だもの。お弟子さんも多いでしょ?」
「昔は大勢といましたよ。今となっては入門者が減ってきて、中途半端に辞めていく人もいます」
「そう……時代には逆らえないって事なのかしら」
「見込みのありそうな生徒に手を割 くのは当然。うちの道場でも、見込みのない奴は放っとくから」
その言葉に、葵は遠慮と気まずさが入り混じった表情を浮かべる。
「もしかして葵さん、不満に思ってるの?」
「いや、私だって仕方がない事だと思ってるけど……」
歯切れの悪い葵に対して、
「そっか~。でもあたしは『仕方ない』じゃなくて『当然』だって思ってるんだけどな」
響古は清々しいくらい歯切れよく言った。
「……理由を聞いてもいい?」
この質問に、響古は首を傾げた。
少し考えをまとめているらしき沈黙の後に、こめかみを人差し指で掻きながら口を開いた。
「う~ん…今まで当たり前の事だと思ってたから、説明が難しいなぁ……例えばですね、うちの道場では、入門して最低でも半年は技を教えないんです」
「へぇ」
「最初に足運びを教えるだけ。それも一回やって見せるだけで、後はひたすらの繰り返しを見ているだけ。そして、まともに刀や型を振れるようになった人から技を教えていくの」
「……それじゃあ、いつまで経っても上達しないお弟子さんも出てくるんじゃない……?」
「いますね~、そういうの」
響古は、うんうんと頷いた。
「そして、そういう奴に限って、自分の努力不足を棚に上げるんだな。まず、刀を振るって動作に身体が慣れないと、どんな技を教わっても身につくはずがないんだけどね」
話している間も、男鹿は廊下を拭き続ける。
何かをしていなければ、何かに集中していなければ、押さえきれないだけ。
強敵を退けた響古に……それをどうすることもできなかった無力な自分自身に、この黒い怒りとざわめきが押さえきれない。
「そしてその為には、自分が刀を振るしかない。やり方は、見て覚える。周りにいっぱい、お手本がいるんだから」
簡単に技と型を確認した後、延々と素振りをする。
慣れない動きをすると、肩やら腰やらが物凄く痛くなる。
幼い頃の響古も自身の動作だけで力尽き、最後には地に転がることになる毎日であった。
「教えてくれるのを待っているようじゃ、論外。最初から教えてもらおうって考え方も、甘えすぎ。師範も師範代も、現役の修行者なんだよ?あの人達にも、自分自身の修行があるの。教えられた事を吸収できない奴が、教えてくれなんて寝言こくなっての」
思いがけずエキサイトして罵詈雑言を繰り出している響古。
「……お説教はごもっともだと思うけど、あなたも修業する側よ」
「あ痛 っ!それを言われると辛いなぁ」
葵の指摘に顔をしかめつつも、あっけらかんとした調子は変わらない。
「それはそれ、背に腹は代えられない……って事も確かにあるけどさ…教わるには、教わる相手に相応しいレベルがないと、お互いに不幸だって思うのよ。まっ、一番の不幸は、教える側が教えられる側のレベルについていけない事なんだけどね」
ここでパチリと、意味ありげなウィンク。
葵は悪戯っぽい笑みを返した。
「残念ながら、不幸な結果に終わったわね。響古は修業なんかしなくても十分強いから、男鹿の方が大変ね」
響古のこめかみから、一筋の冷や汗が流れた。
「あ、いや、あたしは、そういう事を言っているのでは……」
あたふたと動揺していると、ヨチヨチと小さな手足を一生懸命に動かしてベル坊が雑巾がけをしている。
「アー」
「あなたも強くなりたいの?」
「ア!!」
葵の問いかけに元気よく答えると、慣れない掃除にかなり苦労しつつも、廊下を水拭きする。
「アー」
足が遅いのは怠けているからではない。
これが精一杯のペースである。
(やっぱ男鹿に似てるわよね…)
可愛らしい後ろ姿に和み、
「かわいい」
強さを求めて修業に励む男鹿と比べ、二人は似ているとひそかに思う。
「――さて、あたしも二人に負けないように頑張りますか」
彼らに労働させるわけにはいかないので、響古も持ち前の真面目さを発揮し、掃除に没頭した。
たどたどしいベル坊の後ろから、素早い動きで追い抜く人影があった。
「ニョ!!」
「光太」
「わっ、すごい早い」
まだ子供とは思えない俊敏さで雑巾がけをする光太にベル坊は眉を寄せ、響古は称賛する。
すると、光太が突然止まった。
疑問符を浮かべる響古と葵をよそに、ゆっくりと振り返った。
強者の風格を漂わせて嘲笑う。
確実に自分を見下す嘲笑に、ベル坊は不機嫌そうにむくれる。
「ム…ムム…ムキャーッ!!」
闘争心に火がついたのか、雑巾を持つ手に力がこもり、ガンガン飛ばして猛進する。
「「あ」」
だが、勢いがつきすぎて転倒。
「―~…アウ」
我慢しようとするが、堪えきれずに涙が滲む。
「…葵さん、少し下がってください」
「…え?えぇ」
響古が怯んだように後ずさり、葵も疑問符を浮かべながら退く。
その瞬間、泣き声をあげたベル坊の身体から強烈な電撃が男鹿に襲いかかる。
「ビェエエエエエエエッ!!!」
「ぎゃあぁああああっ!!!なんだ!?どうした、ベル坊ぉぉぉっっ!!」
外見は可愛らしい赤ん坊……だがその正体は魔王の血を受け継ぐ悪魔。
(でも、やっぱり悪魔なのね…)
葵は戸惑いを隠せなかった。
「よしよし」
「ぐすん」
響古は涙を堪えるベル坊の頭を撫でて慰める。
学校という現実的な世界で起きている、悪魔に遭遇したという非日常的光景。
悪魔と遭遇し、実際に戦った東条に、早乙女は同情した次第である。
「――というわけだ…お前も、悪魔にカラまれて災難だったな…トラ」
早乙女は肩をすくめ、深い溜め息をこぼす。
東条は少し考え込むように間を置いて。
「――…よく分からんが、禅さんは昨日の奴らの事、知ってんのか…?」
「――…何回、同じ説明させる気だよ…」
いっこうに理解してくれない教え子に、早乙女は眉間に皺を寄せる。
「だーかーらー!!そいつらは悪魔でー」
「おう…悪魔のよーに強かったぞ」
東条は一つ頷いて、合点がいったかのように言う。
「じゃなくて、悪魔なの!!」
険しい表情を微塵も揺るがず、言葉尻に怒気を滲ませて言い放つが、東条は淡々と聞き返す。
「禅さんの知り合いか?」
「知り合いじゃねーよ!!」
「違うのか…」
「そこはいーんだよっ!!どーでも!!」
相対するのもやり過ごすのも一苦労である。
また声を嗄 らして怒鳴りつけるのも面倒なので、何かを悟って諦めたような表情で忠告する。
「分かってんのか…?お前、一歩間違えたら死んでんだぞ?見境なくケンカ売ってんじゃねーよ」
東条は東条で、さも当然とばかりにこう答えた。
「ははっ、何言ってんだ、禅さん。同じ人間じゃねーか…次は負けねーよ」
話の内容は無論、東条にはさっぱり意味がわからなかった。
わかろうともしなかった。
不思議の理屈は、聞いたところでやっぱり不思議の一つでしかない。
「悪魔だっつってんだろ!!バカか!?バカなのか、お前!?いや、バカだったな、スマン!!」
軽い気持ちで話を聞く東条に翻弄され、早乙女がついに怒鳴り声をあげる。
「次に奴らが来るまで、長くて一週間。それまでにラミア、焔王坊っちゃまを捜し出してはくれんか――まだ人間界にいるはずだが、行方がつかめんのだ…」
思いがけないヒルダの依頼に、ラミアは目を見開くほど驚いた。
「えーーっ!!あたしが焔王坊っちゃまを、捜すっっ!?」
「――うむ。すまんが、頼めんか…?」
切羽詰まった感じで切り出すと、よほど困っているらしく、ヒルダは表情を険しくさせる。
「我々、ベルゼ様の家臣がおおっぴらに動いては、ベヘモットに更なる争いの口実を与えてしまうのだ。奴らを止められるのは、もはや焔王様しかおらん」
話が進むにつれて、場の空気が重くなっていった。
ヒルダの説明を聞くにつれて、全てが納得でき始めた。
ベヘモット柱師団が次に襲ってくるまでに、主君の焔王と話し合いで彼らを止めるのだ。
「そう思って今朝から何度か連絡を試みたが…この様なメールが返ってきたきりだ…」
ラミアが絶句していると、ヒルダが通信機を取り出し、メールの内容を見せる。
ネトゲサイコー。
\(・ε・)/
「唯一、連絡先を知っていたイザベラの通信機からだが…この後は、もうこちらのメールすら着信拒否だ」
欲望の赴くまま、人間界を謳歌する焔王。
ゲームを満喫する文章よりも、喜びを表す顔文字に苛立ちを覚える。
(なんかムカつく…何、このカオ)
ヒルダはうつむき、何か考え込むようにしてつぶやく。
「欲を言えば、響古も同行させたがったがな」
「…なんでお姉様の名前が出るんですか?」
「これは、大変遺憾な事なのだが……」
焔王の捜索を頼まれて早々、驚愕の事実を伝えられる。
「焔王坊っちゃまがお姉様に求婚!?どういう……えーーっ!?」
言ったヒルダ自身も、眉をひそめて答える。
「少しややこしい事になってな」
「それで、お姉様はなんて返事を!?」
「勿論、断ったよ。彼女には男鹿しか眼中にないからな」
ラミアは衝撃の情報に触れて愕然とし、フォルカスは相変わらず感情の読みにくい表情を浮かべている。
「焔王様は明らかに面倒くさがっておられる。多分、このまま本格的に身を隠すおつもりなのだろう。そうなっては、もう打つ手なしだ」
普段は無表情なヒルダがそこまで激しい悔恨の色を覗かせたのが意外で、ラミアは驚いたように見つめる。
「ラミア…とにかく、居場所を見つけるだけでいい。奴らが来る前に、どうか頼んだぞ」
これまでに見たことのない真剣な表情のヒルダから、わかった範囲で事情を聞いて、あまり気が進まない様子で家を出た。
「うーん…ニガテなのよね…あいつ…」
渋々請け合うが、外に出た途端に困り顔になって複雑な反論をする。
「うぉおおおっっ!!」
威勢のいいかけ声をあげて、男鹿は雑巾がけをする。
「はぁあああぁっっ!!」
威勢のいいかけ声をあげて、廊下を往復する。
「ずりゃぁぁぁっっ!!!」
威勢のいいかけ声をあげて、雑巾を絞る。
「――って、これただの掃除じゃね!?」
「アー」
最初に課せられた修業の内容……廊下の掃除につっこむ男鹿の横では、ベル坊もヨチヨチと動いて掃除する。
「つべこべ言わずにやらんか。掃除も修業のうちじゃ」
祖父はすぐさま男鹿のツッコミを一蹴した。
「まずは己を磨く為の道場を磨く。基本じゃ、基本。背筋がピンとして気持ちいいじゃろ。それが終わったら次は境内の掃除じゃ。わしは居間におる」
「ぐっ」
すると、白衣と袴に着替えた葵が指摘する。
「だから言ったのに…おじいちゃんに習うより絶対、早乙女先生の所に行った方がいいって。今からでも頭下げに行きなさいよ」
葵の漏らした発言に、男鹿は首を振った。
「――フン、何言ってんだ。これぞ、オレの望んだ修業だぜ。あれだろ?この、一見意味のない動きが実は、武術の体捌きになってるとか、そーゆーやつだろ?映画で見た事あんぜ」
修業の一環だと割り切って、男鹿は雑巾がけを続行する。
「鏡みたいに、ピッカピカにしてやんぜ!!」
「ただの日課だってば」
「男の子ですもの」
二人のやり取りを聞いて、
「フフ」
響古が含み笑いをこぼした。
その笑顔が妙に艶めかしく、頬を染めた葵は目を逸らす。
紺色の袴に白を基調にした上衣、白いリボンで艶やかな黒髪を首の後ろでまとめている。
「懐かしいな~。昔よく、廊下の雑巾がけとか色々やらされてたな」
「まあ手慣れてるのは確かよね」
「葵さんも知っての通り、あたしの実家は古い武家屋敷だし、敷地の中には道場なんかもあって、そういうのを掃除するのも修行の一環だったから」
「しかも代々続く家系だもの。お弟子さんも多いでしょ?」
「昔は大勢といましたよ。今となっては入門者が減ってきて、中途半端に辞めていく人もいます」
「そう……時代には逆らえないって事なのかしら」
「見込みのありそうな生徒に手を
その言葉に、葵は遠慮と気まずさが入り混じった表情を浮かべる。
「もしかして葵さん、不満に思ってるの?」
「いや、私だって仕方がない事だと思ってるけど……」
歯切れの悪い葵に対して、
「そっか~。でもあたしは『仕方ない』じゃなくて『当然』だって思ってるんだけどな」
響古は清々しいくらい歯切れよく言った。
「……理由を聞いてもいい?」
この質問に、響古は首を傾げた。
少し考えをまとめているらしき沈黙の後に、こめかみを人差し指で掻きながら口を開いた。
「う~ん…今まで当たり前の事だと思ってたから、説明が難しいなぁ……例えばですね、うちの道場では、入門して最低でも半年は技を教えないんです」
「へぇ」
「最初に足運びを教えるだけ。それも一回やって見せるだけで、後はひたすらの繰り返しを見ているだけ。そして、まともに刀や型を振れるようになった人から技を教えていくの」
「……それじゃあ、いつまで経っても上達しないお弟子さんも出てくるんじゃない……?」
「いますね~、そういうの」
響古は、うんうんと頷いた。
「そして、そういう奴に限って、自分の努力不足を棚に上げるんだな。まず、刀を振るって動作に身体が慣れないと、どんな技を教わっても身につくはずがないんだけどね」
話している間も、男鹿は廊下を拭き続ける。
何かをしていなければ、何かに集中していなければ、押さえきれないだけ。
強敵を退けた響古に……それをどうすることもできなかった無力な自分自身に、この黒い怒りとざわめきが押さえきれない。
「そしてその為には、自分が刀を振るしかない。やり方は、見て覚える。周りにいっぱい、お手本がいるんだから」
簡単に技と型を確認した後、延々と素振りをする。
慣れない動きをすると、肩やら腰やらが物凄く痛くなる。
幼い頃の響古も自身の動作だけで力尽き、最後には地に転がることになる毎日であった。
「教えてくれるのを待っているようじゃ、論外。最初から教えてもらおうって考え方も、甘えすぎ。師範も師範代も、現役の修行者なんだよ?あの人達にも、自分自身の修行があるの。教えられた事を吸収できない奴が、教えてくれなんて寝言こくなっての」
思いがけずエキサイトして罵詈雑言を繰り出している響古。
「……お説教はごもっともだと思うけど、あなたも修業する側よ」
「あ
葵の指摘に顔をしかめつつも、あっけらかんとした調子は変わらない。
「それはそれ、背に腹は代えられない……って事も確かにあるけどさ…教わるには、教わる相手に相応しいレベルがないと、お互いに不幸だって思うのよ。まっ、一番の不幸は、教える側が教えられる側のレベルについていけない事なんだけどね」
ここでパチリと、意味ありげなウィンク。
葵は悪戯っぽい笑みを返した。
「残念ながら、不幸な結果に終わったわね。響古は修業なんかしなくても十分強いから、男鹿の方が大変ね」
響古のこめかみから、一筋の冷や汗が流れた。
「あ、いや、あたしは、そういう事を言っているのでは……」
あたふたと動揺していると、ヨチヨチと小さな手足を一生懸命に動かしてベル坊が雑巾がけをしている。
「アー」
「あなたも強くなりたいの?」
「ア!!」
葵の問いかけに元気よく答えると、慣れない掃除にかなり苦労しつつも、廊下を水拭きする。
「アー」
足が遅いのは怠けているからではない。
これが精一杯のペースである。
(やっぱ男鹿に似てるわよね…)
可愛らしい後ろ姿に和み、
「かわいい」
強さを求めて修業に励む男鹿と比べ、二人は似ているとひそかに思う。
「――さて、あたしも二人に負けないように頑張りますか」
彼らに労働させるわけにはいかないので、響古も持ち前の真面目さを発揮し、掃除に没頭した。
たどたどしいベル坊の後ろから、素早い動きで追い抜く人影があった。
「ニョ!!」
「光太」
「わっ、すごい早い」
まだ子供とは思えない俊敏さで雑巾がけをする光太にベル坊は眉を寄せ、響古は称賛する。
すると、光太が突然止まった。
疑問符を浮かべる響古と葵をよそに、ゆっくりと振り返った。
強者の風格を漂わせて嘲笑う。
確実に自分を見下す嘲笑に、ベル坊は不機嫌そうにむくれる。
「ム…ムム…ムキャーッ!!」
闘争心に火がついたのか、雑巾を持つ手に力がこもり、ガンガン飛ばして猛進する。
「「あ」」
だが、勢いがつきすぎて転倒。
「―~…アウ」
我慢しようとするが、堪えきれずに涙が滲む。
「…葵さん、少し下がってください」
「…え?えぇ」
響古が怯んだように後ずさり、葵も疑問符を浮かべながら退く。
その瞬間、泣き声をあげたベル坊の身体から強烈な電撃が男鹿に襲いかかる。
「ビェエエエエエエエッ!!!」
「ぎゃあぁああああっ!!!なんだ!?どうした、ベル坊ぉぉぉっっ!!」
外見は可愛らしい赤ん坊……だがその正体は魔王の血を受け継ぐ悪魔。
(でも、やっぱり悪魔なのね…)
葵は戸惑いを隠せなかった。
「よしよし」
「ぐすん」
響古は涙を堪えるベル坊の頭を撫でて慰める。
学校という現実的な世界で起きている、悪魔に遭遇したという非日常的光景。
悪魔と遭遇し、実際に戦った東条に、早乙女は同情した次第である。
「――というわけだ…お前も、悪魔にカラまれて災難だったな…トラ」
早乙女は肩をすくめ、深い溜め息をこぼす。
東条は少し考え込むように間を置いて。
「――…よく分からんが、禅さんは昨日の奴らの事、知ってんのか…?」
「――…何回、同じ説明させる気だよ…」
いっこうに理解してくれない教え子に、早乙女は眉間に皺を寄せる。
「だーかーらー!!そいつらは悪魔でー」
「おう…悪魔のよーに強かったぞ」
東条は一つ頷いて、合点がいったかのように言う。
「じゃなくて、悪魔なの!!」
険しい表情を微塵も揺るがず、言葉尻に怒気を滲ませて言い放つが、東条は淡々と聞き返す。
「禅さんの知り合いか?」
「知り合いじゃねーよ!!」
「違うのか…」
「そこはいーんだよっ!!どーでも!!」
相対するのもやり過ごすのも一苦労である。
また声を
「分かってんのか…?お前、一歩間違えたら死んでんだぞ?見境なくケンカ売ってんじゃねーよ」
東条は東条で、さも当然とばかりにこう答えた。
「ははっ、何言ってんだ、禅さん。同じ人間じゃねーか…次は負けねーよ」
話の内容は無論、東条にはさっぱり意味がわからなかった。
わかろうともしなかった。
不思議の理屈は、聞いたところでやっぱり不思議の一つでしかない。
「悪魔だっつってんだろ!!バカか!?バカなのか、お前!?いや、バカだったな、スマン!!」
軽い気持ちで話を聞く東条に翻弄され、早乙女がついに怒鳴り声をあげる。