バブ81~82
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「ヒルダ、何ボサッとしてるの。ひざまずきなさいよ」
あくまで上から目線のまま『魔王』と相対した以上、悪魔たる者には相応の礼を尽くす義務のごとく、ヨルダは告げる。
――侍女悪魔 ヨルダ。
「焔王様。見つけました、ベルゼ様でございます」
整ってはいるが、きつめの印象で背が高く手足も長いイザベラは目線を横に流す。
――侍女悪魔 イザべラ。
「シシッ。つーかあの契約者、弱そーっスよ?」
悪戯っぽい笑みを浮かべるサテュラは、外見を裏切らない容姿だった。
――侍女悪魔 サテュラ。
男鹿も響古も葵も、誰もが呆気に取られていたが、いち早く我を取り戻したのはヒルダの方だった。
意外すぎる人物の到来に、彼女は大きく目を見開いて愕然とする。
「あなたは――…」
そして、闇の中で影がうごめく。
「久しぶりじゃのう。弟よ」
少々古めかしい言葉遣いと共に、正体不明の少年が現れた。
バブ81
人間滅ぼす
いきなり現れた正体不明の少年は三人のメイド達に囲まれて立つ。
「…弟…?」
響古は頭の隅に引っかかりを覚えた。
このと少年とどこかで会ったことがないか?
そして彼はなんと言った?
弟?
誰の?
そんな疑惑と懊悩をよそに、男鹿がヒルダに話しかけた。
「…まさか…ヒルダ…お前、男だったのか。ずい分小っちゃい兄貴だな」
「このクソたわけが」
男鹿の緊張感のないボケに、ヒルダは青筋を立てた。
瞬間、肩を置いた指先に剣の切っ先が突き刺さり、
「ぎゃああああっ」
男鹿は悲鳴をあげる。
「今のはあたしもフォローできないよ……ヒルダ、詳しく教えてくれない?見たところ、悪魔らしいけど……」
あっさりと男鹿のフォローを捨て去ってから、改めて目の前の人物に訊ねる。
ヒルダは明らかに平静を失い、暗い声音で答えた。
「――…焔王様…坊っちゃまの兄君だ」
響古はますます不思議に思い、男鹿は傷口を舐めながら言葉を紡ぐ。
「ベル坊の、お兄さん――…?」
「いたのかよ、そんなもん」
ベル坊は兄の存在を知っていたのか、感情の読めないつぶらな瞳で焔王を見つめる。
「アー…」
「フフン。イザベラ」
「――…はい、坊っちゃま」
焔王の呼びかけに、イザベラは即座に応じた。
手にした本のページをぱらぱらとめくり始め、やがて一つの絵が描かれたページで止まった。
イザベラは千切ったページを手に取り、その紙面の文字が輝くのに合わせて術を起動させる。
――魔言召喚、トリックアート。
校舎裏の地面に、ページに描かれた玉座が出現した。
「なんだ!?紙キレからでっかい椅子が…!!」
「フッフッフッ」
――……っ、何をする気だ…!?
「よっこい、しょーいち」
これも古くさいギャグを放ち、焔王は玉座に腰を下ろす。
雰囲気に呑まれて動けなくなった男鹿達を横にして、次々と残りの二人に命じる。
「ヨルダ、あおぐがよい」
「はぁい、坊っちゃま」
笑顔のヨルダは葉で扇ぎ、
「んー、快適。サテュラ、いつもの」
「へーい、カルピスソーダっス」
サテュラはキンキンに冷えた飲み物を渡す。
ストローに口をつけ、もう中身はほとんどなくなり、ズズ~~~と音を立てて飲み終えたところで、ようやく話を切り出した。
「――という訳でな。余は焔王、その赤子の兄じゃ」
「聞いたよ、さっき!!」
自己紹介に至るまでの長い間に誰もが絶句する中、男鹿がつっこむ。
「なんだ、お前!?今の一連の流れ、その為だけ!?無駄すぎんだろ!!」
ところが、さらに斜め上を行く言葉が焔王から飛び出した。
「もちろんじゃ、余は偉いのじゃ。下々の者と同じペースでは動かん」
これを『地球には重力が存在する』と語るように、自然な口調でのたまうのである。
葵は焔王に起きた変化を目の当たりにして狼狽した。
「男鹿、響古…ちょっ、待って。なんなの、今の…?」
響古は目先を変えることにした。
まともに門答してはいけない。
緊急の問題について考えよう。
(どうしよう…今までなんとか誤魔化しきれたけど、今回に限っては言い逃れできない……にしても、悪魔ってはホント、人間の都合を考えないなぁ。みんながみんな好き勝手に動き回るし。協調性がないったらありゃしない)
「あん?知らねーよ。魔法かなんかだろ?あいつら悪魔だし」
だが男鹿はこともなげに、その非常識な光景を「悪魔」の一言で片づけた。
「ま…魔法?悪魔??」
「辰巳っ!」
ベル坊の兄とその従者の存在よりも、今は彼の話を止めることに頭が働いた。
「――…なんだよ、前にも言ったろ?こいつもヒルダも悪魔だぜ。つーか、まおう」
男鹿に指差され、
「アウ?」
ベル坊は首を傾げる。
唐突と思える台詞に、葵の思考は硬直する。
――な――…。
玉座から立ち上がった焔王は好奇心から、響古と話したい衝動に駆られる。
「そなた、名は――…」
「そろそろ、あたしにも発言させてもらいたいんだけど」
不意に凛々しい声が告げた。
響古がヨルダを鋭く睨んでいた。
「その女に言っとく。恋人達にとってキスが、一体どれだけ大切なものだと思ってんのよ。あんた、キスの意味を理解してるの?」
迫力のある笑顔で問い返す響古。
最大限配慮しての言動だったが、キレてるのは傍から見ても丸わかりだった。
ヨルダは笑みを浮かべたままだ。
それが逆に不気味だった。
「いやだわ、何をキス如きで騒いでるの。男なんて星の数程いるし、あなた程の美少女ならいくらでも虜にできるでしょう?」
「辰巳と一番近い存在はあたしなのっ。あんたみたいな女はダメ。ダメ、絶対!」
そこまでは可愛かったのだが、騙されてはいけない。
これはフェイク。
真の攻撃を隠すための牽制にすぎないはず。
「おかしいんだもん!辰巳とあたしの間には誰も入れないはずなのに!恋人のつながりは、絶対のつながり!あんたとは違うんだっ!」
響古の言葉に、ヨルダのこめかみが動く。
「……私の、坊っちゃまに対する絶対の忠誠を、お子様の恋愛と一緒にしないでくれない?それに、いっぺん私に負けたくせに。勝てるの思ってるのかしらぁ?」
「あんたには教育が必要だね。その身に刻むといいわ。恋人達にとってキスがどれだけ大切なものか、それを汚そうとした罪がいかに重いか、たぁっぷりとね……!」
響古とヨルダが、憤怒の形相同士で睨み合う。
彼らの中で、この場合常識的思考とでも言うのだろうか…とにかく一番まともそうなイザベラがヒルダに訊ねる。
「しかし、ここまで過激な行動をする理由は?ヒルダ、この二人はどういう関係で?」
すると、響古は男鹿の腕に絡みつくと最高級の笑顔で言った。
「あたしはベル坊の契約者、篠木響古。辰巳はあたしの恋人なので気安く触らないで下さい」
顔を青くするの侍女悪魔を前に、辰巳もあたし以外の女に近寄らないように、そう笑顔で優しく言えば青い顔をして、はい、ごめんなさいと謝る。
「絶対、彼には手を出させない。もし、手を出すなら…覚悟してよね?」
「……ご愁傷様、だな」
ヒルダがつぶやいたのは男鹿に対してか、ヨルダに対してか。
(なんかその後、響古は『教育』と称した何かをしたらしいが、オレは詳しくは聞かない事にしている…まだ死にたくないから!)
ようやく目を覚ました古市は目を剥き、目の前に広がる光景に愕然とした。
「――で…なんで、またオレん家!?ねぇ、なんで!?」
いきなり気絶された上に、気づいたらこの状況……彼は不機嫌を隠せない。
非常時の対策として仕方がない、と謹厳な表情の男鹿に続いて、響古も明るく答える。
「すまん…仕方がなかったんだ。オレん家がぶっ壊されたりしちゃかなわんだろ?」
「まぁ、こういう時は古市の家が十八番だから」
「仕方がないって言わねーよ、それ!!人が気絶してるのをいい事にやりたい放題か!?勝手にオレん家を異文化交流の場所にしないでくんない!?」
実りのない会話のキャッチボールに諦めた古市は、しくしくとすすり泣くヨルダの姿を発見する。
「…………」
ここに来るまでの間に何があったのかは想像もしたくないが、おおよそ響古に痛い思いでもさせられたのだろう。
二人の間にはしっかりとした上下関係なる図式が見えない文字によって描かれている。
「許してって言ったのに、ごめんなさいって言ったのに……ううう、ひどい……でもちょっぴり感じた自分が嫌……」
「ヨルダ、彼女に何をされたのだ!?余は詳しく知りたいぞ!」
「エロ本、みっけ」
「サテュラ、およしなさい」
満面の笑みでポテトチップスを食べながらヨルダを問いつめる焔王と、ベッドの下に隠してある……いわゆるエッチな本を探すサテュラとそれをたしなめるイザベラ。
「ちょっとそこ、触んないで!!」
「ニャ?」
秘蔵の隠し場所を知られ、動揺しまくる古市に対し、サテュラは興味津々な顔で振り向く。
「お兄ちゃん。お茶取ってよー。なに、この人達…」
人数分のお茶を持ってきた古市の妹が困惑するのを見兼ねた響古が声をかける。
「あっ、ごめんね。ここはあたしがやっとくから、もう行っていいよ」
微笑む響古の美貌を直視できず、妹は盆で真っ赤になった顔を隠してさっと走り去っていった。
「――さて、では、本題に入るとしよう」
ポテトチップスを頬張りながら、焔王は本題に入る。
「何故、余が人間界に来たか。そして、何故余がこんなにもかっこいいか、さぞかし疑問も、つきん事じゃろう」
「ウゼーがスルー」
しかっめ面で男鹿が言う。
そんなやり取りが進む中、イザベラが冷静に切り出した。
「――…それを説明するには、まず、今の大魔王様の事をお話しすべきでしょう」
次に紡がれた言葉に驚いて、ヒルダは身を乗り出す。
「――…!!まさか、大魔王様に、何かあったのですか!?」
「――実は…」
ヨルダとサテュラは一瞬だけ表情に揺らぎを見せ、イザベラはすぐ冷静さを取り戻した。
そして、緊張に身体を強張らせる男鹿達へと話す。
そこは、人間の知らない風景の世界が存在する。
紫色に沈んだ空、骨組みだけの獣が朽ち果てる。
灰色の地面から突き出ている無数の棒や森が望む限りに広がっている。
「わし、明日から人間滅ぼす」
あっけらかんと言うのは、極薄の大画面テレビを前にマイクを握る大魔王。
最近のマイブームであるカラオケで歌を熱唱中のことだった。
「なんかさー、あいつらさー、今、思ったんだけどー、ウザくない?増えすぎってゆーかぁー…根絶やしにしたら、マジウケるんですけどー」
大魔王の傍には、黒いマントを顔まで覆った部下とマラカスを振るイザベラが付き添っている。
「――ですが、大魔王様。それでしたら既に、末の息子様を人間界に遣わしたのですが…」
「えー?そだっけーー?んー…そーかも…でもでもぉ~、てゆーかぁ~」
自分が人間界に遣わしたのもすっかり忘れ、部下の話を適当に聞き流しながら言った。
「遅くね?」
「はぁ…なにぶん、まだ赤子ですから」
「遅いよね?ね?よし、もう、あれだ、決めた!!兄貴にやらせよう」
この提案に誰も否定はできない。
大魔王は早口でイザベラに命令する。
「焔王!!あいつだ。イザベラ、あいつ連れてって滅ぼせ!!なっ!!」
「はい」
そうして彼女は二人のメイドと共に焔王を連れて人間界に降りてきた。
「――という訳じゃ」
少年の滑らかな語り口を、男鹿達は呆然と聞くばかりであった。
それでも、ようやく言葉を見つけて口に出す。
――大魔王…超てきとーだな…。
薄々、把握していたが大魔王の適当な性格に振り回される男鹿達。
「まいどまいど」
「アー」
イザベラの説明と人間界を滅ぼしにきたという焔王を前にして、全員は思った。
これは、かなり厄介な状況なのではと――。
あくまで上から目線のまま『魔王』と相対した以上、悪魔たる者には相応の礼を尽くす義務のごとく、ヨルダは告げる。
――侍女悪魔 ヨルダ。
「焔王様。見つけました、ベルゼ様でございます」
整ってはいるが、きつめの印象で背が高く手足も長いイザベラは目線を横に流す。
――侍女悪魔 イザべラ。
「シシッ。つーかあの契約者、弱そーっスよ?」
悪戯っぽい笑みを浮かべるサテュラは、外見を裏切らない容姿だった。
――侍女悪魔 サテュラ。
男鹿も響古も葵も、誰もが呆気に取られていたが、いち早く我を取り戻したのはヒルダの方だった。
意外すぎる人物の到来に、彼女は大きく目を見開いて愕然とする。
「あなたは――…」
そして、闇の中で影がうごめく。
「久しぶりじゃのう。弟よ」
少々古めかしい言葉遣いと共に、正体不明の少年が現れた。
バブ81
人間滅ぼす
いきなり現れた正体不明の少年は三人のメイド達に囲まれて立つ。
「…弟…?」
響古は頭の隅に引っかかりを覚えた。
このと少年とどこかで会ったことがないか?
そして彼はなんと言った?
弟?
誰の?
そんな疑惑と懊悩をよそに、男鹿がヒルダに話しかけた。
「…まさか…ヒルダ…お前、男だったのか。ずい分小っちゃい兄貴だな」
「このクソたわけが」
男鹿の緊張感のないボケに、ヒルダは青筋を立てた。
瞬間、肩を置いた指先に剣の切っ先が突き刺さり、
「ぎゃああああっ」
男鹿は悲鳴をあげる。
「今のはあたしもフォローできないよ……ヒルダ、詳しく教えてくれない?見たところ、悪魔らしいけど……」
あっさりと男鹿のフォローを捨て去ってから、改めて目の前の人物に訊ねる。
ヒルダは明らかに平静を失い、暗い声音で答えた。
「――…焔王様…坊っちゃまの兄君だ」
響古はますます不思議に思い、男鹿は傷口を舐めながら言葉を紡ぐ。
「ベル坊の、お兄さん――…?」
「いたのかよ、そんなもん」
ベル坊は兄の存在を知っていたのか、感情の読めないつぶらな瞳で焔王を見つめる。
「アー…」
「フフン。イザベラ」
「――…はい、坊っちゃま」
焔王の呼びかけに、イザベラは即座に応じた。
手にした本のページをぱらぱらとめくり始め、やがて一つの絵が描かれたページで止まった。
イザベラは千切ったページを手に取り、その紙面の文字が輝くのに合わせて術を起動させる。
――魔言召喚、トリックアート。
校舎裏の地面に、ページに描かれた玉座が出現した。
「なんだ!?紙キレからでっかい椅子が…!!」
「フッフッフッ」
――……っ、何をする気だ…!?
「よっこい、しょーいち」
これも古くさいギャグを放ち、焔王は玉座に腰を下ろす。
雰囲気に呑まれて動けなくなった男鹿達を横にして、次々と残りの二人に命じる。
「ヨルダ、あおぐがよい」
「はぁい、坊っちゃま」
笑顔のヨルダは葉で扇ぎ、
「んー、快適。サテュラ、いつもの」
「へーい、カルピスソーダっス」
サテュラはキンキンに冷えた飲み物を渡す。
ストローに口をつけ、もう中身はほとんどなくなり、ズズ~~~と音を立てて飲み終えたところで、ようやく話を切り出した。
「――という訳でな。余は焔王、その赤子の兄じゃ」
「聞いたよ、さっき!!」
自己紹介に至るまでの長い間に誰もが絶句する中、男鹿がつっこむ。
「なんだ、お前!?今の一連の流れ、その為だけ!?無駄すぎんだろ!!」
ところが、さらに斜め上を行く言葉が焔王から飛び出した。
「もちろんじゃ、余は偉いのじゃ。下々の者と同じペースでは動かん」
これを『地球には重力が存在する』と語るように、自然な口調でのたまうのである。
葵は焔王に起きた変化を目の当たりにして狼狽した。
「男鹿、響古…ちょっ、待って。なんなの、今の…?」
響古は目先を変えることにした。
まともに門答してはいけない。
緊急の問題について考えよう。
(どうしよう…今までなんとか誤魔化しきれたけど、今回に限っては言い逃れできない……にしても、悪魔ってはホント、人間の都合を考えないなぁ。みんながみんな好き勝手に動き回るし。協調性がないったらありゃしない)
「あん?知らねーよ。魔法かなんかだろ?あいつら悪魔だし」
だが男鹿はこともなげに、その非常識な光景を「悪魔」の一言で片づけた。
「ま…魔法?悪魔??」
「辰巳っ!」
ベル坊の兄とその従者の存在よりも、今は彼の話を止めることに頭が働いた。
「――…なんだよ、前にも言ったろ?こいつもヒルダも悪魔だぜ。つーか、まおう」
男鹿に指差され、
「アウ?」
ベル坊は首を傾げる。
唐突と思える台詞に、葵の思考は硬直する。
――な――…。
玉座から立ち上がった焔王は好奇心から、響古と話したい衝動に駆られる。
「そなた、名は――…」
「そろそろ、あたしにも発言させてもらいたいんだけど」
不意に凛々しい声が告げた。
響古がヨルダを鋭く睨んでいた。
「その女に言っとく。恋人達にとってキスが、一体どれだけ大切なものだと思ってんのよ。あんた、キスの意味を理解してるの?」
迫力のある笑顔で問い返す響古。
最大限配慮しての言動だったが、キレてるのは傍から見ても丸わかりだった。
ヨルダは笑みを浮かべたままだ。
それが逆に不気味だった。
「いやだわ、何をキス如きで騒いでるの。男なんて星の数程いるし、あなた程の美少女ならいくらでも虜にできるでしょう?」
「辰巳と一番近い存在はあたしなのっ。あんたみたいな女はダメ。ダメ、絶対!」
そこまでは可愛かったのだが、騙されてはいけない。
これはフェイク。
真の攻撃を隠すための牽制にすぎないはず。
「おかしいんだもん!辰巳とあたしの間には誰も入れないはずなのに!恋人のつながりは、絶対のつながり!あんたとは違うんだっ!」
響古の言葉に、ヨルダのこめかみが動く。
「……私の、坊っちゃまに対する絶対の忠誠を、お子様の恋愛と一緒にしないでくれない?それに、いっぺん私に負けたくせに。勝てるの思ってるのかしらぁ?」
「あんたには教育が必要だね。その身に刻むといいわ。恋人達にとってキスがどれだけ大切なものか、それを汚そうとした罪がいかに重いか、たぁっぷりとね……!」
響古とヨルダが、憤怒の形相同士で睨み合う。
彼らの中で、この場合常識的思考とでも言うのだろうか…とにかく一番まともそうなイザベラがヒルダに訊ねる。
「しかし、ここまで過激な行動をする理由は?ヒルダ、この二人はどういう関係で?」
すると、響古は男鹿の腕に絡みつくと最高級の笑顔で言った。
「あたしはベル坊の契約者、篠木響古。辰巳はあたしの恋人なので気安く触らないで下さい」
顔を青くするの侍女悪魔を前に、辰巳もあたし以外の女に近寄らないように、そう笑顔で優しく言えば青い顔をして、はい、ごめんなさいと謝る。
「絶対、彼には手を出させない。もし、手を出すなら…覚悟してよね?」
「……ご愁傷様、だな」
ヒルダがつぶやいたのは男鹿に対してか、ヨルダに対してか。
(なんかその後、響古は『教育』と称した何かをしたらしいが、オレは詳しくは聞かない事にしている…まだ死にたくないから!)
ようやく目を覚ました古市は目を剥き、目の前に広がる光景に愕然とした。
「――で…なんで、またオレん家!?ねぇ、なんで!?」
いきなり気絶された上に、気づいたらこの状況……彼は不機嫌を隠せない。
非常時の対策として仕方がない、と謹厳な表情の男鹿に続いて、響古も明るく答える。
「すまん…仕方がなかったんだ。オレん家がぶっ壊されたりしちゃかなわんだろ?」
「まぁ、こういう時は古市の家が十八番だから」
「仕方がないって言わねーよ、それ!!人が気絶してるのをいい事にやりたい放題か!?勝手にオレん家を異文化交流の場所にしないでくんない!?」
実りのない会話のキャッチボールに諦めた古市は、しくしくとすすり泣くヨルダの姿を発見する。
「…………」
ここに来るまでの間に何があったのかは想像もしたくないが、おおよそ響古に痛い思いでもさせられたのだろう。
二人の間にはしっかりとした上下関係なる図式が見えない文字によって描かれている。
「許してって言ったのに、ごめんなさいって言ったのに……ううう、ひどい……でもちょっぴり感じた自分が嫌……」
「ヨルダ、彼女に何をされたのだ!?余は詳しく知りたいぞ!」
「エロ本、みっけ」
「サテュラ、およしなさい」
満面の笑みでポテトチップスを食べながらヨルダを問いつめる焔王と、ベッドの下に隠してある……いわゆるエッチな本を探すサテュラとそれをたしなめるイザベラ。
「ちょっとそこ、触んないで!!」
「ニャ?」
秘蔵の隠し場所を知られ、動揺しまくる古市に対し、サテュラは興味津々な顔で振り向く。
「お兄ちゃん。お茶取ってよー。なに、この人達…」
人数分のお茶を持ってきた古市の妹が困惑するのを見兼ねた響古が声をかける。
「あっ、ごめんね。ここはあたしがやっとくから、もう行っていいよ」
微笑む響古の美貌を直視できず、妹は盆で真っ赤になった顔を隠してさっと走り去っていった。
「――さて、では、本題に入るとしよう」
ポテトチップスを頬張りながら、焔王は本題に入る。
「何故、余が人間界に来たか。そして、何故余がこんなにもかっこいいか、さぞかし疑問も、つきん事じゃろう」
「ウゼーがスルー」
しかっめ面で男鹿が言う。
そんなやり取りが進む中、イザベラが冷静に切り出した。
「――…それを説明するには、まず、今の大魔王様の事をお話しすべきでしょう」
次に紡がれた言葉に驚いて、ヒルダは身を乗り出す。
「――…!!まさか、大魔王様に、何かあったのですか!?」
「――実は…」
ヨルダとサテュラは一瞬だけ表情に揺らぎを見せ、イザベラはすぐ冷静さを取り戻した。
そして、緊張に身体を強張らせる男鹿達へと話す。
そこは、人間の知らない風景の世界が存在する。
紫色に沈んだ空、骨組みだけの獣が朽ち果てる。
灰色の地面から突き出ている無数の棒や森が望む限りに広がっている。
「わし、明日から人間滅ぼす」
あっけらかんと言うのは、極薄の大画面テレビを前にマイクを握る大魔王。
最近のマイブームであるカラオケで歌を熱唱中のことだった。
「なんかさー、あいつらさー、今、思ったんだけどー、ウザくない?増えすぎってゆーかぁー…根絶やしにしたら、マジウケるんですけどー」
大魔王の傍には、黒いマントを顔まで覆った部下とマラカスを振るイザベラが付き添っている。
「――ですが、大魔王様。それでしたら既に、末の息子様を人間界に遣わしたのですが…」
「えー?そだっけーー?んー…そーかも…でもでもぉ~、てゆーかぁ~」
自分が人間界に遣わしたのもすっかり忘れ、部下の話を適当に聞き流しながら言った。
「遅くね?」
「はぁ…なにぶん、まだ赤子ですから」
「遅いよね?ね?よし、もう、あれだ、決めた!!兄貴にやらせよう」
この提案に誰も否定はできない。
大魔王は早口でイザベラに命令する。
「焔王!!あいつだ。イザベラ、あいつ連れてって滅ぼせ!!なっ!!」
「はい」
そうして彼女は二人のメイドと共に焔王を連れて人間界に降りてきた。
「――という訳じゃ」
少年の滑らかな語り口を、男鹿達は呆然と聞くばかりであった。
それでも、ようやく言葉を見つけて口に出す。
――大魔王…超てきとーだな…。
薄々、把握していたが大魔王の適当な性格に振り回される男鹿達。
「まいどまいど」
「アー」
イザベラの説明と人間界を滅ぼしにきたという焔王を前にして、全員は思った。
これは、かなり厄介な状況なのではと――。