バブ78~79
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佐渡原は始業前の校長室に呼び出され、石矢魔担当の件を聞かされ、動転した声をあげた。
「どういう事ですか、校長!!私を石矢魔の担当から外すなんて…聞いてませんよ、こんな急な人事!!」
「うん。だって、今言ったもん」
佐渡原の疑問に一言で答え、聖石矢魔学園の校長はざっくばらんな口調で結論を先取りする。
真っ白な髪を総髪にし、顔の下半分も白一色の口髭と顎髭で覆われている。
「佐渡原先生にゃ悪いが…もともと、こーいう決定だったんじゃ。君は彼が来るまでのつなぎとゆーか…のう?」
「…そんなっ…」
彼の言葉に相槌も反論も質問の声もあげられなかった。
「まぁ、そうがっかりしなさんな…信用のおける男じゃよ、早乙女君は」
椅子を回転させて、難しい顔をする佐渡原に向けて、新たに赴任してきた教師を説明する。
「早乙女禅十郎。石矢魔高校、卒業生にして伝説の教師」
黒板に名前を書き終えると、男――早乙女は生徒達へ振り返って自己紹介する。
「――というわけでよろしく。今日から、お前らの担任になる、早乙女だ」
朝から早乙女の鉄拳を食らって、男鹿と東条は放心状態。
机に突っ伏した響古は黙り込んでいて、長い髪は机の上に優美な曲線を描き、表情は窺えない。
何も聞かされていない生徒達は怪訝な表情を浮かべる。
(な…)
(何だ、こいつ…)
城山と夏目からようやく反応があった。
呆れ顔の間接的な異議表明。
しかしその声は、表情と呆れているニュアンスを表現しようとしてうまくいかず、上滑りしている感がある。
葵が男鹿へと、姫川が東条へと顔を向けた。
(嘘でしょ?)
(…これ、こいつがやったのかよ…)
由加は国語辞書を取り出し"タンニン"の意味を調べる。
(タンニン)
「ほほー」
だが"タンニン"の意味をはき違えて全くの見当違い。
※お茶などに含まれる渋みの成分。
早乙女が自己紹介する最中もずっと突っ伏していた響古から、ごく微かな囁きが聞こえた。
「……しょうが…なかったんだもん…だって辰巳がやられて……だからなりふり構わず反撃して…あいつには罪の意識が足りないから…もはや犯罪級であって…」
な、なんか怖い単語が混ざってませんでしたか今?
「それなのに、辰巳以外の人に見られて……許さない、許さない、許さない、許さない……っ!」
「響古っ、なに怖い事言ってんのっ」
壊れたレコードみたいに同じ言葉を繰り返し始めた響古の肩を、葵は揺する。
「生まれてきた事を後悔させるくらいにボコボコにしてやる――はっ、はい!」
慌てて顔を上げた響古は、慌てふためくものの……一応、正気に戻ったらしい。
「あああああっ!!」
「響古、どうしたの!?」
「何だ、いきなり大声出して」
「……響古?」
響古は驚きに目を見開き、震える指先で早乙女を示した。
「あの時の、変態ーーーっ!!」
すると、早乙女は意地悪そうに笑う。
「おお、お前、あの時の!朝からいいモノ見せてもらったぜ!」
この言葉に、ついに彼女がキレる音がした。
ぶちっ、という血管の切れるような音ではなく、ばきっ、と言う奥歯の噛みしめた音が。
響古は軽く床を一蹴りして、机上に跳び乗る。
足を肩幅ほどに開き、堂々と教壇に向かって立つ。
腰の下まである艶やかな黒髪がなびき、激昂した。
「それ以上、言うなーーーっ!!」
瞬間、机の板が弾けて砕け、脚のパイプが折れ飛ぶほどの踏み切りをつけて、響古は跳ぶ。
流れの一点へ、真正面から飛び蹴りが見舞う。
早乙女は、その突撃を眼前に受け、しかし眉一つ動かさない。
手応えと具合の感触を得るや、衝撃音を立てながら吹き飛ばされる。
「くっ!」
ふわりとスカートと黒髪を浮遊させながら、響古は床に着地する。
あまりに場違いな美しい少女。
舞い上がった長い髪が重力に従い、ゆっくりと落ちていく。
その髪の間からは、深い漆黒の双眸が、宝石のように鋭く光っていた。
「はっはっはっ、威勢がいいなー。お前、名前は?」
「誰が教えるもんか!!このエロ教師!!」
立て続けに響古が罵倒に近い言葉を吐く。
弁明の余地がないほどに、響古の態度は無礼そのもの。
責任は誰にあるかと言われれば学級委員長の葵にあるわけで、もうあわあわと狼狽することしかできなかった。
当の早乙女は響古の暴言をファンキーな笑顔で容易くはねのけ、呆気に取られている生徒達に向き直る。
「はっはっはっ、どーしたぁ!?元気ねーぞ、このクソッタレ共が!!」
ようやくショックから立ち直ったのか、葵は全員の疑問を解消するかのように、おずおずと手を挙げる。
「あの…私達、何も聞かされてないんですけど…佐渡原先生はどうなったんでしょうか…?」
「んー」
葵に核心部分について問われ、早乙女は考え込む。
「お前、名前は?」
「え?あ…邦枝です」
「そうか…かわいいな、くそったれ」
「はっ!?」
「彼氏いるのか?」
「いませんっ!!てか何の話ですか!!」
いきなり彼氏はいるのかと聞かれて咄嗟に叫んでしまっても、早乙女は軽く首をすくめるだけだった。
早乙女は響古にも同じ質問をする。
「そっちはどうなんだ?」
「いるわよっ!!てか、あんたにやられて絶賛放心状態よ!!どうしてくれんの!!」
怒りに険しくなった眼差しを送る響古が指差した先には、頬の腫れた男鹿が放心状態で座っている。
その時、怒りと非難を乗せた声が早乙女の耳に飛び込んできた。
「おい、こら。てめぇ、うちの姐さんと響古にずい分、なれなれしい口きいてくれんじゃねーか。つぶすぞ」
「お?」
「セクハラで訴えられてーのか、このエロ教師!!」
ずいと寧々と涼子が踏み込み、至近距離から睨み上げる視線に変化する。
「特攻服か…なつかしいな…」
寧々の、制服の上から羽織る特攻服を一瞥して、笑みを浮かべた。
いきなり触られて虚を突かれたのは、やむを得ないことだったと言えよう。
「触んなっ!!」
そう叫んだ直後に繰り出した寧々の拳を、
「いい突きだ」
と首を傾くだけの最小限の動作でかわす。
「心配すんな。前任の先生なら了承済みだ。もともと、オレが来るまでの臨時だからな。マゾ原先生も今頃、肩の荷がおりてほっとしてるだろーよ」
「佐渡原先生です」
「ん?そうか?まぁ、どっちでもいいさ。サドでもマゾでも。こまけー事は気にすんな」
「……」
へらへらと早乙女が笑う。
生徒の模範的となる教師とは思えない破天荒さ。
――本当に教師か…!?こいつ…。
豪快に話を受け流す新任教師に、生徒達は一抹の不安を感じた。
バブ78
早乙女禅十郎
HRが終わっても、響古とベル坊が声をかけるが、男鹿の意識はいっこうに戻らない。
「辰巳、辰巳ってば」
「アー」
顔面をハンマーで殴られたに等しい痛みを覚えて、その頬は赤く腫れている。
「辰巳~~!!」
「アーダ、ダーダッ!!」
響古が耳許で大声を出したり、ベル坊が身体を揺すったりするが、失敗に終わる。
「ダメだ…全然、起きてくれない…」
横目で窺い見るベル坊の視線に気づいたふうもなく、目を伏せうつむく。
――なんなの、あの男のウエイトの乗ったパンチ……素早さとか運動技能とかならともかく、体力ならあたしより辰巳の方が上だ。
――パンチ一発で、辰巳や東条、出馬の三人を一蹴させるなんて。
響古は顔をしかめる程度で済ませたが、ベル坊はそうもいかなかったようだ。
「ウ~ッ」
「……ベル坊?」
(えっ?あたし、そんな怖い顔してた?)
するとベル坊が、いきなり机の上によじ登り、
「ウンダ、ウンダ」
ショック療法という名目で、男鹿の頬を思い切りビンタした。
「アー、アダッ!!」
次の瞬間、白目を剥いていた眼球がぐるんと黒に変わり、ようやく男鹿は放心状態から覚めた。
「ここはどこ!?ワッチャネイム!?」
記憶喪失によくあるお決まりの台詞を放ち、一仕事終えたかのように額の汗を拭うベル坊に、拍手が贈られる。
「辰巳っ!」
「おわっ」
間髪入れず抱きしめられ、男鹿は戸惑う。
「殴られた頬はまだ痛い?どうなの、辰巳」
心底心配そうに聞いてくる響古。
「だ、大丈夫だ」
「ああ、辰巳、よかった…声をかけても体を揺すっても目を覚まさないから、最悪の事態も覚悟したんだよ……?」
響古は包み込むような慈愛で男鹿を抱きしめる。
(ああ、響古の愛が伝わってくるぜ)
「……」
嫌がる素振りすら見せず抱擁を受け入れる男鹿を、葵は訝しげな目線を向けた。
しかし、殴られて気絶した事実は覚めても動揺を抑えることはできない。
言葉を紡ぐ仕草も重い二人からの説明を受けて、男鹿は理解する。
「――そうか…そういや、オレ、妙な、おっさんに殴られて」
「あぁ…」
「ダッ」
「……実は、あいつと一戦交えたんだ」
古市とベル坊に続いて、響古は困惑顔で言葉を濁した。
「最初の一撃で決めようかと思っていたけど正直…ヤバかった。ガードしても腕が痺れて、勝てそうになかったよ」
そこに込められた屈辱の意思に男鹿はすぐ気づき、苦虫を噛み潰したように歪む。
――ぐっ…気絶してたのかよ、オレ…。
――何なんだ、あの野郎…あんなクソ重いパンチ、初めて食らったぞ…。
そんな感想を抱きつつ、これまでの経緯を全て聞き終えた。
しかし、さらなる追い討ちがかかる。
「しかもその、おっさん、うちの新しい担任らしいぞ。もう出てったケド」
第一印象こそ最悪たったが、まさか自分達の担任になるとは思ってもみなかった男鹿は驚愕する。
「担任!?」
「あぁ」
「東条かついで教室に入って来た時にゃ、そりゃあ全員度肝抜かれたぞ」
「くっ…」
小さな違和感を誘う古市の言葉に、男鹿はその意図するところをくみ取って思い至る。
「――というか気づいたんだが、オレは誰に運ばれたんだ?」
「あぁ、それは……響古がお前をおんぶして来た」
「ダー」
「………マジでか」
彼の眼差しは響古へと直行された。
男鹿の目を丸くした視線を受けて、響古が笑みを浮かべた表情で答える。
「そのへんのところはご心配なく。あたしってば鍛えてるから、辰巳をおぶって軽々と移動できたよ」
「ご心配なく……軽々と……」
男鹿は何故かショックを受けている様子だ。
客観的に見て、男鹿は喧嘩の強い部類に入る。
だがどうやら、気絶した自分を響古がおぶって回収するということが、ひそかな屈辱に感じるらしい。
響古の台詞は明確な否定だったにもかかわらず、勝手に悪い方向へ解釈してしまったのだろう。
「辰巳?」
「いや、なんでもねぇ」
響古の心配そうな声に半分虚勢の強気な口調で答え、男鹿は何事もなかったかのように話を進める。
「んっ?そういや、東条は…」
「気がつくなり、出てったよ」
「相当、くやしかったんじゃねーの?」
神崎と寧々が話に加わり、合いの手を入れる。
もうないと思っていた。
憧憬と尊敬の対象たる男の再会に浮き立ち、もつれる足ももどかしく、全力で早乙女を探す。
「くそっ」
いくら探しても早乙女の姿は見つからず、焦燥だけが胸を焦がす。
「いねぇ…職員室にもどこにも」
「虎!!」
彼の背を、強い声が叩いた。
半ば呆然としたまま東条が振り向いた先、静が歩み寄る。
「静…」
「聞いたわよ!!出馬君も男鹿君もやられたんですって!?篠木さんも返り討ちにされて…それで三木君に聞いたんだけど、もしかして…」
東条は、一瞬の間を置いて、全てを理解した。
「――…あぁ。禅さんだ、間違いねぇ…」
――心身ともに無闇な強さを誇る男との出会いは、幼い東条にとって強烈というにふさわしい印象を残した。
「――…帰って…来たんだ」
静は輝かんばかりの喜色と共につぶやく。
サンダルの裏を体育館の屋根の上につけて、早乙女は立っていた。
「ま、こいつがなけりゃ今頃、この学校も消し飛んでたわけだ」
目を細めて吐き捨てた先には、驚くべき光景が広がっている。
体育館の屋根――その一部が異様な色を点 し、屋根の装甲を破って、奇怪な異空間を形成している。
「知ってか知らずか…物理的ダメージを最小限に抑えた反動だな…まったく…腐っても魔王じゃねーか…」
おもむろにスーツの上着を脱ぎ捨て、次元をぶち破るための力の充溢を示す右腕が露になる。
「久しぶりだな…まぁ、10% ってとこか…これなら『人間』でも強い奴は感じるかな?まぁ、仕方ねぇ…鬼が出るか、蛇が出るか、箱を開けてみん事にゃ…なっ!!」
早乙女の結句を受けて、その右腕から蠅王紋の力が溢れ出し、体育館に力を尾と引く光が見えた。
刹那、その異変に気づいたのは男鹿と響古、東条、出馬、三木に静である。
「んー、どした?」
視線を虚空に固定させて、六人はその全身に感じたものを再び、今度は意識して動かす。
周囲に振り撒く不気味な波が断続的に、ひそかに近づいてくる。
早乙女が眺める先で、壊れる姿の前へと戻っていく。
修復の終わった場所からは光が失せ、光景はどんどん元通りになる。
やがて、修復が終わる。
それは、時間にしてほんの十秒ほど。
早乙女が、おもむろに告げる。
「さっそく来たか…」
「――…貴様、ベヘモットの手の者か…」
聖石矢魔の制服ではない、黒のゴスロリ服の格好で現れたヒルダは、仕込み刀となった傘から刀身を抜く。
「………こいつはまた、かわいい侍女悪魔ちゃんが来たもんだ」
登場して早々、攻撃を仕掛ける姿を見つめる早乙女は、自分だからこそわかる硬さ、戦意、その意味を理解して、笑みを浮かべた。
「どういう事ですか、校長!!私を石矢魔の担当から外すなんて…聞いてませんよ、こんな急な人事!!」
「うん。だって、今言ったもん」
佐渡原の疑問に一言で答え、聖石矢魔学園の校長はざっくばらんな口調で結論を先取りする。
真っ白な髪を総髪にし、顔の下半分も白一色の口髭と顎髭で覆われている。
「佐渡原先生にゃ悪いが…もともと、こーいう決定だったんじゃ。君は彼が来るまでのつなぎとゆーか…のう?」
「…そんなっ…」
彼の言葉に相槌も反論も質問の声もあげられなかった。
「まぁ、そうがっかりしなさんな…信用のおける男じゃよ、早乙女君は」
椅子を回転させて、難しい顔をする佐渡原に向けて、新たに赴任してきた教師を説明する。
「早乙女禅十郎。石矢魔高校、卒業生にして伝説の教師」
黒板に名前を書き終えると、男――早乙女は生徒達へ振り返って自己紹介する。
「――というわけでよろしく。今日から、お前らの担任になる、早乙女だ」
朝から早乙女の鉄拳を食らって、男鹿と東条は放心状態。
机に突っ伏した響古は黙り込んでいて、長い髪は机の上に優美な曲線を描き、表情は窺えない。
何も聞かされていない生徒達は怪訝な表情を浮かべる。
(な…)
(何だ、こいつ…)
城山と夏目からようやく反応があった。
呆れ顔の間接的な異議表明。
しかしその声は、表情と呆れているニュアンスを表現しようとしてうまくいかず、上滑りしている感がある。
葵が男鹿へと、姫川が東条へと顔を向けた。
(嘘でしょ?)
(…これ、こいつがやったのかよ…)
由加は国語辞書を取り出し"タンニン"の意味を調べる。
(タンニン)
「ほほー」
だが"タンニン"の意味をはき違えて全くの見当違い。
※お茶などに含まれる渋みの成分。
早乙女が自己紹介する最中もずっと突っ伏していた響古から、ごく微かな囁きが聞こえた。
「……しょうが…なかったんだもん…だって辰巳がやられて……だからなりふり構わず反撃して…あいつには罪の意識が足りないから…もはや犯罪級であって…」
な、なんか怖い単語が混ざってませんでしたか今?
「それなのに、辰巳以外の人に見られて……許さない、許さない、許さない、許さない……っ!」
「響古っ、なに怖い事言ってんのっ」
壊れたレコードみたいに同じ言葉を繰り返し始めた響古の肩を、葵は揺する。
「生まれてきた事を後悔させるくらいにボコボコにしてやる――はっ、はい!」
慌てて顔を上げた響古は、慌てふためくものの……一応、正気に戻ったらしい。
「あああああっ!!」
「響古、どうしたの!?」
「何だ、いきなり大声出して」
「……響古?」
響古は驚きに目を見開き、震える指先で早乙女を示した。
「あの時の、変態ーーーっ!!」
すると、早乙女は意地悪そうに笑う。
「おお、お前、あの時の!朝からいいモノ見せてもらったぜ!」
この言葉に、ついに彼女がキレる音がした。
ぶちっ、という血管の切れるような音ではなく、ばきっ、と言う奥歯の噛みしめた音が。
響古は軽く床を一蹴りして、机上に跳び乗る。
足を肩幅ほどに開き、堂々と教壇に向かって立つ。
腰の下まである艶やかな黒髪がなびき、激昂した。
「それ以上、言うなーーーっ!!」
瞬間、机の板が弾けて砕け、脚のパイプが折れ飛ぶほどの踏み切りをつけて、響古は跳ぶ。
流れの一点へ、真正面から飛び蹴りが見舞う。
早乙女は、その突撃を眼前に受け、しかし眉一つ動かさない。
手応えと具合の感触を得るや、衝撃音を立てながら吹き飛ばされる。
「くっ!」
ふわりとスカートと黒髪を浮遊させながら、響古は床に着地する。
あまりに場違いな美しい少女。
舞い上がった長い髪が重力に従い、ゆっくりと落ちていく。
その髪の間からは、深い漆黒の双眸が、宝石のように鋭く光っていた。
「はっはっはっ、威勢がいいなー。お前、名前は?」
「誰が教えるもんか!!このエロ教師!!」
立て続けに響古が罵倒に近い言葉を吐く。
弁明の余地がないほどに、響古の態度は無礼そのもの。
責任は誰にあるかと言われれば学級委員長の葵にあるわけで、もうあわあわと狼狽することしかできなかった。
当の早乙女は響古の暴言をファンキーな笑顔で容易くはねのけ、呆気に取られている生徒達に向き直る。
「はっはっはっ、どーしたぁ!?元気ねーぞ、このクソッタレ共が!!」
ようやくショックから立ち直ったのか、葵は全員の疑問を解消するかのように、おずおずと手を挙げる。
「あの…私達、何も聞かされてないんですけど…佐渡原先生はどうなったんでしょうか…?」
「んー」
葵に核心部分について問われ、早乙女は考え込む。
「お前、名前は?」
「え?あ…邦枝です」
「そうか…かわいいな、くそったれ」
「はっ!?」
「彼氏いるのか?」
「いませんっ!!てか何の話ですか!!」
いきなり彼氏はいるのかと聞かれて咄嗟に叫んでしまっても、早乙女は軽く首をすくめるだけだった。
早乙女は響古にも同じ質問をする。
「そっちはどうなんだ?」
「いるわよっ!!てか、あんたにやられて絶賛放心状態よ!!どうしてくれんの!!」
怒りに険しくなった眼差しを送る響古が指差した先には、頬の腫れた男鹿が放心状態で座っている。
その時、怒りと非難を乗せた声が早乙女の耳に飛び込んできた。
「おい、こら。てめぇ、うちの姐さんと響古にずい分、なれなれしい口きいてくれんじゃねーか。つぶすぞ」
「お?」
「セクハラで訴えられてーのか、このエロ教師!!」
ずいと寧々と涼子が踏み込み、至近距離から睨み上げる視線に変化する。
「特攻服か…なつかしいな…」
寧々の、制服の上から羽織る特攻服を一瞥して、笑みを浮かべた。
いきなり触られて虚を突かれたのは、やむを得ないことだったと言えよう。
「触んなっ!!」
そう叫んだ直後に繰り出した寧々の拳を、
「いい突きだ」
と首を傾くだけの最小限の動作でかわす。
「心配すんな。前任の先生なら了承済みだ。もともと、オレが来るまでの臨時だからな。マゾ原先生も今頃、肩の荷がおりてほっとしてるだろーよ」
「佐渡原先生です」
「ん?そうか?まぁ、どっちでもいいさ。サドでもマゾでも。こまけー事は気にすんな」
「……」
へらへらと早乙女が笑う。
生徒の模範的となる教師とは思えない破天荒さ。
――本当に教師か…!?こいつ…。
豪快に話を受け流す新任教師に、生徒達は一抹の不安を感じた。
バブ78
早乙女禅十郎
HRが終わっても、響古とベル坊が声をかけるが、男鹿の意識はいっこうに戻らない。
「辰巳、辰巳ってば」
「アー」
顔面をハンマーで殴られたに等しい痛みを覚えて、その頬は赤く腫れている。
「辰巳~~!!」
「アーダ、ダーダッ!!」
響古が耳許で大声を出したり、ベル坊が身体を揺すったりするが、失敗に終わる。
「ダメだ…全然、起きてくれない…」
横目で窺い見るベル坊の視線に気づいたふうもなく、目を伏せうつむく。
――なんなの、あの男のウエイトの乗ったパンチ……素早さとか運動技能とかならともかく、体力ならあたしより辰巳の方が上だ。
――パンチ一発で、辰巳や東条、出馬の三人を一蹴させるなんて。
響古は顔をしかめる程度で済ませたが、ベル坊はそうもいかなかったようだ。
「ウ~ッ」
「……ベル坊?」
(えっ?あたし、そんな怖い顔してた?)
するとベル坊が、いきなり机の上によじ登り、
「ウンダ、ウンダ」
ショック療法という名目で、男鹿の頬を思い切りビンタした。
「アー、アダッ!!」
次の瞬間、白目を剥いていた眼球がぐるんと黒に変わり、ようやく男鹿は放心状態から覚めた。
「ここはどこ!?ワッチャネイム!?」
記憶喪失によくあるお決まりの台詞を放ち、一仕事終えたかのように額の汗を拭うベル坊に、拍手が贈られる。
「辰巳っ!」
「おわっ」
間髪入れず抱きしめられ、男鹿は戸惑う。
「殴られた頬はまだ痛い?どうなの、辰巳」
心底心配そうに聞いてくる響古。
「だ、大丈夫だ」
「ああ、辰巳、よかった…声をかけても体を揺すっても目を覚まさないから、最悪の事態も覚悟したんだよ……?」
響古は包み込むような慈愛で男鹿を抱きしめる。
(ああ、響古の愛が伝わってくるぜ)
「……」
嫌がる素振りすら見せず抱擁を受け入れる男鹿を、葵は訝しげな目線を向けた。
しかし、殴られて気絶した事実は覚めても動揺を抑えることはできない。
言葉を紡ぐ仕草も重い二人からの説明を受けて、男鹿は理解する。
「――そうか…そういや、オレ、妙な、おっさんに殴られて」
「あぁ…」
「ダッ」
「……実は、あいつと一戦交えたんだ」
古市とベル坊に続いて、響古は困惑顔で言葉を濁した。
「最初の一撃で決めようかと思っていたけど正直…ヤバかった。ガードしても腕が痺れて、勝てそうになかったよ」
そこに込められた屈辱の意思に男鹿はすぐ気づき、苦虫を噛み潰したように歪む。
――ぐっ…気絶してたのかよ、オレ…。
――何なんだ、あの野郎…あんなクソ重いパンチ、初めて食らったぞ…。
そんな感想を抱きつつ、これまでの経緯を全て聞き終えた。
しかし、さらなる追い討ちがかかる。
「しかもその、おっさん、うちの新しい担任らしいぞ。もう出てったケド」
第一印象こそ最悪たったが、まさか自分達の担任になるとは思ってもみなかった男鹿は驚愕する。
「担任!?」
「あぁ」
「東条かついで教室に入って来た時にゃ、そりゃあ全員度肝抜かれたぞ」
「くっ…」
小さな違和感を誘う古市の言葉に、男鹿はその意図するところをくみ取って思い至る。
「――というか気づいたんだが、オレは誰に運ばれたんだ?」
「あぁ、それは……響古がお前をおんぶして来た」
「ダー」
「………マジでか」
彼の眼差しは響古へと直行された。
男鹿の目を丸くした視線を受けて、響古が笑みを浮かべた表情で答える。
「そのへんのところはご心配なく。あたしってば鍛えてるから、辰巳をおぶって軽々と移動できたよ」
「ご心配なく……軽々と……」
男鹿は何故かショックを受けている様子だ。
客観的に見て、男鹿は喧嘩の強い部類に入る。
だがどうやら、気絶した自分を響古がおぶって回収するということが、ひそかな屈辱に感じるらしい。
響古の台詞は明確な否定だったにもかかわらず、勝手に悪い方向へ解釈してしまったのだろう。
「辰巳?」
「いや、なんでもねぇ」
響古の心配そうな声に半分虚勢の強気な口調で答え、男鹿は何事もなかったかのように話を進める。
「んっ?そういや、東条は…」
「気がつくなり、出てったよ」
「相当、くやしかったんじゃねーの?」
神崎と寧々が話に加わり、合いの手を入れる。
もうないと思っていた。
憧憬と尊敬の対象たる男の再会に浮き立ち、もつれる足ももどかしく、全力で早乙女を探す。
「くそっ」
いくら探しても早乙女の姿は見つからず、焦燥だけが胸を焦がす。
「いねぇ…職員室にもどこにも」
「虎!!」
彼の背を、強い声が叩いた。
半ば呆然としたまま東条が振り向いた先、静が歩み寄る。
「静…」
「聞いたわよ!!出馬君も男鹿君もやられたんですって!?篠木さんも返り討ちにされて…それで三木君に聞いたんだけど、もしかして…」
東条は、一瞬の間を置いて、全てを理解した。
「――…あぁ。禅さんだ、間違いねぇ…」
――心身ともに無闇な強さを誇る男との出会いは、幼い東条にとって強烈というにふさわしい印象を残した。
「――…帰って…来たんだ」
静は輝かんばかりの喜色と共につぶやく。
サンダルの裏を体育館の屋根の上につけて、早乙女は立っていた。
「ま、こいつがなけりゃ今頃、この学校も消し飛んでたわけだ」
目を細めて吐き捨てた先には、驚くべき光景が広がっている。
体育館の屋根――その一部が異様な色を
「知ってか知らずか…物理的ダメージを最小限に抑えた反動だな…まったく…腐っても魔王じゃねーか…」
おもむろにスーツの上着を脱ぎ捨て、次元をぶち破るための力の充溢を示す右腕が露になる。
「久しぶりだな…まぁ、10
早乙女の結句を受けて、その右腕から蠅王紋の力が溢れ出し、体育館に力を尾と引く光が見えた。
刹那、その異変に気づいたのは男鹿と響古、東条、出馬、三木に静である。
「んー、どした?」
視線を虚空に固定させて、六人はその全身に感じたものを再び、今度は意識して動かす。
周囲に振り撒く不気味な波が断続的に、ひそかに近づいてくる。
早乙女が眺める先で、壊れる姿の前へと戻っていく。
修復の終わった場所からは光が失せ、光景はどんどん元通りになる。
やがて、修復が終わる。
それは、時間にしてほんの十秒ほど。
早乙女が、おもむろに告げる。
「さっそく来たか…」
「――…貴様、ベヘモットの手の者か…」
聖石矢魔の制服ではない、黒のゴスロリ服の格好で現れたヒルダは、仕込み刀となった傘から刀身を抜く。
「………こいつはまた、かわいい侍女悪魔ちゃんが来たもんだ」
登場して早々、攻撃を仕掛ける姿を見つめる早乙女は、自分だからこそわかる硬さ、戦意、その意味を理解して、笑みを浮かべた。