バブ67
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今までの気弱で優しげな少年の豹変に、他の男にはない告白をされ、ひそかに嬉しさを抱いたのは事実。
(――「だって、だって僕はあなたの事が好きだから!!」――)
男鹿と出会う前の自分なら、バカバカしい仮定、無意味だ、と即座に否定できたはずの、これらの想い……それが、今となっては大切な感情。
(辰巳が好きで好きで仕方ない。どうしようもないくらい。これはホントに、あたしが生まれて初めて感じる想い……こんな気持ち、辰巳と会うまで想像できなかったし、もちろん、東条や三木に感じていたりはしていない)
考えたことも欲したこともない事態だった。
それが、とてもとても、苦しい。
(辰巳に感じているような気持ちじゃない。それは、あたしの中でどんな事よりもはっきりしてる)
そう思うと、胸の奥が、息の詰まるほどに重くなる。
――その胸のざわめきは、辰巳といて感じるものとは、まったく別物。
――もっと硬質で、冷たくて、強制的な揺らぎ。
危機感と焦燥を、燃え立つ気持ちへと変えて。
動揺と不安を、男鹿との思い出で忘れ去ろうとして。
自分の恋人であるのは、一番ふさわしいのは、彼だと言い聞かせ、誇りをかけて。
「響古……?」
真っ先に気づいて眉を寄せたのは、古市だった。
ベル坊も、気高き少女とは思えないような懇願に近い瞳を男鹿に向ける彼女を、心配げに見つめる。
「ダー」
「…じょうぶ」
響古は、もたらされたか細い希望に掴まって、なんとか耐えようとしていた。
「大丈夫…大丈夫…!」
逃避として傾いていく心の流れを断ち切るように、ほんの微かな、ギリギリの自信を抱く。
男鹿の勝利を、信じる心を、自分で唱える。
「――結局、何も言うつもりはないんだね」
怯えすら宿した表情の響古に、やや寂しげな視線を向けてから、男鹿に向き直る。
「――まぁ、いいさ。それならそれで…それが君の答えだ」
拳を前に突き出した構えを取りながら、冷ややかに言い放つ。
彼の表情は前髪の織り成す影に隠れ、窺えない。
だが、憂いと嘲りを秘めているのはわかる。
「おっ、来るか。長かったな、コラ」
男鹿が試合開始を察知した数秒後、ベル坊もようやくその気配を感じ始めた。
ゆっくりと小さな手を下ろす。
「ダ」(始め)
「いくぞっ!!」
試合の合図が鳴るのを待たず、三木は地を蹴った。
「……………」
合図を無視したことに涙ぐんだせいで、電撃が弾ける。
「…ベ、ベル坊君、いいー感じだったよー、マジで。だから泣かないで」
あやうく自分に直撃するのを座布団でブロックして、古市は震える声音でフォローする。
「はっ!!」
気合い一声、蹴りが見舞った。
連続の前蹴り――しかし、男鹿は余裕の笑みで受け切る。
「どーしたよ!?奥義を見せてくれんじゃなかったのかよ!!」
「………………」
この挑発に、三木は動じない。
刹那、男鹿の膝と肩に自分の足と手を置き、
――出馬八神流――…旋斧脚 。
唖然と見上げる彼の身体を支点に回転、高く跳躍しての回し蹴りを見舞った。
「……っ」
顔面に食らった衝撃に息を詰まらせて振り返る間に、三木は着地する。
「おぉっ」
――三木――…本当に強くなってる。
驚嘆すべき武術の技で男鹿を翻弄する三木に、鳥肌が立った。
(かっちょいいな)
「三木、驚いた。あんた――」
響古の驚きに震える声は、男鹿の抵抗にかき消される。
「………あぶなかったぜ…」
「いやっ、お前、モロにくらったろ!!」
「――全然っ!!まったくこれっぽっちも、きいてねぇよ、ハゲ!!」
強気に言い返すと思い切り踏み込んで、猛スピードの蹴りを繰り出す。
「らぁっ!!必殺、滅り込みキック!!」
お返しとばかりに放った回し蹴りは、下に屈んでかわされる。
見事蹴りを空振りした直後、響古が声を張り上げた。
「あっ…!!それ…ダメッ!!」
「え?」
「下がって、辰巳っ!!くるっ!!」
「足下…」
次の瞬間、真下から言葉が紡がれるや、軸足をすくい上げるように払われた。
身体がよろめき、転倒させられた時には、両手を突き出していた。
――出馬八神流――…双打掌。
狙い過 たず、三木の放った掌打が男鹿に直撃。
「男鹿っ」
「アダ!!」
「ぐっ…」
メキ…と不気味な軋みを響かせながら、三木は低く吐き出した修行の言葉が導くように、男鹿を睨みつける。
「――あれから、僕は誓ったんだ。誰よりも、君よりも強くなって、彼女にふさわしい男になる。その為なら、どんな努力を惜しまないと。毎日、何千何万回と同じ事を繰り返し、血が滲むまで練習して身につける。それが"技"だ!!」
彼の修行は、苛酷だった。
ただひたすら地道な日々の修行によって技を磨き、肉体を苛め抜き、心を空の境地に誘う。
「そんな思いつきの虎仮威 しとは…」
――出馬八神流――…双纒手 。
「わけが違うんだよ!!!」
一旦言葉を切り、突き出した両手から続く二撃目を繰り出す。
「……っ!!」
胸にめり込んだ掌打に男鹿は吹っ飛び、かろうじて踏みとどまった。
――すげぇ…!!
――三木…お前、本当に、すげぇよ…。
彼の身体を心配しつつも、古市はここまで強くなった三木に感心せずにはいられなかった。
「チッ」
「……」
三木が優勢なことで顔を歪めて舌打ちを鳴らすベル坊をじと目で見つめる。
「――っ」
響古は両手で口を押さえ、溢れ出る悲鳴を飲み込んだ。
「ダ?」
「…少し、びっくりしただけだから」
大丈夫、と答えたかった。
だけれど、苛酷な修行の話を聞かされて、最後まで口にできなかった。
響古は自分の心にあるものを、とっくに理解している。
――求めている。
それは、危機感だ。
硬質で冷たい、強制的な揺らぎ。
彼なら。
男鹿の心を粉砕し、本当に自分を奪っていってしまうかもしれないという怯えだった。
認める。
武道の経験が深い自分が三木を求めていることが、たまらなく恐ろしいのだった。
「僕は彼女を手に入れる。彼女の愛を手に入れる」
敵意を剥き出しに、宣告するように言い放った。
「できる限りの手段を使って、だ。彼女には君じゃない――僕が必要だ」
「……お前が何をしようと、絶対に引かないぜ」
男鹿は答えながら、悟っていた。
ようやく自覚した。
三木を前にして、実力と本気を知るにつれて増大する不安。
三木の技に魅了された響古を見て加速する焦り。
その正体が一体なんであるのか。
「僕もだ」
そう言い切って、ふざけた提案を申し出す。
「今ならまだ間に合う。彼女から手を引け。そして認めるんだ、彼女と一緒にいるだけの才能はない、守りきれる力のない、釣り合わない人間だと」
「――ゆずらねぇ。オレは響古が好きだ。そして、響古もオレが……!お前に響古を幸せにできるもんか」
その瞬間、三木の瞳に本気の苛立ちが過ぎったのを、男鹿は確かに見た。
「できる。世界で一人、僕だけが」
「ハッ。お前がどんな手を使っても関係ねぇ。それに、きかーなぁ、ちっとも。まさか、それで終 いとかゆーんじゃねーだろな」
「――…まったく、あの東条とかいう人といい、君達、不良のタフさにはあきれるよ」
技ではない、闘志と精神さで勝利を引き寄せる、獣の身ごなしに呆れた彼は次の行動に移った。
「安心しな、今からが本番だ…」
周囲の漂う空気がその気配を濃くしたのが、古市には確かに感じられた。
目の前の少年は、完全な戦闘態勢を整える。
「かわせ…とは、もう言わないよ」
ゆるゆると腕を上げたので、男鹿はきつい双眸を険しく細めて、響古は瞠目した。
「来るか…」
「まさか……!」
その鈍さ、牛のごとき。
散々奥義を見せつけられたが、まだ本気ではなかったのだ。
(あの時、六騎聖に止められた技を出す気…!?)
彼は静に止められた、もっとも強力で危険な奥義を披露していなかった。
――出馬八神流、奥義――…。
強烈な気合いを放ち、一歩踏み出しただけで、今にも爆発しそうな殺気が全身から噴き出す。
間合いを一気に詰め、息を呑む男鹿を薙ぎ倒す動きで襲いかかった。
――冥鶯殺 。
それは完全に終わらせることを意識した、必殺の一撃だった。
あまりの衝撃に内蔵が委縮し、猛烈な吐き気に襲われる。
意識を飛ばすわけにはいかない、霞んだ視界の片隅に、打ちひしがれた響古の姿が映ったから。
まだ手の届きそうな距離にいる、響古が。
連れ去られようとしている、響古が。
その時、道場に悲鳴が響き渡った。
もうやめて、と。
これ以上、辰巳にひどい事しないで、と。
一瞬にして、殺気は霧散していた。
「――……泣いて……?」
古市は声を漏らす。
立ち上がった響古は、瞬く間にボロボロになってしまった男鹿を見つめて、耐えられないといったふうに泣いている。
ベル坊を抱いたまま、いやいやと首を振った。
涙の粒が宙を舞い、必死に慰めるベル坊の頬に落ちる。
「マー!マー!」
「く――!」
手足がぶるぶると震えて、内臓が悲鳴をあげて、筋肉に力が入らず、なかなか立てなかった。
立ち上がりかけたところでよろめき、畳に倒れる。
「辰巳――!」
(――「だって、だって僕はあなたの事が好きだから!!」――)
男鹿と出会う前の自分なら、バカバカしい仮定、無意味だ、と即座に否定できたはずの、これらの想い……それが、今となっては大切な感情。
(辰巳が好きで好きで仕方ない。どうしようもないくらい。これはホントに、あたしが生まれて初めて感じる想い……こんな気持ち、辰巳と会うまで想像できなかったし、もちろん、東条や三木に感じていたりはしていない)
考えたことも欲したこともない事態だった。
それが、とてもとても、苦しい。
(辰巳に感じているような気持ちじゃない。それは、あたしの中でどんな事よりもはっきりしてる)
そう思うと、胸の奥が、息の詰まるほどに重くなる。
――その胸のざわめきは、辰巳といて感じるものとは、まったく別物。
――もっと硬質で、冷たくて、強制的な揺らぎ。
危機感と焦燥を、燃え立つ気持ちへと変えて。
動揺と不安を、男鹿との思い出で忘れ去ろうとして。
自分の恋人であるのは、一番ふさわしいのは、彼だと言い聞かせ、誇りをかけて。
「響古……?」
真っ先に気づいて眉を寄せたのは、古市だった。
ベル坊も、気高き少女とは思えないような懇願に近い瞳を男鹿に向ける彼女を、心配げに見つめる。
「ダー」
「…じょうぶ」
響古は、もたらされたか細い希望に掴まって、なんとか耐えようとしていた。
「大丈夫…大丈夫…!」
逃避として傾いていく心の流れを断ち切るように、ほんの微かな、ギリギリの自信を抱く。
男鹿の勝利を、信じる心を、自分で唱える。
「――結局、何も言うつもりはないんだね」
怯えすら宿した表情の響古に、やや寂しげな視線を向けてから、男鹿に向き直る。
「――まぁ、いいさ。それならそれで…それが君の答えだ」
拳を前に突き出した構えを取りながら、冷ややかに言い放つ。
彼の表情は前髪の織り成す影に隠れ、窺えない。
だが、憂いと嘲りを秘めているのはわかる。
「おっ、来るか。長かったな、コラ」
男鹿が試合開始を察知した数秒後、ベル坊もようやくその気配を感じ始めた。
ゆっくりと小さな手を下ろす。
「ダ」(始め)
「いくぞっ!!」
試合の合図が鳴るのを待たず、三木は地を蹴った。
「……………」
合図を無視したことに涙ぐんだせいで、電撃が弾ける。
「…ベ、ベル坊君、いいー感じだったよー、マジで。だから泣かないで」
あやうく自分に直撃するのを座布団でブロックして、古市は震える声音でフォローする。
「はっ!!」
気合い一声、蹴りが見舞った。
連続の前蹴り――しかし、男鹿は余裕の笑みで受け切る。
「どーしたよ!?奥義を見せてくれんじゃなかったのかよ!!」
「………………」
この挑発に、三木は動じない。
刹那、男鹿の膝と肩に自分の足と手を置き、
――出馬八神流――…
唖然と見上げる彼の身体を支点に回転、高く跳躍しての回し蹴りを見舞った。
「……っ」
顔面に食らった衝撃に息を詰まらせて振り返る間に、三木は着地する。
「おぉっ」
――三木――…本当に強くなってる。
驚嘆すべき武術の技で男鹿を翻弄する三木に、鳥肌が立った。
(かっちょいいな)
「三木、驚いた。あんた――」
響古の驚きに震える声は、男鹿の抵抗にかき消される。
「………あぶなかったぜ…」
「いやっ、お前、モロにくらったろ!!」
「――全然っ!!まったくこれっぽっちも、きいてねぇよ、ハゲ!!」
強気に言い返すと思い切り踏み込んで、猛スピードの蹴りを繰り出す。
「らぁっ!!必殺、滅り込みキック!!」
お返しとばかりに放った回し蹴りは、下に屈んでかわされる。
見事蹴りを空振りした直後、響古が声を張り上げた。
「あっ…!!それ…ダメッ!!」
「え?」
「下がって、辰巳っ!!くるっ!!」
「足下…」
次の瞬間、真下から言葉が紡がれるや、軸足をすくい上げるように払われた。
身体がよろめき、転倒させられた時には、両手を突き出していた。
――出馬八神流――…双打掌。
狙い
「男鹿っ」
「アダ!!」
「ぐっ…」
メキ…と不気味な軋みを響かせながら、三木は低く吐き出した修行の言葉が導くように、男鹿を睨みつける。
「――あれから、僕は誓ったんだ。誰よりも、君よりも強くなって、彼女にふさわしい男になる。その為なら、どんな努力を惜しまないと。毎日、何千何万回と同じ事を繰り返し、血が滲むまで練習して身につける。それが"技"だ!!」
彼の修行は、苛酷だった。
ただひたすら地道な日々の修行によって技を磨き、肉体を苛め抜き、心を空の境地に誘う。
「そんな思いつきの
――出馬八神流――…
「わけが違うんだよ!!!」
一旦言葉を切り、突き出した両手から続く二撃目を繰り出す。
「……っ!!」
胸にめり込んだ掌打に男鹿は吹っ飛び、かろうじて踏みとどまった。
――すげぇ…!!
――三木…お前、本当に、すげぇよ…。
彼の身体を心配しつつも、古市はここまで強くなった三木に感心せずにはいられなかった。
「チッ」
「……」
三木が優勢なことで顔を歪めて舌打ちを鳴らすベル坊をじと目で見つめる。
「――っ」
響古は両手で口を押さえ、溢れ出る悲鳴を飲み込んだ。
「ダ?」
「…少し、びっくりしただけだから」
大丈夫、と答えたかった。
だけれど、苛酷な修行の話を聞かされて、最後まで口にできなかった。
響古は自分の心にあるものを、とっくに理解している。
――求めている。
それは、危機感だ。
硬質で冷たい、強制的な揺らぎ。
彼なら。
男鹿の心を粉砕し、本当に自分を奪っていってしまうかもしれないという怯えだった。
認める。
武道の経験が深い自分が三木を求めていることが、たまらなく恐ろしいのだった。
「僕は彼女を手に入れる。彼女の愛を手に入れる」
敵意を剥き出しに、宣告するように言い放った。
「できる限りの手段を使って、だ。彼女には君じゃない――僕が必要だ」
「……お前が何をしようと、絶対に引かないぜ」
男鹿は答えながら、悟っていた。
ようやく自覚した。
三木を前にして、実力と本気を知るにつれて増大する不安。
三木の技に魅了された響古を見て加速する焦り。
その正体が一体なんであるのか。
「僕もだ」
そう言い切って、ふざけた提案を申し出す。
「今ならまだ間に合う。彼女から手を引け。そして認めるんだ、彼女と一緒にいるだけの才能はない、守りきれる力のない、釣り合わない人間だと」
「――ゆずらねぇ。オレは響古が好きだ。そして、響古もオレが……!お前に響古を幸せにできるもんか」
その瞬間、三木の瞳に本気の苛立ちが過ぎったのを、男鹿は確かに見た。
「できる。世界で一人、僕だけが」
「ハッ。お前がどんな手を使っても関係ねぇ。それに、きかーなぁ、ちっとも。まさか、それで
「――…まったく、あの東条とかいう人といい、君達、不良のタフさにはあきれるよ」
技ではない、闘志と精神さで勝利を引き寄せる、獣の身ごなしに呆れた彼は次の行動に移った。
「安心しな、今からが本番だ…」
周囲の漂う空気がその気配を濃くしたのが、古市には確かに感じられた。
目の前の少年は、完全な戦闘態勢を整える。
「かわせ…とは、もう言わないよ」
ゆるゆると腕を上げたので、男鹿はきつい双眸を険しく細めて、響古は瞠目した。
「来るか…」
「まさか……!」
その鈍さ、牛のごとき。
散々奥義を見せつけられたが、まだ本気ではなかったのだ。
(あの時、六騎聖に止められた技を出す気…!?)
彼は静に止められた、もっとも強力で危険な奥義を披露していなかった。
――出馬八神流、奥義――…。
強烈な気合いを放ち、一歩踏み出しただけで、今にも爆発しそうな殺気が全身から噴き出す。
間合いを一気に詰め、息を呑む男鹿を薙ぎ倒す動きで襲いかかった。
――
それは完全に終わらせることを意識した、必殺の一撃だった。
あまりの衝撃に内蔵が委縮し、猛烈な吐き気に襲われる。
意識を飛ばすわけにはいかない、霞んだ視界の片隅に、打ちひしがれた響古の姿が映ったから。
まだ手の届きそうな距離にいる、響古が。
連れ去られようとしている、響古が。
その時、道場に悲鳴が響き渡った。
もうやめて、と。
これ以上、辰巳にひどい事しないで、と。
一瞬にして、殺気は霧散していた。
「――……泣いて……?」
古市は声を漏らす。
立ち上がった響古は、瞬く間にボロボロになってしまった男鹿を見つめて、耐えられないといったふうに泣いている。
ベル坊を抱いたまま、いやいやと首を振った。
涙の粒が宙を舞い、必死に慰めるベル坊の頬に落ちる。
「マー!マー!」
「く――!」
手足がぶるぶると震えて、内臓が悲鳴をあげて、筋肉に力が入らず、なかなか立てなかった。
立ち上がりかけたところでよろめき、畳に倒れる。
「辰巳――!」