バブ66
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「転校?」
冬空を透かす寒々しい道路を、いつものように三人並んで歩いていると、三木から転校の話を告げられ、古市は驚いて聞く。
「…え?お前が?マジで?いつ?」
二人のダッフルコートにマフラーという、見た目にも温かな装いであるのに対し、惣菜パンを食べる男鹿は学ランだけ。
「――うん、春休みに入ったら…お母さんの実家の方に行くんだ。奈良だって」
「奈良ぁ?マジかよー。超、遠いじゃん」
「大仏のいる所だな。知ってる」
「うん」
「なんで誇らし気?」
妙に誇らしげな顔で頷く男鹿に、古市はじと目でつっこむ。
――3年前の3月――…その日は午後から雪になった。
三人が向かった先は、人通りも少ない廃ビル。
外は明るいはずだが、この閉鎖されたビルの内部は、時が流れるのを拒否しているかのように、広く深い闇を己が内に秘めている。
「うぅー、さみぃー」
「すげぇ降ってきたな。見ろよ、外、真っ白…」
「積もるかもな…」
「こんな所、勝手に入って怒られない?」
「平気、平気」
心配そうに辺りを見回す三木の不安を流し、古市はコンビニ袋から駄菓子を取り出す。
「あっ…おい、古市、そのビッグカツ、オレんだぞ!!」
「オレが買ったんだよ」
「オレがカゴに入れたんだよ」
「いや、勝手に入れんなよ!!」
男鹿と古市、いつものやり取りが交わされる間に、三木は軽く笑みをこぼしつつそれらを感じ……そして、改めて景色に目をやる。
――二人とはクラスも違い、帰り道もバラバラだったけど、それでも知り合ったこの数か月、一緒にいるのは、本当に楽しかった。
ビル街とは対照的な一般住宅が建ち並ぶ地区に入る。
男鹿と古市がくだらないことで言い合う姿を、三木は笑って最後尾を行く。
そうして歩くこと数分、声をあげた。
「あっ…」
「どうした?」
「忘れ物…さっきのビルだ。取りに行かなきゃ…」
「一人で大丈夫かー!?」
「うん、先に帰ってて!!」
言って手を振る間に、三木は踵を返して走っていった。
――だから、この先離れても…ずっと仲間だと思ってたんだ…。
まぶしげに目を細め、その色彩、形、印象、想い、全てを脳裏に焼きつける。
この町から出ていく時、この美しさを思い出せるように。
二人から別れて、ビルまで続く道のりを行くはずが、何故か道を逸れる。
(彼らの他に、僕の転校の事を言わなくちゃいけない人がいる)
押し迫った下校の街路は、足を速めるごとに冷たさを染み込ませてくる。
それが、まるで顔の熱さを教えられているようで、彼には恥ずかしい。
彼が向かっているのは、少女と待ち合わせた公園の広場。
目的は言うまでもない、自分の転校における告白だった。
(どうか、帰ってませんように…!)
素っ気ない少女の性格を思う内に、並木道を抜けた。
ベンチを外周にした円形の広場である。
中央に据えられた簡素な噴水は、冬の間は止められ、水も抜かれている。
「あ…!」
その、水代わりの寒風と枯葉を舞わす噴水の低い縁石に、肩まで揃えた黒髪の美少女が座って、温かいココアを飲んでいる。
黒い制服の上に真っ黒なコートを羽織って、白いマフラーを身につけている。
美貌の割にファッションは普通なのだが、センスよくまとめているので、かなり洒落 て見える。
絶世の美貌と抱きしめたら折れてしまいそうな危うい身体が、衣服の印象まで引き上げているせいでもあるのだろう。
この少女こそが"魔女"や"黒薔薇"と不良から恐れられている篠木 響古。
と、響古も三木に気づいて、口を開く。
「予定よりも早い」
「えっ?」
言葉に突かれて、ようやく三木は我に返った。
早足で歩み寄る間に、手首を返した響古の腕時計を見れば、待ち合わせ時間には、まだ十五分余の間がある。
自然と笑みがこぼれた。
「待ってたのは篠木さんなのに」
その笑みに、改めて気づかされる。
いつの間にか、先のような畏敬を親近感が上回り、美貌の姿を介さずとも、この少女と話し合えることに。
響古は縁石から立ち上がった。
生真面目な彼女は、余計な修辞や前置きを好まない……三木がそうと理解して早々に切り出したことがわかった。
お返しとして、自分も単刀直入に話を始める。
「それで、話って何?」
幼い、しかし凜とした声に応えて、三木も表情を引き締めて告げる。
「――転校するんだ。春休みに入ったら…お母さんの実家の方に行くんだ。奈良だって」
「…そう」
それっきり、響古は口を閉じた。
心細さを覚える。
沈黙を、重く感じる。
「………あの」
「なに」
問えば答えてくれる。
その当たり前の関係を、不意に嬉しく思う三木は、しかし口にしてから、自分が明確な問いを用意していなかったことに気づいた。
「僕の、あの」
あの、なんなのか。
わからないまま、動揺する心中から質問を探しに探して、ようやく核心へと思い至る。
「友達……と言うには憧れの方が強いんだけど、同じ学校の人にも僕が転校する事を言ったんだ」
このエピソードには、響古は驚きの表情を見せた。
三木とは彼の方から近づく以外、顔を合わせることがなく事実上途絶えているから、ほとんど情報が入ってこないのである。
「へぇ――……遠いね、奈良って」
「そう…ですね」
三木は首を振る。
前もっての無用な深刻さを払うためだった。
ふと見上げた彼女の表情が、
「……っ」
相貌の強さに寂しさの翳を加わっていることに一瞬、放心し、見惚れる少年へと、生真面目な声がかかる。
「なんか走ってたみたいだけど、今から用事でもあるの?」
「――あ、忘れ物を取りに…」
一瞬、きょとんとした三木は、熱さが顔だけでなく胸にもあることを感じた。
「そう……あたしも行く」
「え、いいんですか?」
「いい。今、暇だから」
彼女が言うように、暇なのかもしれない。
しかし、良くも悪くも生真面目な彼女は人との付き合いを好まない。
ほんの少しの躊躇を経て、
「――案内しますね」
他でもない彼女が、来てくれる、と言った言葉に応えたい願い、率直な嬉しさ、そうすることで自分が彼女に近づけた、という意気込みが、足を踏み出させる。
近すぎず遠すぎずの距離を開けて、二人はちらつく雪に足跡をつけて進む。
やがて、目的地の廃ビルが見えた。
「ここ…?」
「あとは一人で大丈夫ですから、ここで待ってて下さい!」
三木は言って、寂びれたビルの中に入っていく。
あちこち破れ窪んだ廃墟――放棄されたはずのその一部から騒がれる大声を聞いて、しかし響古は助けになど行かない。
男鹿達の後から廃ビルにやって来た男達――おそらく上級生――は眉をひそめ、三木をしきりに睨みつける。
「あ?」
「なんだ、てめー」
「ここらはオレらのシマだ」
「入ってきてんじゃねーよ。何中だ、こら」
面食らった三木は、群がる彼らの先に立つ男が持つお守りに反応し、訴える。
「そ…そのお守り…!!返して下さい!!」
戸惑いを顔に見せて詰め寄るが、男達が行く手を阻む。
「おいっ」
「んー?」
――霧矢 令司。
――隣の中学の有名な不良だ。
「…あぁ、これ?」
声を受けて、霧矢が緩慢な動作で振り返った。
次の瞬間、お守りを放すや、足を振り下ろして踏み潰す。
「クソが、キモイんだよ。何がお守りだ」
「霧矢さん、それ、ベタベタっすよ!!」
「悪か」
一斉に声をあげ始めた男達は、喚声にも似た大騒ぎを巻き起こす。
この、多勢からの馬鹿にする喧騒の中、
「……………………っ」
口を大きく開いて絶句した三木は激昂する。
「やめろっ!!」
「おっとぉ」
「ヒヒッ、バーカ」
だが、その前に出ようとする身体は嘲笑と共に呆気なく止められる。
――その時、何が起こったのかわからない。
「れ…?」
刹那、一人の男が呆然とした声を漏らして、ぐるん、と目を剥いた。
続いて、迫る気配が男達を薙ぎ倒し打撃の鈍い音を連れて現れた。
――ただ響く怒声と鈍い音の中、次々と不良達が吹き飛んだかと思うと、
「ぐあ!」
「な…なんだてめー」
「くそ」
呻き声の余韻と連なるように、歩み入ってくる靴音が室内に響いた。
驚いたふうに、三木は彼を見上げた。
――気づいた時には、男鹿がそこに立っていた。
「こいつら、友達?」
明確に訊ねられて、ようやく座り込む三木は、眼前にいる少年が、先に帰っていったはずの男鹿であることを理解した。
その少年は見渡し、日常にある時とは比べ物にならない凄絶な戦意と存在感をもって男達を圧する。
「おっ…男鹿!!!」
「あいつ…硬中の男鹿です!!」
「マジかよ」
「…ふぅん」
誰もが男鹿の噂を聞き知って、奇妙な圧力に支配された場の中でただ一人、霧矢は声を漏らす。
「忘れ物探すんならオレらもと思ったけど――…必要か?」
振り向き様、両手をポケットに入れて傲然と佇む姿で見据えられた三木は、憧憬を抱く彼の力強い背中に近づける、細くも確かな道であるように思われた。
一点、物陰に身を潜める古市の姿を射止めた。
知らず強い口調で増援を断り、霧矢に立ち向かう。
「…いや、一人で大丈夫だよ」
霧矢は青筋を立てて、三本だけ先端に伸ばされた鋭い爪を上げる。
「………あ?なんだそりゃ、爆笑誘ってんのか?」
「僕のお守りから足をどけろっ!!」
襲いかかる恐怖から断ち切り、声を張り上げる。
しかし、その残された力も、振り下ろされた爪によって呆気なく削られた。
冬空を透かす寒々しい道路を、いつものように三人並んで歩いていると、三木から転校の話を告げられ、古市は驚いて聞く。
「…え?お前が?マジで?いつ?」
二人のダッフルコートにマフラーという、見た目にも温かな装いであるのに対し、惣菜パンを食べる男鹿は学ランだけ。
「――うん、春休みに入ったら…お母さんの実家の方に行くんだ。奈良だって」
「奈良ぁ?マジかよー。超、遠いじゃん」
「大仏のいる所だな。知ってる」
「うん」
「なんで誇らし気?」
妙に誇らしげな顔で頷く男鹿に、古市はじと目でつっこむ。
――3年前の3月――…その日は午後から雪になった。
三人が向かった先は、人通りも少ない廃ビル。
外は明るいはずだが、この閉鎖されたビルの内部は、時が流れるのを拒否しているかのように、広く深い闇を己が内に秘めている。
「うぅー、さみぃー」
「すげぇ降ってきたな。見ろよ、外、真っ白…」
「積もるかもな…」
「こんな所、勝手に入って怒られない?」
「平気、平気」
心配そうに辺りを見回す三木の不安を流し、古市はコンビニ袋から駄菓子を取り出す。
「あっ…おい、古市、そのビッグカツ、オレんだぞ!!」
「オレが買ったんだよ」
「オレがカゴに入れたんだよ」
「いや、勝手に入れんなよ!!」
男鹿と古市、いつものやり取りが交わされる間に、三木は軽く笑みをこぼしつつそれらを感じ……そして、改めて景色に目をやる。
――二人とはクラスも違い、帰り道もバラバラだったけど、それでも知り合ったこの数か月、一緒にいるのは、本当に楽しかった。
ビル街とは対照的な一般住宅が建ち並ぶ地区に入る。
男鹿と古市がくだらないことで言い合う姿を、三木は笑って最後尾を行く。
そうして歩くこと数分、声をあげた。
「あっ…」
「どうした?」
「忘れ物…さっきのビルだ。取りに行かなきゃ…」
「一人で大丈夫かー!?」
「うん、先に帰ってて!!」
言って手を振る間に、三木は踵を返して走っていった。
――だから、この先離れても…ずっと仲間だと思ってたんだ…。
まぶしげに目を細め、その色彩、形、印象、想い、全てを脳裏に焼きつける。
この町から出ていく時、この美しさを思い出せるように。
二人から別れて、ビルまで続く道のりを行くはずが、何故か道を逸れる。
(彼らの他に、僕の転校の事を言わなくちゃいけない人がいる)
押し迫った下校の街路は、足を速めるごとに冷たさを染み込ませてくる。
それが、まるで顔の熱さを教えられているようで、彼には恥ずかしい。
彼が向かっているのは、少女と待ち合わせた公園の広場。
目的は言うまでもない、自分の転校における告白だった。
(どうか、帰ってませんように…!)
素っ気ない少女の性格を思う内に、並木道を抜けた。
ベンチを外周にした円形の広場である。
中央に据えられた簡素な噴水は、冬の間は止められ、水も抜かれている。
「あ…!」
その、水代わりの寒風と枯葉を舞わす噴水の低い縁石に、肩まで揃えた黒髪の美少女が座って、温かいココアを飲んでいる。
黒い制服の上に真っ黒なコートを羽織って、白いマフラーを身につけている。
美貌の割にファッションは普通なのだが、センスよくまとめているので、かなり
絶世の美貌と抱きしめたら折れてしまいそうな危うい身体が、衣服の印象まで引き上げているせいでもあるのだろう。
この少女こそが"魔女"や"黒薔薇"と不良から恐れられている篠木 響古。
と、響古も三木に気づいて、口を開く。
「予定よりも早い」
「えっ?」
言葉に突かれて、ようやく三木は我に返った。
早足で歩み寄る間に、手首を返した響古の腕時計を見れば、待ち合わせ時間には、まだ十五分余の間がある。
自然と笑みがこぼれた。
「待ってたのは篠木さんなのに」
その笑みに、改めて気づかされる。
いつの間にか、先のような畏敬を親近感が上回り、美貌の姿を介さずとも、この少女と話し合えることに。
響古は縁石から立ち上がった。
生真面目な彼女は、余計な修辞や前置きを好まない……三木がそうと理解して早々に切り出したことがわかった。
お返しとして、自分も単刀直入に話を始める。
「それで、話って何?」
幼い、しかし凜とした声に応えて、三木も表情を引き締めて告げる。
「――転校するんだ。春休みに入ったら…お母さんの実家の方に行くんだ。奈良だって」
「…そう」
それっきり、響古は口を閉じた。
心細さを覚える。
沈黙を、重く感じる。
「………あの」
「なに」
問えば答えてくれる。
その当たり前の関係を、不意に嬉しく思う三木は、しかし口にしてから、自分が明確な問いを用意していなかったことに気づいた。
「僕の、あの」
あの、なんなのか。
わからないまま、動揺する心中から質問を探しに探して、ようやく核心へと思い至る。
「友達……と言うには憧れの方が強いんだけど、同じ学校の人にも僕が転校する事を言ったんだ」
このエピソードには、響古は驚きの表情を見せた。
三木とは彼の方から近づく以外、顔を合わせることがなく事実上途絶えているから、ほとんど情報が入ってこないのである。
「へぇ――……遠いね、奈良って」
「そう…ですね」
三木は首を振る。
前もっての無用な深刻さを払うためだった。
ふと見上げた彼女の表情が、
「……っ」
相貌の強さに寂しさの翳を加わっていることに一瞬、放心し、見惚れる少年へと、生真面目な声がかかる。
「なんか走ってたみたいだけど、今から用事でもあるの?」
「――あ、忘れ物を取りに…」
一瞬、きょとんとした三木は、熱さが顔だけでなく胸にもあることを感じた。
「そう……あたしも行く」
「え、いいんですか?」
「いい。今、暇だから」
彼女が言うように、暇なのかもしれない。
しかし、良くも悪くも生真面目な彼女は人との付き合いを好まない。
ほんの少しの躊躇を経て、
「――案内しますね」
他でもない彼女が、来てくれる、と言った言葉に応えたい願い、率直な嬉しさ、そうすることで自分が彼女に近づけた、という意気込みが、足を踏み出させる。
近すぎず遠すぎずの距離を開けて、二人はちらつく雪に足跡をつけて進む。
やがて、目的地の廃ビルが見えた。
「ここ…?」
「あとは一人で大丈夫ですから、ここで待ってて下さい!」
三木は言って、寂びれたビルの中に入っていく。
あちこち破れ窪んだ廃墟――放棄されたはずのその一部から騒がれる大声を聞いて、しかし響古は助けになど行かない。
男鹿達の後から廃ビルにやって来た男達――おそらく上級生――は眉をひそめ、三木をしきりに睨みつける。
「あ?」
「なんだ、てめー」
「ここらはオレらのシマだ」
「入ってきてんじゃねーよ。何中だ、こら」
面食らった三木は、群がる彼らの先に立つ男が持つお守りに反応し、訴える。
「そ…そのお守り…!!返して下さい!!」
戸惑いを顔に見せて詰め寄るが、男達が行く手を阻む。
「おいっ」
「んー?」
――霧矢 令司。
――隣の中学の有名な不良だ。
「…あぁ、これ?」
声を受けて、霧矢が緩慢な動作で振り返った。
次の瞬間、お守りを放すや、足を振り下ろして踏み潰す。
「クソが、キモイんだよ。何がお守りだ」
「霧矢さん、それ、ベタベタっすよ!!」
「悪か」
一斉に声をあげ始めた男達は、喚声にも似た大騒ぎを巻き起こす。
この、多勢からの馬鹿にする喧騒の中、
「……………………っ」
口を大きく開いて絶句した三木は激昂する。
「やめろっ!!」
「おっとぉ」
「ヒヒッ、バーカ」
だが、その前に出ようとする身体は嘲笑と共に呆気なく止められる。
――その時、何が起こったのかわからない。
「れ…?」
刹那、一人の男が呆然とした声を漏らして、ぐるん、と目を剥いた。
続いて、迫る気配が男達を薙ぎ倒し打撃の鈍い音を連れて現れた。
――ただ響く怒声と鈍い音の中、次々と不良達が吹き飛んだかと思うと、
「ぐあ!」
「な…なんだてめー」
「くそ」
呻き声の余韻と連なるように、歩み入ってくる靴音が室内に響いた。
驚いたふうに、三木は彼を見上げた。
――気づいた時には、男鹿がそこに立っていた。
「こいつら、友達?」
明確に訊ねられて、ようやく座り込む三木は、眼前にいる少年が、先に帰っていったはずの男鹿であることを理解した。
その少年は見渡し、日常にある時とは比べ物にならない凄絶な戦意と存在感をもって男達を圧する。
「おっ…男鹿!!!」
「あいつ…硬中の男鹿です!!」
「マジかよ」
「…ふぅん」
誰もが男鹿の噂を聞き知って、奇妙な圧力に支配された場の中でただ一人、霧矢は声を漏らす。
「忘れ物探すんならオレらもと思ったけど――…必要か?」
振り向き様、両手をポケットに入れて傲然と佇む姿で見据えられた三木は、憧憬を抱く彼の力強い背中に近づける、細くも確かな道であるように思われた。
一点、物陰に身を潜める古市の姿を射止めた。
知らず強い口調で増援を断り、霧矢に立ち向かう。
「…いや、一人で大丈夫だよ」
霧矢は青筋を立てて、三本だけ先端に伸ばされた鋭い爪を上げる。
「………あ?なんだそりゃ、爆笑誘ってんのか?」
「僕のお守りから足をどけろっ!!」
襲いかかる恐怖から断ち切り、声を張り上げる。
しかし、その残された力も、振り下ろされた爪によって呆気なく削られた。