バブ62
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完璧な日本語による自己紹介の後、ヒルダは佐度原に訊ねた。
「先生、私はどこに座れば、よいのでしょうか?」
「ん?好きな所に座りなさい。いっぱい空いてるでしょ」
「――なるほど」
納得すると、男鹿の前に座る男子生徒に冷めた眼差しで命令する。
「おい、貴様、どけ」
そんな尊大なことを言うヒルダに、クラス全員が絶句した。
(また、変なのが来たよ)
佐度原は、これ以上騒ぎに巻き込まれるのはゴメンだ、とそそくさと教室から去る。
その直後、義憤 に燃える葵が椅子から立ち上がった。
「ちょっとアナタ!!いきなり来て、何言ってんのよ。空いてる席なら、他にもあるでしょう!?そっちに座りなさいよ」
「邦枝か…相変わらず、勇ましいな。しかし、私はこの子の世話をする響古の指導をしなければならない。席は近い方がいいだろう」
「アー」
女同士のプレッシャーに気圧され、男鹿は引きつった顔で上半身を机に投げ出し、響古は恐縮する。
そして、つかつかと響古の座る席に歩み寄るなり、いきなり言い放った。
「――これからは毎日一緒にいられるな、響古」
などと口走りつつ、響古が逃げる前に素早く抱きつく。
十分警戒していた相手を見事に捕まえる、恐るべき早技だった。
(今なんか、毎日一緒みたいな言い方した気がするが、気のせい?空耳?それともまだ寝ぼけてる?そういや、首筋にキスした時の響古のエロイ顔が頭から抜けてないなー)
なんて目の前の現実を受け入れようとしない男鹿。
でもこれは現実なんですよ。
というわけで、現実が容赦なく襲いかかる。
「こっの~~……」
「ほらな。口ではいろいろ言っても、ちゃんと応えてくれる響古は本当に素直じゃない。だが、そういうところも可愛くて好きだよ、私は」
「ち、違うっ。勘違いしないでよ!すごいバカ力で、この手を振りほどけないだけなの!あと、あたしはノーマル!普通に彼氏もいるの!!」
ヒルダの手から身体を引き抜こうと、響古は全力を振り絞っている。
事情が読み込めないというか読みたくない途端、響く葵の一喝。
「い、いいいい、一度ならず、二度までもぉぉぉ!!」
響古はほっとした。
強烈なヒルダとは真逆な、真面目な彼女の発言を待ち受ける。
「響古と、二度も!わっ、私だってまだ抱きついた事ないのにぃ!」
響古はガクッと脱力した。
(葵さん……?)
「うらやまけしからん!!いくら女同士とはいえ、学級内の風紀を乱す行為は厳重に処罰!!処罰!!処罰しますっ!!」
怒りで赤面する葵は険しく眉をつり上げ、ヒルダを指差す。
これだけ取り乱しているのに、やはり学級委員長。
だが、内容が過激すぎる。
交わされる女同士の睨み合いに取り残された男達は興奮する。
「おお、女同士の一騎打ちだ!」
「まさかクイーンの他に"黒雪姫"を好きな女が現れるとは……しかも巨乳」
「日本のクイーンと外国の金髪美女の二択……究極の選択だな」
ヒルダは鼻で笑い、余裕の表情で微笑んだ。
「ふっ。私は貴様とは違い、もう響古を受け入れる準備は万端だ。欲しいものは戦って奪い取る精神が徹底してるからな」
そんなことを朝のHRで言っちゃったのです。
しかも無駄に響く声音。
生徒達に衝撃が走り抜けた。
「なっなっなっ」
あまりの展開に、響古は言葉も出ない。
そんなヒロインの窮状をよそに、事態は進む。
『受け入れる』なんて聞きようによっては、無茶苦茶危ないその台詞。
青春まっただ中な高校生の皆さんはそんな意味を、勿論デンジャーな方だと捉える。
「おおおっ、いきなり女の戦いが始まったぞぉぉ!!」
「日本人対外国人かぁっっ!!」
「いいぞ、やれやれぇっ!!」
「姐さん、あたしらがついてますよ」
驚きに固まって動けない二人を見ながらガヤガヤと交わされる会話。
「誰?」
「さぁー。一時期、男鹿のヨメって噂されてましたけど」
「ほー」
ただでさえ騒がしいクラスがまた騒がしくなる横で、東条の質問に超投げやりに答える相沢は、
「おーおー、乳でけーな」
やはり豊満な胸を気にする。
「でも、噂だろ」
「ですよね。もし浮気なんてしたら"黒雪姫"が黙ってませんよ。あの通りベタ惚れですし」
「まーな。響古のあの態度でわかりきってるし」
人前で彼氏とイチャつく抵抗感を微塵も感じていない少女の態度に、東条と相沢は肩をすくめる。
だが、押しの強いヒルダとの口論に、響古は絶望的な不利を感じた。
「ちょっ、ヒルダ、紛らわしい言い方しないでよっ!!」
「しかし、女にしてもらったのは事実だ。フフ――響古になじられて、もう心が洗われるようだった。新しい世界が開けたような気がしたな」
「あっ、新しい世界が……開けた?女にしてもらった………ふっ」
あまりにも予想外かつ衝撃的な内容に、許容範囲を超えてしまったのか、男鹿の脳はフリーズしてしまった。
「あああああ、辰巳気を失わないで!!というか、お願いだからこの状況であたしを一人にしないでぇぇぇ!!」
本邦初公開、半泣きで誰かに頼る響古。
「新しい世界が開けたって、一体何やったんだよ」
「オレも教わりて―」
「すげーテクニシャンなんだなー」
「……ぽっ」
周囲は驚く者、興味を表す者、誤解する者、頬を染める者などなどですごいことに。
何このカオス空間。
ぶわっ、と謎のどす黒いオーラが吹いてくるような錯覚が古市を襲う。
「………っ!」
――ヤ、ヤベェッ……!
彼女の冷たく凍えるような笑みを前に、古市は顔を青ざめて怯えて後ずさる。
(忘れてた、その光景を間近で見ていたオレが。それを早くも忘れてましたよ!あの極冷気クロユキスマイルを!)
「………ヒルダ」
響古の漏らした、殺気に満ちた低い声が、皆の動きを止めた。
刹那、響古はヒルダの手首を掴むと自分の席に強制的に座らせ、自身は立ち上がる。
「……っ!」
息を詰まらせる次の瞬間、翻るスカートの中から伸びる、細くしなやかな足が天高く振り上げられている。
その足裏が、ヒルダに向かって振り下ろされる。
着地点は、座り込む彼女の頭頂部。
(踵落とし――!?)
そう思って身体を強張らせたが、靴底は椅子の背もたれにガン!と乱暴に置かれていた。
ゆっくりと顔を上げると、極冷気クロユキスマイルの美貌が映った。
「威勢がいいねぇ、あはははは――調子に乗るんじゃないよ」
その光景を、古市は高鳴る胸を意識すると同時に戦慄した。
("黒雪姫"モード、発動だ……)
葵にいたっては、顔を赤らめてうっとりと見惚れている。
即座にベル坊の耳を塞ぐ男鹿は引きつった顔で、やっぱり怖い、と思う。
彼なりに"黒雪姫"の彼女を一言で表せば、目つきが悪い、ということに尽きる。
そんな響古が不機嫌になれば、その眼差しは研ぎ澄まされた刀のごとしで、きりきりとつり上がった目つきはたぶんそれだけで人を殺せる。
顔立ちが半端ではなく美しいだけに、その迫力ときたらとてつもない。
15歳の小柄な身体のどこで製造されているのかと思うほどの殺気を振り撒きまくっていた。
「いっぺんあたしに負けたくせに、よくもべらべらと言ってくれるよねぇ?」
満ち満ちた殺気と怒気が、教室内の温度を一気に下げる。
「はっ、まさか響古、私にお仕置きを、お仕置きを」(ドキドキ)
「あんたには教育が必要ね。とりあえず、いつからあたしの許可なしに抱きつくようになったの?理解力のない人。黙っておとなしく教室の隅に座って空気のように存在感を薄めているのがお似合いよ?」
「あぁ、その言葉だけで、私はもう…!」(自ら椅子の上で四つん這いになってハァハァ)
女の子同士のSMプレイという謎のカオスが始まり、石矢魔勢の生徒達は興味深々に眺める。
「ほぉ…あれが対女用の響古のキレ方か」
「"黒雪姫"、すごい楽しそうだな」
「あんな倒錯的なプ……プレ……プレイはダメよ!でも、心の中で響古に罵られたい私がいる……」
「姐さん、そんな考え方は間違ってます……!」
「あの転入生、すごい満ち足りた顔してるな」
「ダー?」
「………」
いつまで耳を塞いでいたらいいか、というベル坊の問いに男鹿は言葉なく、ただ首を横に振るだけだった。
「さぁ、最後の言葉くらい聞いてあげる……」
――ちょっと待ったぁああぁっっ!!
その時、大音声の制止でそれは中断させられた。
「…何?」
紅潮させた葵の視線の先には、男鹿の後ろに立つ古市が手を挙げて、決然と口を開いた。
「やめましょう。こんな、SMショーみたいな展開。正直もっと見たいですけど。それに――…ヒルダさんは、響古の愛人なんかじゃない」
――ほう…では、一体?
一斉に疑問をぶつける東条達の眼差しと、
「言ってやれ、古市ーーー」
そして、気まずくて発言することのなかった男鹿は、ここぞとばかりに頼みの綱を預ける。
「姉です!!」
少しでも気が緩めば萎縮してしまいそうな心を奮い立たせて断言した古市は、
「ムリあんだろーが」
ド正論のツッコミと共に、教室から弾き飛ばされた。
「――フム。たまには悪くないものだな、学校というものも…」
ヒルダは物珍しそうに、教室の中をぐるりと見渡す。
――結局替わった。
「この制服というやつは、ちとキツいが…」
スカートにもかかわらず脚を組んで、全く当然のように占拠しているそこは、先程まで男子生徒が座っていた席。
堂々と居座るヒルダに、ムーとへの字口をつくる葵の眼差しが向けられる。
眉をひそめる男鹿と響古は、ずっと不思議だった疑問について問いかける。
「おい。てめぇ…一体、何しに来やがった」
「てゆーか、どうやって転入してきたの」
彼女はただの人間ではない。
魔界から訪れた悪魔である。
当然、戸籍もないはずなのにどうやって転入してきたのか。
「――フン、気になるか?」
その糾弾の響きにも構わずヒルダは鼻を鳴らして話し始めた。
「安心しろ。一個人として正規の手続きでやってきた。今の私は貴様の従妹で名門私立からの転入生という設定になっている」
偽の戸籍まで用意し、表向きは男鹿の従妹として学院に転入してきたヒルダ。
一体、そのようなことをしたのか。
わざわざ転入した目的はなんなのか。
謎は深まるばかりである。
「古市もまんざらはずしてはおらん。少々、思う所があってな…それに――…私だけではない、アランドロンも来ておるぞ」
彼女と同じように学院に転入したアランドロンの名前に、元気よく声をあげるベル坊とは裏腹に驚きを露にする男鹿と響古。
「ダーッ」
「アランドロン…?」
「あの、おっさんもか」
学校に所属し、なおかつ違和感のない世代というと、思い当たるのが教師だろう。
――…英語教師か何かか――…?
新しく入ってくる人物として肩書き候補を確信しながら二人が想像するアランドロンは平凡なスーツ姿で、
「アイアムベン」
超初心者な英語を話す教師だった。
「それよりも響古、私は先程のプレイを続けてもいいのだが……?」
「プレイって言うな!」
ぽっと頬を赤らめて先程の続きをしようと促してくるヒルダに、響古はふかーっ!と威嚇する。
すると、男鹿が割って入る。
「――…残念だったな。響古はとっくにオレとプレイしたんだよ」
最後の付け足しだけライバル心が露になっていたが。
ちらりと響古を見ると、既に思い切り、顔中が真っ赤であった。
「先生、私はどこに座れば、よいのでしょうか?」
「ん?好きな所に座りなさい。いっぱい空いてるでしょ」
「――なるほど」
納得すると、男鹿の前に座る男子生徒に冷めた眼差しで命令する。
「おい、貴様、どけ」
そんな尊大なことを言うヒルダに、クラス全員が絶句した。
(また、変なのが来たよ)
佐度原は、これ以上騒ぎに巻き込まれるのはゴメンだ、とそそくさと教室から去る。
その直後、
「ちょっとアナタ!!いきなり来て、何言ってんのよ。空いてる席なら、他にもあるでしょう!?そっちに座りなさいよ」
「邦枝か…相変わらず、勇ましいな。しかし、私はこの子の世話をする響古の指導をしなければならない。席は近い方がいいだろう」
「アー」
女同士のプレッシャーに気圧され、男鹿は引きつった顔で上半身を机に投げ出し、響古は恐縮する。
そして、つかつかと響古の座る席に歩み寄るなり、いきなり言い放った。
「――これからは毎日一緒にいられるな、響古」
などと口走りつつ、響古が逃げる前に素早く抱きつく。
十分警戒していた相手を見事に捕まえる、恐るべき早技だった。
(今なんか、毎日一緒みたいな言い方した気がするが、気のせい?空耳?それともまだ寝ぼけてる?そういや、首筋にキスした時の響古のエロイ顔が頭から抜けてないなー)
なんて目の前の現実を受け入れようとしない男鹿。
でもこれは現実なんですよ。
というわけで、現実が容赦なく襲いかかる。
「こっの~~……」
「ほらな。口ではいろいろ言っても、ちゃんと応えてくれる響古は本当に素直じゃない。だが、そういうところも可愛くて好きだよ、私は」
「ち、違うっ。勘違いしないでよ!すごいバカ力で、この手を振りほどけないだけなの!あと、あたしはノーマル!普通に彼氏もいるの!!」
ヒルダの手から身体を引き抜こうと、響古は全力を振り絞っている。
事情が読み込めないというか読みたくない途端、響く葵の一喝。
「い、いいいい、一度ならず、二度までもぉぉぉ!!」
響古はほっとした。
強烈なヒルダとは真逆な、真面目な彼女の発言を待ち受ける。
「響古と、二度も!わっ、私だってまだ抱きついた事ないのにぃ!」
響古はガクッと脱力した。
(葵さん……?)
「うらやまけしからん!!いくら女同士とはいえ、学級内の風紀を乱す行為は厳重に処罰!!処罰!!処罰しますっ!!」
怒りで赤面する葵は険しく眉をつり上げ、ヒルダを指差す。
これだけ取り乱しているのに、やはり学級委員長。
だが、内容が過激すぎる。
交わされる女同士の睨み合いに取り残された男達は興奮する。
「おお、女同士の一騎打ちだ!」
「まさかクイーンの他に"黒雪姫"を好きな女が現れるとは……しかも巨乳」
「日本のクイーンと外国の金髪美女の二択……究極の選択だな」
ヒルダは鼻で笑い、余裕の表情で微笑んだ。
「ふっ。私は貴様とは違い、もう響古を受け入れる準備は万端だ。欲しいものは戦って奪い取る精神が徹底してるからな」
そんなことを朝のHRで言っちゃったのです。
しかも無駄に響く声音。
生徒達に衝撃が走り抜けた。
「なっなっなっ」
あまりの展開に、響古は言葉も出ない。
そんなヒロインの窮状をよそに、事態は進む。
『受け入れる』なんて聞きようによっては、無茶苦茶危ないその台詞。
青春まっただ中な高校生の皆さんはそんな意味を、勿論デンジャーな方だと捉える。
「おおおっ、いきなり女の戦いが始まったぞぉぉ!!」
「日本人対外国人かぁっっ!!」
「いいぞ、やれやれぇっ!!」
「姐さん、あたしらがついてますよ」
驚きに固まって動けない二人を見ながらガヤガヤと交わされる会話。
「誰?」
「さぁー。一時期、男鹿のヨメって噂されてましたけど」
「ほー」
ただでさえ騒がしいクラスがまた騒がしくなる横で、東条の質問に超投げやりに答える相沢は、
「おーおー、乳でけーな」
やはり豊満な胸を気にする。
「でも、噂だろ」
「ですよね。もし浮気なんてしたら"黒雪姫"が黙ってませんよ。あの通りベタ惚れですし」
「まーな。響古のあの態度でわかりきってるし」
人前で彼氏とイチャつく抵抗感を微塵も感じていない少女の態度に、東条と相沢は肩をすくめる。
だが、押しの強いヒルダとの口論に、響古は絶望的な不利を感じた。
「ちょっ、ヒルダ、紛らわしい言い方しないでよっ!!」
「しかし、女にしてもらったのは事実だ。フフ――響古になじられて、もう心が洗われるようだった。新しい世界が開けたような気がしたな」
「あっ、新しい世界が……開けた?女にしてもらった………ふっ」
あまりにも予想外かつ衝撃的な内容に、許容範囲を超えてしまったのか、男鹿の脳はフリーズしてしまった。
「あああああ、辰巳気を失わないで!!というか、お願いだからこの状況であたしを一人にしないでぇぇぇ!!」
本邦初公開、半泣きで誰かに頼る響古。
「新しい世界が開けたって、一体何やったんだよ」
「オレも教わりて―」
「すげーテクニシャンなんだなー」
「……ぽっ」
周囲は驚く者、興味を表す者、誤解する者、頬を染める者などなどですごいことに。
何このカオス空間。
ぶわっ、と謎のどす黒いオーラが吹いてくるような錯覚が古市を襲う。
「………っ!」
――ヤ、ヤベェッ……!
彼女の冷たく凍えるような笑みを前に、古市は顔を青ざめて怯えて後ずさる。
(忘れてた、その光景を間近で見ていたオレが。それを早くも忘れてましたよ!あの極冷気クロユキスマイルを!)
「………ヒルダ」
響古の漏らした、殺気に満ちた低い声が、皆の動きを止めた。
刹那、響古はヒルダの手首を掴むと自分の席に強制的に座らせ、自身は立ち上がる。
「……っ!」
息を詰まらせる次の瞬間、翻るスカートの中から伸びる、細くしなやかな足が天高く振り上げられている。
その足裏が、ヒルダに向かって振り下ろされる。
着地点は、座り込む彼女の頭頂部。
(踵落とし――!?)
そう思って身体を強張らせたが、靴底は椅子の背もたれにガン!と乱暴に置かれていた。
ゆっくりと顔を上げると、極冷気クロユキスマイルの美貌が映った。
「威勢がいいねぇ、あはははは――調子に乗るんじゃないよ」
その光景を、古市は高鳴る胸を意識すると同時に戦慄した。
("黒雪姫"モード、発動だ……)
葵にいたっては、顔を赤らめてうっとりと見惚れている。
即座にベル坊の耳を塞ぐ男鹿は引きつった顔で、やっぱり怖い、と思う。
彼なりに"黒雪姫"の彼女を一言で表せば、目つきが悪い、ということに尽きる。
そんな響古が不機嫌になれば、その眼差しは研ぎ澄まされた刀のごとしで、きりきりとつり上がった目つきはたぶんそれだけで人を殺せる。
顔立ちが半端ではなく美しいだけに、その迫力ときたらとてつもない。
15歳の小柄な身体のどこで製造されているのかと思うほどの殺気を振り撒きまくっていた。
「いっぺんあたしに負けたくせに、よくもべらべらと言ってくれるよねぇ?」
満ち満ちた殺気と怒気が、教室内の温度を一気に下げる。
「はっ、まさか響古、私にお仕置きを、お仕置きを」(ドキドキ)
「あんたには教育が必要ね。とりあえず、いつからあたしの許可なしに抱きつくようになったの?理解力のない人。黙っておとなしく教室の隅に座って空気のように存在感を薄めているのがお似合いよ?」
「あぁ、その言葉だけで、私はもう…!」(自ら椅子の上で四つん這いになってハァハァ)
女の子同士のSMプレイという謎のカオスが始まり、石矢魔勢の生徒達は興味深々に眺める。
「ほぉ…あれが対女用の響古のキレ方か」
「"黒雪姫"、すごい楽しそうだな」
「あんな倒錯的なプ……プレ……プレイはダメよ!でも、心の中で響古に罵られたい私がいる……」
「姐さん、そんな考え方は間違ってます……!」
「あの転入生、すごい満ち足りた顔してるな」
「ダー?」
「………」
いつまで耳を塞いでいたらいいか、というベル坊の問いに男鹿は言葉なく、ただ首を横に振るだけだった。
「さぁ、最後の言葉くらい聞いてあげる……」
――ちょっと待ったぁああぁっっ!!
その時、大音声の制止でそれは中断させられた。
「…何?」
紅潮させた葵の視線の先には、男鹿の後ろに立つ古市が手を挙げて、決然と口を開いた。
「やめましょう。こんな、SMショーみたいな展開。正直もっと見たいですけど。それに――…ヒルダさんは、響古の愛人なんかじゃない」
――ほう…では、一体?
一斉に疑問をぶつける東条達の眼差しと、
「言ってやれ、古市ーーー」
そして、気まずくて発言することのなかった男鹿は、ここぞとばかりに頼みの綱を預ける。
「姉です!!」
少しでも気が緩めば萎縮してしまいそうな心を奮い立たせて断言した古市は、
「ムリあんだろーが」
ド正論のツッコミと共に、教室から弾き飛ばされた。
「――フム。たまには悪くないものだな、学校というものも…」
ヒルダは物珍しそうに、教室の中をぐるりと見渡す。
――結局替わった。
「この制服というやつは、ちとキツいが…」
スカートにもかかわらず脚を組んで、全く当然のように占拠しているそこは、先程まで男子生徒が座っていた席。
堂々と居座るヒルダに、ムーとへの字口をつくる葵の眼差しが向けられる。
眉をひそめる男鹿と響古は、ずっと不思議だった疑問について問いかける。
「おい。てめぇ…一体、何しに来やがった」
「てゆーか、どうやって転入してきたの」
彼女はただの人間ではない。
魔界から訪れた悪魔である。
当然、戸籍もないはずなのにどうやって転入してきたのか。
「――フン、気になるか?」
その糾弾の響きにも構わずヒルダは鼻を鳴らして話し始めた。
「安心しろ。一個人として正規の手続きでやってきた。今の私は貴様の従妹で名門私立からの転入生という設定になっている」
偽の戸籍まで用意し、表向きは男鹿の従妹として学院に転入してきたヒルダ。
一体、そのようなことをしたのか。
わざわざ転入した目的はなんなのか。
謎は深まるばかりである。
「古市もまんざらはずしてはおらん。少々、思う所があってな…それに――…私だけではない、アランドロンも来ておるぞ」
彼女と同じように学院に転入したアランドロンの名前に、元気よく声をあげるベル坊とは裏腹に驚きを露にする男鹿と響古。
「ダーッ」
「アランドロン…?」
「あの、おっさんもか」
学校に所属し、なおかつ違和感のない世代というと、思い当たるのが教師だろう。
――…英語教師か何かか――…?
新しく入ってくる人物として肩書き候補を確信しながら二人が想像するアランドロンは平凡なスーツ姿で、
「アイアムベン」
超初心者な英語を話す教師だった。
「それよりも響古、私は先程のプレイを続けてもいいのだが……?」
「プレイって言うな!」
ぽっと頬を赤らめて先程の続きをしようと促してくるヒルダに、響古はふかーっ!と威嚇する。
すると、男鹿が割って入る。
「――…残念だったな。響古はとっくにオレとプレイしたんだよ」
最後の付け足しだけライバル心が露になっていたが。
ちらりと響古を見ると、既に思い切り、顔中が真っ赤であった。