バブ48
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響古の辞書に夜更かしという言葉はない。
むしろ逆だ。
夜は十分睡眠時間を取って朝早く起き、準備を済ませて愛する彼氏のもとへ向かう。
それこそが響古の愛するライフスタイルだった。
この日も朝6時頃に起きて顔を洗い、朝食を食べ、歯を磨き、制服に着替えているところ、携帯電話に着信がかかった。
――9月1日 AM6:45。
古市からの電話だ。
すぐ通話にする。
「どうしたの古市、珍しいね。こんな朝早くに」
『ああ、響古、おはよう。学校の校舎が壊れて当分の間、他の高校に転校っていう通知の紙、ちゃんと見たろ?』
この常識家、真面目さは古市ならではのものだ。
彼とこんなふうに話せることを、ひそかに喜んだ。
「うん、知ってるよ。でも、それがどーかしたの?」
『今日からだろ?オレ、思ったんだ。男鹿の奴が律儀に学校から配られた紙を見たとは考えられないって』
「……あー、なるほど」
この指摘に、響古は納得した。
『あいつの家に今から向かうところだけどさ、響古も行くだろ……だったら、一緒に行かないか、と思って電話したんだ』
「わかった。ありがとう…じゃあ、アパートの前で待っててね」
男鹿の家に二人で向かうことで話は決まり、響古は電話を切った。
――9月1日 AM7:00。
新学期最初の朝は青い空で、久しぶりに袖を通した制服はなんだか懐かしくて。
彼女の住むアパートの前に立ち、合流した。
「古市、おはよう!」
「うん、おはよう、響古……」
陽を浴びて輝く艶やかな黒髪、積雪のような白い肌、夜のように深い漆黒の双眸、美しく凛々しい顔立ち。
不良達から憧れ、恐れられる"黒雪姫"篠木 響古は微笑んだ。
「寝坊しないで、ちゃんと起きてるかな。辰巳の事だから、夏休みボケが抜けていないかもね。さっ、行こう!」
魔界の冒険以来、数日ぶりに会った響古はやはりとても綺麗で、見惚れてしまった古市は、
「古市?」
との訝しげな声で、はっとした。
「ごめん、ぼーっとしてた」
二人は並んで、男鹿の家へ向かう。
歩いている途中で気づいたのだが、道行く学生達の注目を自然と集めるのだ。
最も、響古の方に気にする視線はない。
普通に自然体だ。
おそらく、他人の強烈な視線など考慮に入れていないのだろう。
古市は落ち着かない気分を持てあました。
何しろ『彼女の隣にいる=彼氏』と過ぎってしまうわけで……響古の相方にふさわしい容姿・器量の持ち主だと認識される自分など、持っているわけがない。
なので、いつも隣にいる男鹿はある意味尊敬できる。
自然体というか気負いのない、自由闊達(カッタツ)な雰囲気だ。
と、響古が緩慢に口を開く。
「古市てさー」
「ん?」
「ちょっと変わった?」
「えっ」
いきなり意外なことを聞かれて、古市は思わず足を止めた。
「変わったって、何が?」
「んーと、ね」
聞き返された響古の方は、特に深い意味を込めたつもりではないらしい。
のんびりと考え、彼の前を越して答える。
「前だったら、こういう用事があっても、オレはいいよ、みたいに遠慮してたじゃない。あたし、初めてだもん。古市と二人きりになるの」
「そう言われれば、そうか」
指摘されてようやく気づいた。
今こうして一緒に歩いているのも、わざわざ携帯に電話して訪ねる理由もない。
別々に行動して男鹿の家に合流、あとは三人で歩きながらいいだけの話だった。
(何か変わったか?)
自分では特に思い当たる節もない。
今日のことも、単に響古ならとっくに知っているし、それなら一緒に行こう、程度にしか考えていなかった――はずである。
「変に遠慮せず言ってくれた方が、あたしはスッキリするな」
古市は、抱いた疑問を置いて、とりあえずその言葉に甘える。
「そっか。じゃあ、これからは自分の気持ちに素直になって、響古にアプローチするさ」
「……今みたいにふざけた事言うなら、ぶん殴るよ」
響古は可憐な口許に極冷気クロユキスマイルを浮かべて、自分の希望も率直に伝えた。
「……ごめんなさい」
「よろしい」
二人して笑い、歩みを再開する。
すると、さっきの追伸のように響古は言う。
「……古市」
「ん?」
「今みたいに、軽い口調で好きとか言っちゃうと、言葉に心がこもってないんだよね。そーゆーの、やめた方がいいよ」
「……」
自分でもわかっていた。
わかっていてどうしようもない、それが現実なのだ、と諦めていた欠点をいきなり指摘されて、古市は固まった。
「あ、なんか踏んじゃった?」
「……まあね」
「ごめんごめん」
響古は笑って謝った。
謝って、あっさりと言う。
「もう変わったんだから、いいんじゃないの?」
そのさばさばとしすぎる点は、彼女の長所であり短所でもあった。
いつの間にか起きていたらしい変化を、言葉で指摘される半分も自覚できない古市としては、中途半端な現状に慨嘆するしかない。
「変わった、か。そーゆうの、自分ではわからないんだよな――けど、変えたくは、あったかも」
「うんうん。変えたかったなら変えなさい。古市なら、ちょっと強引なやり方でも、辰巳もあたしも、ついていくと思うよー?」
響古は笑って、ピッ、と立てた指を回す。
――だったら、オレが一歩踏み出しても、逃げずにいてくれるんだろうか。
――オレの事を、いつか受け入れてくれるだろうか。
揺らぎの一切ない、強い気持ちを胸に、声をかける。
「響古」
「ん?」
黒髪を翻して、響古は振り向く。
その時、ふわりと髪の毛が舞い上がったのが、また見惚れるくらいに美しかった。
「好きだ」
望んだままの、真摯で力強い声が、彼女に届く。
「うん、ありがとう」
「………あ…ありがとうって…言うべきなのか…な?うれしーような、かなしーような…フクザツ……」
「ごめんね……でも、これがあたしの本当の気持ち」
決定的な変化が訪れる時は、必ず来る。
響古はその避け得ない事実を受け止め、受け入れる。
正面からがむしゃらに突き進んでくる東条の告白に、今まで戸惑い逃げていた彼女が。
(変わってたの……オレだけじゃ、なかったんだ)
確認するようにつぶやき、笑って語りかけた。
「まぁ、わかりきった事だけど、これだけは言いたかったよ。また好きだって言い寄ってきたら、今みたいに受け流してもいいからさ」
響古も明るく、笑い返す。
「うん。そろそろ辰巳の家につく頃だし、この話はもう――」
「……」
柔らかく踊る髪の間に過ぎった笑顔、
(――ああ)
その輝きに見惚れた、と自分でもわかった心の中、
(――そうだ)
唐突に、気づくものがあった。
(オレは男鹿を好きになった響古の、この輝きを好きになったんだ)
ただ漫然と学校生活を共にして、想いが積み重なったのではない。
この、彼女が最高に光り輝く笑顔と出会って初めて、惹かれたのだった。
――9月1日 AM7:15。
「転校?なんだ、それ」
まだ寝ていたらしい男鹿は大きな欠伸をして、深く考えずに訊ねる。
頭に乗っかるベル坊も、大きく欠伸。
「転校の案内――やっぱ見てねぇか」
「まぁ、転校ってゆーか、校舎が直るまで、間借りするだけなんだけどね」
響古は一切をまとめるように言い、自堕落な旧友に、古市はやや硬めの表情で一枚の紙を差し出す。
群述されている文面には、校舎改築によるご案内から始まり、各種メディアを騒然とさせた石矢魔高校の全壊の不可解な謎と原因究明が記されている。
「……アレ?つーか、お前ら、なんで一緒にいるんだ?」
男鹿は素朴な疑問を口にした。
「朝に古市から『男鹿の家まで一緒に行かないか』ってお誘いの電話がきたの。アパートの前で待ち合わせして、そこから辰巳の家まで歩いて来たってわけ」
「……………」
その説明に、男鹿は寝乱れた姿勢のまま固まる。
そして、呆然としていた瞳に理解の色が浮かび、次の瞬間、物凄い剣幕で怒鳴った。
「――って事は、二人だけで会う約束してここまで来たってのか!?おい!どーゆー事だ、古市!どーかしてるぜ!」
男鹿の剣幕に対して、古市は冷めた声で意見した。
「お前の方こそ毎朝、響古に迎えに来てもらうなんて、どうかしてるよ」
「オレはいいんだ、響古の恋人だから!お前こそ、変な口出しするんじゃねぇ!」
「いくら恋人だって、なんでもかんでも任せっきりはよくない。確かに響古はお前一筋だけど、周りにも敵はいるんだぞ?」
いきなり、男鹿の勢いが弱まった。
相手の言い分を一部認めて、しかしそれより先は一歩も譲らない。
体育会系・根は野蛮人・大雑把な男鹿と文化系・繊細な文明人・真面目な古市の論戦に、響古はひそかに驚く。
ついに、若干涙目で男鹿は降参した。
「うるせー!バカ古市、調子に乗りすぎだぁぁ!!」
「あぁっ、辰巳~~!」
捨て台詞を言い放って家に逃げる男鹿を、響古は慌てて追う。
むしろ逆だ。
夜は十分睡眠時間を取って朝早く起き、準備を済ませて愛する彼氏のもとへ向かう。
それこそが響古の愛するライフスタイルだった。
この日も朝6時頃に起きて顔を洗い、朝食を食べ、歯を磨き、制服に着替えているところ、携帯電話に着信がかかった。
――9月1日 AM6:45。
古市からの電話だ。
すぐ通話にする。
「どうしたの古市、珍しいね。こんな朝早くに」
『ああ、響古、おはよう。学校の校舎が壊れて当分の間、他の高校に転校っていう通知の紙、ちゃんと見たろ?』
この常識家、真面目さは古市ならではのものだ。
彼とこんなふうに話せることを、ひそかに喜んだ。
「うん、知ってるよ。でも、それがどーかしたの?」
『今日からだろ?オレ、思ったんだ。男鹿の奴が律儀に学校から配られた紙を見たとは考えられないって』
「……あー、なるほど」
この指摘に、響古は納得した。
『あいつの家に今から向かうところだけどさ、響古も行くだろ……だったら、一緒に行かないか、と思って電話したんだ』
「わかった。ありがとう…じゃあ、アパートの前で待っててね」
男鹿の家に二人で向かうことで話は決まり、響古は電話を切った。
――9月1日 AM7:00。
新学期最初の朝は青い空で、久しぶりに袖を通した制服はなんだか懐かしくて。
彼女の住むアパートの前に立ち、合流した。
「古市、おはよう!」
「うん、おはよう、響古……」
陽を浴びて輝く艶やかな黒髪、積雪のような白い肌、夜のように深い漆黒の双眸、美しく凛々しい顔立ち。
不良達から憧れ、恐れられる"黒雪姫"篠木 響古は微笑んだ。
「寝坊しないで、ちゃんと起きてるかな。辰巳の事だから、夏休みボケが抜けていないかもね。さっ、行こう!」
魔界の冒険以来、数日ぶりに会った響古はやはりとても綺麗で、見惚れてしまった古市は、
「古市?」
との訝しげな声で、はっとした。
「ごめん、ぼーっとしてた」
二人は並んで、男鹿の家へ向かう。
歩いている途中で気づいたのだが、道行く学生達の注目を自然と集めるのだ。
最も、響古の方に気にする視線はない。
普通に自然体だ。
おそらく、他人の強烈な視線など考慮に入れていないのだろう。
古市は落ち着かない気分を持てあました。
何しろ『彼女の隣にいる=彼氏』と過ぎってしまうわけで……響古の相方にふさわしい容姿・器量の持ち主だと認識される自分など、持っているわけがない。
なので、いつも隣にいる男鹿はある意味尊敬できる。
自然体というか気負いのない、自由闊達(カッタツ)な雰囲気だ。
と、響古が緩慢に口を開く。
「古市てさー」
「ん?」
「ちょっと変わった?」
「えっ」
いきなり意外なことを聞かれて、古市は思わず足を止めた。
「変わったって、何が?」
「んーと、ね」
聞き返された響古の方は、特に深い意味を込めたつもりではないらしい。
のんびりと考え、彼の前を越して答える。
「前だったら、こういう用事があっても、オレはいいよ、みたいに遠慮してたじゃない。あたし、初めてだもん。古市と二人きりになるの」
「そう言われれば、そうか」
指摘されてようやく気づいた。
今こうして一緒に歩いているのも、わざわざ携帯に電話して訪ねる理由もない。
別々に行動して男鹿の家に合流、あとは三人で歩きながらいいだけの話だった。
(何か変わったか?)
自分では特に思い当たる節もない。
今日のことも、単に響古ならとっくに知っているし、それなら一緒に行こう、程度にしか考えていなかった――はずである。
「変に遠慮せず言ってくれた方が、あたしはスッキリするな」
古市は、抱いた疑問を置いて、とりあえずその言葉に甘える。
「そっか。じゃあ、これからは自分の気持ちに素直になって、響古にアプローチするさ」
「……今みたいにふざけた事言うなら、ぶん殴るよ」
響古は可憐な口許に極冷気クロユキスマイルを浮かべて、自分の希望も率直に伝えた。
「……ごめんなさい」
「よろしい」
二人して笑い、歩みを再開する。
すると、さっきの追伸のように響古は言う。
「……古市」
「ん?」
「今みたいに、軽い口調で好きとか言っちゃうと、言葉に心がこもってないんだよね。そーゆーの、やめた方がいいよ」
「……」
自分でもわかっていた。
わかっていてどうしようもない、それが現実なのだ、と諦めていた欠点をいきなり指摘されて、古市は固まった。
「あ、なんか踏んじゃった?」
「……まあね」
「ごめんごめん」
響古は笑って謝った。
謝って、あっさりと言う。
「もう変わったんだから、いいんじゃないの?」
そのさばさばとしすぎる点は、彼女の長所であり短所でもあった。
いつの間にか起きていたらしい変化を、言葉で指摘される半分も自覚できない古市としては、中途半端な現状に慨嘆するしかない。
「変わった、か。そーゆうの、自分ではわからないんだよな――けど、変えたくは、あったかも」
「うんうん。変えたかったなら変えなさい。古市なら、ちょっと強引なやり方でも、辰巳もあたしも、ついていくと思うよー?」
響古は笑って、ピッ、と立てた指を回す。
――だったら、オレが一歩踏み出しても、逃げずにいてくれるんだろうか。
――オレの事を、いつか受け入れてくれるだろうか。
揺らぎの一切ない、強い気持ちを胸に、声をかける。
「響古」
「ん?」
黒髪を翻して、響古は振り向く。
その時、ふわりと髪の毛が舞い上がったのが、また見惚れるくらいに美しかった。
「好きだ」
望んだままの、真摯で力強い声が、彼女に届く。
「うん、ありがとう」
「………あ…ありがとうって…言うべきなのか…な?うれしーような、かなしーような…フクザツ……」
「ごめんね……でも、これがあたしの本当の気持ち」
決定的な変化が訪れる時は、必ず来る。
響古はその避け得ない事実を受け止め、受け入れる。
正面からがむしゃらに突き進んでくる東条の告白に、今まで戸惑い逃げていた彼女が。
(変わってたの……オレだけじゃ、なかったんだ)
確認するようにつぶやき、笑って語りかけた。
「まぁ、わかりきった事だけど、これだけは言いたかったよ。また好きだって言い寄ってきたら、今みたいに受け流してもいいからさ」
響古も明るく、笑い返す。
「うん。そろそろ辰巳の家につく頃だし、この話はもう――」
「……」
柔らかく踊る髪の間に過ぎった笑顔、
(――ああ)
その輝きに見惚れた、と自分でもわかった心の中、
(――そうだ)
唐突に、気づくものがあった。
(オレは男鹿を好きになった響古の、この輝きを好きになったんだ)
ただ漫然と学校生活を共にして、想いが積み重なったのではない。
この、彼女が最高に光り輝く笑顔と出会って初めて、惹かれたのだった。
――9月1日 AM7:15。
「転校?なんだ、それ」
まだ寝ていたらしい男鹿は大きな欠伸をして、深く考えずに訊ねる。
頭に乗っかるベル坊も、大きく欠伸。
「転校の案内――やっぱ見てねぇか」
「まぁ、転校ってゆーか、校舎が直るまで、間借りするだけなんだけどね」
響古は一切をまとめるように言い、自堕落な旧友に、古市はやや硬めの表情で一枚の紙を差し出す。
群述されている文面には、校舎改築によるご案内から始まり、各種メディアを騒然とさせた石矢魔高校の全壊の不可解な謎と原因究明が記されている。
「……アレ?つーか、お前ら、なんで一緒にいるんだ?」
男鹿は素朴な疑問を口にした。
「朝に古市から『男鹿の家まで一緒に行かないか』ってお誘いの電話がきたの。アパートの前で待ち合わせして、そこから辰巳の家まで歩いて来たってわけ」
「……………」
その説明に、男鹿は寝乱れた姿勢のまま固まる。
そして、呆然としていた瞳に理解の色が浮かび、次の瞬間、物凄い剣幕で怒鳴った。
「――って事は、二人だけで会う約束してここまで来たってのか!?おい!どーゆー事だ、古市!どーかしてるぜ!」
男鹿の剣幕に対して、古市は冷めた声で意見した。
「お前の方こそ毎朝、響古に迎えに来てもらうなんて、どうかしてるよ」
「オレはいいんだ、響古の恋人だから!お前こそ、変な口出しするんじゃねぇ!」
「いくら恋人だって、なんでもかんでも任せっきりはよくない。確かに響古はお前一筋だけど、周りにも敵はいるんだぞ?」
いきなり、男鹿の勢いが弱まった。
相手の言い分を一部認めて、しかしそれより先は一歩も譲らない。
体育会系・根は野蛮人・大雑把な男鹿と文化系・繊細な文明人・真面目な古市の論戦に、響古はひそかに驚く。
ついに、若干涙目で男鹿は降参した。
「うるせー!バカ古市、調子に乗りすぎだぁぁ!!」
「あぁっ、辰巳~~!」
捨て台詞を言い放って家に逃げる男鹿を、響古は慌てて追う。