バブ39~40
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家族会議――世界の名だたる会談、会合の中でもトップクラスの交渉場だ。
権力者である両親の一声が大きな決定権を持つ。
子供はいかに言葉巧みに交渉を続けられるかが鍵になる。
権力者であるはずの、男鹿の父と母は響古の前では、何故か縮こまっていた。
響古の放つ、目には見えない威風がそうさせているのかもしれない。
ある朝の男鹿家。
新聞を読む父、朝食を作る母、ソファでくつろぐ美咲の前で、響古が清楚な笑顔で告げる。
「お父様、お母様、そういう事情で辰巳とベル坊と三人で私の実家、篠木家に帰省する事をお許しくださいますか?」
お嬢様然とした口上で告げられて戸惑う両親、若干ではあるが驚いた表情の美咲。
その明るさと自由奔放な性格で周囲を翻弄する彼女の豹変っぷりを目の前にすると、さすがのヒルダも目を丸くする。
「べ…別にかまわないが…それはつまり、我が家のバカ息子を響古ちゃんのご両親に紹介するという事だろう…?」
「何かあった後じゃ、申し訳が立たないわ」
実の息子に容赦のない言葉だ。
「お父様、お母様、私は辰巳の事を信頼しております。それは深く」
だが、響古は二人の拒否にも動じず、笑顔で交渉を続けた。
「直情型でやや思慮の足りない部分もありますけれど、愚かではありません。むしろ、向かってくる困難を切り開こうと前へ前へ突き進んでいける熱いものを内に秘めています。私は、そのようなところに惹かれています」
凜とした声と口調。
清澄 な鐘の音を聞きでもしたかのように、彼の両親と姉は注視する。
途端、父親の目から大量の涙が流れ出し、響古の手を取る。
「響古ちゃん!あんなダメ息子だけど、よろしくお願いできるかい?」
「そんな……辰巳はダメなんかじゃありません。とても素敵な方ですよ」
「ご両親に、よろしくと言っておいてね」
それを見て、母親は嗚咽を漏らしていた。
何コレ、なんのドラマ?
「………」
「どうしたの?」
「……いえ、いつもの響古と雰囲気が全然違うので……」
「なるほどね。あたしも最初はびっくりしたわ、筋金入りのお嬢様だもん。住む世界の格差を痛感したくらい。なんせ、名門武家のご令嬢だから」
「ご令嬢?」
「そう。生まれと受けた教育は完璧なお嬢様、究極の大和撫子――すごいよ、お別れの挨拶で『皆様、ごきげんよう』って自然に出てくるもん」
「………ごきげんよう、ごきげんよう!?」
少なくともヒルダが知る限り、そんな挨拶を使いこなせる人間はいない。
聞けば聞くほど、異次元の住人に思えてくる。
それなのに、あんなふうに自由奔放に行動するところが、彼女の厄介なところである。
「その中学生の噂――"黒雪姫"はなんとなく聞いてたけど、容姿も超がつく美人、だけど笑ったところは誰も見たことない、ケンカして無事だった人間はいない……などなど、色々な噂は飛び交ってたわ」
幼いながらも凛々しい美貌と華奢な肢体という美少女。
人間嫌い、という訳ではないがどこか近寄りがたい雰囲気を醸し出し、武闘派鉄拳で常勝無敗。
「だからなおさら、響古ちゃんは人付き合いが苦手みたいね。よりかかったところを切り捨てられる事を極端に怖がってる……そんな彼女が、恋をした」
ヒルダはハッとして、笑みを深めた美咲の顔を見返す。
「心の底からの、なんの打算も思惑もない、他の全てを犠牲にできる……本当の恋をした。あたしはね、響古ちゃんが好きよ。あたしだけじゃない、父さんも母さんも、響古ちゃんが好きよ」
響古は愛されている。
自分に、響古を想う資格はないのかもしれないが、それでも抑えようもなく――。
「バカな弟だけど、噂や外聞だけじゃなくて、ちゃんと響古ちゃんを見てるから……あ、来た」
両親から快諾をもらい、エプロンの紐を結んだ響古がやって来る。
「ヒルダ、お待たせ」
エプロンをつけ、はりきって勇ましく――もう少し力を抜いて、といきなり言われた――料理に取りかかる。
トントンとリズムよく包丁の音を立てる響古に、ぎこちない手つきでフライパンを動かしながらヒルダは言う。
「響古」
「なに?」
心持ち下から窺うように響古をじっと見つめ、もう一度、
「響古」
確かめるように。
「なに?」
返事を受けてもヒルダは答えず、炒めながら見つめる。
そしてまた、
「響古」
「……なに?」
響古は、もしかして自分の顔に何かついているのかと思い、頬を触った。
その様子を、ヒルダは笑った。
訳がわからない。
ただ、そのヒルダの笑顔につられて、自然と笑い返していた。
美味しそうな音を立てるフライパンを持って、響古とヒルダは部屋に入る。
「坊っちゃまー。坊っちゃま、おきて下さいまし。今日はヒルダが朝食をご用意しましたよ」
「料理はあたしが教えたから、味は保証済みだよー」
「――…」
その時、二人の目に厳しい表情の男鹿がベル坊を睨みつける光景が飛び込んできた。
ベル坊はまるで、悪戯の結果を見られて落ち込む子供のように、うつむき加減に男鹿を窺っている。
そんな様子を、二人は訝しむ。
そして、男鹿は子供を説教する父親のごとく、重い口を開く。
「――あのな、負けるとは言わねーよ。てめーもいくら魔王つったっても、まだ赤ん坊だ。一コ一コ強くなってきゃいーとは思ってるよ」
険しい口調だが、すっかり魔王の親としての自覚が定着しているようだ。
「――でもな、死にかけのセミに泣かされるってのは、どーなの!?魔王として!!魔王、死にかけのセミ以下!?確かにビクッとはなるよ!?奴ら、急に動き出すから…なるけども!!」
どうやら説教の原因は、死にかけのセミに驚いてベル坊が思わず泣いてしまったことらしい。
2階から聞こえる大声に、
「うるさいわねー」
父親と共に、居間にいる美咲は欠伸混じりにつぶやく。
「起きぬけにパワーアップした電撃、浴びせられるこっちは、ビクッどころじゃねーんだよっっ!!!」
「…アウ」
ベル坊は、あともう一歩のところで勝てた、と主張する。
「『アウ』じゃねーよっっ!!何だ、その『セミの野郎…』みたいなポーズ!?あとちょっとで勝てたってか?余計、情けないわっ!!」
「うーん、セミに泣かれるようでこれじゃあ、先行きが不安だねぇ……」
同じく魔王の親の響古が、今後の展望について端的に言い表した。
ベル坊としては、彼女に認められないというのはかなり悲しい。
「大丈夫大丈夫、これから頑張ろう」
しょんぼりするベル坊を抱き上げ、優しく叩いて励ました。
「一度や二度の失敗で、諦めちゃダメ。辰巳なんか何度も電撃を食らって、それでもピンピンしてるじゃない。誰でも長所と短所はあるもので、それは悪い事でもなんでもないんだから」
その柔らかな表情をベル坊はまぶしく思い、じーん、と胸に響いた。
「アウ……」
まだ、つきあいは短い。
だが東条との戦いを通して、十分にそれを実感していた。
だからだろうか。
響古の厳しさと優しさ、どちらも不思議なほど心に染み入る。
ヒルダも同じように微かに笑みを浮かべ、この場をなだめようとする。
「響古――…まぁ、よいではないか。坊っちゃまも悔しがっておられる」
「いーや、ダメだねっ!!」
「…辰巳、それなら特訓はどう?」
響古から言われて、男鹿とヒルダはきょとんとした。
「「特訓?」」
「そう。これから向かうあたしの家の近くに、山があるの。人もめったに通らなくて、鍛える場所には十分だよ。あたしもよく、その山にこもって修業してたから」
彼女が説明した途端に、男鹿は笑った。
ただし、彼の意地悪さを示す笑いだったが。
「そうだよ、特訓だ、特訓!!オレが一から鍛え直してやる!!」
「いや、まて…その前の表情、気になるのだが…」
ヒルダが不安げに訴えるが、男鹿はこの発言を無視した。
「行くぞ、ベル坊!!」
「アー!!」
二人の思いにも応えるために、ベル坊はやる気を示す。
「……響古、すまないが、坊っちゃまがケガをしないよう、見張ってくれるか?」
ヒルダはまっすぐ響古の目を見つめ、重ねて頼んだ。
「うん、わかってるって」
安心させるように微笑んでから、響古は言葉を紡ぐ。
ヒルダは安堵した。
やはり、響古は頼もしい……この感想がただの早とちりだったと痛感するのは、もう少し先の話である。
夏休みの最後、男鹿、響古、ベル坊……この三人で彼女の実家へ小旅行(帰省)。
その当日、電車からの風景は、いくつも並ぶ建物や溢れ出す人波の都会から、自然に囲まれたのどかな田舎町に変わる。
何度か駅を乗り換えて電車を降り、彼女の実家までは徒歩で向かう。
「すげー眺め…」
「すごい田舎で、何にもないところだけど、都会にはないものがあるんだよ……あ、見えてきた」
響古が指差した一画に、細い小道がある。
一応、大通りには面しているものの、知らなければ見落としてしまいそうな道幅である。
この入り組んだ道を歩いていくと、いつの間にか石段の前に出る。
その和風造りの豪邸屋敷は、ここを登り切った高台の上にあった。
綺麗に掃かれた石畳の向こうには、光溢れる日本庭園が広がっており、さらにその向こうは柵や塀などなしで裏山が続く。
鎮守の森とまではいかないが、緑の木々に囲まれた道はなかなか静かで心地よい。
「響古の父、悠二です!世界を旅してます!」
「響古の母、雛子です!道場の師範をしています!」
「叔母の麻耶です。職業はOLです」
「同じく、叔母の真香ですわ。大学生です」
すると、呆れた眼差しを送る麻耶除く三人はポーズを決める。
『三人揃って、パフュームですっ!』
「パフュームじゃないから!三人は全然、パフュームじゃないから!みんな決めポーズとかもバラバラな、あたしの家族だから!」
響古は大声で訂正しつつ、我が家の玄関先で家族に、男鹿とベル坊の説明を試みる。
「えっと、彼は男鹿辰巳、その、あたしの……彼氏なの。この子はベル坊、訳あって二人で育ててるんだ」
男鹿に初めて自分の家族を見られてしまう緊張で、慌ててしまう。
「オイ、想像をはるかに超えて軽いノリなんだが、お前の家族……」
男鹿の困惑ぶりに響古も、
「ごめん」
と謝ってくる。
「言うのを忘れていた――ううん、言いたくなかったけど、あたしの家族はこんな感じなのよ。プライベート時、軽いの、ひどいくらいに」
家族の姿と言動に心底恥ずかしさを感じているご様子。
すると、男鹿の眼前に麻耶の無表情な顔が近づいた。
「わっ!?」
その驚く間に麻耶は彼の上から下まで、微に入り細に入り、全身を眺める。
「ふーん…こいつが響古の彼氏……どちらかといえば、かっこいいカテゴリーにどうにかこうにか引っかかりそうな顔立ちね」
権力者である両親の一声が大きな決定権を持つ。
子供はいかに言葉巧みに交渉を続けられるかが鍵になる。
権力者であるはずの、男鹿の父と母は響古の前では、何故か縮こまっていた。
響古の放つ、目には見えない威風がそうさせているのかもしれない。
ある朝の男鹿家。
新聞を読む父、朝食を作る母、ソファでくつろぐ美咲の前で、響古が清楚な笑顔で告げる。
「お父様、お母様、そういう事情で辰巳とベル坊と三人で私の実家、篠木家に帰省する事をお許しくださいますか?」
お嬢様然とした口上で告げられて戸惑う両親、若干ではあるが驚いた表情の美咲。
その明るさと自由奔放な性格で周囲を翻弄する彼女の豹変っぷりを目の前にすると、さすがのヒルダも目を丸くする。
「べ…別にかまわないが…それはつまり、我が家のバカ息子を響古ちゃんのご両親に紹介するという事だろう…?」
「何かあった後じゃ、申し訳が立たないわ」
実の息子に容赦のない言葉だ。
「お父様、お母様、私は辰巳の事を信頼しております。それは深く」
だが、響古は二人の拒否にも動じず、笑顔で交渉を続けた。
「直情型でやや思慮の足りない部分もありますけれど、愚かではありません。むしろ、向かってくる困難を切り開こうと前へ前へ突き進んでいける熱いものを内に秘めています。私は、そのようなところに惹かれています」
凜とした声と口調。
途端、父親の目から大量の涙が流れ出し、響古の手を取る。
「響古ちゃん!あんなダメ息子だけど、よろしくお願いできるかい?」
「そんな……辰巳はダメなんかじゃありません。とても素敵な方ですよ」
「ご両親に、よろしくと言っておいてね」
それを見て、母親は嗚咽を漏らしていた。
何コレ、なんのドラマ?
「………」
「どうしたの?」
「……いえ、いつもの響古と雰囲気が全然違うので……」
「なるほどね。あたしも最初はびっくりしたわ、筋金入りのお嬢様だもん。住む世界の格差を痛感したくらい。なんせ、名門武家のご令嬢だから」
「ご令嬢?」
「そう。生まれと受けた教育は完璧なお嬢様、究極の大和撫子――すごいよ、お別れの挨拶で『皆様、ごきげんよう』って自然に出てくるもん」
「………ごきげんよう、ごきげんよう!?」
少なくともヒルダが知る限り、そんな挨拶を使いこなせる人間はいない。
聞けば聞くほど、異次元の住人に思えてくる。
それなのに、あんなふうに自由奔放に行動するところが、彼女の厄介なところである。
「その中学生の噂――"黒雪姫"はなんとなく聞いてたけど、容姿も超がつく美人、だけど笑ったところは誰も見たことない、ケンカして無事だった人間はいない……などなど、色々な噂は飛び交ってたわ」
幼いながらも凛々しい美貌と華奢な肢体という美少女。
人間嫌い、という訳ではないがどこか近寄りがたい雰囲気を醸し出し、武闘派鉄拳で常勝無敗。
「だからなおさら、響古ちゃんは人付き合いが苦手みたいね。よりかかったところを切り捨てられる事を極端に怖がってる……そんな彼女が、恋をした」
ヒルダはハッとして、笑みを深めた美咲の顔を見返す。
「心の底からの、なんの打算も思惑もない、他の全てを犠牲にできる……本当の恋をした。あたしはね、響古ちゃんが好きよ。あたしだけじゃない、父さんも母さんも、響古ちゃんが好きよ」
響古は愛されている。
自分に、響古を想う資格はないのかもしれないが、それでも抑えようもなく――。
「バカな弟だけど、噂や外聞だけじゃなくて、ちゃんと響古ちゃんを見てるから……あ、来た」
両親から快諾をもらい、エプロンの紐を結んだ響古がやって来る。
「ヒルダ、お待たせ」
エプロンをつけ、はりきって勇ましく――もう少し力を抜いて、といきなり言われた――料理に取りかかる。
トントンとリズムよく包丁の音を立てる響古に、ぎこちない手つきでフライパンを動かしながらヒルダは言う。
「響古」
「なに?」
心持ち下から窺うように響古をじっと見つめ、もう一度、
「響古」
確かめるように。
「なに?」
返事を受けてもヒルダは答えず、炒めながら見つめる。
そしてまた、
「響古」
「……なに?」
響古は、もしかして自分の顔に何かついているのかと思い、頬を触った。
その様子を、ヒルダは笑った。
訳がわからない。
ただ、そのヒルダの笑顔につられて、自然と笑い返していた。
美味しそうな音を立てるフライパンを持って、響古とヒルダは部屋に入る。
「坊っちゃまー。坊っちゃま、おきて下さいまし。今日はヒルダが朝食をご用意しましたよ」
「料理はあたしが教えたから、味は保証済みだよー」
「――…」
その時、二人の目に厳しい表情の男鹿がベル坊を睨みつける光景が飛び込んできた。
ベル坊はまるで、悪戯の結果を見られて落ち込む子供のように、うつむき加減に男鹿を窺っている。
そんな様子を、二人は訝しむ。
そして、男鹿は子供を説教する父親のごとく、重い口を開く。
「――あのな、負けるとは言わねーよ。てめーもいくら魔王つったっても、まだ赤ん坊だ。一コ一コ強くなってきゃいーとは思ってるよ」
険しい口調だが、すっかり魔王の親としての自覚が定着しているようだ。
「――でもな、死にかけのセミに泣かされるってのは、どーなの!?魔王として!!魔王、死にかけのセミ以下!?確かにビクッとはなるよ!?奴ら、急に動き出すから…なるけども!!」
どうやら説教の原因は、死にかけのセミに驚いてベル坊が思わず泣いてしまったことらしい。
2階から聞こえる大声に、
「うるさいわねー」
父親と共に、居間にいる美咲は欠伸混じりにつぶやく。
「起きぬけにパワーアップした電撃、浴びせられるこっちは、ビクッどころじゃねーんだよっっ!!!」
「…アウ」
ベル坊は、あともう一歩のところで勝てた、と主張する。
「『アウ』じゃねーよっっ!!何だ、その『セミの野郎…』みたいなポーズ!?あとちょっとで勝てたってか?余計、情けないわっ!!」
「うーん、セミに泣かれるようでこれじゃあ、先行きが不安だねぇ……」
同じく魔王の親の響古が、今後の展望について端的に言い表した。
ベル坊としては、彼女に認められないというのはかなり悲しい。
「大丈夫大丈夫、これから頑張ろう」
しょんぼりするベル坊を抱き上げ、優しく叩いて励ました。
「一度や二度の失敗で、諦めちゃダメ。辰巳なんか何度も電撃を食らって、それでもピンピンしてるじゃない。誰でも長所と短所はあるもので、それは悪い事でもなんでもないんだから」
その柔らかな表情をベル坊はまぶしく思い、じーん、と胸に響いた。
「アウ……」
まだ、つきあいは短い。
だが東条との戦いを通して、十分にそれを実感していた。
だからだろうか。
響古の厳しさと優しさ、どちらも不思議なほど心に染み入る。
ヒルダも同じように微かに笑みを浮かべ、この場をなだめようとする。
「響古――…まぁ、よいではないか。坊っちゃまも悔しがっておられる」
「いーや、ダメだねっ!!」
「…辰巳、それなら特訓はどう?」
響古から言われて、男鹿とヒルダはきょとんとした。
「「特訓?」」
「そう。これから向かうあたしの家の近くに、山があるの。人もめったに通らなくて、鍛える場所には十分だよ。あたしもよく、その山にこもって修業してたから」
彼女が説明した途端に、男鹿は笑った。
ただし、彼の意地悪さを示す笑いだったが。
「そうだよ、特訓だ、特訓!!オレが一から鍛え直してやる!!」
「いや、まて…その前の表情、気になるのだが…」
ヒルダが不安げに訴えるが、男鹿はこの発言を無視した。
「行くぞ、ベル坊!!」
「アー!!」
二人の思いにも応えるために、ベル坊はやる気を示す。
「……響古、すまないが、坊っちゃまがケガをしないよう、見張ってくれるか?」
ヒルダはまっすぐ響古の目を見つめ、重ねて頼んだ。
「うん、わかってるって」
安心させるように微笑んでから、響古は言葉を紡ぐ。
ヒルダは安堵した。
やはり、響古は頼もしい……この感想がただの早とちりだったと痛感するのは、もう少し先の話である。
夏休みの最後、男鹿、響古、ベル坊……この三人で彼女の実家へ小旅行(帰省)。
その当日、電車からの風景は、いくつも並ぶ建物や溢れ出す人波の都会から、自然に囲まれたのどかな田舎町に変わる。
何度か駅を乗り換えて電車を降り、彼女の実家までは徒歩で向かう。
「すげー眺め…」
「すごい田舎で、何にもないところだけど、都会にはないものがあるんだよ……あ、見えてきた」
響古が指差した一画に、細い小道がある。
一応、大通りには面しているものの、知らなければ見落としてしまいそうな道幅である。
この入り組んだ道を歩いていくと、いつの間にか石段の前に出る。
その和風造りの豪邸屋敷は、ここを登り切った高台の上にあった。
綺麗に掃かれた石畳の向こうには、光溢れる日本庭園が広がっており、さらにその向こうは柵や塀などなしで裏山が続く。
鎮守の森とまではいかないが、緑の木々に囲まれた道はなかなか静かで心地よい。
「響古の父、悠二です!世界を旅してます!」
「響古の母、雛子です!道場の師範をしています!」
「叔母の麻耶です。職業はOLです」
「同じく、叔母の真香ですわ。大学生です」
すると、呆れた眼差しを送る麻耶除く三人はポーズを決める。
『三人揃って、パフュームですっ!』
「パフュームじゃないから!三人は全然、パフュームじゃないから!みんな決めポーズとかもバラバラな、あたしの家族だから!」
響古は大声で訂正しつつ、我が家の玄関先で家族に、男鹿とベル坊の説明を試みる。
「えっと、彼は男鹿辰巳、その、あたしの……彼氏なの。この子はベル坊、訳あって二人で育ててるんだ」
男鹿に初めて自分の家族を見られてしまう緊張で、慌ててしまう。
「オイ、想像をはるかに超えて軽いノリなんだが、お前の家族……」
男鹿の困惑ぶりに響古も、
「ごめん」
と謝ってくる。
「言うのを忘れていた――ううん、言いたくなかったけど、あたしの家族はこんな感じなのよ。プライベート時、軽いの、ひどいくらいに」
家族の姿と言動に心底恥ずかしさを感じているご様子。
すると、男鹿の眼前に麻耶の無表情な顔が近づいた。
「わっ!?」
その驚く間に麻耶は彼の上から下まで、微に入り細に入り、全身を眺める。
「ふーん…こいつが響古の彼氏……どちらかといえば、かっこいいカテゴリーにどうにかこうにか引っかかりそうな顔立ちね」