バブ38
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初夏を迎えた昼下がりは、暑い。
蝉の鳴き声がうっとうしく響き渡る公園に、家族連れなどがちらほらと、穏やかに歩いていた。
周囲に雑木林の木陰ができている場所で、神妙な表情でベンチに座る男鹿と古市がいた。
その表情は激しく歪んで、何やら劇画チックになっている。
「……また…やっちまったのか…」
「ああ…」
しばらく黙考した直後、二人は尋常ではない汗と身体の震えを走らせて、うなだれる。
「「………」」
誰もが何もなし得ない、数秒の沈黙を、
「ああ、じゃねーよ」
再び、表情を劇画チックに歪めた古市が破った。
「お前、何したのかわかってんの?ん?何したかわかってんの?言ってみ?ほらっ!!言ってみそっ!!!」
ぐいぐいと詰め寄ってきて、男鹿の表情が強張った。
ぐっと唇を噛みしめ、頭を抱えて悩み、散々考えた挙げ句、溜め息をついた。
「………東条を…倒しました」
「…その…次だぁーーーーーーっ!!!」
彼の口を突いて出た言葉は、無情な突き放しだった。
(注)興奮してます。
我慢の限界が達した古市は怪力を全身にみなぎらせて激怒した。
四肢と全身の力を振り絞り、両手で高々とベンチを持ち上げる。
「お前の雪辱戦なんて、どーでもいーんだよ!!勝とーが負けよーが、知ったこっちゃねーよ!!オレが聞ーてんのは、その後だっ!!」
凄まじい怪力のまま、ベンチを持ち上げ、どこに行く当てもなく疾走する。
「ひぃ」
その光景を見た親子は、悲鳴をあげて怯える。
「東条倒して、響古とイチャラブして、石矢魔統一だかなんだか、知らんがなぁ…まだ1年の夏休みなんだぞ!?入学して半年もたってねーよ」
勢いよく走り続け、言葉にできない怒りを、声と気持ちを合わせて激昂し、男鹿ごと投げ飛ばした。
「それを、お前、いきなりわけのわからん一撃で、全部コナゴナってどういう事だぁっ!!!!」
強大なエネルギーに身悶えしていた男鹿の右腕は莫大な解放によって、石矢魔高校は見上げる天、見渡す地、ほとんど全域で瓦礫の山と化した。
煙くすぶる中、見る影もなく、蹂躙の跡を晒している。
――校舎全壊って、どういう事だーーーっ!!!
心からの叫びが空へと吸い込まれる。
テレビでも、このあまりにも衝撃的な光景に混迷を極めるリポーターの姿が映し出されており、厳重に警備体制が整えられた。
「どーすんの!?ねぇ、これからオレ達、どーすんのよ!!」
「心配するな、古市。もともとオレ達、石矢魔統一なんて興味ねーぜ」
男鹿は親指を立てて他人事のように言い放つ。
ベル坊も、彼の真似をして親指を立てる。
「してねーよ、そんな心配!!この先行く学校が、なくなってどーすんだっつってんだ!!」
ひとしきり激怒した後、今まで姿を見せない彼女はどこか、と見回し、見つけた。
「響古……?」
「ひゃあっ」
響古は慌てて、木陰の隅へしゃがんで頭を抱えた。
丸まって震え、イヤイヤと頭を振る響古の背中とお尻。
(一体、何が――?)
やや動揺気味に考えた古市は、
「あ」
とつぶやいた。
もしかして。
「……響古、昨日の記憶が、ちゃんと残ってるのか?」
「忘れてお願いだから!!」
振り返って叫んだ響古の顔は真っ赤で、瞳は涙目だった。
「あの時のあたしはどうかしていたの。そりゃあ、間近で見たあの決闘はすごかったし、辰巳が必ず勝つと信じてたけど、でもやっぱり心配で、ずっとずっと我慢して、理性という名の制御がぶっ飛んだのよ!!」
ひたすら慌てまくって、自分に対する悔しさと不甲斐なさを感じまくり、目尻に涙を浮かべて叫ぶ。
「あれはあたしじゃない――そう、あんなのはあたしじゃないから!!誤解しないで、あれは――うう……その………嫌、もう死にたい!!」
「オレは」
そんな彼女に、男鹿はつい本音を漏らした。
「嬉しかった……けどな」
響古は涙目というよりも、既に涙をこぼしながら、
「バカ!」
と真っ赤で怒鳴る。
「うう……」
だが、すぐに泣き声と共に、その場に崩れ落ちた。
「……」
……響古です。
いやマジ、響古なんですよ、この人。
うずくまって羞恥に顔を真っ赤にして泣いているこの人は、響古なんですよ。
見た目同じですし。
艶やかな長い黒髪と漆黒の目、透き通った白い肌が印象的、スタイルもよくて……うん、やっぱり響古です。
それをひそかに、携帯電話で撮影する古市。
「あ、あ、あ……あたし、ジュース買いに行ってくるーー!!」
未だ顔が真っ赤な響古はこの場から逃げるように、物凄い勢いで走っていく。
響古がいなくなった後、古市は席を立ち、全力ダッシュ。
その際、ちらりと背後に目をやると案の定、青筋を立ててドス黒いオーラを纏う男鹿が追いかける。
――うわぁぁぁ!?
――やっぱり追いかけてきたぁぁぁっ!?
しかし、彼は思う。
――男鹿には悪いが、オレは捕まるわけにはいかない。
――オレはこの画像を一刻も早く、保存しなければならないのだ!!
人々が呆然としている脇を通り抜けて、古市は走る。
ここはひとまず、どこか人目につかないところに隠れて、追跡者(男鹿)をやり過ごそう。
(そうと決まれば、一目散だ。逃げ足に定評のあるオレ、追跡をまくのもお手のもの!)
しばらく逃走した後、雑木林に隠れ、携帯画面を楽しむことに。
「さて、この悶絶画面をどうしてくれようか?」
涎を拭いつつ、普段の奔放で人を振り回す響古が絶対にしない、恥じらう姿をまじまじと鑑賞する。
――ぐへへ、まずはこの画像をパソコンのデスクトップの壁紙にして、それからそれから……。
めくるめく未来予想図に、妄想を膨らませる。
(やべっ、なんかテンション上がってきた)
「――ずいぶんと、楽しそうだなぁ」
冷徹な宣告は、彼の頭上から。
視線を上げた先で、男鹿が仁王立ちしていた。
「や、やあ、男鹿」
冷や汗を垂らし、両手を上げて完全降参した古市へ、男鹿は笑って問いかけた。
古市は、何故か笑顔のままの男鹿に、仁王の憤怒する様を連想した。
「選択肢をあげよう。画像を消去するか、お前を消去するか」
「……おきのどくですが、ぼうけんのしょはきえてしまいました」
(しかーし!まだ、この脳内画像フォルダには、響古のお姿がしっかりと保存されて――)
響古の恥じらうキュートな仕草は、欠乏していた女の子成分を充分に補ってくれる。
「頭を殴れば、記憶だって消せるよな」
「ガーガー、ピー……脳内画像フォルダハ完全ニ消去サレマシタ」
数十分後、なんとか男鹿を説得し、荒ぶる気持ちを落ち着かせることに成功したが、げんこつを食らわされた。
「学校――…?」
――石矢魔総合病院。
昨日の決闘で起こり、謎の爆発事件に巻き込まれた石矢魔高校に集まった男達は全員、病院に搬送された。
「あぁ、石矢魔高校の。ご案内しますよ、こちらです」
説明を聞いた看護婦は、その単語だけですぐに理解し、案内する。
「すごい爆発があったんですって?急に大勢運ばれて、もう大あわて。ベッドだって、そんなに空いてるわけじゃないですから。ですから、ほら、多目的ホールを開放して――…重症の患者以外は、ここにいますよ」
案内された場所には、白いタイルの床、その周囲で大勢の男達が苦しそうに顔を歪めて寝込んでいた。
「いてーよぉ」
「うぅ…」
「女…こわい…」
ざっと様子を診てみたが、全員が口を揃えてひどい悪夢にうなされ、呻いていた。
「た…助けて」
「カベが…カベがーっ」
「ひいい~~っ」
とんでもない光景に恐縮する刑事の二人は、暑さではない汗を流す。
「………野戦病院か、ここは…」
眉をひそめながらぐるりと周りを窺う刑事に、看護婦が話しかける。
「刑事さんですよね!!事情聴取ってやつですか?」
「…えぇ、まぁ」
「…あの、もう少し、まともに話のできる奴、いませんか」
「えーー?…あぁ、そういえば、なんだかって財閥の御曹司さんが、個室借りてたわね」
看護婦は顎に指を当てて考えた後、その病室へと案内する。
贅沢にも個室を借りた姫川は何故か眉を寄せ、苦々しく言う。
「――…おい――てめぇら……オレの部屋だぞ、ここは…」
「うるせー」
「黙れ」
「殺すぞ」
「……」
それもそのはず、一つの病室に五人がぎゅうぎゅう詰めで入院していた。
ちなみに、右から姫川、神崎、相沢、陣野、城川の順番で言っている。
色々、つっこみたいところだが、
「ちっ」
大人しく認める代わりに、盛大に舌打ちする。
「ー―たくっ。勝手にベッドまで持ちこみやがって…どっから持ってきたんだよ、ボケが」
「知るかよ」
「気づいた時には、オレ達全員この状態だったろーが」
「……」
愚痴をこぼす彼らの中で唯一の軽傷、城川は無言を通す。
「……くそっ…もー少しで勝てるところだったのによ。なんなんだ、あの爆発」
「は?何、寝言言ってんだ、お前。バカか?」
「妄想は自由だ。それくらい、許してやれ」
そんな神崎のつぶやきを、相沢と陣野が揃って反論する。
「あ゙ぁ!?」
「――まぁまぁ。いーじゃないの、みんな、助かったんだから。運が、よかったんだねー」
目に見える傷も擦過傷や打撲程度で呑気に雑誌を読む夏目に、五人はつっこんだ。
『――でなんで、お前だけ、ピンピンしてんだよっ!!』
そして、夏目から話を聞き終えた時には、五人は驚いた表情をした。
「――東条さんが…?」
「――ああ、君ら助けたのも、救急車呼んだのも、みーんな東条だよ。ボロボロのくせに、オレなんかよりよっぽど元気でさ」
――血と土埃に塗れ、自分が満身創痍でボロボロなのにもかかわらず、東条は一人で救急車を手配し、後始末をやってのけた。
「なんだかんだ言って、やっぱ大将だと思ったね。ま、男鹿ちゃんには負けちゃったみたいだけど。ケンカも、恋にも」
「勝ったのか、あいつ…」
だが、彼らは途中で動きを止める。
男鹿との決闘で、東条が負けたことに反応したからだ。
「あれ?聞ーてない?ちなみに、学校ぶっこわしたのも、男鹿ちゃんらしーよ?どーやったか、知らんけど」
それは――唐突であり、当然の反応だった。
『はぁっ!?』
ニュースで話題になっている『石矢魔の高校、一夜にして全滅』。
その詳細や原因が不明だった、謎の事件の犯人が男鹿と知り、五人は目を見開いて仰天した。
未だ、瓦礫を撒き散らす石矢魔高校跡地に、人影があった。
「………」
激闘の末、壊滅的な被害を受け、市街地に脈絡なく出現した、瓦礫の山。
その光景を眺めながら、マントを纏う男は微かに笑った。
「――フ…さすがは、王家の血筋…といった所か…」
次の瞬間、男の姿は忽然と消えた。
夏休み。
多くの生徒は学校から解放され、遊び放題に楽しむ期間。
公園でジュースを買いに行ったはずの響古がやって来たのは川原だった。
見渡す限り、この場所に人影はなかった。
邪魔が入らないというのは、彼女にとっては好都合だ。
「――男鹿はいないんだな」
突然かけられた声に、しかし響古は驚かず、ゆっくりとそちらに振り向く。
包帯や湿布という痛々しい姿で、東条が立っていた。
「辰巳がいない方が、お互い遠慮なくやり合えるでしょ」
「……それも、そうだな。思えばオレ達、ケンカばっかりだったな」
「あんたが一方的に仕掛けるからよ」
「そうだったな」
言えること全部、巡って終わる日々を込め、笑みを浮かべる。
(せいぜいできたのは、ケンカを通して、好きとは名ばかりのひどい言葉ばかりだった。だが、男鹿の言葉があったからこそ、ここにいる)
別種の喜びが混じって、倍加はせず、ただ複雑になった。
(遠かった)
彼女から完全に嫌われていた自分が、ようやく、思いをぶつけることに。
今、そこは間違いなく、二人が中心だった。
「東条」
それだけを、言い、
「響古」
それだけを、返す。
二人は、互いのかける、次の言葉を知っていた。
響古は拳を構え、東条も拳を構える。
図らず、計らず、声が重なる。
「「――決着を――」」
蝉の鳴き声がうっとうしく響き渡る公園に、家族連れなどがちらほらと、穏やかに歩いていた。
周囲に雑木林の木陰ができている場所で、神妙な表情でベンチに座る男鹿と古市がいた。
その表情は激しく歪んで、何やら劇画チックになっている。
「……また…やっちまったのか…」
「ああ…」
しばらく黙考した直後、二人は尋常ではない汗と身体の震えを走らせて、うなだれる。
「「………」」
誰もが何もなし得ない、数秒の沈黙を、
「ああ、じゃねーよ」
再び、表情を劇画チックに歪めた古市が破った。
「お前、何したのかわかってんの?ん?何したかわかってんの?言ってみ?ほらっ!!言ってみそっ!!!」
ぐいぐいと詰め寄ってきて、男鹿の表情が強張った。
ぐっと唇を噛みしめ、頭を抱えて悩み、散々考えた挙げ句、溜め息をついた。
「………東条を…倒しました」
「…その…次だぁーーーーーーっ!!!」
彼の口を突いて出た言葉は、無情な突き放しだった。
(注)興奮してます。
我慢の限界が達した古市は怪力を全身にみなぎらせて激怒した。
四肢と全身の力を振り絞り、両手で高々とベンチを持ち上げる。
「お前の雪辱戦なんて、どーでもいーんだよ!!勝とーが負けよーが、知ったこっちゃねーよ!!オレが聞ーてんのは、その後だっ!!」
凄まじい怪力のまま、ベンチを持ち上げ、どこに行く当てもなく疾走する。
「ひぃ」
その光景を見た親子は、悲鳴をあげて怯える。
「東条倒して、響古とイチャラブして、石矢魔統一だかなんだか、知らんがなぁ…まだ1年の夏休みなんだぞ!?入学して半年もたってねーよ」
勢いよく走り続け、言葉にできない怒りを、声と気持ちを合わせて激昂し、男鹿ごと投げ飛ばした。
「それを、お前、いきなりわけのわからん一撃で、全部コナゴナってどういう事だぁっ!!!!」
強大なエネルギーに身悶えしていた男鹿の右腕は莫大な解放によって、石矢魔高校は見上げる天、見渡す地、ほとんど全域で瓦礫の山と化した。
煙くすぶる中、見る影もなく、蹂躙の跡を晒している。
――校舎全壊って、どういう事だーーーっ!!!
心からの叫びが空へと吸い込まれる。
テレビでも、このあまりにも衝撃的な光景に混迷を極めるリポーターの姿が映し出されており、厳重に警備体制が整えられた。
「どーすんの!?ねぇ、これからオレ達、どーすんのよ!!」
「心配するな、古市。もともとオレ達、石矢魔統一なんて興味ねーぜ」
男鹿は親指を立てて他人事のように言い放つ。
ベル坊も、彼の真似をして親指を立てる。
「してねーよ、そんな心配!!この先行く学校が、なくなってどーすんだっつってんだ!!」
ひとしきり激怒した後、今まで姿を見せない彼女はどこか、と見回し、見つけた。
「響古……?」
「ひゃあっ」
響古は慌てて、木陰の隅へしゃがんで頭を抱えた。
丸まって震え、イヤイヤと頭を振る響古の背中とお尻。
(一体、何が――?)
やや動揺気味に考えた古市は、
「あ」
とつぶやいた。
もしかして。
「……響古、昨日の記憶が、ちゃんと残ってるのか?」
「忘れてお願いだから!!」
振り返って叫んだ響古の顔は真っ赤で、瞳は涙目だった。
「あの時のあたしはどうかしていたの。そりゃあ、間近で見たあの決闘はすごかったし、辰巳が必ず勝つと信じてたけど、でもやっぱり心配で、ずっとずっと我慢して、理性という名の制御がぶっ飛んだのよ!!」
ひたすら慌てまくって、自分に対する悔しさと不甲斐なさを感じまくり、目尻に涙を浮かべて叫ぶ。
「あれはあたしじゃない――そう、あんなのはあたしじゃないから!!誤解しないで、あれは――うう……その………嫌、もう死にたい!!」
「オレは」
そんな彼女に、男鹿はつい本音を漏らした。
「嬉しかった……けどな」
響古は涙目というよりも、既に涙をこぼしながら、
「バカ!」
と真っ赤で怒鳴る。
「うう……」
だが、すぐに泣き声と共に、その場に崩れ落ちた。
「……」
……響古です。
いやマジ、響古なんですよ、この人。
うずくまって羞恥に顔を真っ赤にして泣いているこの人は、響古なんですよ。
見た目同じですし。
艶やかな長い黒髪と漆黒の目、透き通った白い肌が印象的、スタイルもよくて……うん、やっぱり響古です。
それをひそかに、携帯電話で撮影する古市。
「あ、あ、あ……あたし、ジュース買いに行ってくるーー!!」
未だ顔が真っ赤な響古はこの場から逃げるように、物凄い勢いで走っていく。
響古がいなくなった後、古市は席を立ち、全力ダッシュ。
その際、ちらりと背後に目をやると案の定、青筋を立ててドス黒いオーラを纏う男鹿が追いかける。
――うわぁぁぁ!?
――やっぱり追いかけてきたぁぁぁっ!?
しかし、彼は思う。
――男鹿には悪いが、オレは捕まるわけにはいかない。
――オレはこの画像を一刻も早く、保存しなければならないのだ!!
人々が呆然としている脇を通り抜けて、古市は走る。
ここはひとまず、どこか人目につかないところに隠れて、追跡者(男鹿)をやり過ごそう。
(そうと決まれば、一目散だ。逃げ足に定評のあるオレ、追跡をまくのもお手のもの!)
しばらく逃走した後、雑木林に隠れ、携帯画面を楽しむことに。
「さて、この悶絶画面をどうしてくれようか?」
涎を拭いつつ、普段の奔放で人を振り回す響古が絶対にしない、恥じらう姿をまじまじと鑑賞する。
――ぐへへ、まずはこの画像をパソコンのデスクトップの壁紙にして、それからそれから……。
めくるめく未来予想図に、妄想を膨らませる。
(やべっ、なんかテンション上がってきた)
「――ずいぶんと、楽しそうだなぁ」
冷徹な宣告は、彼の頭上から。
視線を上げた先で、男鹿が仁王立ちしていた。
「や、やあ、男鹿」
冷や汗を垂らし、両手を上げて完全降参した古市へ、男鹿は笑って問いかけた。
古市は、何故か笑顔のままの男鹿に、仁王の憤怒する様を連想した。
「選択肢をあげよう。画像を消去するか、お前を消去するか」
「……おきのどくですが、ぼうけんのしょはきえてしまいました」
(しかーし!まだ、この脳内画像フォルダには、響古のお姿がしっかりと保存されて――)
響古の恥じらうキュートな仕草は、欠乏していた女の子成分を充分に補ってくれる。
「頭を殴れば、記憶だって消せるよな」
「ガーガー、ピー……脳内画像フォルダハ完全ニ消去サレマシタ」
数十分後、なんとか男鹿を説得し、荒ぶる気持ちを落ち着かせることに成功したが、げんこつを食らわされた。
「学校――…?」
――石矢魔総合病院。
昨日の決闘で起こり、謎の爆発事件に巻き込まれた石矢魔高校に集まった男達は全員、病院に搬送された。
「あぁ、石矢魔高校の。ご案内しますよ、こちらです」
説明を聞いた看護婦は、その単語だけですぐに理解し、案内する。
「すごい爆発があったんですって?急に大勢運ばれて、もう大あわて。ベッドだって、そんなに空いてるわけじゃないですから。ですから、ほら、多目的ホールを開放して――…重症の患者以外は、ここにいますよ」
案内された場所には、白いタイルの床、その周囲で大勢の男達が苦しそうに顔を歪めて寝込んでいた。
「いてーよぉ」
「うぅ…」
「女…こわい…」
ざっと様子を診てみたが、全員が口を揃えてひどい悪夢にうなされ、呻いていた。
「た…助けて」
「カベが…カベがーっ」
「ひいい~~っ」
とんでもない光景に恐縮する刑事の二人は、暑さではない汗を流す。
「………野戦病院か、ここは…」
眉をひそめながらぐるりと周りを窺う刑事に、看護婦が話しかける。
「刑事さんですよね!!事情聴取ってやつですか?」
「…えぇ、まぁ」
「…あの、もう少し、まともに話のできる奴、いませんか」
「えーー?…あぁ、そういえば、なんだかって財閥の御曹司さんが、個室借りてたわね」
看護婦は顎に指を当てて考えた後、その病室へと案内する。
贅沢にも個室を借りた姫川は何故か眉を寄せ、苦々しく言う。
「――…おい――てめぇら……オレの部屋だぞ、ここは…」
「うるせー」
「黙れ」
「殺すぞ」
「……」
それもそのはず、一つの病室に五人がぎゅうぎゅう詰めで入院していた。
ちなみに、右から姫川、神崎、相沢、陣野、城川の順番で言っている。
色々、つっこみたいところだが、
「ちっ」
大人しく認める代わりに、盛大に舌打ちする。
「ー―たくっ。勝手にベッドまで持ちこみやがって…どっから持ってきたんだよ、ボケが」
「知るかよ」
「気づいた時には、オレ達全員この状態だったろーが」
「……」
愚痴をこぼす彼らの中で唯一の軽傷、城川は無言を通す。
「……くそっ…もー少しで勝てるところだったのによ。なんなんだ、あの爆発」
「は?何、寝言言ってんだ、お前。バカか?」
「妄想は自由だ。それくらい、許してやれ」
そんな神崎のつぶやきを、相沢と陣野が揃って反論する。
「あ゙ぁ!?」
「――まぁまぁ。いーじゃないの、みんな、助かったんだから。運が、よかったんだねー」
目に見える傷も擦過傷や打撲程度で呑気に雑誌を読む夏目に、五人はつっこんだ。
『――でなんで、お前だけ、ピンピンしてんだよっ!!』
そして、夏目から話を聞き終えた時には、五人は驚いた表情をした。
「――東条さんが…?」
「――ああ、君ら助けたのも、救急車呼んだのも、みーんな東条だよ。ボロボロのくせに、オレなんかよりよっぽど元気でさ」
――血と土埃に塗れ、自分が満身創痍でボロボロなのにもかかわらず、東条は一人で救急車を手配し、後始末をやってのけた。
「なんだかんだ言って、やっぱ大将だと思ったね。ま、男鹿ちゃんには負けちゃったみたいだけど。ケンカも、恋にも」
「勝ったのか、あいつ…」
だが、彼らは途中で動きを止める。
男鹿との決闘で、東条が負けたことに反応したからだ。
「あれ?聞ーてない?ちなみに、学校ぶっこわしたのも、男鹿ちゃんらしーよ?どーやったか、知らんけど」
それは――唐突であり、当然の反応だった。
『はぁっ!?』
ニュースで話題になっている『石矢魔の高校、一夜にして全滅』。
その詳細や原因が不明だった、謎の事件の犯人が男鹿と知り、五人は目を見開いて仰天した。
未だ、瓦礫を撒き散らす石矢魔高校跡地に、人影があった。
「………」
激闘の末、壊滅的な被害を受け、市街地に脈絡なく出現した、瓦礫の山。
その光景を眺めながら、マントを纏う男は微かに笑った。
「――フ…さすがは、王家の血筋…といった所か…」
次の瞬間、男の姿は忽然と消えた。
夏休み。
多くの生徒は学校から解放され、遊び放題に楽しむ期間。
公園でジュースを買いに行ったはずの響古がやって来たのは川原だった。
見渡す限り、この場所に人影はなかった。
邪魔が入らないというのは、彼女にとっては好都合だ。
「――男鹿はいないんだな」
突然かけられた声に、しかし響古は驚かず、ゆっくりとそちらに振り向く。
包帯や湿布という痛々しい姿で、東条が立っていた。
「辰巳がいない方が、お互い遠慮なくやり合えるでしょ」
「……それも、そうだな。思えばオレ達、ケンカばっかりだったな」
「あんたが一方的に仕掛けるからよ」
「そうだったな」
言えること全部、巡って終わる日々を込め、笑みを浮かべる。
(せいぜいできたのは、ケンカを通して、好きとは名ばかりのひどい言葉ばかりだった。だが、男鹿の言葉があったからこそ、ここにいる)
別種の喜びが混じって、倍加はせず、ただ複雑になった。
(遠かった)
彼女から完全に嫌われていた自分が、ようやく、思いをぶつけることに。
今、そこは間違いなく、二人が中心だった。
「東条」
それだけを、言い、
「響古」
それだけを、返す。
二人は、互いのかける、次の言葉を知っていた。
響古は拳を構え、東条も拳を構える。
図らず、計らず、声が重なる。
「「――決着を――」」