第四訓
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茶碗を差し出して、頬にご飯粒をつけた神楽がご飯をおかわりする。
「おかわりヨロシ?」
「てめっ、何杯目だと思ってんだ。ウチは定食屋じゃねーんだっつーの」
遠慮を知らない少女の食欲旺盛さに、お登勢はこめかみを引くつかせる。
「ここは酒と健全なエロをたしなむ店…親父の聖地、スナックなんだよ。そんなに飯食いてーならファミレス行って、お子様ランチでも頼みな!!」
もっともな意見である。
だが、神楽は力強く訴えた。
「ちゃらついたオカズに興味ない。たくあんでヨロシ」
「食う割には嗜好が地味だな、オイ」
途中でつき合いきれなくなったのか、お登勢が叫ぶ。
「ちょっとォ!!銀時!!響古!!何だい、この娘 !!もう5合も飯、食べてるよ!!どこの娘だい!!」
店の隅に座る三人はげっそりとして、目の下にクマをつくっている。
「5合か…まだまだこれからですね」
「もうウチには、砂糖と塩しかねーもんな」
「アハハ…あたし、かなり痩せた」
銀時と響古は好物のチョコレートパフェを食べているというのに顔色が悪い。
「なんなんだい、アイツら。あんなに憔悴(ショウスイ)しちまって…ん?」
訝しげに思いつつ振り向くと、神楽はカウンターの上に正座して炊飯器を持ち上げ、まるで飲み込むかのように食べていた。
「ってオイぃぃぃ!!まだ食うんかいィィ!!ちょっと、誰か止めてェェェ!!」
目についた食べ物を片っぱしから掴んで口に入れ、豪快に咀嚼し、がつがつ食らう神楽。
本能めいた何かに突き動かされて飲み食いする少女を、顔を真っ青にさせたお登勢は助けを求めて叫ぶ。
銀時と響古の話――神楽が万事屋の従業員として入った経緯を聞き、お登勢は納得する。
「へェ~。じゃあ、あの娘も出稼ぎで地球 に。金欠で故郷に帰れなくなったところを、アンタ達が預かったわけ…バカだねぇ、アンタも家賃も払えない身分のくせに。あんな大食い、どうすんだい?言っとくけど、家賃はまけねーよ」
「オレだって、好きで置いてる訳じゃねぇよ。あんな胃拡張娘」
しかめ面で本音をこぼした途端、ガラスのコップが横合いに飛んできた。
後頭部に直撃した銀時は白目を剥いてテーブルに突っ伏す。
「なんか言ったアルか?」
「「言ってません」」
ぶん投げた張本人が訊ねると、新八とお登勢は声を揃える。
二人のやり取りに、響古は溜め息をついて口を挟んだ。
「余計なこと言うからよ」
「いだだだ」
頭を押さえる銀時に、猫耳を生やした顔の濃い女性がハンカチを差し出した。
「アノ、大丈夫デスカ?コレデ、頭冷ヤストイイデスヨ」
「あら?初めて見る顔だな」
「新入りさん?」
(確かに初めて見る、おかっぱ頭のおばさん。ん?猫耳?え?顔に合ってないし!はっきり言って似合ってない!)
なんて本音は響古は勿論、口に出さない。
キャサリンは丁寧に頭を下げ、自己紹介する。
「ハイ、今週カラ働カセテイタダキマス。キャサリン言イマス」
「キャサリンも出稼ぎで地球 に来たクチでねェ。実家に仕送りにするため、頑張ってんだ」
お登勢が新しく雇った従業員を説明し、銀時は感嘆する。
「たいしたもんだ。どっかの誰かなんて、己の食欲を満たすためだけに…」
またもや横合いからガラスのコップが飛んできた。
再び直撃した銀時は白目を剥いてテーブルに突っ伏す。
「なんか言ったアルか?」
『言ってません』
敬語で答える新八とお登勢にキャサリンも加わる。
その光景を、呆れた感じで響古は眺める。
「すんませーん」
すると、一声かけて同心が警察手帳を見せて入ってきた。
「あの、こーゆうもんなんだけど、ちょっと捜査に協力してもらえない?」
「なんかあったんですか」
「うん、ちょっとね。このへんでさァ、店の売り上げ持ち逃げされる事件が多発してね。なんでも犯人は不法入国してきた天人らしいんだが、この辺はそーゆー労働者多いだろ。なんか知らない?」
「知ってますよ。犯人はコイツです」
瞬間、神楽は自分を指差していた彼の指を怪力でへし折った。
「おまっ…お前、何さらしてくれとんじゃァァ!!」
「下らない冗談嫌いネ」
銀時は曲がった指を見て激しく動揺するが、神楽は腕を組み、冷ややかな眼差しを送る。
「てめェ故郷に帰りたいって言ってただろーが!!この際、強制送還でもいいだろ!!」
「そんな不名誉な帰国、御免こうむるネ。いざとなれば、船にしがみついて帰る。こっち来る時も成功した、なんとかなるネ」
かなり危ない渡航方法を、神楽は不遜にしてみせた。
船にしがみついて帰る……それはもう、ただの不法入国ではないか。
「不名誉どころかお前、ただの犯罪者じゃねーか」
いきなり剣呑な発言をする神楽に、銀時はつっこんだ。
ギャーギャーと騒ぐ様子を見た同心は肩をすくませ、お登勢に話しかける。
「…なんか、大丈夫そーね」
「あぁ、もう帰っとくれ。ウチはそんなわるい娘雇ってな…」
突如、エンジン音が響き、お登勢は驚いて外に飛び出す。
「アバヨ。腐レババア」
原付に乗ったキャサリンがレジや宝石、番傘や長い棒を縄で固定し、捨て台詞を吐いた。
「キャ…キャサリン!!」
盗んだ金品や宝飾品を積んで逃走する後ろ姿に、お登勢は呆然とつぶやく。
「まさか、キャサリンが…」
すぐに状況を察した新八が慌てて店内を見渡し、金品の紛失を告げた。
「お登勢さん、店の金、レジごとなくなってますよ!」
「あれ。俺の原チャリもねーじゃねーか」
「あ…そういえば、私の傘もないヨ」
直後、二階の万事屋から絶叫が迸 った。
「あ、あああああっ!!」
四人はその絶叫に驚きつつ、何事かと辺りを見渡す。
「銀時ィィィィィ!!」
その大声に振り仰ぐと頭上、二階から飛び降りてきた響古の姿が見えた。
へ?と目を見張ったのも一瞬、銀時はすぐに気づき、黒髪の恋人の身体を優しく受け止める。
横抱え、いわゆるお姫様抱っこの形だった。
「な、な、ない、のよ!アレ、アレが!」
「響古、落ちつけ」
銀時が困って見やると、わななき声だった響古は瞑目 し、何度か呼吸して息を整えた。
冷静な表情を取り戻した響古を確認して、銀時はゆっくりと降ろす。
それも一瞬にして、
「バーカ」
と罵ってきたキャサリンの一言にキレた。
「あんの、ブス女 ァァァァァ!!」
「地獄に落としてやらァァァァ!!」
「血祭りじゃァァァァ!!」
一気に頭に血が上がり、怒り心頭の銀時達。
荒々しい形相で、駐車していたパトカーに乗り込む。
「ちょっ…何やってんの!?どこ行くの!?」
一人だけわかっていない新八も成り行きで後ろに乗る。
「おいィィィ、ちょっとまってェェ!!それ、俺達の車なんすけど!!ちょっとォォォ!!」
勝手にパトカーに乗る四人はぎょっとする同心を無視し、そのまま急発進させる。
「おい、行っちゃったよォ!!」
「どーすんの!?」
慌てふためく中、お登勢は腕を組んでキャサリンが逃げた先を見つめていた。
四人の乗るパトカーは道路を疾走し、キャサリンを追う。
「ねェ!とりあえずおちつこうよ、三人とも」
私物を盗まれたとはいえ、パトカーに乗り込んで犯人を追いかけるとは、完全に予想外だった。
しかも、運転手は未成年の神楽である。
「僕らの出る幕じゃないですってコレ、たかが原チャリや傘で、そんなにムキにならんでもいいでしょ」
道路を走る間、そんな台詞が新八がの口から飛び出しても、銀時達は鷹揚に聞き流す。
「…アレ?響古さんは何、盗まれたんです?」
「新八、俺ぁ、原チャリなんて、ホントはどーでもいいんだ」
ふと疑問に思って隣に座る響古に訊ねると、助手席に座る銀時が口を開いた。
「そんなことよりなァ、シートに昨日借りたビデオ入れっぱなしなんだ。このままじゃ、延滞料金がとんでもない事になる、どうしよう」
「アンタの行く末がどうしようだよ!!」
「うるせえ黙れ眼鏡百回殺すぞ」
早口に言って新八を睨みつける。
完全にキレた響古を銀時なりに表せば、目つきも口も悪い、という一言に尽きる。
「神楽、もっと飛ばして。あのオバサンはねていいから」
「了解アル、響古!」
響古の精神は今にも爆発しそうだった。
拳を力いっぱい握りしめ、ばき、と音が立つほどに奥歯を噛む。
「――ムカつく!あの女の猫耳、ぶち抜いてやりたくて仕方ないわ!」
新八はぞっとして、冷や汗を流しながら銀時に訊ねた。
「……響古さん、キャラ変わってませんか?」
「ありゃ、完全にキレてら。気をつけろ、暴君サディストの降臨だ」
すると、神楽が後ろへ視線を移してこんなことを言ってきた。
「延滞料金なんて心配いらないネ。もうすぐ、レジの金がまるまる手に入るんだから」
「お前は、そのキレイな瞳のどこに汚い心隠してんだ!!」
真顔でゲス極まりない発言を、まだ幼い少女がさらりと口にする。
斬りつけるように鋭いツッコミを浴びせると、一連の騒ぎを遠巻きに眺めていた全ての読者達の胸中を代弁する。
「そもそも神楽ちゃん、免許持ってんの!なんか普通に運転してるけど」
新八のもっともな質問に、神楽は心なしか胸を張って告げる。
「人、はねるのに免許なんて必要ないアル」
「よし!よく言った」
最後に身をすくませる響古の発言が出たところで、銀時は延長したレンタルビデオの心配をする。
「オイぃぃぃ!!ぶつけるつもりかァァ!!」
「お前ら、勘弁しろよ。ビデオ粉々になるだろーが」
「ビデオから頭を離せ!!」
そんな会話が繰り広げている内に、パトカーはキャサリンに追いついた。
キャサリンは後ろを見て、短い悲鳴をあげる。
背後から迫る黒髪の美女と他の三人を乗せたパトカーが、物凄い勢いで自分を追跡してくるのだ。
肩越しに後ろを見たキャサリンは必死の形相で急カーブで狭い路地へと入る。
「あっ、路地入りやがった、アイツ!!」
「ほァちゃああああ!!」
神楽も思い切りハンドルを切り、アクション映画のカースタントさながらの危険な走りで路地を突き進む。
「オイオイオイオイ」
「なんか、もうキャサリンより悪い事してんじゃないの僕ら!!」
凄まじい勢いで家屋を破壊するパトカーに、銀時と新八はようやく不安を感じたが遅かった。
「肉骨粉 に変えてやるぅぅぅッ!!」
「死ねェェェアル!キャサルィィィン!!」
主犯二人は捕まえるどころか、殺し確定で叫んでいた。
暴走が終結したのは、超加速で路地を抜けた際に曲がり切れなくなった時だった。
『あれ?あれェェェェェ!?』
弾丸のような勢いと速度でパトカーは道路を飛び越え、川にダイブした。
盛大な水飛沫をあげ、徐々に沈んでいく。
「そこまでだよ、キャサリン!!」
その様子を嘲笑いながら見下ろすキャサリンを、橋の向こう側に立つお登勢が呼び止める。
「残念だよ。あたしゃ、アンタのこと嫌いじゃなかったんだけどねェ」
従業員を募集し、面接する際に語ってくれた話を持ち出す。
「でもありゃあ、偽りの姿だったんだねェ。家族のために働いてるっていうアレ、アレもウソかい」
あくまで冷静な表情で、お登勢は噛んで含めるように言う。
それに対し、キャサリンは突き放すように忠告する。
「…お登勢サン…アナタ馬鹿ネ。世話好キ結構、デモ度ガ過ギル。私ノヨウナ奴ニツケコマレルネ」
「こいつは性分さね、もう直らんよ。でも、おかげで面白い連中とも会えたがねェ。ある男はこうさ。ありゃ、雪の降った寒い日だったねェ」
お登勢は取り出した箱から煙草を一本出し、懐かしそうに微笑んだ。
雪が、肩に淡く降り積もんでいた。
それでも、ここに立っていた。
――あたしゃ、気まぐれに旦那の墓参りに出かけたんだ。
ある冬のこと、お登勢は亡くなった夫の墓を訪れ、供物を捧げた。
――お供え物置いて立ち去ろうとしたら、墓石が口ききやがったんだ。
すると、墓石から……ではなく、その後ろから男が声をかけた。
「オーイ、ババー。それ、まんじゅうか?食べていい?腹減って死にそうなんだ」
墓石に遮られて男の顔や格好はよく見えないが、顔や手足など露出している肌に血が染みついている。
「こりゃ、私の旦那のもんだ。旦那に聞きな」
――そう言ったら間髪入れず、そいつはまんじゅう食い始めた。
「なんつってた?私の旦那」
お登勢が墓石越しに訊ねる。
それが、銀時とお登勢の出会いだった。
思い出を懐かしむように笑うお登勢めがけて、キャサリンは原付を急発進させる。
「そう聞いたら、そいつ何て答えたと思う。死人が口聞くかって、だから一方的に約束してきたって言うんだ」
一気に距離を詰める原付にひかれるにもかかわらず、お登勢は続ける。
「この恩は忘れねェ。アンタのバーさん…老い先短い命だろうが」
その間にも猛スピードで近づいてくる原付。
――この先は、あんたの代わりに俺が護ってやるってさ。
刹那、一跳び、二跳び、三跳び、まるで地面を飛翔 するように、壮絶な勢いで駆ける銀時がキャサリンの背後に跳んできた。
お登勢が笑みを浮かべた瞬間、木刀が振り下ろされる。
脳天に銀時の木刀によって振り下ろされた、たんこぶをのっけて、キャサリンは同心に捕まった。
持ち逃げ事件の犯人が捕まったことで銀時、響古、お登勢は橋の手摺に寄りかかり、一安心する。
しかし、三人の会話はあまり明るくはなかった。
「仕事くれてやった恩を仇で返すなんて」
「仁義を解さない奴ってのは、男も女もみにくいねェ、ババァ」
視界の片隅で、新八はキャサリンが盗んだ金品をネコババする神楽を引き止める。
「家賃も払わずに、人ん家の二階住みついてる奴はみにくくないのかィ?」
できれば聞きたくない。
しかし、聞かないままでいるのは許されない情報。
「ババァ。人間なんて、みんなみにくい生き物さ」
銀時は遠い目で先程の発言を撤回する。
「しょせん、欲望の塊ですもん」
響古は不真面目というより達観した面持ちでぼそりとつぶやく。
「言ってることメチャクチャだよ、アンタ!響古は悲観的過ぎ!」
二人のハチャメチャな発言につっこんだお登勢は気を取り直して告げる。
「まァ、いいさ。今日は世話んなったからね。今月の家賃くらいはチャラにしといてやるよ」
「マジでか?ありがとう、ババァ。再来月は必ず払うから」
「なに、さりげなく来月スッ飛ばしてんだ!!」
そして、いつものように始まる二人の会話を、響古はクスクスと笑いながら聞いていた。
肩には盗まれて取り返した長く細い棒を、大事に離さないように持っている。
「おかわりヨロシ?」
「てめっ、何杯目だと思ってんだ。ウチは定食屋じゃねーんだっつーの」
遠慮を知らない少女の食欲旺盛さに、お登勢はこめかみを引くつかせる。
「ここは酒と健全なエロをたしなむ店…親父の聖地、スナックなんだよ。そんなに飯食いてーならファミレス行って、お子様ランチでも頼みな!!」
もっともな意見である。
だが、神楽は力強く訴えた。
「ちゃらついたオカズに興味ない。たくあんでヨロシ」
「食う割には嗜好が地味だな、オイ」
途中でつき合いきれなくなったのか、お登勢が叫ぶ。
「ちょっとォ!!銀時!!響古!!何だい、この
店の隅に座る三人はげっそりとして、目の下にクマをつくっている。
「5合か…まだまだこれからですね」
「もうウチには、砂糖と塩しかねーもんな」
「アハハ…あたし、かなり痩せた」
銀時と響古は好物のチョコレートパフェを食べているというのに顔色が悪い。
「なんなんだい、アイツら。あんなに憔悴(ショウスイ)しちまって…ん?」
訝しげに思いつつ振り向くと、神楽はカウンターの上に正座して炊飯器を持ち上げ、まるで飲み込むかのように食べていた。
「ってオイぃぃぃ!!まだ食うんかいィィ!!ちょっと、誰か止めてェェェ!!」
目についた食べ物を片っぱしから掴んで口に入れ、豪快に咀嚼し、がつがつ食らう神楽。
本能めいた何かに突き動かされて飲み食いする少女を、顔を真っ青にさせたお登勢は助けを求めて叫ぶ。
銀時と響古の話――神楽が万事屋の従業員として入った経緯を聞き、お登勢は納得する。
「へェ~。じゃあ、あの娘も出稼ぎで
「オレだって、好きで置いてる訳じゃねぇよ。あんな胃拡張娘」
しかめ面で本音をこぼした途端、ガラスのコップが横合いに飛んできた。
後頭部に直撃した銀時は白目を剥いてテーブルに突っ伏す。
「なんか言ったアルか?」
「「言ってません」」
ぶん投げた張本人が訊ねると、新八とお登勢は声を揃える。
二人のやり取りに、響古は溜め息をついて口を挟んだ。
「余計なこと言うからよ」
「いだだだ」
頭を押さえる銀時に、猫耳を生やした顔の濃い女性がハンカチを差し出した。
「アノ、大丈夫デスカ?コレデ、頭冷ヤストイイデスヨ」
「あら?初めて見る顔だな」
「新入りさん?」
(確かに初めて見る、おかっぱ頭のおばさん。ん?猫耳?え?顔に合ってないし!はっきり言って似合ってない!)
なんて本音は響古は勿論、口に出さない。
キャサリンは丁寧に頭を下げ、自己紹介する。
「ハイ、今週カラ働カセテイタダキマス。キャサリン言イマス」
「キャサリンも出稼ぎで
お登勢が新しく雇った従業員を説明し、銀時は感嘆する。
「たいしたもんだ。どっかの誰かなんて、己の食欲を満たすためだけに…」
またもや横合いからガラスのコップが飛んできた。
再び直撃した銀時は白目を剥いてテーブルに突っ伏す。
「なんか言ったアルか?」
『言ってません』
敬語で答える新八とお登勢にキャサリンも加わる。
その光景を、呆れた感じで響古は眺める。
「すんませーん」
すると、一声かけて同心が警察手帳を見せて入ってきた。
「あの、こーゆうもんなんだけど、ちょっと捜査に協力してもらえない?」
「なんかあったんですか」
「うん、ちょっとね。このへんでさァ、店の売り上げ持ち逃げされる事件が多発してね。なんでも犯人は不法入国してきた天人らしいんだが、この辺はそーゆー労働者多いだろ。なんか知らない?」
「知ってますよ。犯人はコイツです」
瞬間、神楽は自分を指差していた彼の指を怪力でへし折った。
「おまっ…お前、何さらしてくれとんじゃァァ!!」
「下らない冗談嫌いネ」
銀時は曲がった指を見て激しく動揺するが、神楽は腕を組み、冷ややかな眼差しを送る。
「てめェ故郷に帰りたいって言ってただろーが!!この際、強制送還でもいいだろ!!」
「そんな不名誉な帰国、御免こうむるネ。いざとなれば、船にしがみついて帰る。こっち来る時も成功した、なんとかなるネ」
かなり危ない渡航方法を、神楽は不遜にしてみせた。
船にしがみついて帰る……それはもう、ただの不法入国ではないか。
「不名誉どころかお前、ただの犯罪者じゃねーか」
いきなり剣呑な発言をする神楽に、銀時はつっこんだ。
ギャーギャーと騒ぐ様子を見た同心は肩をすくませ、お登勢に話しかける。
「…なんか、大丈夫そーね」
「あぁ、もう帰っとくれ。ウチはそんなわるい娘雇ってな…」
突如、エンジン音が響き、お登勢は驚いて外に飛び出す。
「アバヨ。腐レババア」
原付に乗ったキャサリンがレジや宝石、番傘や長い棒を縄で固定し、捨て台詞を吐いた。
「キャ…キャサリン!!」
盗んだ金品や宝飾品を積んで逃走する後ろ姿に、お登勢は呆然とつぶやく。
「まさか、キャサリンが…」
すぐに状況を察した新八が慌てて店内を見渡し、金品の紛失を告げた。
「お登勢さん、店の金、レジごとなくなってますよ!」
「あれ。俺の原チャリもねーじゃねーか」
「あ…そういえば、私の傘もないヨ」
直後、二階の万事屋から絶叫が
「あ、あああああっ!!」
四人はその絶叫に驚きつつ、何事かと辺りを見渡す。
「銀時ィィィィィ!!」
その大声に振り仰ぐと頭上、二階から飛び降りてきた響古の姿が見えた。
へ?と目を見張ったのも一瞬、銀時はすぐに気づき、黒髪の恋人の身体を優しく受け止める。
横抱え、いわゆるお姫様抱っこの形だった。
「な、な、ない、のよ!アレ、アレが!」
「響古、落ちつけ」
銀時が困って見やると、わななき声だった響古は
冷静な表情を取り戻した響古を確認して、銀時はゆっくりと降ろす。
それも一瞬にして、
「バーカ」
と罵ってきたキャサリンの一言にキレた。
「あんの、ブス
「地獄に落としてやらァァァァ!!」
「血祭りじゃァァァァ!!」
一気に頭に血が上がり、怒り心頭の銀時達。
荒々しい形相で、駐車していたパトカーに乗り込む。
「ちょっ…何やってんの!?どこ行くの!?」
一人だけわかっていない新八も成り行きで後ろに乗る。
「おいィィィ、ちょっとまってェェ!!それ、俺達の車なんすけど!!ちょっとォォォ!!」
勝手にパトカーに乗る四人はぎょっとする同心を無視し、そのまま急発進させる。
「おい、行っちゃったよォ!!」
「どーすんの!?」
慌てふためく中、お登勢は腕を組んでキャサリンが逃げた先を見つめていた。
四人の乗るパトカーは道路を疾走し、キャサリンを追う。
「ねェ!とりあえずおちつこうよ、三人とも」
私物を盗まれたとはいえ、パトカーに乗り込んで犯人を追いかけるとは、完全に予想外だった。
しかも、運転手は未成年の神楽である。
「僕らの出る幕じゃないですってコレ、たかが原チャリや傘で、そんなにムキにならんでもいいでしょ」
道路を走る間、そんな台詞が新八がの口から飛び出しても、銀時達は鷹揚に聞き流す。
「…アレ?響古さんは何、盗まれたんです?」
「新八、俺ぁ、原チャリなんて、ホントはどーでもいいんだ」
ふと疑問に思って隣に座る響古に訊ねると、助手席に座る銀時が口を開いた。
「そんなことよりなァ、シートに昨日借りたビデオ入れっぱなしなんだ。このままじゃ、延滞料金がとんでもない事になる、どうしよう」
「アンタの行く末がどうしようだよ!!」
「うるせえ黙れ眼鏡百回殺すぞ」
早口に言って新八を睨みつける。
完全にキレた響古を銀時なりに表せば、目つきも口も悪い、という一言に尽きる。
「神楽、もっと飛ばして。あのオバサンはねていいから」
「了解アル、響古!」
響古の精神は今にも爆発しそうだった。
拳を力いっぱい握りしめ、ばき、と音が立つほどに奥歯を噛む。
「――ムカつく!あの女の猫耳、ぶち抜いてやりたくて仕方ないわ!」
新八はぞっとして、冷や汗を流しながら銀時に訊ねた。
「……響古さん、キャラ変わってませんか?」
「ありゃ、完全にキレてら。気をつけろ、暴君サディストの降臨だ」
すると、神楽が後ろへ視線を移してこんなことを言ってきた。
「延滞料金なんて心配いらないネ。もうすぐ、レジの金がまるまる手に入るんだから」
「お前は、そのキレイな瞳のどこに汚い心隠してんだ!!」
真顔でゲス極まりない発言を、まだ幼い少女がさらりと口にする。
斬りつけるように鋭いツッコミを浴びせると、一連の騒ぎを遠巻きに眺めていた全ての読者達の胸中を代弁する。
「そもそも神楽ちゃん、免許持ってんの!なんか普通に運転してるけど」
新八のもっともな質問に、神楽は心なしか胸を張って告げる。
「人、はねるのに免許なんて必要ないアル」
「よし!よく言った」
最後に身をすくませる響古の発言が出たところで、銀時は延長したレンタルビデオの心配をする。
「オイぃぃぃ!!ぶつけるつもりかァァ!!」
「お前ら、勘弁しろよ。ビデオ粉々になるだろーが」
「ビデオから頭を離せ!!」
そんな会話が繰り広げている内に、パトカーはキャサリンに追いついた。
キャサリンは後ろを見て、短い悲鳴をあげる。
背後から迫る黒髪の美女と他の三人を乗せたパトカーが、物凄い勢いで自分を追跡してくるのだ。
肩越しに後ろを見たキャサリンは必死の形相で急カーブで狭い路地へと入る。
「あっ、路地入りやがった、アイツ!!」
「ほァちゃああああ!!」
神楽も思い切りハンドルを切り、アクション映画のカースタントさながらの危険な走りで路地を突き進む。
「オイオイオイオイ」
「なんか、もうキャサリンより悪い事してんじゃないの僕ら!!」
凄まじい勢いで家屋を破壊するパトカーに、銀時と新八はようやく不安を感じたが遅かった。
「
「死ねェェェアル!キャサルィィィン!!」
主犯二人は捕まえるどころか、殺し確定で叫んでいた。
暴走が終結したのは、超加速で路地を抜けた際に曲がり切れなくなった時だった。
『あれ?あれェェェェェ!?』
弾丸のような勢いと速度でパトカーは道路を飛び越え、川にダイブした。
盛大な水飛沫をあげ、徐々に沈んでいく。
「そこまでだよ、キャサリン!!」
その様子を嘲笑いながら見下ろすキャサリンを、橋の向こう側に立つお登勢が呼び止める。
「残念だよ。あたしゃ、アンタのこと嫌いじゃなかったんだけどねェ」
従業員を募集し、面接する際に語ってくれた話を持ち出す。
「でもありゃあ、偽りの姿だったんだねェ。家族のために働いてるっていうアレ、アレもウソかい」
あくまで冷静な表情で、お登勢は噛んで含めるように言う。
それに対し、キャサリンは突き放すように忠告する。
「…お登勢サン…アナタ馬鹿ネ。世話好キ結構、デモ度ガ過ギル。私ノヨウナ奴ニツケコマレルネ」
「こいつは性分さね、もう直らんよ。でも、おかげで面白い連中とも会えたがねェ。ある男はこうさ。ありゃ、雪の降った寒い日だったねェ」
お登勢は取り出した箱から煙草を一本出し、懐かしそうに微笑んだ。
雪が、肩に淡く降り積もんでいた。
それでも、ここに立っていた。
――あたしゃ、気まぐれに旦那の墓参りに出かけたんだ。
ある冬のこと、お登勢は亡くなった夫の墓を訪れ、供物を捧げた。
――お供え物置いて立ち去ろうとしたら、墓石が口ききやがったんだ。
すると、墓石から……ではなく、その後ろから男が声をかけた。
「オーイ、ババー。それ、まんじゅうか?食べていい?腹減って死にそうなんだ」
墓石に遮られて男の顔や格好はよく見えないが、顔や手足など露出している肌に血が染みついている。
「こりゃ、私の旦那のもんだ。旦那に聞きな」
――そう言ったら間髪入れず、そいつはまんじゅう食い始めた。
「なんつってた?私の旦那」
お登勢が墓石越しに訊ねる。
それが、銀時とお登勢の出会いだった。
思い出を懐かしむように笑うお登勢めがけて、キャサリンは原付を急発進させる。
「そう聞いたら、そいつ何て答えたと思う。死人が口聞くかって、だから一方的に約束してきたって言うんだ」
一気に距離を詰める原付にひかれるにもかかわらず、お登勢は続ける。
「この恩は忘れねェ。アンタのバーさん…老い先短い命だろうが」
その間にも猛スピードで近づいてくる原付。
――この先は、あんたの代わりに俺が護ってやるってさ。
刹那、一跳び、二跳び、三跳び、まるで地面を
お登勢が笑みを浮かべた瞬間、木刀が振り下ろされる。
脳天に銀時の木刀によって振り下ろされた、たんこぶをのっけて、キャサリンは同心に捕まった。
持ち逃げ事件の犯人が捕まったことで銀時、響古、お登勢は橋の手摺に寄りかかり、一安心する。
しかし、三人の会話はあまり明るくはなかった。
「仕事くれてやった恩を仇で返すなんて」
「仁義を解さない奴ってのは、男も女もみにくいねェ、ババァ」
視界の片隅で、新八はキャサリンが盗んだ金品をネコババする神楽を引き止める。
「家賃も払わずに、人ん家の二階住みついてる奴はみにくくないのかィ?」
できれば聞きたくない。
しかし、聞かないままでいるのは許されない情報。
「ババァ。人間なんて、みんなみにくい生き物さ」
銀時は遠い目で先程の発言を撤回する。
「しょせん、欲望の塊ですもん」
響古は不真面目というより達観した面持ちでぼそりとつぶやく。
「言ってることメチャクチャだよ、アンタ!響古は悲観的過ぎ!」
二人のハチャメチャな発言につっこんだお登勢は気を取り直して告げる。
「まァ、いいさ。今日は世話んなったからね。今月の家賃くらいはチャラにしといてやるよ」
「マジでか?ありがとう、ババァ。再来月は必ず払うから」
「なに、さりげなく来月スッ飛ばしてんだ!!」
そして、いつものように始まる二人の会話を、響古はクスクスと笑いながら聞いていた。
肩には盗まれて取り返した長く細い棒を、大事に離さないように持っている。