第八十五~八十六訓
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お通のライブの帰り道での出来事。
寺門通親衛隊のメンバーは雑誌に載る新人アイドルに注目する。
「期待の新鋭アイドル、TAMA。猫耳がキュート」
満面の笑顔を浮かべる彼女の頭部には猫耳がついており、可愛らしい印象だ。
「コイツ、アレだよ。こないだデビュー曲がお通ちゃんの曲おさえて、エドコン八位に入ってたな。胸クソワリー。なにがいいんだよ。こんな娘、耳とったらその辺にいそうじゃねーか」
金髪のリーゼントと出っ歯が特徴的な八兵衛が辛辣に言った。
対して、軍曹は八兵衛の意見に賛同しながらも猫耳のよさを語る。
「全くさ。猫耳なんて、邪道だよね。でも、もしお通ちゃんに猫耳があったら、もっと尋常ではない人気を博していたに違いないよ~」
「何言ってんだ軍曹。お通ちゃんはな、猫耳なんかなくても、今のままがベストでカワイイだろーが」
「タカチン~。猫耳が、萌えの対象であることは揺るがざる事実だよ。すなわち、それを認めるところから始まるわけであって、お通ちゃんはカワイイし、歌唱力も抜群だ。しかし今の時代それだけではやっていけないのも、また揺るがざる事実だよ」
萌え要素としては、ケモノ要素の部類に入る。
いわゆる"獣耳"の中でも最も長い歴史を持ち、また最もメジャーなのが猫耳である。
猫特有の可愛らしさを備える自由奔放なイメージを持ち、悪戯っぽい印象が加わるなどの効果が得られるのだ。
つまり可愛い。
「っていうか、事実揺るがされてんのは、オメーの方なんじゃねーの?この前、コイツの写真集買ってんの見たぞオイ」
「そっ、それはたまたま…」
胸ぐらを掴まれた軍曹が弁明しようと口を開くが、何者かの指が鼻に突っ込まれて遮られた。
「ぎゃあああああ!!」
『隊長ォォォォ!!』
隊員達の顔色が変わる。
背後に怒りのオーラを纏わせながら、新八が軍曹の鼻に指を突っ込んで持ち上げていた。
「軍曹ォォ!寺門通、親衛隊隊規、十四条を言ってみろォ!!」
「いだだだだだだ!!たっ…隊員は、お通ちゃん以外のアイドルを決して崇拝すことなかれ!であります」
「その通ーりだ!!軍曹ォ、貴様は親衛隊幹部でありながら、これを破ったァァ!!よって、鼻フックデストロイヤーの刑に処す!!」
人目もはばからず大声をあげ制裁を加える新八に、批難の眼差しや小声が飛び交う。
「いやねー。最近の若者は一体、何考えてんのかしら」
「ちょっ、やめてください」
別の席から届いた女性の声に、皆の視線がそちらに向かう。
「なんだよ~、オイ。一杯つきあってくれよ、ネーちゃん」
バンダナを頭から被った若い女性に絡むのは、酔っ払い親父の松平だった。
「ちょっ、離して」
「オジさんを一人にしないでくれよう。オジさんはただ、グチをきいてほしいだけなの」
馴れ馴れしく肩を抱き、嫌がる女性に絡む姿は、とても警察の人間には見えない。
「いやねー、今度は酔っ払いよ。これだから最近の大人は…」
「世も末だわ」
善良な人なら注意し、普通の人でも大体は迷惑そうな顔くらいはするだろう。
しかし松平は周囲の眼差しを気にすることなく絡み続ける。
「オジさん、今度もしかしたら切腹になるかもしれなくてさァ。ヤベーんだよ。それというのもさァ、俺の部下が、カブト虫一匹とってこれねー無能な連中でさァ…」
「止めて、寄らないで、くさい!」
「あっ、お前、くさいはないんじゃないの!?」
「キャアアア!!止めてー!!いや!!誰か…誰か、助け」
その時、横から飛んできた軍曹が松平に体当たり。
「ぐわっ!!」
巨漢である軍曹の重みで松平は押し潰される。
松平のセクハラ行為から解放された女性は驚きと共に視線を向ける。
そこには、いかにも不愉快そうな目つきで、1階のスナックに住む従業員を猫耳年増女だと侮蔑する新八がいた。
「なーにが猫耳だァ?ウチの下にもなァ、猫耳が住んでるけど、あんなもの獣人だぞ」
しかし一体、どんな人生を送ってきたら、こんな目つきになるのか。
その少年の、猫耳に対する恨み辛みが燃えるような怒り感情が電車内に響き渡る。
「猫耳なんて、クソくらえじゃああ!!何が萌だァ!?猫耳なんて、燃えちまえばいいんだ!!」
不意に、一人の女性が新八達の前に現れた。
「あの…」
「なんだァ!?今とりこみ中だァ!!」
すると、女性は頭に被ったバンダナを取って礼を述べた。
「あの、助けていただいて、ありがとうございます。勇気のある方なんですね。男らしくて、素敵でした」
黒髪をショートカットにした、可愛らしい顔立ち。
彼女の髪の上からピョコンと突き出しているものがあった。
一言で言えば猫耳だ。
新八含め、親衛隊メンバーに激震が走る。
――…猫耳なんて、猫耳なんて…猫耳なんて、萌えちまえええ!!
頭の上で自己主張する猫耳の圧倒的な存在に、彼らは呆気なく撃沈する。
第八十五訓
ネットでも最低限のエチケットはもって
電車での一件があってから、数日後の志村家。
妙と共に朝食を取る新八は、どこか変であった。
「新ちゃん、新ちゃん、そこ、鼻の穴よ」
妙に指摘されるまで、新八はご飯を鼻に詰め込んでいた。
「何?それは私の料理なんて食えるかという無言の抵抗?」
「いえ、違います。すいません、ボーッとしてて」
新八が猫耳少女を救ったのは数日前のこと、その時までは元気だった。
しかし、最近はボーッとしたまま、あらぬ方向を見つめ、物思いにふけって深い溜め息もついている。
「…どうしたの、新ちゃん。近頃ちょっと変よ。銀さんと響古さんからもきいてるのよ。最近、ツッコミが冴えてないって…」
どこか元気のない弟の様子を二人から聞いた妙は眉根を寄せ、数少ないツッコミ役の存在を懸念する。
「しっかりしないとダメよ、あなたがツッコまないとこの世界は、ボケが飽和して管理人の手に負えなくなり、崩壊してしまうんだから」
弟の心配よりも銀紅の世界崩壊を懸念する妙の発言に、つっこむ気力すらない。
「すいません」
「すいませんじゃなくて、今のもツッコむところでしょ。『お前の発言が世界を崩壊させるわ!』とか」
「すいません。じゃ、今からやります」
その言葉通り、新八はつっこむ。
「お前の発言が………」
「誰がお前かァァァ!!」
その瞬間、妙はテーブルを蹴りでひっくり返し、顔面にぶつけてきた。
朝食を終えて万事屋に出勤する新八の心は依然、上の空。
――ああ、僕は一体、どうしてしまったんだ。
――あれから、あの娘の顔が離れられない。
――なんかもう、胸が痛い、しんどい。
これまで経験したことのない感情に脈打つ胸を押さえる。
彼女の顔を思い描くと、赤面して息を吐いた。
――何をやっても思い浮かぶのは、あの猫耳の娘の顔ばかり。
――お通ちゃん以外の異性にこんな感情を抱くなんて…恐るべし、猫耳。
これまで人気アイドルのお通以外の異性にときめくことはなかった新八は、不可思議な想いに翻弄されていた。
ハッと思い直すと突然、頭を電柱に打ちつける。
――イカンイカンイカンイカン。
――僕はお通ちゃん一筋だ、浮気なんてしないぞ。
かなり乱暴な方法で落ち着かせると、電車内で言われた猫耳少女の言葉を思い出す。
(――「あの、ぜひ、お礼がしたいんで、住所とか教えていただけますか?」――)
自分によくあんなことが言われたものだと思うし、猫耳少女の可愛らしい反応を思い出せば頬が緩む。
――…そういや、そんな事言ってたな…お礼ってなんだろ…私をもらって的な…イカンイカンイカンイカン、僕は寺門通親衛隊隊長、志村新八だ!!
――浮気なんて絶対許されない!!
頭を電柱に打ちつける不審な行動を目にした通行人は目を剥き、なるべく離れるよう遠回りする。
一種、近寄りがたい雰囲気を醸し出していると、凜としたソプラノの声で名前を呼ばれた。
「――新八、さっきから何やってるの?」
新八って誰だっけ?と間抜けたことを考えた新八は、一瞬の沈黙の後、突然呼ばれた自分の名前に驚く。
「うわぁっ!?」
新八はびっくりして後ずさった。
すぐ横、黒髪ポニーテールの美女が彼の顔を至近距離で覗き込んできた。
「きょ、響古さん!?い、いきなりなんなんですか!?」
「あら。何回も呼んだのに気づかないのは新八の方よ」
艶やかな黒髪を掻き上げ、つんとした勝ち気な美貌に怪訝の色を浮かばせながら響古が声をかける。
確かに、猫耳少女のことで頭がいっぱいだったため、周りのことなど眼中になかった。
「いや、だからって…響古さんの顔が至近距離でやってくるのは、ちょっと……」
焦りを隠し切れずにぼそぼそと続け、響古の美貌を窺う。
白い肌、ややつり上がった漆黒の瞳が特徴的な、完璧なプロポーションを誇る容姿はいかにも勝ち気そうで、猫の性格として代表的な気まぐれさやツンデレな部分にぴったりだ。
――あぁ…響古さんに猫耳なんてついてたら、絶対カワイイんだろうな。
――想像したら萌え……。
脳内で響古の頭の上に猫耳を装着させる。
凛々しい外見とは裏腹に、絶対恥ずかしがるに違いない。
――イカンイカンイカンイカン、何を考えてるんだ、僕は!!
――銀さんに殺される!
――しかも、なんで響古さんで想像してるんだァァ!
耳まで真っ赤になって、頭を掻きむしっていると、響古が小さく吹き出した。
「もう、いつまでも女性に慣れないままじゃ、童貞がモテないわよ」
「どどどど童貞ちゃうわ!!」
何故か関西弁になる新八。
まぁそれはともかく、響古は真摯な眼差しで聞いてくる。
「新八、最近元気ない感じだけど、何かあったの?」
「あ……すみません、心配かけて。でも、たいしたことじゃないんで、気にしないでください」
「わかった。でも…もし悩みがあるのなら遠慮なく言ってね」
そこで『話してみなさい』というのではなく『悩みがあるのなら』とつけるあたりに、響古の優しさが滲み出ていた。
響古に微笑まれ、新八も笑顔を返す。
が、浮かべた微笑みもすぐに曇った。
はぁ、と溜め息。
そう言ってくれる黒髪の美女の存在が嬉しかったし、真面目に心配してくれるのだと思うと情けなくなる。
(どうしよう……いつもは銀さんと神楽ちゃんがつきまとってたから気にしなかったけど、響古さんと二人っきりってなんか緊張する……)
女子とのつきあいは苦手といっていい新八。
途端、自分の顔が赤くなるのを自覚した。
ほどよく抑えられた華やかさと凛々しさを直視できず、新八はうつむいて歩くしかない。
(ただ綺麗なだけじゃない。内面の強さが激しいんだ。だから僕は、この人に惹かれるんだ……ん?)
口に出せない、響古への淡い憧れを漏らしたところで我に返った。
(惹かれてるってなんだァァァ!!僕は何を考えてるんだァァァ!!)
新八とて、健康な十六歳の男子である。
響古ほどの美女と一緒にいられて、嬉しい気持ちは当然ある。
だが、平凡なルックスであるアイドルオタクの自分と華麗な美女では釣り合わない、と胸中で溜め息をこぼす。
――くだらない夢を見るのはやめよう。
――今まで十六年生きてきて、そんなオイシイ話はなかった。
――足元を見ろ、自分に見合った夢を見ろ、僕みたいな冴えない男に…。
歩いて数分後、二人は万事屋に着いた。
「おはようございます」
「ただいま~」
響古は別用事ということで和室、新八は居間に向かう。
「ニャオォォォォ!!」
すると、神楽が猫耳のカチューシャをつけて鳴き真似をしていた。
「どうコレ銀ちゃん、カッコイクね?」
呆然と立ち尽くす新八の前に、銀時と神楽が万時屋に届けられた郵便物を物色している。
「オイオイ、あんまり勝手にいじるんじゃねーよ。それ、新八宛てだぞ、箱に戻しとけ」
「せっかくだから響古に見せたいアル」
「響古が帰ってくる前に、新八が来るかもしれねーだろーが」
神楽に説教する一方で、銀時は四号サイズ(直径十二センチ)のケーキを美味しそうに食べている。
「なにさ。銀ちゃんだって、勝手に中に入ってたケーキ、食べてるクセにさ」
「いいんだよ。食いもんは胃袋に入れれば、証拠隠滅できるだろ。あ、ヤバ。新八来るな。戻そ」
「あっ、ズルイヨ。私、まだ一口も食べてないネ」
「あー、お前、ダメだって」
食欲を刺激されて、神楽は手掴みでケーキを頬張る。
「おーう、マイルド~」
「お前よォ、なんか最初からこんなカンジだった的な食べ方をした俺の計画がグダグダじゃねーか」
だんだん状況を理解し始めた新八のこめかみに青筋が浮かび上がる。
受取人のいない間に勝手に郵便物を開封し、勝手に物色をしている二人は後ろに佇む新八に気づいていないようで、ケーキを食べ進める。
「しょうがねーな。もうちょっとココを削ろう、お前も手伝え。丸いカンジな。丸いちっちゃいケーキをつくるカンジな」
「ウン」
「いや、そーいう丸じゃなくて、円柱っぽく…」
「ウン」
出来上がったのは苺が乗るくらいの幅しかない、細い柱のケーキ。
正直、全部食べてもらった方がマシな大きさである。
「銀ちゃんヤバイヨ。ポッキー並みのはかなさアル」
「ポッキーが何故、うまいのかしってるか?それは、はかないからだよ」
寺門通親衛隊のメンバーは雑誌に載る新人アイドルに注目する。
「期待の新鋭アイドル、TAMA。猫耳がキュート」
満面の笑顔を浮かべる彼女の頭部には猫耳がついており、可愛らしい印象だ。
「コイツ、アレだよ。こないだデビュー曲がお通ちゃんの曲おさえて、エドコン八位に入ってたな。胸クソワリー。なにがいいんだよ。こんな娘、耳とったらその辺にいそうじゃねーか」
金髪のリーゼントと出っ歯が特徴的な八兵衛が辛辣に言った。
対して、軍曹は八兵衛の意見に賛同しながらも猫耳のよさを語る。
「全くさ。猫耳なんて、邪道だよね。でも、もしお通ちゃんに猫耳があったら、もっと尋常ではない人気を博していたに違いないよ~」
「何言ってんだ軍曹。お通ちゃんはな、猫耳なんかなくても、今のままがベストでカワイイだろーが」
「タカチン~。猫耳が、萌えの対象であることは揺るがざる事実だよ。すなわち、それを認めるところから始まるわけであって、お通ちゃんはカワイイし、歌唱力も抜群だ。しかし今の時代それだけではやっていけないのも、また揺るがざる事実だよ」
萌え要素としては、ケモノ要素の部類に入る。
いわゆる"獣耳"の中でも最も長い歴史を持ち、また最もメジャーなのが猫耳である。
猫特有の可愛らしさを備える自由奔放なイメージを持ち、悪戯っぽい印象が加わるなどの効果が得られるのだ。
つまり可愛い。
「っていうか、事実揺るがされてんのは、オメーの方なんじゃねーの?この前、コイツの写真集買ってんの見たぞオイ」
「そっ、それはたまたま…」
胸ぐらを掴まれた軍曹が弁明しようと口を開くが、何者かの指が鼻に突っ込まれて遮られた。
「ぎゃあああああ!!」
『隊長ォォォォ!!』
隊員達の顔色が変わる。
背後に怒りのオーラを纏わせながら、新八が軍曹の鼻に指を突っ込んで持ち上げていた。
「軍曹ォォ!寺門通、親衛隊隊規、十四条を言ってみろォ!!」
「いだだだだだだ!!たっ…隊員は、お通ちゃん以外のアイドルを決して崇拝すことなかれ!であります」
「その通ーりだ!!軍曹ォ、貴様は親衛隊幹部でありながら、これを破ったァァ!!よって、鼻フックデストロイヤーの刑に処す!!」
人目もはばからず大声をあげ制裁を加える新八に、批難の眼差しや小声が飛び交う。
「いやねー。最近の若者は一体、何考えてんのかしら」
「ちょっ、やめてください」
別の席から届いた女性の声に、皆の視線がそちらに向かう。
「なんだよ~、オイ。一杯つきあってくれよ、ネーちゃん」
バンダナを頭から被った若い女性に絡むのは、酔っ払い親父の松平だった。
「ちょっ、離して」
「オジさんを一人にしないでくれよう。オジさんはただ、グチをきいてほしいだけなの」
馴れ馴れしく肩を抱き、嫌がる女性に絡む姿は、とても警察の人間には見えない。
「いやねー、今度は酔っ払いよ。これだから最近の大人は…」
「世も末だわ」
善良な人なら注意し、普通の人でも大体は迷惑そうな顔くらいはするだろう。
しかし松平は周囲の眼差しを気にすることなく絡み続ける。
「オジさん、今度もしかしたら切腹になるかもしれなくてさァ。ヤベーんだよ。それというのもさァ、俺の部下が、カブト虫一匹とってこれねー無能な連中でさァ…」
「止めて、寄らないで、くさい!」
「あっ、お前、くさいはないんじゃないの!?」
「キャアアア!!止めてー!!いや!!誰か…誰か、助け」
その時、横から飛んできた軍曹が松平に体当たり。
「ぐわっ!!」
巨漢である軍曹の重みで松平は押し潰される。
松平のセクハラ行為から解放された女性は驚きと共に視線を向ける。
そこには、いかにも不愉快そうな目つきで、1階のスナックに住む従業員を猫耳年増女だと侮蔑する新八がいた。
「なーにが猫耳だァ?ウチの下にもなァ、猫耳が住んでるけど、あんなもの獣人だぞ」
しかし一体、どんな人生を送ってきたら、こんな目つきになるのか。
その少年の、猫耳に対する恨み辛みが燃えるような怒り感情が電車内に響き渡る。
「猫耳なんて、クソくらえじゃああ!!何が萌だァ!?猫耳なんて、燃えちまえばいいんだ!!」
不意に、一人の女性が新八達の前に現れた。
「あの…」
「なんだァ!?今とりこみ中だァ!!」
すると、女性は頭に被ったバンダナを取って礼を述べた。
「あの、助けていただいて、ありがとうございます。勇気のある方なんですね。男らしくて、素敵でした」
黒髪をショートカットにした、可愛らしい顔立ち。
彼女の髪の上からピョコンと突き出しているものがあった。
一言で言えば猫耳だ。
新八含め、親衛隊メンバーに激震が走る。
――…猫耳なんて、猫耳なんて…猫耳なんて、萌えちまえええ!!
頭の上で自己主張する猫耳の圧倒的な存在に、彼らは呆気なく撃沈する。
第八十五訓
ネットでも最低限のエチケットはもって
電車での一件があってから、数日後の志村家。
妙と共に朝食を取る新八は、どこか変であった。
「新ちゃん、新ちゃん、そこ、鼻の穴よ」
妙に指摘されるまで、新八はご飯を鼻に詰め込んでいた。
「何?それは私の料理なんて食えるかという無言の抵抗?」
「いえ、違います。すいません、ボーッとしてて」
新八が猫耳少女を救ったのは数日前のこと、その時までは元気だった。
しかし、最近はボーッとしたまま、あらぬ方向を見つめ、物思いにふけって深い溜め息もついている。
「…どうしたの、新ちゃん。近頃ちょっと変よ。銀さんと響古さんからもきいてるのよ。最近、ツッコミが冴えてないって…」
どこか元気のない弟の様子を二人から聞いた妙は眉根を寄せ、数少ないツッコミ役の存在を懸念する。
「しっかりしないとダメよ、あなたがツッコまないとこの世界は、ボケが飽和して管理人の手に負えなくなり、崩壊してしまうんだから」
弟の心配よりも銀紅の世界崩壊を懸念する妙の発言に、つっこむ気力すらない。
「すいません」
「すいませんじゃなくて、今のもツッコむところでしょ。『お前の発言が世界を崩壊させるわ!』とか」
「すいません。じゃ、今からやります」
その言葉通り、新八はつっこむ。
「お前の発言が………」
「誰がお前かァァァ!!」
その瞬間、妙はテーブルを蹴りでひっくり返し、顔面にぶつけてきた。
朝食を終えて万事屋に出勤する新八の心は依然、上の空。
――ああ、僕は一体、どうしてしまったんだ。
――あれから、あの娘の顔が離れられない。
――なんかもう、胸が痛い、しんどい。
これまで経験したことのない感情に脈打つ胸を押さえる。
彼女の顔を思い描くと、赤面して息を吐いた。
――何をやっても思い浮かぶのは、あの猫耳の娘の顔ばかり。
――お通ちゃん以外の異性にこんな感情を抱くなんて…恐るべし、猫耳。
これまで人気アイドルのお通以外の異性にときめくことはなかった新八は、不可思議な想いに翻弄されていた。
ハッと思い直すと突然、頭を電柱に打ちつける。
――イカンイカンイカンイカン。
――僕はお通ちゃん一筋だ、浮気なんてしないぞ。
かなり乱暴な方法で落ち着かせると、電車内で言われた猫耳少女の言葉を思い出す。
(――「あの、ぜひ、お礼がしたいんで、住所とか教えていただけますか?」――)
自分によくあんなことが言われたものだと思うし、猫耳少女の可愛らしい反応を思い出せば頬が緩む。
――…そういや、そんな事言ってたな…お礼ってなんだろ…私をもらって的な…イカンイカンイカンイカン、僕は寺門通親衛隊隊長、志村新八だ!!
――浮気なんて絶対許されない!!
頭を電柱に打ちつける不審な行動を目にした通行人は目を剥き、なるべく離れるよう遠回りする。
一種、近寄りがたい雰囲気を醸し出していると、凜としたソプラノの声で名前を呼ばれた。
「――新八、さっきから何やってるの?」
新八って誰だっけ?と間抜けたことを考えた新八は、一瞬の沈黙の後、突然呼ばれた自分の名前に驚く。
「うわぁっ!?」
新八はびっくりして後ずさった。
すぐ横、黒髪ポニーテールの美女が彼の顔を至近距離で覗き込んできた。
「きょ、響古さん!?い、いきなりなんなんですか!?」
「あら。何回も呼んだのに気づかないのは新八の方よ」
艶やかな黒髪を掻き上げ、つんとした勝ち気な美貌に怪訝の色を浮かばせながら響古が声をかける。
確かに、猫耳少女のことで頭がいっぱいだったため、周りのことなど眼中になかった。
「いや、だからって…響古さんの顔が至近距離でやってくるのは、ちょっと……」
焦りを隠し切れずにぼそぼそと続け、響古の美貌を窺う。
白い肌、ややつり上がった漆黒の瞳が特徴的な、完璧なプロポーションを誇る容姿はいかにも勝ち気そうで、猫の性格として代表的な気まぐれさやツンデレな部分にぴったりだ。
――あぁ…響古さんに猫耳なんてついてたら、絶対カワイイんだろうな。
――想像したら萌え……。
脳内で響古の頭の上に猫耳を装着させる。
凛々しい外見とは裏腹に、絶対恥ずかしがるに違いない。
――イカンイカンイカンイカン、何を考えてるんだ、僕は!!
――銀さんに殺される!
――しかも、なんで響古さんで想像してるんだァァ!
耳まで真っ赤になって、頭を掻きむしっていると、響古が小さく吹き出した。
「もう、いつまでも女性に慣れないままじゃ、童貞がモテないわよ」
「どどどど童貞ちゃうわ!!」
何故か関西弁になる新八。
まぁそれはともかく、響古は真摯な眼差しで聞いてくる。
「新八、最近元気ない感じだけど、何かあったの?」
「あ……すみません、心配かけて。でも、たいしたことじゃないんで、気にしないでください」
「わかった。でも…もし悩みがあるのなら遠慮なく言ってね」
そこで『話してみなさい』というのではなく『悩みがあるのなら』とつけるあたりに、響古の優しさが滲み出ていた。
響古に微笑まれ、新八も笑顔を返す。
が、浮かべた微笑みもすぐに曇った。
はぁ、と溜め息。
そう言ってくれる黒髪の美女の存在が嬉しかったし、真面目に心配してくれるのだと思うと情けなくなる。
(どうしよう……いつもは銀さんと神楽ちゃんがつきまとってたから気にしなかったけど、響古さんと二人っきりってなんか緊張する……)
女子とのつきあいは苦手といっていい新八。
途端、自分の顔が赤くなるのを自覚した。
ほどよく抑えられた華やかさと凛々しさを直視できず、新八はうつむいて歩くしかない。
(ただ綺麗なだけじゃない。内面の強さが激しいんだ。だから僕は、この人に惹かれるんだ……ん?)
口に出せない、響古への淡い憧れを漏らしたところで我に返った。
(惹かれてるってなんだァァァ!!僕は何を考えてるんだァァァ!!)
新八とて、健康な十六歳の男子である。
響古ほどの美女と一緒にいられて、嬉しい気持ちは当然ある。
だが、平凡なルックスであるアイドルオタクの自分と華麗な美女では釣り合わない、と胸中で溜め息をこぼす。
――くだらない夢を見るのはやめよう。
――今まで十六年生きてきて、そんなオイシイ話はなかった。
――足元を見ろ、自分に見合った夢を見ろ、僕みたいな冴えない男に…。
歩いて数分後、二人は万事屋に着いた。
「おはようございます」
「ただいま~」
響古は別用事ということで和室、新八は居間に向かう。
「ニャオォォォォ!!」
すると、神楽が猫耳のカチューシャをつけて鳴き真似をしていた。
「どうコレ銀ちゃん、カッコイクね?」
呆然と立ち尽くす新八の前に、銀時と神楽が万時屋に届けられた郵便物を物色している。
「オイオイ、あんまり勝手にいじるんじゃねーよ。それ、新八宛てだぞ、箱に戻しとけ」
「せっかくだから響古に見せたいアル」
「響古が帰ってくる前に、新八が来るかもしれねーだろーが」
神楽に説教する一方で、銀時は四号サイズ(直径十二センチ)のケーキを美味しそうに食べている。
「なにさ。銀ちゃんだって、勝手に中に入ってたケーキ、食べてるクセにさ」
「いいんだよ。食いもんは胃袋に入れれば、証拠隠滅できるだろ。あ、ヤバ。新八来るな。戻そ」
「あっ、ズルイヨ。私、まだ一口も食べてないネ」
「あー、お前、ダメだって」
食欲を刺激されて、神楽は手掴みでケーキを頬張る。
「おーう、マイルド~」
「お前よォ、なんか最初からこんなカンジだった的な食べ方をした俺の計画がグダグダじゃねーか」
だんだん状況を理解し始めた新八のこめかみに青筋が浮かび上がる。
受取人のいない間に勝手に郵便物を開封し、勝手に物色をしている二人は後ろに佇む新八に気づいていないようで、ケーキを食べ進める。
「しょうがねーな。もうちょっとココを削ろう、お前も手伝え。丸いカンジな。丸いちっちゃいケーキをつくるカンジな」
「ウン」
「いや、そーいう丸じゃなくて、円柱っぽく…」
「ウン」
出来上がったのは苺が乗るくらいの幅しかない、細い柱のケーキ。
正直、全部食べてもらった方がマシな大きさである。
「銀ちゃんヤバイヨ。ポッキー並みのはかなさアル」
「ポッキーが何故、うまいのかしってるか?それは、はかないからだよ」