第八十一訓
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ジャスタウェイの風鈴が風に揺れ、涼しげな音が鳴る。
だが、蝉の鳴き声がうっとしいくらいに響く万事屋では、全員汗だくでダウンしていた。
猛暑である。
「462」
「何それ?」
おもむろに、ソファに足を乗せた状態で団扇 を扇ぐ新八が口を開いた。
それに、水を張った桶に足を入れる銀時がアイスを食べながら聞き返す。
「今年の夏、熱中症でぶっ倒れた人の数ですよ」
「マジでか」
扇風機を陣取る神楽はぼそりとつぶやき、パタパタと扇子で扇ぐ響古が補足した。
「そーいえば…熱中症って、家の中でもなるわしいわよ」
台所では、定春が冷蔵庫に顔を突っ込んでいる。
家の中は日陰だから涼しいなんて思っちゃダメ。
湿気大国日本の夏はどこにいても蒸し風呂状態。
そりゃ500人近くの熱中症患者も出るってもの。
この島国に涼しい場所なんてない。
エアコン完備の家くらいのものなんだ。
「銀さん、響古さん、やっぱエアコン買いましょうよ。今年の猛者は、扇風機だけじゃ乗り切れませんってコレ」
「バカ言ってんじゃねーよ、そんな金、どこにあんだ?」
各地で猛暑が続き、エアコンを買おうと言い出す新八。
だが、銀時は万事屋の苦しい金銭面から却下する。
「エアーをコンディショニングする暇があるなら、マインドをコンディショニングする術を覚えろ。心頭滅却すれば、南極もまた北極だよ」
四方に風を送る扇風機を追いかける神楽。
響古も扇風機へ寄って、涼しい風に表情を緩ませる。
「ああ~、涼しい~」
だが、そこに誤算があった。
涼しさに気を取られて、周囲の目を気にすることなく服の乱れに無頓着になっているのだ。
「銀さん、言っとくけど南極は南って言ってるけど、別に常夏じゃないからね」
「あん?わかってるよ、お前、南極がお前、常夏のパラダイスなわけねーだろ。つまり俺が言いたいのは、心頭滅却してもアレ…何も変わらないよね」
扇風機を独占する神楽の頭をスリッパで叩き、あっさりと自論を捨てる。
上の会話の台無しさに新八は顔を歪めた。
「恥ずかしい!間違いを隠すために自論を捨てやがったよ!ひどいよこの人!上のやりとりが全てパーだよ!」
そして頭を叩かれたというのに、神楽は平然としていて見惚れていた。
「……蝶が舞ってるように見えるヨ」
少女の熱視線の先には、扇風機で涼む響古がいた。
丈の短い浴衣をひらひらさせ、前屈みになって胸元から風を取り入れようとしたり、浴衣を脱いでタンクトップをまくり上げ、お腹の方から風を取り入れようとする。
それは実にチラチラとチラリズム溢れる光景だった。
「あの無防備な表情と見えそうで見えない感じのコラボレーション。あの無防備さにわき上がる期待感」
先程とは打って変わって凄まじい自論を述べる銀時。
ただ、内容が凄まじく馬鹿らしかった。
「もう少し、もう少し!しかし、ギリギリのところまで見えない、見えていても一瞬。だからこそ想像がわき上がるんだ!想像は果てをしらない!そう、限界が存在しないんだ!」
暑さで汗を流し、浴衣を着崩し、乱れた荒い息で喘ぐ響古を想像してごらん?
響古が汗を掻き、真っ赤になってだらしなく浴衣を着崩し、胸元を開いて手で風を送り込んだり、浴衣をパタパタさせて太ももと禁断の布地を覗かせたり、バレッタで止めた長い黒髪を掻き上げ、漆黒の瞳を色っぽく潤ませたり――。
「おぞましい程気持ち悪い自論ね。チラリズム…確かに素晴らしいのは認めるわ」
冷ややかな目はそのままだが、いつもの毒舌は暑さによって軽減している。
「だいたいこんな日に外出てみろ、エアコン買う前にバタンキューだ。こういう日はおとなしく家でゴロゴロしてるのに限るの」
神楽の横に座って扇風機を自分の方に向ける銀時の髪が風にあおられてたなびく。
風が来なくなって汗の吹き出した神楽がまたそれを奪い返し、銀時も負けじと自分も風を浴びようと二人で扇風機を取り合う。
「ハァー。頼みの綱は扇風機だけか、みんな、大事に使いましょうね」
溜め息をついて忠告した直後、扇風機の頭が折れた。
初夏を迎えた昼下がりは暑かった。
うだるような[#ruby=暑気_しょき#]と焼けつく日差しが、原付に乗る銀時と響古に照りつける。
「あ、やっぱダメだ、心頭滅却しても暑いもんは暑い。誰だ、こんないい加減な格言残した奴は?」
お前である。
「つーか、なんでこんな暑い日に扇風機なんか買いにいかなきゃならねーんだ。腹立つ」
扇風機が壊れた。
万事屋唯一の涼みグッズが。
熱中症でバッタバッタと人が倒れていくこの夏に。
「腹立つのはこっちよ。誰のせいだと思ってんの?」
「あん?なんだ、俺のせいだって言いてーのか?」
銀時が目線を後ろに流すと恨めしそうに言ってくる。
「そーよ。アンタと神楽が余計なことしなきゃ、扇風機が壊れてなかったら、今頃家で……あ、どっちみち暑い」
仕方なく買いに行くしかない。
だがお金もない。
「腹立つから、エアコンに乗りかえてやろうかな。なァ、おっさん、いいかな?」
銀時は何故か、隣で信号待ちしていた運転手に話しかける。
「え?…いや、まァ、いいんじゃないの」
「いいわけねーだろ。エアコン買う金なんてどこにあんだ?余計な口を挟むな」
「自分からきいといて、突き放すのかよ」
暑さで思考がうまく働かない銀時の独り言は続く。
「つーか、なんかおかしくねーか。なんで、涼しくなるためのマシーンを汗だくになって買いにいかなきゃならねーんだ?」
「だから、家でじっと……しても暑いんだった」
「埋蔵金を埋蔵金で掘るようなもんじゃねーか。飲む前に飲むようなもんじゃねーか。次の扇風機がウチに来ても、とりあえず無視だな。三日三晩壁にむかって微風を吹かせ続けてやるよ」
「なっ。この暑い中買いにいってんのに、扇風機にそんな扱いするなら扇風機はあたしのモノだから。『響古様専用』って書くから」
「あー、腹立つ ホント、エアコン買おうかな。あ、でも金ねーんだ」
どうしようもない鈍い気持ちの中、信号が青に変わり、原付を発進させる。
そして、二人は扇風機を求めて電器店に訪れた。
「は?扇風機?スイマセン。ウチは置いてないわ、そーいうの」
店頭で涼みグッズを販売していた店員は怪訝そうに顔をしかめる。
「ホラ、今の時代もう、エアコンでしょ?クーラーでしょ?そんなの置いてても売れないからさァ。お兄さんとお姉さんもどう?これを機会に、エアコンに乗りかえたら?安くしとくから」
「ワォ。なら、そっちの方がいいわね」
「マジっすか。じゃ、お願いします。あの、お金の方は、これ位でなんとかしてほしいんですけど」
財布の中身を見せた途端、店員は二人から目を逸らし、商品を売り込む。
「よってらっしゃい、見てらっしゃーい!夏の大売り出しだよ~~~!!」
「アレ?おじさん?おかしいぞ、おじさんが目を合わせてくれなくなった、おじさーん」
「なによ、安くするって言ったのに」
確かに安くするとは言いましたが、銀時が出した予算に問題があると思います。
最初の電器店ではエアコンに乗り換えるようしつこく言ってくる店員に予算を見せれば瞬間的にシカトへ移行。
「扇風機?ないない。骨董屋にでもいった方がいいんじゃないの?」
売ってないどころか骨董品扱いされ、仕方なく次の店へ。
扇風機と聞いただけで若い女性店員はヤバいと連呼する。
「何、今時扇風機使ってんの?それってヤバくない?軽くヤバくない?なに気にヤバくない?」
行く先々で言われる皮肉げな台詞と夏の暑さとうっとしい蝉の鳴き声……銀時の苛立ちは急上昇。
「扇風…がはっ」
本日四度目の電器店に訪れ、店員の鼻に指を突っ込む。
まだ何もしゃべってないのにもかかわらず、この仕打ちに悶絶する。
「いだだだだだだ、何すんのォォォ!!まだ、何もしゃべってないのに!!」
「うるせーよ、どーせねーんだろ、わかってんだよ、もう裏はとれてんだよ、もう5行前で裏はとれてんだよ」
銀時の抑揚のない声に続いて、響古が鋭い眼光を放ちながら罵倒する。
「家電製品扱ってる店のくせに、扇風機置いてないってのはどーゆーことだ。客のニーズに応えてやるのがお前らの仕事だろーが。職務放棄してんじゃねーぞ」
躊躇や遠慮のない言葉に、店員のドM的快を目覚めさせたのは後の話。
灼熱の路面を走り、蝉の声で瞳孔が開きつつある。
信号待ちの最中に空を仰ぎ、銀時は鬱憤を爆発させる。
「あー腹立つ!イライラする!あの青い空まで腹立つ!あんなに青いのに!」
「ねェ、銀…もう帰ろうよ」
「俺だって帰りてーよ!なんで扇風機如き買うのに、こんな汗だくでたらい回しにならなきゃいけねーンだ。オイ、おっさん、帰っていいかな?俺らもう、帰っていいかな?」
いつも緩んでいる目つきを険しいものに変えて、隣で信号待ちをする運転手に話しかける。
「え…いや、帰っていいんじゃねーのか」
「いいわけねーだろ!家はもう、蒸しぶろ状態なんだよ!何も知らねーくせに知ったような口をきくな!!」
困惑しつつ律儀に返すも、完全な八つ当たりをされる。
トラックを運転する強面の男は、両手で顔を覆って泣いてしまった。
「くそっ。やっぱおかしい、おかしいぞ、これは。扇風機買いにきてんだよ、涼しくなるためにきてんだよ、俺達は」
額から流れ落ちる汗を拭い、むすっとした表情のままぼやき続ける。
「なのに、暑くなる一方じゃねーか、イライラする一方じゃねーか、汗だくじゃねーか」
「初対面でいきなり話しかけて八つ当たり、しかも泣かせた…銀もなかなかのドSよね」
だが、蝉の鳴き声がうっとしいくらいに響く万事屋では、全員汗だくでダウンしていた。
猛暑である。
「462」
「何それ?」
おもむろに、ソファに足を乗せた状態で
それに、水を張った桶に足を入れる銀時がアイスを食べながら聞き返す。
「今年の夏、熱中症でぶっ倒れた人の数ですよ」
「マジでか」
扇風機を陣取る神楽はぼそりとつぶやき、パタパタと扇子で扇ぐ響古が補足した。
「そーいえば…熱中症って、家の中でもなるわしいわよ」
台所では、定春が冷蔵庫に顔を突っ込んでいる。
家の中は日陰だから涼しいなんて思っちゃダメ。
湿気大国日本の夏はどこにいても蒸し風呂状態。
そりゃ500人近くの熱中症患者も出るってもの。
この島国に涼しい場所なんてない。
エアコン完備の家くらいのものなんだ。
「銀さん、響古さん、やっぱエアコン買いましょうよ。今年の猛者は、扇風機だけじゃ乗り切れませんってコレ」
「バカ言ってんじゃねーよ、そんな金、どこにあんだ?」
各地で猛暑が続き、エアコンを買おうと言い出す新八。
だが、銀時は万事屋の苦しい金銭面から却下する。
「エアーをコンディショニングする暇があるなら、マインドをコンディショニングする術を覚えろ。心頭滅却すれば、南極もまた北極だよ」
四方に風を送る扇風機を追いかける神楽。
響古も扇風機へ寄って、涼しい風に表情を緩ませる。
「ああ~、涼しい~」
だが、そこに誤算があった。
涼しさに気を取られて、周囲の目を気にすることなく服の乱れに無頓着になっているのだ。
「銀さん、言っとくけど南極は南って言ってるけど、別に常夏じゃないからね」
「あん?わかってるよ、お前、南極がお前、常夏のパラダイスなわけねーだろ。つまり俺が言いたいのは、心頭滅却してもアレ…何も変わらないよね」
扇風機を独占する神楽の頭をスリッパで叩き、あっさりと自論を捨てる。
上の会話の台無しさに新八は顔を歪めた。
「恥ずかしい!間違いを隠すために自論を捨てやがったよ!ひどいよこの人!上のやりとりが全てパーだよ!」
そして頭を叩かれたというのに、神楽は平然としていて見惚れていた。
「……蝶が舞ってるように見えるヨ」
少女の熱視線の先には、扇風機で涼む響古がいた。
丈の短い浴衣をひらひらさせ、前屈みになって胸元から風を取り入れようとしたり、浴衣を脱いでタンクトップをまくり上げ、お腹の方から風を取り入れようとする。
それは実にチラチラとチラリズム溢れる光景だった。
「あの無防備な表情と見えそうで見えない感じのコラボレーション。あの無防備さにわき上がる期待感」
先程とは打って変わって凄まじい自論を述べる銀時。
ただ、内容が凄まじく馬鹿らしかった。
「もう少し、もう少し!しかし、ギリギリのところまで見えない、見えていても一瞬。だからこそ想像がわき上がるんだ!想像は果てをしらない!そう、限界が存在しないんだ!」
暑さで汗を流し、浴衣を着崩し、乱れた荒い息で喘ぐ響古を想像してごらん?
響古が汗を掻き、真っ赤になってだらしなく浴衣を着崩し、胸元を開いて手で風を送り込んだり、浴衣をパタパタさせて太ももと禁断の布地を覗かせたり、バレッタで止めた長い黒髪を掻き上げ、漆黒の瞳を色っぽく潤ませたり――。
「おぞましい程気持ち悪い自論ね。チラリズム…確かに素晴らしいのは認めるわ」
冷ややかな目はそのままだが、いつもの毒舌は暑さによって軽減している。
「だいたいこんな日に外出てみろ、エアコン買う前にバタンキューだ。こういう日はおとなしく家でゴロゴロしてるのに限るの」
神楽の横に座って扇風機を自分の方に向ける銀時の髪が風にあおられてたなびく。
風が来なくなって汗の吹き出した神楽がまたそれを奪い返し、銀時も負けじと自分も風を浴びようと二人で扇風機を取り合う。
「ハァー。頼みの綱は扇風機だけか、みんな、大事に使いましょうね」
溜め息をついて忠告した直後、扇風機の頭が折れた。
初夏を迎えた昼下がりは暑かった。
うだるような[#ruby=暑気_しょき#]と焼けつく日差しが、原付に乗る銀時と響古に照りつける。
「あ、やっぱダメだ、心頭滅却しても暑いもんは暑い。誰だ、こんないい加減な格言残した奴は?」
お前である。
「つーか、なんでこんな暑い日に扇風機なんか買いにいかなきゃならねーんだ。腹立つ」
扇風機が壊れた。
万事屋唯一の涼みグッズが。
熱中症でバッタバッタと人が倒れていくこの夏に。
「腹立つのはこっちよ。誰のせいだと思ってんの?」
「あん?なんだ、俺のせいだって言いてーのか?」
銀時が目線を後ろに流すと恨めしそうに言ってくる。
「そーよ。アンタと神楽が余計なことしなきゃ、扇風機が壊れてなかったら、今頃家で……あ、どっちみち暑い」
仕方なく買いに行くしかない。
だがお金もない。
「腹立つから、エアコンに乗りかえてやろうかな。なァ、おっさん、いいかな?」
銀時は何故か、隣で信号待ちしていた運転手に話しかける。
「え?…いや、まァ、いいんじゃないの」
「いいわけねーだろ。エアコン買う金なんてどこにあんだ?余計な口を挟むな」
「自分からきいといて、突き放すのかよ」
暑さで思考がうまく働かない銀時の独り言は続く。
「つーか、なんかおかしくねーか。なんで、涼しくなるためのマシーンを汗だくになって買いにいかなきゃならねーんだ?」
「だから、家でじっと……しても暑いんだった」
「埋蔵金を埋蔵金で掘るようなもんじゃねーか。飲む前に飲むようなもんじゃねーか。次の扇風機がウチに来ても、とりあえず無視だな。三日三晩壁にむかって微風を吹かせ続けてやるよ」
「なっ。この暑い中買いにいってんのに、扇風機にそんな扱いするなら扇風機はあたしのモノだから。『響古様専用』って書くから」
「あー、腹立つ ホント、エアコン買おうかな。あ、でも金ねーんだ」
どうしようもない鈍い気持ちの中、信号が青に変わり、原付を発進させる。
そして、二人は扇風機を求めて電器店に訪れた。
「は?扇風機?スイマセン。ウチは置いてないわ、そーいうの」
店頭で涼みグッズを販売していた店員は怪訝そうに顔をしかめる。
「ホラ、今の時代もう、エアコンでしょ?クーラーでしょ?そんなの置いてても売れないからさァ。お兄さんとお姉さんもどう?これを機会に、エアコンに乗りかえたら?安くしとくから」
「ワォ。なら、そっちの方がいいわね」
「マジっすか。じゃ、お願いします。あの、お金の方は、これ位でなんとかしてほしいんですけど」
財布の中身を見せた途端、店員は二人から目を逸らし、商品を売り込む。
「よってらっしゃい、見てらっしゃーい!夏の大売り出しだよ~~~!!」
「アレ?おじさん?おかしいぞ、おじさんが目を合わせてくれなくなった、おじさーん」
「なによ、安くするって言ったのに」
確かに安くするとは言いましたが、銀時が出した予算に問題があると思います。
最初の電器店ではエアコンに乗り換えるようしつこく言ってくる店員に予算を見せれば瞬間的にシカトへ移行。
「扇風機?ないない。骨董屋にでもいった方がいいんじゃないの?」
売ってないどころか骨董品扱いされ、仕方なく次の店へ。
扇風機と聞いただけで若い女性店員はヤバいと連呼する。
「何、今時扇風機使ってんの?それってヤバくない?軽くヤバくない?なに気にヤバくない?」
行く先々で言われる皮肉げな台詞と夏の暑さとうっとしい蝉の鳴き声……銀時の苛立ちは急上昇。
「扇風…がはっ」
本日四度目の電器店に訪れ、店員の鼻に指を突っ込む。
まだ何もしゃべってないのにもかかわらず、この仕打ちに悶絶する。
「いだだだだだだ、何すんのォォォ!!まだ、何もしゃべってないのに!!」
「うるせーよ、どーせねーんだろ、わかってんだよ、もう裏はとれてんだよ、もう5行前で裏はとれてんだよ」
銀時の抑揚のない声に続いて、響古が鋭い眼光を放ちながら罵倒する。
「家電製品扱ってる店のくせに、扇風機置いてないってのはどーゆーことだ。客のニーズに応えてやるのがお前らの仕事だろーが。職務放棄してんじゃねーぞ」
躊躇や遠慮のない言葉に、店員のドM的快を目覚めさせたのは後の話。
灼熱の路面を走り、蝉の声で瞳孔が開きつつある。
信号待ちの最中に空を仰ぎ、銀時は鬱憤を爆発させる。
「あー腹立つ!イライラする!あの青い空まで腹立つ!あんなに青いのに!」
「ねェ、銀…もう帰ろうよ」
「俺だって帰りてーよ!なんで扇風機如き買うのに、こんな汗だくでたらい回しにならなきゃいけねーンだ。オイ、おっさん、帰っていいかな?俺らもう、帰っていいかな?」
いつも緩んでいる目つきを険しいものに変えて、隣で信号待ちをする運転手に話しかける。
「え…いや、帰っていいんじゃねーのか」
「いいわけねーだろ!家はもう、蒸しぶろ状態なんだよ!何も知らねーくせに知ったような口をきくな!!」
困惑しつつ律儀に返すも、完全な八つ当たりをされる。
トラックを運転する強面の男は、両手で顔を覆って泣いてしまった。
「くそっ。やっぱおかしい、おかしいぞ、これは。扇風機買いにきてんだよ、涼しくなるためにきてんだよ、俺達は」
額から流れ落ちる汗を拭い、むすっとした表情のままぼやき続ける。
「なのに、暑くなる一方じゃねーか、イライラする一方じゃねーか、汗だくじゃねーか」
「初対面でいきなり話しかけて八つ当たり、しかも泣かせた…銀もなかなかのドSよね」