第七十五訓
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江戸には様々な神社が建てられている。
だが、彼らがいるのはそういったメジャーどころではない。
廃屋している、小さなお社 だった。
彼らはこぢんまりとした拝殿の扉を開け、中に上がり込んでいた。
近隣の人間が見かければ、奇妙に思ったかもしれない。
普段は閉ざされている扉が開け放たれ、三人の男が図々しく占拠しているのだから。
だが、不法侵入ではないので文句を言われる筋合いはない。
それにこの神社はとうの昔に廃れて、通行人もほとんどいなかった。
「何…では松村、出川らもきゃつらに捕獲されたと」
「うぬぬ…おのれ、真選組め」
「きけば、あの桂、高杉らも連中の追随を恐れ、江戸より身を引いているとか」
床の上で胡坐をかき、話し合う三人の男。
似たような顔立ちからして兄弟のようである。
「腰抜けどもめ。己の身命 を顧みず、国を救わんとする大和魂を忘れたか」
男の目に怒気が揺らめく。
天人を討ち払い、もう一度侍の矜持を立て直す攘夷論を掲げる。
「だが、これは好機と見てよいのではないか?]
弱腰の同胞を吐き捨てると、こんなことを言い出した。
三兄弟の長男である。
「我ら八留虎 兄弟が今、行動を起こせば桂、高杉に先んじて攘夷党の先陣をきれるというもの」
「しかし兄者、我等兄弟三人で真選組を潰せるのか?」
「特別警察などうたったところで、奴らはしょせん卑賤の出のにわか侍の集まり。奴らを統制する頭を砕けば、ただの烏合の衆となり果てるわ」
長男は一旦、言葉を切った。
もったいぶるように間を置く。
懐に手を入れると、一枚の写真を取り出した。
「的は真選組の頭脳…鬼の副長こと、土方十四郎」
写真には、煙草を吹かす土方……サングラスをかけて銃を構える沖田も写っている。
江戸の界隈にひっそりと構える定食屋。
こぢんまりとした店に、一人の客が引き戸を開けて入っていった。
「親父。いつもの頼む」
「へい」
注文を受けて店主は厨房に引っ込むと、中年の女性が驚いた声をあげる。
「アラ、土方さんが制服着てないところ、初めて見たわ」
いつもの制服を着ていないところを見ると、今日は非番のようだ。
シックな着流しに刀、煙草と公害上等な彼は紫煙を吐く。
「今日はオフだ。一人モンは、やることがなくていけねーよ」
「いたらいたで、うっとしーもんですよ」
「そーか」
「やだよ、アンタ!!」
他愛ない会話のやり取り。
――…クク、鬼の副長とあろうものが、スキだらけではないか。
他に客がいないと思いきや、土方の隣に男が座っていた。
完全に油断している標的の姿に口の端をつり上げる。
八留虎三兄弟の一人、三男が刺客として近づく。
――これならば、容易に始末できそうだ。
離れたテーブルに座る兄達に視線で合図。
あちらも了解と頷く。
――いくか。
息をひそめ、鞘から刀を抜き放つ。
ちょうどその時、土方の注文した品がやって来た。
「へい!土方スペシャル一丁!!」
土方オリジナルの、大量のマヨネーズが盛られた丼だ。
三男は思わず、調味料のマヨネーズをたっぷり使った一品に目を見張る。
――……うぷっ!!なっ…なんちゅーもん食ってんだ。
――ウェッ、見てるだけで気持ち悪くなってきた。
土方スペシャルをガツガツと食べていく様子に、胸やけがしそうな思いで絶句する。
すると、店主の声と共に新たな品がやって来た。
「へい!宇治銀時丼とカツ丼、一丁!」
銀時オリジナルの、これまた大量の小豆が盛られた丼と、ごく普通のカツ丼。
それらを注文した銀時、響古、土方が三男を挟んで、
『ん』
と顔を見合わせる。
――おいィィィィ!
――何、今度は小豆!?
片や、脂質たっぷりのマヨネーズと炭水化物の組み合わせ。
片や、甘く煮た小豆と炭水化物の組み合わせ。
三男は吐き気を催す。
――ウオェッ、何だこの店は!?
――変な奴ばっかだ!!
響古は、たんまりとかけられた大量のマヨネーズを見て眉をひそめた。
「ワォ、銀、見て。トシったら、また犬のエサ食べてる」
「オイオイ、ちょっとわりーんだけど、そちらのマヨネーズの方、席外してもらえねーか?そんなモン、横でビチャビチャ食われたら、食欲が失せるわ。ねっ、おじさん」
「え?俺?」
「だったらテメーが席外した方が得策じゃねーのか?ご飯に小豆かけて食うような、いかれた味覚の奴に定食屋に来る資格はねェ。ねっ、おじさん」
銀時どころか標的の土方にまで話しかけられ、暗殺のことなど忘れた三男はたじろぐ。
「いや…あの…」
「太古の昔から、炭水化物と甘い物は合うとされているのをしらねーのか?あんパンしかり、ケーキしかりよォ。ねっ、おじさん」
「え?いや、しらないけど」
場にそぐわない険悪な雰囲気と剣呑な表情。
案の定、一度ではピンとこなかった三男が右往左往している。
「何を味わうにもまず、それをひき立てるイレギュラーさが必要というのがわからんのか?塩気、酸味をきかせることで元ある食材の味が引き立つんだ。つまりマヨネーズだ。ねっ、おじさん」
負けじと土方もマヨネーズのよさを唱える。
二人から放たれるのは、単純な感情ではなかった。
わかり合える余地など全く存在しないと思わせる、絶対的な否定の意思。
この相手とは、たとえ状況が今後どのように変動しようとも、永遠に抗争を続けるしかないのだと直感させられる。
「いや…もうちょっと、俺にふらないでくれない、関係ないから。話しかけるなら、そっちのお姉さんに…」
適切な言葉などまるで思いつけなかったが、答える相手を代わってもらおうと、響古に視線を移した。
だが、あたしに話ふるんじゃねーよ、黙って見てやがれ、と殺気すらこもった眼差しを送られ、あえなく断念。
「俺の宇治銀時丼を、お前の犬のエサと一緒にするなよ。これはな、昔デザートと飯をバラバラに食うのがだるかったサンドイッチ将軍がつくり出した、由緒正しい食べ物なんだよ。ねっ、おじさん」
その昔、サンドイッチ伯爵はトランプゲームをしながら食事を済ませるために、この料理を発明したらしい。
「いや、誰?サンドイッチ将軍って、サンドイッチじゃないじゃん、それ。ご飯じゃん」
「それを言うなら俺のだってなァ、ご飯とマヨネーズをバラバラに食うのがたるかったバルバロッサ将軍が…」
「だから誰ェェ、その将軍達は!?マヨネーズなんて、別に必ずとらなきゃいけないものじゃないし!」
無理矢理にもほどがある提言に顔を歪めてつっこむ。
その時、響古の瞳に悪戯っ子めいた輝きが宿る。
「そんなに言うんなら、銀の宇治銀時とトシの犬のエサスペシャル、どっちが優れてるか食べ比べしてみない?ねっ、おじさん」
悪魔のような提案に、三男は顔を引きつらせた。
「ねっ、おじさんって何、ちょっとまさか俺が…」
銀時と土方、両者とも目を細める。
「いいな、それ」
「上等だ。ねっ、おじさん」
どちらもじりじりと冷たい、しかし必死さという熱情を奥に秘めた、つまりどう転んでもひどい目に遭いそうな目つきをしていた。
「待ってェェェ、全然、上等じゃないから!!何ィィ!?俺が食べるカンジになってんの!?」
「公正な判断は、赤の他人じゃないと下せないでしょ。そーいうことで。ねっ、おじさん」
響古がにっこりと笑って告げる。
ただし、その唇に浮かんだ笑みは悪魔的。
罠にかかった哀れな生け贄を観察する狩人であったやもしれない。
「頼むわ。ネおじさん」
右手に宇治銀時丼、左手に土方スペシャル。
二ついっぺんに口の中に放り込む。
揉み合い圧 し合いをしながら、入らないのを無理して詰め込んだ。
「ネおじさんって何!?なんか名前みたいに…うごっ…ムガモゴ」
口の中で混ざり合ってぐちゃぐちゃになって、もう何がなんだかわからない。
はっきり言えば……まずい。
予想外の事態に巻き込まれる弟を、顔を真っ青にさせて見守るしかない兄二人。
「どうだ、ネおじさん、俺のがうまいだろ?アレ?ネおじさん?」
もう三男の口は、ねっとりこってりぎっとり。
とうとう白目を剥いて椅子から転げ落ちた。
「ネおじさァァァん!!」
「ワォ、白目剥いて卒倒しちゃった。よっぽどキツかったのね」
刺客として近づき、なんだか理不尽な仕打ちで返り討ちにされた弟を保護し、兄達は定食屋を出た。
「…チッ、思わぬ邪魔が入ったな」
謎の二人に邪魔され、暗殺の失敗に舌打ちする。
「兄者、なんだったんだ、あの白髪頭と黒髪の女?」
「わからん…しかし、あのような美女は見たことがない」
思い馳せるように長男は言う。
だが当たり前だった。
どんな女性よりも華麗に映える美貌の人物だったのだ。
「我らが戦女神"紅天女"も、あの美しさなのだろうか…」
どちらであれ、魅惑的であることに変わりはない。
「くだらぬ詮索はよせ……まァ、いい、次郎。次はお前が行け。しくじるなよ」
一瞬だけ頬を緩めてから、気持ちを切り替えて次男に命令する。
定食屋を出て、どこへ行くわけでもなく土方は歩く。
新しい煙草に火をつけ、せっかくの休日に遭遇してしまった銀髪の男を思い出して不愉快な気分になる。
――あー、気分が悪い。
――よりによって休日に、嫌 な野郎と会っちまった。
顔を上げると、光映劇場で上映されている『となりのペドロ』の看板が目に入った。
――映画見て気分変えようと思ったが。
「ガキ向けか…見る気しねーな」
この時、土方は幼児向け映画を甘く考えていた。
タイトルから不思議な生物のペドロが主役かと思いきや。
都会から田舎の一軒家に引っ越してきた姉妹が主人公であった。
入院中の母親に会いたい妹は一人で山の向こうの病院を訪ねようとするが、途中で道に迷ってしまう。
だが、彼らがいるのはそういったメジャーどころではない。
廃屋している、小さなお
彼らはこぢんまりとした拝殿の扉を開け、中に上がり込んでいた。
近隣の人間が見かければ、奇妙に思ったかもしれない。
普段は閉ざされている扉が開け放たれ、三人の男が図々しく占拠しているのだから。
だが、不法侵入ではないので文句を言われる筋合いはない。
それにこの神社はとうの昔に廃れて、通行人もほとんどいなかった。
「何…では松村、出川らもきゃつらに捕獲されたと」
「うぬぬ…おのれ、真選組め」
「きけば、あの桂、高杉らも連中の追随を恐れ、江戸より身を引いているとか」
床の上で胡坐をかき、話し合う三人の男。
似たような顔立ちからして兄弟のようである。
「腰抜けどもめ。己の
男の目に怒気が揺らめく。
天人を討ち払い、もう一度侍の矜持を立て直す攘夷論を掲げる。
「だが、これは好機と見てよいのではないか?]
弱腰の同胞を吐き捨てると、こんなことを言い出した。
三兄弟の長男である。
「我ら
「しかし兄者、我等兄弟三人で真選組を潰せるのか?」
「特別警察などうたったところで、奴らはしょせん卑賤の出のにわか侍の集まり。奴らを統制する頭を砕けば、ただの烏合の衆となり果てるわ」
長男は一旦、言葉を切った。
もったいぶるように間を置く。
懐に手を入れると、一枚の写真を取り出した。
「的は真選組の頭脳…鬼の副長こと、土方十四郎」
写真には、煙草を吹かす土方……サングラスをかけて銃を構える沖田も写っている。
江戸の界隈にひっそりと構える定食屋。
こぢんまりとした店に、一人の客が引き戸を開けて入っていった。
「親父。いつもの頼む」
「へい」
注文を受けて店主は厨房に引っ込むと、中年の女性が驚いた声をあげる。
「アラ、土方さんが制服着てないところ、初めて見たわ」
いつもの制服を着ていないところを見ると、今日は非番のようだ。
シックな着流しに刀、煙草と公害上等な彼は紫煙を吐く。
「今日はオフだ。一人モンは、やることがなくていけねーよ」
「いたらいたで、うっとしーもんですよ」
「そーか」
「やだよ、アンタ!!」
他愛ない会話のやり取り。
――…クク、鬼の副長とあろうものが、スキだらけではないか。
他に客がいないと思いきや、土方の隣に男が座っていた。
完全に油断している標的の姿に口の端をつり上げる。
八留虎三兄弟の一人、三男が刺客として近づく。
――これならば、容易に始末できそうだ。
離れたテーブルに座る兄達に視線で合図。
あちらも了解と頷く。
――いくか。
息をひそめ、鞘から刀を抜き放つ。
ちょうどその時、土方の注文した品がやって来た。
「へい!土方スペシャル一丁!!」
土方オリジナルの、大量のマヨネーズが盛られた丼だ。
三男は思わず、調味料のマヨネーズをたっぷり使った一品に目を見張る。
――……うぷっ!!なっ…なんちゅーもん食ってんだ。
――ウェッ、見てるだけで気持ち悪くなってきた。
土方スペシャルをガツガツと食べていく様子に、胸やけがしそうな思いで絶句する。
すると、店主の声と共に新たな品がやって来た。
「へい!宇治銀時丼とカツ丼、一丁!」
銀時オリジナルの、これまた大量の小豆が盛られた丼と、ごく普通のカツ丼。
それらを注文した銀時、響古、土方が三男を挟んで、
『ん』
と顔を見合わせる。
――おいィィィィ!
――何、今度は小豆!?
片や、脂質たっぷりのマヨネーズと炭水化物の組み合わせ。
片や、甘く煮た小豆と炭水化物の組み合わせ。
三男は吐き気を催す。
――ウオェッ、何だこの店は!?
――変な奴ばっかだ!!
響古は、たんまりとかけられた大量のマヨネーズを見て眉をひそめた。
「ワォ、銀、見て。トシったら、また犬のエサ食べてる」
「オイオイ、ちょっとわりーんだけど、そちらのマヨネーズの方、席外してもらえねーか?そんなモン、横でビチャビチャ食われたら、食欲が失せるわ。ねっ、おじさん」
「え?俺?」
「だったらテメーが席外した方が得策じゃねーのか?ご飯に小豆かけて食うような、いかれた味覚の奴に定食屋に来る資格はねェ。ねっ、おじさん」
銀時どころか標的の土方にまで話しかけられ、暗殺のことなど忘れた三男はたじろぐ。
「いや…あの…」
「太古の昔から、炭水化物と甘い物は合うとされているのをしらねーのか?あんパンしかり、ケーキしかりよォ。ねっ、おじさん」
「え?いや、しらないけど」
場にそぐわない険悪な雰囲気と剣呑な表情。
案の定、一度ではピンとこなかった三男が右往左往している。
「何を味わうにもまず、それをひき立てるイレギュラーさが必要というのがわからんのか?塩気、酸味をきかせることで元ある食材の味が引き立つんだ。つまりマヨネーズだ。ねっ、おじさん」
負けじと土方もマヨネーズのよさを唱える。
二人から放たれるのは、単純な感情ではなかった。
わかり合える余地など全く存在しないと思わせる、絶対的な否定の意思。
この相手とは、たとえ状況が今後どのように変動しようとも、永遠に抗争を続けるしかないのだと直感させられる。
「いや…もうちょっと、俺にふらないでくれない、関係ないから。話しかけるなら、そっちのお姉さんに…」
適切な言葉などまるで思いつけなかったが、答える相手を代わってもらおうと、響古に視線を移した。
だが、あたしに話ふるんじゃねーよ、黙って見てやがれ、と殺気すらこもった眼差しを送られ、あえなく断念。
「俺の宇治銀時丼を、お前の犬のエサと一緒にするなよ。これはな、昔デザートと飯をバラバラに食うのがだるかったサンドイッチ将軍がつくり出した、由緒正しい食べ物なんだよ。ねっ、おじさん」
その昔、サンドイッチ伯爵はトランプゲームをしながら食事を済ませるために、この料理を発明したらしい。
「いや、誰?サンドイッチ将軍って、サンドイッチじゃないじゃん、それ。ご飯じゃん」
「それを言うなら俺のだってなァ、ご飯とマヨネーズをバラバラに食うのがたるかったバルバロッサ将軍が…」
「だから誰ェェ、その将軍達は!?マヨネーズなんて、別に必ずとらなきゃいけないものじゃないし!」
無理矢理にもほどがある提言に顔を歪めてつっこむ。
その時、響古の瞳に悪戯っ子めいた輝きが宿る。
「そんなに言うんなら、銀の宇治銀時とトシの犬のエサスペシャル、どっちが優れてるか食べ比べしてみない?ねっ、おじさん」
悪魔のような提案に、三男は顔を引きつらせた。
「ねっ、おじさんって何、ちょっとまさか俺が…」
銀時と土方、両者とも目を細める。
「いいな、それ」
「上等だ。ねっ、おじさん」
どちらもじりじりと冷たい、しかし必死さという熱情を奥に秘めた、つまりどう転んでもひどい目に遭いそうな目つきをしていた。
「待ってェェェ、全然、上等じゃないから!!何ィィ!?俺が食べるカンジになってんの!?」
「公正な判断は、赤の他人じゃないと下せないでしょ。そーいうことで。ねっ、おじさん」
響古がにっこりと笑って告げる。
ただし、その唇に浮かんだ笑みは悪魔的。
罠にかかった哀れな生け贄を観察する狩人であったやもしれない。
「頼むわ。ネおじさん」
右手に宇治銀時丼、左手に土方スペシャル。
二ついっぺんに口の中に放り込む。
揉み合い
「ネおじさんって何!?なんか名前みたいに…うごっ…ムガモゴ」
口の中で混ざり合ってぐちゃぐちゃになって、もう何がなんだかわからない。
はっきり言えば……まずい。
予想外の事態に巻き込まれる弟を、顔を真っ青にさせて見守るしかない兄二人。
「どうだ、ネおじさん、俺のがうまいだろ?アレ?ネおじさん?」
もう三男の口は、ねっとりこってりぎっとり。
とうとう白目を剥いて椅子から転げ落ちた。
「ネおじさァァァん!!」
「ワォ、白目剥いて卒倒しちゃった。よっぽどキツかったのね」
刺客として近づき、なんだか理不尽な仕打ちで返り討ちにされた弟を保護し、兄達は定食屋を出た。
「…チッ、思わぬ邪魔が入ったな」
謎の二人に邪魔され、暗殺の失敗に舌打ちする。
「兄者、なんだったんだ、あの白髪頭と黒髪の女?」
「わからん…しかし、あのような美女は見たことがない」
思い馳せるように長男は言う。
だが当たり前だった。
どんな女性よりも華麗に映える美貌の人物だったのだ。
「我らが戦女神"紅天女"も、あの美しさなのだろうか…」
どちらであれ、魅惑的であることに変わりはない。
「くだらぬ詮索はよせ……まァ、いい、次郎。次はお前が行け。しくじるなよ」
一瞬だけ頬を緩めてから、気持ちを切り替えて次男に命令する。
定食屋を出て、どこへ行くわけでもなく土方は歩く。
新しい煙草に火をつけ、せっかくの休日に遭遇してしまった銀髪の男を思い出して不愉快な気分になる。
――あー、気分が悪い。
――よりによって休日に、
顔を上げると、光映劇場で上映されている『となりのペドロ』の看板が目に入った。
――映画見て気分変えようと思ったが。
「ガキ向けか…見る気しねーな」
この時、土方は幼児向け映画を甘く考えていた。
タイトルから不思議な生物のペドロが主役かと思いきや。
都会から田舎の一軒家に引っ越してきた姉妹が主人公であった。
入院中の母親に会いたい妹は一人で山の向こうの病院を訪ねようとするが、途中で道に迷ってしまう。