第七十四訓
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深夜になってもネオンが煌めき人通りも多い歌舞伎町。
歓楽街に建ち並ぶキャバクラ『すまいる』が営業中だ。
今宵も男達が鼻の下を伸ばして店に入る。
「それでさァ、結局、野球の試合も中止。その賠償金もウチが払うことになっちゃって、神社売り飛ばしちゃったのよ」
店の控え室では、キャバ嬢達が今か今かと客に指名されるのを待っていた。
「ホント、やってられないわよ、たかが犬一匹のためにさァ。また、妹とアパート暮らしよ」
鏡を見ながら化粧をする同僚に、阿音は愚痴をこぼす。
愚痴の概要を聞いて、苦笑いをこぼした。
「だからさァ、男も犬も一緒なのよ。身勝手に捨てるといつか、そうやって復讐されるのよ」
「男は大丈夫よ、犬よりバカな生き物だから」
小馬鹿にしたように言うと、控え室に黒服ボ-イが入ってくる。
「阿音ちゃん、指名入りました。三番テーブルついて」
「また菊屋の旦那だわ。好きねー、あのエロジジーも」
お得意様の指名が入り、控え室を出る阿音の後ろで、同僚の呆れたつぶやきが漏れた。
「ねェ、だから言ったでしょ?ホントバカよねー。巫女ってだけでみんな、メロメロなんだから。ナースに巫女にスチュワーデス、女に神聖な幻想でも抱いてんのかしら?」
男にとって永遠の憧れであるこれらの職業。
ところが、イメージだけで憧れる男達を嘲笑うように言い放ち、阿音は白衣に緋袴の巫女装束で襖を開ける。
「女なんてねェ、みんな、こえだめから生まれてきてんのよ。銀蝿の飛び交う中、戦ってんのよ」
準備が整い、超実力社会である女の戦いの場へいざ向かう。
店は順調に繁盛していた。
ホールではキャバ嬢がお酒とトークを提供し、笑顔を振り撒いて接客している。
勿論、阿音も満面の笑顔を振り撒く。
「旦那~!!阿音だよォ~!また会いに来てくれたん……」
彼女がここまで愛想よくするのは理由がある。
頻繁に来ては指名を重ねてくれるのが"太い客"……つまり上客だからだ。
その時、笑顔をつくる阿音の顔が固まった。
彼女の目に飛び込んできたのは、
「げふォ、げふォ」
氷水の入った容器に客の顔を押しつけている妙の姿だ。
阿音の到着を確認すると、目を剥く客の顔を引き上げる。
「あっ、阿音ちゃんが来ましたよ~、菊屋の旦那」
「何してんの、アンタァァァ!!」
顔を真っ青にさせてうろたえる。
だけど、本人は全く気にしない。
逆に、困ったように眉を下げて伝える。
「阿音ちゃんが来るまでヘルプに入ってたんだけど、急にお尻をさらわれたものだから、ビックリして…」
「こっちがビックリだわァ!!アンタ、私のお得意様に何てことしてくれてんのよォ!!」
「ごめんなさい。私のお得意様じゃないし、いいかなって思って」
「いいわけねーだろ!大体アンタ、自分のお得意様のゴリラストーカーも、いつもボコボコにしてんだろーが!!」
言った傍から近藤が現れ、ヘルプのおりょうになだめながら怒りを露にする。
「誰がゴリラストーカーだ!失敬だぞ君!!お妙さん、ちょっとビシッと言ってやってください!早く、こっち来てください」
途端、妙は一切の表情を消して冷たさを帯びた声音で告げる。
「わかりました…消えなさい、ゴリラ」
「いや、そうじゃなくて」
「この世に、一片のDNAも残さずに消え去りなさい、ゴリラ」
「いや、そうじゃなくて」
さすが妙。
言ってることのスケールが違う。
死ぬのではなく、初めからどこにもおらず、またどうあっても生まれることのないようにDNAの消去と言った。
阿音は奥歯を噛みしめて妙を睨みつける。
いずれにせよ険悪な空気。
そして、主役のごとく一人の美女が登場する。
「ちょっと落ちつきなさいよ、アバズレ巫女さん。他のお客さんが驚いてるじゃないの」
この険悪な空気に入るなり、笑みを含んだ声で青筋を立てる阿音をなだめる。
「誰がアバズレよォ!!」
威嚇するように怒鳴り声をあげる阿音は、ハッと顔を強張らせた。
「あっ…アンタ、万事屋の!!」
「響古さん!」
それまで感情を消した妙の顔が喜びに綻び、唇を微笑みが彩る。
「アンタ、なんでこんな所にいんの!?」
「キャバクラに来るのは、なにも男だけじゃないのよ」
彼女――響古は抜群に目立つ美女である。
艶やかな黒髪とまばゆい美貌。
蠱惑的なボリュームと芸術的な均衡美を両立させる、成熟した肢体。
それらが勝手に衆目を集めてしまうのだ。
「ここ、あたしもちょくちょく通ってるの」
響古は近くを通るボーイに声をかける。
「あ、妙、お願いします」
「わかりました。妙ちゃん、指名入りました。五番テーブルお願いします」
響古からの指名が入った瞬間、妙は輝かんばかりの笑顔を浮かべる。
「響古さん!来てくれたんですね!」
「久しぶりね、妙」
とりあえず阿音がどうこう言う前に、
「あなた何様ですか?」
と聞きたくなるような、ヒロイン的にNGすぎるその大きな態度をどうにかしてください。
だってヒロインがキャバクラに通って、愛人みたいな妙がぴったり寄り添ってるんですから。
あり得ないです。
あなたはいつの時代の悪役ですか。
これでワイングラスがあったら完璧ですよ?
……まあ、萌えがないことはないですが。
いくら響古の態度が偉そうだからと、美少女が絡んでいる姿は実に素敵ですからね。
展開についていけず唖然とする阿音に、おりょうが難しい顔で仲裁に入る。
「確かにお妙もやり過ぎだけど、菊屋の旦那にも問題があったのよ。おさわりパブと勘違いしてるフシがあって、店の他の娘も嫌がってたの」
ところが、阿音は大して気にしたふうでもなく、開き直ったように言う。
「ケツさらわれた位であんだっつーのよ。ケツがなんで、二つに割れてるかしってる?それは、片方さわられても平気なようによ」
「いや、違うと思う」
怪しい証言におりょうがつっこむと、負けじと妙も言い返す。
「違うわ。お尻はね、人間が昔天使だった頃の名残よ。翼だったの」
「なにそれ?ロマンチックなつもり?」
「女の子のお尻はね、丸々っとした若々しさと成熟さを持ち合わせたものよ。ぱんっと布地を張りつめさせているのもたまらないわね」
面白がるように響古が口を挟んできた。
しかも、セクハラと訴えられそうな発言をし出す。
「響古さん…また、そんなマニアックな発言を…」
微妙に赤面するおりょうを挟んで、ずれた会話を繰り広げる響古達。
その時、影でエロジジイと嫌われている菊屋が、
「ぐへへ」
と卑しい笑い声をあげて妙に飛びかかった。
「じゃあ、乳ならどうじゃあああ!!」
両手の指を卑猥に動かし、スケベな笑みを浮かべるエロジジイ。
妙に届く瞬間、彼女は咄嗟の動きで身を屈め、羽織を掴んだ。
勢いが止まらず、菊屋は前方に投げ飛ばされる。
その拍子にテーブルに激突、ガラスの割れる音が鳴り響く。
「胸もダメです。胸はね、人間が昔、古代兵器だった頃の名残りなのよ、ミサイルなの」
パンパン、と手を叩いて名状しがたい人間の進化を説く妙に、とうとう阿音はつっこんだ。
「最終的に、人間って何だったのよ!!」
さらなる混乱を招くようにこの人も言い足した。
「女の子の胸はね、小さくても大きくてもいいわ。ぱつんと弾き返しながらも、進めば進んだだけにどこまでも沈んでいき、最後まで受け止めるかのような大きな胸。そして、なんとも繊細そうな弱々しい感じで守ってあげたくなる小さな胸。それがなんともメニアにはたまらないわね」
「アンタ、もしかしてレズなの!?」
「違う違う。あたしはバイだっての」
これに阿音は慄き、驚愕の眼差しを向ける。
ひとまず騒動は沈静したが、スナックのオーナーは深い溜め息を吐いて妙と阿音を呼び出した。
「いやいやいやいや、確かにね、ウチはおさわりパブでもないです」
キャバクラは客に酒とキャバ嬢との会話を楽しむための場所。
そのためにキャバ嬢は酒の用意をしたり、会話を盛り上げて楽しんでもらわねばならない。
風俗店のように性的サービスがないのが特徴だ。
「でもね、SMクラブでもないからね。サディスティックなプレイを楽しむ所ではないからね」
オールバックで黒いサングラスという某司会者を彷彿とさせるオーナーに、二人は相槌を打つ。
「「そーですね」」
「そーですねって…森田一義アワーでもないからね、ココは」
「「そーですね」」
「…腹立つな、コイツら」
今すぐ怒鳴りたい気持ちを抑えて、妙に向き直る。
「でさー、お妙ちゃんさァ、確かに君にはタチの悪い酔っ払いを追い払う用心棒的なことも頼んでたけど、最近ちょっとやりすぎだから、用心棒にしても」
「棒じゃないです、穴です」
「いや、そーいう問題じゃないからね、女の子がそんな事言ったらダメだからね」
健全なエロには大らかであっても、女の子がそんなこと言わないでください。
お淑やかな笑顔で飛び出す下ネタに注意し、阿音に向き直る。
「それから阿音ちゃん、君はね、お金がほしいのはわかるけど、やり方があざとすぎるね。お客さんから一杯苦情が来てるからね。『散々、貢がされた挙句捨てられた』って」
「捨ててません。また、お金を貯めてはいあがって来た男達はリサイクルするつもりです」
「そんな地球に厳しいリサイクル、きいたことないからね」
男を財布代わりとしか思っていない金づる発言。
反省の色を全く見せない二人に呆れつつ、彼は煙管を吹かす。
「まーね、二人とも、ウチの店では売れっ娘だし。ホントはね、温かい目で見守っていきたいんだけれども、核弾頭二つ所持してやってける程甘くないから、この世界」
キャバクラといえば女の戦い。
しかし、人間関係からお金が発生する仕事である。
用心棒にしてはやり過ぎる・客を金づるとしか見ていない人物を雇っていれば、いずれ店は潰れてしまうだろう。
「だから今月中にどっちか一人、店やめてもらうから」
死活問題に発展する話になった途端、二人の顔に緊張が走る。
「残ってもらうのは、この店にとって有益になる方。そうだね、明日はちょうど今月の売り上げが出る日だから。そこで、より大きい利益を上げてた方に、この店に残ってもらうから」
カスになった灰を振り落とし、オーナーの話はそこで終わった。
仕事も終わり、巫女服から着物に着替えた阿音はうつむきがちに歩く。
――冗談じゃないわよ。
――生活が苦しくなって、これから頑張らなきゃって時に…いまいましい女だわ。
あの通り、引きこもりの妹は働きたくないと言い張り、高い自給の仕事を選んだ阿音にとって、キャバクラを辞めることは今後の生活に影響する。
――思えば、私のお得意さんが一体、何人あの女の犠牲になったことか…売り上げなんて私の足元にも及ばないくせに、妙にみんなに慕われてて、そういうところも、前から気にくわなかったのよ。
先程の一悶着もこれが初めてではなく、阿音が贔屓にしていく客を、妙は何度もぶっ飛ばしている。
それなのに、彼女の周りにはいつも人が集まり、余計に阿音の神経を逆撫でる。
歓楽街に建ち並ぶキャバクラ『すまいる』が営業中だ。
今宵も男達が鼻の下を伸ばして店に入る。
「それでさァ、結局、野球の試合も中止。その賠償金もウチが払うことになっちゃって、神社売り飛ばしちゃったのよ」
店の控え室では、キャバ嬢達が今か今かと客に指名されるのを待っていた。
「ホント、やってられないわよ、たかが犬一匹のためにさァ。また、妹とアパート暮らしよ」
鏡を見ながら化粧をする同僚に、阿音は愚痴をこぼす。
愚痴の概要を聞いて、苦笑いをこぼした。
「だからさァ、男も犬も一緒なのよ。身勝手に捨てるといつか、そうやって復讐されるのよ」
「男は大丈夫よ、犬よりバカな生き物だから」
小馬鹿にしたように言うと、控え室に黒服ボ-イが入ってくる。
「阿音ちゃん、指名入りました。三番テーブルついて」
「また菊屋の旦那だわ。好きねー、あのエロジジーも」
お得意様の指名が入り、控え室を出る阿音の後ろで、同僚の呆れたつぶやきが漏れた。
「ねェ、だから言ったでしょ?ホントバカよねー。巫女ってだけでみんな、メロメロなんだから。ナースに巫女にスチュワーデス、女に神聖な幻想でも抱いてんのかしら?」
男にとって永遠の憧れであるこれらの職業。
ところが、イメージだけで憧れる男達を嘲笑うように言い放ち、阿音は白衣に緋袴の巫女装束で襖を開ける。
「女なんてねェ、みんな、こえだめから生まれてきてんのよ。銀蝿の飛び交う中、戦ってんのよ」
準備が整い、超実力社会である女の戦いの場へいざ向かう。
店は順調に繁盛していた。
ホールではキャバ嬢がお酒とトークを提供し、笑顔を振り撒いて接客している。
勿論、阿音も満面の笑顔を振り撒く。
「旦那~!!阿音だよォ~!また会いに来てくれたん……」
彼女がここまで愛想よくするのは理由がある。
頻繁に来ては指名を重ねてくれるのが"太い客"……つまり上客だからだ。
その時、笑顔をつくる阿音の顔が固まった。
彼女の目に飛び込んできたのは、
「げふォ、げふォ」
氷水の入った容器に客の顔を押しつけている妙の姿だ。
阿音の到着を確認すると、目を剥く客の顔を引き上げる。
「あっ、阿音ちゃんが来ましたよ~、菊屋の旦那」
「何してんの、アンタァァァ!!」
顔を真っ青にさせてうろたえる。
だけど、本人は全く気にしない。
逆に、困ったように眉を下げて伝える。
「阿音ちゃんが来るまでヘルプに入ってたんだけど、急にお尻をさらわれたものだから、ビックリして…」
「こっちがビックリだわァ!!アンタ、私のお得意様に何てことしてくれてんのよォ!!」
「ごめんなさい。私のお得意様じゃないし、いいかなって思って」
「いいわけねーだろ!大体アンタ、自分のお得意様のゴリラストーカーも、いつもボコボコにしてんだろーが!!」
言った傍から近藤が現れ、ヘルプのおりょうになだめながら怒りを露にする。
「誰がゴリラストーカーだ!失敬だぞ君!!お妙さん、ちょっとビシッと言ってやってください!早く、こっち来てください」
途端、妙は一切の表情を消して冷たさを帯びた声音で告げる。
「わかりました…消えなさい、ゴリラ」
「いや、そうじゃなくて」
「この世に、一片のDNAも残さずに消え去りなさい、ゴリラ」
「いや、そうじゃなくて」
さすが妙。
言ってることのスケールが違う。
死ぬのではなく、初めからどこにもおらず、またどうあっても生まれることのないようにDNAの消去と言った。
阿音は奥歯を噛みしめて妙を睨みつける。
いずれにせよ険悪な空気。
そして、主役のごとく一人の美女が登場する。
「ちょっと落ちつきなさいよ、アバズレ巫女さん。他のお客さんが驚いてるじゃないの」
この険悪な空気に入るなり、笑みを含んだ声で青筋を立てる阿音をなだめる。
「誰がアバズレよォ!!」
威嚇するように怒鳴り声をあげる阿音は、ハッと顔を強張らせた。
「あっ…アンタ、万事屋の!!」
「響古さん!」
それまで感情を消した妙の顔が喜びに綻び、唇を微笑みが彩る。
「アンタ、なんでこんな所にいんの!?」
「キャバクラに来るのは、なにも男だけじゃないのよ」
彼女――響古は抜群に目立つ美女である。
艶やかな黒髪とまばゆい美貌。
蠱惑的なボリュームと芸術的な均衡美を両立させる、成熟した肢体。
それらが勝手に衆目を集めてしまうのだ。
「ここ、あたしもちょくちょく通ってるの」
響古は近くを通るボーイに声をかける。
「あ、妙、お願いします」
「わかりました。妙ちゃん、指名入りました。五番テーブルお願いします」
響古からの指名が入った瞬間、妙は輝かんばかりの笑顔を浮かべる。
「響古さん!来てくれたんですね!」
「久しぶりね、妙」
とりあえず阿音がどうこう言う前に、
「あなた何様ですか?」
と聞きたくなるような、ヒロイン的にNGすぎるその大きな態度をどうにかしてください。
だってヒロインがキャバクラに通って、愛人みたいな妙がぴったり寄り添ってるんですから。
あり得ないです。
あなたはいつの時代の悪役ですか。
これでワイングラスがあったら完璧ですよ?
……まあ、萌えがないことはないですが。
いくら響古の態度が偉そうだからと、美少女が絡んでいる姿は実に素敵ですからね。
展開についていけず唖然とする阿音に、おりょうが難しい顔で仲裁に入る。
「確かにお妙もやり過ぎだけど、菊屋の旦那にも問題があったのよ。おさわりパブと勘違いしてるフシがあって、店の他の娘も嫌がってたの」
ところが、阿音は大して気にしたふうでもなく、開き直ったように言う。
「ケツさらわれた位であんだっつーのよ。ケツがなんで、二つに割れてるかしってる?それは、片方さわられても平気なようによ」
「いや、違うと思う」
怪しい証言におりょうがつっこむと、負けじと妙も言い返す。
「違うわ。お尻はね、人間が昔天使だった頃の名残よ。翼だったの」
「なにそれ?ロマンチックなつもり?」
「女の子のお尻はね、丸々っとした若々しさと成熟さを持ち合わせたものよ。ぱんっと布地を張りつめさせているのもたまらないわね」
面白がるように響古が口を挟んできた。
しかも、セクハラと訴えられそうな発言をし出す。
「響古さん…また、そんなマニアックな発言を…」
微妙に赤面するおりょうを挟んで、ずれた会話を繰り広げる響古達。
その時、影でエロジジイと嫌われている菊屋が、
「ぐへへ」
と卑しい笑い声をあげて妙に飛びかかった。
「じゃあ、乳ならどうじゃあああ!!」
両手の指を卑猥に動かし、スケベな笑みを浮かべるエロジジイ。
妙に届く瞬間、彼女は咄嗟の動きで身を屈め、羽織を掴んだ。
勢いが止まらず、菊屋は前方に投げ飛ばされる。
その拍子にテーブルに激突、ガラスの割れる音が鳴り響く。
「胸もダメです。胸はね、人間が昔、古代兵器だった頃の名残りなのよ、ミサイルなの」
パンパン、と手を叩いて名状しがたい人間の進化を説く妙に、とうとう阿音はつっこんだ。
「最終的に、人間って何だったのよ!!」
さらなる混乱を招くようにこの人も言い足した。
「女の子の胸はね、小さくても大きくてもいいわ。ぱつんと弾き返しながらも、進めば進んだだけにどこまでも沈んでいき、最後まで受け止めるかのような大きな胸。そして、なんとも繊細そうな弱々しい感じで守ってあげたくなる小さな胸。それがなんともメニアにはたまらないわね」
「アンタ、もしかしてレズなの!?」
「違う違う。あたしはバイだっての」
これに阿音は慄き、驚愕の眼差しを向ける。
ひとまず騒動は沈静したが、スナックのオーナーは深い溜め息を吐いて妙と阿音を呼び出した。
「いやいやいやいや、確かにね、ウチはおさわりパブでもないです」
キャバクラは客に酒とキャバ嬢との会話を楽しむための場所。
そのためにキャバ嬢は酒の用意をしたり、会話を盛り上げて楽しんでもらわねばならない。
風俗店のように性的サービスがないのが特徴だ。
「でもね、SMクラブでもないからね。サディスティックなプレイを楽しむ所ではないからね」
オールバックで黒いサングラスという某司会者を彷彿とさせるオーナーに、二人は相槌を打つ。
「「そーですね」」
「そーですねって…森田一義アワーでもないからね、ココは」
「「そーですね」」
「…腹立つな、コイツら」
今すぐ怒鳴りたい気持ちを抑えて、妙に向き直る。
「でさー、お妙ちゃんさァ、確かに君にはタチの悪い酔っ払いを追い払う用心棒的なことも頼んでたけど、最近ちょっとやりすぎだから、用心棒にしても」
「棒じゃないです、穴です」
「いや、そーいう問題じゃないからね、女の子がそんな事言ったらダメだからね」
健全なエロには大らかであっても、女の子がそんなこと言わないでください。
お淑やかな笑顔で飛び出す下ネタに注意し、阿音に向き直る。
「それから阿音ちゃん、君はね、お金がほしいのはわかるけど、やり方があざとすぎるね。お客さんから一杯苦情が来てるからね。『散々、貢がされた挙句捨てられた』って」
「捨ててません。また、お金を貯めてはいあがって来た男達はリサイクルするつもりです」
「そんな地球に厳しいリサイクル、きいたことないからね」
男を財布代わりとしか思っていない金づる発言。
反省の色を全く見せない二人に呆れつつ、彼は煙管を吹かす。
「まーね、二人とも、ウチの店では売れっ娘だし。ホントはね、温かい目で見守っていきたいんだけれども、核弾頭二つ所持してやってける程甘くないから、この世界」
キャバクラといえば女の戦い。
しかし、人間関係からお金が発生する仕事である。
用心棒にしてはやり過ぎる・客を金づるとしか見ていない人物を雇っていれば、いずれ店は潰れてしまうだろう。
「だから今月中にどっちか一人、店やめてもらうから」
死活問題に発展する話になった途端、二人の顔に緊張が走る。
「残ってもらうのは、この店にとって有益になる方。そうだね、明日はちょうど今月の売り上げが出る日だから。そこで、より大きい利益を上げてた方に、この店に残ってもらうから」
カスになった灰を振り落とし、オーナーの話はそこで終わった。
仕事も終わり、巫女服から着物に着替えた阿音はうつむきがちに歩く。
――冗談じゃないわよ。
――生活が苦しくなって、これから頑張らなきゃって時に…いまいましい女だわ。
あの通り、引きこもりの妹は働きたくないと言い張り、高い自給の仕事を選んだ阿音にとって、キャバクラを辞めることは今後の生活に影響する。
――思えば、私のお得意さんが一体、何人あの女の犠牲になったことか…売り上げなんて私の足元にも及ばないくせに、妙にみんなに慕われてて、そういうところも、前から気にくわなかったのよ。
先程の一悶着もこれが初めてではなく、阿音が贔屓にしていく客を、妙は何度もぶっ飛ばしている。
それなのに、彼女の周りにはいつも人が集まり、余計に阿音の神経を逆撫でる。