第三十三訓~三十四訓
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夏の風物詩といえばお祭り、花火――そして怪談話。
真選組屯所では、怪談師の稲山による怪談話の真っ最中だった。
「あれは今日みたいに蚊がたくさん飛んでる、暑い夜だったねェ…」
稲山は懐中電灯で顔を照らしながら、擬音を多用した舌足らずの江戸っ子口調で語る。
「俺、友達と一緒に花火やってるうちに、いつの間にか辺りはまっ暗になっちゃって」
広い和室の灯りを残らず消す。
ゆらゆらと揺らめく蝋燭の火だけが頼りなく室内を照らした。
「いけね、母ちゃんにブッ飛ばされるってんで帰ることになったわけ。それでね、ちらかった花火片付けて、ふっと寺子屋の方見たの」
軽装の浴衣姿で怪談話を真剣に聞き入る。
彼らの背筋に冷たい汗が伝うのは、夏の蒸し暑さだけではないだろう。
「そしたらさァ、もう真夜中だよ。そんな時間にさァ、寺子屋の窓から赤い着物の女がこっち見てんの」
――友人と花火を楽しみ、片づけを終えて帰ろうとしたその時だった。
――ぞわりと全身の産毛が逆立つような、禍々しい気配を感じたのは。
――闇の向こうに潜む、何者かの視線。
「俺、もうギョッとしちゃって。でも気になったんで、恐る恐る聞いてみたの」
彼らの表情が恐怖に強張り、背筋に伝わる悪寒が急激に強くなっていく。
「何やってんの、こんな時間にって。そしたらその女、ニヤッと笑ってさ」
稲山の唇が不気味な笑みの方向に曲がった。
それが突如、いきなり話に割って入ってきた土方の叫び声によってぶち壊された。
「マヨネーズが足りないんだけどォォ!」
『ぎゃふァァァァァァァ!!』
怪異への恐怖なんて軽く吹っ飛んだ。
もっと別の、もっと大きな恐怖に悲鳴がこだまする。
「副長ォォォォォ!!なんてことするんですか、大切なオチをォォ!!」
「しるかァ、マヨネーズが切れたんだよ!買っとけって言っただろ、焼きそばが台無しだろーがァ!!」
常人では考えられない量のマヨネーズをかけた焼きそばを持ち、それでもまだ足りないと言い張る。
「もう充分かかってるじゃねーか!なんだよそれ、もはや焼きそばじゃねーよ『黄色い奴』だよ!!」
その時、一人の隊士が気づいてしまった。
恐怖で目を剥き、涙を流して泡を噴きながら失神する近藤の姿に。
「アレ…局長ォォ!!」
「大変だァ、局長がマヨネーズで気絶したぞ、最悪だァァァ!!」
まさかのマヨネーズで失神したという最悪の展開。
「くだらねェ。どいつもこいつも、怪談なんぞにはまりやがって」
局長の気絶で騒然とする隊士達を置いて、土方は盛大な溜め息をついて部屋を出た。
夜遅い時間、自室に戻った彼は煙草に火をつける。
「幽霊なんぞ、いてたまるかってんだよ」
幽霊をちっとも怖がらずに、首に止まった蚊を叩く。
「んだ。最近やたら、蚊が多いな」
夏の天敵である蚊の多さに首を捻っていると、
「死ねェ~。死ねよ~、土方~、お前頼むから死んでくれよ~」
地の底から響いてくる低い声に、思わず煙草を落とした。
空気がぞっとするほど冷たく、不気味な静けさの中、呪いだけが延々と反響し続ける。
――まっ…まさか、ホントに…。
土方は覚悟を決めて、思い切り障子を開け放つ。
そこには頭に蝋燭、白装束の沖田が手にあるものを素早く後ろに隠し、身体を強張らせた。
「…何してんだ、てめ~。こんな時間に?」
口許を引きつらせて訊ねると、沖田は微妙に目線を逸らしながら答える。
「ジョ…ジョギング」
「ウソつくんじゃねェ、そんな格好で走ったら頭、火だるまになるわ!!」
あからさまな嘘に声を荒げ、土方は思い当たる節がありすぎて怒鳴った。
「儀式だろ?俺を抹殺する儀式をひらいていただろう!!」
「自意識過剰な人だ。そんなんじゃ、ノイローゼになりますぜ」
ちなみに、そんなことを言ってのける沖田だが、彼の写真が貼られた藁人形に釘が打ちつけてあることを呪われている本人は知らない。
「何を…!!」
青筋を立てて口を開こうとした時、屋根に奇妙な気配を感じ、勢いよく振り返る。
「どうしたんだィ、土方さん?」
「総悟、今、あそこに何か見えなかったか…」
「いいえ。何も…」
沖田は今の視線を感じなかったのだろうか。
訝しむように眉をひそめている。
――確かに今…。
嫌な感じがするのは何故だろう。
誰かに見られている、やはりそんな気が。
「ぎゃああああ」
瞬間、屯所に響き渡る悲鳴――これが全ての始まりだった。
第三十三訓
ベルトコンベアには気を付けろ
翌日、板敷きの道場、その周囲には大勢の隊士達が苦しそうに顔を歪めて寝込んでいた。
「ひでーなオイ、これで何人目だ?」
「えーと、十八人目でさァ。隊士の半分以上がやられちまったわけですね」
沖田は一人の隊士の横に近寄り、それからぐるりと周りを窺う。
ざっと様子を診てみたが、全員が口を揃えて、
「赤い着物の女が」
と呻くような声で訴えていた。
「さすがにここまでくると、薄気味ワリーや」
土方は一旦言葉を切って、苦々しく吐き捨てた。
「冗談じゃねーぞ。天下の真選組が、幽霊にやられてみんな寝込んじまったなんて、恥ずかしくてどこにも口外できんよ。情けねェ」
すると、昨夜の失神から復活した近藤が言い放つ。
「トシ…俺は違うぞ、マヨネーズにやられた!」
「余計言えるか」
近藤達は部屋に戻り、隊士達が寝込んだ原因について話し合う。
「みんな、うわ言のように赤い着物を着た女と言ってるんですが」
「稲山さんが話してた怪談のアレかな?」
昨夜の怪談話を彷彿とさせる、隊士達のうわごと。
赤い着物の女――呪いの怪異。
恐怖を振り撒く幽霊。
「バカヤロー、幽霊なんざ、いてたまるか」
煙草を吹かして軽い侮蔑の色を浮かべる土方に、近藤が腕を組んで言う。
「霊を甘く見たらとんでもない事になるぞ、トシ。この屋敷は呪われてるんだ。きっと、とんでもない霊にとり憑かれてるんだよ」
「…なにをバカな…」
鼻で笑い飛ばそうとしたが、ぎくりと表情を揺らした。
「いや…ナイナイ」
言葉を途切れさせてしばらく考えてから、まさかと笑って首を振った。
「局長!捜してきました」
そこへ、近藤の命令で街中を走り回っていた山崎が戻ってきた。
「オウ、山崎、ご苦労!」
「街で捜してきました。拝み屋です」
日本古来の呪術を継承する呪術師、霊媒師達がいる。
拝み屋も、その使者だ。
「どうも」
応えるのは編み笠を被り、顔に包帯を巻いた狩衣姿の霊媒師。
長い前髪で顔を隠した巫女、鼻眼鏡をかけた法師武者に、サングラスをかけたチャイナが傍に控える。
「何だコイツらは…サーカスでもやるのか?」
「いや、霊をはらおうと思ってな」
「オイオイ。冗談だろ。こんなうさん臭い連中…」
思わず渋めの表情でつぶやいたら、男の視線が土方に向いた。
何か霊視を得たのか、意味ありげに言いかけた。
「あらっ。お兄さん、背中に…」
「なんだよ…背中になんだよ…」
土方は不審そうに眉をひそめた。
そして、霊媒師は隣にいる巫女とチャイナに話しかける。
「…え…危なくない?プッ」
「ププッ。ありゃ、もうダメだな」
こちらには聞こえない小さな囁き声で会話を交わす。
三人が耐え切れずにくすくす笑い始めた中で、
「なに、コイツら斬ってイイ?斬ってイイ?」
土方は怒りを露にする。
幽霊を信じている近藤は真面目な顔で、巫女とチャイナに相談した。
「先生、なんとかなりませんかね。このままじゃ、恐くて一人で厠にも行けんのですよ」
「任せるネ、ゴリラ」
初対面にもかかわらずコンプレックスである顔つきの濃さを言われて、近藤は反射的に問いかけた。
「アレ、今ゴリラって言った?ゴリラって言ったよね」
「細かいところは気にするんじゃありません、ストーカー」
「今、ストーカーって言ったよね?なんでしってるの?」
さらには、好意の人物にしつこくつきまとう変質者まで言い当てられ、ますます不思議に思う近藤。
「霊視です」
「スゲーや、そんなことまでわかるんだ!」
それも一瞬、顔を輝かせて感嘆の声をあげた。
一人土方は疑いつつも、うさん臭い霊媒師に屯所内を見せて回る。
屯所を探索し、部屋に戻った霊媒師の一人が口を開く。
「ざっと屋敷を見させてもらいましたがね。こりゃ、相当強力な霊の波動を感じますなゴリラ」
「あ、今確実にゴリラって言ったよね」
聞き捨てならない発言につっこむ近藤だが、無視して除霊を持ちかける。
「まァ、とりあえず除霊してみますかね。これは料金も高くなるゴリですよ」
「オイオイ、なんか口ぐせになってきてるぞ」
「して、霊はいかのようなものゴリか?」
口癖を真似た沖田が幽霊の正体について聞いた。
質問の間に挟まれた"ゴリ"に、近藤は驚きに目を剥く。
「うつった!!」
託宣を待つ真選組の前で、おもむろにチャイナが口を開く。
「えーと……工場長」
いかにも適当に答えた途端、狩衣に頭を叩かれ、前のめりに倒れる。
巫女は一瞬、動揺を見せたが、それを声に反映させず続ける。
「えー、ベルトコンベアにはさまって死んだ工場長の霊です」
「あの~、みんなが見たって言ってるのは女の霊なんですが…」
「間違えました。ベルトコンベアにはさまれて死んだ、工場長に似てるって言われて自殺した女の霊です」
何やら長ったらしい、言い訳するような口調で言われ、土方はつっこんだ。
「なげーよ!工場長のくだりいるかァァ!?」
屁理屈でしかないと自分でもわかっている霊視を斬り捨てられて、動揺する霊媒師。
すると、巫女から辛辣な言葉が放たれる。