第二十三訓
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「てめーー、見ねェ顔だな。どこのモンだ?」
「この辺の公園はなァ、かぶき町の帝王、よっちゃんの縄張りなんだよ!」
(自称)かぶき町の帝王、ガキ大将のよっちゃんとその子分が、公園のブランコに座る少女にいちゃもんをつけていた。
「ここで遊びたきゃ、ドッキリマンチョコのシール3枚上納しろ、小娘!!」
子供達の間でブームとなっているチョコレート菓子。
おまけとして封入されているシール目当てに恐喝すると、少女は首を傾げる。
「なんですか?バックリマン?そんなものが城下では流行っているんですか」
「バックリじゃねーよ、ドッキリだよ!いや、ゲッソリだったよーな気もするな」
「違うよ、よっちゃん、バツアンドテリーだ」
どんどんドッキリとかけ離れ、自分達は何を欲してるんだろうと考える始末。
「いや、いや、違うヨ」
いよいよ収拾がつかなくなった会話に、まだ明るい昼間だというのに日除けの番傘を差して酢昆布をしゃぶる神楽が加わる。
「ザックリマンの間違いアル」
直後、定春にザックリと噛みつかれたよっちゃんは額から血を流し、悲鳴をあげる。
「ギャアアアアアア!!ザックリやられた」
「てっ…てめーは」
ひそかに注意人物である神楽の登場に、子分は身構える。
「ここいらのブランコは、かぶき町の女王、神楽のものアル。遊びたいなら酢昆布、一年分上納するヨロシ」
蔑むような目つきで、子供にしては渋いチョイスの酢昆布を一年分も要求する。
「一年分って、酢昆布一日あたりの摂取量がわかんねーよ!!」
「チクショー、覚えてろォ!!」
ご丁寧なツッコミと捨て台詞を放ち、二人は慌ただしく逃げていった。
「フン…ザコが」
「助かりました。かぶき町の女王さん、ありがとうございます」
ブランコに座る少女が礼を述べる。
少女は神楽よりも年上で、しっとりとした上品さを醸し出し、お嬢様と呼びたくなるような雰囲気である。
「いいってことヨ。それより、ここには、もう近づかない方がいいネ。江戸で最も危険な街アル」
およそ少女らしさのない落ち着いた口調の、まるきり子供らしくない台詞。
神楽は片手を挙げて定春に跨る。
「待ってください」
その時、少女は神楽を呼び止め、口にくわえている酢昆布を指差した。
「それ…何を食べていらっしゃるんですか?」
二人は場所を移し、公園のベンチに座る。
少女は瞳を輝かせて酢昆布を一口かじってみた。
美味しい――などという夢のようなオチはなく、口の中に広がる酸っぱい味に顔をしかめる。
「ガペペ、なんですかコレ、すっぱい!じいやの脇よりすっぱい!」
「そのすっぱさがクセになるネ。きっと、じいやの脇も、そのうちクセになるネ」
「なりません。ってか、嫌です」
きっぱりと断言した後、少女は酢昆布を珍しそうに見る。
「城下の人はこんなものを食べているんですね。フフ、初めて見るものばかり」
「お嬢さん、他所者アルか? 銀ちゃんやこの街の住人はみんなビンボ臭いけど、お嬢さんイイ匂いする」
予想はしていたが、少女は歌舞伎町では見ない顔だった。
長い黒髪を眉の辺りまで切り揃えた姫カット。
身に纏う振袖は、上等な緋色の布地に小花模様が清楚で、とてもよく似合っていた。
「あ、でも響古もイイ匂いネ」
「誰ですか、その人」
少女の瞳が、興味津々にキラキラと輝く。
「すっごい綺麗でカッコイイ女の人!銀ちゃんの彼女だけど、すごくもったいないヨ。そして、あの……」
言葉を紡ぐ"夜兎族"特有の白い頬が、乙女ちっくに赤く染まる。
ちなみに神楽が言いたかった続きは――。
「あの色っぽい響古を思い出すと……」
(詳しくは第十訓を読んでね)
「響古さんという方、そんなに素敵な方なんですね」
少女はにこやかに微笑んで相槌を打つ。
「ハイ。私、あそこから来たんです」
「ヘェー、でっかい家アルな~」
少女の指差す先には、元は威容を露に築かれた御殿だった。
それを一変させたのが高層ビル、さらには近代的な建物などが並び、経済成長を誇示するようになっている。
「銀ちゃん、前に言ってたヨ。あそこは昔、この国で一番偉い侍がいたって」
整然とそびえ立つ御殿へと視線を移し、江戸城の歴史を語る。
「でも天人が来てから、ただのお飾りになっちゃって、今までは一番かわいそうな侍になっちゃったって」
「そうですね。もうこの国の人は、誰もあの城をあがめたりしないもの」
少女も、飛び出してきた城を見つめ、押し殺した声を漏らす。
将軍を擁立していた幕府は天人に弱腰になり、権威を譲渡した。
いよいよもって江戸城は仰ぎ見るものに衰退さえ覚えさせるようになった。
「見栄えだけのハリボテの城なんて、いっそ壊れてしまえばいい。そうすれば、私も自由になれるのに…」
それが証拠に、江戸城を巡る状況は悪くなるばかり。
御殿を見つめる目には、あらゆる苦悩や悔恨が浮き上がっている。
「お嬢さん、何かお困りごとアルか?私、何でも相談乗るヨ。万事屋神楽とは私のことネ」
物事を深く考え込まない神楽は話しかける。
「フフ、ずい分、たくさん名前があるんですね。うーん、困り事…そうですね、じゃあ…」
その気楽な反応に笑みを漏らす少女はしばし逡巡した後、口を開く。
「今日一日、お友達になってくれますか?」
「あー、あつい」
この時期にこれほど暑いのも珍しい。
最近は温暖化だなんだと言われているが、困ったものである。
土方はいつものくわえ煙草に上着を肩にかけて、自動販売機から缶コーヒーを取り出す。
「なんで真選組の制服って、こんなカッチリしてんだ?世の中の連中は、どんどん薄着になってきてるってのに」
プルを開けようとした時、重く低い駆動音に振り返った瞬間だった。
「どいてどいてどいてェェェ!!」
甲高い叫びと共にスクーターに跨る女性が、見る間に土方に迫ってくる。
「うおっ!?」
女性はぶつかる寸前にハンドルを操作して車輪を捻り、土煙を巻き上げて止まった。
「フフ。驚いた?」
ヘルメットを取った女性――響古は、美貌をちょっと得意げな感じに輝かせていて、その表情がとても魅力的で。
呆然と見惚れていた土方は、はっとして、
「ばっ…お前!いきなり急スピードで停まって、危ねェ――だろ、う……が……」
怒鳴り声が尻すぼみに消えていったのは、彼女の服装を見たからだった。
「あ、コレ?どう、涼しそうでしょ?」
今日の響古は膝丈の短い浴衣を着ていた。
緩んだ浴衣の襟元からは、豊かな胸を黒いタンクトップで覆うという、かなり大胆な一着である。
そんな服を着ていながらもセクシーになりすぎないのは、腰のベルトにブーツを履いているからだが、それらのハードささえも、この美女の姿態の艶かしさや足の長さを演出する小道具の一つになってしまう。
「やだ。十四郎ったら……エッチ」
「――は?」
土方は視線を上げた。
綺麗な鎖骨のラインを通って、響古の顔に辿り着く。
彼女は目尻をつり上げ、軽く唇を尖らせて、こちらを睨んでいる。
両手で胸を覆っていた。
ほんのりと頬が赤い。
ぼん、と彼の顔は一瞬で真っ赤になる。
「い、いや、違う!誤解だ!そんなつもりじゃ……確かにすげェなって思った……いや、そうじゃなくて!」
あわあわと動揺しきる、その慌てっぷりに、響古は笑いながら謝った。
「ゴメン、ゴメン。ちょっとからかいすぎた」
男の純真さを愉しむ小悪魔の笑みに、土方は苦虫を噛み潰した顔になる。
無機質に感じるほどの整った顔が焦りか、はたまた恥ずかしさによるものか、紅潮している。
――…なんなんだ、コイツ…調子が狂うぜ。
ただでさえ、この美貌、このスタイルだから、道行く人が振り返らないはずがなかった。
そんな格好をされては、周りの方が慌ててしまう。
「今からバイトか?」
ドキドキと早鐘する鼓動を落ち着かせようと、缶コーヒーのプルを開け、これを一気飲みする。
「えぇ、十四郎は?市中見廻りじゃなさそうだけど?」
「今日は人捜しだ。おまけに、このクソ暑いのに人捜したァよ。もう、どーにでもしてくれって」
「そんなに暑いなら、夏服つくってあげますぜ、土方さん…」
すぐ後ろで聞こえてきた声に振り向いた瞬間、二人の間に沖田が割り込んできた。
ただし、土方めがけて剣尖が振り下ろされる。
「うおおおおおお!!」
響古は持ち前の敏捷さで、土方は悲鳴をあげながら間一髪で避ける。
明らかに殺意がこもった行動にもかかわらず、沖田はこう言い放った。
「あぶねーな、動かないでくだせェ、ケガしやすぜ」
こんなにも暑いのに涼しい顔をしている。
イケメンは違うなぁ、と思いながら笑顔で対応する。
「またサボり?」
「外で会ったら俺ァ、サボりになるんですかィ?今日は仕事でさァ」
今日"は"と言っている時点で先にしゃべっていた部分に否定は入れられないだろう。
それにしても、仕事とは珍しい。
見廻りと言わない時点でいつもとは違うのだということはすぐにわかった。
「……それよりも、随分と大胆な格好で」
沖田が、響古を上から下までなめるように言う。
どこぞのオッさんがやったなら、それだけで訴えられそうだ。
「あぶねーのはテメーそのものだろーが、響古を見る眼もあぶねーしよ!何しやがんだテメー!!ん、デジャヴ!?」
ちょっとここで巻き戻して二人の行動をおさらいしてみると、この通り。
どちらも後ろから声をかけて、突飛なアクションを起こす。
「響古も?」
「総悟も?」
二人はお互いを指差すと、ぱん、とハイタッチを交わし、
「「イェーーイ」」
と意気投合する。
「オイ!何二人して、意気投合してんだ!!」
「なんですかィ。制服ノースリーブにしてやろうと思ったのに…」
「ウソつけェェ!!明らかに腕ごともってく気だったじゃねーか!!」
「実は、今俺が提案した夏服を売り込み中でしてね。土方さんもどーですか、ロッカーになれますぜ」
沖田が、売り込み中の提案したという夏服を見せる。
それは、乱暴に両袖を引きちぎった真選組の隊服だった。
「誰が着るかァ!明らかに悪ふざけが生み出した産物じゃねーか!!」
「にしても響古、服装もそーですが、髪型も変わってまさァ」
「無視か、コラァ!」
沖田の言う通り、響古の衣替えは服装だけではなく、艶やかな黒髪を飾りのついた紅色のバレッタでまとめ上げていた。
「ほら、夏って暑いじゃん。汗のせいで髪の毛が首元に貼りつくの嫌だから」
髪を掻き上げると、左耳を装飾している紅いピアスが鈍く光る。
彼女が二人に会った時から……それ以前につけていたもの。
「…前からつけてましたが、大事なモンなんですかィ?」
「うん。あたしが江戸(ココ)に来て、初めてもらった……プレゼントだから」
普段の凛々しさとは違った、少し懐かしげに、そして愛おしげに微笑む響古。