第67話

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人造人間によるブリックズ要塞襲撃事件の終結後。

地下の混乱が次第に収まり、朝になった。

「ふぁ…」

吐き出される息は真っ白で、エドは思わず身震いする。

布団の上にかけた赤いコートごと、首元までかけ直す。

「うーー、さむさむ」

寝返りを打った拍子に聞こえた金属音。

「……ガシャ?」

視界に飛び込んできたのは、木の板に穴を開けた手枷。

そして、鉄格子の奥にいる人影に気がつく。

「よう。起きたか」

隣で本を読んでいるアルに、

「おはよー」

声をかけられる。

ようやく、自分達が牢屋に入れられたことを思い出した。

「ああ………そーだった………」

重い身体を起こし、牢屋の外にいる機械鎧技師の彼に訊ねる。

「なんか進展あった?」

「いや、バッカニア大尉とファルマン少尉が先遣隊として穴の探査に行って、まだ戻って来てない。アームストロング少将も現場に付きっきり。マイルズ少佐は病院」

「病院?」

意外なことを言われて疑問符を浮かべるエドへ、技師はさらに続けた。

「キンブリーって錬金術師が入院してるんだと。こっちに来る列車で傷の男とやりあって重症だそうだ」

技師の説明に、エドは戸惑いの色を浮かべた。

(傷の男と紅蓮の錬金術師が北に…?)

スカーとキンブリーが北にいるという事実。

二人の接点を吟味しながら、視線を隣の牢屋へと移す。

「なあ、キョウコは今、どうしてる?もしかして、まだ寝てるとか?」

「え?あぁ、彼女は……」

「ここにいるわよ。おはよう、二人とも」

不意に、背後の壁の中から声がしてエドはハッとした。

まじまじと壁を見つめ、おそるおそる問う。

キョウコ?」

「いくら寒さに慣れていても、やっぱり寒いわね。話は聞いたから」

壁で隔てられているこそすれ、二人は背中合わせにベッドに座っている。

「なぁ。どう思う?」

「傷の男?それともキンブリー?」

「両方」

「だよね」

壁で隔てられているため表情は見えないが、深い溜め息が聞こえる。

キョウコが思慮深く考えている様子が想像できた。

「でも何で紅蓮の錬金術師が北に?確か、逮捕されて刑務所にいるはずじゃ…」

「あくまでもあたしの勘だけど…キンブリーは軍によって釈放されたんだと思う」

「って事は…」

つまり、自分達の敵であるということだ。

推測のレベルではなく、確定情報のレベルで。

(キンブリーは殲滅戦の最中に起きた事件が原因で刑務所に入れられた。そして、傷の男と因縁がある)

七年前に軍上層部から下された作戦も併せて考えれば、その可能性が最も高いようにキョウコには思われた。

(北に向かう列車で偶然、出会ったマルコーさんも北を目指していた。目的は何?)

北部で見かけたスカーの目撃情報。

火傷の治りかけのような、判別がつかないマルコーの顔。

あまりにも突然のキンブリーの釈放、そしてスカーとの交戦から重傷を負って入院。

「傷の男との接触はどっちから仕掛けたのか、わからないから何とも言えないんだけど…警戒するに越した事は無い。むしろ警戒した方がいい……それが今のあたしの考えかな」

長考の末、キョウコが出した結論はこれだった。

キョウコはキンブリーって人に会った事あるの?」

壁越しに、今度はアルが聞いてくる。

「ううん、話に訊いた事があるだけ。でも、それだけでも十分警戒に値する」

「なんでだ?」

「キンブリーは…人を殺す事にためらいがない。むしろ快感を覚えている」

殺人犯のキンブリーがどうして釈放されたのか、どうして北にいるのか、何一つわからない。

理解できないが――人々の悲鳴や絶望に興奮する殺人狂、それだけは、イシュヴァール殲滅戦の話を聞いた時から理解できた。







「せーの」

外では、凍りついたスロウスの移動作業が行われていた。

「よいしょー」

スロウスの足に巻きつけた鎖と馬の腹帯がつながっており、

「ほれ、がんばれや」

二人の軍人が手綱を取ったりぺしっと棒で馬を叩く。

「あれを日陰に移してるのか」

「はい、この時期、日陰なら一年中天然の冷凍庫ですので」

マイルズと軍人が実務的な会話をする横で、

「せーの」

「よいしょー」

スロウスの移動作業は続けられている。

それを確認すると、マイルズは用意された車に乗る。

「どちらまで?」

したの病院まで。面会に行く。ゾルフ・J・キンブリーが入院してるそうだ」

「へ!?それって…」

軍人は思わずマイルズの顔を見た。

「ああ。イシュヴァール人を殺しまくった奴だ」

厳しい視線、というわけでもなかった。

にもかかわらず、背筋に緊張が走る。







ブリックズから病院までの所要時間は一時間弱。

途中トラブルもなく、マイルズは無事に辿り着いた。

出迎えた軍人に、キンブリーがいる個室に案内された。

北へ向かう列車でスカーと交戦し、重症を負ったキンブリーはベッドに力なく横になっている。

「切り離された貨車の周りから、傷の男も中年男の死体も出なかった…という事は、付近に潜伏している可能性ありか」

「ええ」

マイルズは軍服の懐から二枚の紙を取り出す。

それらにじっくり目を通して、微かに眉をひそめる。

(やれやれ、手間のかかる。白黒ネコに加えて、傷の男捜索か)

「了解した。傷の男の件は我々に任せて、君は養生していろ」

「待ちなさい」

マイルズが席を立ち、殺人犯の捜索をブリックズ兵に委託すると伝えると、キンブリーは不快感を露にした。

「私の仕事だと言っているでしょう。あなた方は引っこんでいてください。ブリックズ兵は出しゃばらず、おとなしく砦を守っていればいい。イシュヴァール人は私の獲物です」

「……………」

その上から目線の態度に、マイルズの目つきがつり上がった。

彼はおもむろにサングラスを外し、キンブリーに詰め寄った。

「残念ながら殺人鬼をのさばらせておくほどブリックズ兵は微温ぬるくない。ここの掟は弱肉強食」

マイルズの口調には皮肉の棘が生えている。

「油断すればられる。わかるか?あ?」

喧嘩腰な口調を紡がれたその言葉と赤い双眸に、それまで横柄な態度だったキンブリーが顔色を変えた。

「そのザマで何ができる、紅蓮の。なめた口きいていると、この命綱ぶっこ抜くぞ」

キンブリーの身体に繋がれた点滴装置のチューブを、指先で揺らす。

双眸に威圧的な光を灯して脅すと、サングラスをかけ直した。

「貴様の面倒はブリックズ支部が見る事になっている。大人しくしていろよ」

最後にこう言い残し、病院を後にするマイルズ。

しばらくして、キンブリーは笑う。

「ふっふ…イシュヴァール人はやはり面白い」

「やあ、キンブリー。生きてたかね」

キンブリーが小さくつぶやいた直後、扉が開いて一人の男が見舞いにやって来た。

それは中央にいるはずの、軍の上層部であるレイブンだった。

「お早いお着きで。レイブン中将」

「昨夜、報せを聞いてすっ飛んで来たよ。心配で心配で」

「貴方がたが心配してるのは、これでしょう」

自分が所持している欠片とエンヴィーに与えられた球体を指の間に挟み、キンブリーは言う。

「よろしい。引き続き仕事をたのむよ」

「しかし私はこの体たらく」

ベッドに横たわる身体は動かない。

スカーが投擲した鉄パイプで脇腹をやられ、いつ歩けるかわからない状態だ。

「心配ない。錬金術の使える医者を連れて来た」

レイブンの後ろから、一人の医者が歩み寄ってきた。

彼は被っていた帽子を外し、ニヤリと笑った口元から一本の金歯が見え隠れする。

「そして石がある。あっという間に全快だ」







ブリッグズ内の最下層に突如出現した巨大な穴には、昨日とは違い長い梯子が下ろされていた。

「アームストロング少将!先遣隊が戻って来ました!」

その梯子を伝い、ブリッグズ兵が次々と上がってくる。

腕を組んで待ち構えていたオリヴィエが訊ねる。

「どうだった?」

様子見をして帰ってきた軍人を、

「よっこら」

と仲間が引き上げる。

「いや、デカいです。とにかくデカい。ちょっとした軍隊なら通れそうな広さです」

軽食のサンドイッチを食べながら答えた。

ここに至るまで、兄弟の保護やスロウスの襲撃でそれなりに疲労も溜まっている。

今は小休憩といったところだった。

真っ暗な穴から明るい場所に出たことで、

「まぶしー」

照明のまぶしさに目を細める。

「それが延々続いています」

縄でつながれたファルマンは、溜息交じりに答えた。

「端まで行き着けませんでしたよ。とにかく進んでも進んでも終わりが無いんで、一旦引き上げて来ました」

バッカニアは縄を片手に、オリヴィエに向き直った。

「先遣隊、交代しましょう。馬と資材も降ろしてください」

重機のクレーンを使って、馬をゆっくり降ろす。

慎重な操作によって、馬は暴れることなく地下に着地した。

「今は安全か?」

「先遣隊が通った所は安全確認してあります」

馬に股がると、括りつけられた灯りが辺りを照らす。

「よし、我々の分の馬も降ろせ。キョウコとエルリック兄弟もだ、引っ張って来い」

薄暗く、照明による光量が必要最低限に抑えられたトンネル内を探索する彼らは度肝を抜かれた。

どこまでも続くその空間の中でも、エド達は相変わらず縄でつながれている。

「わーー…」

「本当にでかいな」

「行っても行っても奥が見えねぇ……」

寂れた路線が続くだけの広い地下には、馬の足音だけが響いていた。

アルは不意に、後ろにいるキョウコに目を向けた。

難しい表情で黙り込む様子に、彼は首を傾ける。

「どうしたの?なんだか元気ないみたいだけど」

「え?…ああ」

胸が詰まるようなその感覚に、キョウコは胸元をグッと押さえた。

「なんだろうと思って、この感じ…」

「何だよ?」

「なんか知らないけど…嫌な予感がするの」

「嫌な感じ?それって」

訝しげに問いかけるエドに、

「…わからない」

とだけ返す。
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