第66話
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キンブリーの乗せた列車は遠ざかり、雪山に残されたのは無惨な車両の残骸。
完全に瓦礫に身体が埋まっている。
「…………」
足だけはみ出しているという、なんとも間抜けな格好で彼は目を覚ました。
かろうじて息は吸えたが、それよりも今は胸の内から溢れ出る感情を剥き出しにしたかった。
「……………もういやだ…」
最初は微かなつぶやき。
それは次第に大きくなる。
「もういやだ、こんな人生!!!」
どうにか瓦礫から抜け出し、涙目になって絶叫する。
酸素を肺へ送り込んでから、安堵する暇もなく怒り顔で這い上がる。
「なんで私がこんな目にあわねばならんのだ!!もう付き合いきれん!!あンの傷の男め…」
スカーに対する恨み辛みを吐き出し、瓦礫の中から脱出していると、
「いやああ」
突然伸びてきた手によって足を掴まれた。
驚いて顔を向けると瓦礫の山の中、爛々と輝く二つの目がこちらをじっと覗き、
「あああああああああ、あれぇかんにん~~~~」
ヨキは情けない悲鳴をあげて腰を抜かす。
腰を抜かしてへたり込むヨキの足を持ち上げ、それは這い出した。
スカーだ。
瓦礫の山の中、僅かな空間に閉じ込められていたらしい。
その時、彼の耳に甲高い汽笛が届いてきた。
「鉄道保安隊か」
武装部隊の出動に、スカーは慌てることなく退避を促す。
「逃げるぞ」
「逃げるって………私は何も悪い事してないぞ!!」
戦闘の余波に巻き込まれたヨキは反論、それまで胸に溜め込んでいた鬱憤をぶちまける。
「おおおおまえに付き合ってたらこの先命がいくらあっても足りん!!も…もう、おまえに付いて行く理由も無い!!」
自分にはなんの関係もない、これ以上巻き込ませるな、と強く主張するヨキ。
スカーはそれを、ただ黙って聞いていた。
「私は、鉄道保安隊に保護を求めて…」
「おそらく――」
そして、静かに言葉を紡ぐ。
「今、奴らの所に駆け込んだところで、指名手配犯の傷の男といただけで、まともな扱いは受けんだろうな」
鮮やかな赤い色が突き刺さるような眼光を放ち、反論を封じる。
「あのキンブリーという男の記憶力はたいしたものだ。貴様の顔も憶えられただろう」
頭ごなしに怒鳴りつけるのではない静かな確認。
それゆえにヨキは嫌な予感がした。
「先程そいつに重傷を負わせたからな。己れと連 んでいた貴様を何事もなく解放するとは思えん。最悪、その場で射殺」
「わーーーーーーーッ!!!」
容赦なく突きつけられる最悪な展開にヨキは思わず大声をあげて、スカーの言葉を遮った。
「このまま北へ歩くぞ。マルコーと合流する」
「へい…」
結局、スカーと一緒に行動することになり、ヨキは考えることを放棄した。
「ゾルフ・J・キンブリー?」
シャオメイの似顔絵が描かれた紙を眺めながら、オリヴィエは眉を寄せる。
彼女の傍にいたキョウコもその名前を聞いた途端、驚きを隠し切れなかった。
リザが語ってくれたイシュヴァール殲滅戦の話にも出てきた男、キンブリー。
話を聞く限り、人々の悲鳴に歓喜する、狂人と呼ぶにふさわしい男である。
「ブリックズ に来る貨物列車で重傷を負って、麓 の病院に収容されたようです。ブリックズ支部で全面協力してくれと…」
つい先程の出来事を――貨物列車で重傷を負ったキンブリーの協力を要する――バッカニアとマイルズが報告する。
「キンブリー…紅蓮の錬金術師は受刑中ではなかったか?脱獄?」
「いいえ。正規の手続きで出所したらしいですよ。お上のツルの一声で」
その単語を聞いた瞬間、オリヴィエは顔をしかめた。
「……………気に入らんな」
直後、耳をつんざく警報音に驚いて顔を上げた。
うなるような音が高く低く、多方向から押し包みながら聞こえてくる。
通信機を通じて連絡を受けた兵士は顔色を変える。
「アームストロング少将!!最下層に侵入者有り!!」
「なにぃ!?」
――突然地面から現れたそれは、辺り一面に敷きつめられた巨大なポンプを容赦なく破壊していく。
――目を剥く彼らの目の前には、屈強な肉体を兼ね備えた大男。
「地下からです!!!」
キョウコは息を呑んだ。
地下には、エドとアルがいる。
異様という言葉以外に表現できない光景だった。
この世ならざるモノを前にしたかのように兄弟や、兵士ですら動けずに黙り込む。
すると、大男の右肩にあるウロボロスの刺青へと目が止まった。
「あ…」
「人造人……!!」
その正体は人造人間だったが、じっとこちらを見つめるそれに歯噛みする。
(くっそ…オレ達が人造人間に対抗する方法を探しに来たの、お見通しかよ…)
未だ鳴り響くサイレンと共に、兄弟は人造人間を見据える。
数秒の睨み合いが続き、新たな人造人間――スロウスは、その場で寝た。
ご丁寧に鼻ちょうちんまでプカプカ浮かばせている。
「「こりゃーーー!!!」」
緊迫した状況の中で眠るという図太い神経。
兄弟の大声でスロウスは起き上がった。
「ん…誰、だ、なに」
「え?や…ほら。中央の『お父様』から話は聞いてんだろ?」
「ボク達、元の身体に戻る方法を探しに来ただけで…!そちらさんのジャマをしに来た訳じゃないだよ!ねっ!」
少々バツの悪そうな顔をしてスロウスに話しかける。
「おまえら、誰、知らねえ」
しかし、彼は無表情のまま兄弟を見る。
「俺、穴、掘る。仕事、めんどくせぇ」
至極面倒くさそうに首を傾げ、そして面倒くさそうな表情で兄弟をスルーする。
「あーー、めんどーーくせぇーー。おまえら、知らねぇ。話し、かけるな、めんどくせえーー」
面倒くさいと連呼しながら、のろーーりとしたどんくさい動作で歩き出した。
人造人間の不可解な様子に、兄弟は顔を寄せ合う。
「…こいつ、ひょっとして…」
「『お父様』や大総統からボク達の事を聞いていない?」
訝しげに眉を寄せ、顔を寄せ合っていると、遠巻きに眺めていた作業員は疑問に思った。
「おい、あの二人…」
「アレの知り合いか?」
「なんの話してんだ?」
彼らの視線が侵入者から外れて、兄弟へと移る。
ヒソヒソと囁く声も響いている。
「あのデカブツとへらへら会話してたぞ」
人造人間に集中していたせいで気づくことはできなかったが、兄弟は周囲の不審げな眼差しに困惑する。
「お?え?」
「あれ?」
男達が一斉に兄弟を見ている。
「まさか、内側から手引きしてたんじゃ…」
アレの知り合いか、侵入者と手を組んでいる、やはりスパイ、などなど、不穏な言葉が飛び交っている。
(他人のフリ…)
北方司令部からブリックズ要塞に異動されて早々、面倒事に巻き込まれたくはないと、ファルマンはコソコソとその場から離れる。
「スパイ?」
「てめ、コノヤロー」
「ちょっと待て…」
「やばい雰囲気…」
こういう注目のされ方は初めてだったし、正直あまりいい気がしない。
いっそ告げてしまえば、少なくとも疑いの眼差しのようなものは向けられないはずである。
実際は、それもままならない。
「バッカニア大尉!!二人は密偵なんかじゃありません!!」
「氷刹、邪魔をしないでいただきたい!!」
頭上で言い争う声が聞こえた直後、銃声が轟きエドめがけて発砲された。
「ぎゃあ!!」
咄嗟に身を翻して避けると、銃弾は床に貫通する。
キョウコの制止を振り切って拳銃を構えたバッカニアが怒鳴った。
「貴様、やはりドラクマの密偵だったのか!?」
「誤解だ!!」
「じゃあ何故、侵入者と親しく喋っている!!」
「親しくない!!」
現場に駆けつけた第一声がこれである。
「ウロボロスの…入れ墨…」
そう、右肩にあの刺青があった。
侵入者の特徴は非常に大きな体格の男であることと黒の長髪に黒い服。
何もかもが黒ずくめなのも奴らの特長に合っている。
つまり、あの大男は人造人間とみて間違いない。
地下から侵入したのか床には大きな穴が空いている。
「一体、なんで…」
何故、人造人間がこんなところに、と。
自分はちゃんと要塞で勤務してるし、今のところ何か動いたわけでもない。
エドとアルだって、一応旅を続けることの許可はもらっている。
何も約束を違えていないはず。
(このタイミングで人造人間の登場って、どんな意味があるの!?)
必死に弁解してる二人はともかく、人造人間が動いたのを目の端で捉えた。
「邪魔」
近くにあった大型のパイプを両手に抱えると、軽々と持ち上げる。
「エド!アル!そこから離れて!!」
「え」
キョウコの大声に顔を上げたアルの視界に、大型のパイプが飛び込んできた。
「「どわあああ!!」」
圧倒的な重量で降ってくるパイプから逃げ惑う。
「ここ、広い、な。もう、掘らなくて、いいの、か」
相変わらず鈍い動きを続けながら、スロウスは広い最下層を歩く。
「どこ、ここ」
「ええい、撃て!!」
ブリッグズ兵は拳銃で応戦するが、それは分厚い皮膚によって弾き返されてしまった。
「うそぉ!!」
「弾が効かん!?」
兵士は異形を前にして目を剥く。
その光景を目の当たりにして驚くバッカニア。
「銃などの武器は一切、効きません!!」
驚愕するバッカニアをよそに、スロウスは作業用エレベーターへと足を踏み入れてしまう。
いつの間にか作動レバーがオンになっていて開発層へと上がっていく。
「ここ、どこだ」
動き出しの僅かな浮遊感。
上昇するエレベーターが動き出すと、彼は首を傾けた。
「お?」
最悪の状況だった。
(…今は人造人間の対処に集中しないと)
キョウコは頭を振って気持ちを切り替える。
状況の整理と事態の打開を兼ねる指示を出した。
「まずい、開発層に上がって行く!非戦闘員はここの修繕を大至急!他の隊もそれを手伝って!あたしは奴を追います!もし新手が来たならすぐに報告を!」
凛々しさと覇気に満ちたキョウコの一声で、その場にいた兵士達は胸に刻むようにしっかりと頷く。
『イエッサー!』
ほんの二分足らずの間に、彼女は屈強なブリックズ兵士の統率をこなしていた。
すると、兄弟から妙な視線を感じる。
「…なに、二人とも」
「あ、いや…その~、なぁ?」
「う、うん…」
「言いたい事があったらさっさと言う!」
きつく言えば二人はいきなり顔を青ざめて敬礼するように背筋を伸ばし、
「「な、なんでもありません!!」
なんて返してきた。
今までブリックズ要塞がどれほど危機に陥ろうともついに鳴ることがなかった警報が今、狂ったように鳴り響いている。
辺りは騒然とし始め、開発層にいた作業員は慌ただしく走り回る。
やがて開発層へと上がってきた侵入者に、彼らは斧やスパナで身構えた。
「おっ…」
「でかっ…」
一瞬、その巨体に怖じ気づくも勇気を振り絞る。
「ヤロウ…下から来るとはなめやがっ…」
だが、人造人間が一歩踏み出しただけで後ずさった。
「あった、かい」
「この…」
玉砕覚悟で武器を振り上げた直後、
「動くな!!」
女将軍の鋭い一声によって止められた。
完全に瓦礫に身体が埋まっている。
「…………」
足だけはみ出しているという、なんとも間抜けな格好で彼は目を覚ました。
かろうじて息は吸えたが、それよりも今は胸の内から溢れ出る感情を剥き出しにしたかった。
「……………もういやだ…」
最初は微かなつぶやき。
それは次第に大きくなる。
「もういやだ、こんな人生!!!」
どうにか瓦礫から抜け出し、涙目になって絶叫する。
酸素を肺へ送り込んでから、安堵する暇もなく怒り顔で這い上がる。
「なんで私がこんな目にあわねばならんのだ!!もう付き合いきれん!!あンの傷の男め…」
スカーに対する恨み辛みを吐き出し、瓦礫の中から脱出していると、
「いやああ」
突然伸びてきた手によって足を掴まれた。
驚いて顔を向けると瓦礫の山の中、爛々と輝く二つの目がこちらをじっと覗き、
「あああああああああ、あれぇかんにん~~~~」
ヨキは情けない悲鳴をあげて腰を抜かす。
腰を抜かしてへたり込むヨキの足を持ち上げ、それは這い出した。
スカーだ。
瓦礫の山の中、僅かな空間に閉じ込められていたらしい。
その時、彼の耳に甲高い汽笛が届いてきた。
「鉄道保安隊か」
武装部隊の出動に、スカーは慌てることなく退避を促す。
「逃げるぞ」
「逃げるって………私は何も悪い事してないぞ!!」
戦闘の余波に巻き込まれたヨキは反論、それまで胸に溜め込んでいた鬱憤をぶちまける。
「おおおおまえに付き合ってたらこの先命がいくらあっても足りん!!も…もう、おまえに付いて行く理由も無い!!」
自分にはなんの関係もない、これ以上巻き込ませるな、と強く主張するヨキ。
スカーはそれを、ただ黙って聞いていた。
「私は、鉄道保安隊に保護を求めて…」
「おそらく――」
そして、静かに言葉を紡ぐ。
「今、奴らの所に駆け込んだところで、指名手配犯の傷の男といただけで、まともな扱いは受けんだろうな」
鮮やかな赤い色が突き刺さるような眼光を放ち、反論を封じる。
「あのキンブリーという男の記憶力はたいしたものだ。貴様の顔も憶えられただろう」
頭ごなしに怒鳴りつけるのではない静かな確認。
それゆえにヨキは嫌な予感がした。
「先程そいつに重傷を負わせたからな。己れと
「わーーーーーーーッ!!!」
容赦なく突きつけられる最悪な展開にヨキは思わず大声をあげて、スカーの言葉を遮った。
「このまま北へ歩くぞ。マルコーと合流する」
「へい…」
結局、スカーと一緒に行動することになり、ヨキは考えることを放棄した。
「ゾルフ・J・キンブリー?」
シャオメイの似顔絵が描かれた紙を眺めながら、オリヴィエは眉を寄せる。
彼女の傍にいたキョウコもその名前を聞いた途端、驚きを隠し切れなかった。
リザが語ってくれたイシュヴァール殲滅戦の話にも出てきた男、キンブリー。
話を聞く限り、人々の悲鳴に歓喜する、狂人と呼ぶにふさわしい男である。
「
つい先程の出来事を――貨物列車で重傷を負ったキンブリーの協力を要する――バッカニアとマイルズが報告する。
「キンブリー…紅蓮の錬金術師は受刑中ではなかったか?脱獄?」
「いいえ。正規の手続きで出所したらしいですよ。お上のツルの一声で」
その単語を聞いた瞬間、オリヴィエは顔をしかめた。
「……………気に入らんな」
直後、耳をつんざく警報音に驚いて顔を上げた。
うなるような音が高く低く、多方向から押し包みながら聞こえてくる。
通信機を通じて連絡を受けた兵士は顔色を変える。
「アームストロング少将!!最下層に侵入者有り!!」
「なにぃ!?」
――突然地面から現れたそれは、辺り一面に敷きつめられた巨大なポンプを容赦なく破壊していく。
――目を剥く彼らの目の前には、屈強な肉体を兼ね備えた大男。
「地下からです!!!」
キョウコは息を呑んだ。
地下には、エドとアルがいる。
異様という言葉以外に表現できない光景だった。
この世ならざるモノを前にしたかのように兄弟や、兵士ですら動けずに黙り込む。
すると、大男の右肩にあるウロボロスの刺青へと目が止まった。
「あ…」
「人造人……!!」
その正体は人造人間だったが、じっとこちらを見つめるそれに歯噛みする。
(くっそ…オレ達が人造人間に対抗する方法を探しに来たの、お見通しかよ…)
未だ鳴り響くサイレンと共に、兄弟は人造人間を見据える。
数秒の睨み合いが続き、新たな人造人間――スロウスは、その場で寝た。
ご丁寧に鼻ちょうちんまでプカプカ浮かばせている。
「「こりゃーーー!!!」」
緊迫した状況の中で眠るという図太い神経。
兄弟の大声でスロウスは起き上がった。
「ん…誰、だ、なに」
「え?や…ほら。中央の『お父様』から話は聞いてんだろ?」
「ボク達、元の身体に戻る方法を探しに来ただけで…!そちらさんのジャマをしに来た訳じゃないだよ!ねっ!」
少々バツの悪そうな顔をしてスロウスに話しかける。
「おまえら、誰、知らねえ」
しかし、彼は無表情のまま兄弟を見る。
「俺、穴、掘る。仕事、めんどくせぇ」
至極面倒くさそうに首を傾げ、そして面倒くさそうな表情で兄弟をスルーする。
「あーー、めんどーーくせぇーー。おまえら、知らねぇ。話し、かけるな、めんどくせえーー」
面倒くさいと連呼しながら、のろーーりとしたどんくさい動作で歩き出した。
人造人間の不可解な様子に、兄弟は顔を寄せ合う。
「…こいつ、ひょっとして…」
「『お父様』や大総統からボク達の事を聞いていない?」
訝しげに眉を寄せ、顔を寄せ合っていると、遠巻きに眺めていた作業員は疑問に思った。
「おい、あの二人…」
「アレの知り合いか?」
「なんの話してんだ?」
彼らの視線が侵入者から外れて、兄弟へと移る。
ヒソヒソと囁く声も響いている。
「あのデカブツとへらへら会話してたぞ」
人造人間に集中していたせいで気づくことはできなかったが、兄弟は周囲の不審げな眼差しに困惑する。
「お?え?」
「あれ?」
男達が一斉に兄弟を見ている。
「まさか、内側から手引きしてたんじゃ…」
アレの知り合いか、侵入者と手を組んでいる、やはりスパイ、などなど、不穏な言葉が飛び交っている。
(他人のフリ…)
北方司令部からブリックズ要塞に異動されて早々、面倒事に巻き込まれたくはないと、ファルマンはコソコソとその場から離れる。
「スパイ?」
「てめ、コノヤロー」
「ちょっと待て…」
「やばい雰囲気…」
こういう注目のされ方は初めてだったし、正直あまりいい気がしない。
いっそ告げてしまえば、少なくとも疑いの眼差しのようなものは向けられないはずである。
実際は、それもままならない。
「バッカニア大尉!!二人は密偵なんかじゃありません!!」
「氷刹、邪魔をしないでいただきたい!!」
頭上で言い争う声が聞こえた直後、銃声が轟きエドめがけて発砲された。
「ぎゃあ!!」
咄嗟に身を翻して避けると、銃弾は床に貫通する。
キョウコの制止を振り切って拳銃を構えたバッカニアが怒鳴った。
「貴様、やはりドラクマの密偵だったのか!?」
「誤解だ!!」
「じゃあ何故、侵入者と親しく喋っている!!」
「親しくない!!」
現場に駆けつけた第一声がこれである。
「ウロボロスの…入れ墨…」
そう、右肩にあの刺青があった。
侵入者の特徴は非常に大きな体格の男であることと黒の長髪に黒い服。
何もかもが黒ずくめなのも奴らの特長に合っている。
つまり、あの大男は人造人間とみて間違いない。
地下から侵入したのか床には大きな穴が空いている。
「一体、なんで…」
何故、人造人間がこんなところに、と。
自分はちゃんと要塞で勤務してるし、今のところ何か動いたわけでもない。
エドとアルだって、一応旅を続けることの許可はもらっている。
何も約束を違えていないはず。
(このタイミングで人造人間の登場って、どんな意味があるの!?)
必死に弁解してる二人はともかく、人造人間が動いたのを目の端で捉えた。
「邪魔」
近くにあった大型のパイプを両手に抱えると、軽々と持ち上げる。
「エド!アル!そこから離れて!!」
「え」
キョウコの大声に顔を上げたアルの視界に、大型のパイプが飛び込んできた。
「「どわあああ!!」」
圧倒的な重量で降ってくるパイプから逃げ惑う。
「ここ、広い、な。もう、掘らなくて、いいの、か」
相変わらず鈍い動きを続けながら、スロウスは広い最下層を歩く。
「どこ、ここ」
「ええい、撃て!!」
ブリッグズ兵は拳銃で応戦するが、それは分厚い皮膚によって弾き返されてしまった。
「うそぉ!!」
「弾が効かん!?」
兵士は異形を前にして目を剥く。
その光景を目の当たりにして驚くバッカニア。
「銃などの武器は一切、効きません!!」
驚愕するバッカニアをよそに、スロウスは作業用エレベーターへと足を踏み入れてしまう。
いつの間にか作動レバーがオンになっていて開発層へと上がっていく。
「ここ、どこだ」
動き出しの僅かな浮遊感。
上昇するエレベーターが動き出すと、彼は首を傾けた。
「お?」
最悪の状況だった。
(…今は人造人間の対処に集中しないと)
キョウコは頭を振って気持ちを切り替える。
状況の整理と事態の打開を兼ねる指示を出した。
「まずい、開発層に上がって行く!非戦闘員はここの修繕を大至急!他の隊もそれを手伝って!あたしは奴を追います!もし新手が来たならすぐに報告を!」
凛々しさと覇気に満ちたキョウコの一声で、その場にいた兵士達は胸に刻むようにしっかりと頷く。
『イエッサー!』
ほんの二分足らずの間に、彼女は屈強なブリックズ兵士の統率をこなしていた。
すると、兄弟から妙な視線を感じる。
「…なに、二人とも」
「あ、いや…その~、なぁ?」
「う、うん…」
「言いたい事があったらさっさと言う!」
きつく言えば二人はいきなり顔を青ざめて敬礼するように背筋を伸ばし、
「「な、なんでもありません!!」
なんて返してきた。
今までブリックズ要塞がどれほど危機に陥ろうともついに鳴ることがなかった警報が今、狂ったように鳴り響いている。
辺りは騒然とし始め、開発層にいた作業員は慌ただしく走り回る。
やがて開発層へと上がってきた侵入者に、彼らは斧やスパナで身構えた。
「おっ…」
「でかっ…」
一瞬、その巨体に怖じ気づくも勇気を振り絞る。
「ヤロウ…下から来るとはなめやがっ…」
だが、人造人間が一歩踏み出しただけで後ずさった。
「あった、かい」
「この…」
玉砕覚悟で武器を振り上げた直後、
「動くな!!」
女将軍の鋭い一声によって止められた。