第62話
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イシュヴァール殲滅戦の名前くらいは知っていた。
13年前、一発の銃弾で大規模な内乱が始まり、結果的に国家錬金術師を導入するという異例の措置に出た。
しかし、それは凄惨な蹂躙の全てだった。
不気味なほどの静寂。
ハヤテ号が上目遣いに、窺い見るように丸い目を向けて、心配そうに鼻を鳴らす。
「これが…私のしっているイシュヴァールの全てよ」
それを破ったのは、今までとなんら変わらぬように思える静かな声だった。
「………大総統になるっていう大佐の目的はわかった」
全てを聞き終えたエドは無意識にリザから視線を外し、しかし決然と顔を上げる。
「でも…軍のトップになっても、この国が軍事国家であるかぎり、この先まだ、いつ内乱や他国との衝突が発生するかわからないじゃないか!」
切迫した光を浮かべた両の瞳でリザを見つめ、その先を告げる。
「この国は守れても他国の人を、また大量に殺す事になる!」
「そうね」
エドの心を読んだように、あっさりと頷いた。
「今は、まだほぼ軍の傀儡となっている議会を在るべき形に戻し、民主制に移行…他国と他国と協議を持ち、ゆるゆると軍備を縮小して生き残りの道をさぐる……のがいいかしらね」
意外な言葉を口にしたリザは目を伏せ、続ける。
「軍備縮小の中には、国家錬金術師の廃止も含まれるわ」
「なるほど」
一瞬、納得しかけて――思わず声をあげた。
「いや、待った!それって………」
身を乗り出すエドをよそに、リザは落ち着いた口調で答える。
「そう。乱世の英雄は、平和な世においては、ただの大量殺人者になる」
唖然とする彼を、続く言葉がさらに瞠目させた。
「大佐だけでなく、人体実験をしていたノックス先生他諸々 …もしかしたら、私もイシュヴァールでの非道を裁かれる事になるでしょうね。軍人でいる事が…軍服一枚が、今の私達を守っているのよ」
「大佐はそれを承知で、上を目指してんのか。そんなの自滅の道じゃないか!」
「『下の者を守る』と言ったから…多分、あの人の事だから、どんな手を使ってでも最終的には私達下の者を生き長らえさせるでしょうね」
目を合わせぬまま浴びせかけられた言葉は、エドの動きを一瞬、停止させるだけの威力を持っていた。
「でも…あの内乱の発端はエンヴィーがイシュヴァールの子供を撃ち殺したからだ」
きつく拳を握りしめ、眉をつり上げて反論する。
「裏で糸引いてたのは人造人間だ!大佐や中尉が裁きを受けるなんて…」
しかしリザがそれに動じた様子は、全くなかった。
「原因が人造人間だとしても、実行したのは私達よ。私も大佐も…おそらく、ヒューズ准将も思っていたでしょう」
虚をつかれた表情で絶句する。
「『沢山の人の人生を、その人の許可無く終わらせた。その私達が勝手に死にたい時に死ねる訳が無い』……と」
どうしてたくさんの仲間に囲まれながらも、こんなに孤独に胸が張り裂けそうなのだろうか。
きっと自分達は、これからも血を吐き恐怖に眠れぬ夜を過ごしながらも真実を知ることだろう。
だがきっと、真実は自分達を幸せにはしない。
殲滅戦に参入したあの時に、その確信は増した。
「だからせめて、私達の次の世代には笑って幸せに生きてもらいたいのよ」
「…なんだよ…ズルイよ……」
エドは眉をひそめ、煮え切らない様子で叫んだ。
「そんなのおかしいだろ!皆に幸せにってもらいたいのはもちろんだけど、自分だって幸せになりたいだろ!?」
――エドは愕然とした表情で、粉々に散らばった機械鎧の接続部分である肩を押さえながら膝をついた。
(――「弟には手を出さないと約束しろ」――)
――傷の男に狙われ、生と死の淵で、エドは命を投げ打って弟に手を出すなと約束した。
「自己犠牲なんて、単なる自己満足だ!!」
脳裏に過ぎるのは、傷の男に殺されかけた出来事。
犠牲にしてまで自分を助けようとする兄を、アルは許さなかった。
(――「死ぬ方を選ぶなんて許さない!!バカ兄!!」――)
――意地が矜持が爆発して、弟は大声をあげる。
少年の精一杯の反論に、リザは苦笑する。
「自己犠牲じゃないわ。イシュヴァールを生き残った者としての、私達なりのケジメよ。エドワード君も似たとこあるでしょ?」
「え?」
「アルフォンス君が元の身体に戻るまで、自分の事を二の次に考えてるあたりがね。私達の心配をする前に、やる事があるでしょう?」
そう言われて、口をつぐんだ。
彼女の言う通り、自分達にはやらなければいけないことがある。
失った身体を取り戻すという目的。
「アルフォンス君も、あなたも元の身体に戻る事。沢山の人が、あなた達が元の身体に戻る日を待ってくれてるはずよ」
「――うん」
エドはうつむき加減に頷いた。
「……なぁ、キョウコ。おまえはイシュヴァールの話を聞いてどう思った?」
エドは薄暗い部屋の中で、ベッドの脇に座っていた。
じっと座って、キョウコの寝顔を見ていた。
寝ているのはわかっているのに話しかける。
「オレは正直、ちょっとヘコんだ」
「……うん、あたしもヘコんだ」
「え!?」
驚いてキョウコを見たら、うっすらと目を開けていた。
「い、いつから起きて…!?」
「ん…ついさっき」
シーツから顔を覗かせ、眠たげな眼差しを向ける。
はっきりしているようでぼんやりとした声。
寝不足で疲労しているところに起こすのは悪いと思いながらも、エドは口を開いた。
「なぁ、キョウコ」
「なに?」
「聞かせてくれないか?今、おまえが思ってる事、考えてる事」
それが聞きたくて、寝ているところにわざわざ声をかけたのだ。
このまま北に行かせたらきっと、彼女は壊れる。
そう感じたから……。
「それ、今日リザさんにも言われた…そんなにあたし、酷い?」
「少なくとも、オレにはおまえの心が限界に見えるぜ。話してくれ。それでおまえの荷物、オレにも分けてくれよ」
「……ダメだよ。ただでさえエド達だって大変なんだから…あたしの事なんかで、また重荷背負わせたくない」
シーツにくるまったキョウコの表情が強張り、息を吐いて、それから曇っていった。
「オレさ、最初はキョウコが何考えてるのかわからないから、戸惑ったよ。オレ達の仲間かと思えば冷たく突き放したりするし、いつだってオレやアルのために一人で罪を重ねて、誰かが手を差し伸べないと壊れてしまうくらいに儚いんだよ」
何を言うのかと、キョウコは僅かに首を傾げた。
エドはまっすぐキョウコを見つめ、こんなことを言い放った。
「でも、少しだけ、今は……わかる」
その一言が、キョウコから表情を失わせた。
わかった?
それは一体、どういう意味で。
「キョウコ・アルジェントという人間は、優しくて強くて、怒ると怖くて、誰よりも仲間思いの……オレ達の幼馴染みだ。そこだけは、自信を持っていいと思うぞ」
呆然とするキョウコに、エドは穏やかにして告げる。
「オレはもう、おまえを一人になんかできない」
たった一人で絶望と孤独を背負う少女を、放ってなんておけなかった。
「仲間としてじゃない。オレはエドワード・エルリックという人間として、おまえの隣を歩く」
全てが終わった時、誰も傍にいてやれないというのは、あまりにも悲しすぎるから。
「いや、歩かせてもらうぜ。これからは一緒に泣いて、一緒に苦しんで……意地でも一緒に戦ってやるからな」
他に誰もいないのなら、自分がいてやるべきだ。
疲れてしまった時、肩に寄りかかれる相手くらい、いたっていい。
自分でも、そのくらいのことはできるはずだと、そう思ったのだ。
「…エド…」
ぐすっ。
ごく微かな、すすり泣きの声。
エドは驚きを滲ませながらも、彼女と背中合わせを続ける。
「キョウコはこれから北のブリックズ要塞に身柄を預けられる事になるけど、オレが必ずなんとかする。だから…待っててくれ」
「待つ…?」
「ああ。オレが必ずなんとかする。その手立てが出来るまで、待っててほしい」
「…あたしは、待つだけ?」
すると、ずっと背を向けていたキョウコが漆黒の瞳でまっすぐ見つめてきた。
「…あたし、待つだけじゃ嫌だよ。今度こそ復讐に身を滅ぼしたりしない。アームストロング少将の下で修行する。だから、戦わせて」
エドは一度だけ下唇を噛んだ後、覚悟を決めた。
(…こういう女だったな。ならオレの答えは決まってる)
「ああ!必ず迎えに行く。だからブリッグズで待ってろ。頼りにしてるぜ」
「うん。約束ね」
キョウコは言って、それきり黙り込んだ。
沈黙は、苦ではなかった。
不思議と心地よかった。
「…キョウコ?」
視線を移せば、彼女は寝息を立てている。
エドは音を立てぬよう注意しながら、よく眠れ、という思いを込めて眠っているキョウコの髪を撫で、そっと部屋を出ていった。
拳銃を返す用事を済ませたエドは玄関に立つ。
「新しい情報が入ったら教えてあげるわ」
その前には見送りとして、リザとハヤテ号の姿があった。
「皮肉なものよね。錬金術に詳しくない私が、人造人間や賢者の石に近い一番近い所に配置されてしまって……」
「人質みたいなもんだろ?大丈夫かよ?」
錬金術に疎 いはずが総統付き補佐に配置された彼女を、心底から気遣う。
すると、腕を組んで開き直るような発言をした。
「前向きに考えるなら、大総統補佐って事は、スキあらば寝首を掻けるって事なのよね」
「…おっかねー」
リザの前向き(?)な発言に、思わず笑みが浮かぶ。
「あ……そーだ、大佐に伝言。傷の男がまだうろついてるって」
「わかったわ」
リザに伝えた後、エドは真剣な声音で顔を向ける。
「……中尉」
「何?」
「イシュヴァールの事話してくれてありがとう」
それに応えるかのように、ハヤテ号はワンと吠えた。
リザは手を振って見送ってくれた。
「ほんとにひでぇ事ばっかしたよ、イシュヴァールでは」
ノックスは広い天井に紫煙を吐き出す。
椅子に座るアルと、ソファに横になるメイは言葉を失う。
「マスタングの野郎と組んだ事もあった。あいつがイシュヴァール人を焼いて俺が解剖」
破砕音と絶叫が響き渡り、弾丸飛び交うあの地獄。
込み上げる感情を抑え切れない、ノックスのひび割れた声が室内に低く響き渡る。
「『人類の進歩のために』なんて大義名分掲げてなんでもやった。ひたすら死体…死体…死体……死体の相手。医者として人を治す資格なんて、自分にゃもう無いと思ったよ」
サングラスの下の顔は、心なしか悲しげに見える。
「だから、内乱が終わってから検死専門になった」
しかし彼は何事もなかったかのように、コーヒーを一気に飲み干す。
「――さて、年寄りの話は終わった子供 はもう寝ろ」
空になったマグカップを、汚れた食器が積もる洗面台に置いた。
「メイ。ランファンもいるんだろ?」
ノックスは、ソファに横になるメイと部屋の隅で座り込むランファンに声をかけた。
「ケンカすんなよ。おっさんは子供が殺し合うのなんざ、見たかねぇんだよ」
戦争経験者が語る重い言葉を聞いて、二人は沈鬱な表情になる。
すると、アルが椅子から立ち上がる。
「ノックス先生。もう遅いんで、ボク宿に戻ります」
「おう。尾行に気をつけてくれよ」
「また明日来ますね」
そう言って玄関に向かおうとするアルに声がかかった。
「あノ……鎧さン…」
振り返った先には、先程までソファに横になっていたメイの姿。
13年前、一発の銃弾で大規模な内乱が始まり、結果的に国家錬金術師を導入するという異例の措置に出た。
しかし、それは凄惨な蹂躙の全てだった。
不気味なほどの静寂。
ハヤテ号が上目遣いに、窺い見るように丸い目を向けて、心配そうに鼻を鳴らす。
「これが…私のしっているイシュヴァールの全てよ」
それを破ったのは、今までとなんら変わらぬように思える静かな声だった。
「………大総統になるっていう大佐の目的はわかった」
全てを聞き終えたエドは無意識にリザから視線を外し、しかし決然と顔を上げる。
「でも…軍のトップになっても、この国が軍事国家であるかぎり、この先まだ、いつ内乱や他国との衝突が発生するかわからないじゃないか!」
切迫した光を浮かべた両の瞳でリザを見つめ、その先を告げる。
「この国は守れても他国の人を、また大量に殺す事になる!」
「そうね」
エドの心を読んだように、あっさりと頷いた。
「今は、まだほぼ軍の傀儡となっている議会を在るべき形に戻し、民主制に移行…他国と他国と協議を持ち、ゆるゆると軍備を縮小して生き残りの道をさぐる……のがいいかしらね」
意外な言葉を口にしたリザは目を伏せ、続ける。
「軍備縮小の中には、国家錬金術師の廃止も含まれるわ」
「なるほど」
一瞬、納得しかけて――思わず声をあげた。
「いや、待った!それって………」
身を乗り出すエドをよそに、リザは落ち着いた口調で答える。
「そう。乱世の英雄は、平和な世においては、ただの大量殺人者になる」
唖然とする彼を、続く言葉がさらに瞠目させた。
「大佐だけでなく、人体実験をしていたノックス先生他
「大佐はそれを承知で、上を目指してんのか。そんなの自滅の道じゃないか!」
「『下の者を守る』と言ったから…多分、あの人の事だから、どんな手を使ってでも最終的には私達下の者を生き長らえさせるでしょうね」
目を合わせぬまま浴びせかけられた言葉は、エドの動きを一瞬、停止させるだけの威力を持っていた。
「でも…あの内乱の発端はエンヴィーがイシュヴァールの子供を撃ち殺したからだ」
きつく拳を握りしめ、眉をつり上げて反論する。
「裏で糸引いてたのは人造人間だ!大佐や中尉が裁きを受けるなんて…」
しかしリザがそれに動じた様子は、全くなかった。
「原因が人造人間だとしても、実行したのは私達よ。私も大佐も…おそらく、ヒューズ准将も思っていたでしょう」
虚をつかれた表情で絶句する。
「『沢山の人の人生を、その人の許可無く終わらせた。その私達が勝手に死にたい時に死ねる訳が無い』……と」
どうしてたくさんの仲間に囲まれながらも、こんなに孤独に胸が張り裂けそうなのだろうか。
きっと自分達は、これからも血を吐き恐怖に眠れぬ夜を過ごしながらも真実を知ることだろう。
だがきっと、真実は自分達を幸せにはしない。
殲滅戦に参入したあの時に、その確信は増した。
「だからせめて、私達の次の世代には笑って幸せに生きてもらいたいのよ」
「…なんだよ…ズルイよ……」
エドは眉をひそめ、煮え切らない様子で叫んだ。
「そんなのおかしいだろ!皆に幸せにってもらいたいのはもちろんだけど、自分だって幸せになりたいだろ!?」
――エドは愕然とした表情で、粉々に散らばった機械鎧の接続部分である肩を押さえながら膝をついた。
(――「弟には手を出さないと約束しろ」――)
――傷の男に狙われ、生と死の淵で、エドは命を投げ打って弟に手を出すなと約束した。
「自己犠牲なんて、単なる自己満足だ!!」
脳裏に過ぎるのは、傷の男に殺されかけた出来事。
犠牲にしてまで自分を助けようとする兄を、アルは許さなかった。
(――「死ぬ方を選ぶなんて許さない!!バカ兄!!」――)
――意地が矜持が爆発して、弟は大声をあげる。
少年の精一杯の反論に、リザは苦笑する。
「自己犠牲じゃないわ。イシュヴァールを生き残った者としての、私達なりのケジメよ。エドワード君も似たとこあるでしょ?」
「え?」
「アルフォンス君が元の身体に戻るまで、自分の事を二の次に考えてるあたりがね。私達の心配をする前に、やる事があるでしょう?」
そう言われて、口をつぐんだ。
彼女の言う通り、自分達にはやらなければいけないことがある。
失った身体を取り戻すという目的。
「アルフォンス君も、あなたも元の身体に戻る事。沢山の人が、あなた達が元の身体に戻る日を待ってくれてるはずよ」
「――うん」
エドはうつむき加減に頷いた。
「……なぁ、キョウコ。おまえはイシュヴァールの話を聞いてどう思った?」
エドは薄暗い部屋の中で、ベッドの脇に座っていた。
じっと座って、キョウコの寝顔を見ていた。
寝ているのはわかっているのに話しかける。
「オレは正直、ちょっとヘコんだ」
「……うん、あたしもヘコんだ」
「え!?」
驚いてキョウコを見たら、うっすらと目を開けていた。
「い、いつから起きて…!?」
「ん…ついさっき」
シーツから顔を覗かせ、眠たげな眼差しを向ける。
はっきりしているようでぼんやりとした声。
寝不足で疲労しているところに起こすのは悪いと思いながらも、エドは口を開いた。
「なぁ、キョウコ」
「なに?」
「聞かせてくれないか?今、おまえが思ってる事、考えてる事」
それが聞きたくて、寝ているところにわざわざ声をかけたのだ。
このまま北に行かせたらきっと、彼女は壊れる。
そう感じたから……。
「それ、今日リザさんにも言われた…そんなにあたし、酷い?」
「少なくとも、オレにはおまえの心が限界に見えるぜ。話してくれ。それでおまえの荷物、オレにも分けてくれよ」
「……ダメだよ。ただでさえエド達だって大変なんだから…あたしの事なんかで、また重荷背負わせたくない」
シーツにくるまったキョウコの表情が強張り、息を吐いて、それから曇っていった。
「オレさ、最初はキョウコが何考えてるのかわからないから、戸惑ったよ。オレ達の仲間かと思えば冷たく突き放したりするし、いつだってオレやアルのために一人で罪を重ねて、誰かが手を差し伸べないと壊れてしまうくらいに儚いんだよ」
何を言うのかと、キョウコは僅かに首を傾げた。
エドはまっすぐキョウコを見つめ、こんなことを言い放った。
「でも、少しだけ、今は……わかる」
その一言が、キョウコから表情を失わせた。
わかった?
それは一体、どういう意味で。
「キョウコ・アルジェントという人間は、優しくて強くて、怒ると怖くて、誰よりも仲間思いの……オレ達の幼馴染みだ。そこだけは、自信を持っていいと思うぞ」
呆然とするキョウコに、エドは穏やかにして告げる。
「オレはもう、おまえを一人になんかできない」
たった一人で絶望と孤独を背負う少女を、放ってなんておけなかった。
「仲間としてじゃない。オレはエドワード・エルリックという人間として、おまえの隣を歩く」
全てが終わった時、誰も傍にいてやれないというのは、あまりにも悲しすぎるから。
「いや、歩かせてもらうぜ。これからは一緒に泣いて、一緒に苦しんで……意地でも一緒に戦ってやるからな」
他に誰もいないのなら、自分がいてやるべきだ。
疲れてしまった時、肩に寄りかかれる相手くらい、いたっていい。
自分でも、そのくらいのことはできるはずだと、そう思ったのだ。
「…エド…」
ぐすっ。
ごく微かな、すすり泣きの声。
エドは驚きを滲ませながらも、彼女と背中合わせを続ける。
「キョウコはこれから北のブリックズ要塞に身柄を預けられる事になるけど、オレが必ずなんとかする。だから…待っててくれ」
「待つ…?」
「ああ。オレが必ずなんとかする。その手立てが出来るまで、待っててほしい」
「…あたしは、待つだけ?」
すると、ずっと背を向けていたキョウコが漆黒の瞳でまっすぐ見つめてきた。
「…あたし、待つだけじゃ嫌だよ。今度こそ復讐に身を滅ぼしたりしない。アームストロング少将の下で修行する。だから、戦わせて」
エドは一度だけ下唇を噛んだ後、覚悟を決めた。
(…こういう女だったな。ならオレの答えは決まってる)
「ああ!必ず迎えに行く。だからブリッグズで待ってろ。頼りにしてるぜ」
「うん。約束ね」
キョウコは言って、それきり黙り込んだ。
沈黙は、苦ではなかった。
不思議と心地よかった。
「…キョウコ?」
視線を移せば、彼女は寝息を立てている。
エドは音を立てぬよう注意しながら、よく眠れ、という思いを込めて眠っているキョウコの髪を撫で、そっと部屋を出ていった。
拳銃を返す用事を済ませたエドは玄関に立つ。
「新しい情報が入ったら教えてあげるわ」
その前には見送りとして、リザとハヤテ号の姿があった。
「皮肉なものよね。錬金術に詳しくない私が、人造人間や賢者の石に近い一番近い所に配置されてしまって……」
「人質みたいなもんだろ?大丈夫かよ?」
錬金術に
すると、腕を組んで開き直るような発言をした。
「前向きに考えるなら、大総統補佐って事は、スキあらば寝首を掻けるって事なのよね」
「…おっかねー」
リザの前向き(?)な発言に、思わず笑みが浮かぶ。
「あ……そーだ、大佐に伝言。傷の男がまだうろついてるって」
「わかったわ」
リザに伝えた後、エドは真剣な声音で顔を向ける。
「……中尉」
「何?」
「イシュヴァールの事話してくれてありがとう」
それに応えるかのように、ハヤテ号はワンと吠えた。
リザは手を振って見送ってくれた。
「ほんとにひでぇ事ばっかしたよ、イシュヴァールでは」
ノックスは広い天井に紫煙を吐き出す。
椅子に座るアルと、ソファに横になるメイは言葉を失う。
「マスタングの野郎と組んだ事もあった。あいつがイシュヴァール人を焼いて俺が解剖」
破砕音と絶叫が響き渡り、弾丸飛び交うあの地獄。
込み上げる感情を抑え切れない、ノックスのひび割れた声が室内に低く響き渡る。
「『人類の進歩のために』なんて大義名分掲げてなんでもやった。ひたすら死体…死体…死体……死体の相手。医者として人を治す資格なんて、自分にゃもう無いと思ったよ」
サングラスの下の顔は、心なしか悲しげに見える。
「だから、内乱が終わってから検死専門になった」
しかし彼は何事もなかったかのように、コーヒーを一気に飲み干す。
「――さて、年寄りの話は終わった
空になったマグカップを、汚れた食器が積もる洗面台に置いた。
「メイ。ランファンもいるんだろ?」
ノックスは、ソファに横になるメイと部屋の隅で座り込むランファンに声をかけた。
「ケンカすんなよ。おっさんは子供が殺し合うのなんざ、見たかねぇんだよ」
戦争経験者が語る重い言葉を聞いて、二人は沈鬱な表情になる。
すると、アルが椅子から立ち上がる。
「ノックス先生。もう遅いんで、ボク宿に戻ります」
「おう。尾行に気をつけてくれよ」
「また明日来ますね」
そう言って玄関に向かおうとするアルに声がかかった。
「あノ……鎧さン…」
振り返った先には、先程までソファに横になっていたメイの姿。