第61話
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凄まじい轟音と土煙が辺り一帯に巻き上がる。
砲声喚声が轟き、様々な炎が吹き上がる街並み。
それら鼓膜を痛打する轟きの有り様に、心を躍らせ、頭は静かに、キンブリーは課せられた仕事を遂行する。
「ああ、いい音だ…身体の底に響く、実にいい音だ。脊髄が哀しく踊り、鼓膜が歓喜に震える」
人の命で製造された術法増幅器『賢者の石』を手に取り、絶叫と狂笑はどこまでも響く。
「そしてそれを、常に死と隣り合わせのこの地で感じる事ができる喜び…なんと充実した仕事か!!」
青い軍服を着た男は、大仰に、まるで舞台役者のように両手を大きく広げながら悦に入った表情で君臨した。
キンブリーの発動した錬金術によって地面に亀裂が発生、一瞬大きく隆起したかと思うと、轟音と共に裂ける。
多くの建物を中心に直径三十メートルほどが完全に地盤沈下を起こし、大穴になっている。
「うわ…は…」
「すっ…げぇ」
兵士達は鳴り響く轟音と、次々と崩れていく建物に思わず身震いした。
「一発でこれだよ!さすがはキンブリー少佐!!見て下さい、イシュヴァールの奴ら!!あんな……」
「んんー……いまいち美しくない…」
興奮を抑えられない兵士の言葉を遮って、顎に手を添えて納得できない様子で凄惨な街並みを眺める。
「仕事なのですから美しく!完璧に!!大絶叫を伴い、無慈悲に圧倒的に!!!」
キンブリーは大仰に両手を広げて演説する。
自分の欲望を全うするために。
人々に阿鼻叫喚をもたらすために。
いくら仕事といえど、さも嬉しそうに殲滅を遂行する態度には困惑の色を隠せない。
「あ…あの…」
「さぁ、次に行きますよ」
「ちょっ…待ってくださいよ、少佐ぁー」
わけもわからず後を追う兵士が声をかけた、
「ん」
その直後、キンブリーの耳に……微かにだが、異質な音が飛び込んできた。
戦闘の喧騒のせいで不明瞭だったが、確かに聞いた。
先を進んだかと思うと、おもむろに腕を横に振る。
刹那、慌てて後を追うところにコートを強く引っ張られ、
「うげっ!?」
何も知らない兵士はキンブリーの前に無理矢理立たされた。
その瞬間、彼らのいる一帯に砲弾が降り注いだ。
「ゴホッ」
「ぶは」
むっとするほどの硝煙の臭いと煙たい土埃を吸い込んで、思わずむせる兵士達。
一方のキンブリーは、ダメージらしいダメージもない。
命中の瞬間、強く引っ張った兵士の身体を盾にして、砲弾から防いだのだ。
「しっかりしてください。私を守るのが、あなた方の仕事でしょう。ああ…上着が汚れてしまった」
不機嫌そうに汚れた軍服を見つめるキンブリーに、顔を煤で汚した兵士達の背筋が悪寒に震えた。
彼は大切な家族の安否を確認するために戦場を疾走する。
どこか安全な場所へ避難するイシュヴァール人。
脇腹を負傷して、苦しげな表情で歩くイシュヴァール人がいた。
家族はどこかと周囲を見渡していた時、一列に並んで歩いていた軍人と遭遇する。
「おっ…」
あちらもイシュヴァール人だと気づいて、ライフル銃を構えた。
「ヤロ…」
軍人が彼の胸元を照準して発砲、乾いた射撃音と共に、弾丸が発射される。
しかし、彼は既に、その射撃の勢いでは絶対に変えることのできない領域、照準の奥深くに踏み込んでいる。
下から突き上げるような肘鉄が顎に炸裂、脳髄を損壊せしめる。
無理矢理銃口をそちらに向けるが、
「うおおおおおっ!!?」
すぐに繰り出された彼の蹴りが狙撃銃を弾き飛ばした。
敵を退ける彼の戦闘は、疾風迅雷というべきものだった。
「何やってる!!撃て撃て!!」
「バカ!!仲間に当た…る、おげぇっ!!!」
圧倒的な攻撃力に後ずさる兵士の肩の骨を粉砕、家族の名を叫びながら走り出す。
「兄者!!父上!!母上!!」
必死の表情で名を呼び続けていると、
「おーーい」
遠くから声が聞こえた。
走る速度を上げて、彼は家族と再会する。
「無事だったか!」
「ああ、大事無い。皆、逃げる準備をしていたのが幸いだった」
「西からの攻撃が激しい。東に逃げよう」
「東は皆が殺到している。格好の的にされるんじゃないか?」
母親は不安に揺れる瞳で息子を見る。
「国家錬金術師が来ているらしいよ!」
「やっかいな!一般兵の十や二十なら己 れがなんんとかしてみせるのに……!!」
彼が歯噛みしながら険しく眉を寄せると、これからの逃げ道について話し合いが始まる。
「バラバラに逃げるか?まとまっていては、一族が一気にやられる可能性がある」
「あたしゃいやだよ、家族とはなればなれになるなんて!!」
バラバラに散開する意見に家族と離れるのは反対だと抗議する横で、兄が一冊の本を渡してきた。
「おい。これ、お前が持っててくれ」
「なんだ、これは?」
「私の研究書だ」
弟の問いかけに端折 った説明をする。
緊急事態なので、話す時間がない。
「これしか持ち出させなかったんだ、持って逃げてくれ」
無理矢理に書物を懐に収める。
「ちょっと待て…」
「私にもしもの事があったら、せっかくの研究がパアになる」
「おいっ、自分で持って逃げればいいだろうが!!」
「おまえは厳しい修練を積んだ立派な武僧だ。私より、おまえの方が生き残る確率が高いだろ?」
そう言い切った兄の顔は蒼白で、両膝をがくがくと震えていた。
恐らく恐怖ゆえに。
「見ろ…戦いに放り込まれたとたん、足の震えが止まらない…なさけない足だ」
「兄者…」
明らかに平静さを失っている兄を心配するような眼差しで見つめていると、建物の上に佇む人影があった。
男だ。
その肌は褐色ではない。
薄気味悪い笑みを浮かべて、こちらを見下ろしている。
「国軍兵か!!」
家族や仲間をかばうように前へ出た。
その時、腕を広げた拍子に掌に刻まれた刻印を見て、兄が顔色を変える。
「錬成陣…」
男――キンブリーは両手を合わせると、勢いよく地面に手をつく。
「国家錬金術師!?」
国家錬金術師の出現に、逃げ惑うイシュヴァール人。
「う…おっ…」
瞬間、地面に亀裂が発生、一瞬大きく沈下したかと思うと、轟音と共に隆起する。
「ぐっ……っの…」
地鳴りが足下を襲い、兄は恐怖で震える膝に力を込めた。
勇気を振り絞って地を蹴り、両腕に刻まれた奇妙な入れ墨を広げて弟をかばう。
「伏せろ!!」
「兄者!?」
刹那、凄まじい悲鳴と共に大混乱が発生。
混乱は一瞬で街を支配し、あらゆる物を人を巻き込んで破壊し、
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「おごあっ」
微かにではあるが、人々の悲鳴と絶叫、叫喚が聞こえてくる。
威力は驚嘆の一言だった。
キンブリーは身をよじらせて歓喜に震えた。
「ぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいい、いいい良い音だ!!!」
彼の想像を遥かに超える錬金術が、街を襲った。
イシュヴァールは、破壊の渦と化す。
消滅というあまりに暴力的な破壊は、呑み込み、文字通り消滅させた。
「すばらしい!!すばらしい賢者の石!!」
目の前で起きた暴力的な破壊に呑み込まれた人々の残骸が瓦礫に埋もれ、
「ゴフッ」
生き残った兄が、下敷きになった瓦礫の中から這い出る。
「しっ…っかりしろ……」
兄は気力を振り絞り、命がけで守り抜いた弟へ視線を移す。
「死ぬな……」
そこで愕然とした。
額を鮮血で濡らす弟の左腕が先程の攻撃で吹き飛ばされ、噴出した大量の血が流れていた。
「腕が……」
兄は失われた左腕に、顔を強張らせて止血を施す。
だが、力なく地についた頬まで、こぼれた赤い血が広がり、急速に弟の命を奪う。
「くそ……血が止まらん…死んでしまう…腕は…私の弟の腕はどこだ…」
薄く目を開けた兄は、熾烈極まりない戦場で必死に助けを求める。
「父さん、母さん、皆…誰か…!!」
死屍累々の酸鼻極まる戦場の中に、一人残された自分。
彼は呆然と立ち上がると、音が消えた戦場を眺め渡す。
「誰……か」
助けを求めて伸ばされた腕に視線を移し、そこに刻まれた入れ墨を一目見て確信する。
もう、これしか方法がない。
「生きろ、死んではいけない」
居住まいを正した声で、弟の血塗れの左肩に両手を置いた。
刹那、一つの錬金術が発動した。
「いやだ!!闘う!!イシュヴァール人の誇りを見せてやる!!」
「逃げなさい!!君を死なせるために治療したんじゃない!!早くしないと、完全に逃げ道が無くなるぞ!!」
「先生はどうするんですか!!」
彼は朦朧とする意識の中で、言い争う声を聞いた。
「兄者……」
全く予想外な事態を把握できず、ただ目を見張る彼の視界を、唐突に背中が――いつも見ていた、広くて細くて、頼もしくて、温かい背中が――塞いだ。
「バカな…己をかばったのか…死なないでくれ…」
重苦しい声と切羽詰まった声、
「自力で逃げられる人は逃げなさい!!」
「先生も逃げて下さい」
二人の男が緊迫した会話の横で、イシュヴァールの助手が目を覚ましたことに気づく。
「…ここはどこだ?」
「動かないで!傷が開く!」
目に映った腕の入れ墨から、それが兄の腕だと知った。
彼の判別した腕に、間違いはなかった。
それはまぎれもなく、兄のもの。
「…ああ、兄者の腕…よかった…兄者は助かっ…」
しかし、その後の認識は間違っていた。
今は兄のものでは、全くなかった。
「な、んっ…」
彼は、手を差し伸ばして、もう少しで掴んでもらえるところまできていた希望を粉砕され、
「なんだこれはぁあああああ」
生まれて初めて憤怒の雄叫びをあげる。
突如響き渡った雄叫びに、その場の全員が血相を変えて振り向く。
「鎮静剤!!」
砲声喚声が轟き、様々な炎が吹き上がる街並み。
それら鼓膜を痛打する轟きの有り様に、心を躍らせ、頭は静かに、キンブリーは課せられた仕事を遂行する。
「ああ、いい音だ…身体の底に響く、実にいい音だ。脊髄が哀しく踊り、鼓膜が歓喜に震える」
人の命で製造された術法増幅器『賢者の石』を手に取り、絶叫と狂笑はどこまでも響く。
「そしてそれを、常に死と隣り合わせのこの地で感じる事ができる喜び…なんと充実した仕事か!!」
青い軍服を着た男は、大仰に、まるで舞台役者のように両手を大きく広げながら悦に入った表情で君臨した。
キンブリーの発動した錬金術によって地面に亀裂が発生、一瞬大きく隆起したかと思うと、轟音と共に裂ける。
多くの建物を中心に直径三十メートルほどが完全に地盤沈下を起こし、大穴になっている。
「うわ…は…」
「すっ…げぇ」
兵士達は鳴り響く轟音と、次々と崩れていく建物に思わず身震いした。
「一発でこれだよ!さすがはキンブリー少佐!!見て下さい、イシュヴァールの奴ら!!あんな……」
「んんー……いまいち美しくない…」
興奮を抑えられない兵士の言葉を遮って、顎に手を添えて納得できない様子で凄惨な街並みを眺める。
「仕事なのですから美しく!完璧に!!大絶叫を伴い、無慈悲に圧倒的に!!!」
キンブリーは大仰に両手を広げて演説する。
自分の欲望を全うするために。
人々に阿鼻叫喚をもたらすために。
いくら仕事といえど、さも嬉しそうに殲滅を遂行する態度には困惑の色を隠せない。
「あ…あの…」
「さぁ、次に行きますよ」
「ちょっ…待ってくださいよ、少佐ぁー」
わけもわからず後を追う兵士が声をかけた、
「ん」
その直後、キンブリーの耳に……微かにだが、異質な音が飛び込んできた。
戦闘の喧騒のせいで不明瞭だったが、確かに聞いた。
先を進んだかと思うと、おもむろに腕を横に振る。
刹那、慌てて後を追うところにコートを強く引っ張られ、
「うげっ!?」
何も知らない兵士はキンブリーの前に無理矢理立たされた。
その瞬間、彼らのいる一帯に砲弾が降り注いだ。
「ゴホッ」
「ぶは」
むっとするほどの硝煙の臭いと煙たい土埃を吸い込んで、思わずむせる兵士達。
一方のキンブリーは、ダメージらしいダメージもない。
命中の瞬間、強く引っ張った兵士の身体を盾にして、砲弾から防いだのだ。
「しっかりしてください。私を守るのが、あなた方の仕事でしょう。ああ…上着が汚れてしまった」
不機嫌そうに汚れた軍服を見つめるキンブリーに、顔を煤で汚した兵士達の背筋が悪寒に震えた。
彼は大切な家族の安否を確認するために戦場を疾走する。
どこか安全な場所へ避難するイシュヴァール人。
脇腹を負傷して、苦しげな表情で歩くイシュヴァール人がいた。
家族はどこかと周囲を見渡していた時、一列に並んで歩いていた軍人と遭遇する。
「おっ…」
あちらもイシュヴァール人だと気づいて、ライフル銃を構えた。
「ヤロ…」
軍人が彼の胸元を照準して発砲、乾いた射撃音と共に、弾丸が発射される。
しかし、彼は既に、その射撃の勢いでは絶対に変えることのできない領域、照準の奥深くに踏み込んでいる。
下から突き上げるような肘鉄が顎に炸裂、脳髄を損壊せしめる。
無理矢理銃口をそちらに向けるが、
「うおおおおおっ!!?」
すぐに繰り出された彼の蹴りが狙撃銃を弾き飛ばした。
敵を退ける彼の戦闘は、疾風迅雷というべきものだった。
「何やってる!!撃て撃て!!」
「バカ!!仲間に当た…る、おげぇっ!!!」
圧倒的な攻撃力に後ずさる兵士の肩の骨を粉砕、家族の名を叫びながら走り出す。
「兄者!!父上!!母上!!」
必死の表情で名を呼び続けていると、
「おーーい」
遠くから声が聞こえた。
走る速度を上げて、彼は家族と再会する。
「無事だったか!」
「ああ、大事無い。皆、逃げる準備をしていたのが幸いだった」
「西からの攻撃が激しい。東に逃げよう」
「東は皆が殺到している。格好の的にされるんじゃないか?」
母親は不安に揺れる瞳で息子を見る。
「国家錬金術師が来ているらしいよ!」
「やっかいな!一般兵の十や二十なら
彼が歯噛みしながら険しく眉を寄せると、これからの逃げ道について話し合いが始まる。
「バラバラに逃げるか?まとまっていては、一族が一気にやられる可能性がある」
「あたしゃいやだよ、家族とはなればなれになるなんて!!」
バラバラに散開する意見に家族と離れるのは反対だと抗議する横で、兄が一冊の本を渡してきた。
「おい。これ、お前が持っててくれ」
「なんだ、これは?」
「私の研究書だ」
弟の問いかけに
緊急事態なので、話す時間がない。
「これしか持ち出させなかったんだ、持って逃げてくれ」
無理矢理に書物を懐に収める。
「ちょっと待て…」
「私にもしもの事があったら、せっかくの研究がパアになる」
「おいっ、自分で持って逃げればいいだろうが!!」
「おまえは厳しい修練を積んだ立派な武僧だ。私より、おまえの方が生き残る確率が高いだろ?」
そう言い切った兄の顔は蒼白で、両膝をがくがくと震えていた。
恐らく恐怖ゆえに。
「見ろ…戦いに放り込まれたとたん、足の震えが止まらない…なさけない足だ」
「兄者…」
明らかに平静さを失っている兄を心配するような眼差しで見つめていると、建物の上に佇む人影があった。
男だ。
その肌は褐色ではない。
薄気味悪い笑みを浮かべて、こちらを見下ろしている。
「国軍兵か!!」
家族や仲間をかばうように前へ出た。
その時、腕を広げた拍子に掌に刻まれた刻印を見て、兄が顔色を変える。
「錬成陣…」
男――キンブリーは両手を合わせると、勢いよく地面に手をつく。
「国家錬金術師!?」
国家錬金術師の出現に、逃げ惑うイシュヴァール人。
「う…おっ…」
瞬間、地面に亀裂が発生、一瞬大きく沈下したかと思うと、轟音と共に隆起する。
「ぐっ……っの…」
地鳴りが足下を襲い、兄は恐怖で震える膝に力を込めた。
勇気を振り絞って地を蹴り、両腕に刻まれた奇妙な入れ墨を広げて弟をかばう。
「伏せろ!!」
「兄者!?」
刹那、凄まじい悲鳴と共に大混乱が発生。
混乱は一瞬で街を支配し、あらゆる物を人を巻き込んで破壊し、
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「おごあっ」
微かにではあるが、人々の悲鳴と絶叫、叫喚が聞こえてくる。
威力は驚嘆の一言だった。
キンブリーは身をよじらせて歓喜に震えた。
「ぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいい、いいい良い音だ!!!」
彼の想像を遥かに超える錬金術が、街を襲った。
イシュヴァールは、破壊の渦と化す。
消滅というあまりに暴力的な破壊は、呑み込み、文字通り消滅させた。
「すばらしい!!すばらしい賢者の石!!」
目の前で起きた暴力的な破壊に呑み込まれた人々の残骸が瓦礫に埋もれ、
「ゴフッ」
生き残った兄が、下敷きになった瓦礫の中から這い出る。
「しっ…っかりしろ……」
兄は気力を振り絞り、命がけで守り抜いた弟へ視線を移す。
「死ぬな……」
そこで愕然とした。
額を鮮血で濡らす弟の左腕が先程の攻撃で吹き飛ばされ、噴出した大量の血が流れていた。
「腕が……」
兄は失われた左腕に、顔を強張らせて止血を施す。
だが、力なく地についた頬まで、こぼれた赤い血が広がり、急速に弟の命を奪う。
「くそ……血が止まらん…死んでしまう…腕は…私の弟の腕はどこだ…」
薄く目を開けた兄は、熾烈極まりない戦場で必死に助けを求める。
「父さん、母さん、皆…誰か…!!」
死屍累々の酸鼻極まる戦場の中に、一人残された自分。
彼は呆然と立ち上がると、音が消えた戦場を眺め渡す。
「誰……か」
助けを求めて伸ばされた腕に視線を移し、そこに刻まれた入れ墨を一目見て確信する。
もう、これしか方法がない。
「生きろ、死んではいけない」
居住まいを正した声で、弟の血塗れの左肩に両手を置いた。
刹那、一つの錬金術が発動した。
「いやだ!!闘う!!イシュヴァール人の誇りを見せてやる!!」
「逃げなさい!!君を死なせるために治療したんじゃない!!早くしないと、完全に逃げ道が無くなるぞ!!」
「先生はどうするんですか!!」
彼は朦朧とする意識の中で、言い争う声を聞いた。
「兄者……」
全く予想外な事態を把握できず、ただ目を見張る彼の視界を、唐突に背中が――いつも見ていた、広くて細くて、頼もしくて、温かい背中が――塞いだ。
「バカな…己をかばったのか…死なないでくれ…」
重苦しい声と切羽詰まった声、
「自力で逃げられる人は逃げなさい!!」
「先生も逃げて下さい」
二人の男が緊迫した会話の横で、イシュヴァールの助手が目を覚ましたことに気づく。
「…ここはどこだ?」
「動かないで!傷が開く!」
目に映った腕の入れ墨から、それが兄の腕だと知った。
彼の判別した腕に、間違いはなかった。
それはまぎれもなく、兄のもの。
「…ああ、兄者の腕…よかった…兄者は助かっ…」
しかし、その後の認識は間違っていた。
今は兄のものでは、全くなかった。
「な、んっ…」
彼は、手を差し伸ばして、もう少しで掴んでもらえるところまできていた希望を粉砕され、
「なんだこれはぁあああああ」
生まれて初めて憤怒の雄叫びをあげる。
突如響き渡った雄叫びに、その場の全員が血相を変えて振り向く。
「鎮静剤!!」