第83話
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目についた食べ物を片っぱしから掴んで口に入れ、豪快に咀嚼し、ガツガツ喰らう。
とにかく栄養を補給しなければ――。
「ぷはーーッ!!」
リンはまたたく間にエド達の非常食をペロリとたいらげた。
「人心地ついタ!あちがト!ごっそさン!」
「相変わらず、食いすぎだ。バカヤロウ」
「ホント、よく食べるよね」
そのありさまにエドは青筋を浮かべ、キョウコがしみじみとつぶやいた。
「非常食がカラッポだ」
非常食を食べられたことに、ハインケルとダリウスは怒っていた。
「とりあえず…状況を聞きたいんだけど。どうして、ここに?」
キョウコが口にした率直な疑問に、リンは硬直した。
彼の脳裏を過ぎったのは"お父様"がキョウコに施した術式。
大掛かりな錬成を発動するごとに、記憶と感情を代価にして、人造人間として覚醒する。
リンはキョウコの表情を見るために顔を上げて……微かな驚きが、走った。
キョウコの美貌に浮かんだ感情が、彼の想像とは違ったから。
「そっか……その様子だと、リンも知ってるんだね」
それは、嫌悪や怒りではなく。
驚きと戸惑い、それと共犯者めいた何かが秘められているように見えた――。
「キョウコ、どうかしたか?今のはどういう意味なんだ?」
エドがぽつりとこぼした。
「リンも驚いてるみたい。あたしが髪をバッサリ切った事に」
「それもそうだが、違ウ!いいカ?エド、キョウコは――、――」
リンが必死に説明しようとするも……肝心な部分で声が出ない。
口がぱくぱくと無意味に動くだけだ。
「……?なんだよ、リン?」
(こ……声が出なイ!?)
行動制限の術がかけられている。
対象の精神に介入し、指定した行動をその対象から完全に奪う、呪いに近い術。
今のリンには『キョウコの人造人間化を明かせない』という制約が課せられていたのであった。
(いつの間ニ……っ!?)
頬を引きつらせてキョウコを睨みつければ、当の本人は至って自然に笑っている。
(キョウコは一体、何を考えているんダ!?)
ハインケルとダリウスは、そんな煩悶するリンを不思議そうに眺めている。
その視線に気づいたリンが二人に声をかけた。
「そちらはお仲間さン?」
「ゴリさ…」
エドが代わりに紹介しようとした矢先、何やら失礼なことを言われる気がした二人は名乗り出た。
「ダリウスだ」
「ハインケルだ」
ハインケルがリンへと向き直ると早速、問いかけた。
「元軍属だが、訳有りでこの二人と一緒に行動してる。こいつ何者だ」
「えーーと。なんと説明していいか…」
エドは動揺した視線をリン――ではなく、キョウコへ向けた。
後ろに立つ少女とはとにかくテンポが合う。
話すリズム、考えるリズム、行動するリズム――そういったもろもろのタイミングと呼吸が、不思議なほどしっくりとくるのだ。
お互いに何も発言しないままでいたとしても、彼女となら多分一日中でも大丈夫だ。
口にせずとも伝わることはある。
きつい指摘やお説教はするが、それは彼女の思いやりの表れなのだ。
キョウコ・アルジェントはエドの知る限り誰よりも仲間思いで、心優しい。
だから、どれだけ説教されても感謝しなくては罰 が当たってしまう。
(……ん?でも最近、キョウコからの説教が減ったような気が……)
ところが、どういう偶然か。
振り向いたエドと顔を上げたキョウコの視線がバッチリ合わさってしまった。
慌てて言い訳を考え始めたエドに、キョウコは笑みを浮かべてリンの方へ瞳を動かした。
そして今度は、キョウコからエドへと眼差しを送る。
愛しい彼女の気持ちを察したエドはアイコンタクトで「どうする?」と問いかけた。
というより、相槌を打った。
キョウコは一度だけ、微かに首を左右に振って「どうしようもないね」と言わんばかりに再度、笑みを浮かべた。
「人造人間だヨ~~」
すると、当の本人が朗らかな調子で言い放った。
「そう、ホム…って、そんな軽い説明!?」
軽いといえば軽い答えに、キョウコは、あはは、と笑うしかなかった。
「ホム…って、マジでか?」
エドは隠すこともないと思い、素直に肯定した。
「うーん…話せば長い事だがマジだ」
「それよりリン、さっきの質問が先よ。なんでここに?どういう状況なの?」
キョウコが話を続ける横で、
「びっくりしただろーが」
突然のカミングアウトに、エドは困惑しまくっていた。
「グリードの奴が人造人間組と縁を切ってナ。その時の動揺に乗じて身体の主導権を取り返しタ。中央近くで隠れられる場所を探してここに…ッ」
リンが説明している最中、頭痛がしたのか、こめかみを押さえた。
「つッ!!」
苦しそうに、眉間に皺を寄せる。
その異変にエドも気づいた。
「どうした?」
「まずイ……グリードが出てくル…」
「?なんだ?」
リンとグリード。
二人の人格があることを知っているエドとキョウコは慌て始めた。
事情を知らないダリウスとハインケルは三人の様子を傍観していた。
「おいおいおい、待て待て待て!!」
エドは右手の拳で、リンの頭を昔のテレビを直す時みたいにガンガン叩きまくる。
「がんばれ!負けるな!意識を保て!」
本当に慌てているのか、さっきの食べ物の恨みなのかは……ちょっとわからない。
「……」
リンは若干苛立った。
キョウコはその様子を苦笑いしながら見ていた。
「聞け、エド!」
さすがにリンもエドの手を払って話し始めた。
「中央の地下にいる、あの『お父様』とやらがナ。来るべきその日 に扉を開けル!」
それまでの不機嫌も吹き飛ばした真剣な彼の声に、エドは背筋を伸ばす。
「俺の素人考えだが…そこに、おまえ達兄弟で飛び込めば、二人共元の身体に戻れるんじゃないカ?」
「…!!」
扉を開ける。
人体錬成の通行料で失ったエドの腕と足、アルの身体を取り戻せるかもしれない。
もし、そうだとしたら。
しかし、動かそうとした口は重く、硬く。
「いや、待てよ。そりゃ、そうかもしれないけど……扉開けるには通行料が必要で…」
出した声は白く凍るような、うそ寒さに満ちていた。
だが、真理の扉を開けるということは通行料が必要だ。
常に体内を循環し、肉体に活力を与える血液……人体錬成に欠かせぬ貴重な材料と引き替えに。
それら猛烈な、流血と犠牲を湧き上がらせる、悲しい道を想像して、エドの顔は青ざめていた。
その時、ギュッ、と握られて、我に返った。
知らず冷や汗をびっしりとかいていたエドの指が、キョウコに強く握られていた。
きつくではなく、しっかりと、強く。
自分を見つめる漆黒の瞳の、恐ろしいまでに強い輝きに当てられて、エドは負の方向へ雪崩れようとしていた思考の奔流から、辛うじて逃れ出た。
「あ……ごめん」
その双眸へ向けて、エドは謝っていた。
キョウコは答えず、漆黒の瞳を見据えてリンに言う。
「なんのために扉を開けるの?『来たるべきその日』って事は…扉を開けるのに決まった日があるって事?」
「それハ…」
キョウコの疑問に答えようとすると、こめかみを押さえたまま表情を歪めた。
「…くぅッ!?」
「リン!?おい!!」
「やばイ…くそッ…まだ出てくるナ…」
ぶつぶつと自分の中にいるグリードに話しかけるリン。
彼の苦しむ様子に、そこにいる誰もが心配した。
「伝言…」
弱々しい声音ながらもリンがつぶやいた。
「ランファンに、あの伝言ヲ…渡してくれたカ?」
「伝言…あ!あれか!」
エドはグリードに渡された伝言を思い出した。
すると、キョウコが告げる。
「アルと一緒に渡したよ。ランファンは無事…今はどこにいるか、わかんないけど」
そうリンに伝えると、彼は激しい頭痛に襲われる中、顔を綻ばせた。
「そうカ…よかっタ…」
同時に、自分の心の内にどす黒い感情が渦巻くのを感じる。
悪意とも狂気とも形容しづらいざわつきを懸命に抑え込んでいたが、リンの中に入り込んでいるグリードが目覚める。
「うぐッ…」
「リン!?」
「すまなイ…奴の意識が強くなってきタ…ここまデ……ダ…」
リンの荒い息遣いが突然、止まった。
彼はうつむいた顔を上げる。
「…うあ。あーー…」
いつも閉じられていた細目が、しっかりと開けられている。
それは、リンの身体がグリードに支配された証のようなもの。
「キョウコ、こっち来い」
言葉を発すると同時に、エドに引っ張られて離れる。
「くそ…シンの皇子め。余計な事をペラペラと」
「グリードか!」
「ああ、そうだよ」
人格が変わったことにハインケルが警戒し、懐に隠していた銃を取り出し、銃口をグリードへ向けた。
「ハインケルさん、それじゃ威嚇にもならない。弾が無駄になるだけだからしまって」
「お、わかってるねぇ姉ちゃん。そいつじゃ、俺は殺 れねぇよ」
エド達の横を通り過ぎ、小屋の玄関口から外に出る。
ひんやりとした冷気が、グリードを出迎えた。
「ジャマしたな」
「お…おい!」
エドは戸惑った声音で聞いた。
「オレ達の事、見逃すのか?」
「あ?見逃すも何も。さっき、こいつ が言ったろ。人造人間と縁切ったって。俺は記憶が混乱して、ブラッドレイを襲撃しちまった」
新生グリードが、かつての仲間ビドーを手にかけた時、潜んでいたリンの魂が覚醒し、怒りを叩きつける。
その激情を呼び水に、失われたはずの先代の記憶がよみがえり、グリードは混乱する意識の中でブラッドレイを襲撃。
これにより人造人間側から離反することとなった。
「戻ったって、何されるかわかんねぇから、このままトンズラぶっこいて…一人で気ままに生きてくさ。じゃあな」
そして、ちらりとグリードが視線を逸らす。
「………」
その視線の向かう先には、キョウコがいた。
彼女は唇に人差し指を当て『秘密にしてね』と念を送った。
すると向こうはひらひらと手を振る。
見送る形となったハインケルとダリウスは顔を見合わせ……しかし結局何も言えず、立ち尽くした。
「仲間にならねーか?」
エドが仲間にならないかと発したのはその時だった。
「行くとこ無いなら、一緒に来いよ」
グリードは、驚きの表情で振り返って動きを止めた。
「なに、寝ボケたこと言ってんだ。こちとら、人造人間だぞ?」
「けっ!それを言うなら、このおっさん達なんて合成獣だぜ?」
エドがあっさりと正体を暴露し、二人は絶句する。
「「おまっ…」」
「ノーマル人間じゃねえからってガタガタ言うオレ様じゃねえっての!」
自信に満ちた表情で腕を組むエドの後ろで、
「サラッとばらしやがった…」
怒気を剥き出しにしたダリウスが言う。
「…人様の秘密を、そんなさらっとばらすのはどうかと…」
キョウコはちょっぴり苦笑い。
「…つーか、あれ?この場にノーマルってオレとキョウコの二人だけ?少数派?」
ハインケルは溜め息をついてから、衝撃を受けるエドへ言う。
「だからよ。おまえ勢いで得体の知れない奴を仲間にすんの、やめろよな」
「いや、だから、――、――っ」
グリードはもどかしそうに頭をかきむしる。
「ふふ…」
キョウコが小さく噴き出した。
その場の全員が不思議そうにキョウコを見た。
「あ、すいません。エドらしいなって思って」
「バカなところが?」
「アホなところが?」
「後先考えないところが?」
一斉にグリード、ハインケル、ダリウスからつっこまれた。
エドは何も言えないのか、
「うぅぅぅ~…」
とうなっている。
「うーん…人の中身を見るところが…かな」
グリード達へ言い放ったキョウコが、エドへ微笑みを向ける。
あ、とエドは悟って、じんわり胸が温かくなるのを感じた。
キョウコがどうしてそんなに動揺していないのか――それは、エドを信頼してくれているからだ。
「ったく、こんな時に惚気か」
ハインケルが複雑な顔で言った。
具体的には――諦めの表情に、驚きと微笑ましさが少しずつ混ざったような。
「え、惚気?」
「だって、彼氏なんだろ?しかもホヤホヤ」
キョウコは微かに赤くなって、照れくさそうに美貌を揺らした。
エドも驚いているらしく、顔を真っ赤にしてハインケルに詰め寄った。
どうやら、恋人同士となったエドとキョウコの関係は、二人に知れ渡っているようで。
とにかく栄養を補給しなければ――。
「ぷはーーッ!!」
リンはまたたく間にエド達の非常食をペロリとたいらげた。
「人心地ついタ!あちがト!ごっそさン!」
「相変わらず、食いすぎだ。バカヤロウ」
「ホント、よく食べるよね」
そのありさまにエドは青筋を浮かべ、キョウコがしみじみとつぶやいた。
「非常食がカラッポだ」
非常食を食べられたことに、ハインケルとダリウスは怒っていた。
「とりあえず…状況を聞きたいんだけど。どうして、ここに?」
キョウコが口にした率直な疑問に、リンは硬直した。
彼の脳裏を過ぎったのは"お父様"がキョウコに施した術式。
大掛かりな錬成を発動するごとに、記憶と感情を代価にして、人造人間として覚醒する。
リンはキョウコの表情を見るために顔を上げて……微かな驚きが、走った。
キョウコの美貌に浮かんだ感情が、彼の想像とは違ったから。
「そっか……その様子だと、リンも知ってるんだね」
それは、嫌悪や怒りではなく。
驚きと戸惑い、それと共犯者めいた何かが秘められているように見えた――。
「キョウコ、どうかしたか?今のはどういう意味なんだ?」
エドがぽつりとこぼした。
「リンも驚いてるみたい。あたしが髪をバッサリ切った事に」
「それもそうだが、違ウ!いいカ?エド、キョウコは――、――」
リンが必死に説明しようとするも……肝心な部分で声が出ない。
口がぱくぱくと無意味に動くだけだ。
「……?なんだよ、リン?」
(こ……声が出なイ!?)
行動制限の術がかけられている。
対象の精神に介入し、指定した行動をその対象から完全に奪う、呪いに近い術。
今のリンには『キョウコの人造人間化を明かせない』という制約が課せられていたのであった。
(いつの間ニ……っ!?)
頬を引きつらせてキョウコを睨みつければ、当の本人は至って自然に笑っている。
(キョウコは一体、何を考えているんダ!?)
ハインケルとダリウスは、そんな煩悶するリンを不思議そうに眺めている。
その視線に気づいたリンが二人に声をかけた。
「そちらはお仲間さン?」
「ゴリさ…」
エドが代わりに紹介しようとした矢先、何やら失礼なことを言われる気がした二人は名乗り出た。
「ダリウスだ」
「ハインケルだ」
ハインケルがリンへと向き直ると早速、問いかけた。
「元軍属だが、訳有りでこの二人と一緒に行動してる。こいつ何者だ」
「えーーと。なんと説明していいか…」
エドは動揺した視線をリン――ではなく、キョウコへ向けた。
後ろに立つ少女とはとにかくテンポが合う。
話すリズム、考えるリズム、行動するリズム――そういったもろもろのタイミングと呼吸が、不思議なほどしっくりとくるのだ。
お互いに何も発言しないままでいたとしても、彼女となら多分一日中でも大丈夫だ。
口にせずとも伝わることはある。
きつい指摘やお説教はするが、それは彼女の思いやりの表れなのだ。
キョウコ・アルジェントはエドの知る限り誰よりも仲間思いで、心優しい。
だから、どれだけ説教されても感謝しなくては
(……ん?でも最近、キョウコからの説教が減ったような気が……)
ところが、どういう偶然か。
振り向いたエドと顔を上げたキョウコの視線がバッチリ合わさってしまった。
慌てて言い訳を考え始めたエドに、キョウコは笑みを浮かべてリンの方へ瞳を動かした。
そして今度は、キョウコからエドへと眼差しを送る。
愛しい彼女の気持ちを察したエドはアイコンタクトで「どうする?」と問いかけた。
というより、相槌を打った。
キョウコは一度だけ、微かに首を左右に振って「どうしようもないね」と言わんばかりに再度、笑みを浮かべた。
「人造人間だヨ~~」
すると、当の本人が朗らかな調子で言い放った。
「そう、ホム…って、そんな軽い説明!?」
軽いといえば軽い答えに、キョウコは、あはは、と笑うしかなかった。
「ホム…って、マジでか?」
エドは隠すこともないと思い、素直に肯定した。
「うーん…話せば長い事だがマジだ」
「それよりリン、さっきの質問が先よ。なんでここに?どういう状況なの?」
キョウコが話を続ける横で、
「びっくりしただろーが」
突然のカミングアウトに、エドは困惑しまくっていた。
「グリードの奴が人造人間組と縁を切ってナ。その時の動揺に乗じて身体の主導権を取り返しタ。中央近くで隠れられる場所を探してここに…ッ」
リンが説明している最中、頭痛がしたのか、こめかみを押さえた。
「つッ!!」
苦しそうに、眉間に皺を寄せる。
その異変にエドも気づいた。
「どうした?」
「まずイ……グリードが出てくル…」
「?なんだ?」
リンとグリード。
二人の人格があることを知っているエドとキョウコは慌て始めた。
事情を知らないダリウスとハインケルは三人の様子を傍観していた。
「おいおいおい、待て待て待て!!」
エドは右手の拳で、リンの頭を昔のテレビを直す時みたいにガンガン叩きまくる。
「がんばれ!負けるな!意識を保て!」
本当に慌てているのか、さっきの食べ物の恨みなのかは……ちょっとわからない。
「……」
リンは若干苛立った。
キョウコはその様子を苦笑いしながら見ていた。
「聞け、エド!」
さすがにリンもエドの手を払って話し始めた。
「中央の地下にいる、あの『お父様』とやらがナ。来るべき
それまでの不機嫌も吹き飛ばした真剣な彼の声に、エドは背筋を伸ばす。
「俺の素人考えだが…そこに、おまえ達兄弟で飛び込めば、二人共元の身体に戻れるんじゃないカ?」
「…!!」
扉を開ける。
人体錬成の通行料で失ったエドの腕と足、アルの身体を取り戻せるかもしれない。
もし、そうだとしたら。
しかし、動かそうとした口は重く、硬く。
「いや、待てよ。そりゃ、そうかもしれないけど……扉開けるには通行料が必要で…」
出した声は白く凍るような、うそ寒さに満ちていた。
だが、真理の扉を開けるということは通行料が必要だ。
常に体内を循環し、肉体に活力を与える血液……人体錬成に欠かせぬ貴重な材料と引き替えに。
それら猛烈な、流血と犠牲を湧き上がらせる、悲しい道を想像して、エドの顔は青ざめていた。
その時、ギュッ、と握られて、我に返った。
知らず冷や汗をびっしりとかいていたエドの指が、キョウコに強く握られていた。
きつくではなく、しっかりと、強く。
自分を見つめる漆黒の瞳の、恐ろしいまでに強い輝きに当てられて、エドは負の方向へ雪崩れようとしていた思考の奔流から、辛うじて逃れ出た。
「あ……ごめん」
その双眸へ向けて、エドは謝っていた。
キョウコは答えず、漆黒の瞳を見据えてリンに言う。
「なんのために扉を開けるの?『来たるべきその日』って事は…扉を開けるのに決まった日があるって事?」
「それハ…」
キョウコの疑問に答えようとすると、こめかみを押さえたまま表情を歪めた。
「…くぅッ!?」
「リン!?おい!!」
「やばイ…くそッ…まだ出てくるナ…」
ぶつぶつと自分の中にいるグリードに話しかけるリン。
彼の苦しむ様子に、そこにいる誰もが心配した。
「伝言…」
弱々しい声音ながらもリンがつぶやいた。
「ランファンに、あの伝言ヲ…渡してくれたカ?」
「伝言…あ!あれか!」
エドはグリードに渡された伝言を思い出した。
すると、キョウコが告げる。
「アルと一緒に渡したよ。ランファンは無事…今はどこにいるか、わかんないけど」
そうリンに伝えると、彼は激しい頭痛に襲われる中、顔を綻ばせた。
「そうカ…よかっタ…」
同時に、自分の心の内にどす黒い感情が渦巻くのを感じる。
悪意とも狂気とも形容しづらいざわつきを懸命に抑え込んでいたが、リンの中に入り込んでいるグリードが目覚める。
「うぐッ…」
「リン!?」
「すまなイ…奴の意識が強くなってきタ…ここまデ……ダ…」
リンの荒い息遣いが突然、止まった。
彼はうつむいた顔を上げる。
「…うあ。あーー…」
いつも閉じられていた細目が、しっかりと開けられている。
それは、リンの身体がグリードに支配された証のようなもの。
「キョウコ、こっち来い」
言葉を発すると同時に、エドに引っ張られて離れる。
「くそ…シンの皇子め。余計な事をペラペラと」
「グリードか!」
「ああ、そうだよ」
人格が変わったことにハインケルが警戒し、懐に隠していた銃を取り出し、銃口をグリードへ向けた。
「ハインケルさん、それじゃ威嚇にもならない。弾が無駄になるだけだからしまって」
「お、わかってるねぇ姉ちゃん。そいつじゃ、俺は
エド達の横を通り過ぎ、小屋の玄関口から外に出る。
ひんやりとした冷気が、グリードを出迎えた。
「ジャマしたな」
「お…おい!」
エドは戸惑った声音で聞いた。
「オレ達の事、見逃すのか?」
「あ?見逃すも何も。さっき、
新生グリードが、かつての仲間ビドーを手にかけた時、潜んでいたリンの魂が覚醒し、怒りを叩きつける。
その激情を呼び水に、失われたはずの先代の記憶がよみがえり、グリードは混乱する意識の中でブラッドレイを襲撃。
これにより人造人間側から離反することとなった。
「戻ったって、何されるかわかんねぇから、このままトンズラぶっこいて…一人で気ままに生きてくさ。じゃあな」
そして、ちらりとグリードが視線を逸らす。
「………」
その視線の向かう先には、キョウコがいた。
彼女は唇に人差し指を当て『秘密にしてね』と念を送った。
すると向こうはひらひらと手を振る。
見送る形となったハインケルとダリウスは顔を見合わせ……しかし結局何も言えず、立ち尽くした。
「仲間にならねーか?」
エドが仲間にならないかと発したのはその時だった。
「行くとこ無いなら、一緒に来いよ」
グリードは、驚きの表情で振り返って動きを止めた。
「なに、寝ボケたこと言ってんだ。こちとら、人造人間だぞ?」
「けっ!それを言うなら、このおっさん達なんて合成獣だぜ?」
エドがあっさりと正体を暴露し、二人は絶句する。
「「おまっ…」」
「ノーマル人間じゃねえからってガタガタ言うオレ様じゃねえっての!」
自信に満ちた表情で腕を組むエドの後ろで、
「サラッとばらしやがった…」
怒気を剥き出しにしたダリウスが言う。
「…人様の秘密を、そんなさらっとばらすのはどうかと…」
キョウコはちょっぴり苦笑い。
「…つーか、あれ?この場にノーマルってオレとキョウコの二人だけ?少数派?」
ハインケルは溜め息をついてから、衝撃を受けるエドへ言う。
「だからよ。おまえ勢いで得体の知れない奴を仲間にすんの、やめろよな」
「いや、だから、――、――っ」
グリードはもどかしそうに頭をかきむしる。
「ふふ…」
キョウコが小さく噴き出した。
その場の全員が不思議そうにキョウコを見た。
「あ、すいません。エドらしいなって思って」
「バカなところが?」
「アホなところが?」
「後先考えないところが?」
一斉にグリード、ハインケル、ダリウスからつっこまれた。
エドは何も言えないのか、
「うぅぅぅ~…」
とうなっている。
「うーん…人の中身を見るところが…かな」
グリード達へ言い放ったキョウコが、エドへ微笑みを向ける。
あ、とエドは悟って、じんわり胸が温かくなるのを感じた。
キョウコがどうしてそんなに動揺していないのか――それは、エドを信頼してくれているからだ。
「ったく、こんな時に惚気か」
ハインケルが複雑な顔で言った。
具体的には――諦めの表情に、驚きと微笑ましさが少しずつ混ざったような。
「え、惚気?」
「だって、彼氏なんだろ?しかもホヤホヤ」
キョウコは微かに赤くなって、照れくさそうに美貌を揺らした。
エドも驚いているらしく、顔を真っ赤にしてハインケルに詰め寄った。
どうやら、恋人同士となったエドとキョウコの関係は、二人に知れ渡っているようで。