第82話
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エドは僅か一分足らずで軍人三人を倒すという圧倒的な戦闘力で文字通り蹴散らした。
「急げ急げ!」
もはや隠れ家としていた診療所にも安全な場所はないと判断した四人は世話になった老夫婦へと別れを告げる。
「世話になったな、先生」
「ありがとな」
「礼はいいから、さっさと行きなさい」
医者は顔をしかめると、厄介払いというふうに、しっしっ、と手で払った。
厄介払いを受けるエド達とは対照的に、キョウコにはコロリと態度を変えて話しかけてきた。
「キョウコちゃんだけ残る気ない?手伝ってくれてすごい助かってるんだけどなぁ…」
「ありがとうございます。でも、あたしもやらなきゃならない事がありますから」
キョウコは笑顔でやんわりと断る。
最後まで態度の違う医者に腹立たしい気分だったが、モグモグとパンを咀嚼することで黙り込む。
倒れている軍人のメモを拝借すると、案の定捜索に当たっていたらしく、二人の特徴が書かれていた。
「そっか。赤コート、金髪三つ編みで捜索されてんのか。しばらくこの格好でいるか……」
二人の特徴が書かれたメモに目を通し……とある箇所で目線が止まった。
キョウコ・アルジェント。
長い黒髪を一つにまとめ、顔などは写真集を確認の上、捜索に当たられし。
"氷の魔女"と恐れられているが、手荒なことは禁止。
傷ひとつ、つければ降格や除名は覚悟すること。
ファンクラブ一同。
――ファンクラブって何?
「つか、お前……写真しゅ――」
思わず半眼になって言葉を紡ぎ、ハッと慌てるも遅かった。
キョウコが、ぴしっ、と凍りついた。
数秒の間、うつむいて黙り込む。
ハインケルとダリウスはわかりやすいくらいに狼狽し、エドは失言だったというふうに口許に手を当てた。
すると、クスクスという笑い声がキョウコの口から漏れた。
そんな彼女に、アレ?なんか予想してた反応と違う、と怪訝に思うエド。
おそるおそる話しかける。
「……キョウコ?」
予想通りなら、黒いオーラを纏って風穴確定よ!とかなってたはずだが、実際は……朗らかな笑顔を浮かべていた。
「わっ。いつの間にか、ファンクラブができてる。それに写真集まで。なんだか照れるね」
仮にも写真集まで出されたというのに、それまでと全く変わらぬ様子。
声も平穏なら顔色も普通。
そして、倒れ伏す軍人の身体をゴソゴソと探る。
「な、何やって……」
そんな様子にエドが驚きを隠せないでいると。
「ん~」
ようやく掻き回すのを止め、軍人が所持していた拳銃と予備弾倉を引き抜いた。
「動くな!!」
突如、新たなる第三者の怒声が響き渡った。
見れば向こうから、新手の軍人達がこちらに狙いを定めて銃を構えていた。
「ちっ…新手か」
ハインケルが舌打ちを鳴らす。
キョウコは奪った拳銃を手に持つと、くるりと一回転させてから腰のホルスターに収めた。
「武器を捨てろ!!」
「手を頭の上に!」
「早くしろ!!」
仲間の異変から殺気立ち、もはや交渉の余地は一片たりともなさそうだった。
迫りくる軍人達が銃を構える姿に、三人は顔を見合わせ、エドは食べていたパンを咀嚼して飲み込んだ。
「そっちこそ動くな!!」
「このガキ共の頭、ふっ飛ばされたいか!!」
すると、エドはダリウス、キョウコはハインケルと二人を抱え込んで銃口を突きつけた。
「ううっ!!」
(見た目で言えば)少年少女の人質に怯み、
「二人をはなせー!!」
いい感じに勘違いされたらしく、軍人達は頬を引きつらせていた。
「そんな小さい子供を人質に取るとは卑怯者めぇぇぇ!!」
「へっへっへ。こんないい人質、手放す訳にゃいかねぇなぁ!!」
悪役のように哄笑する二人の傍ら、
「ちっさいつった。ちっさいつった」
小さいという言葉に反応したエドは青筋を立てて、今にも暴れそうだ。
「オラ。そっちこそ武器を捨てろよ…なっ!!」
人質を抱えた二人は出口に向かって駆け出した。
「あ!!」
一瞬の隙をついて逃げられ、軍人達は慌てて後を追う。
「待て!!」
「追え追え!!」
「裏に回れ!!」
「軍人さん、よく来てくださったーー!!」
そんな彼らの背中に甲高い声が浴びせられた。
何事かと軍人が振り返ると、そこには医者夫婦が足にしがみついて泣きついていた。
「怖かったよォ~~」
「私ら、脅されて仕方無く!!」
「置いてかないで、軍人さん!!」
「はなせ、コラ!!」
「ほんと、怖かったよォ~~」
駆ける速度を緩めず、ちらりと背後を振り返れば、追いかけてきた軍人を引き止める老夫婦の声が聞こえる。
二人が犠牲者を装って足止めしてくれたから、後ろは心配なしとなった。
「先生方もようやるわ」
ダリウスが扉を体当たりで開け放つと、裏口を見張っていた軍人と出くわした。
軍人達が臨戦態勢を取ろうとした、その時。
「おおっと!」
ハインケルはすかさず拳銃を二丁引き抜き、射撃した。
火薬が破裂する射撃音が響き、
「うわわっ」
咄嗟に軍人は身を隠し、壁が、柱が、弾けるような音を立てて破裂していく。
「足、確保してくれ」
銃で威嚇しながら、ハインケルはダリウスへと声をかける。
「おう」
エドを小脇に抱えながら、ダリウスは逃走手段を確保するべく周囲を見回す。
すると、男女の話し声が聞こえてきた。
「どうだい、ハニー。北国仕様の新車だよ♡」
「ステキ~~~♡早く乗せて、乗せてぇ~~ん♡」
前にどこかで見た覚えのある男女が、道端に停めていた自動車を自慢げに披露していた。
最近流行りの、よく金持ちが乗り回しているような、幌 を張った開放的なタイプ車だ。
「その車、よこせ!!」
「「はいっ!!」」
ダリウスが厳つい表情で銃を突きつけて脅すと、状況の読めないカップルは両手を上げて素直に頷いた。
ハインケルは二人の背を押して後部座席に座りつつ、自身は助手席に飛び乗る。
ダリウスは運転席に座った。
クランクレバーを勢いよく回すと、エンジンが獣のごとく唸りを上げた。
車体が身震いする。
左のペダルを一気に踏み込んだ。
後輪が勢いよく空転し、次いで後部が爆発したかのように車は飛び出していく。
自動車は見るうちに速度を上げて、カーブで後輪が滑るたびに粉雪が巻き上がった。
「目標は、市民から車を奪って南区方面へ逃走!車種はEZO₋16型!」
診療所の外で待機していた軍人が無線機で連絡を取り合う最中、
「EZO₋16?」
「ああ、今はやりの。金持ちのボンボンが乗ってるような」
逃走車の車種を確認する。
「追え、追え!!」
すぐさま運転席に潜り込むと、アクセルを踏み込んだ。
軍人を乗せた車は凄まじい勢いで走り出す。
「やっべ…追いつかれる!」
エドは慌てて、身体ごと後ろへ振り向く。
背もたれを掴んで、やって来た方角を睨むと、車が追いついてきた。
二台や三台どころではない。
四人の車が走った直後に、真っ黒な車が次々と現れるのだ。
「運転下手だな、ゴリさん!!」
「ゴリ言うな!!雪道運転は北軍 の方が上手いに決まってんだろ!!」
ダリウスは左右の手のひらでハンドルを握り込みながら怒鳴り返す。
「キョウコ!」
この手の采配には間違いのないキョウコに、エドは目で訴える。
しばらく頼む。
任せて、絶対逃げ切ってみせるから。
アイコンタクトでのやり取り。
キョウコは、パン、と両手を合わせた。
次の瞬間、地面が凍結した。
「どわっ!?」
路面上の水分が凍結するアイスバーンが発生。
追跡車は一気にコントロールを失った。
運転手はがむしゃらにハンドルを回す。
タイヤが猛烈に回転し、車体を引きずって急激にカーブ。
呆気に取られているダリウスの大きく外側をかなりの距離で走り抜け、横転するのであった。
「やった……!」
エドが笑みを浮かべてつぶやき、キョウコもつい唇を綻ばせる。
直後だった。
クラクションが鳴り響く。
敵の追跡部隊は全滅したと思っていたのに、そうではなかった。
敵が猛然とこちらへ突っ込んでくる。
いくらても追跡車を撒いても車種が特定されているため、逃げ切るのは難しいだろう。
かくなる上は、とエドは声をあげた。
「そこ右!!」
再三、ダリウスに呼びかける。
生半可な攻撃は無意味だ。
可能な限り、逃走車だと気づかせない。
「あ!?」
「横に入って!!」
「なんでだ!?」
「なんでもいいから!!」
皆まで言う前に、パン、と両手を合わせた。
「入ったら即、反転よろしく!!」
「ええ、なんだかよくわからんが!!」
言われた通り、ダリウスはハンドルを回した。
恐ろしいほどの内角を抉って曲がり角へと突入し、激突必至の通行人や支柱を間一髪でやり過ごし、凄まじい勢いで走り抜ける。
「南6線に入った!!見失うな……」
とうとう後続の先頭車両に間近まで迫られ、敵はそのままアクセルを緩めなかった。
「…よっ!!」
同じように曲がり角へと突入し、インコースを最短で駆け抜ける。
一拍遅れて追いついた先、そこに逃走車の姿はなかった。
「…あれ?」
対向線を走っているのは、何やらド派手な装飾をした改造車。
前後・側面やタイヤなどの至るところに角やら牙やら鋭角的なフォルムをもっていた。
「あの車、どこ行った?」
「この先の交差点を曲がったのでは…?」
最近流行りの、よく金持ちが乗り回しているような、幌 を張った開放的なタイプ車を見失い、追跡車はアクセルを踏んだ。
「急げ!!」
「見失うな!!」
追跡車が通り過ぎると、四人は胸を撫で下ろした。
「……うまくまいた」
「ヤレヤレだ」
「ありがとね、エド」
「キョウコも。サンキューな」
互いを健闘し合うエドとキョウコ。
そんな二人とは対照的に、ハインケルとダリウスは浮かない表情だ。
「…おい。車のデザインをもっと質素なものに錬成し直せ」
どこか不安げな顔をする二人を前に、エドは不思議そうな顔で訊ねる。
「え?なんで?これカッコいいじゃん」
「いいから変えろ。頼むから変えろ」
「んだよ!!オレのセンスに文句あんのかよ!!」
「ありすぎだ」
二人から強く言われて、エドは(渋々)錬成で元に戻した。
車はもう引き返すことはない。
雪が降りしきる見慣れた街並みを横断し、やがて建物もまばらになった郊外から、一気に街区の外へと走り出す。
ハインケルはエドに頷いてみせて、皆に今後のことについて話し始めた。
「さて、どこへ行く?」
「まず、とにかくなんでもいいから情報が欲しい」
言いながら、エドは難しい表情になる。
それについてはキョウコも同じ考えだ。
自分達がキンブリーを始末するということを、本人に気づかれてしまった。
彼からの任務に背き、人質を逃がそうとしていることも。
傷の男を仲間に引き入れていることまで勘づかれ、ブリックズ砦には既に人造人間の手先である中央軍が治めている。
(アルとウィンリィ達は無事に合流できたかなぁ……)
まずはそこをハッキリすべく、キョウコは微笑んでエドに目で合図を送る。
それをどう理解したのか、エドはこくりと頷き、言葉を紡いだ。
「とりあえず、アルと合流しなくちゃ」
「北にいる時はブリックズを本拠地にしているんじゃないのか?」
「残念ながら、砦に中央軍が入って来てしまって使えなくなったわ」
問いかけに答えるキョウコの横で、エドは思索を続ける。
冷静に考えて、自分達が縋るべきアテのあまりの綱渡り加減に、脂汗を流す。
(アルだったらどこへ行く?考えろ。考えろ……)
そんな様子を、キョウコは楽しげ に眺めていた。
ホーエンハイムは何一つ隠すことなく、ゆっくりと語り始めた。
若き頃のクセルクセスでの奴隷生活。
己の血液から偶然生まれた"ホムンクルス"という名の存在。
のちに、これが中央にいる"お父様"と呼ばれる人物である。
ホムンクルスのおかげで知恵を身につけ、奴隷ではなくなり裕福な生活を送っていたが、クセルクセスの国王が不老不死を望み、強欲に溺れ、そして国が滅びとも言われる壊滅をした……否、賢者の石にされたのだ。
「急げ急げ!」
もはや隠れ家としていた診療所にも安全な場所はないと判断した四人は世話になった老夫婦へと別れを告げる。
「世話になったな、先生」
「ありがとな」
「礼はいいから、さっさと行きなさい」
医者は顔をしかめると、厄介払いというふうに、しっしっ、と手で払った。
厄介払いを受けるエド達とは対照的に、キョウコにはコロリと態度を変えて話しかけてきた。
「キョウコちゃんだけ残る気ない?手伝ってくれてすごい助かってるんだけどなぁ…」
「ありがとうございます。でも、あたしもやらなきゃならない事がありますから」
キョウコは笑顔でやんわりと断る。
最後まで態度の違う医者に腹立たしい気分だったが、モグモグとパンを咀嚼することで黙り込む。
倒れている軍人のメモを拝借すると、案の定捜索に当たっていたらしく、二人の特徴が書かれていた。
「そっか。赤コート、金髪三つ編みで捜索されてんのか。しばらくこの格好でいるか……」
二人の特徴が書かれたメモに目を通し……とある箇所で目線が止まった。
キョウコ・アルジェント。
長い黒髪を一つにまとめ、顔などは写真集を確認の上、捜索に当たられし。
"氷の魔女"と恐れられているが、手荒なことは禁止。
傷ひとつ、つければ降格や除名は覚悟すること。
ファンクラブ一同。
――ファンクラブって何?
「つか、お前……写真しゅ――」
思わず半眼になって言葉を紡ぎ、ハッと慌てるも遅かった。
キョウコが、ぴしっ、と凍りついた。
数秒の間、うつむいて黙り込む。
ハインケルとダリウスはわかりやすいくらいに狼狽し、エドは失言だったというふうに口許に手を当てた。
すると、クスクスという笑い声がキョウコの口から漏れた。
そんな彼女に、アレ?なんか予想してた反応と違う、と怪訝に思うエド。
おそるおそる話しかける。
「……キョウコ?」
予想通りなら、黒いオーラを纏って風穴確定よ!とかなってたはずだが、実際は……朗らかな笑顔を浮かべていた。
「わっ。いつの間にか、ファンクラブができてる。それに写真集まで。なんだか照れるね」
仮にも写真集まで出されたというのに、それまでと全く変わらぬ様子。
声も平穏なら顔色も普通。
そして、倒れ伏す軍人の身体をゴソゴソと探る。
「な、何やって……」
そんな様子にエドが驚きを隠せないでいると。
「ん~」
ようやく掻き回すのを止め、軍人が所持していた拳銃と予備弾倉を引き抜いた。
「動くな!!」
突如、新たなる第三者の怒声が響き渡った。
見れば向こうから、新手の軍人達がこちらに狙いを定めて銃を構えていた。
「ちっ…新手か」
ハインケルが舌打ちを鳴らす。
キョウコは奪った拳銃を手に持つと、くるりと一回転させてから腰のホルスターに収めた。
「武器を捨てろ!!」
「手を頭の上に!」
「早くしろ!!」
仲間の異変から殺気立ち、もはや交渉の余地は一片たりともなさそうだった。
迫りくる軍人達が銃を構える姿に、三人は顔を見合わせ、エドは食べていたパンを咀嚼して飲み込んだ。
「そっちこそ動くな!!」
「このガキ共の頭、ふっ飛ばされたいか!!」
すると、エドはダリウス、キョウコはハインケルと二人を抱え込んで銃口を突きつけた。
「ううっ!!」
(見た目で言えば)少年少女の人質に怯み、
「二人をはなせー!!」
いい感じに勘違いされたらしく、軍人達は頬を引きつらせていた。
「そんな小さい子供を人質に取るとは卑怯者めぇぇぇ!!」
「へっへっへ。こんないい人質、手放す訳にゃいかねぇなぁ!!」
悪役のように哄笑する二人の傍ら、
「ちっさいつった。ちっさいつった」
小さいという言葉に反応したエドは青筋を立てて、今にも暴れそうだ。
「オラ。そっちこそ武器を捨てろよ…なっ!!」
人質を抱えた二人は出口に向かって駆け出した。
「あ!!」
一瞬の隙をついて逃げられ、軍人達は慌てて後を追う。
「待て!!」
「追え追え!!」
「裏に回れ!!」
「軍人さん、よく来てくださったーー!!」
そんな彼らの背中に甲高い声が浴びせられた。
何事かと軍人が振り返ると、そこには医者夫婦が足にしがみついて泣きついていた。
「怖かったよォ~~」
「私ら、脅されて仕方無く!!」
「置いてかないで、軍人さん!!」
「はなせ、コラ!!」
「ほんと、怖かったよォ~~」
駆ける速度を緩めず、ちらりと背後を振り返れば、追いかけてきた軍人を引き止める老夫婦の声が聞こえる。
二人が犠牲者を装って足止めしてくれたから、後ろは心配なしとなった。
「先生方もようやるわ」
ダリウスが扉を体当たりで開け放つと、裏口を見張っていた軍人と出くわした。
軍人達が臨戦態勢を取ろうとした、その時。
「おおっと!」
ハインケルはすかさず拳銃を二丁引き抜き、射撃した。
火薬が破裂する射撃音が響き、
「うわわっ」
咄嗟に軍人は身を隠し、壁が、柱が、弾けるような音を立てて破裂していく。
「足、確保してくれ」
銃で威嚇しながら、ハインケルはダリウスへと声をかける。
「おう」
エドを小脇に抱えながら、ダリウスは逃走手段を確保するべく周囲を見回す。
すると、男女の話し声が聞こえてきた。
「どうだい、ハニー。北国仕様の新車だよ♡」
「ステキ~~~♡早く乗せて、乗せてぇ~~ん♡」
前にどこかで見た覚えのある男女が、道端に停めていた自動車を自慢げに披露していた。
最近流行りの、よく金持ちが乗り回しているような、
「その車、よこせ!!」
「「はいっ!!」」
ダリウスが厳つい表情で銃を突きつけて脅すと、状況の読めないカップルは両手を上げて素直に頷いた。
ハインケルは二人の背を押して後部座席に座りつつ、自身は助手席に飛び乗る。
ダリウスは運転席に座った。
クランクレバーを勢いよく回すと、エンジンが獣のごとく唸りを上げた。
車体が身震いする。
左のペダルを一気に踏み込んだ。
後輪が勢いよく空転し、次いで後部が爆発したかのように車は飛び出していく。
自動車は見るうちに速度を上げて、カーブで後輪が滑るたびに粉雪が巻き上がった。
「目標は、市民から車を奪って南区方面へ逃走!車種はEZO₋16型!」
診療所の外で待機していた軍人が無線機で連絡を取り合う最中、
「EZO₋16?」
「ああ、今はやりの。金持ちのボンボンが乗ってるような」
逃走車の車種を確認する。
「追え、追え!!」
すぐさま運転席に潜り込むと、アクセルを踏み込んだ。
軍人を乗せた車は凄まじい勢いで走り出す。
「やっべ…追いつかれる!」
エドは慌てて、身体ごと後ろへ振り向く。
背もたれを掴んで、やって来た方角を睨むと、車が追いついてきた。
二台や三台どころではない。
四人の車が走った直後に、真っ黒な車が次々と現れるのだ。
「運転下手だな、ゴリさん!!」
「ゴリ言うな!!雪道運転は
ダリウスは左右の手のひらでハンドルを握り込みながら怒鳴り返す。
「キョウコ!」
この手の采配には間違いのないキョウコに、エドは目で訴える。
しばらく頼む。
任せて、絶対逃げ切ってみせるから。
アイコンタクトでのやり取り。
キョウコは、パン、と両手を合わせた。
次の瞬間、地面が凍結した。
「どわっ!?」
路面上の水分が凍結するアイスバーンが発生。
追跡車は一気にコントロールを失った。
運転手はがむしゃらにハンドルを回す。
タイヤが猛烈に回転し、車体を引きずって急激にカーブ。
呆気に取られているダリウスの大きく外側をかなりの距離で走り抜け、横転するのであった。
「やった……!」
エドが笑みを浮かべてつぶやき、キョウコもつい唇を綻ばせる。
直後だった。
クラクションが鳴り響く。
敵の追跡部隊は全滅したと思っていたのに、そうではなかった。
敵が猛然とこちらへ突っ込んでくる。
いくらても追跡車を撒いても車種が特定されているため、逃げ切るのは難しいだろう。
かくなる上は、とエドは声をあげた。
「そこ右!!」
再三、ダリウスに呼びかける。
生半可な攻撃は無意味だ。
可能な限り、逃走車だと気づかせない。
「あ!?」
「横に入って!!」
「なんでだ!?」
「なんでもいいから!!」
皆まで言う前に、パン、と両手を合わせた。
「入ったら即、反転よろしく!!」
「ええ、なんだかよくわからんが!!」
言われた通り、ダリウスはハンドルを回した。
恐ろしいほどの内角を抉って曲がり角へと突入し、激突必至の通行人や支柱を間一髪でやり過ごし、凄まじい勢いで走り抜ける。
「南6線に入った!!見失うな……」
とうとう後続の先頭車両に間近まで迫られ、敵はそのままアクセルを緩めなかった。
「…よっ!!」
同じように曲がり角へと突入し、インコースを最短で駆け抜ける。
一拍遅れて追いついた先、そこに逃走車の姿はなかった。
「…あれ?」
対向線を走っているのは、何やらド派手な装飾をした改造車。
前後・側面やタイヤなどの至るところに角やら牙やら鋭角的なフォルムをもっていた。
「あの車、どこ行った?」
「この先の交差点を曲がったのでは…?」
最近流行りの、よく金持ちが乗り回しているような、
「急げ!!」
「見失うな!!」
追跡車が通り過ぎると、四人は胸を撫で下ろした。
「……うまくまいた」
「ヤレヤレだ」
「ありがとね、エド」
「キョウコも。サンキューな」
互いを健闘し合うエドとキョウコ。
そんな二人とは対照的に、ハインケルとダリウスは浮かない表情だ。
「…おい。車のデザインをもっと質素なものに錬成し直せ」
どこか不安げな顔をする二人を前に、エドは不思議そうな顔で訊ねる。
「え?なんで?これカッコいいじゃん」
「いいから変えろ。頼むから変えろ」
「んだよ!!オレのセンスに文句あんのかよ!!」
「ありすぎだ」
二人から強く言われて、エドは(渋々)錬成で元に戻した。
車はもう引き返すことはない。
雪が降りしきる見慣れた街並みを横断し、やがて建物もまばらになった郊外から、一気に街区の外へと走り出す。
ハインケルはエドに頷いてみせて、皆に今後のことについて話し始めた。
「さて、どこへ行く?」
「まず、とにかくなんでもいいから情報が欲しい」
言いながら、エドは難しい表情になる。
それについてはキョウコも同じ考えだ。
自分達がキンブリーを始末するということを、本人に気づかれてしまった。
彼からの任務に背き、人質を逃がそうとしていることも。
傷の男を仲間に引き入れていることまで勘づかれ、ブリックズ砦には既に人造人間の手先である中央軍が治めている。
(アルとウィンリィ達は無事に合流できたかなぁ……)
まずはそこをハッキリすべく、キョウコは微笑んでエドに目で合図を送る。
それをどう理解したのか、エドはこくりと頷き、言葉を紡いだ。
「とりあえず、アルと合流しなくちゃ」
「北にいる時はブリックズを本拠地にしているんじゃないのか?」
「残念ながら、砦に中央軍が入って来てしまって使えなくなったわ」
問いかけに答えるキョウコの横で、エドは思索を続ける。
冷静に考えて、自分達が縋るべきアテのあまりの綱渡り加減に、脂汗を流す。
(アルだったらどこへ行く?考えろ。考えろ……)
そんな様子を、キョウコは
ホーエンハイムは何一つ隠すことなく、ゆっくりと語り始めた。
若き頃のクセルクセスでの奴隷生活。
己の血液から偶然生まれた"ホムンクルス"という名の存在。
のちに、これが中央にいる"お父様"と呼ばれる人物である。
ホムンクルスのおかげで知恵を身につけ、奴隷ではなくなり裕福な生活を送っていたが、クセルクセスの国王が不老不死を望み、強欲に溺れ、そして国が滅びとも言われる壊滅をした……否、賢者の石にされたのだ。