第81話
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ロゼに続いて現れた人物の姿、意外すぎる事態に、アルとウィンリィは表情を凍りつかせる。
衝撃を受けたのは、二人だけではなかった。
エドとアルの父親――ホーエンハイムも、驚きに目を見開いている。
『あ……』
よっぽど予想外だったのか、三人の唇からこぼれたのは声にもなっていない吐息だった。
呆然として凍りついていた二人はやがて、少しずつ表情を取り戻し、ホーエンハイムを指差す。
「エドとアルの…」
「父さん!?」
ホーエンハイムもアルを指差して、驚きの声をあげる。
「俺の鎧コレクション!!」
それは、全く予期してない返答で。
「ちがーう!!」
アルは自分でも驚くほどの大声で反抗し、ウィンリは表情を歪めて彼ら兄弟の父親を見た。
ひどい、みたいな非難するような眼差しで。
「え。あ。すまん!」
ホーエンハイムは咄嗟に返す言葉を失ってしまった。
それから、自分が過った発言をしたと気づき、すぐさま謝る。
ホーエンハイムはやや躊躇するように様子を見せたのちに、アルの方へと向き直り、約十数年ぶりの親子の再会を果たした。
空気が息苦しく張りつめる。
やがてぽつりと、
「十数年ぶりだな。アルフォンス」
そんなふうに話し始めた。
どことなく申し訳なさそうに。
「そうだね」
「……ピナコから聞いたよ。身体の事とか…」
「うん…」
アルは緊張して、どこか遠慮がちにか細い声で返事した。
それで、親子の会話は終了した。
「「………………」」
お互い、感情の読みにくい表情をしている。
物憂げに、何かを考え込むように黙ってしまった。
「「………………………………………………」」
変な雰囲気だった。
よそよそしくて、ピリピリしていて――おおよそ親子の対面の雰囲気じゃない、とウィンリィは思う。
それは彼女の中にある「親子」のイメージとはかけ離れているように感じられた。
ウィンリィとロゼはそんな空気を敏感に読み取って余計なことは何も言わず、
「えーーーと……」
深い沈黙が支配し、親子は何か言いかけようとするも、かけるべき言葉が見つからず、会話の糸口が見つからない。
何やら不穏な雰囲気を察したヨキが困惑して、二人の顔を見比べる。
すると、迷いに迷ったアルが呼びかける。
「あの……父さん……」
言いにくそうに淀みながらも、勇気を振り絞って声をかけるアルの後ろから、リオールの住民が近づいてきた。
「あ。いたいた」
「ホーエンハイムさん!」
口を挟み、アルの台詞を中断させた。
動揺したふうに視線を泳がせていたホーエンハイムは、住民へと顔を向ける。
「ちょっと手伝ってほしいんだけど、手ぇ空いてる?」
「ああ、いいですよ」
彼らの姿を認めると、張りつめた表情を微かに緩めた。
ここは早く別れた方が、お互いの精神衛生のためだ、と心底から思った。
だがその前に、一言だけ付け加えておく必要を感じた。
「じゃあ。後でゆっくりな」
「あ……うん」
付け加えるのは一言だけ。
気の利いた言葉を交わさず、すぐに別れた。
先程、ホーエンハイムと会話していた人物は誰なのかと訊ねて、まさか息子だと言うものだから、二人はびっくりした。
「え?久しぶりに会った息子さん?」
二メートル近い鎧の体を横目で窺って、
「でかいね」
瞬時にはわからなかったように告げる。
「放っといていいの?」
久しぶりの再会なのに……と話を続けると、ホーエンハイムは気まずげに頬を掻いた。
「いやぁ、私、何年も前に息子を置いて家を出ちゃったんで…父親として信用されてないだろうし。何を話せばいいのやら」
そう言って、曖昧な、気まずさを誤魔化すといった感じの微笑みを口許に貼りつけた。
「あのラジオ。直してくれたの覚えてるかい?」
店の上に置かれたラジオ。
約一年前、アルが錬金術師で修復したラジオだった。
「あ…」
「あれから調子いいよ。雑音も入らないし」
「あれから…か」
コーネロの詐欺をエド達が暴いたことで、住民の怒りが爆発し、暴動が発生。
多数の死傷者を出す事態に発展した。
「……ごめんなさい。ボク達がコーネロにちょっかい出したから、街がこんな事に…」
「気にすんな、気にすんな!」
アルのそんな反応は織り込み済みとばかり、店主は笑みを浮かべた。
「…っても、この状況を見たら、気休めにもなんねぇだろうけどよ」
だが、先の事変が心に残した傷痕は大きく、未だ癒えきれるものではない。
同時に、あの困難を乗り越えることで、大きな成長を遂げたのだ。
そして、それはかつて恋人をよみがえらせるためにレト教に傾倒した、一人の少女でさえも――。
「あんたらは不正を暴いた。それは正しい事だと。少なくとも、俺はそう思ってるよ」
とりとめもない物思いにふけっていた店主はあの時、もしコーネロに騙され続け、狂気を色濃く滲ませた野望に自分達が呑み込まれると思うと……ぶるり、と悪寒が走った。
アルは閑散とした周囲を見渡した。
やはり、目につくのは先の激しい暴動の爪痕だ。
普段はあちこち地面が抉れ、無残なありさまを見せている。
修復は着々と進んでいるものの、所々の破壊跡が未だ生々しい。
だが、痛ましい光景であるが、そこに寂寥感や悲壮感はない。
建物を修理する金槌の音は、日がな一日絶えることがない。
「……………」
拳を握りしめて、激しい爪痕が残る場所へと走り出した。
「ボク、街の復興を手伝ってくる!」
「アル!」
「ウィンリィはどこかに匿ってもらてて!なるべく目立たないように!」
ガシャガシャ、と鎧を鳴らしてホーエンハイムの後を追うと、声を張り上げて復興の手伝いを申し出た。
「父さん、ボクも働く!」
「アルフォンス!」
ホーエンハイムは驚きの声をあげる。
隣で同じように作業していた住民の男性にアルは声をかけ、
「これ、運べばいいですか?」
「おっ!たすかるよ」
重い鉄骨を軽々と担いで運ぶ。
すると、遠目からアルの様子を眺めていたザンパノとジェルソも名乗りをあげた。
「どれ。俺達も手伝うか」
「行くぞ。ヨキ」
「え!?飯は!?」
二人の言葉に、フォークとナイフを持ったヨキは愕然とした表情で振り向いた。
「働いてから食った方が美味いだろ」
「オラ。来い」
「うおおお、はなせ!!はなせーー!!」
問答無用でヨキは引きずられ、
「いってらっさい」
彼らの姿が見えなくなった後、取り残されたウィンリィは所在なさげに佇む。
「……えーーと……」
その時、横から視線を感じて思わずぎょっとする。
興味深そうに目を輝かせて、ロゼが自分を見ていた。
「目立たないように匿うのね?まかせて!さぁ、行きましょ!」
あれよあれよの間に話が進み、ロゼの、柔和な容貌による異様な押しの強さに怯む内に、気づけば手を握られていた。
いつしかの彼と同じように、楽しそうな足取りで、
「ひとさらいーーー」
ウィンリィは引きずられるように連れていかれた。
「いってらっさい」
ロゼの強引すぎる誘いに、店主はハンカチをヒラヒラさせて見送った。
アルからウィンリィの世話を任されたロゼは少々、乱暴な方法で彼女が住む部屋に連れてきた。
「逃亡中だから目立たず…かといって、地味になりすぎず、動きやすく!どれがいいかしら」
ブラウスにセーター、スカート……ベッドに並べられた私服から、金髪の彼女に似合う衣服はどれかと真剣な表情で悩むロゼ。
派手過ぎず、地味過ぎず、絶妙のオシャレセンスを発揮して衣服を吟味する。
そして、浴室へと声をかけた。
「ウィンリィさん、湯加減はどう?」
脱衣所で衣服を脱ぎ捨てて髪を下ろし、ウィンリィはその肢体を湯船に沈めて息を吐いた。
「最・高です!!」
一糸まとわぬ艶めかしい白い裸身、豊かな曲線で胸、細腰、足を描き誇る肢体。
それなりに汗ばんで汚れた身を湯で清め、足を伸ばし、思う存分、入浴を満喫する。
「極楽、極楽。湯舟に浸かったなの、いつぶりだろ」
身体に刻まれた疲労がお湯に溶け出して流れていくようだ。
さらに、ロゼは入浴だけでなく、着替えを置いてくれた。
「着換え、ここに置いとくわね」
「はい!ありがとうございます!」
これ以上ないくらいにロゼのおもてなしに、ウィンリィは顔を綻ばせて返事する。
「ロゼさん、いい人だーー♡幸せーー♡」
人造人間から逃亡している最中だというのに、まさか温かな風呂にありつけるとは。
初対面にもかかわらず、ここまでお世話をしてくれる彼女に、いつしか心を許していた(単純)。
「でも、偉いわね。その歳で機械鎧職人として自立してるなんて。エドの足も?」
「そうです。幼なじみのよしみって言うか、そんな感じで…」
ふと、幼馴染みの話が出たことでエドとキョウコが現在、行方不明という事実に不安に襲われた。
「……………」
ウィンリィは顔を鼻まで湯船に沈めた。
ブクブクと息が泡になって弾ける。
泡となった息が溜め息だったのか吐息だったのか、彼女にもわからない。
(エドとキョウコ、大丈夫かな…まだ行方不明なのかな…あったかいお風呂、入れてるかな…)
ブリックズの空は分厚い雪雲と、気温の際限なき低下の極寒に支配されている。
下手をすれば遭難・凍死しかねない、絶望的で逼迫した状況。
ちゃんと食事は取れているのだろうか。
芯から冷え切った身体は温まっているのだろうか。
二人が生きてくれることを祈ることしかできない。
悶々とした迷いと葛藤を抱えているウィンリィをよそに、ロゼは楽しそうに話しかける。
「すごいなぁ。じゃあ、エドが立ち上がるための足を作った人って事よね。回り回って私を立ち上がらせてくれたんだから。ウィンリィさんは、私の恩人の恩人ね」
事前に置いてくれた服へと着替えて浴室を出ると、ロゼがちょうど紅茶の用意をしていた。
椅子に座るよう促して、テーブルにカップを置き、腰を下ろす。
ウィンリィは勧められるままロゼの対面に座った。
ロゼは改めて、兄弟とキョウコの出会いとカルト教団の信者になった経緯を打ち明けた。
「死んだ恋人をよみがえらせてくれる…奇跡の業というのを信じて私、レト教にのめりこんでしまったのよね」
レト教は、彼女に恋人の復活という希望をくれた。
心が弱っていたロゼは簡単に騙され、レト教に依存してしまう。
「そんな中、あの三人がこの街に来て、教主のペテンを暴露したの。今まですがってきたものが、突然消えて絶望したわ」
「……どうやって立ち直ったんですか?」
大きすぎる衝撃で打ちのめされた彼女に対する、追い討ちの言葉。
その言葉は、ただでさえ精神の平衡を乱した彼女の心を激しく動揺させた。
「エドに『自分の足で立って歩け』って怒られちゃった」
確かに彼の性分から考えると、頑張れ、なんて励ますタイプではないだろう。
恐らくエドは母親を人体錬成した時、その時の絶望を乗り越えたようにロゼにも乗り越えてほしいと思ったのかもしれない。
「げ」
案の定、遠慮のない物言いにウィンリィは心底から呆れるのであった。
「ほんと、あいつ。なんで落ち込んでる人に塩すり込むような事するかなーー」
「あはは」
彼の性格をよく知っている幼馴染みの表情を崩すだけの威力を持っていただけに、ロゼは苦笑いするしかない。
「キョウコからは『生きる理由を探したらどう?』って、何かにすがるんじゃなく、今に向き合って自分が生きる理由を探したらって言われたわ」
そのロゼの言葉を、ウィンリィは感じ入ったように反芻していた。
「生きる理由……」
すると、ロゼはしばらく、言葉を選ぶかのように押し黙って考え、そして言った。
「でも、怒ってくれてよかった。私も街の人も、目が覚めたもの」
一体、なんのために生きるのだろう。
衝撃を受けたのは、二人だけではなかった。
エドとアルの父親――ホーエンハイムも、驚きに目を見開いている。
『あ……』
よっぽど予想外だったのか、三人の唇からこぼれたのは声にもなっていない吐息だった。
呆然として凍りついていた二人はやがて、少しずつ表情を取り戻し、ホーエンハイムを指差す。
「エドとアルの…」
「父さん!?」
ホーエンハイムもアルを指差して、驚きの声をあげる。
「俺の鎧コレクション!!」
それは、全く予期してない返答で。
「ちがーう!!」
アルは自分でも驚くほどの大声で反抗し、ウィンリは表情を歪めて彼ら兄弟の父親を見た。
ひどい、みたいな非難するような眼差しで。
「え。あ。すまん!」
ホーエンハイムは咄嗟に返す言葉を失ってしまった。
それから、自分が過った発言をしたと気づき、すぐさま謝る。
ホーエンハイムはやや躊躇するように様子を見せたのちに、アルの方へと向き直り、約十数年ぶりの親子の再会を果たした。
空気が息苦しく張りつめる。
やがてぽつりと、
「十数年ぶりだな。アルフォンス」
そんなふうに話し始めた。
どことなく申し訳なさそうに。
「そうだね」
「……ピナコから聞いたよ。身体の事とか…」
「うん…」
アルは緊張して、どこか遠慮がちにか細い声で返事した。
それで、親子の会話は終了した。
「「………………」」
お互い、感情の読みにくい表情をしている。
物憂げに、何かを考え込むように黙ってしまった。
「「………………………………………………」」
変な雰囲気だった。
よそよそしくて、ピリピリしていて――おおよそ親子の対面の雰囲気じゃない、とウィンリィは思う。
それは彼女の中にある「親子」のイメージとはかけ離れているように感じられた。
ウィンリィとロゼはそんな空気を敏感に読み取って余計なことは何も言わず、
「えーーーと……」
深い沈黙が支配し、親子は何か言いかけようとするも、かけるべき言葉が見つからず、会話の糸口が見つからない。
何やら不穏な雰囲気を察したヨキが困惑して、二人の顔を見比べる。
すると、迷いに迷ったアルが呼びかける。
「あの……父さん……」
言いにくそうに淀みながらも、勇気を振り絞って声をかけるアルの後ろから、リオールの住民が近づいてきた。
「あ。いたいた」
「ホーエンハイムさん!」
口を挟み、アルの台詞を中断させた。
動揺したふうに視線を泳がせていたホーエンハイムは、住民へと顔を向ける。
「ちょっと手伝ってほしいんだけど、手ぇ空いてる?」
「ああ、いいですよ」
彼らの姿を認めると、張りつめた表情を微かに緩めた。
ここは早く別れた方が、お互いの精神衛生のためだ、と心底から思った。
だがその前に、一言だけ付け加えておく必要を感じた。
「じゃあ。後でゆっくりな」
「あ……うん」
付け加えるのは一言だけ。
気の利いた言葉を交わさず、すぐに別れた。
先程、ホーエンハイムと会話していた人物は誰なのかと訊ねて、まさか息子だと言うものだから、二人はびっくりした。
「え?久しぶりに会った息子さん?」
二メートル近い鎧の体を横目で窺って、
「でかいね」
瞬時にはわからなかったように告げる。
「放っといていいの?」
久しぶりの再会なのに……と話を続けると、ホーエンハイムは気まずげに頬を掻いた。
「いやぁ、私、何年も前に息子を置いて家を出ちゃったんで…父親として信用されてないだろうし。何を話せばいいのやら」
そう言って、曖昧な、気まずさを誤魔化すといった感じの微笑みを口許に貼りつけた。
「あのラジオ。直してくれたの覚えてるかい?」
店の上に置かれたラジオ。
約一年前、アルが錬金術師で修復したラジオだった。
「あ…」
「あれから調子いいよ。雑音も入らないし」
「あれから…か」
コーネロの詐欺をエド達が暴いたことで、住民の怒りが爆発し、暴動が発生。
多数の死傷者を出す事態に発展した。
「……ごめんなさい。ボク達がコーネロにちょっかい出したから、街がこんな事に…」
「気にすんな、気にすんな!」
アルのそんな反応は織り込み済みとばかり、店主は笑みを浮かべた。
「…っても、この状況を見たら、気休めにもなんねぇだろうけどよ」
だが、先の事変が心に残した傷痕は大きく、未だ癒えきれるものではない。
同時に、あの困難を乗り越えることで、大きな成長を遂げたのだ。
そして、それはかつて恋人をよみがえらせるためにレト教に傾倒した、一人の少女でさえも――。
「あんたらは不正を暴いた。それは正しい事だと。少なくとも、俺はそう思ってるよ」
とりとめもない物思いにふけっていた店主はあの時、もしコーネロに騙され続け、狂気を色濃く滲ませた野望に自分達が呑み込まれると思うと……ぶるり、と悪寒が走った。
アルは閑散とした周囲を見渡した。
やはり、目につくのは先の激しい暴動の爪痕だ。
普段はあちこち地面が抉れ、無残なありさまを見せている。
修復は着々と進んでいるものの、所々の破壊跡が未だ生々しい。
だが、痛ましい光景であるが、そこに寂寥感や悲壮感はない。
建物を修理する金槌の音は、日がな一日絶えることがない。
「……………」
拳を握りしめて、激しい爪痕が残る場所へと走り出した。
「ボク、街の復興を手伝ってくる!」
「アル!」
「ウィンリィはどこかに匿ってもらてて!なるべく目立たないように!」
ガシャガシャ、と鎧を鳴らしてホーエンハイムの後を追うと、声を張り上げて復興の手伝いを申し出た。
「父さん、ボクも働く!」
「アルフォンス!」
ホーエンハイムは驚きの声をあげる。
隣で同じように作業していた住民の男性にアルは声をかけ、
「これ、運べばいいですか?」
「おっ!たすかるよ」
重い鉄骨を軽々と担いで運ぶ。
すると、遠目からアルの様子を眺めていたザンパノとジェルソも名乗りをあげた。
「どれ。俺達も手伝うか」
「行くぞ。ヨキ」
「え!?飯は!?」
二人の言葉に、フォークとナイフを持ったヨキは愕然とした表情で振り向いた。
「働いてから食った方が美味いだろ」
「オラ。来い」
「うおおお、はなせ!!はなせーー!!」
問答無用でヨキは引きずられ、
「いってらっさい」
彼らの姿が見えなくなった後、取り残されたウィンリィは所在なさげに佇む。
「……えーーと……」
その時、横から視線を感じて思わずぎょっとする。
興味深そうに目を輝かせて、ロゼが自分を見ていた。
「目立たないように匿うのね?まかせて!さぁ、行きましょ!」
あれよあれよの間に話が進み、ロゼの、柔和な容貌による異様な押しの強さに怯む内に、気づけば手を握られていた。
いつしかの彼と同じように、楽しそうな足取りで、
「ひとさらいーーー」
ウィンリィは引きずられるように連れていかれた。
「いってらっさい」
ロゼの強引すぎる誘いに、店主はハンカチをヒラヒラさせて見送った。
アルからウィンリィの世話を任されたロゼは少々、乱暴な方法で彼女が住む部屋に連れてきた。
「逃亡中だから目立たず…かといって、地味になりすぎず、動きやすく!どれがいいかしら」
ブラウスにセーター、スカート……ベッドに並べられた私服から、金髪の彼女に似合う衣服はどれかと真剣な表情で悩むロゼ。
派手過ぎず、地味過ぎず、絶妙のオシャレセンスを発揮して衣服を吟味する。
そして、浴室へと声をかけた。
「ウィンリィさん、湯加減はどう?」
脱衣所で衣服を脱ぎ捨てて髪を下ろし、ウィンリィはその肢体を湯船に沈めて息を吐いた。
「最・高です!!」
一糸まとわぬ艶めかしい白い裸身、豊かな曲線で胸、細腰、足を描き誇る肢体。
それなりに汗ばんで汚れた身を湯で清め、足を伸ばし、思う存分、入浴を満喫する。
「極楽、極楽。湯舟に浸かったなの、いつぶりだろ」
身体に刻まれた疲労がお湯に溶け出して流れていくようだ。
さらに、ロゼは入浴だけでなく、着替えを置いてくれた。
「着換え、ここに置いとくわね」
「はい!ありがとうございます!」
これ以上ないくらいにロゼのおもてなしに、ウィンリィは顔を綻ばせて返事する。
「ロゼさん、いい人だーー♡幸せーー♡」
人造人間から逃亡している最中だというのに、まさか温かな風呂にありつけるとは。
初対面にもかかわらず、ここまでお世話をしてくれる彼女に、いつしか心を許していた(単純)。
「でも、偉いわね。その歳で機械鎧職人として自立してるなんて。エドの足も?」
「そうです。幼なじみのよしみって言うか、そんな感じで…」
ふと、幼馴染みの話が出たことでエドとキョウコが現在、行方不明という事実に不安に襲われた。
「……………」
ウィンリィは顔を鼻まで湯船に沈めた。
ブクブクと息が泡になって弾ける。
泡となった息が溜め息だったのか吐息だったのか、彼女にもわからない。
(エドとキョウコ、大丈夫かな…まだ行方不明なのかな…あったかいお風呂、入れてるかな…)
ブリックズの空は分厚い雪雲と、気温の際限なき低下の極寒に支配されている。
下手をすれば遭難・凍死しかねない、絶望的で逼迫した状況。
ちゃんと食事は取れているのだろうか。
芯から冷え切った身体は温まっているのだろうか。
二人が生きてくれることを祈ることしかできない。
悶々とした迷いと葛藤を抱えているウィンリィをよそに、ロゼは楽しそうに話しかける。
「すごいなぁ。じゃあ、エドが立ち上がるための足を作った人って事よね。回り回って私を立ち上がらせてくれたんだから。ウィンリィさんは、私の恩人の恩人ね」
事前に置いてくれた服へと着替えて浴室を出ると、ロゼがちょうど紅茶の用意をしていた。
椅子に座るよう促して、テーブルにカップを置き、腰を下ろす。
ウィンリィは勧められるままロゼの対面に座った。
ロゼは改めて、兄弟とキョウコの出会いとカルト教団の信者になった経緯を打ち明けた。
「死んだ恋人をよみがえらせてくれる…奇跡の業というのを信じて私、レト教にのめりこんでしまったのよね」
レト教は、彼女に恋人の復活という希望をくれた。
心が弱っていたロゼは簡単に騙され、レト教に依存してしまう。
「そんな中、あの三人がこの街に来て、教主のペテンを暴露したの。今まですがってきたものが、突然消えて絶望したわ」
「……どうやって立ち直ったんですか?」
大きすぎる衝撃で打ちのめされた彼女に対する、追い討ちの言葉。
その言葉は、ただでさえ精神の平衡を乱した彼女の心を激しく動揺させた。
「エドに『自分の足で立って歩け』って怒られちゃった」
確かに彼の性分から考えると、頑張れ、なんて励ますタイプではないだろう。
恐らくエドは母親を人体錬成した時、その時の絶望を乗り越えたようにロゼにも乗り越えてほしいと思ったのかもしれない。
「げ」
案の定、遠慮のない物言いにウィンリィは心底から呆れるのであった。
「ほんと、あいつ。なんで落ち込んでる人に塩すり込むような事するかなーー」
「あはは」
彼の性格をよく知っている幼馴染みの表情を崩すだけの威力を持っていただけに、ロゼは苦笑いするしかない。
「キョウコからは『生きる理由を探したらどう?』って、何かにすがるんじゃなく、今に向き合って自分が生きる理由を探したらって言われたわ」
そのロゼの言葉を、ウィンリィは感じ入ったように反芻していた。
「生きる理由……」
すると、ロゼはしばらく、言葉を選ぶかのように押し黙って考え、そして言った。
「でも、怒ってくれてよかった。私も街の人も、目が覚めたもの」
一体、なんのために生きるのだろう。