第80話
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「これ……じゃねぇな」
雪が降り積もった地面をじっと見つめ、何かを探す。
ジェルソが探す目当てのもの――マルコーの歯が見つからないと報告する。
「だめだ、ドクター。さすがにこの雪の中じゃ、ぶっ飛んじまった歯は見つからない」
「いいよいいよ。無理しなくて探さなくて」
口から多量の血を流しながら、抜けた歯によって空気のこすれる音を生じながら、マルコーが苦笑いした。
「また一段とひどい顔になっちゃいましたネ」
錬丹陣の中心に座る彼は、メイから口内の出血を止める術を施されていた。
「はは……口がスースーするよ。止血してくれてありがとう」
「どういたしましテ!」
メイに止血のお礼を言うと、ジェルソとザンパノの方へ向き直り、小さく微笑んだ。
「君達も」
一瞬わからず、目を丸くする二人だったが、己の不甲斐なさと共に告げられた言葉にハッとする。
スカーはわかっていた。
それまで罪の意識から逃げ続けていたマルコーが戦いを決意したのは何故か。
絶望し諦観し、無気力だったマルコーが、その心の奥底にくすぶっていた憤怒の炎を燃え上がらせ、人造人間に反撃したのは何故なのか。
理不尽に毅然と抗う"人間"の姿を思い出したのだ。
「私の償いというわがままに付き合わせてしまって申し訳ない。ありがとう」
正直に思ったことを告げると、二人は感謝の言葉にうろたえたような声を出した。
「いや…まぁな。なるべく手を出すなって言われたから」
「なあ。でもヒヤヒヤしたぜ。あんな化物だと思ってなかったもんなぁ」
改めて思い出すと、エンヴィーの醜い異形の姿を目の当たりにした時は怖気が走った。
二人が視線を向けた先、
「ぎっ、ぎぎ」
小さな虫ケラの姿となったエンヴィーがスカーの指先につまみあげられている。
マルコーに賢者の石を破壊されてしまい、弱体化してしまったのだ。
苦々しく歯噛みするエンヴィーは、無力な人間の中に混じって談笑する、一人の少女を見つけた。
(あいつ……中央の地下に忍び込んだ小娘だ…!)
スカーと一緒に中央の地下に忍び込み、"お父様"が発動させた錬金術封じの術式を破ったメイの姿を見て、愕然とする。
ジェルソの背中に抱きつくような形で背負わされたマルコー、束になった薪を持って、アル達が帰ってきた。
「お!」
「おーい」
ヨキはまっすぐに向かうと早速、人造人間は倒せたのかと訊ねた。
「どうだった?人造人間とやらは倒せたのか?」
「ああ。なんとかね……」
ウィンリィがジェルソの背中にいるマルコーに目ざとく気づいて顔色を変える。
「マルコーさん、ケガしてるの!?」
「いや、ケガは大丈夫なんだけど、腰が抜けてしまって…」
ジェルソはようやくマルコーを地面へ下ろした。
すると、イシュヴァール人が温かい飲み物を差し出す。
「情けない…こんなボロボロで…」
「あまり無茶しないでね」
マルコーが口許から血を流していることに、待っていたウィンリィはぎょっとしたが、とりあえず無事でよかったと素直に安堵の息をつく。
「…君に会って、ロックベル夫妻の事を思い出したんだ。私にできる事があるのに、周りに流されて何もしないのは卑怯だと思った。無茶してでも何かしたかった」
ウィンリィを前に、マルコーはまるで尊い何かを見るように目を細めた。
外科医だった彼女の両親は戦地に赴き、自らの意思で自分達にできることをすべく、必死に治療を続けていた。
自分のような卑怯者とは違う。
目が覚めたのだ。
今まで当たり前だと思い、諦め、受け入れていたこと。
それらに疑問を覚え、疑い……やがて、今まで完全に剥奪されていた、人の尊厳と怒りを思い出したのだ。
「……うん。でも、やっぱり無茶しないで」
ウィンリィはうつむき、揺れる声を漏らした。
「へぇ~。これが人造人間か」
すると、ヨキが勝利者の笑みでエンヴィーをジロジロと観察する。
「うっひっひ!調子こいて人間様に逆らうからこうなるのだ。この…虫ケラめ!」
ヨキの指先がエンヴィーに伸び、
「ぎっ」
パチンと打った。
中指による打擲、いわゆるデコピンを食らい、怒りを覚える。
「こンのヤロ…」
仕返しとばかりに、ヨキの指にがぶりと噛みついた。
「いたぁーーーっ!!!」
甲高い悲鳴をヨキはあげ、エンヴィーはその隙にと身をよじらせて跳ね跳び、スカーの手から離れる。
無事に人造人間の一人を倒せた……心からそう思う一同。
次の瞬間、穏やかに流れた空気を引き裂いて、
「ぎゃああああああああ」
凄まじい絶叫が響き渡った。
「ヨキさン!?」
「いぎぎ……たす……けて……」
冷たい雪の上に倒れ込むヨキの首筋にはエンヴィーが貼りつき、そこから放出した血管が浮き上がって脈動していた。
「はっはァ!!こいつの身体、いただいたァ!!仲間の命が惜しかったら言う事をききな!!」
「うわわわわわ」
完全にヨキは身体を支配され、自分の意思では手足を動かせなくなっていた。
「やめろーー!!化物ーー!!あがが……身体が言う事きかない…!!」
「あがいたってムダムダぁ!!この身体は完全に乗っ取った!!こいつが生きるも死ぬも、このエンヴィー様の…」
身体を乗っ取ることで、ヨキを人質に取ったエンヴィー。
未熟でもろい存在は、自分が叩きつけてくる悪意と殺意の存在に、あっという間に搦め捕られ、全身をガタガタと震わせながら無様を晒すに違いない――そう思っていた。
「ああ、好きにしていいぞ」
「そいつ、仲間じゃないしな」
ところが、人間達から返ってきたのは非情な答え。
「「うそん!!!」」
ヨキとエンヴィーが思わず声を揃えるほど非情な答えに愕然としていると、アルやメイも助けようとはせず尊い犠牲に涙を流している。
「ヨキさん、短いお付き合いでしタ…尊い犠牲になってくださいネ」
「君の事は忘れないヨ!」
あっさりそんなことを言われて、恐怖のあまりヨキは女のような悲鳴をあげていた。
「キャーーー!!!」
誰か他に味方はいないのかと辺りを見回すと、視線はスカーとぶつかった。
ヨキが助けを求める目でスカーを見た。
「傷の旦那!!旦那は私の味方ですよね!?ね!?」
しばらく逡巡して……スカーは静かに目線を逸らす。
「目ェ、逸らすなコラァ!!!」
ただでさえ恐怖で泣いていたヨキは怒りで顔を歪ませる。
「な…なんで誰もこいつを助けようとしないんだ!?仲間じゃないのか!?」
「無駄な事をするな、エンヴィー」
その時、あの気弱なマルコーが珍しく突き刺さりそうに冷え冷えとした声音を出す。
「もはや、形 振りかまっている我々ではない。邪魔するなら、その男ごと滅ぼすぞ」
物腰は落ち着いているものの、マルコーの目は完全に据わっていた。
そのさまは引きつれた皮膚、判別がつかない顔も相まって、まるで鬼のような形相だった。
そんなマルコーの姿に、
「ぎぎ…」
思わずエンヴィーは息を呑む。
「くそ……」
身体に伸ばしていた触手を引っ込ませると、アルがひょいとヨキからエンヴィーを取った。
「取れた」
「取れた!?」
あの冷酷で冷徹な雰囲気はどこへやら、みるみるうちに顔が真っ青に染まるマルコーに、ジェルソが肩に手を置いてねぎらいの言葉をかける。
「ナイス演技」
「ハ…ハッタリとか得意じゃないんだよ。あ~~、焦った…」
生来の弱さに加え、罪もない人を犠牲に賢者の石を作った後ろめたさで、すっかりやられ役が身についてしまった様子。
脅された時は勿論、脅す立場になっても心臓がドキドキとうるさい。
迫真の演技の裏に隠された、小心者のマルコーの頑張りに拍手。
「ちくしょー!!貴様らなんて友達じゃないやい!!絶交だ!!縁切ってやるぅ!!」
一方、エンヴィーに身体を乗っ取られ、命の危険に晒されたヨキだったが、誰も助けてくれないことに怒りやら恐怖やら、様々な表情で叫んでいる。
すると、アルが穏やかだが辛辣な言葉を投げた。
「やだなぁ。知り合いだけど友達じゃないよ」
誰にでも優しく周囲の気配りもできる彼のイメージとはかけ離れた言葉だったが、
「アル様、クール!!」
メイの胸が高鳴った。
頬が一気に熱くなる。
恋する彼女にとって、アルの放った思わぬ発言はギャップ萌えでときめくらしい。
ズキューン、と胸をときめかせるメイとは裏腹に、ウィンリィは笑顔の頬に一筋の汗を流した。
(うーん……なんだか一瞬、アルがキョウコに見えてきた……)
そんなふうに言ったらアルは照れるか喜ぶだろうけど、本当にキョウコみたいな雰囲気だった――。
その後、賢者の石を失い弱体化したエンヴィーは瓶に入れられ密閉された場所に閉じ込められた。
(くっそ……いったい、どうなってる。なんだ、この面子は)
閉じ込められた瓶の中から胸中でつぶやいて、何やら話し合いをしているメンバーをぐるりと見回す。
真理への扉を開け放ち、世界の構築式を見たことで"お父様"に認定された人柱。
寒冷地仕様の機械鎧のエドに装着させるための名目で呼び出し、もし反抗の姿勢、危機を知らせるような挙動を見せる牽制のために、人質にされた少女。
イシュヴァール人を使って賢者の石の製造に着手し、罪の意識から囚われ続けるも、贖罪の戦いに挑む錬金術師。
軍による非合法の研究で、合成獣となったキンブリーの元部下。
そして錬金術師殺しの復讐者に、不老不死の法を求めてアメストリスに訪れたチャン族の皇女。
(クズどもが集まってコソコソと…ん?)
エンヴィーがそんなことを思っていると、不意にあの二人がいないことに気づいて問いかけた。
「キョウコと鋼のおチビさんはいないのか?」
「兄さんとキョウコ?今はブリックズにいるはずだよ」
すると、彼は不思議そうな声音で首を傾げた。
「…行方不明って聞いてるけど…ここにいないのか?本当に?」
不意に突きつけられたエンヴィーの言葉に、アルとウィンリィの動きが止まる。
え?
何それ?
行方不明ってどういう事?
硬直しながらとめどない思考が流れていく。
その真意を測ろうと、アルが瓶の中に入ったエンヴィーへと詰め寄る。
「ちょっとそれ、詳しく!!二人はどこへ!?」
「詳しくって…バズクールで坑道が崩れて、それからみつかってないって聞いてるよ」
二人が行方不明という事実に坑道の崩落に巻き込まれたという詳しい話を聞かされた後、ウィンリィは呻くようにつぶやいた。
「行方不明………うそ……」
その顔色は真っ青で、冷や汗がびっしり浮かんでいる。
「だっ…大丈夫だよ、兄さんの事だもん。どこかで上手く逃げのびてるよ。キョウコがいるんだから、なおさらだよ」
「う…うん。そう…そうだよね……!!」
未だ顔色が真っ青でショックから立ち直れないでいるウィンリィを、アルは驚きつつも懸命になだめる。
「じゃあ次はおまえ達の計画についてだ。なにを企んでるか、吐け!!」
ザンパノが厳しい声音で言い放つと、指をびしっと突きつけた。
「知らないね」
エンヴィーは眉根を寄せてそっぽを向いた。
「んだとこの虫ケラが!!吐けコノヤロ!!」
「いけ!!やっちまえ、ザンパノ!!」
力ずくでも吐き出すべく瓶を掴むや、ブンブンとでたらめに振り回し、
「おぎゃぁあああぁああ!!」
哀れエンヴィーは固い瓶に何度も何度も叩きつけられた。
だが、彼が吐いたのは人造人間が企む計画ではなく吐瀉物。
「へっ。バーカ…喋ったら殺されるだけとわかってて誰が喋るか」
「くっそ…この…!」
威圧感をたっぷりのせて睨んでやるが、エンヴィーにはまるで効果がないようで。
とりあえず、人造人間の一人を誘い出して無力化させることに成功したが、敵に自分達の居場所を知られてしまった。
「とりあえず、早くここを出るか」
ジェルソが危機感を込めた眼差しをスカーに向ける。
「そうだな」
雪が降り積もった地面をじっと見つめ、何かを探す。
ジェルソが探す目当てのもの――マルコーの歯が見つからないと報告する。
「だめだ、ドクター。さすがにこの雪の中じゃ、ぶっ飛んじまった歯は見つからない」
「いいよいいよ。無理しなくて探さなくて」
口から多量の血を流しながら、抜けた歯によって空気のこすれる音を生じながら、マルコーが苦笑いした。
「また一段とひどい顔になっちゃいましたネ」
錬丹陣の中心に座る彼は、メイから口内の出血を止める術を施されていた。
「はは……口がスースーするよ。止血してくれてありがとう」
「どういたしましテ!」
メイに止血のお礼を言うと、ジェルソとザンパノの方へ向き直り、小さく微笑んだ。
「君達も」
一瞬わからず、目を丸くする二人だったが、己の不甲斐なさと共に告げられた言葉にハッとする。
スカーはわかっていた。
それまで罪の意識から逃げ続けていたマルコーが戦いを決意したのは何故か。
絶望し諦観し、無気力だったマルコーが、その心の奥底にくすぶっていた憤怒の炎を燃え上がらせ、人造人間に反撃したのは何故なのか。
理不尽に毅然と抗う"人間"の姿を思い出したのだ。
「私の償いというわがままに付き合わせてしまって申し訳ない。ありがとう」
正直に思ったことを告げると、二人は感謝の言葉にうろたえたような声を出した。
「いや…まぁな。なるべく手を出すなって言われたから」
「なあ。でもヒヤヒヤしたぜ。あんな化物だと思ってなかったもんなぁ」
改めて思い出すと、エンヴィーの醜い異形の姿を目の当たりにした時は怖気が走った。
二人が視線を向けた先、
「ぎっ、ぎぎ」
小さな虫ケラの姿となったエンヴィーがスカーの指先につまみあげられている。
マルコーに賢者の石を破壊されてしまい、弱体化してしまったのだ。
苦々しく歯噛みするエンヴィーは、無力な人間の中に混じって談笑する、一人の少女を見つけた。
(あいつ……中央の地下に忍び込んだ小娘だ…!)
スカーと一緒に中央の地下に忍び込み、"お父様"が発動させた錬金術封じの術式を破ったメイの姿を見て、愕然とする。
ジェルソの背中に抱きつくような形で背負わされたマルコー、束になった薪を持って、アル達が帰ってきた。
「お!」
「おーい」
ヨキはまっすぐに向かうと早速、人造人間は倒せたのかと訊ねた。
「どうだった?人造人間とやらは倒せたのか?」
「ああ。なんとかね……」
ウィンリィがジェルソの背中にいるマルコーに目ざとく気づいて顔色を変える。
「マルコーさん、ケガしてるの!?」
「いや、ケガは大丈夫なんだけど、腰が抜けてしまって…」
ジェルソはようやくマルコーを地面へ下ろした。
すると、イシュヴァール人が温かい飲み物を差し出す。
「情けない…こんなボロボロで…」
「あまり無茶しないでね」
マルコーが口許から血を流していることに、待っていたウィンリィはぎょっとしたが、とりあえず無事でよかったと素直に安堵の息をつく。
「…君に会って、ロックベル夫妻の事を思い出したんだ。私にできる事があるのに、周りに流されて何もしないのは卑怯だと思った。無茶してでも何かしたかった」
ウィンリィを前に、マルコーはまるで尊い何かを見るように目を細めた。
外科医だった彼女の両親は戦地に赴き、自らの意思で自分達にできることをすべく、必死に治療を続けていた。
自分のような卑怯者とは違う。
目が覚めたのだ。
今まで当たり前だと思い、諦め、受け入れていたこと。
それらに疑問を覚え、疑い……やがて、今まで完全に剥奪されていた、人の尊厳と怒りを思い出したのだ。
「……うん。でも、やっぱり無茶しないで」
ウィンリィはうつむき、揺れる声を漏らした。
「へぇ~。これが人造人間か」
すると、ヨキが勝利者の笑みでエンヴィーをジロジロと観察する。
「うっひっひ!調子こいて人間様に逆らうからこうなるのだ。この…虫ケラめ!」
ヨキの指先がエンヴィーに伸び、
「ぎっ」
パチンと打った。
中指による打擲、いわゆるデコピンを食らい、怒りを覚える。
「こンのヤロ…」
仕返しとばかりに、ヨキの指にがぶりと噛みついた。
「いたぁーーーっ!!!」
甲高い悲鳴をヨキはあげ、エンヴィーはその隙にと身をよじらせて跳ね跳び、スカーの手から離れる。
無事に人造人間の一人を倒せた……心からそう思う一同。
次の瞬間、穏やかに流れた空気を引き裂いて、
「ぎゃああああああああ」
凄まじい絶叫が響き渡った。
「ヨキさン!?」
「いぎぎ……たす……けて……」
冷たい雪の上に倒れ込むヨキの首筋にはエンヴィーが貼りつき、そこから放出した血管が浮き上がって脈動していた。
「はっはァ!!こいつの身体、いただいたァ!!仲間の命が惜しかったら言う事をききな!!」
「うわわわわわ」
完全にヨキは身体を支配され、自分の意思では手足を動かせなくなっていた。
「やめろーー!!化物ーー!!あがが……身体が言う事きかない…!!」
「あがいたってムダムダぁ!!この身体は完全に乗っ取った!!こいつが生きるも死ぬも、このエンヴィー様の…」
身体を乗っ取ることで、ヨキを人質に取ったエンヴィー。
未熟でもろい存在は、自分が叩きつけてくる悪意と殺意の存在に、あっという間に搦め捕られ、全身をガタガタと震わせながら無様を晒すに違いない――そう思っていた。
「ああ、好きにしていいぞ」
「そいつ、仲間じゃないしな」
ところが、人間達から返ってきたのは非情な答え。
「「うそん!!!」」
ヨキとエンヴィーが思わず声を揃えるほど非情な答えに愕然としていると、アルやメイも助けようとはせず尊い犠牲に涙を流している。
「ヨキさん、短いお付き合いでしタ…尊い犠牲になってくださいネ」
「君の事は忘れないヨ!」
あっさりそんなことを言われて、恐怖のあまりヨキは女のような悲鳴をあげていた。
「キャーーー!!!」
誰か他に味方はいないのかと辺りを見回すと、視線はスカーとぶつかった。
ヨキが助けを求める目でスカーを見た。
「傷の旦那!!旦那は私の味方ですよね!?ね!?」
しばらく逡巡して……スカーは静かに目線を逸らす。
「目ェ、逸らすなコラァ!!!」
ただでさえ恐怖で泣いていたヨキは怒りで顔を歪ませる。
「な…なんで誰もこいつを助けようとしないんだ!?仲間じゃないのか!?」
「無駄な事をするな、エンヴィー」
その時、あの気弱なマルコーが珍しく突き刺さりそうに冷え冷えとした声音を出す。
「もはや、
物腰は落ち着いているものの、マルコーの目は完全に据わっていた。
そのさまは引きつれた皮膚、判別がつかない顔も相まって、まるで鬼のような形相だった。
そんなマルコーの姿に、
「ぎぎ…」
思わずエンヴィーは息を呑む。
「くそ……」
身体に伸ばしていた触手を引っ込ませると、アルがひょいとヨキからエンヴィーを取った。
「取れた」
「取れた!?」
あの冷酷で冷徹な雰囲気はどこへやら、みるみるうちに顔が真っ青に染まるマルコーに、ジェルソが肩に手を置いてねぎらいの言葉をかける。
「ナイス演技」
「ハ…ハッタリとか得意じゃないんだよ。あ~~、焦った…」
生来の弱さに加え、罪もない人を犠牲に賢者の石を作った後ろめたさで、すっかりやられ役が身についてしまった様子。
脅された時は勿論、脅す立場になっても心臓がドキドキとうるさい。
迫真の演技の裏に隠された、小心者のマルコーの頑張りに拍手。
「ちくしょー!!貴様らなんて友達じゃないやい!!絶交だ!!縁切ってやるぅ!!」
一方、エンヴィーに身体を乗っ取られ、命の危険に晒されたヨキだったが、誰も助けてくれないことに怒りやら恐怖やら、様々な表情で叫んでいる。
すると、アルが穏やかだが辛辣な言葉を投げた。
「やだなぁ。知り合いだけど友達じゃないよ」
誰にでも優しく周囲の気配りもできる彼のイメージとはかけ離れた言葉だったが、
「アル様、クール!!」
メイの胸が高鳴った。
頬が一気に熱くなる。
恋する彼女にとって、アルの放った思わぬ発言はギャップ萌えでときめくらしい。
ズキューン、と胸をときめかせるメイとは裏腹に、ウィンリィは笑顔の頬に一筋の汗を流した。
(うーん……なんだか一瞬、アルがキョウコに見えてきた……)
そんなふうに言ったらアルは照れるか喜ぶだろうけど、本当にキョウコみたいな雰囲気だった――。
その後、賢者の石を失い弱体化したエンヴィーは瓶に入れられ密閉された場所に閉じ込められた。
(くっそ……いったい、どうなってる。なんだ、この面子は)
閉じ込められた瓶の中から胸中でつぶやいて、何やら話し合いをしているメンバーをぐるりと見回す。
真理への扉を開け放ち、世界の構築式を見たことで"お父様"に認定された人柱。
寒冷地仕様の機械鎧のエドに装着させるための名目で呼び出し、もし反抗の姿勢、危機を知らせるような挙動を見せる牽制のために、人質にされた少女。
イシュヴァール人を使って賢者の石の製造に着手し、罪の意識から囚われ続けるも、贖罪の戦いに挑む錬金術師。
軍による非合法の研究で、合成獣となったキンブリーの元部下。
そして錬金術師殺しの復讐者に、不老不死の法を求めてアメストリスに訪れたチャン族の皇女。
(クズどもが集まってコソコソと…ん?)
エンヴィーがそんなことを思っていると、不意にあの二人がいないことに気づいて問いかけた。
「キョウコと鋼のおチビさんはいないのか?」
「兄さんとキョウコ?今はブリックズにいるはずだよ」
すると、彼は不思議そうな声音で首を傾げた。
「…行方不明って聞いてるけど…ここにいないのか?本当に?」
不意に突きつけられたエンヴィーの言葉に、アルとウィンリィの動きが止まる。
え?
何それ?
行方不明ってどういう事?
硬直しながらとめどない思考が流れていく。
その真意を測ろうと、アルが瓶の中に入ったエンヴィーへと詰め寄る。
「ちょっとそれ、詳しく!!二人はどこへ!?」
「詳しくって…バズクールで坑道が崩れて、それからみつかってないって聞いてるよ」
二人が行方不明という事実に坑道の崩落に巻き込まれたという詳しい話を聞かされた後、ウィンリィは呻くようにつぶやいた。
「行方不明………うそ……」
その顔色は真っ青で、冷や汗がびっしり浮かんでいる。
「だっ…大丈夫だよ、兄さんの事だもん。どこかで上手く逃げのびてるよ。キョウコがいるんだから、なおさらだよ」
「う…うん。そう…そうだよね……!!」
未だ顔色が真っ青でショックから立ち直れないでいるウィンリィを、アルは驚きつつも懸命になだめる。
「じゃあ次はおまえ達の計画についてだ。なにを企んでるか、吐け!!」
ザンパノが厳しい声音で言い放つと、指をびしっと突きつけた。
「知らないね」
エンヴィーは眉根を寄せてそっぽを向いた。
「んだとこの虫ケラが!!吐けコノヤロ!!」
「いけ!!やっちまえ、ザンパノ!!」
力ずくでも吐き出すべく瓶を掴むや、ブンブンとでたらめに振り回し、
「おぎゃぁあああぁああ!!」
哀れエンヴィーは固い瓶に何度も何度も叩きつけられた。
だが、彼が吐いたのは人造人間が企む計画ではなく吐瀉物。
「へっ。バーカ…喋ったら殺されるだけとわかってて誰が喋るか」
「くっそ…この…!」
威圧感をたっぷりのせて睨んでやるが、エンヴィーにはまるで効果がないようで。
とりあえず、人造人間の一人を誘い出して無力化させることに成功したが、敵に自分達の居場所を知られてしまった。
「とりあえず、早くここを出るか」
ジェルソが危機感を込めた眼差しをスカーに向ける。
「そうだな」