第79話
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隣国との国境も近い峻厳ブリックズ山で、ドラクマの侵入を食い止める防波堤の役割を果たすその要塞に、全く意図しないタイミングであがった開戦宣言。
今、どちらが優秀で、戦況はどうなっているのだろうか。
中央から派遣された軍人が双眼鏡で陣容を見ると、他のブリックズ兵士も固唾を呑んで事の成り行きを見守っている。
「ふむ……アームストロング少将がおらずとも、この戦果。すばらしい!」
彼には、ドラクマ部隊全体の様子が手に取るように見えた。
満足そうに目を細める。
「さすが一枚岩と名高いブリックズだな!ははははは!」
笑い声をあげる中央の軍人とは裏腹に、マイルズのバッカニアの顔に喜悦はない。
長らく拮抗していたブリックズに開戦宣言をした、隣国ドラクマ。
不在寝返ったキンブリーに率いられ、日々の実践と厳しい軍事訓練を繰り返し、指折りの練度と実践経験を誇る有数の実働部隊であった。
わざわざ、あったと過去形で示すのは実に単純な話――今はもう、ないからである。
将校は絶望と驚愕に固まる顔で、その光景を茫然と眺めるしかない。
彼を中心に、死体、死体、死体、死体の山……成れの果てが地獄をつくっている。
その破局の光景を前に、重なり合う死体の山の上で、キンブリーが笑顔で拍手をしていた。
「いやぁ、みごと、みごと。瞬殺とは、まさにこの事。もう少し持ち堪えると思いましたが、なんとあっけない」
将校が、この有利な状況ではあり得ないはずの焦燥感を覚えながら、澄まし顔のキンブリーに吠えかかるように詰め寄る。
「話が違うぞ、キンブリー!!」
だが、そんな将校の怒りなどどこ吹く風。
キンブリーは予想外だというふうに眉を下げて受け流す。
「そうですね…これ程までに兵器の性能差があるとは、私も聞かされていませんでした」
「そんな話ではない!!」
とうてい受け入れがたい現実に、噛みつくように声を荒げる。
「アメストリス上層部の何名かは、我々が攻め込んだらこちらに付くと何年も前から計画していた!!なのにあの砦はピクリとも動揺しなかったではないか!!おかげでこちらはこの有様だ!!」
ここまで一気にまくし立て、将校はぜぇぜぇと荒い息をついている。
その激昂は今だ冷めやらず、ぎらつく目は血走っていた。
キンブリーは音が消えたドラクマ陣を眺め渡す。
黒煙をあげて真っ赤に燃える戦車。
空中を乱舞する火の粉。
兵士は大口を開けて何事かを叫んで必死に戦況を立て直そうとしているようだったが、悪化する一方だ。
「そう憤る事も無いでしょう」
「何い!?」
不意に、キンブリーの様子が一変する。
今までの爽やかで紳士的な雰囲気から、冷酷な表情となった。
「これだけ攻撃されたにもかかわらず、弾に当たらなかったという事は、私も貴方も、生き残るべき種としてこの世界に認められたという事」
意味不明の発言に、将校は思わず押し黙ってしまう。
そんな彼に構わず、キンブリーは淡々と続ける。
「選ばれた人間である事を喜びなさ…」
何を言っているんだろう、この男は。
つまり、なんだ?
圧倒的なブリックズの武力によりドラクマ軍の部隊が壊滅したというのに、生き残れたことを光栄に思えと?
「ふっ…」
キンブリーの態度に凄まじい怒りを覚え、
「ふざけるな」
さらに目を血走らせ、怒号のように叫ぼうとした。
その瞬間、耳をつんざく爆音。
刹那、彼方から飛んできた砲弾によって、将校は押しつぶされた。
ビビッ、と弾けるような音と共に盛大に咲いた血飛沫。
飛沫するその赤い飛沫が、キンブリーの頬を、純白のスーツを濡らす。
「私の話の途中で死ぬとは。なんと無粋な」
せっかく生き残ったのに僅か数秒死んだことではなく、話の途中で死んだことに眉をひそめた。
ブリックズの激しい攻撃が終わると、あとには生者と死者が残った。
「撤退だ!」
「くそっ…何しに来たんだか…」
かろうじて生き残った兵士達が、手痛い負傷を負った兵士を担ぎ、ボロボロの身体に鞭を打って動き始める。
「キンブリー殿」
斬りつけるような殺気と共に、ドラクマ兵士の一人が銃口を突きつけた。
「一緒に来てもらいましょうか」
殺気を向けられながらもキンブリーは怯むことなく、体内に隠していた賢者の石を口から吐き出した。
賢者の石によって増幅された爆発が発動する。
次の瞬間、地響きを立てて爆発があがるのが見えた。
全員の視線が山へ向かう。
「うお!?」
「なんだ!?」
「誰も撃ってないぞ?」
全員が訝しげな顔をした瞬間、そびえ立つ山からバキバキという落雷のような音が響いた。
続いて落石のような轟音と、激しい地鳴り。
目を凝らすと、山の表面を這うように白い。
「あーーー」
「雪崩……」
間違いない――あれは雪崩だ!
決め手は先程の爆発。
雪崩は人が大声を出しただけでも起こりうる。
爆音を轟かせたせいで雪崩が起こるのは確実だった。
猛スピードで迫る雪の濁流にブリックズ兵士は驚きの声をあげ、
「わーーお」
ドラクマ隊が雪崩に呑み込まれ、押し流されていくのを眺めるしかなかった。
「……とどめですな」
「なんだったんだ、さっきの爆発は」
謎の爆発に、マイルズとバッカニアは平静を装いながらも唖然としていた。
人気のない電話ボックスから、中央の地下室から脱走したマルコーとイシュヴァール殲滅戦の生き残りであるスカーの居場所を人造人間達へと教えたザンパノが戻ってきた。
「ドクター?」
スラム街の子供達にマルコーがどこにいるか訊ねると、丘の上の林を指差して答える。
「朝から薪 拾いに行ってるよ。丘の上の林に行くって言ってた」
「そうか」
それを聞くと、ザンパノは背を向けて丘の方へ向かって歩き出した……その時だ。
「じゃあ、行ってみる」
「あ、ザンパノさん」
子供達は何故かザンパノではなく、後ろに立つ青年に注目した。
その青年は長袖に太いスラックスという装いで身体中を覆っていた。
その上、フードを頭からすっぽりと被っているため、露出している肌は顔の下半分と手首から先だけという状態だった。
その僅かに見える肌の色は、薄く澄んだ褐色をしている。
「そっちの人は誰?」
子供達が訝しんでいると、ザンパノは表情を引きつらせた。
そして、どこか落ち着かない様子で説明する。
「ああ、この人は…よそから流れて来たイシュヴァール人だよ。ドクターにみてもらいたいって言うから」
「そっか!」
同じイシュヴァール人だと知った子供達は笑顔で思いの丈を口にしていく。
「よかったね、お兄さん」
「あたしもドクターにみてもらって、すっかり良くなったの!」
「お兄さんも早くみてもらうといいよ!ドクターはタダで治療をしてくれる、いいおじさんだよ!」
すると、青年はどこか不気味な笑みを唇に浮かばせた。
「そう。それは楽しみだね」
燃料に必要な薪を採りにいったマルコーとジェルソ。
そこらに落ちている枯れ木を集めて縄で縛り、上半身を起こした拍子に、マルコーは腰にズキズキとした痛みを覚えた。
「よっこらせ。あたた…」
老齢のためか、うずくまったままマルコーが呻く。
痛みで身体が動けないようだ。
「あーー、もうだめだ。腰が言う事をきかん」
「おっさん。医者なら自分の身体もちゃんとしとけよ」
「おーーい」
丘の上に、いつの間にかザンパノがやって来ていた。
「ん」
「ここにいたのか」
「なんだ、手伝いに来てくれたのか」
ザンパノの存在にいち早く気づいたがジェルソが応じる。
ザンパノの後ろに立つ青年がどこか不気味な笑みでマルコーを見ている。
その確信犯的な表情を見て、マルコーは瞬時に悟った。
「……そちらの方は?」
ザンパノは連れて来たイシュヴァール人をマルコーへと引き合わせた。
「今朝、知り合った流れ者だ。ドクターにみてもらいたいって言うからよ」
「もういいよ、ザンパノ」
不意討ちのような青年の言葉で、ザンパノは思わず硬直する。
「三文芝居はここまでだ」
すると、青年の身体が変化する。
そこにイシュヴァール人の姿はなく、不敵に笑うエンヴィーの姿があった。
「こんにちは、ドクター。顔を変えてこんな所で何やってんのかな?」
こんな至近距離に敵がいるという事実に――緊張が走る。
「ゴミ虫共が。我々を出し抜こうなんて考えが…」
一歩足を踏み出した瞬間、不意に炸裂する足元。
「な………なんだ、こりゃあああ!!」
驚愕も露に悲鳴をあげるエンヴィー。
雪の下から衝き上げる鋭い槍に右大腿部が深く裂け、血が噴き出していた。
あちこちに張り巡らされた罠を掻い潜り、
「うわ、わ、わっと!」
慌ててマルコーとジェルソのもとへ走るザンパノ。
「ザンパノ……貴様……!!」
エンヴィーは慌てて逃げ出すザンパノを、怒りと驚きの視線で刺した。
無力な人間にまんまと出し抜かれたことに気づき、強烈な憤激を覚える。
「へっへ…三文芝居はもう終 い……だろ?」
「最初から貴様をここに誘い出すのが目的だったのだよ。えげつない貴様の事だ。私が生きているとわかれば、更なる絶望を与えるために自ら追って来ると思ってね!」
ザンパノに仲間を裏切ったふりをして、エンヴィーを誘い出す作戦だったのだ。
他の人造人間が一目を置くほどの非情で残忍な性格ならば、必ず追って来るはず。
この展開を見越して、人造人間を倒すために待ち構えていたのだ。
「はっ!!ゴミ三匹で何ができる!?ゴミは何人集まろうがゴミでしか」
所詮は下等生物だと鼻で笑い、構わず突き進む。
自分の勝利を信じて疑っていない。
直後、雪の中から鉄槌のような拳が出現し、まともに受けた彼の身体は宙を舞う。
「なわっ!?」
何が起きたかわからず驚愕するエンヴィーをまっすぐ見据え、マルコーは不敵に口の端をつり上げる。
「地雷式だよ。錬金術は日々、進化している」
「そんなバカな錬金術がある訳…」
困惑を隠せないエンヴィーがマルコー達へ向かって歩くと、再び発動する錬金術。
「なぁっ!!!」
刹那、地中から巨大な錐が突き上がり、掠める鋭い先端が全身を斬り裂く。
地雷式の錬金術に足止めされ、歩みを抑えられ、回り道さえも阻まれて一歩も動けない。
「こ…の!!地雷だってぇなら、おまえ達の足跡を辿れば引っ掛からないだろ…」
一瞬呆気に取られるエンヴィーだが、苛立ったように吐き捨てるとザンパノが踏んだ足跡を辿る。
「うがっ!!!」
ズン、という衝撃音と共に錬金術が発動、彼は三度、大きく吹っ飛ばされた。
「なんでだああああああ!!」
動揺を色濃く浮かべながら絶叫するエンヴィーを、マルコーは勝ち誇ったように見る。
「貴様ら人造人間にだけ反応するようにできているんだよ。この一帯、足元にみっちりと細工してある。雪のせいでどこに何が待ち構えているか、わかるまい」
ひどい脱力感と疲労感を堪えながら、荒い息をつきながら膝をつく。
「どうだ?カスだゴミだと扱ってきた我々になぶり者にされる気分は?」
自分より圧倒的に劣る者にこうも翻弄され、エンヴィーが忌々しげに顔を歪める。
彼らが正面から対峙している光景を、二人と一匹はその目に捉えていた。
「フフフ……」
古くて朽ち果てた山小屋に隠れるメイとアル、シャオメイが様子を窺っている。
「騙されてますネ。ただの遠隔錬成なのニ」
エンヴィーを足元から襲ったその正体は――メイの錬丹術。
いわば起き地雷の罠――あらかじめこっそりと仕掛けていたものだ。
その発動方式は、仕掛けられた箇所を踏むと自動起動する『条件起動』ではなく、メイの『任意起動』。
仕掛けられた場所へと誘導されたエンヴィーは、まんまとその罠にはまり――膝をつかせることに成功。
「降った雪のおかげで仕込みが隠されてラッキーでしタ!」
ザンパノが裏切ったふりをして、人造人間にマルコーとスカーの居場所を伝える。
標的であるマルコーはキンブリーの元部下である二人と共に、この人気のない丘の上に誘い込む。
そして待ち構えたマルコー達が人造人間を倒す、という役割分担である。
「こっ…この…」
彼の顔がみるみるうちに怒気に染まり、頭にカッと血がのぼる。
今、どちらが優秀で、戦況はどうなっているのだろうか。
中央から派遣された軍人が双眼鏡で陣容を見ると、他のブリックズ兵士も固唾を呑んで事の成り行きを見守っている。
「ふむ……アームストロング少将がおらずとも、この戦果。すばらしい!」
彼には、ドラクマ部隊全体の様子が手に取るように見えた。
満足そうに目を細める。
「さすが一枚岩と名高いブリックズだな!ははははは!」
笑い声をあげる中央の軍人とは裏腹に、マイルズのバッカニアの顔に喜悦はない。
長らく拮抗していたブリックズに開戦宣言をした、隣国ドラクマ。
不在寝返ったキンブリーに率いられ、日々の実践と厳しい軍事訓練を繰り返し、指折りの練度と実践経験を誇る有数の実働部隊であった。
わざわざ、あったと過去形で示すのは実に単純な話――今はもう、ないからである。
将校は絶望と驚愕に固まる顔で、その光景を茫然と眺めるしかない。
彼を中心に、死体、死体、死体、死体の山……成れの果てが地獄をつくっている。
その破局の光景を前に、重なり合う死体の山の上で、キンブリーが笑顔で拍手をしていた。
「いやぁ、みごと、みごと。瞬殺とは、まさにこの事。もう少し持ち堪えると思いましたが、なんとあっけない」
将校が、この有利な状況ではあり得ないはずの焦燥感を覚えながら、澄まし顔のキンブリーに吠えかかるように詰め寄る。
「話が違うぞ、キンブリー!!」
だが、そんな将校の怒りなどどこ吹く風。
キンブリーは予想外だというふうに眉を下げて受け流す。
「そうですね…これ程までに兵器の性能差があるとは、私も聞かされていませんでした」
「そんな話ではない!!」
とうてい受け入れがたい現実に、噛みつくように声を荒げる。
「アメストリス上層部の何名かは、我々が攻め込んだらこちらに付くと何年も前から計画していた!!なのにあの砦はピクリとも動揺しなかったではないか!!おかげでこちらはこの有様だ!!」
ここまで一気にまくし立て、将校はぜぇぜぇと荒い息をついている。
その激昂は今だ冷めやらず、ぎらつく目は血走っていた。
キンブリーは音が消えたドラクマ陣を眺め渡す。
黒煙をあげて真っ赤に燃える戦車。
空中を乱舞する火の粉。
兵士は大口を開けて何事かを叫んで必死に戦況を立て直そうとしているようだったが、悪化する一方だ。
「そう憤る事も無いでしょう」
「何い!?」
不意に、キンブリーの様子が一変する。
今までの爽やかで紳士的な雰囲気から、冷酷な表情となった。
「これだけ攻撃されたにもかかわらず、弾に当たらなかったという事は、私も貴方も、生き残るべき種としてこの世界に認められたという事」
意味不明の発言に、将校は思わず押し黙ってしまう。
そんな彼に構わず、キンブリーは淡々と続ける。
「選ばれた人間である事を喜びなさ…」
何を言っているんだろう、この男は。
つまり、なんだ?
圧倒的なブリックズの武力によりドラクマ軍の部隊が壊滅したというのに、生き残れたことを光栄に思えと?
「ふっ…」
キンブリーの態度に凄まじい怒りを覚え、
「ふざけるな」
さらに目を血走らせ、怒号のように叫ぼうとした。
その瞬間、耳をつんざく爆音。
刹那、彼方から飛んできた砲弾によって、将校は押しつぶされた。
ビビッ、と弾けるような音と共に盛大に咲いた血飛沫。
飛沫するその赤い飛沫が、キンブリーの頬を、純白のスーツを濡らす。
「私の話の途中で死ぬとは。なんと無粋な」
せっかく生き残ったのに僅か数秒死んだことではなく、話の途中で死んだことに眉をひそめた。
ブリックズの激しい攻撃が終わると、あとには生者と死者が残った。
「撤退だ!」
「くそっ…何しに来たんだか…」
かろうじて生き残った兵士達が、手痛い負傷を負った兵士を担ぎ、ボロボロの身体に鞭を打って動き始める。
「キンブリー殿」
斬りつけるような殺気と共に、ドラクマ兵士の一人が銃口を突きつけた。
「一緒に来てもらいましょうか」
殺気を向けられながらもキンブリーは怯むことなく、体内に隠していた賢者の石を口から吐き出した。
賢者の石によって増幅された爆発が発動する。
次の瞬間、地響きを立てて爆発があがるのが見えた。
全員の視線が山へ向かう。
「うお!?」
「なんだ!?」
「誰も撃ってないぞ?」
全員が訝しげな顔をした瞬間、そびえ立つ山からバキバキという落雷のような音が響いた。
続いて落石のような轟音と、激しい地鳴り。
目を凝らすと、山の表面を這うように白い。
「あーーー」
「雪崩……」
間違いない――あれは雪崩だ!
決め手は先程の爆発。
雪崩は人が大声を出しただけでも起こりうる。
爆音を轟かせたせいで雪崩が起こるのは確実だった。
猛スピードで迫る雪の濁流にブリックズ兵士は驚きの声をあげ、
「わーーお」
ドラクマ隊が雪崩に呑み込まれ、押し流されていくのを眺めるしかなかった。
「……とどめですな」
「なんだったんだ、さっきの爆発は」
謎の爆発に、マイルズとバッカニアは平静を装いながらも唖然としていた。
人気のない電話ボックスから、中央の地下室から脱走したマルコーとイシュヴァール殲滅戦の生き残りであるスカーの居場所を人造人間達へと教えたザンパノが戻ってきた。
「ドクター?」
スラム街の子供達にマルコーがどこにいるか訊ねると、丘の上の林を指差して答える。
「朝から
「そうか」
それを聞くと、ザンパノは背を向けて丘の方へ向かって歩き出した……その時だ。
「じゃあ、行ってみる」
「あ、ザンパノさん」
子供達は何故かザンパノではなく、後ろに立つ青年に注目した。
その青年は長袖に太いスラックスという装いで身体中を覆っていた。
その上、フードを頭からすっぽりと被っているため、露出している肌は顔の下半分と手首から先だけという状態だった。
その僅かに見える肌の色は、薄く澄んだ褐色をしている。
「そっちの人は誰?」
子供達が訝しんでいると、ザンパノは表情を引きつらせた。
そして、どこか落ち着かない様子で説明する。
「ああ、この人は…よそから流れて来たイシュヴァール人だよ。ドクターにみてもらいたいって言うから」
「そっか!」
同じイシュヴァール人だと知った子供達は笑顔で思いの丈を口にしていく。
「よかったね、お兄さん」
「あたしもドクターにみてもらって、すっかり良くなったの!」
「お兄さんも早くみてもらうといいよ!ドクターはタダで治療をしてくれる、いいおじさんだよ!」
すると、青年はどこか不気味な笑みを唇に浮かばせた。
「そう。それは楽しみだね」
燃料に必要な薪を採りにいったマルコーとジェルソ。
そこらに落ちている枯れ木を集めて縄で縛り、上半身を起こした拍子に、マルコーは腰にズキズキとした痛みを覚えた。
「よっこらせ。あたた…」
老齢のためか、うずくまったままマルコーが呻く。
痛みで身体が動けないようだ。
「あーー、もうだめだ。腰が言う事をきかん」
「おっさん。医者なら自分の身体もちゃんとしとけよ」
「おーーい」
丘の上に、いつの間にかザンパノがやって来ていた。
「ん」
「ここにいたのか」
「なんだ、手伝いに来てくれたのか」
ザンパノの存在にいち早く気づいたがジェルソが応じる。
ザンパノの後ろに立つ青年がどこか不気味な笑みでマルコーを見ている。
その確信犯的な表情を見て、マルコーは瞬時に悟った。
「……そちらの方は?」
ザンパノは連れて来たイシュヴァール人をマルコーへと引き合わせた。
「今朝、知り合った流れ者だ。ドクターにみてもらいたいって言うからよ」
「もういいよ、ザンパノ」
不意討ちのような青年の言葉で、ザンパノは思わず硬直する。
「三文芝居はここまでだ」
すると、青年の身体が変化する。
そこにイシュヴァール人の姿はなく、不敵に笑うエンヴィーの姿があった。
「こんにちは、ドクター。顔を変えてこんな所で何やってんのかな?」
こんな至近距離に敵がいるという事実に――緊張が走る。
「ゴミ虫共が。我々を出し抜こうなんて考えが…」
一歩足を踏み出した瞬間、不意に炸裂する足元。
「な………なんだ、こりゃあああ!!」
驚愕も露に悲鳴をあげるエンヴィー。
雪の下から衝き上げる鋭い槍に右大腿部が深く裂け、血が噴き出していた。
あちこちに張り巡らされた罠を掻い潜り、
「うわ、わ、わっと!」
慌ててマルコーとジェルソのもとへ走るザンパノ。
「ザンパノ……貴様……!!」
エンヴィーは慌てて逃げ出すザンパノを、怒りと驚きの視線で刺した。
無力な人間にまんまと出し抜かれたことに気づき、強烈な憤激を覚える。
「へっへ…三文芝居はもう
「最初から貴様をここに誘い出すのが目的だったのだよ。えげつない貴様の事だ。私が生きているとわかれば、更なる絶望を与えるために自ら追って来ると思ってね!」
ザンパノに仲間を裏切ったふりをして、エンヴィーを誘い出す作戦だったのだ。
他の人造人間が一目を置くほどの非情で残忍な性格ならば、必ず追って来るはず。
この展開を見越して、人造人間を倒すために待ち構えていたのだ。
「はっ!!ゴミ三匹で何ができる!?ゴミは何人集まろうがゴミでしか」
所詮は下等生物だと鼻で笑い、構わず突き進む。
自分の勝利を信じて疑っていない。
直後、雪の中から鉄槌のような拳が出現し、まともに受けた彼の身体は宙を舞う。
「なわっ!?」
何が起きたかわからず驚愕するエンヴィーをまっすぐ見据え、マルコーは不敵に口の端をつり上げる。
「地雷式だよ。錬金術は日々、進化している」
「そんなバカな錬金術がある訳…」
困惑を隠せないエンヴィーがマルコー達へ向かって歩くと、再び発動する錬金術。
「なぁっ!!!」
刹那、地中から巨大な錐が突き上がり、掠める鋭い先端が全身を斬り裂く。
地雷式の錬金術に足止めされ、歩みを抑えられ、回り道さえも阻まれて一歩も動けない。
「こ…の!!地雷だってぇなら、おまえ達の足跡を辿れば引っ掛からないだろ…」
一瞬呆気に取られるエンヴィーだが、苛立ったように吐き捨てるとザンパノが踏んだ足跡を辿る。
「うがっ!!!」
ズン、という衝撃音と共に錬金術が発動、彼は三度、大きく吹っ飛ばされた。
「なんでだああああああ!!」
動揺を色濃く浮かべながら絶叫するエンヴィーを、マルコーは勝ち誇ったように見る。
「貴様ら人造人間にだけ反応するようにできているんだよ。この一帯、足元にみっちりと細工してある。雪のせいでどこに何が待ち構えているか、わかるまい」
ひどい脱力感と疲労感を堪えながら、荒い息をつきながら膝をつく。
「どうだ?カスだゴミだと扱ってきた我々になぶり者にされる気分は?」
自分より圧倒的に劣る者にこうも翻弄され、エンヴィーが忌々しげに顔を歪める。
彼らが正面から対峙している光景を、二人と一匹はその目に捉えていた。
「フフフ……」
古くて朽ち果てた山小屋に隠れるメイとアル、シャオメイが様子を窺っている。
「騙されてますネ。ただの遠隔錬成なのニ」
エンヴィーを足元から襲ったその正体は――メイの錬丹術。
いわば起き地雷の罠――あらかじめこっそりと仕掛けていたものだ。
その発動方式は、仕掛けられた箇所を踏むと自動起動する『条件起動』ではなく、メイの『任意起動』。
仕掛けられた場所へと誘導されたエンヴィーは、まんまとその罠にはまり――膝をつかせることに成功。
「降った雪のおかげで仕込みが隠されてラッキーでしタ!」
ザンパノが裏切ったふりをして、人造人間にマルコーとスカーの居場所を伝える。
標的であるマルコーはキンブリーの元部下である二人と共に、この人気のない丘の上に誘い込む。
そして待ち構えたマルコー達が人造人間を倒す、という役割分担である。
「こっ…この…」
彼の顔がみるみるうちに怒気に染まり、頭にカッと血がのぼる。