第72話

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リザは、無限に続くかのような暗闇の中、ただひたすらに歩いていた。

足早になる歩調にも構わず、息を切らしていることにも気づかない。

目線を前に固定にさせ、できるだけ周囲を見ないよう気をつける。

どこまでもどこまでも歩いていた。

心は、助けてくれる誰かを求めている。

しかし身体は、全てから遠ざかろうとしていた。

止まれなかった。

止まってしまえば、捕らえられてしまいそうだった。

セリムに――否、幼い少年の形をした人造人間に。

自分の後ろからそれが追ってくるという、恐怖の錯覚に囚われていた。

急ぎ足で階段を登り、アパートに着くと、玄関の扉を開ける。

暗闇の中から、爛々と輝く二つの瞳が忽然と現れ、リザの表情が恐怖に強張った。

それが愛犬のハヤテ号だと気づくと、警戒していたものと全く違う相手の出現に戸惑いながらも、張り詰めていた緊張感と恐怖が一気に弛緩し、電気のスイッチをつける。

安堵の長い息を吐くと、その場に座り込んだ。

(――「私はいつでも、貴女を影から見ていますからね」――)

人影から放たれるものは、とても静かで、しかし凍てつくほど冷たい声だった。

我が家という、この世界で一番安らげる場所に帰ってきたはずなのに、いっこうに休まらない。

「大丈夫よ」

いつもと様子が違う主人に近づくと、今日の朝にはなかった手首の傷に気づき、ふんふん、と嗅ぐ。

「大丈夫…」

リザは繰り返し、強く自分に言い聞かせる。

その時、彼女の落ち着きを遮るように電話のベルが鳴った。

途端に、彼女の表情は強張り、受話器へと伸ばす手がカタカタと震える。

ゆっくりと、時間をかけて受話器を持ち上げ、電話口への相手へと話しかける。

「――――はい」

《毎度、ありがとうございます。ごひいきの花屋です》

受話器から聞こえた声に、さすがのリザも苛立ちを覚えた。

「ひいきにしている花屋はいません!」

上司のおふざけと思える発言に、きっぱりと言い放つ。

《いや、すまん》

さすがにふざけ過ぎたと思ったのか、ロイはすぐさま謝罪し、大量の花束を購入した経緯を伝える。

「酔っ払って花を大量に買ってしまってね」

車に入りきらないほどの花束を前にして途方に暮れるロイは、頼りになる部下へと相談の電話をしたのだ。

《少し処分してくれるとありがたいのだが…………》

これまでにない類の恐怖を感じ、些細なことでも身構えてしまう。

突然のロイからの電話に、安堵するべきか怒るべきか迷うリザは、何度目かもわからない溜め息をつく。

《……どうした?》

すると、部下の小さな違和感を察したロイが単刀直入に訊ねてきた。

《何かあったのか?》

ロイの呼びかけに、リザは脳裏に刻まれた不吉な言葉を堪えるように息を呑んだ。

脳裏に刻まれた言葉、足元に纏う影の恐怖、その二つが過ぎる。

「いえ。何も」

感情のない消沈した声が唇から漏れた。

「…そうか?本当に?」

彼女の声音を揺らしているのはなんであるかを訝しげに思い、ロイは再度訊ねる。

「なんでもありません、はい」

違和感を察して問いかける彼に、しかし冷静な彼女は、あくまで感情を見せない。

これまでの経緯など欠片も匂わせず、淡々と受け答えする。

「結構です。うちには花瓶がありませんので」

話すうちに、いつもと同じように自然と接する心の余裕が出てきた。

「それで、彼女とのデートはどうでしたか?ああ、それは残念でしたね」

軽口を飛ばすほどにまで回復したリザは、突然と言っていい、締めつけるような感謝の気持ちが湧き上がるのを感じた。

そこから湧き出す安堵に、思わず頬が緩む。

「わざわざ声をかけてくれていただき、ありがとうございます。大佐」

その内心を表すかのように目を伏せ、緩んでいるだろう顔を隠しながら、ロイに感謝の気持ちを述べる。

会話を終え、受話器を置いた時には、もう恐怖心は消えていた。

「ワン?」

首を傾げて小さく鳴くハヤテ号に向き直ると、そのフワフワとした毛並みを撫で、抱き寄せる。

「…なんでこういうタイミングはいいのかしらね」







リザとの通話を終えても、ロイはまだ電話ボックスにいた。

眉を寄せた険しい顔で考え込む。

「………………」

どこか震えている部下の声音。

また電話する気にもなれず、ロイは受話器を見つめることしかできない。

奇妙に思わずにはいられなかったが、この時の彼の中では、いつか必ず問いつめてやる、ぐらいの認識しか生まれなかった。







思わぬ再会を果たしたエド達は、簡単な挨拶を交わし近況報告をし合った。

「久しぶりだね、マルコーさん」

「あん時は情報、ありがとな」

「いや…何も感謝されるようなコトはしていない」

兄弟の言葉に、恐縮したような様子でマルコーは答える。

そして、キョウコの方へ顔を向けた。

「それに――」

次の瞬間、悪寒を感じ、口ごもる。

これは何かと戸惑い、すぐに理解した。

キョウコがこちらを注視している。

この視線がマルコーに警告を与えていたのだ。

険しいわけではない。

冷たいわけでもない。

だが、ひどく厳格で、容赦のない意志を感じる。

ここで彼は気づいた。

あの時、"氷の魔女"だと打ち明けた彼女が迷いなく銃口を向けたことを。

"賢者の石"の製造方法を教えろと、凍てついた笑みと共に脅したことを。

そして、余計なことを言えば口を封じると、キョウコが警戒心と共に目を光らせるはずだ!

「……いや、なんでもない」

彼女の懸念はもっともだと納得してしまい、マルコーは言葉を濁した。

マルコーの振る舞いに満足したのか、キョウコがあの目つきを止めた。

「手荒なマネをしてしまい、すみませんでした」

兄弟はまだ、直接的な暴力以外の悪意から自分達の身を守ることにけていない。

そんな彼らを守るためにも、自分がしっかりしなければ。

「「……?」」

兄弟は怪訝そうに二人を見比べる。

そして、思わぬ再会に沸き立つエド達の話題が向かう先はやはり――例の件だ。

「賢者の石…調べたかい?」

賢者の石の研究に携わっていたマルコーが、ひそかに書き留めておいた研究書。

賢者の石に関する重大な情報が記載されているが、内容は難解な暗号で記述されており、困難を極めた。

時間はかかったが、その研究書の内容をエド達は解読し、険しい表情で腕を組みながら、こう言い放つ。

「ああ。造り方も知った」

途端、マルコーは苦悶に歪んだ顔をうつむける。

だが、続くキョウコの言葉で戸惑い気味に顔を上げた。

「おかげで色々と知るコトができました」

キョウコは艶やかな黒髪を掻き上げ、漆黒の瞳で見据える。

マルコーはそんな、威風堂々たる少女の姿を、遠くまぶしいもののように、ぼんやりと見つめる。

「この国の成り立ちも、錬金術師もおかしい」

エドが腕を組んだ険しい表情で告げると、マルコーとメイの顔色が一瞬にして真剣なものに変わる。

ヨキは頭がついていけない様子で、眉を寄せて疑問符を飛ばしている。

「それで、シンの国の錬丹術ってやつに可能性を追い求めてメイを追って来た」

「さすがだな。君達がここに現れてくれた事を心強く思うよ」

「ところでキョウコ、この人がなんでマルコーさんだってわかったの?」

顔の判別がつかないほど、火傷の治りかけのような引きつれた皮膚。

声を聞かなければ、それがマルコーだとわからなかった兄弟に対し、キョウコはあっさりと頷いてみせた。

「あぁ、それはね……北行きの汽車の中で偶然、二人に出会ったの」

そう言うと、兄弟は驚きの反応を見せる。

「いつの間に!?」

「なんで、もっと早く言ってくれな……」

エドは声を荒げようとして……途中で冷静になって思い直した。

メイが北へ向かったという情報をアームストロングから聞いたエドは、すぐさま行動を移した。

すなわち、彼女と約束した数日も経たずにブリックズへ向かい、再会して早々に説教を食らってしまったが――。

極めつけは、何時間も牢に閉じ込められた際に放たれた彼女の言葉。

(――「切り札は最後まで取っておきたいからね」――)

キョウコだけが知っている、同じ北行きの汽車にマルコーとメイが偶然にも居合わせた極秘情報。

「あの時、言ってた切り札ってのはこの事だったのか……」

目の前の凛々しい美貌をまじまじと見つめながら、女である彼女に思ってしまった。

(うはー……やべ、カッコいい。綺麗で可愛くてさらにカッコいい要素追加とか、どんだけなんだよ、キョウコ…)

そのキョウコは目を輝かせて憧憬を送るメイへと微笑みを向ける。

あそこまでこなせるかは別問題なわけで。

すると、マルコーは懐から一冊の古びた本を取り出した。

「この研究書と、錬丹術と、あとは傷の男さえいれば…」

「傷の男?」

「そうだ。傷の男を追って………」

目的を思い出した兄弟は顔を見合わせる……その時だった。

突如、鈍い地響きのような音が響き渡り、全員が窓の外へと視線を向けた。

「なんの音だ?」

「さぁな」

マルコーの問いかけにエドはわからないと答えながら、他の四人はどこかに隠れ、自分達が状況を窺うよう告げる。

「…ウィンリィとマルコーさん達はかくれてろ。オレ達が見てくる」

「北方軍が傷の男を追ってここに来てる。接触したのかもしれない」

アルの背後で、ウィンリィがハッと顔色を変えた。

そうとは知らずに、兄弟は様子見のために廃墟から出る。

続けてキョウコも足を踏み出したところ、コートの裾を引っ張られた。

「――ウィンリィ?」

「傷の男……が…」

振り向くと、金髪の少女が物憂げな顔つきでつぶやいていた。

この時、ウィンリィの脳裏によみがえるのは、先のスカーとの戦いにおいて、両親を殺した憎き相手に銃口を向けた辛く悲しい記憶だ。







合成獣の軍人とスカーは交戦していた。

厳めしい巨躯に向かって破壊の錬金術が放たれる。

まともにぶつかれば、たちまち身体の内側から血管を破裂されながら絶命していたであろう。

「おおっと!!」

だが――当たらない。

かすりもしない。

見た目の鈍重な身体からは想像もできない身軽さで、飛んでくる全ての攻撃をかわしてしまうのだ。

(ぬ……素早いデブ!)

でっぷり肥えた、恰幅のいい体格だけに、スカーは戸惑いを隠せない。

ガマガエルとの合成獣である軍人は高く跳び上がると、

「すーーー…」

胸に吸い込んだ空気の噴射口として、重く速く突き出す。

その幾重にも口から吐き出された液体を、スカーはなんなくよける。

視界の片隅に、もう一人の合成獣の軍人が身構えていた。

背中から生えた針を一気に噴射すると、

「フン!!」

スカーはさっと身を翻し、身体を一回転させて針の攻撃を回避すると走り出した。

遠距離から攻撃を仕掛けられ、しかもこちらの攻撃が当たらない。

完全に逃げ腰になってしまい、苦しい状況だ。

「貴様の技など肉体に触れられさえしなければ恐ろしくは無い!!遠距離から間髪入れず上下に攻撃を振ってやれば手も足も出まい!!」

居丈高いたけだかに放たれる指摘を、スカーは冷静に受け流す。

「………………」

おもむろに目線を下に移し、腕を振り上げた。

「そして!!」

次の瞬間、合成獣の軍人の口から吐き出された粘液がスカーの右腕に付着すると、接着剤のように固まってしまった。

力を込めて引き剥がそうとするが、粘着力の強い性質のためか、簡単には剥がれそうにない。

「………!!」

「状況を打開しようとする時、足場を崩しにかかるってクセもリサーチ済みだ」

身動きの取れなくなった標的へ向けて、合成獣の軍人は不敵に笑う。

追い討ちとばかりに噴射された針が左腕を貫通し、

「ぐおっ!!!」

スカーの口から苦悶の声が漏れ、どくどくと血が流れる。

「貴様に近寄らずにこの距離からネチネチと攻撃させてもらうぞ」

「ズタボロにしてキンブリーさんに引き渡してやるよ」

破壊の錬金術師を発動する右腕を封じられ、左腕は激しい出血がある。

舌打ちしながら、噛みつくような赤い目で軍人を睨みつけるスカー。

「おーーっとっと」

直後、呑気な少年の声が響いた。

ブリックズで換装した寒冷地仕様の機械鎧を手と足に装着したエドが、拮抗状態の戦況を眺めて言い放つ。

「こりゃまた、いいタイミングで来ちゃったなオイ」

「お?エルリック兄弟と"氷の魔女"?」

兄弟と黒髪の少女の登場に、二人の軍人は驚いたように声をあげる。

「傷の男、捕まってんじゃん。ラッキーーー…」

身動きの取れないスカーの姿を発見し、そこまで言いかけて、何かに気づいたように視線を移すエド。

「…って」

そこには、人間と獣を錬成して作られた合成獣がいた。

青い軍服を着ており、彼らが中央からやって来たキンブリーの部下だと一目で理解する。

(青軍服…中央から来たキンブリーのとりまきね)

(ちっ…めんどうだな)

(合成獣だったのか)

三人は目を細め、軍が独自の実験により非合法的に造った合成獣だと初めて知る。

「遅かったな。今、我々が傷の男を取りおさえて…」

イノシシの合成獣である軍人が振り返る。

それが、横合いから降ってきた怒声で吹っ飛んだ。

「「ぎゃーー!!!ゲテモノ!!!」」

怒声をあげて、無茶な速度と質量をもって飛び込んできたのは、鋭い表情から怒りに染まる兄弟。

彼を殴り飛ばしたのは、鋭く振られた腕と蹴り。

怒声と共に繰り出された兄弟の強烈な速攻に、

「あば」

イノシシ型の軍人は成す術もなく頬に食らう。

「えぇー……?」

真っ赤に腫れる頬を押さえる軍人のみならず、キョウコもその美貌に困惑の色を浮かべる。

「ななな、何をする!!我々は味方…」

その言葉の続きは、キラリと目を怪しく光らせたアルが答えてくれた。

「こんな人間離れした味方なんか知りません!!」

アルの放った渾身の拳が、空気を引き裂いて螺旋を引き、軍人の顔面を捉える。

同時に、軍人が頭を仰け反らせて激しく吹き飛び――ガマガエル型の軍人の隣に倒れ伏す。

突然、エドが怯えたように悲鳴をあげた。

「こわーー!!味方のフリしてオレ達を食おうってんだぜ!!」

先程の凄まじい怒りようとは打って変わり、

「見ろよ、あのキバ!!」

恐ろしい合成獣の外見にわざとらしい悲鳴をあげる。

「うしろのデブも口でかいよ!!キョウコなんか丸飲みされちゃうよ!!」

そんな兄と同じように、アルも鎧の顔を恐怖に強張らせ、悲鳴をあげる。

キョウコはオーバーリアクションで顔を寄せる兄弟を前に、途方に暮れるしかなかった。

「これはあたしも、この場のノリについた方がいいのかな……?」
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